【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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 期末試験
第十三話 自罰の徒 前編


 夕焼けに染まった森の中で、護送車が白煙を上げている。車輪の跡も無く、まるでそこに降って湧いて出てきたように。

 既に運転手は逃げ、数人の護衛は意識を失っているか怪我による戦意喪失状態だ。

 

 残っているのは掌のマスクをした白髪の青年、死柄木 弔。両手と頭部が黒いモヤで覆われた黒霧。

 死柄木が護送車の扉を開ける。中には人間大の円柱状の物体が横たわっていた。移動式牢と呼ばれる重個性犯罪者用の拘束具である。

 

 それに五指で触れると『崩壊』の個性が起動し、本来であれば正規の開錠か長時間の破壊行為によってしか壊れないはずの移動式牢が、枯れ葉のように崩れ落ちて塵となった。

 

「こいつは、貸しだ。ヒーロー殺し」

 

 中に囚われていたヴィラン、ステインは何も言わずに体の自由を確認する。

 

「無視すんな。士傑のヤツら、案外強かったろ。おれもまあ正直、学校を襲った時には予想外でムカついた」

「なぜおれを助けた」

「貸しだっつったろ。とっととこの場から離れるぞ、すぐにGPS頼りにヒーローどもが駆け付けてくる」

 

 黒霧が『ワープゲート』を起動すると、森にそぐわないドス黒い気体がぞわりと広がる。

 死柄木は多くを語らずに『ワープゲート』に入った。恩着せがましくもなく、説得するでもなく。簡素な貸し借りだけを口にした。

 それがステインに一考の価値を与え、三人はヴィラン連合のアジトであるバーにワープした。

 

「アイツになんか飲み物出せ、黒霧」

 

 どかりとバーカウンターに座った死柄木の注文に答えながら、黒霧は部屋の隅で壁にもたれかかるステインを盗み見る。

 まさか助けるとは思っていなかった。

 

 どうやら、オールマイト殺害を目的とした士傑襲撃の失敗は、いい意味で死柄木に影響を与えていたようだ。

 目標が不在という不運にみまわれたものの、すぐに計画を変更し、生徒を殺しておびき寄せるところまでは良かった。

 

 士傑生は敵意を持って人を個性で傷つける事に慣れておらず、初の実戦的な対個性戦に動揺していた。が、身体能力強化と思われる個性の少年の一打によりその流れは変わる。

 

 広範囲の物質を『柔化』させる個性や『旋風』、類稀なる戦闘センスを持った『爆破』、特に『氷炎』使いの生徒は学生の域を超えており、切り札の脳無も駆け付けたオールマイトに倒された。

 

『ワープゲート』で撤退した死柄木はしばらく「なんだこのクソゲーは!」と荒れていた。が、ひとしきり暴れて気が済むと頭を掻きむしり、机に突っ伏して一つの結論を出す。

 すなわち、敗因である。

 

 黒霧にはこれが意外だった。おそらく、もう少しでという失敗なら反省という行為には至らなかっただろう。プライドを失うほどこっぴどくやられたからこその原因追及。

 

「仲間がザコかった。あんなモブを集めてもしょうがない、やっぱネームドキャラがいる」

 

 その後、ヒーロー殺しと名高いステインを勧誘したが、あまり良い反応ではなかった。

 保栖市で地道な啓もう活動に勤しむステインの嫌がらせに三体の脳無を放つが、納得のいく成果は得られなかった。

 

「……こんなもんか、ステインにしろ、脳無にしろ」

 

 ビルの貯水タンクの上から、ところどころで煙を上げる街を見下ろしてぽつりと死柄木が言った。それは妥当の意味ではなく不足に対する幻滅だ。

 複数の個性を持ち、人間を上回る肉体スペックをもってしてもヒーローに対応されてしまう。何人ものヒーローを殺害してきたヴィランが、士傑の一年生に捕らえられてしまう。

 目の前に立ちはだかる壁は、思いのほか強固で高い。

 

 んー、と頬を掻き、出した答えがステインの救出だった。護送車ごと『ワープゲート』で適当な場所に飛ばし、あとは混乱に乗じて強襲して護衛を片付けるだけだ。

 黒霧が感心したのはその際の命令だった。

 

「一般人は殺すな」

 

 おそらく士傑襲撃前の死柄木なら皆殺しにしていた。が、今は崩そうしている現代ヒーロー社会の堅牢さを知っている。ゴリ押しではクリアできないゲーム。だから仲間と策略が必要な事も。

 

 無償の行為によるヒーロー像を取り戻す目的のステインと、ヒーロー社会の破壊を漠然と目指すヴィラン連合では行動理念が根本的に異なる。なのでステインを引き入れるなら、ヒーローとは無関係の人間を殺すのはマズいという事を理解しているのだ。

 

 また、ヴィジランテの側面も持つステインは当然、ヴィラン連合なる不届きな存在も粛清対象でしかない。だがその厳格さに付け込む貸し借りという首輪は有効だった。

 

 カウンターの上に琥珀色の液体が注がれた一杯のグラスが置かれた。

 

「それで死柄木 弔、次はどうしますか」

「とりあえずはまあ、まだ仲間集め継続だな。『凝血』を使った案も考えてぇし」

「と、いう事です、が。協力していただけるのでしょうか?」

 

 黒霧の視線を受けて、ステインは少し目を瞑り、ドアへと向かいながら言った。

 

「いいだろう。だが借りを返すまでだ」

「飲まねえのかよ、せっかく黒霧が用意したのに」

「慣れ合うつもりはない」

「しばらくヒーロー狩りは控えろよ、貸しっぱなしのまま、またガキに捕まったら目も当てられねえ」

 

 皮肉を背に受けたまま、ステインは夜に消えた。

 

『上出来だよ、弔。素晴らしい』

 

 部屋の隅にあったモニターが起動し、スピーカーから男性の声が流れた。力強く、矛盾するようだが安心できる畏怖を含む声色だった。

 

『指名手配級のヒーロー殺しを駒にするとは思ってみもなかった』

「ガキに負かされるようなヤツだけどな、おれが言うのもなんだが」

『それでいい、それでいいんだ弔。この世で最も強力な力とは理解だ。現状のじぶんの弱さを理解する事は、それを見てみぬふりをするよりも遥かに強い行動だ』

「そりゃどーもなんだけどさぁ、ドクターに二つ頼みたい事がある。まあ出来るかどうか知らねえけど、その名前通りならいけると思うんだが」

 

『言ってごらん。可能な限りは手を貸そう、わたしも、ドクターも、黒霧も、きみの為に。きみの味方だから』

 

 弟子の成長に喜びを隠しきれぬ様子で、先生ことオールフォーワンは言った。

 

 

 

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 入学から三ヶ月ほど経つと、さすがにクラスも打ち解け、変化が現れだした。

 例えば特に食事事情である。

 

 基本的に、いくら仲が良くても1-Aの全員が一堂に会して昼食を取るなどという事はもちろん無い。それはどこの学校のクラスでも同じことだろう。

 

 彼はだいたい、体育祭のオイルマッサージ事件を切っ掛けに芦戸、耳郎、取蔭と、思春期特有の男性に対する距離感の戸惑いが少ない八百万の五人で食べる事が多い。たまに小森が入る。

 ランチラッシュの食堂ではなく、テイクアウトで適当な公園のテーブルで食べている事が多い。

 

 ただし、週に一度は違う。

 彼は三年生の波動ねじれと昼食を取る。

 それは全員知っている。以前誘った時に、そう断られたからだ。

 ただ職場体験明けからは一日ズレて、なぜかミルコの戦闘訓練の無い日になっていた。たぶん特に意味は無いと思われる。

 

 そして変化といえば、どこがどうと具体的に説明できないし恥ずかしいので誰も言い出さないが、職場体験明けから彼がちょっとカッコよくなった気がする。仕草の端々に大人が香ると表現すればいいのか、大人の階段を登った印象を受けると言えばいいのか。

 

 男の子は恋するとカッコよくなる、とはよく聞くセリフである。男性ホルモンがどーのこーのの因果関係があるかは知らない。

 

 なのでその週に一度のその日はクラスに、全員が全員思っているわけではないが、波動先輩となんかあったのかなぁ~という湿気を帯びたぬるい空気が満ちる。

 いやでもほとんど接点ないし、職場体験で一緒に活動したのは最初と最後の日だけらしいし、まあ吊り橋効果があったとしてもそこまで発展しないだろう。

 

 波動先輩は雄英のBIG3だし、憧れるのも頷けるというか。けど一緒に過ごす時間はクラスメートであるこっちの方が長いというアドバンテージがあるから、まあ。

 

 その考えに至ると、まあいいかとなった。

 彼女たちが彼の事をどう思っているのかというと、一緒に楽しく過ごせればそれでいいというレベルだ。だというのに、なぜいちいち波動との仲を勘ぐり、アドバンテージがどうのという話になるのだろうか。

 めんどくさい事この上ない。

 

 しかしそれはしょうがない事だ。

 思春期で無駄に性欲があり余る多感なお年頃の子のほとんどは、本気で付き合いたいから努力してアプローチする訳でもなく、なんとなくクラスのあの子とイイ感じに発展しないかな~無理かな~出来たらいいな~向こうから来てくれないかな~、くらいのぼんやりした実の無い欲望を無限に抱いてしまうものなのだ! 

 

 ここに異論を唱える者はそういない。はずである。

 つまり青臭い青春とはそもそもめんどくさいのだ。

 

 そんなわけで各々がグループを作ってのほほんと食事を楽しんでいる時、彼は汗をたっぷりかいてぐでーっとした甲矢と、それオカズにご飯を食べていた波動に、昨年の期末試験の事を教えてもらっていた。

 

 

 

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「八百万さん、お願いがあるんだけど。職場体験前に創ってもらった服がダメになっちゃって。またお願いしていい?」

 

 この後のヒーロー基礎学はコスチュームに着替える必要があるのだが、ファンザ襲撃事件の際に短パンが溶かされてしまっていた。このままではぴったりとしたインナースパッツで出席しなければならない。

 

 その辺のスポーツ用品店で調達してもよかったが、八百万が創ったものは高機能な高級素材が使用されている。似たような物を買うとなるとかなり値が張るのだ。

 

 八百万になんでもかんでも『創造』してもらうのは気が引けるし、彼女としても節操無しに頼まれては困るだろうが、今回は企業のライセンス停止という事情があり先生からも話が通っている。

 

「構いませんわ!」

 

 パッと顔を輝かせてぷりぷりと得意顔になる八百万を、クラスメートたちは微笑ましく眺めていた。まるで小学生が気になる子に頼られて張り切るようだ。

 

「少々お待ちください」

 

 言って八百万は少し足を開きスカートの中に手を突っ込む。

 

「ちょっと待て!」

 

 その場の全員が思った事を口に出してくれたのは拳藤だった。

 

「はい?」

「どっから出そうとしてんだ」

「どこって、太ももですが……」

 

 言って八百万は不安にそうに視線を巡らす。

 

 またワタクシ何かやっちゃいました? 

 

「いやもっとあるだろ、よりにもよって……」

「小さな物なら掌から『創造』できますが、ある程度表面積の大きい物は比例してわたくしの露出面積が大きい部位からでないと」

 

 言われてみれば長袖のブラウスと膝下までの靴下では、自然と『創造』できる箇所は限られる。脚の側面からだとスカートがめくれて下着が見えるかもしれないが、内ももから出されればさすがに彼もイヤな顔をするだろう。

 

 と思って拳藤はそっと視線で彼の態度を探るが、全然気にしていないふうだったので諦めた。優しすぎるというか、鈍感なのか。

 というか、八百万がいつまでもスカートに手を突っ込んだままなのがなんかアレだ。

 

 こうして彼の手には出来立てホカホカ(比喩ではなく)の短パンが手渡された。

 さすがに顔をうずめるのはマズいよなあ、と欲求に抗いながら、更衣室に向かう。

 

 

 

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 ヒーロー基礎学の救助訓練は密集した工業地帯で、救助者の元へと駆け付けるレースの形態をとっていた。十四人クラスなので五人組が二つと残り四人の計三グループが組まれた。

 

 第一グループは拳藤、蛙吹、角取、塩崎に彼が加わる。全員が正方形の訓練場の外側に等間隔でスタンバイしに行く。

 別れ際に、拳藤はちらと彼に視線をやった。静かに深呼吸し、気を張る。

 やがて開始の号砲が鳴った。各々が個性を起動する。

 

 様子をモニタしていたクラスメートの下馬評としては、角取、蛙吹、塩崎、拳藤、彼の順が妥当なところだった。

 このグループ分けには、機動力の有る者とそうでない者が意図的に混成されているのは誰の目にも明らかだ。

 蛙吹の跳躍力は言わずもがな、自身の角を自在に飛ばせる『角砲』を持つ角取は、その上に乗り空中を移動している。

 

 塩崎の頭髪を構成する『ツル』も触手のように伸び縮みするので、高所に引っ掛けて縮ませれば高低差を無視して移動できるし、蜘蛛のような節足動物を模せば走破能力も高い。

 こういった込み入った場所では、どうしても上を行ける者が有利だ。

 

 拳藤の『大拳』も、地面を強く引っ搔くように扱えば短距離の高速移動が出来る。とはいえ大小さまざまな工場や複雑に絡まるパイプ、巨大なタンクが建ち並ぶここでは活かしにくい。

 彼の個性も障害物を乗り越えたり高速移動能力に関与するものではない。というか普通に頑張って走っているだけにしか見えない。

 

「おー。体力測定の時も思ったけど、やっぱ脚速いね。飛べたりする個性持ちを除けば50メートル走は一位だっけ?」

 両手を頭の後ろで組んだ芦戸がのんびりと言った。取蔭が。そーいえばそーだったな、と後を続ける。

「でも大丈夫かよ、しょっぱなからあんなトップスピード出して」

 

 それは杞憂だった。多少遠回りになっても無理にフェンスや建物を乗り越えようとせず、全速力で走り続けた結果、番狂わせとまでは言わないが三位に収まる。

 

 拳藤が肩で息を切らし、目的地に到着する。じぶん以外の全員がいた。相当な距離を走ったはずの彼が、涼しい顔で角取と話している。

 

「やっぱり飛べるのってこういう時にも活躍するよね。ヒーローって感じがするし、いいなー」

「じゃあちょっと乗ってみマスか?」

「えっいいの!」

「もちろんオッケーです。あっ土足で大丈夫デス」

 

 和気あいあいとした雰囲気の端で、拳藤は最下位という順位に、いや、彼に負けた事に対して拳を握りしめた。

 

 

 

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 いよいよ学期末の演習試験を前にして、クラスは緊張に包まれていた。

 彼が先輩から入手した例年の情報によれば、入試のロボを相手とした実戦らしい。多くの生徒からしてみればそれほど脅威には感じないが、ロボにオプションが付いていたりと、なにかしらの調整が加わっているかもしれない。

 

 実際、ロボはたびたび訓練で使われるが、一年が相手する機体と三年が相手する機体は別物と言っていいほどスペックが違う。免許取得前に使われる機は俗に卒検ロボと呼ばれており、思考デバイスにはミリタリークラスの戦術戦場構築理論がインストール済み。ハードウェアもその運用に耐えうるものになっている。

 

 が、いざ準備してみれば試験内容は教師との戦闘に変わっていた。

 彼と葉隠がイエーイとハイタッチする。攻撃力が低い二人からしてみれば、ロボよりマシ。

 

 変更理由としては、なんでも士傑が昨今のヴィラン活性化を鑑みて、より実戦性を意識する方針を取ったそうだ。

 士傑襲撃事件以降、各校では情報共有が密に行われている。主犯格の『崩壊』や『ワープゲート』使いの個性の内容や人相は、()()()()()()()()()()()

 

 いまのところヴィラン連合の狙いはオールマイトにあるようだが、士傑と足並みを揃えて後進の育成に力を入れ、次世代ヒーローの実力を全体的に底上げするのは組織として取り組むべき課題だった。

 

 合格となるルールは、ヴィランを演じる教師に手錠をかけるか、誰か一人が訓練施設に一つだけある脱出ゲートから逃げる事。

 会議では生徒は二人組が妥当とされたが、よりプロとの実力差を体験した方が良いというミッドナイトの一言で、三人組が四つと二人組が一つのグループ分けになった。

 

 彼は拳藤、柳と同じグループになり、ヴィラン役はミッドナイトが演じる。

 ミルコが他の生徒と無人運転バスに乗り込む際に、ふとミッドナイトが視界に入った。腰の横にマウントしている鞭の柄の形状に眉をひそめる。長さは四十センチ以上あり、極端に細かった。

 

()()は大人げなくねぇか? と思いはしたものの、まあ授業で生徒をボコボコにしている身なのですぐに忘れた。

 

 

 

 彼らが到着した訓練施設はビジネス街を模していた。強化ガラスが青い空を反射している。

 高さのあるビル群で縦の視界は悪いが車線の多い道路はガランとしており、人影があればすぐに気付けそうだ。

 

 ミッドナイトの『眠り香』は、身体から発せられる香りを吸うと眠りにつく、というものである。影響範囲がどれほどのものかわからないが、おそらく脱出ゲートの前で陣取るのが定石だろう。

 

 演習試験開始の号砲が鳴った。

 拳藤が『大拳』で適当なビルの外壁を砕くといくつものコンクリの破片が出来た。それを柳が、身近にある物を動かす『ボルタ―ガイスト』で操る。

 

 作戦としては風向きに気を付けながら接近し、柳の操る破片で死角から飽和攻撃をしつつ、『大拳』で旋風を起こして『眠り香』を霧散させ、近接戦闘に長けた二人で一気に片を付けるのが妥当と考えられた。

 

 小森のスエヒロダケと同じくある程度は息を止めなければならないが、教師陣は重りのハンデが付けられていた。数の利もあるし、それに今回はカランビットと三段警棒を持ち込んでいる。

 少しでも無理そうなら後衛の柳が二人を『ポルターガイスト』で回収し、制限時間の三十分まで再トライ。

 

「わたしのアイテムも持ち込めれば良かったんだけどな」

 と柳が不満げにこぼした。

「退却戦のシチュエーションだからそんな大荷物はダメだって。せっかくサポート科に造ってもらったのに」

 

「柳さんのアイテムってどんなの?」

 と彼が興味ありげに尋ねる。

 

「んー、何て言うか……運用設計としては陣地防」

 

「……あのさ」

 と拳藤が低い声で遮った。

「一応チーム組んでるわけだし、聞いていいよね? 個性」

 

 そういえばそうだと柳が彼に視線をやる。あまり役に立たないと自称しているのは何となく聞き及んでいたので、考慮に入れず作戦を立ててしまった。

 彼は首筋を撫でながら、気まずそうに答える。

 

「人より、その……『体力』がある……だけ」

 

「ああ、それでこないだの救助訓練でトップスピードをキープできてたんだ」

 柳が合点をいかせて、ふと反応の無い拳藤を盗み見る。こわばった顔をしていた。

 

「一佳? どしたの」

「いや、別に。なんでも」

 

 なんでも、無い。ようには見えなかった、柳には。顔を背けられるが、どうも様子がおかしい。中学からの馴染みの仲なので、それくらいはわかる。

 問い詰めるべきか悩んだその瞬間、眼前十メートルほどの距離にミッドナイトが前触れも無く降り立った。

 

 接敵するにしても早すぎる。いったいどのような移動手段を使ったのか。

 その戸惑いを待たずに、ミッドナイトが自身のヒーローコスチュームを引き裂いた。露出した腕部から『眠り香』が漂い出す。計画通り、拳藤が突風を発生させてかき消した。

 

 彼が大きく息を吸い距離を詰める。同時にコンクリの破片がミッドナイトを半球状に包むように配列され、一斉に襲い掛かる。が、風切り音と共にすべてが砕け散った。

 それがミッドナイトの鞭によるものだと知ると戦慄するが、発生した僅かな隙の間に彼は十分に接近している。

 

 鞭は特性上、先端に向かうほど速度が増し、攻撃に適している。裏を返せば近距離では取り回しに難がある。

 無理に使おうとするなら、シラットの強力なディスアーム*1で対応する。

 

 彼はそう思考して、ミッドナイトの右手が握る鞭にちらと視線をやる。そこで初めて不可解な事に気づく。一本鞭にしては柄が奇妙だ。持ち方も、指揮棒のように端を包む手つき。

 危うさが滲む。しかし連携はこの上なく成功しており、絶好の機会だ。三段警棒を展開し、流れに乗って強打を放つ。

 

 ミッドナイトが不敵に微笑を浮かべる。視線の高さで手首を軽く振るうと、一本の鞭はいくつもの∞の記号が下に向かって連なる壁に早変わりして攻撃を弾いた。同時に滑らかな側転で後ろに距離を取る。

 

 

 

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「なにあのミッドナイト先生のアイテム! 変形するの!?」

 と、別室でモニタしていた でっかいたんこぶ付きの芦戸が驚愕した。

 そんな疑問に答えが返ってくる。

 

「ありゃあリボンの蛇形(だけい)って技だよ、新体操の」

「知っているんですかミルコ先生!!」

 

 速攻で芦戸たちをボコって演習試験を終わらせたミルコが腕を組む。

 

「ま、あの鞭がアイテムなのは違いないけどな。握力を参照して伸縮するし、先端は吸着するし。プロやってた時にたまに持ち出してたな」

 

 にしても、一年相手にガチになりすぎじゃね? と自分の事を棚に上げてミルコは小首をかしげた。

 

 

 

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 詰められない。

 あと半歩さえあれば決められるはず。その、はずを抱えたまま無為に時間を稼がれる。

 実経過時間はまだ十数秒程度だが、永遠に辿り着けない気さえしてきた。

 

 牽制の蹴り上げからのI字バランス、そこから崩れ落ちるように倒れ込んだかと思えばするりと距離を取って立ち上がる。その淀みない一連の動作の間に、鞭による攻防は絶える事は無い。柳の援護射撃も凌ぎ切っていた。

 既存の鞭術とは全く違う動きに翻弄される。

 

 彼らに侮りは無かった。ただ、ビルボード級のミルコよりは、元プロのミッドナイトの方が勝算はあると踏んでいた。

 それは誤りである。ミッドナイトに限らず、他の教師陣も遥かに格上。プロとの実力差を体験してもらおうという方向性の元、ハンデ込みでも遺憾なく実力を発揮している。

 

 そうして彼は、詰められないかつ、詰められた事に気付いた。

 こちらは有効打を与えられないが、相手は鞭によるダメージを確実に当ててきている。かといって引くことも出来ない。『ポルターガイスト』で後退してもおそらく鞭で絡めとられる。

 

 鞭が彼の首に巻き付いた。絞められ、呼吸が苦しい所に絶妙なタイミングで拘束が緩まり、たまらず咳き込んだ。

 人体の反射行動に理性は警鐘を鳴らしていたが、既にミッドナイトは彼に抱きついていた。風で吹き飛ばしようのない、ゼロ距離での甘い色香を吸引させられる。

 

 拳藤の加勢も間に合わない程の間の、一分にも満たない攻防だった。

 

 ミッドナイトはふらりと虚脱した彼の身体を抱く腕に力を入れた。大きく柔らかな双丘が潰れ、お互いの鼓動の音が聞こえるほどに強く。そしてそっと、艶やかな唇を耳に寄せる。

 湿り気を帯びた吐息の熱が感じられるほどの距離で、冷酷を囁く。

 

「わたしが花火田の組織の人間なら、きみは死んでる」

 

 自由の利かない身体でかろうじて下唇を噛み切るも、痛みでどうこうできる睡魔ではなかった。

 

「拘置所で会った男は後悔するでしょうね、きみに期待した事を」

 

 懸命に意識を保とうするが、そもそもいま瞼を開けているのか閉じているのかすら把握できていない。

 ただ、ミットナイト先生の言葉が、自らの実力不足がたまらなく悔しい。それだけが虚ろな思考に鈍く残留している。

 

「おやすみ。ごめんね」

 

 その懺悔の言葉が夢か現か判断も付かぬ内に、深い眠りに落ちた。

 

 ミッドナイトは左手で彼の腰にマウントしてあったカランビットを武装解除した。無骨な刃物が甲高い音を立てて地に落ちる。そのままトレーナーの下に腕を差し入れ、背中の素肌にいやらしく手を這わせた。

 

 その卑猥な行為に目を白黒させる残った二人を挑戦的に見据えながら、彼の肩から首筋にかけて頬擦りするとともに、大袈裟に身体と汗の香りを肺に入れる。

 

 なぜそんな真似をするのか。思考を取り戻した柳が叫ぶ。その辺のカフェの看板の上に乗って浮遊した。

「逃げよう一佳!」

 彼が落ちた時点で、拳藤一人では太刀打ちできない。策を練りなおす必要がある。

 

 が、拳藤は身体を固くしたまま動かなかった。

 

 ミッドナイトの頬には、彼の唇から流れ出た血が付いていた。それを舌なめずりする、拳藤と視線を結んだまま。股の間に肉置きのよい太ももを入れた。

 拳藤は個性を起動してミッドナイトに躍り掛かる。

 その理由は二つある。一つは頭に血が上った事。もう一つは、自覚する自らの醜さ故だった。

 

 

 

 柳はビルの合間を飛びながら脱出ゲートを目指していた。おそらく拳藤はやられただろう。ミッドナイト先生の露骨な凌辱行為にカッとなるのもわかるが、耐えるべきだった。

 八百万のストッパーになっていただけはある正義感が裏目に出てしまった。いや、明確にそこを突かれた。

 

 だが一人でも脱出できれば試験は合格。ここは二人を見捨てて逃げるのが最善手。

 気がかりなのは早過ぎる接敵からして、ミッドナイト先生の移動手段によっては……

 

 ふと背後を振り返ると、その答えがわかった。

 

「嘘で、しょ……うらめしいどころじゃ……」

 

 ミッドナイトは伸ばした鞭の先端を街灯やビルの側面に吸着させ、縮ませる事を繰り返すスイング移動を行っていたのだ。

 高度を上げようとするが、一手早く脚に鞭が巻き付いた。

 

 

 

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「エッチすぎません? 雄英の訓練って、映像映るやつは基本的に。偶然?」

 モニタを見ていた でっかいたんこぶ付きの取蔭がミルコに尋ねた。

 

「ヴィランを演じてるんだから、ちょっといい男がいればあーいう事するもんじゃねーの?」

 

 マジすかー、という感想しか出てこなかった。まー……そっか、するよなー。という謎の納得が部屋に満ちた。

 なんか今回もいかがわしい撮影会になった気がする。

 

 

 

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 保健室で拳藤が目覚めた時、激しい後悔と己の弱さに胸が苦しくなった。

 

 「負けたのか、わたしのせいで……」

 

*1
武装解除術




轟くんの原作だと半冷半燃だけど、下記の理由から両親の仲良さそうだし、より混ざり合った氷炎にしとこうかなーって感じです。

第五話より
>「エンデヴァーは?」
>「理想の夫婦ランキングの常連と不倫しろってか。アメリカならいざしらず、ここじゃあ二度とプロを名乗れなくなる」

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