【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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第十一話 サキュレンタム

 期末試験も見えてきたある日の休日、1-Aの担任であるミッドナイトこと香山は彼を乗せた車を走らせていた。週末の都内という事もあって人通りは多い。

 香山の服装は白いブラウスにパンツスーツで、シンプルな黒縁メガネをしていた。彼はと言うと、いつもの雄英の制服だ。すでに衣替えしており、半そでシャツのものになっている。

 

 車内はどこかヒリついた空気が漂っている。

 教師と生徒の禁断のヤツ。なハズもなく、あの夜、ファンザ襲撃犯として逮捕された内の一人、あの男が彼に面会を求めていたのだ。

 すでに香山から事件の進展を聞かされていた彼は静穏に、しかし怒りを薪に心を溶銑のごとく滾らせている。

 

 やがて車は拘置所に着いた。巨大な集合住宅地のような施設にも見える。手続きを済ませて面会室に入ると、ガラス越しに一人の男が申し訳なさそうに俯いていた。

 あらためて明るい場所で見ると、まだ若い。実際彼とそう離れていない年齢だ。

 彼が対面に座り、その少し後ろで付き添いの香山が壁に寄りかかり腕を組む。

 

 ほんの少し前まで敵同士だった人間とこうして会うのは、なんだか奇妙な感覚だった。長くもなく短くもない沈黙の後、最初に口を開いたのは男だった。目を伏せたまま、ぽつりと言う。

 

「すまなかった」

 その声は震えていた。

「ひどい事に手を貸してしまった。あの少女にも、謝らなければならない。ぼくは──」

 

「大丈夫です」

 と彼は遮って力強く答える。

「事情は聞きました。あなたは、あなたたちに罪はありません。おれも、きっと波動先輩も怒ってませんし、憎んでません」

 

 警察の調べでは、男を含め全員がなんらかの個性によって重度の精神疾患かつ洗脳状態にあった事が判明した。実態としてはカルト的な妄信に近い。

 そして実行犯の大半は人間ではなかった。

 

 ファンザとDLsaito襲撃が失敗に終わった直後、駅を占拠していた多くのヴィランは操り人形の糸が切れたように倒れた。調べてみると材質不明の『人形』である事が明らかとなる。もちろん、ファンザにいた小奇麗な中年男性、主犯格と思われた花火田もその例に漏れない。

 

 オフ会の時点からすでに保身の為、身代わりとして『人形』を使っていたと思われる。とうぜん戸籍も人相もこの世には存在しない。

 だが花火田の人形だけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()りと、洗脳状態にするには声が媒介として必要な個性との推察がされている。

 

 マスキュリストたちが集まっていた花火田の自宅マンションは、もちろんもぬけの殻。

 違法アイテムは自壊しており、手掛かりとするには難しい。

 SNSのアカウントも外国を経由して巧妙に偽装されていた。

 

 わかっている事は、少なくとも『人形』と『洗脳』に近い個性を使う二人のヴィラン。それと違法アイテムを調達出来るルートを持っており、実戦的な計画立案能力と資金力もある組織が背後にいた事だけ。

 

 彼は話を変える。

「その花火田ってどんなヤツでした?」

 

 どうって、と男は口をまごつかせる。数えきれないほど繰り返した取り調べを嫌でも思い出して影が差す。

 

「知的で、ミステリアスで、人望のある感じ……だった。他人の長所を褒めるのが上手いっていうのかな……けどなんでこんな事をきみが」

「……おれ、あの後ちょっと考えてみたんです。特定の性癖を持つ人間を社会から排斥する事について」

「……」

 

「痴女が電車とかでお尻触るとか酔わせて薬盛って強漢とか、現実でそういうニュース見るとやるせないし、ムカつきます。そういった犯罪者が、強漢もののAVを見た影響で事に及んだかもしれないし、アダルトコンテンツが存在しなければそういった性的な嫌がらせや、性犯罪は発生しなかった()()しれません。あくまで可能性の話ですけど」

 

 男は責められている気がして、何も言えなかった。

 だが彼は糾弾するつもりはないし、AVが存在しなかった時代にも性犯罪はあったとかで擁護する訳でもない。

 また、男がファンザで主張した時はすでに洗脳状態にあったので、本心ではない。ただ、心のどこかでほんの少しはそう考えてみた事がないわけでもない。

 

「だから性犯罪を未然に防げるのなら、アダルトコンテンツは無くなってもしょうがないって考える人が一定数いるのも、理解は出来ます。あなたもイヤな思いをした事があるんでしょうし。けどアダルトコンテンツの是非についてはすみません、因果関係を含めておれには判断できない……けど、信じてほしいんです──」

 

 ぱたり、と雫が落ちる音がした。

 それで男は初めて顔を上げる。柔らかい口調で語る彼を直視し、自然と涙が溢れてくるのを止められなかった。

 ついこの間、殺してしまってもおかしくない子供と会うのは恐ろしかった。きっと罵声を浴びせられ、説教されるものだと思っていた。それでも謝らなければと勇気を奮い、その罰を受け入れる覚悟でいた。

 

 それが──と、男は鼻をすすり涙を袖で拭う。彼がじぶんの為に怒り、悲しみを顔に刻んでいる事がとてもではないが信じられなかった。恨まれ、非難されるとばかり。

 

 彼は滲む視界をハンカチで拭い、続けて言った。

 

「──信じてほしい。おかしい性癖してようとも、どれだけエッチでも、どんなアダルトコンテンツを見てようが、誰かを助けたいって気持ちや普通の生活を送る事とは関係ない。そういう人間も確かにいるって事を。だから、教えてください、些細な事でもいい、花火田、そいつらに繋がる何かを」

 

 彼も本当のマスキュリストも男も、心にある本質は同じで、現実の犯罪が無くなればいいと願っている。それは正しく、確かなものだ。

 

 花火田は──花火田を抱える組織はその善なる気持ちを悪用した。

 性的な事件が無くなればいいという純粋な男心を弄び、その願いをコントロールし、憎しみに増長させ、一般人を巻き添えにして、現代ヒーロー社会の土台に亀裂を走らせようと画策し、平気で切り捨て、じぶんたちだけは手を汚さずのうのうと逃げ延びた邪悪で忌むべき卑怯者ども。

 

 すなわち、ヴィラン。

 

「きみはまさか……本気か、まだ学生なんだぞ」

「おれに出来る事なんて何もないかもしれないけど、まだ仮免も持ってないし、何年かかるかわからないけど、そいつらを捕まえたいって気持ちは、あなたたちを助けたいって気持ちは、あいつらの悪意に負けたりしません!」

 

 男は堪えきれずに嗚咽を漏らした。

 差し伸べられた手が嬉しくもあり、無力なじぶんが悲しくもあった。

 あの妙な高揚感が脳髄まで浸み込み、花火田の思想の全てが高尚ですばらしく知的で、行いの全てが世を是正するための正義に他ならないという淀んだ思考。

 幾度思い返せどそこにじぶんが存在しないのだ。

 

「……もう一度、何度でも思い返した方がいいわよ。洗脳状態にあったから記憶が曖昧なのはしょうがないけど」

 それまで黙っていた香山が重たく言った。

 

「弁護士から聞いてると思うけど、重度の精神疾患と洗脳されてたってのは、警察が抱える記憶や心に関する個性使いによって明かされた主観的な情報でしかないから、現行法ではまだ一昔前の指紋程度の扱いで、法的信用度は低い。刑事は免れて勾留も終わるでしょうけど、駅やファンザ等の民事では長い裁判になる可能性がある。シャレにならないわよ、電車止めたのは」

 

 そしてそれを救うには花火田を捕らえ、洗脳に近い謎の個性を吐かせるしかない。

 彼はやってのけようと言ったのだ。男の為に、信じてもらう為に。利用され砕かれた繊細な男心の為に、踏みにじられた本来のマスキュリストの本質の為に、その大言壮語を。

 

「あり、がとう。ありがとう」

 

 彼は落ち着かせるように少し笑って言う。

「礼を言うのは、あいつらを捕まえてからでいいですよ」

 

 それでも男は泣きながら、感謝の言葉を彼に伝えた。

 

 

 

 xxxxxxxxx

 

 

 

 帰路につく途中、他の車に混ざって赤信号で停めると、香山がらしくない棘のある口調で言った。目の前では、三車線の長い横断歩道を給与人や主婦、学生といったさまざまな人間が安全に往来している。

 

「一応聞いとくけど、あの男たちを操ってた組織はその辺のチンピラとはレベルが違うってのは理解してるわよね」

「はい」

「で、そいつらを捕まえるとは大きく出たわね。きみ、運良く指名手配級を倒したからって調子に乗ってない? じぶんが弱いって自覚ある? はっきり言って過去の雄英生を含めてかなり下の方だけど」

「おれが弱いのはおれが一番よく知ってます」

 

 まだ目を赤くしたまま即答する彼の意志に、香山は内心で溜息をつく。

 沈黙の後に信号が青に切り替わる。アクセルを踏んだ。車は加速し、車窓から梅雨明けの温かい南風が入り込む。

 

「なら、まあ、良し」

 気持ちを入れ替え、香山はいつものようなカラッとした調子で言った。

「もうすぐお昼だし、だいぶ遅れたけど退院祝いにご馳走するからなにか食べる? この辺で美味しいハンバーガーがテイクアウトできるお店あるんだけど」

 

「え、いいんですか」

 なんとなく教師が特定の生徒に良くしているようで気が引ける。

 

「いーのいーの。入院のお見舞いに果物持っていくようなもんだから」

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 はにかんだように小さく笑う彼を見て、香山はふと危ぶんだ。が、すぐに胸を撫でおろす。これほど女気溢れる彼が弱くて、ある意味良かったかもしれない。

 もし彼がビルボード級の強さを持っていれば、「じぶんより強くて女気のあるヤツ」というワープ系の個性使いよりもレアなストライクゾーンを持つ勝ち気なバニーがどうするか。考えただけでキモが冷える。

 いや、もう個性に引っ張られるほど未熟なわけではないだろうが。

 

「あの、ちょっと図書館に寄ってもらってもいいですか?」

「うん? ああ、あの男が言っていた()()()、か」

 

 

 

 面会の終わり際、頭を抱え、脂汗を垂らしながら記憶を探っていた男が呻くように絞り出した。

 

()()()、のようなものを覚えた。花火田の自宅で……気がする』

 

 彼は、必死で脳の空白を埋めようとする男の言葉を静かに待った。

 

『あいつの書斎で何度か話した事があった。本棚には、すごく、洋書や専門書や学術書が並んでいて、その時はあいつがインテリに見えた。ぼくが読んでいるような小説や漫画なんかは一冊も無くって、全部が頭のよさそうな本で……なのに、()()()()()()()()()() って』

 

 乾いた喉に生唾を飲み込み、懸命に続けた。

 

『大学の憲法の授業で少し出てきた本だった、ああ、それは覚えている、精神論と感情論で綴られた自己陶酔の羅列、利己的で排他的な理想を掲げてて、すぐ読むのをやめた。くだらなすぎて覚えている。あとなんか字がデカかった。なぜあんなくだらない物があいつのデスクの上にあったのか、高尚そうな本の中で一冊だけ浮いているそれが不思議だった。気分を害されたら困るのでその時は何も言わなかったけど、それが()()()だった』

 

 

 

 男が苦しそうに口にした情報は、まだ警察にも出ていないものだった。

 彼は図書館の受付で、地下の隅にある本棚から抜き出された一冊の本を手にする。

 

 赤と黒を基調とした装丁で、表紙には黒く滴ったアイマスクのような染みが描かれている。その上にはタイトルが記載されていた。

 

 

 

『異能解放戦線』

 

 

 

 そう記載されているタイトルの下には、黒く滴ったアイマスクのような染みが描かれている。赤と黒を基調とした装丁の一冊。

 

 それが光沢のある漆塗りの黒檀で出来たテーブルの上にそっと置かれた。

 

 黒髪をオールバックにし、薄っすらと色の入った小粋な眼鏡をかけた感じの良い中年男性は、数え切れぬほどの読了をまた一つ積んだ。心地よく高ぶる読後感に心身を任せる。

 

 高層マンションの最上階、黒で統一されたその一室で席を囲んでいるのは四人いた。

 中年男性に妙齢の女性が水を差す。緩やかなウェーブを描く藤色の髪を、指でもてあそぶ。出版業界では名の通った集瑛社に努める専務、気月 置歳がアンニュイに言った。

 

「けど意外ね。あそこまで計画を詰めたのに失敗するなんて」

 

 中年男性が口を開く前に、全身黒ずくめの長髪の男性がラップトップを叩きながら訂正を加える。

 

「わたしは失敗していない。わたしは花火田の要請どおり異能で『人形』を操作していた。失敗の原因があるとすれば花火田の計画そのものにある」

「そう何度も嫌味ったらしく()()()などともう存在しない名で呼ばないでほしいな。まあ、成功しなかったのは認めるがね」

「心求党の党首としての()()に慣れ過ぎたんじゃないのか」

「それはないよ、スケプティック。それはない。表の顔がわれわれの目指す未来を邪魔する事など。それに、こういった計画は一つだけじゃない。くじけないさ」

 

 最後の一人、寒冷地仕様のロングダウンジャケットを羽織り、フードで頭を覆った人間は、席で黙ってテーブルを眺めている。

 

 花火田は、いや花畑は含み笑いで続けて言った。

「まあ、政治家としては人助けをした事になるのかな。ツイッターデモで何かを為した気になっているヤツらの背中を、『扇動』の異能で少し押してやったんだ。今頃は拘置所で感謝してるだろうさ」

 

 鼻で笑うと、新たに男が入室してきた。上質なストライプのスーツを着こなし、髪を後ろになでつけ、広い額の目立つ男だった。

「はじめよう」

 と良く通る声で言った。上座に座り、さっそく現在の進捗を訪ね、計画を進める。

 

 個性を異能と呼ぶ彼らの目指す未来。異能の無制限自由行使と、異能の強さが社会的地位に直結する異能第一主義を実現するための計画を。

 

 その為にはまず、現代ヒーロー社会の土台に亀裂を走らせる事が肝要だった。

 ファンザとDLsaito襲撃はその内の一つでしかない。

 SNSではいまでも情報部隊が社会に対する不安の種を騒ぎ立てている。陰謀論、フェイクニュース、切り抜き記事、似非科学、民間療法、対立煽り。

 もちろん同士の勧誘やプロヒーローへのアンチ行為やバッシングも怠らない。

 

 取るに足らないとバカにするのは簡単だが、今回の作戦も情報部隊が運用する花火田のアカウントが一定以上の影響力を持ったから開始されたのだ。

 花畑の声を媒介とし、心許す者を対象とした『扇動』でマインドコントロールし、スケプティックの『人形』で数を揃えて実行させる。

 

 彼らにとってマスキュリズムなどどうでもよい。ただ、じぶんたちの目的の為、社会に混乱をきたすテロの為に使い捨てたのだ。純真な男心を。

 そうやって、例え影響がどれほど小さく蟻の穴程度だったとしても、強固な堤防に穿ち続ける。その瑕がいつの日か行われる決起に、必ず効力を発揮する事を知っているからだ。

 

 会議が一段落付くと、軽いティーブレイクに入った。

 ヴィラン連合などという不穏分子の発生は予想外で、その監視と対策にリソースを割かなければならないのが面倒なところだった。

 とはいえ、ヒーロー社会の破壊とも言える大仕事を成し遂げるための力は、既に蓄えられている。

 上座に座っていた男が、そう言えば、と花畑に世間話を振った。

 

「今回の件は残念だったな、いや責めているわけではないが」

「ええ、わたしとしても予想外でした。いくら指名手配級とはいえ所詮はチンピラ。われわれのように、異能を抑圧され苦しむ人間を解放するという、誰かの為の闘いを理解しない狂犬ですから」

「まあ、作戦はいくらでもある。ただ少し気に食わないな、これは」

 

 テーブルの中央にタブレットを押しやられる。

 ネットニュースの記事が表示されていた。曰く、お手柄だとか期待の新人だとかの言葉が並んでいる。

 

「この少年の異能は、体育祭を見る限りでは大したことが無い。異能第一主義を掲げるわれわれとしては、こんな異能弱者がもてはやされる事は甚だ不愉快だ。まあ計画の脇の路傍の石だが」

 

 上座に座っていた男はおもむろに立ち上がり、窓の外を眺めて言った。

 

「そうは思わないかね」

 

 四人は答える。サポート企業『デトネラット社』代表取締役社長にして、じぶんたちを、異能解放軍を束ねる首領に。

 

「はい。リ・デストロ」

 

 

 

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 男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう 第二部に続く

 

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ここで絞めというか、一区切りという事でよろしくお願いします。
貞操観念逆転ものならではのオチがついたんじゃないかなと、思います。

ここすき、どーいったところがウケてるのかたいへん参考になり、助かりました。
過去一の量でびっくりしました。

ではまた。

中の人の宗教的な理由で、主人公とオリキャラには名前がありません。この小説を読んでいてどう感じましたか?

  • 主人公には名前があった方が好き
  • オリキャラには名前があった方が好き
  • 主人公とオリキャラに名前があった方が好き
  • 何も感じない
  • 主人公には名前が無い方が好き
  • オリキャラには名前が無い方が好き
  • 主人公とオリキャラには名前が無い方が好き

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