【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう 作:hige2902
いまさらですが、原作の登場人物のイメージを損なうような印象を受けるかもしれません。
何事も無く元気なら毎日更新です、対戦よろしくお願いします。
第十二話 リジェクト品
わたしはおかしい。と、少女は理解している。理解して生きてきた。納得とは違うが。だから。
だから、飛んでやろうと思った。
パステルカラーの青い空の中で、一人の少女が色の無い瞳で眼下を見下ろす。肩までかかる稲穂色の髪を、春風が柔らかく流した。
心地よい陽ざしと刹那的な誘惑に、自販機で買った紙パックのジュースを落としそうになる。
遠い視線の先ではグラウンドに桜の花が舞い落ちている。豆粒のような同級生が異性とキャラキャラと話しているようだ。他にもスーツを着た両親と話す学生もいれば、さっさと帰っている者もいる。
皆一様に筒を持っていた。義務教育の終わりを告げる、共通規格である証のようなそれを。じぶんも手にしてこそいるが、それを保証するものでは無いのだと知っている。
おそらく見知った一人が目に留まった。友達のカテゴリーにいる、共通の話題に共通規格のイイネを共有する、JISマークのような産業的笑みを貼り付けないといけない相手。
共通を苦にしない事を羨ましいとは思わない。ただ、彼女らを見ているとじぶんの存在が許されないようで陰鬱になる。
だから、飛んでやろうと思った、学校で最も高い場所にいるこの少女は。
いま、クラスの男子学生と楽しそうにお喋りして、親し気に肩を叩いている友達の、友達たちの目の前に落ちたらどんな顔をするだろうか。
重力に叩きつけられ、飛び出た眼球、てらてらと赤く光る血肉から覗き出た骨、一個の生命が終わる音。それらが友達たちの今後の人生に色濃く影を落とし、苦しみ、苛まれれば……少しは普通とは違う人生を送るかもしれない。そうすればわたしの苦しみも理解させてやれるかも。
そう考えると、もうほんの少し重心を前に傾けてやろうという気にもなる。
少女を包む空と、散った桜の色の蠱惑に満ちた旨趣であった。甘く酸い毒の果実を頬張るような。
あっ、と心が急く。トモダチたちが男子学生に別れ際の手を振っていた。飛ぶなら──いま。
「と、渡我さん?」
ハッとして振り返ると、フェンス越しに同じクラスの男子学生、斎藤がいた。いつものほがらかな表情を硬くして少女を見やっている。
「え、なに、してるの」
「ああ、いや別に、何でもないです」
渡我と呼ばれた少女はひょいとフェンスを乗り越える。後ろ髪を引かれる思いが、まだ少しあった。欲しかったものに手が届きそうなところで、急にはしごを外されたような気分になる。
そういえば呼びだしたのはじぶんだったと思い出す。普通らしく、卒業式の日に告白というものをやってみようと考えていたのだが、忘れてしまうほどに甘美に感じたのだ。飛んでやろうという思索は。
ただ、どちらも未遂に終わりそうだ。
SNSではヤリたいだけの人間が「どしたん、話聞こか?」とメンヘラ男に近づくが、その逆の需要がどこにある。希死念慮に囚われた重そうな女に好意を告白されたところで、どうやったらストーカーに発展させずに断れるか悩むだけだ。
斎藤が心配そうな顔で渡我に言った。
「その、大丈夫?」
「あー平気ですよ。ただちょっと天気が良かったんで、フェンス越しじゃない景色を見たかっただけです」
「そう、ならいいけど」
「じゃあもう行きましょうか」
「あの……用事って……」
「んー、まあちょっと天気が良かったので、斎藤くんもどうかなーと。屋上、入った事ないでしょう?」
「そりゃ普段は鍵かかっているから。卒業式だから開いてたのかな、そんなわけないか」
「かもですね」
すっかり告白する気も失せた渡我は、さっさと塔屋のドアを開けて適当に話を切り上げて階段を降りる。くすねた屋上の鍵は、適当に職員室の前にでも置いておけばいいだろう。
校舎にはひとけが無く、二人は陽の射す廊下を歩く。おもむろに斎藤が言った。
「そういえば、みんなでカラオケ行こうって話なんだけど」
「あー、いいですね。行きます」
ウザったい。
喉元まで出かかった気持ちを飲み下し、渡我は共通規格を口にした。こうしていつまでも普通でいなければならないのだろう。高校生になっても、社会人になっても。
そもそもなんで斎藤に好きだと伝えたかったんだっけ。と、過去を振り返る。
たしか、たまたま学校で喧嘩しているのを遠くから見かけたのが切っ掛けだった、と思う。
誰とどういった理由でかは知らないし興味も無かったが、数人相手にボコボコにされても立ち向かおうとした所に胸を打たれた気がする。
肉体が傷ついてゆく過程は、幾層にも覆われた膜を暴き、生を剝き出しにするような淫靡さがあった。
滅びの美学とは少し違うが、死に向かう姿は美しく思えた。
あとはまあ、優しいらしいので付き合えばじぶんのおかしなところを受け入れてくれそうだったから、か。
渡我はなんとなしに卒業証書の入った筒を弄ぶ。三年間よく普通でいれましたね、と社会から貼られたラベル。食品偽装もいいとこだ。
「斎藤くんって、二年の時に喧嘩してましたよね? あれ、なんでですか」
「え? ああ、あれはなんというか……」
気恥ずかしそうに首を撫でながら言った。
「『花』の個性の子の汗が蜜蜂を集めちゃってて、まあ周りの人とちょっと揉めてたから。そんな事で? って感じだけど、エスカレートしていって」
「その子はお友達ですか?」
「いや、全然知らない。ぼくはしょうがないと思うんだけどね、蜜蜂が集まっちゃうことは。汗を止めるなんて無理だし、制汗剤にも限界があるから」
「文句を言う人も心が狭いですね」
「うーん、刺されちゃうんじゃないかって不安だったんだと思う。蜜蜂はよほど刺激しないと攻撃しないって納得してもらえなかったのは残念だけど」
ふうん、と渡我は改めて興味がわいた。
『花』の個性持ちを責めた人間まで擁護するとは思わなかった。
それに蜜蜂が集まってしまうという普通ではない短所を認め、それは仕方の無い事と言い切ってしまう寛容さも持ち合わせている。
もしかしたら。そんな希望が胸に満ちていくのを覚えた。
この人なら、おかしいじぶんを理解し受け入れてくれるかもしれない。ひた隠しにしてきた、親にすらおぞましいと言われた願望。
それを唯一認めてくれる人間が、いま隣にいるのだとしたら。
渡我は不意に立ち止まって言った。
「斎藤くん、好きです」
「へ」
脈絡も無く伝えられた行為に、間の抜けた声が出した。振り返って、一歩後ろの渡我を見やる。
「ほんとは屋上で告白する予定だったのですが、なんかタイミングが合わなくてゴメンナサイ」
「それは、いいけど。あっ! いいっていうのは、その渡我さんに好きって言われて嬉しいっていうか、その、オッケー的な意味だけど」
あたふたする斎藤になんだか可愛らしさを覚えながら、渡我は続けて言った。
「ただ、わたしはおかしなところがあってですね」
「えっ、と。何? ちょっと待ってね、落ち着くから、告られたの初めてで、ちょっと……よし、いいよ」
斎藤は優しい男である。それは間違いない。渡我のおかしなところを聞いても嫌悪感を覚えたりはしないし、付き合うのを辞めるような男ではない。
これから行われる問答に対し、斎藤に一切の悪意は無く、それは正しさと優しさの一つと言える事は間違いない。
「わたし、素敵だなって思った人の血を、どうしても飲んでみたくなるんです」
「うん。わかった、じゃあ……」
斎藤が柔らかい表情で口を開く。渡我の胸が期待と高揚感で一杯になる。顔が上気しているのがじぶんでもわかった。
「治そう。ぼくに何が出来る事ならなんでもするし、色々調べて考えてみる。一緒に頑張ろう!」
心臓の血がフッと蒸発してしまったような喪失感。運命に裏切られ、どうでもよくなるほど底の底まで落とされた気がして、ぼんやりと窓の外を見やる。
吐き気がしそうな晴天だった。
明らかに落胆の表情を作る渡我に、斎藤は焦った。
「えっなに、ごめん渡我さんぼくなんか変な」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーはいはいはい、はいわかりましたー」
「えっと、ごめんね」
「って感じです、今」
「なにか変な事言っちゃったみたいで」
「謝らなくていいですよ、それはむしろこっちのセリフですから」
「それ、どういう」
「ごめんね斎藤くん。普通じゃなくて」
抑圧されてきた怒りよりも、どうでもよさに溺れていく感覚がした。深く暗い虚脱感。
気味が悪い、汚い、異常だ、病院に連れていく、絶対にそれを人様に言うな。幼い頃から親に責められ続けた封がほつれゆく。
受け入れられたら使うつもりだった、ポケットの中の大型カッターの刃を出す。結局同じことになった。
治すってなんですか?
だったら断ってくれた方がマシです。それでわたしが普通になるって事は、ついさっき告白したおかしいわたしを殺す事と同じなんですよ。おかしいわたしがいなくなるんだから。
リノリウムの床に鮮血が滴る。わけもわからず倒れ込み、もがき苦しむ斎藤に寄り添い、渡我は紙パックのジュースから抜いたストローを傷口に当てた。
白いストローにサッと赤銅色が走る。
「なんっ、で、渡我さ……」
息を乱し、涙を浮かべて問う斎藤に、満ち足りた笑みを浮かべて答える。
「好きな人の血を吸えば、満足して治ると思ったからですよ。言いましたよね斎藤くん、何でもするって。まあ、わたしはおかしいままみたいですけど」
廊下の端から悲鳴が聞こえた。
同級生が怯えながら落としたスマホを手に取り、震える指で警察に通報している。
こうなる事は、渡我自身うすうす感じていた。いつか抑えきれない衝動による致命的なほつれで身を亡ぼす。それが今日だっただけの話。遅いか速いか、事に及ぶか自殺するかの違いしかない。
それならもう、これでいい。自ら命を絶って未然に防ぐくらいなら、欲を満たしてからいつか死ねばいい。
どうせ誰も……
着の身着のままで、渡我は街に消えた。裏路地を行き、適当に雨風を凌げる場所で夜を明かす。
スマホを見ると、かなりのニュースになっているようだった。少女が少年に暴行を加えたとなれば当然の話。SNSでは凄まじいバッシングが溢れかえってる。
出頭する気などさらさらなかった。行けるところまで行って、ダメになればいい。
そうして少女はさまよった。
もし渡我が男であれば、ある程度の金策の目途は立つ。適当にオバサンを誘って、あとはホテルで財布と共に逃げればいい。
そうもいかないので、チンピラ相手にヴィジランテまがいの事をして稼いだ。
本来であれば相手を傷つける行為には本能的なブレーキが入るが、人間、いちど合切に諦めがつくとタガが外れる。
悪事に手を染めきれない格好ばかりの小悪党相手に、だから少女は意外にも立ち回れた。
そうして無頼となって、ヒーローや警察から身をかわし続けた。
もつれた足でゴミ箱をひっくり返し、生ごみにまみれて倒れるがもう身体を動かす事すらままならない。
人の気配がした。が、それは追ってきたヴィランではなかった。
視線だけを上に向ける。雑居ビルに挟まれた晴天の光を背にした人物が、慈愛の神に思えた。
「……かわいそうに、大丈夫? さっきのヴィランは始末させておいたから安心していい」
そうして差し伸べられた安寧の言葉と手は、渡我の心に色濃く影を落としていった。
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朝の1-Aの教室では取蔭、芦戸、耳郎のいつものメンバーが机の上で雑誌を捲っていた。その周りを他のクラスメートが取り囲んでいる。
「おースゴイ、ほんとに載ってる」
と、取蔭が感心する。
「なあ、どうやってマスキュラー倒したんだ? やっぱ二人で協力してって感じ?」
「……最後は波動先輩に尻拭いっていうか、とどめを刺してもらったっていうか」
おぉ~という感嘆の声がクラスに響く。
広げられた紙面では、ぎこちない笑みの彼がインタビューを受けていた。当の本人はというと、恥ずかしさで机に突っ伏している。やはり受けるべきではなかっただろうかと後悔する。
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雄英の窓口とミッドナイト経由で集瑛社からこの話が来た時は乗り気ではなかったが、先方の誘い文句に心が動かされたのだ。
『士傑襲撃、保須でのステインや脳無の騒動に揺れる秩序。いまヒーローの卵を取り上げ、後進の育成を世にアピールする事は、近頃の不穏な社会情勢に動揺している市民に対する安堵を与える事にもなる』
そういった一助となるならば、と受諾した。
ただし雄英の条件として担任の香山の同伴と、ヴィランに対する牽制や挑発的な答えを引き出す質問、その類の記事にはしない事を取り決めとした。
未成年を取材する集瑛側の配慮として、彼と学校とも連絡先を交換し、最終原稿のチェックも入る。
おしゃれなレンタルスペースで男性記者と受け答えしているうちに、ある質問に行きつく。それはヒーロー科に属する者であれば避けようも無いものだった。
『体育祭ではベスト4という好成績でしたね。ところでわれわれ一般市民には、あなたの個性は隠密性に優れている、という事しかわからなかったのですが、詳しく教えていただくことは可能でしょうか?』
記者が下手に出るのにはセンシティブな理由があった。
個性に関する法整備は、依然として遅れている。個性を役所に届ける事は義務ではあるが、個性を他人に教える、あるいはそれを強要するというのはプライバシーの権利に反するのではないか? という学説があった。
ヴィラン向けだったりエッチな事に使えそうだと妙なレッテルを貼られるという事例も、いまもどこかで発生している。
最近になってからとはいえ、個性を秘密にする権利も周知されてきた。
地味というのを隠密性に優れていると言い換えるとは、さすがに文字を扱うだけあるなあ、と彼は感心したがそれとこれとは話が別だ。
『体力』を卑下しているわけではないがコンプレックスに感じなくもない。派手な『ヘルフレイム』や空を舞う『剛翼』に憧れるのは正直な気持ちだ。
とはいえ、いつかはバレるだろうから良い機会なのかな? と考える反面、がっかりさせてしまわないかな、という憂いもある。
少し考えこんでいると、隣に座っていた香山が強く言った。
『彼に限らず、個性についてのお答えは出来ません』
『ですが雄英のヒーロー科であればなにかと注目されますから、遅かれ早かれの問題でしょうし……』
『雄英であれ士傑であれ、会社内や近所づきあいにしろ、他人の個性をみだりに尋ねる事は好ましくありません』
『彼には既にファンもいますし、これもファンサービスの一環と考えていただければ、と』
記者は彼に懇願するような顔を作るが、香山の剣呑な雰囲気に比べれば一考の余地も無い。
『申し訳ないんですけど……』
と断ってインタビューは終わった。
スタジオを出てエレベーターに乗り、彼が車の助手席に座るまで、香山は一言も喋らずに苛立ちをあらわにしていた。
それが記者ではなくじぶんに向けられたものだと、彼は道すがらに遅れて理解する。
『あんなの考えるまでも無いでしょ』
ハンドルを握ったまま、香山は冷たく言った。
『プロは個性がバレてもある程度問題無い。その辺のヴィランに講じられた対策を覆すポテンシャルや搦め手、必殺技、サイドキックや他事務所のフォローがあるから。で、『体力』にそれがあるわけ?』
『……いえ』
『秘密は武器になる。『体力』が秘密の個性の内はその恩恵が必ずある。だからそれを暴こうとする理解からは距離を置かなければならない。『体力』が暴かれれば誰も持久戦に付き合わない。ヴィランに逃走か戦闘か思考する隙が発生せず、きっとノータイムできみを殺す方を選ぶ』
『すみません、気を付けます』
『訓練でチームを組んだら個性を言わなきゃいけないし、いずれ世間にバレるにしても、きみが取る長期的な戦略はそのいずれを可能な限り伸ばす事でしょ。少なくとも他のヒーローのフォローを求められる環境を構築するまで』
しょんぼりしている彼を自宅に送り届けた後、香山はすぐさまスマホを取りだし、予断を許さぬ真剣な口調で言った。
「ミルコ、いま電話しても大丈夫? 今晩空いてる? 話があるんだけど……いつものとこで、うん」
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「言い過ぎたかも~」
個室居酒屋の掘りごたつテーブルに、空になったビールジョッキがゴツリと景気よく置かれた。飲み干した香山は赤い顔に両手をぺたりと当てて嘆く。
オレンジジュースをくぴりとやったラビットヒーロー、ミルコこと兎山が半目して答える。
「いきなり何の事かよくわかんねぇけど、それで挫けるくらいならその方がそいつの為なんじゃねーの?」
「いやでもヒーロー科来て半年経ってない去年まで中学生にキツく当たっちゃったのツラ、罪悪感ヤバ、気分ワル」
「じゃ言わなきゃ良かったのか?」
「だってなんか死にそうだなーって思ったらさー、わかるっしょー? あの感覚。言葉なんか選んでらんなくてさー」
ふむ、とミルコは箸を置き、髪をかき上げて一考した。
「あー、まーな」
オールマイトの活躍により秩序は安定してきたとはいえ、ある程度プロを続けていればヴィランとの生死を賭けた戦いや、間一髪で救った命の経験は数多くある。
その時に冷たいヤモリが脳裏を這いずるような感覚、一瞬で覚める白昼夢であったり、デジャヴのような既視感、走馬灯、閃光のようにほとばしる直感。人それぞれあるが、その感性に従ったからこそ、こうして生きているという言葉では説明できない実感がある。
もしもあの時、そっと引き出しの一番奥に隠しておくべき彼の個性を白日の下にしていれば、それが
プロの直感はバカにできない。
適当にサラダを突っつきながら、なんとなく誰の事か合点をいかせる。
「けどそうそうないだろ。指名手配級とかち合ったり、ヤバい個性犯罪に巻き込まれるなんて。たぶん前回のがアイツの危機のピークだよ、人生レベルで」
「んー、まあそうかもだけどさー」
そういえば兎山はまだ、彼が花火田にケリを付ける覚悟を胸に秘めている事を知らないのだった。
香山は言うべきか悩む。ああいった決意を他人が勝手に口にしてよいものかどうか。
それに兎山が知ればきっと今より苛烈な訓練になるだろう。というか、現役が聞けば割と真面目にキレるかもしれない。いや、彼女なら面白がるか?
とにかくまあ、今のところ生徒と兎山の関係は良好なので、嫌われ役は一人の方がいいかという結論に至った。
「でもやだなー、必要以上に厳しくするの。嫌われたくなーい」
「だからアイツはそーいう性格じゃねーし、そもそもヒーロー科の連中はそういう覚悟だろうよ。……つーかあれで図太い神経してるよ、ほんと」
「だといいけど……あれあんたアルコール飲んだ? ちょっと顔赤くない?」
「おまえが酔っ払ってそう見えるだけなんじゃねぇの?」
不愉快そうに小粋に鼻で笑うと、残ったオレンジジュースを一気に干した。
「つーか、どうして飲み屋はオレンジジュースなんだろうな。キャロットジュースくらい置いとけよ」
「なんかドロッとして濃いから油ものと合わないからじゃない?」
言って香山は店の端末でビールを追加注文した。
「いいのかよそんな飲んで。そろそろ雄英で生徒と教師を含めた
「だいじょぶだいじょぶ。てか他人事みたいに言ってるけどあんたも受けんのよ、出勤日じゃないけどちゃんと来てね」
「えーめんどくせぇ」
「事務所持たずにやっていけてるのは凄いけど、やっぱ福利厚生が無いってのは致命的よねー」
その後はくだらない話で夜が更けた。
香山は味の濃い唐揚げを頬張る。兎山に相談して薄くなっていた彼に対する罪悪感を、ふと再認識した。
ま、嫌われるのも仕事の内かとまとめてビールで飲み下す。
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「そういえば拳藤さんはご覧になりました?」
授業の合間の休憩時間に、八百万が興奮気味に話しかける。
この後の話の展開に薄々勘づいて、拳藤は胸がきゅっと締め付けられる思いになる。わかっていながらも無駄な抵抗を試みた。
「んー、何を?」
「芦戸さんが持ってきた雑誌ですわ。同級生がこうもはやくに注目を集めるのは、なんだか嬉しいものですね」
たしかに、凄い。それも指名手配級を下したのだ。本人の話を聞くに、ほとんど彼の実力で。
八百万の高揚は告ろうとした彼の活躍だというのもあるだろうが、拳藤としてもマスキュラーのような凶悪犯が捕まった事実は良い事だと思う。
「いや……見てないよ。まあ、なんとなく話には聞いてる」
「あら、よろしいのですか?」
無垢な八百万の顔を直視できず、拳藤は目を伏せて机に視線を泳がせる。それから窓の外を陰鬱げに眺めた。
「そうだな、気が向いたら借りるかも」
そんな曖昧な返事で、受け止めたくない事実を遠ざけた。
次回 明日