【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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第十話 ルテンベルキリス 後編

 結局、リューキュウ事務所の職場体験はほとんど病院生活だった。

 幸いにも二人とも最終日までには治癒するらしいが、物足りなくもある。指名手配級のヴィランを相手取って命があっただけでもよしとするしかない。

 

 ベッドで聞いた話によれば、どうやら本当にDLsaitoの顧客情報も抜かれていたらしい。間一髪でミルコが間に合い、事なきを得たそうだ。

 お見舞いに来た両親に対しては心配をかけてしまって申し訳なく思うが、母親がやたら熱を込めて活躍を褒めてくるのがなんかちょっとイヤだった。あとなんかお小遣いが増えた。

 

 だが警察関係者から、リューキュウとミッドナイト、両親を交えて話を聞くに、事態はまだ複雑さを残しているようだった。

 捜査中という事で詳細は開示されなかったが、SNSで集めた人間の犯行にしては出来過ぎているのが気がかりだ。計画性、違法アイテムの出所、指名手配級の雇用。マスキュリズムの主張にしては大規模かつどこかズレた論点。

 裏で糸を引く存在は、確かに見え隠れしている。

 

 また、コピーキャットを防ぐため、ヴィランの手口や目的の公表は先延ばしにされた。かなり難しいが、アダルトコンテンツのみならず、顧客情報を扱う同業者が対抗策を講じる時間を設ける必要があった。

 表に出るのはミルコの活躍と、彼と波動がファンザ本社にてヴィランを撃退した事だ。

 

 学生の身にしては過分な功績であると同時に、個性を人に向けて使用したという事実は世論に波紋を呼ぶ可能性はある。

 だが波動は仮免を取得済みでリューキュウから監督権を委任されており、その行使について問題は無かった。オフィスビルに対する損害も個性保険会社と警察の審査をクリアしており、重大かつ明白な瑕疵は認められなかった。

 

 取ってつけたように加えるとサーバーはスゴイ頑丈に作られているので無事だったよ。

 

 彼に関してはそもそも個性で危害を加えておらず、アイテムの使用規定も満たしていた。事態が急迫しており、ヒーローの使用するアイテムにより周囲の人間に危害が及ばない場合などなど。

 もしもカランビットによる創傷があればひと悶着あったかもしれない。

 

 金的については眉をひそめる者もいたが、彼が遥かに格下であった事を加味するとある程度は目を瞑るべきだった。厳重注意処分はいきすぎかもしれないが、ヒーロー側にこの戦術が横行しだすと男性ヴィランへの過剰攻撃に発展しかねない。

 なにせ便利なのだ。その痛みを知らない者からすれば、狙わない方がどうかしていると思うほどに。

 一時は人権問題にまで発展した過去もある。彼も今後は控えるよう心に誓った。

 

 もちろん歴戦の手練れであるマスキュラーに一瞬の空白を作った視線誘導はご両親に伏せられている。だがそれを聞いたミッドナイトは深い同情を覚えた。

 

 他人の前で勃起するという男性として大事な尊厳と引き換えに得た勝利は、さながら「恋彦†国士」で全ての次元の征服を画策する最強最悪、人の理を超え無限の力と生命力を得た闇の皇帝に対し、主人公の少女が桃園の誓いを結んだシーンを想起させる。

 

 もちろん人の理を超え無限の力と生命力を得た闇の皇帝であっても、誓いを結んだ人間が死ねば残りは自動的に苦しんで死ぬという契約の履行からは逃れられない。

 世界をおまえに蹂躙されるくらいなら、今すぐ死んだって構わない! と余命いくばくもなかった少年が勝手に叫んだ時は全員で止めた。けどこんなクレイジーな魔法の契約のある世界は滅んだ方がいい、と内心でこぼした主人公の心情は、涙なしには語れない。

 

 とにかくそのようなわけで、大規模なヴィランの犯行という事もあり、雄英からリューキュウ事務所にやってきた二人のヒーローの卵は紙面を飾った。

 病院のベッドでスマホ片手にニュース記事を見ると、お手柄だとか期待の新人だとかの言葉が並んでおり、少し気恥ずかしい。

 しかし体育祭の時の写真の切り抜きとは言え、波動と並んで掲載されているのはなんだか嬉しかった。

 

 記事を読んだクラスメートから連絡が来たが、そのどれもが『なんかよくわかんないけどスゴイじゃん』といった内容だった。みんなエッチなヤツだと思われたくないので、ファンザという単語がなんとなく使いにくくフワフワした感じになったからである。

 

 彼の母親は当然プリントアウトして額に飾った。全国の家庭に微っ妙~な空気が流れるのを未然に防いだ、文句なく自慢の息子である。

 公表されていないヴィランの目的を知っている数少ない人間の内の一人なだけに、もしそうなったらと考えるだけで冷や汗が出る。

 

 

 

 ラップトップに表示されている次の速報では、保須市でステインというヴィランが逮捕されたものの、その後護送車ごと消えてしまい運転手や警護含めて行方不明となっているらしい事を伝えていた。

 

 

 

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 退院した最終日にはパトロールに向かった。休んでもいいと言われたが、なんとなく身体を動かしたかった。それに彼はまだ基本中の基本であるパトロールを一度も完遂していない。活動報告書を提出するまでがパトロールなのだ。

 特別な事は何もない。病み上がりという事で夕方前には切り上げるようリューキュウに言われているくらい。

 

 病院ではまったく顔を合わせなかったので波動との再会は久しぶりだったが、特にこれといってギクシャクせず、不自然なほど事件前と変わらない態度だった。

 

 どちらもあの夜の事は口にせず、病院でした暇の潰し方や好きなポテトチップスの味とか、そんな事をときどき話しながら街に目を光らせる。

 初日と変わった事といえば、二人は以前よりも声を掛けられるようになった、主に女性から応援や熱心な感謝の言葉を。

 サインを求められたときはそんなもの考えていないので大変戸惑った。

 

 けどやっぱり嬉しいな、と彼はしみじみ思う。

 マスキュラーと対峙した時の恐怖は今でも思い出して震えるほど色濃く影を落としたが、ああやって喜んでくれる人の為なら苦ではない。

 個性に自信は無いが、これからもヒーローに向かってゆっくりと歩いてゆく意思を確かなものにした。

 

 ただ、いま気がかりなのはあの夜話した男の事である。

 最初は危険な思想に染まった発言をしていたが、最後は踏みとどまろうとしていたばかりか、こちらが子供である事を案じるような口ぶりだった。

 あの豹変とも言える変わり身は意図的なものだったのだろうか? そうではなく、何者かの魔性の示唆によって魅せられた悪夢が覚めたのだとしたら……

 

 その真相を探るのは警察の役目だ。状況が確定次第、当事者という事で教えてくれるはずなのでそれを待つしかなかった。

 

「あっあの、あく、握手してもらっていいですか?」

 

 気付けば猫を救出した場所で、あの日の少女たちと出くわした。というより、わざわざ待ってくれていたようだ。

 上気した顔のファンと握手を交わす彼を見つめる波動の喉が、なまめかしく生唾を嚥下した。

 

 

 

 その後パトロール終了間際にヴィランと対個性戦が発生したが、取るに足らないほどのものだった。

 ただ、小規模と言えど戦闘ともなればやはり気は張り詰める。相手がチンピラの素人でも、個性によっては一時の油断で命取りにもなりうるからだ。全力ではないが手は抜かずに戦う。

 

 ヒトは闘争を経験するとアドレナリン等の神経物質が生成されるし、動悸も速まる。生存本能が刺激されるからもしれない。そんな状態でリューキュウ事務所のあるビルのエレベーターに二人は乗り込んだ。他には誰もいない。

 ゆるやかな浮遊感に身を包む。機械の静かな駆動音だけが静かに鳴っている。沈黙が訪れた。戦闘後の身体はまだ火照っている。

 

 波動が扉を見つめながら、まるで数年前の事を思い出したかのように言った。

「ねえねえ、あの夜言った事って。ほんと?」

 

 彼が大きく固唾を飲む。視線を合わせることなく答えた。

 

「ほんとです」

「なにがほんと?」

「全部です」

「ふうん」

 

 ふわりと二人の身体が宙に浮く。

 足が付かずわたわたする彼の顔のすぐ後ろの壁を、波動が上から両手でついた。彼の目の前では重力から解放された大きな胸が揺れ、乙女の色香がたゆたい、柔らかそうなお腹はゆっくりと呼吸で胎動している。

 いつもの無邪気だった瞳は、個性の起動など気にしてはいない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ちょちょっと先輩、漏れてる、漏れてますよ個性が」

 

 本人すら無意識に出力した穏やかな浮力に満ちる狭い箱の中で、波動は何も言わなかった。何も言わずに彼を見つめている。

 それで彼は遅れて察した。言い切ったからには、ほんとかどうかを確認させなければならない。

 

 彼は静かに目を閉じた。動悸がうるさい。ほんの少しの恐怖がある。これほど他人と近い距離で自ら視覚を断つという事は、無抵抗の意思表示だと体験して初めて知りえた。

 

 何をされても対応できない状況に、相手を信頼し進んで身を置く。いきなり攻撃されるかもしれないし、目を開けたらそこに姿は無く逃げられているかもしれない。そんなリスクを抱えてまで進展させたい人間関係というものがあるから目を閉じるのだ。

 

 遠慮がちに熱気に満ちた気配が顔に近づいてくるのが肌で分かった。女性の方が男性より体温が高いと聞いた事があるが、あれは本当なのだろうか。

 

「職場体験お疲れさーぁ。ああ」

 

 エレベーターの扉が開き。同時に破裂音が響いた。

 

 リューキュウや事務員たちの、彼の初の現場が終わった事をねぎらう気持ちがシャボン玉のように音を立てずに割れた。

『波動』の個性が消え、二人はどすりと尻もちをつく。顔を赤くして、とりあえず立ち上がり礼の言葉を捻り出す。

 

 うわっ気まず。事務員たちはクラッカーを後ろ手に隠して床を眺めた。てか誰だよ、一人だけ鳴らしたやつ。

 リューキュウが申し訳なさそうに視線を逸らす。

「なんか、ごめんね。ま、シャワー浴びて、報告書だけ出してくれれば今日はもういいから。あとほんとごめん」

 

 ああいえこちらこそ。二人はそそくさとその場を後にした。

 エレベーターホールに取り残された事務員たちは、リューキュウを見やる。どーすんの、ケーキとか買ってあるけど。あと彼の後学の為に質問会を開こうと、別室ではサイドキックが集まってるし。と視線で訴える。

 

 リューキュウは目頭を強く揉む。招集したサイドキックたちには悪いが、これから起こるかもしれない出来事に比べれば大したことではないだろう。

「今月誕生日の人いる? あ、二人いる? じゃあわたしたちだけで誕生日パーティーしよっか……ひとまず解散かいさーん」

 

 まーあの感じならしょうがないかー、サイドキックも納得してくれるっしょ。

 と、事務員たちはによによしながらその場を後にした。

 

 

 

 そう言えば事務所から二人で退社するのは初めてだ。別に待ってる約束をしているわけでも待ち合わせ場所も決めてなかったが、先に制服に着替えた波動はなんとなくエレベーターホールで壁に背を預けていた。

 

 しばらくすると彼がきて、待ちました? 待ってないよ、といった当たり障りのない会話で一階に向かった。その途中で、どちらかが小さく吹き出した。つられてもう一人も小さく笑った。

 なんだ、あのリューキュウさんたちの間の抜けた顔は。思い出すだけでなんだか可笑しい。

 

 ビルの外に出ると、人肌のようなぬるい風がまとわりついた。陽はちょうど落ちており、連なる街灯が夜を曖昧にしている。せわしなく走る車の赤いテールランプが道に色を付ける。

 二人の足は、自然と宿泊しているビジネスホテルへと向かう。病院生活だったので、利用するのはこれが最初で最後だ。

 

 あすの朝、事務所に挨拶をして電車に乗れば今回の職場体験は終わる。大変な目にあったし怪我もした、死ぬかもしれなかった。それにしては夏休みが終わるような、修学旅行の帰路のような物悲しさがあった。

 

 そうと理解しつつも二人は黙って歩いた。

 駅が近づくにつれ会社帰りの給与人や大学生が増えだす。飲み屋も増え、喧騒が聞こえる。遠くでクラクションが鳴った。

 

 無数の他人という雑踏に飲まれる。

 

 その直前で波動は深く息を吸い、静かに吐き出し、横に並ぶ彼の顔を見て、いつものように天真爛漫な振る舞いで言った。

 

 

 

「ねえねえ、この後ご飯たべに行かない?」

 

 

 

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 甲矢 有弓は波動 ねじれの親友である。

 職場体験も終わったある日、甲矢は波動にある相談を持ち掛けられた。

 最初は断ろうとした。さすがにそれはと気が引ける。が、思い悩んだ末に苦渋の決断を下す。まだ少し怖くもある。

 トイレの鏡で、ちょいちょいとベリーショートの前髪を整えた。

 

 昼休憩の時間が訪れ、甲矢と波動はテイクアウトしたお弁当を片手に雄英敷地内の公園に向かう。ベンチには話に聞く彼が先に座って待っていた。

 おお、この子が。と甲矢は少なくない感動のようなものを覚える。波動が落とした、落とされたんだったか? どっちでもいいが既にそういう関係の男性。しかも年下。

 

 渡したエチケットが役に立ったのは誇らしくもあり、羨ましくもあり……正直なところ波動の話を信じられない訳ではないが、思い違いだった場合を考えると帰りたくなる。

 まだいろいろと混乱してるのも確かだ。

 

 軽い自己紹介を済ませると、「じゃあ行こっか」と波動が歩き出す。

 彼は波動から、今日は親友の紹介がてら別の場所で食べてみようという提案を受けているので、何の疑念も抱かずについて行く。

 

 一人先を行く波動に、甲矢は彼と並んで歩いていた。

 

「へえー甲矢先輩 結田付中学なんですか、たしかおれのクラスの芦戸さんもそこだって聞いた覚えがあります」

「あーあのピンクの──知ってる知ってる。学校の個性練習場でよく会ったわ」

 

 甲矢は適当な会話を続けながら、それとなく彼の雰囲気を探る。身体つきはともかくとして、この結田付中学のエロソムリエを自称するわたしを超えるモンスターの相手をしているようには見えない。

 ねじれからの話が本当であれば、よほど体力に自信がなければついて行けないはずだが……

 

「あのさ!」 と甲矢が会話を遮った後、ちらちらと彼に視線を向け もじもじと小さく言う。

「え? はい」

「あの、一応イヤだったらもうストレートに言ってくれていい。から」

 

 きょどりながら言う彼女に、何のことか釈然としない彼は曖昧に返す。

「はあ」

 

「あ、一応シャワーは浴びてきてるから」

「あの、何のことですか?」

「え? マジ? ちょっとねじれ、なんにも言ってないの!?」

 

「そうだよー」

 と波動は振り向かずに歩みを進める。それがほんの少しだけ不気味だった。

「大丈夫だって、心配しなくても。本当にイヤだったらちゃんと言ってくれるって信じてるし、まあ、ダメならダメでも構わないから」

 

 わたしはおかしい。と波動は理解している。理解して生きてきた。納得とは違うが。

 

 無意識に過去を振り返る。

 ずっと、じぶんでも不思議だった。みんなとは違う事に不安だった、違う事が嫌だった。コンプレックスだった。やがて生まれ持ったどうしようもないサガだと諦めもした。

 

 仮に彼が好意を寄せてくれていたとしても、どうせすぐにダメになると理解していた。今まで何人かにアタックして玉砕したこともあるが、もし付き合ったとしても自分の内を晒す事は出来ない。

 きっと引かれてしまうから。

 

 でも、あの夜彼が言った事が全部ほんとなら。そう言った彼の事を信じるのであれば。

 

 三人は妙な緊張感を伴った沈黙のまま、雄英七不思議の一つ「なぜか都合よく人の来ない体育倉庫」に到着した。

 彼と甲矢は促されるままに先に入ると、波動が後ろ手に扉を閉めた。薄暗い部屋に採光窓から夏至の日差しが差し込み、細かな埃が反射してきらめいた。

 

 薄々彼も察しだす。確かにおれはあの夜言った。いろんな女の子とたくさんエッチな事がしたいと、波動先輩がどんな性癖でも関係ないと。

 そして男が下劣だと言い捨てた波動の業の正体。

 

 甲矢とぎこちない視線が合う。次いで二人は波動を見やった。本気なのか。

 喉が渇く、鼓動が速まった。汗ばんできたのは気温のせいだけではない。用具の乾燥した独特の匂いに、別の香りが混ざり合う。

 

 

 

 じぶんはおかしくない、けどおかしい人間はいる。と、言い切る人間はいる。

 おかしいやつは気持ち悪い。と、言う人間もいる。

 ほんとはみんなちょっとずつどこかおかしい、おかしくない人間なんていない。と、言ってしまう人間もいる。

 おかしいことは、おかしくない。性におかしな悩みを抱くことは、だからおかしくない。と、言える人間もいる。

 

 おれはおかしい。

 世の男性とは清楚で奥ゆかしく、操を守ることが美徳であり好色を嫌うはず。

 そのはずがどうにも異性に興味を持ってしまう。

 

 この正常極まりない貞操観念の世界でただ一人、バックやハリットとも違う隔絶されたおかしさを持つ彼は、あの日少しおかしな彼女と出会った。

 そうして互いのおかしな所が、エロ同人の都合良い展開のようにちょうどすっぽりと収まってゆく。

 

 

 

 この日アダルトコンテンツを扱うサイトは、「寝取られ」という狭いジャンルを嗜む優良顧客を一人、失った。

 

 

 

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 男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう

 

 第一部 サキュレンタム編 完

 

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 雄英にある教職員棟のベランダで、ミッドナイトは柵に肘を置いて外を眺め、ミルコは背を預けてだらりと昼休憩時間を過ごしていた。晴天の下の雄大な自然が良く映える。

 ぽつりとミッドナイトがこぼす。

 

「指名手配級と交戦したって聞いたときは寿命が縮んだわよ、ホント」

「まー、殺されてても不思議じゃねー相手だしな」

「……やっぱあの子にヒーローは厳しいのかなあ。葉隠みたいな尖った個性でもないし」

「そう? 案外やれそうなもんだと思ったけど」

 

「こないだ難しいって言ってたじゃない」

「戦闘の詳細を聞いたら、少し気が変わった」

「……あんな禁じ手、プロになったら許されないでしょ」

 

 そうじゃねーよ、とミルコは手に持っていた小さな魔法瓶からニンジンスティックを一本取り出し、口にくわえてポリポリやる。言い慣れてない言葉のせいか、どこか気恥ずかしそうに続けた。

 

「あいつは、まあ、なんだ、他人の気持ちに寄り添える」

「それって小森の件や、今回のアダルトコンテンツの事とか? 優しさだけじゃ食ってけないわよ」

「いや、それだけじゃなくて。わたしもよくマスキュラー相手にあれだけの怪我で済んだなって疑問だった。訳を聞いたら、どうも敵の気持ちになって考えてみたらしい」

「ヴィランの? どういう事」

 

「マスキュラーはやたら殴り殺す事に執着していた。過去の犯罪もそうだ。拳を筋肉で覆わないのはグラップルの選択肢を潰すデメリットもあるからなんだろうが、あいつはこう考えた。きっと殴った時の感触を楽しみたいからだって。実際、やたら殴殺にこだわってる口調だったらしいし」

 一拍置いて、ミルコは二本目に手を付ける。

「だから蹴りは無いとヤマを張れた。殴打だけに意識を集中したから凌ぎきれた。なんかの気まぐれで蹴られたら死んでるけど、足にまで注意を払ってたらどっちみちキャパオーバーで死ぬんだからベターな戦略だった。そーいうところが、あいつは強い。弱いけど」

 

「結局どっちよ」

 

 ミッドナイトがひょいとニンジンスティックを一本抜き取り、ぱくりとやった。コンソメで茹でた後にバターで焼かれており、これが結構好きだった。ミルコの大雑把な印象からは、彼女の手作りとは思えない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、実戦ではあんまり役に立たないのは事実だ。けどそれが可能とする常軌を逸脱した狂気的な実訓練時間、それによる体術の練度と身体作りはほぼ完成形と言っていい。悪く言や頭打ちだがな……それに先天的か知らんが格闘センスもズバ抜けてる。見たろ? エレベーター内の戦闘」

「あー、あれはまあ確かに凄かったけど」

 

 エレベーターの監視カメラは、『縮小』のヴィランが個性を解除し、彼の背後から不意打ちでアイテムを使ったシーンを記録していた。

 衣擦れの音に対応して振り向きざまの肘で顎を抜いて処理しきったのは、素人相手とは言え見事ととしか評しようがない一撃だった。

 

「もし今この世から全ての個性が消えたら、素手であいつに勝てるヤツは百人もいねーんじゃねーの」

「んーでもなー。個性と体術のシナジーが基本だし。ザコ専って感じ? 言っちゃ悪いけど」

「それを理解してるから対多数想定のシラットなんだろーけどな、弱虫は群れるし。ま、中級程度の発動・変形型相手までなら勝機はあるんじゃね? 人間のタフネスを超えがちな異形型は基本無理」

「倒せるスケールが普通の人間までってのは現場じゃキツイわねぇ」

 

「けど例えば、相手に直接触れる事で起動するようなトリガーのある個性やアイテム頼りのヴィランは、絶対にあいつに勝てない。条件を満たして起動するまでの間は無個性の人間と変わらないからな。総評としては『体力』を活かした見回りや張り込み、または特定の個性持ちへのカウンターとして局所的に運用するサイドキックって感じ?」

 

「それ、体育祭の時の評価と変わらないじゃん。個性が省エネなのは保険料の関係で結構需要あるけど」

「中の上くらいには上方修正してる。だいたいよー、物理・自然法則を貫徹する訳わからねえ強個性とか指名手配級とバッティングしたら死ぬかもしれねーのは誰にでも言える事だろ」

「まーねー、そうだけどー……てかあんたがそんなに真面目に生徒のこと話してるの初めて見たわー。案外向いてんじゃない? 教師」

「ハッ、冗談だろ。面白そーだからたまに顔出してるだけ、今だけな。ガキの面倒なんて性に合わねーよ。飽きたら……すぐ、辞め……やめ」

 

 鼻で笑ったあと言いさして、ミルコの大きな耳がぴくぴくと動き、顔を赤らめた。軽く地団駄を踏む。

 きょとんとしてミッドナイト。

 

「どしたの? 抜かないでよ、床」

「あ、あのバカ。弱ぇクセにこういう度胸だけはいっちょ前に……」

「うん?」

「あーまー、これはさすがにちょっと注意してくるわ」

 とミルコは柵に足を掛け、ひとっ跳びしていった。

 

 なんだ急に? 

 残されたミッドナイトは小首をかしげて、小さくなってゆく背を眺めながらニンジンスティックを平らげる。

 その後、何を注意してきたのか教えてくれないのでむくれた。




次回 明日

あとは第七話あとがきに書いたような感じになる、かもです。

アンケートに答えてもらえると凄く! 参考になるので!
気分を害される方がいるかもしれませんが、気になるのでよろしくお願いします。


この小説の主人公くんは意図的に弱く設定してあります。それについてどう感じましたか?

  • 弱いのが嫌だ
  • どちらかと言えば弱いのが嫌な方
  • 弱いのは気にならない
  • どちらかと言えば弱いのは気にならない方
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