【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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第十七話 バスケと温泉

「お~すごいキレイな所じゃん。合宿所ってかホテルみたい」

 

 バスから降りた取蔭が感嘆して言った。

 三階建ての建物は変に気取った造りになっておらず、質素ながらも手入れが行き届いており清潔感と伝統が感じられた。玄関前のちょっとした造園もわびさびの趣がある。

 山の中という事もあって涼しくて過ごしやすそうだ。

 

 荷物を置くために部屋に向かうと、小さく簡素ながらもシングルルームが割り当てられていた。

 さすが雄英が例年使っているだけはある。

 

 バス移動を伴う初日という事で、軽いジョギングの後に入学時にやった体力測定で現状と成長を把握し、レクリエーションが始まる。

 集まったのはバスケットコートが二つ入るほどの広さの体育館で、空調も効いており、全国大会で使われていると言われてもおかしくなかった。

 よく磨かれた床が、高い天井の照明をまばゆく反射している。

 

「んじゃあバスケで七対七の対抗戦でもやりましょっか」

 

 ブラウスにパンツスーツのミッドナイトがボール片手に言った。

 お~、と生徒たちの控えめの歓声が聞こえる。

 

「ただし、普通のバスケじゃつまんないだろうから、個性を自由に使っていいわよ!」

 

 お? おお~! と生徒たちは強い盛り上がりを見せる。

 今まで個性を使う時と言えば訓練ばかりで、スポーツの試合で使ったらどうなるかは未知だった。それも、相手は雄英の訓練を受けた者どうしである。

 

 チーム分けは厳正なクジの結果、以下の通りになった。

 

 Aチーム

 蛙吹、芦戸、取蔭、耳郎、小森、塩崎、小大

 Bチーム

 拳藤、柳、角取、葉隠、麗日、八百万、それに彼が加わる。

 

 ミッドナイトを審判に、ジャンプボールが始まる。

 ジャンパーは拳藤と蛙吹が選ばれた。

 

 ボールが投げ上げられる。

 蛙吹は舌でボールを弾こうとするが、『大拳』のパワーに押し負けた。バレーのスパイクのように飛んでいったボールは、ゴール下で待機していた彼までダイレクトに届き、あっという間に二点入った。

 

「まー拳藤がジャンパーなら勝てるヤツはいないか」

 スローインの為にエンドラインに立った芦戸がぼやく。トスが最高点に到達する前に触れる事はバイオレーションになるので、諦めるしかない。

「ま、切り替えて行こっか。梅雨ちゃんパス」

 

 ボールを受け取った蛙吹は『カエル』の脚力を活かして高く跳んだ。

 全員がその放物線を描く彼女を視線で追い、ポカンと見上げた後に豪快なスラムダンクで呆然とした。

 三点入る。

 

「いやいや、エンドラインからダンクて」

 麗日が呆気にとられたままツッコミを入れる。

「こんなん事実上、どこからでもスリーポイントって事じゃん」

 

 全員がなんとなく、この競技のヤバさに勘づき始める。

 

 今度は彼が「こっちこっち」と声のする方にスローインする。するとボールは空中に浮かびスィーと進んだ。端には体操服が畳まれて置いてある。

 

「あっ! ちょっと葉隠、それトラベリングしてるだろ絶対!」

 取蔭が指摘するも、しれっと答える。

「え~そんな事ないよ」

「そんな事あるだろ! 審判!」

「んー、確認できないからセーフ」

「せめてコートから出るなよ!」

 

 そのままゴールまで一直線かと思いきや、耳郎の正確無比な『イヤホンジャック』が瞬く間にボールを絡めとる。

 

「梅雨ちゃん!」

「ケロッ!」

 

 再びダンクが決まるかと思いきや、ゴールの真下で待機していた柳の『ポルターガイスト』の射程範囲内に入ったボールは蛙吹の手を離れて反対側のゴールに向かうも、取蔭が『トカゲのしっぽ切り』で手を飛ばしてキャッチした、ところで『角砲』により妨害されるという謎の空中戦が始まる。

 

 これがバスケか? 

 その訳の分からなさに可笑しさが込み上げてきて、一時はなんだか笑いが止まらなくなった。

 仕切り直して、『無重力』が付与されたボールの等速直線運動パスが、レーザービームのようにコートの端から端まで貫く。

 

「ナイス麗日!」

 

 ノーマークだった拳藤が追加点を狙う絶好のチャンス。『大拳』の指を使って地面を跳ね、確実にダンクを狙う。

 が、あるはずのリングはそこに無く、替わりにミニチュアのような小さいゴールにボールを叩きつけてぶっ壊した。

 

 拳藤は汗を拭い、呼吸を荒くしたまま、そばに居た小大を見つめた。てん、てん、とボールが小さく跳ねながら転がる。

 

「ん」

「いやさすがにこれは……」

「問題ありませんわ拳藤さん! 『サイズ』対策なら既に取り掛かっていましたので」

 

 八百万が新たにゴールを『創造』していた。今度は触れられないように、ボードより下の部分には電流が流れる有刺鉄線が巻き付けられている。

 

「ナイス八百万!」

「大きいので少々時間が掛かってしまいましたが、今からわたくしも参戦いたします」

 

 その後もルール無用の超次元バスケは展開していく。

 

「クソッ! コート一面がキノコだらけでドリブルできない! やっぱバスケは空中戦だ、頼んだぞ角取、レイ子!」

「ダメ、先にリングに蓋する塩崎の『ツル』をなんとかしないと!」

「わたしが剪定しマース!」

「『角砲』はわたしがなんとか溶かすから、ボール持って走り回る葉隠なんとかして!」

 

「だからーそんなトラベリングみたいなことしてないってば」

「いまキノコを生やさせない為の滅菌液を用意しています、必要量が出来るまでもう少し粘ってください!」

「やっぱ上空から俯瞰して指示してる取蔭さんがいると動きにくいな」

「ケロ。疲れ知らずが相手チームに一人いるだけで、後半になるにつれてだいぶ苦しいわね」

 

 ふむん、とミッドナイトは顎に手をやって試合を見つめる。

 もちろんこれは単なるレクリエーションではない。絶えず動き回りながら個性を使用するスタミナ、限定空間で敵味方に分かれた複数人からノーマークや隙を探す観察眼、ボールや相手を傷つけないようにする個性制御。個性のシナジーやコンボといった連携とその対策を練る機転。

 

 この試合はプロヒーローにとって総合的に必要とされる上記の要素を確認する為でもあるのだ。

 ま、悪くないわね。と評価を下して腕を組む。少なくとも、入学時よりは格段に成長している。

 

 例えば蛙吹のエンドラインからのダンクシュート。言葉にすれば単純だが、天井近くまで跳んで二十八メートル離れた場所にピンポイントで着地するのは相応の技量が求められる。

 

 麗日のレーザーパスのコントロール力や耳郎の精密操作性など、挙げればきりがないが職場体験は有効に働いたようだ。

 

 やがてBチームが僅差で勝利して幕が下りる。

 最終的に八百万がボールを増産しまくるのでとんでもない点数になった。

 

 いつの間にやら夕暮れで、夕食も近いのでひとまず個室のシャワーを浴びてから広間に集合することにした。

 温泉も楽しみだったが、それより食欲が勝る。

 わいわいと語りながら体育館を後にした。

 

「いやー楽しかったー。個性使ってシュートとかしたことはあったけど、こういう試合はした事なかったから新鮮だったね」

「またやろうよ。今度は野球とか……サッカーとかも面白くなりそう」

「お、いいねー。魔球ぬめぬめボールとか投げてみたい。絶対にバットで芯を取られないような」

「ん」

「ゴールポストをデカくするのは勘弁してくれ」

「小大さんとバッテリー組むキャッチャー大変そう」

 

 その道中で、彼はふと子供の姿を目にした。視線が合うも、ぷいとそっぽ向かれてどこかに走り去った。

 ここの管理人のお子さんなのかもしれない。

 特に気にも留めず、自室に戻って汗を流した。

 

 

 

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 浴衣でぞろぞろと広間に集まると、いかにも旅館といった御膳が並んでいる。

 

「あ、先生だ」

 葉隠が声を向けた方を見やると、同じく浴衣姿の兎山と香山がいた。

 

「おう」

「こいつご飯と温泉に浸かる時に顔出してんのよ」

 香山が呆れ顔でぶつくさ言う。

 

「指導は明日からなんだし、別にいいだろ」

「合宿中はミッドナイト先生とミルコ先生が見てくれるんですか?」

「わたしは付きっきりじゃないけどな。ま、外部講師だし。ヒーローとしての活動しなきゃならねえから。しばらくこの辺でヴィランを探して回ってる」

「足りるんですか? 人手。他の先生も呼んだ方がよかったんじゃ……」

「あと二人応援に呼んでるから大丈夫よ。外部からの視点と刺激を入れる意味でもね。明日から本格的な訓練が始まるから、その時に紹介するわ」

 

 誰だろ、やっぱプロなのかな? という疑問よりも、まずは目の前のご馳走だ。

 海が近い事もあり、新鮮な刺身に固唾を飲む。

 

 鯛の旨味と醤油のしょっぱさに舌鼓を打った。お決まりの固形燃料で加熱する鍋もいける。飲みてー、と香山は心中でこぼすが、さすがに未成年の前で飲酒は躊躇われた。

 

 

 

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 翌朝、開けた森にある訓練スペースに集合すると二人のプロヒーローが待っていた。

 ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ(WWP)に所属するマンダレイとピクシーボブだ。事務所の名の通り、猫をモチーフにしたコスチュームに身を包んでいる。マンダレイはおっぱいが大きい。どうでもいい事ではない。

 

 彼女らは四人一組のチームだが、十四人の面倒を見るなら二人の助っ人で事足りる。WWPに所属する残りのラグドールと虎は、今頃はプロとしての活動に従事しているだろう。

 

 ピクシーボブが朝日に輝く金髪をかき上げて言った。

 

「それじゃあ早速だけど、今日からきみたち子猫ちゃんの個性を伸ばす訓練に入るから、いろいろと覚悟してね!」

 

 マンダレイが人差し指を立て、後を続ける。

 

「ま、そんなに難しい事は考えなくても大丈夫。基本は負荷をかけて個性を起動する反復練習みたいなものだから。ねえミッドナイト、この子らはまだ個性制御って習ってないんだっけ?」

 

 個性制御、という概念がある。

 発動、変形、異形の3つの型に大別される個性に共通した要素で、それは生まれ持った才能でもあり、努力して伸ばせる技術だ。

 

 例えば手から『爆発』を起こす個性使いが自らの掌に火傷を負わないのは、発動型の個性制御がうまく働いていると言える。個性制御が上達すればするほど発動するまでの時間は減るし、その威力も増大する。

 

 もちろん基礎的な底上げだけに止まらない。水を放出する個性も、その水を極小の粒として放出すれば霧になる。『飛行』もじぶん以外を対象に取れれば、物質を高速で射出できる個性となる。

 個性制御は鍛えれば個性の性質に色を付ける。実戦の基礎にして奥義でもあるのだ。

 

「授業ではやったけど、本格的に取り組むのは初めてね」

 ミッドナイトが発破をかけるように手を叩いた。

「さあ! 時間も惜しいからちゃっちゃっと始めるわよ! マジメにやんないと休日返上で補習だからね!」

 

 冗談じゃない、と1-Aに俄然ヤル気が満ちた。夏休みの海というイベントを取り上げられるのだけは回避せねばならない。

 

「わたしの『土流』で土を操作してそれぞれに合った環境を整えるから、思いっきり個性をぶっ放してオッケーだよ。ちゃんとマンダレイの『テレパス』のアドバイスを聞いて、考えて訓練する事。無心でやっても、ただのストレイキャットだからね」

 

 ミッドナイトが一人一人にメニューを言い渡し、それぞれがWWPの待つ訓練場所に向かう。何が行われているのか、さっそく破壊音が鳴り響いている。

 最後に残った彼が、心なしか目を輝かせて尋ねた。

 

「で、おれはどうやって個性を伸ばせばいいんですか?」

 

 ミルコとミッドナイトは顔を見あせた後ににべもなく言い放つ。

 

「いや、ほぼ頭打ちだから」

「え?」

 

 ぽかんとした顔に、ミルコが告げる。

 

「たしかに個性制御の概念は拡張性を含むが、ものによる。一応『体力』には身体的要素の他に、免疫系、ストレス耐性等の精神的要素も広義に含まれるみたいだが……」

「じゃあもしかして将来的には『病気』の個性を無効化したり、身体の再生能力が上がって瞬時に傷が塞がったりっていうのは……」

「無い。あっても微々たるもんだろうな」

「それは、そこまで断言する理由は……」

「わたしらの()、プロとしての」

 

 ミッドナイトを見やるが、小さく頷かれるだけだった。

 そうまで言い切られると、受け入れるしかない。

 

「えっ? えぇーマジかー……ていうか、えじゃあおれは合宿期間中に何をすれば」

「他のヤツらのメニューには、最低でも一日一回はおまえとの対個性戦が組んである」

「つまりおれは、ローテでクラスのみんなと戦い続けるのが訓練って事ですか?」

「それと、わたしらプロの四人。他のヤツなら過労でぶっ倒れるだろうが、おまえの個性ならこなせるだろ?」

 

 なんか思ってたのと違う。

 が、現実に文句を言っても始まらない。コンクリを砕くパワーや、ビルを跳び越し空を飛ぶ力への羨望はとうの昔に消し去った。

 いまここだけにある、じぶんの個性と向き合う他に術は無い。

 

 軽くウォームアップして適当に時間を潰してから、出席番号順に回ることになった。

 勝率は、体育祭と違いアイテムがあったので初見殺しが成立し、案外悪くは無かった。ただ、翌日からは対策されるだろうし時間と共にみんなの個性制御の練度も上昇する。あまり考えたくはない。

 

 それに加えて、最後のプロとの四連戦で見せつけられた圧倒的実力差に少しだけ弱気になる。マンダレイには勝てたが、彼女の個性は後方支援によって輝く。

 ミルコに吹っ飛ばされ、地面に転がされた。疲労とは別の軽減できない痛みに、起き上がるのが億劫になる。土臭い空気を吸った。

 

「なんだ、嫌になったか?」

 

 ミルコがふくらはぎと太ももの裏をくっつけて座り込み、見下ろす。ちょっとキツめにしすぎたか? と思わないでもない。

 

 だが、基礎的な体術を彼に教えられる人間はいないだろう。これはプロが膝を突き合わせてミーティングで出した一つの結論だ。逆に言えば成長がほぼ頭打ちである理由。

 

 問題なのは個性とのシナジーを持った体術でわからん殺しやゴリ押しされる点にある。だからひたすら全員とローテーションで戦い続けて場数を踏むしかない

 クラスメートにとっても、彼と戦う事で得られる格闘戦の経験値は大きい。

 一石二鳥の訓練だ。これ以外には無い。

 

 こいつにとっては地獄だろうが、とミルコは冷ややかに推し量る。

 それほどまでに勝敗という結果はメンタルに直結する。おのれの弱さを否が応でも物理的にも突きつけられ続ければ、いずれは折れかねない。

 

 ミッドナイトはなにか焦っていたようだが、このままでは無理だろう。

 らしくなく、少しばかり感傷的になって言った。

 

「……明日からちょっと軽くするようミッドナイトに言っといてやるよ」

「いや、大丈夫です」

「そうやって意地張って潰れちまったヤツは山ほど見てきた。この合宿中、いや、雄英に在籍する限り、おまえは数えるのもイヤになるくらい負けて負けて負け続ける。それも格上じゃなく、同級生にな」

 

 不意に、ショッピングモールで会った青年の言葉が脳裏をよぎった。

 

『弱個性でも、誰かを助けられると思う?』

 

 わからない。わからないが、それでもやるしかない。

 今のうちに様々な個性攻撃を体験しておけば、たとえミルコの言う微々たるものであったとしても強くなれる。

 そういった積み重ねがいつの日にか助けになる事を、彼は身をもって知っていた。

 

 夢精パッドの世話にならないほど毎日していたから、いつの間にかあっちの『体力』もついていた。これも個性制御の恩恵だろう。

 

 関係あるかどうかわからないが、波動のモンスターっぷりを思い出す。やはり最低でも一日一善を続けてきてよかった。どんなことでも、継続は大事だった。

 

 だから無数の負けも、決して無駄にはならない。

 彼はゆっくりと上体を起こす。落ち込んだ気を入れ替える為に両頬を叩き、ミルコに笑って言った。

 

「クラスメートや先生たちになら、何百回でも何千回でも負けたって構いません。それが、一回でもヴィランに負けない為の糧になるなら」

 

 その言葉と表情に、ミルコは面食らう。

 同級生に負けないよう頑張るとか、せいぜいその辺の理想を吐く程度だろうと思っていたが、まさか負けを受け入れるとは。それも諦観の念ではなく、未来を見据えている。

 

 一拍置いて小気味よく鼻で笑い、立ち上がって彼の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。獰猛な笑みを浮かべた。

 

「弱いくせに生意気だな! 悪くない!」

 

 滅多に褒めないミルコに言われたのが嬉しくて、テンションが上がってつい口走った。

 

「もう一本お願いします!」

「いいぞ!」

 

 彼が立ち上がるのを待たず、ミルコはすぐさま蹴っ飛ばした。

 

 

 

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 その日の訓練が終わると、今度は自炊らしい。なんだか中学の野外活動みたいで少し懐かしい。

 炊事場に向かう前に、彼は一人の子供に声を掛けられた。バスケの帰りに見た子だ。来年から小学校、といった年頃。

 

 背丈や格好は年相応だが、敵意とも憎悪ともとれる釣り上がった目だけが浮いているように思えた。

 

「おまえは……」

 彼に向かって暗く口を開く。

 

「うん?」

 と返すが、ちょうど角取が呼んだので「ちょっと待ってー」と振り返って声を出す。

 子供に向き直るが、既に背を向けて走り去っていた。

 

 なんだったんだろ? と小首をかしげるがお腹が空いたので考えるのは後にしてみんなと合流する。いくら体力に自信があるといっても、空腹を軽減できるわけではないのだ。

 

 

 

「にしても料理かー、あんまりやらないから上手く作れるか不安だな」

 耳郎のぼやきに取蔭が後を続ける。

「味はいいよ、なんでも。ていうかお腹空いたから早く作ろ。正直もうじゃがいも焼いたのでもいい」

 

「カレーだからそんなに変な事にはならないよ」

「ケロ。基本的に順番通りに煮るだけだしね」

 

 おお、もしや料理の腕に覚え有りなのか! と視線を集めたのは、上京して一人暮らしをしている麗日と、妹弟が多いため家事の手伝いがてら料理をしている蛙吹だった。

 じゃあこの二人を中心にして作ろうとなった時、おもむろに彼が口を開く。

 

「小森さんの個性で作ったキノコとか入れたら美味しいんじゃない?」

「えっ?」

 

 突然の提案に虚を突かれた小森に、次々と期待の視線が向けられる。

 

「おおー! いいかも。マッシュルームとか好きだよ」

「そーいえばトリュフとか出せるんでしょ? 食べてみたーい」

「そういった香り高いものは薄めのルーでリゾットに合わせた方がよろしいかと。ボルチーニ茸も定番ですわね」

「あー、リゾットも割と簡単だね。出来るよ」

 

 さすがお嬢さまな指摘に急遽カレーチーズリゾットもメニューに加わり、かくして出来上がった小森のキノコカレーとリゾットは大変好評だった。

 

「うわー、これマイタケ? しめじ? かわかんないけどこんな美味しいんだ!」

「ああ、このままでは暴食の罪に身を委ねてしまうとわかっていながらも、手が止まりません」

「カレーとリゾットの二品って多いかなーと思ってたけど、足りんわこれ」

 

 小森ありがとー、といい笑顔で鍋の底まで綺麗に食べつくし、米の一粒も残らなかった。

 

 その様子を見て、小森は密やかに目じりを拭った。

 中学までは使うのを躊躇っていた個性を喜んでくれる人がいるのは、嬉しい。雄英に来て本当に良かった。

 

 後片付けは、全然疲れてないからと彼が申し出た。割とみんなへとへとだったので、今回は厚意に甘える事にする。

 炊事場で食器を洗っていると、小森がこっそり手伝いに来た。

 

 鍋をゆすいでいる途中で、小さく彼に言った。

 

「ありがと」

 

「うん?」

 思い当たる節が無いので彼は合点がいかず、少し困ったような顔をする。むしろ小森には助けてもらった。訓練の後で疲れているのに、個性を使ってもらったのだから。

「礼を言うのはこっちの方だと思うけど、何の事?」

 

「いや、別に」

 

 小森はそれ以上語りたくなさそうだった。長い前髪で隠れた表情は窺えないが、嬉しい事があったようなので深くは追及しないでおいた。

 

 

 

 満腹の幸せ気分でいざ温泉、といったところで彼に『テレパス』が走る。

 

(ちょっと話があるんだけど、少しいい?)

 

 マンダレイに呼び出されて合宿所の裏手に行くと、彼女は訓練の時とは違いどこか迷いを持った表情をしていた。

 

「ミッドナイトから聞いたんだけど、きみがマスキュラーを倒したんだって? 世間一般にはネジレチャンがやったって認識だけど」

「え? あ、はい」

「小さな子供、ちらほら見かけたでしょ。出水 洸汰っていうんだけど」

「はあ」

 

 それにしては弱すぎると怒られそうで身構えていたが、どうも違うらしい。

 彼女の口から出た言葉は想像とはまったく別のものだった。

 

「ウォーターホースってプロヒーロー、知ってる? 二年前、マスキュラーに殺害された」

 

 

 

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「露天風呂だー!」

「しかも海が見える!」

 

 葉隠と芦戸がはしゃぐのも無理ない。

 小高い山の上に建てられた合宿所から一望できる水平線に沈む夕日は、過酷な一日の終わりを告げると同時に労われているような風情があった。朱を反射し、炎のようにゆらぐ海がまた心を和らげる。

 広い岩風呂の湯舟にはかけ流しの温泉がなみなみと張っており、山の樹木の緑を映し出していた。柔らかい鏡面のようにも見える。

 

 はやる気持ちを抑えて洗体し、少ししびれる熱さの湯に浸かる。訓練で酷使して凝り固まった筋肉繊維の一本一本が解きほぐされていくような心地に、ふにゃふにゃのため息が出た。

 

 効能は疲労回復や切り傷打ち身等々。雄英が長年指定する合宿所なだけはある。

 しばらくすると何人かが小休止のため、縁の大きな岩に背を預けるように腰掛けた。ごつごつしているが、それも気持ちいい。

 

 何も言えない。

 美味しいカレーとリゾットによる満腹感と風呂の心地よさで本当に何も言えなくなった。ぼうっとして夕暮れを眺める。逆光で影絵のようになった船が、ゆっくりと動いている。

 極楽とはこういう事を言うのかもしれない。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 からから、と引き戸を開ける音がした。男湯から。

 だからどうという事は無いが、みんな黙った。もともと声も出ないほど癒されていたので他意は無い。

 

「わー、初日にシャワーで済ませたの勿体なかったな」

 と彼の声が響く。

 

「なんで、おまえみたいなのと一緒に風呂に入んなきゃならないんだ」

 

 ぶつくさ言う声は子供のようだ。そういえば時折見かけた気がする。

 

「なんか聞きたい事があったんじゃないのかなーって、だからさっき話しかけてきたんでしょ?」

 

 返って来たのは小さな舌打ちだった。

 彼は気にせず身体の汚れを落とし、ざばりと湯を被って流した。ゆっくりと湯船に浸かると、ふにゃふにゃのため息が出た。

 やがて観念したのか子供も入って来る。

 

「おれは、おまえらみたいなやつらが嫌いだ」

 ぼそりと吐き捨てるように、特定の誰かというより社会に対して呟く。

「個性訓練だか知らねえけど はしゃいじまって、おとなしくしとけばいいのに調子に乗ってヴィランと戦って、勝手に死ぬ。残されたヤツの事なんか微塵も考えてない自己中の集まりだろ。個性なんてこの世から無ければいいんだ、そうすりゃ使うやつもいないんだから」

 

「あー、おれも個性なんて無きゃいいって思う事はあるなー」

「え?」

 

 予想だにしない返答に子供は戸惑う。

 

 彼にも劣等感や妬みといった感情くらいはあった。

 炎を操ったり、飛んだり、蛇になったり。特に幼少の頃は、そんな個性に比べると『体力』は貧相に思えてへそを曲げもした。

 それに、理由はもう一つある。

 

「突発的な個性犯罪とか起こったりして、それで怪我したり亡くなる人がいると、個性なんて無い世界の方が平和なんじゃないかって考える事もあるし」

 

 子供は初めてじぶんと同じ意見を聞き、言いようのない高揚を感じた。同時に、矛盾を感じて苛立ちを覚える。

 

「じゃなんでおまえは個性を鍛えてんだよ、それが超人社会を成り立たせてるって事くらいわかるだろ」

 

「わかる。けどおれが生まれるよりもずっと前、まだ個性がこの世に無かった頃はどうだったんだろうって調べた事がある。想像よりも全然平和じゃなかった。やっぱり突発的な犯罪が起きて、それで怪我したり亡くなる人はいた」

「なにが、言いたいんだよ……」

 

「個性が悪いんじゃない。悪い事する人が悪いんだと思う。中には環境とか、込み入った事情がある犯罪者もいるかもだから一概には言えないけどね」

 ぱしゃりとじぶんの顔に湯を浴びせ、続けて言った。

「個性を鍛えてるのは、もし目の前で個性犯罪が起きた時、後悔したくないからかな。あとちょっとでも強くなってれば助けられたのにって思いたくないし」

 

「そうやって他人を助けようと首突っ込んで返り討ちにされても、おまえや他人は名誉ある死とかキモい事言って満足かもしれねーよ。けど、それで残された家族の気持ちはどうなるんだ? おまえが死んだら。おまえの家族がどう思うか考えねえのかよ」

「それは……家族に悲しい思いさせるのは嫌だ。から、死なないように頑張る。としか言えない」

 

「辞めりゃあ済むいい話だろ、ヒーローなんて……わけわかんねえよ、おまえら、頭おかしいだろ」

 子供は立ち上がり、涙を拭って叫んだ。

「おれは! 見ず知らずの人間を助ける為にパパとママが死ぬくらいなら、赤の他人なんて見殺しにして逃げてほしかった!」

 

「おれがきみの立場なら、同じこと考える。他人の命と家族の命なら後者を選んじゃうだろうな」

「じゃあどうしてヒーロー目指すんだよ! 残された家族の気持ちがわかるのに、殺されるかもしれねえのになんでヴィランと戦おうとすんだよ!」

「そのヴィランが、いつかおれの家族や大切な人を殺すかもしれないから」

 

 ふと、ファンザ本社で波動の為に立ち向かった事を思い出した。今でも震える恐ろしさがある。

 おそらくこの出来事が無ければ、なぜヴィランと戦うのか、という問いには答えられなかっただろう。波動ねじれを殺されたくないから、戦った。

 

 彼がヒーロー目指す根本原理を得たのは意外と最近のようだ。

 だから花火田を追うと決めた。もちろん赤の他人であってもそうだが、家族や大切な人が、拘置所で面会した男のように利用されるのを防ぎたいのだ。

 

 子供は、力なく湯船に座り込んだ。

 結局のところ、いずれの問いも彼の出した答えに帰結する袋小路なのかもしれない。ヒーローの代わりに警察が矢面に立っていた大昔も、今も。

 

 保身の為にヴィランから逃げても、巡り巡ってそいつが大切な人を害すると感じればそこで止めるしかない。

 マスキュラーから市民を庇って殉職したウォーターホースもプロだ。ヴィランを前にして、()()が走った。

 こいつを放っておけば、いずれ息子に危害を加える時が来るかもしれない、と。だから立ち向かった。

 

 どうあがこうが悪は存在し、それを止める為に貴い犠牲が払われる事がある。

 その犠牲を少なくするために、超人社会を生きるヒーロー志望は個性を鍛えているのかもしれない。一人でも悲しむ人を少なくする為に。

 

「きみの言う事は全部正しい。個性は無い方がいいだろって思う事も、他人を助ける為に身内が死ぬくらいなら見捨てて逃げてほしいって事も、家族が殺されて名誉ある死とか他人に言われても困るって事も、残された家族の事を想いやるのは一段と正しいし、それを理解していてもヒーローになってヴィランと戦おうとするおれはおかしい」

 

 子供は口を開いて何かを言いさしたが、やめた。全ての主張を肯定されたのでは、返す言葉が無い。諦めとは少し違う、これが納得なのか。

 やがて木々の間から鳥が飛び立った。翼を羽ばたかせ、薄暗い空をゆく。夜明けの為に。

 

「出水 洸汰」

「うん?」

「おれの、名前。マスキュラーの最後は……どんなだった。パパとママを殺したヴィランは、どうやって倒された」

 

 そうだなあ、と思い悩む。まず、今さら「ご冥福をお祈りいたします」などと言っても煙たがられるだろうから心の中で済ませる。

 そしてマスキュラーの凶行の犠牲となったウォーターホースの息子の洸汰になら、個性に絡まない範囲でなら話してもいい気がした。

 

「んー、白目向いて泡吹いてぶっ倒れてたよ。相当苦しんだと思う」

「それ、おまえの個性でやったのか」

 

 彼は歯切れ悪く答えた。というか、子供相手にソレをどう呼称するのが正解なのかわからない。

 

「えっと、おちんちんを思い切り蹴り上げた」

「えッ!? ちんちんを! おまえそれは……」

 

 まだ五歳児と言えど、そこが急所とはいえ褒められた行為でない事は理解しているらしい。

 二人のシリアスな話の途中から声を出すのもはばかられ、なんだかしんみりしていた女湯の雰囲気が一変する。

 

「いやわかってるけど、他に方法が無くて仕方なく……もちろんちんこ*1を攻めたから勝ったなんて単純な話じゃないんだけど」

「だよな、ちんちんっていうかキンタマを攻撃しただけで勝てるなら、とっくに捕まってるよな」

「あ、そうそう。ちんこじゃなくてキンタマの方が正しいか」

 

 女性がちんこって言っても何とも思わないけど、男性がおちんちんとかちんことか言うのってなんかエッチだな。

 女湯の中で、もぞりと太ももをすり合わせる。

 

 壁の向こうでは、洸汰がじぶんの身体と彼の身体を見比べ、もじもじして言った。

 

「あのさ、その、そういうふうに筋肉付くのってどれくらい鍛えればいいんだ」

「え? どうだろ。覚えてないなあ」

 と彼は首をかしげる。『体力』にモノを言わせてトレーニングしているので、参考にはならないだろう。

「でも洸汰くん……って呼んでいい? くらいの歳から身体に合わせて筋トレしてたら、おれと同じくらいにはなると思うよ。マンダレイに見て貰えばどうかな?」

 

 ほら、と言って力こぶを作って見せると、洸汰が羨望の眼差しを送る。

 

「さ、触ってみてもいいか?」

「いいよ」

「おお、思ったより硬いんだな」

 

 人はなぜ他人の筋肉に触れたがるのか。格闘選手がバラエティー番組とかに出ると、だいたいその流れになるお決まりのようなものがあるのかもしれない。

 

「すげえ、胸筋? もある。へんな揉み心地」

「ちょっとくすぐったいって洸汰くん」

「別にいいだろ、男なんだし」

 

 おいおい、こんなの深夜アニメでしか聞いた事ねーよ! 

 まさか温泉で男どうし触りあってキャッキャしてる状況がホントにあるとは思わなかった。

 流れで息をひそめていたが、なんだか悪い事をしているような気がする。

 

「成長期はこれからなんだし、すぐ身体も大きくなると思うよ」

「ふうん」

 一通り彼の体を触って満足した洸汰が、今度は下を見比べて言った。

「なあ、ちんちんも自然にデカくなるもんなの? おまえみたいに」

 

 デッ──と女湯の空気が固まる──大きいのか。

 

 しかし三歳の頃に親を亡くし、マンダレイに引き取られた洸汰にとっては純然たる疑問だった。

 それを理解している彼は、逃げずに答える。マンダレイが独り身であれば、こういった性教育を受ける機会も少ないかもしれない。

 これは真面目な話だ。エッチな話ではない。

 

「うーん、他の人のちんこと比べた事無いからわからないけど、こんなもんじゃないかな」

「邪魔じゃないのか? ……まさかそれ以上大きくならないよな」

 

 湯の中のソレを見下ろす洸汰は不安だった。彼の歳でそんなに大きくなるのなら、そのうちズボンの裾からはみ出て踏んずけてしまいそうな気がする。

 

 彼は安心させるように言った。

 

「基本的にはこれくらいで止まると思うけど、身体の成長だから心配しなくても大丈夫だよ……でもまあ、これくらい大きくなる時もあるかな」

「……えっなにそれこわい」

 

 彼が手で表した大きさに戸惑った。時々大きくなる意味が分からない。

 

「え、なんで? どういう時に大きくなるんだ?」

「んー、それはね」

 

 湯に浸かっていなかった取蔭が手を飛ばし、脱衣所に繋がる扉を開けて露骨に口走った。

「うわー! すごい! 広い!」

 

 彼の説明は気になる。知見を広める意味で非常に興味深い。だがさすがに黙って聞くのは罪悪感と言うか、悪い気がする。

 まあ、さすがにマズいか。と拳藤もそれに乗った。

 

「お湯も、なんかこう、とろっとしててスゴイ! みんなも早く入りなよ!」

 

 なんだこの不自然なセリフ回しは。

 とにかく全員が今来たと言わんばかりに演技する。誰かが深夜の通信販売の売り文句のように湯を褒めだした。あるいはマンションのCMのように夜景をアピールする。

 男湯は静かになり、しばらくすると「そろそろ上がろっか」と彼の声が聞こえた。

 

 残った1-Aはすっかりのぼせ上った小大を介抱したり、星が輝きだした夜空を見上げて感傷に浸る。

 まあ子供のソレと比べるとそりゃそうかもだけど、そっかあ。そうなんだ、なるほどなー。

 そうして月の浮かぶ空に、黒線とモザイク越しにしか見た事のないソレに思いを馳せて星座を描く。

 そんなことしたらたぶん満天の星空も怒ると思う。

 

*1
もろちんちんこに見えた





【挿絵表示】

キャパオーバーで間に合わなかったボツ。
南無南無です。
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