【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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第十九話 弱個性でも、誰かを助けられると思う?

 そんなこんなで楽しくも厳しい林間合宿は何事も無く最終日を迎えた。

 流しそうめんや花火といった夏のイベントが盛りだくさんの、濃密な時間はあっという間に過ぎ去ってしまった。

 

 

「ちょっと話あるから、後でツラ貸せ」

 

 風呂上りにミルコに言われ、なんだろうと浴衣姿で指定の時間と場所に向かう。

 個性訓練を行った場所で、ところどころにクラスメートの特訓の跡が残っていた。

 すっかりと夜は更け、月は分厚い雲に隠れている。火照った身体に夜風は少し冷たく、さざめく木々が少しだけ不気味だ。

 

 同じく浴衣を身に纏ったミルコの姿が見えたので小走りで駆け寄る。スマホで時間を確認するが、遅刻という訳は無かった。

 

「待ちました?」

「いや別に。で、相談事ってなんだよ?」

「え? あの、先生が話があるって言ったから来たんですけど」

「はあ? 寝ぼけてんのか?」

 

 ミルコの耳が過敏に動く。

 暗い森にひと際ドス黒い霧の塊が四つ、二人を包囲するように現れた。中から人影が駆け出してくる。

 

 「わたしに掴まれ!」

 

 言われるがままに、彼はミルコの胴に抱きつく。その時ビルボード級のヒーローが取った選択は戦闘ではなく離脱。空高く跳躍した。無論、多勢に無勢でも勝つ自信はある。

 

 だが少なくとも『誰かに化ける』個性使いが新たに関与する、ヴィラン連合の計画的な犯行。個性如何によっては彼を守り切れるかは未知数。市民の生命を優先させるべき。

 瞬時の判断はさすがだったが、すでにヴィラン連合に属するマグネの『磁力』の射程距離内に彼が入っていた。

 

 地面から一メートルほど離れた段階で彼が強力に引き寄せられ、ずるりとミルコを抱きしめる腕がほどけた。

 こうなると、一息で合宿所まで行ける跳躍力が裏目に出る。着地までの十数秒が無限に感じられた。冷静にミッドナイトに緊急コールを送る。

 

 残された彼はマグネの振り回す布に包まれた棒を上半身を後ろに逸らすだけで躱し、鼻っ柱にジャブを入れた。背後から迫るマジシャンの風体の男に素早く向き直り、掴みかかる掌を見てそれが個性の起動部位だと勘付く。そういった動きは麗日との格闘戦でよく見てきた。

 

 とはいえ、近距離で何かを放出する個性の可能性があるので、打ち合う事はせずサイドにステップを踏み距離を取る。ちょうど二人を正面に捉えた立ち位置。

 

「やだ、この子やんちゃねえ。手ぇ抜いたら殴られちゃった。それにけっこう好みかも」

 

 マグネが好色そうに舌なめずりして、鼻血を喉奥に啜って痰のように吐き出した。

 

「おまえらヴィラン連合か」

 

『ワープゲート』を利用している事からして、十中八九そうだろう。質問自体に意味は無い。ミルコが駆け付けてくれるまでの時間稼ぎだ。

 しかし、なぜ雄英を狙うのかという疑問は残る。

 

「承認欲求を満たす為に活動する贋物」

 

 上空からの声に一歩ほど身を引く、いくつもの刀剣類を寄せ集めた巨大な武器が地面にたたきつけられた。ご丁寧に攻撃を知らせてくれたゲテモノ得物の主、『トカゲ』の異形型個性使いの顎に、右ストレートを入れる。本来であれば一撃で昏倒するクリーンヒットだが、やはり異形型の耐久性もあり一筋縄ではいかなかった。

 多少いいのが入った程度で、得物を持ち上げた。

 

「承認……なんの事だ?」

 

 四対一か、と内心で試算しながら飛んできたナイフを避ける。一見すれば偶然よろめいただけにしか見えない。密やかに笑う女子高生にも注意を払い、構えた。

 対多数は想定している。あとは個性のポテンシャルでゴリ押されない事を祈るだけ。

 

「とぼけるな。集瑛の雑誌に掲載され、いい気になるようなヤツは粛清されるべきだ。ステインの意志によって」

「あれは後進の育成が取り上げられれば世間は安心できると思って」

「見苦しい。それがいずれ私利私欲に繋がるというのだ。アイドル気取りや拝金主義のヒーローに成り果てる前に、ここで死ね」

「メディア露出が増えるのは抑止になるからだよ、ヴィランの。それにヒーローだって警察や営業、製造と同じ第三次産業だ。貴賤は無い」

「御託を並べるのが得意らしいな」

 

 苛立つ『トカゲ』の個性使いが突拍子もなく蹴り飛ばされる。

 

「スピナー!」

 とマジシャンの風体の男が『トカゲ』の名を叫んだ。

「くそ、もう戻って来やがった……なんてな、待ってたよ。ビルボード級」

 

「あ?」

 

 マグネがにじり寄り、ミルコを対象に『磁石』で自身が装備するアイテム──強力な磁石棒──に引き寄せるが、当然のごとく腹に一撃を食らい、昼食と胃液をまき散らして気絶した。

 それと同時か半手前、彼の上空に『ワープゲート』が開き、幾条もの刃が降り注ぎ地面に突き刺さる。

 

「少しでも動けばあの少年をバラバラにする」

 

 視覚外から放たれた常識外の個性攻撃を躱す事は出来ず、彼の身体は一瞬のうちに刃で拘束されていた。少しでも身をよじれば裂傷するほどがんじがらめに。

 首の頸動脈、腋の鎖骨下動脈に生暖かい刃物の感触が伝わる。腹の下行大動、脚の脈大腿動脈は切っ先があてがわれており、薄っすらと浴衣に血が滲んでいる。

 

 全てが人体の急所だ。どこか一つでも損傷すれば十数秒以内に大量出血で意識不明に陥る。複数個所ならまず助からない。

 その凶刃は全身を拘束着に包んだ男の口元に繋がっていた。『歯刃』の個性使い、脱獄死刑囚ムーンフィッシュが空中で身をくねらせる。

 

「みみみ見たい断面この子の肉のみみ」

 

「と、いう訳でラビットヒーロー。悪いが一緒に来てもらう。ああそうだ、おれはコンプレスで通ってる。申し遅れたかな?」

「……おまえらがあいつの命を保証するとは思えねえ」

「必ず生かすよ。ヴィラン連合がビルボード級のヒーローを攫ったという証人が必要だから。そうした方がヒーローに対する不安を世間に煽れるだろ? われわれのヴィランとしての利益を担保に信用してくれ。もっとも、無傷かどうかはきみ次第だが。あと五秒で決めろ」

 

 狙いはミルコだった。彼はその人質に過ぎない。

 

 もしもこの場に非人格性を持った無機質な天秤があったとしよう。

 ビルボード常連の強個性を持ったヒーローと、雄英に入学したての弱個性のヒーロー志望。

 どちらに傾くかは自明の理である。

 

 しかしヒーローにその理は通じない。きっとミルコは秤から身を投げるだろう。

 そうなれば社会にとって大きな損失だ。それを理解できない彼ではない。

 だから一つだけ、たった一つだけ自らの意思で無理やり天秤を傾ける方法も、彼は知っている。十数秒、あるいはそれ以下で済む話。

 洸汰くんに偉そうにしといて、この始末かと自嘲し覚悟を決める。ほんの数センチ、首を動かせば──

 

「おい!」

 

 ミルコの怒声にハッとする。

 

「このわたしに恥かかせるつもりかよ」

 

 コンプレスが一安心といった感じで胸をなでおろす。

「じゃ決まりって事だな」

 

 

 しょーがねぇー、といった感じで頭を掻きながらミルコはコンプレスに言った。

 

「最後にあいつに一言いいか?」

「手短にな、くれぐれも妙な」

「うっせーな、わーかってるよ。こっちはプロだ」

 

 情けなく身体を固まらせたままの彼に近づき、ミルコは背伸びして顔を近づけ耳打ちした。

 

「もし今この世から全ての個性が消えたら、素手でおまえに勝てるヤツはたぶん十人もいねえ」

「なに、言って、ちょっと待っ」

「だから相手に直接触れる事で起動するようなトリガーのある個性やアイテム頼りのヴィランは、絶対におまえに勝てない。おまえは特定の個性使いへのカウンターとして特定の状況下で、誰よりも局所的に機能する……それとおまえは他人の──まあこれはいいか」

 

 何を伝えたいのかわからず呆然とする彼から、ミルコは一歩離れて続ける。

 

「ま、自信持てってこった」

 

 いつもの挑発的な笑みに、少しだけ悲哀が入り混じっていた。

 それを見て彼は思わず口を開く。喉元までせり上がった()()()()()()()()()()()()はしかし、戸惑いと無力感の中に立ち消える。

 身動きも取れず、足手まといになっている現状では何を語ろうが虚しいだけだ。

 

 言いさしたままの間抜け面を晒していると、ミルコの姿がまばたきの間に消えた。背後にいたコンプレスに肩を触れられ、『圧縮』が起動する事によりビー玉ほどの球体に格納されたのだ。

 同じように戦闘不能になったスピナーとマグネを回収し、携帯端末で連絡を取って「んじゃお先に」と『ワープゲート』に消える。

 

 自失する彼に女子高生、渡我が近づいて冷ややかに言った。

 

「弱個性のくせに誰かを助けようとしなければ、弱いくせにヒーローになんてなろうとしなければ、足を引っ張る事もなかったのに。身の程ってやつです。向いてませんよ、ヒーローに」

 

 彼は虚ろな視線だけを向けた。どこかで覚えた()()()()()()()だったが、思考は泥のように沈黙している。

 

「あのヒーローはこれから、死ぬよりひどい目に合います。あなたのせいで」

 

 それだけ言うと、渡我もムーンフィッシュも『ワープゲート』に消える。

 

 ひとり深い夜の森に残された彼は膝から崩れ落ちた。

 みずからを犠牲にしたミルコに()()()()()()()()()()()()だけが、重い心に残響する。

 

 きっと、それを聞けばミルコ先生は薄く笑って。

 

「弱いくせに生意気だ、悪くない」

 

 と返してくれる。

 だが原因を作っておいて、そんな薄氷にすぎる理想を吐けるわけがない。

 おれが弱くなければ、もっと強ければ伝えられたのに。

 

 急襲からミッドナイトやピクシーボブが駆け付けるまで、わずか二分程度の間にすべては終わり、奪われていた。

 

 

 

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 ヴィラン連合のアジトであるバーに、コンプレスと渡我、ムーンフィッシュが帰還する。

 

「スピナーとマグネはどうしました?」

 心配、というより事務処理的に黒霧が尋ねる。

 

「ミルコにやられた。かなり手ひどく。すぐに戦線復帰は無理だ。たった一撃で。ありゃバケモンだよ」

 コンプレスが『圧縮』した玉を指に挟んで見せる。手を振ると、玉がもう一つ増えた。

「その甲斐あってビルボード級は確保できた。ひとまず作戦成功だ。けどミルコの血を確保できてるなら、最初からステインの『凝血』で済む話じゃないのか? 血を舐めた相手を麻痺させられるんだろ?」

 

 カウンター席に座り、黒霧にストレートをダブルで頼む。それを一息で干した。喉を焼き、鼻を抜ける甘い香りの好みのスコッチだ。

 

「あれは切り札だ、まだ見せるわけにはいかねえ」

 それに、借りは返させないままステインに首輪をつけた方が便利だ、と死柄木が内心で呟いて答える。

 

 士傑と雄英に属する人間の血は、()()()()で採血したものをドクターの息のかかっている病院から回してもらった。同じように、ヒーロー事務所が行う健康診断を利用してプロの血も揃えてある。

 

 ただ、いくら表では医学界で名の通ったドクターと言えどすべての検査機関に口が利けるわけではないので、ビルボード級全ての血を集める事は出来なかったのが残念だ。それでも十分すぎるが。

 

 もちろん、血は長期保存できる状態だ。これがある限り渡我は士傑、雄英生、主要なプロヒーローにいつでも『変身』できるし、地球の裏側にいようが『凝血』によって任意のタイミングで数分間も行動不能にさせられる。

 そしてそれを防ぐ術は無い。

 

 世俗から隔離され容易に応援を呼べない状況、かつビルボード級と人質がいる雄英の林間合宿はおあつらえ向きだった。今回の作戦目標であるビルボード級の確保を内々で実行できるほどに。

 わざわざステインという強力な手を晒す必要は無い。秘密である事が重要なのだ。

 

「できればムーンフィッシュも見せたくなかったがな、一番弱そうなガキを選んだのに」

 

 責めるように睨まれ、コンプレスは肩をすくめる。

 一応彼は職場体験の功績があるものの、合宿所の従業員に『変身』した渡我からの報告や映像を見るに大したことは無い。個性らしい個性の起動も無く、訓練では負け続けている。

 およそマスキュラーに勝てる器には見えない。世間一般に言われてるように、その場にいた雄英の三年生がやったのだろう。

 

 おそらく非戦闘向きの個性で、ファンザ本社ではサポートに徹した形を取ったのでは、と考えるのが自然だ。メディアが勝手に話を盛ったというのは良くある話。

 渡我の進言で、人質の選定は候補の中から彼になった。プロなら間違いなく生徒を連れて逃走を選ぶので、サポートも無視できる。そしてそれは良い方に転んだ。

 

「まあ、腐っても雄英生って事だ。もう少し時間があればおれ一人でもなんとかなる程度だっただろうけど、なかなかどうして勘がよかったのかねえ」

 

 言ってじぶんの掌を見つめる。触れさえすれば終わりだったが警戒心が強いのか偶然なのか、いなされてしまった。

 

「もういいだろ」

 

 と、もう一人のコンプレスが背後から『圧縮』を起動し、飲んでいたじぶんの上半身を格納した。トゥワイスの『二倍』で作られたコンプレスの身代わりである下半身が、どろりと黒く溶けだす。

 

「じぶんを殺すのもあんまいい気分じゃねえな、身代わりとはいえ自我を持ってると」

 机に転がった玉を回収して言った。

「スピナーとマグネはドクターの手配した闇医が来るまではこのままでいいよな? ボス」

 

「ああ。ていうか渡我はどこ行った?」

「戻ってすぐ買い出しに。成功を祝して軽く打ち上げといこう……にしてもあの子、ほんとに女子高生かよ。今回の作戦は渡我ちゃんの脚色ありきなんだろ?」

「男子中学生に暴行して警察とヒーローから逃げ切ったのは伊達じゃないんだろ。それにまだ半分だ、終わってない」

 

 死柄木はミルコが格納された玉を手に取り、指先で弾いて弄ぶ。

 

「今まではチンピラのザコを素体にした脳無だったからヒーローに負けた」

 

 脳無の素体には、天涯孤独や犯罪者崩れがあてがわれてきた。弱個性だろうが関係無い。個性はあとから付け加えられるのだから。いなくなっても誰も気にしない連中は便利だが、結局はただの素人。

 だから、負けた。

 

 

 

「今度はビルボード級のヒーローを素体にした脳無を造る」

 

 

 

 適当な誰かに『変身』した聖典は、スーパーの屋上駐車場の隅で夜景を眺めながら携帯端末にそう言った。

 

『なるほど。死柄木の言う装備集めってのはそういう事ね』

 

 ふむん、とキュリオスは顎に手をやって想像の翼を広げてみる。

 それはそれは傑作な事になりそうだった。

 民衆を守るはずのヒーローが民衆を害する脳無となり、ヒーローと殺し合いをする。悪くない手だ。後から脳無がヒーローだったと公開すれば、世論に対する影響もさぞ大きいだろう。

 

「それと、副目標への誅罰を開始しました。異能第一主義において異能弱者が図に乗るとどうなるかを、ほどなく理解するはずです」

『素晴らしいわ、聖典。十一万人以上いる解放戦士の中でも、やはりあなたは別格ね……けれどヴィラン連合の戦力増強は好ましくないわ』

「ええ、わかっています。()()()()()()()()()()()ようなので、製造場所くらいは探れそうです」

 

 聖典はさらなる忠誠を示すべく、工作員としての案を提言した。

 

『わかった。あなたの裁量で動かせる人員はこちらで確保しておく。それと可能であれば場所だけでなく脳無の製造法についても追ってちょうだい。もちろん、あなたの身を危ぶまない限りにおいてね。あなたには聖典としての役割があるのだから』

 

 その言葉が聖典にとってなによりも嬉しかった。キュリオスさまが、わたしの身を案じてくれているという事実が。聖典としての生を望んでいる事が。なんて優しくて素晴らしい方なのだろう。

 興奮する。

 会いたい。

 

 会って対面から乗りかかり、逃げられないように腰に脚を回して頭を抱き、鋭い犬歯を首筋に突き立てたい。つぷりと艶のある柔らかな皮膚を割き、何とも言えない酸い鉄の味を舌の上で転がしたい。香りで鼻腔から脳を犯されたい。一滴も逃さぬように舌で舐め回しながら音を立てて啜り、倒錯感でどうにかなりたい。口を離した時、唾液と血が入り交ざった体液が糸を引くところを見たい。じぶんが作った割れ目からとろりした事後の赤い液体が溢れ出て、垂れる瞬間を永遠に眺めていたい。

 

 恍惚と破綻した笑顔のまま赤い血で満たされたペンダントのトップを胸元から抜き出し、救済者(ヒーロー)に思いを馳せた。

 

 

 

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 彼にはあの夜、言わなければならない言葉があった。それを惨めさと無力さの泥に深く沈めた。

 目の前で悲哀に暮れている人がいたら、悲しそうに笑っている人がいたら、助けが必要であればどれほど滑稽だと思われようと、それで少しでも安心させられるのであれば、言わなければならない言葉があった。

 

 どうせ言ったところで虚しいだけだ。

 だから惨めさと無力さの泥に沈めておけばいい。

 彼はそう思っている。

 

 

 

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 林間合宿襲撃事件から一日経った昼過ぎ、彼は病室のベッドから外を眺めていた。

 あの夜、駆け付けたミッドナイトとピクシーボブに保護され、合宿所近くの病院に運ばれて精密検査と警察の聴取を受けた。

 幸いにも怪我は大した事なく、ある程度はヴィラン連合の新規メンバーの個性も割れた。あとは個性届や聞き込みからどこまで素性を辿れるか、といったところ。

 

 それと合宿所の従業員が一人、倉庫に拘束されていたらしい。命に別状はなかったが複数の注射痕が発見されている。血液検査等の結果薬物の類いは検出されなかったので、採血が目的と推定された。あるいは単に捜査をかく乱するためのノイズか。

 

 ヴィラン連合の目的はビルボード級 ラビットヒーロー ミルコの拉致。

 何の為にか、という明確な答えは推測の域を出ないが、ロクでもない事をたくらんでいるのは確かだろう。

 

 病室のドアがノックされる。どうぞ、と答えるとスーツ姿の香山やクラスメートがお見舞いに来た。みな心配そうな顔をしている。

 香山が合宿の荷物を適当な場所に置き、泣き腫らして赤い目をした彼に言う。

 

「ご両親もしばらくしたら来ると思うから。ごめんね、守ってあげられなくて」

「いえ、いいんです。おれが弱かったのが悪いんですから」

 

 口を開いた香山を遮って続けた。

 

「おれのスマホ、預かってたりしてませんか? 検査の時に病院の人に渡したまま返ってきてなくて」

「知らないけど」

「でも看護師さんに聞いたら学校側の許可が」

 

「やめた方がいいわよ」

 今度は香山が短く刺すように遮った。

「ただの興味本位なら」

 

「どうせ遅いか早いかの違いですし」

 

 諦めたように小さく嘆息してジャケットの内ポケットからスマホ取り出し、ほんの少しの葛藤の末に手渡した。いつかは知るところとなる。

 

 ネットブラウザを開くと、案の定ニュースになっていた。

 いくらヒーローと警察で情報を止めていてもヴィラン連合がリークすれば無意味だし、事実だ。

 ヒーロー協会は事実確認中と時間稼ぎしていたが、あまり長引けば拘束されたミルコの写真がネット上に出回る事だろう。

 それをもってして真実が明かされるよりは、公的機関から認める方が幾分かマシだ。

 

 その際、被害者の彼の名前は当然伏せるとして、問題は経緯まで公開するべきかどうかの判断だ。

 雄英生を人質にされた為にミルコは戦えず、囚われたという事実。

 ただ結果だけを述べても世論は納得しないだろう。為すすべなくミルコが負けたと誤解されれば、ビルボード級という看板に対する不安感も増大する。

 最大限の配慮として、人質が取られた件は明かす事となった。それが誰かはわからない。従業員かもしれないし、通りすがりかもしれない。

 

 しかしヴィラン連合は実に狡猾だった。

 ほどなくして人質は雄英生だったという噂がネット上に流れだす。事件発生場所が合宿所なだけに信憑性は高い。

 これを止めるすべは、いかなるヒーローや組織にも不可能だ。情報戦の敗北を認め、個人情報保護を盾に口をつぐむ他にない。

 もしもヴィラン連合が彼を殺していれば、残虐非道な犯罪集団として一段と強く世に認知されただろう。

 だが生きていれば、全ての人間はそう思わない。傍観者のヘイトは時として被害者にも向けられる。

 

 彼は次いでツイッターを開き、一通り目を通す。

 

『いやしくもヒーロー科に属しているのであれば、簡単に人質に取られるような事があってはならない』

『ビルボード級の命とヒーロー志望の命は等価じゃないんだよなあ』

『有能ミルコを失った対価がチンピラ集団に人質にされる無能。話にならんのだが?』

『その雄英生はビルボード級を失った穴を埋められるんか? 雄英辞めろ』

『ミルコなら消えてくれてもいいわ、別に』

『人質に取られた段階で無理やり暴れるとかして死んでくれれば、ミルコを失う事は無かった』

『わたしだったら死ぬが?』

『いっそ死んでヒーローになってくれた方が社会の為だった。自己犠牲を理解できないヤツがヒーロー科とか勘弁してくれ』

 

 まあ、そうなっているだろうと予想していたので、これ以上泣くような事は無かった。黙ってスリープモードにする。

 ただただ悔恨の念ばかりが胸に溢れて、心が窒息しそうだ。

 

 SNS上ではすでに【ミルコ無駄死に】のハッシュタグが作られていた。

 無論、全ての人間がこの考えに賛同しているわけではないが、『こんなタグで暴論晒してるヤツ頭おかしい。てか死んだって証拠無いし #ミルコ無駄死に』といった反論ツイートもカウントされているので、トレンド一位になるまでそう時間はかからなかった。

 

 ヴィラン連合にとって都合の良いこの展開には、実は裏で異能解放軍が一枚嚙んでいる。

 渡我が手を回し、解放軍幹部の一人であるスケプティックに協力を仰いでいた。

 

 大手IT企業『Feel Good Inc』取締役であるスケプティックが設立した情報部隊の規模は、想像をはるかに超える。国内だけで五桁を超える全てのアカウントのツイートはAIにより日夜自動生成され、老若男女、あらゆる立場の人間の人格を模したバリエーションがある。

 

 そこに特定の指向性を与えれば、たとえば今回の事件に対して不平不満を抱くように入力するとバリエーションに合致するアカウントが自動でその旨をツイートするし、そうでない攻撃的なアカウントがリプ欄でレスバする。

 それも、血の通った人間にしか見えない書き込み精度で。

 悪趣味なハッシュタグも、情報部隊が自動生成したものだ。断定的で的外れな突っ込みどころのある短い文章ほど、着火剤として優れている。

 

 彼に対する誅罰と、社会に不安と混乱をきたす一石二鳥の作戦だった。

 

 重い沈黙の中、彼がベッドのシーツを眺めてぽつりと言った。

 

「一晩中ずっと考えてたんですけど、やっぱりおれ、ヒーローになるの、無理……なんじゃないかなって」

「それで?」

 と香山が不感無覚に続きを促す。

 

「おれなんかが免許取ってヒーローになっても今回みたいに足を引っ張るだけだし、誰も助けられないって思ったら、もう、頑張りたくないです」

「花火田は? 面会した男を助けるって言ったのはどうするの?」

 

 ──弱個性でも、誰かを助けられると思う? ──

 

「弱個性じゃ、誰も助けられないです」

 

 それは現実の残酷な一側面である事を、その場の誰もが理解していた。

 ヒーローは、誰にでもなれるというわけではない。

 

「ふざけたこと言わないでよ」

 静かな怒気を孕んだ声で告げたのは小森だった。

「弱個性だからなに? 強個性だったら誰でも助けられるってわけじゃないでしょ」

 

 彼は濁った心で蔑む。

 それは正論、というより論理の話だ。机上の文章問題をこねくり回しても、出来上がるのは明日にも忘れる名言程度。

 

「小森さんは強個性だからそんなふうに考えられるんだよ」

「わたしを無視すんなッて言ってんの!」

 

 耳郎が「ちょっと落ち着け、ここ病院だぞ」と肩に手をやるが、彼女が気にする様子はない。

 

「あんたの言うこの強個性だって、USJであんたが言ってくれたことを信じてるから体育祭で使えたし、自炊でみんなに食べてもらえたし、美味しいって言ってもらえて泣くほど嬉しかった!」

 

 震えそうになる声を必死に抑える。

 

「将来ヒーローになれるかどうかなんて、わたしにはわかんないよ。けどあの時あんたは間違いなくわたしのヒーローだった!」

 

 ベッドに詰め寄り、彼の胸倉を掴み上げて声を張り上げた。

 

「それなのに弱個性だから誰も助けられないとか言って、過去に助けたヤツのことまで無かった事にして……わたしからヒーローを奪わないでよ! どんな強個性持ちだったらあの時のわたしを救えるのよ!! どこの事務所のプロヒーローだったら駆け付けてくれるっていうの!? 言え! 言ってみろ!!」

 

 さすがに後ろから羽交い締めにされ引き離された小森の目から、大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちた。

 言葉の出ない彼に、拳藤が小さく笑ってみせる。

 

「わたしも、あの時は救われたよ。どうしようもなく自己嫌悪で沈んでて、消えてしまいたかった。けど真剣にわたしの気持ちに寄り添って考えてくれたから、たぶんこうしていられる」

 柳が小さく目じりを拭う。

「たぶんわたしだけじゃ一佳を元気付けられなかった。大事な親友を助けてくれたんだから、わたしたちにとってもヒーローだったよ」

 

「それにさ!」

 と、取蔭が深呼吸を挟んで覚悟を決めた。

「ファンザを救ってくれたんだろ? 何があったのかは非公開だからわからないけど、ほら、わたしも女だから色々と、その、な? ファンザが無くなったら困るっていうか、そーいうのに寛容だから理解してくれると思うけど……とにかくホントはめちゃくちゃ感謝してるよ! エッチなやつだって思われたくなかったから言えなかったけど!!」

 

 こ、こいつマジかよ……すげえ……

 その場の女性全員が、心の中の額の汗を拭う。

 それってつまりエッチなの見てオナニーしてますと面と向かって告白するようなもんだぞ。いや、彼を元気付けるためなら自傷をいとわないその自己犠牲の精神には、敬意を表するべきだろう。

 

「な? みんな!」

 いやこいつ全員を道連れにする気か!? 

 くるりと背後に向き直って言った取蔭の瞳には、絶対に一人では死なないという鋼の意思が爛々と青白く燃えている。

 

 言わなければならないのか。

 だがまあ、なんだかんだ毎回下ネタでいい感じになるのは1-Aらしいといえば1-Aらしい。そんな気もする。

 

「まあ、その、取蔭の言う通り、かも」

 柳が顔を赤くして床に視線を泳がせる。

「ファンザに何かあって潰れたりしたら、わたしも、お、オカズとかに困ってただろうし。ニュース見た時は正直ホッとした。あ、もちろん安否もだけど」

 

「そーそー。ていうか全国のファンザユーザーにとっては間違いなくヒーローだよ!」

 

 なぜか普通に言ってのける芦戸に次々と続いた。

 

「ジャパニーズHENTAIカートゥーンはオンリーワンなので世界的にも需要がありますし、きっと海外の方も感謝してると思いマス」

「男にはあんまり共感しづらいと思うけどさ、ウチら的には間違いなくヒーローだよ」

「小森さんの言う通り、未来の事はわかりません。しかしわたくしたちを助けたという事実は確かにあるはずです」

「それに、ヒーローかどうかをじぶんで決めるなんてちょっと傲慢だと思うな―。その名称はたぶん、本来は助けられた人が呼ぶんだからさ」

「プロになって再び海の家に集まろうと言いだした本人なのですから、責任を持っていただかないと」

 

 彼はクラスメートの顔を見やった。全員が直接的にファンザを利用している事を告白したわけではないが、恥ずかしさで赤い顔をしている。

 それを見て、なんかエッチだな、と思うくらいには気が楽になっていた。

 患者衣の袖で涙を拭い、あらためてみんなに向き直る。

 

「ごめん、おれが間違ってた。ちょっと色々言われて弱気になってた。小森さん、許してくれる?」

 

 目を伏せた彼女から「うん」と短く返ってくる。

 

「事実を言うけど」

 香山が腕を組んで口を開く。

「だれが何と言おうと、ミルコの判断は正しい。いくら雄英ヒーロー科に属していようと、きみは仮免すら持っていない一市民でしかない。市民を守るのがヒーローの役割の一つなのだから、もしきみがあの時死んだ方が良かったとか考えてたり、そう言ったりするヤツは全員ミルコに蹴り飛ばされるわよ」

 

 その言葉を噛み締め、彼は頷く。

 

()()()()()()()()()()()。必ず無事に戻ってくるから。それまでにあなたたちがやるべき事は、日常を送る、つまりヒーロー科として精一杯訓練に励む事よ。彼女がそれを望んでいる事くらい、わかってるわよね?」

 

 たしかにあの勝気なバニーがうじうじと悩んでいる彼を見たら、それこそ苛立ちを脚に乗せるだろう。

 明るく、普段通り前向きになる事こそが、彼女に生かされた事に対する責任の果たし方だ。

 

「はい!」

 全員が答えると、彼のお腹が鳴った。

「元気が出たら、急にお腹が空いてきた」

「お、いいですねー。お見舞いにリンゴを持ってきたから食べてください。立ち直りが早いのはいい事デス。わたし、マーベルみたいなの好きですよ。割と明るいので」

 

 フルーツナイフを『創造』した八百万にカットしてもらったリンゴを頬張って、先ほどの先生の言葉を振り返った。仮免か。

 たしか、緊急時に個性を使える許可証。おれの個性には無意味なものだけど、ミルコ先生が戻ってきたときに少しでも胸を張れるものがあれば……

 

 わいわいと盛り上がる病室の外で、波動はゆっくりとドアから離れて踵を返した。

 

「いいの? 入んなくて」

 と甲矢が後を追って尋ねる。

 

「んー、まあいい雰囲気だし、もうちょっと時間置いてからでもいいかなーって」

「なんかさ、ちょっと嬉しいよね。最初はクラスに馴染めるか不安そうにしてたんでしょ? 男女比率があれじゃしょうがないけど、めっちゃ仲良くなってるじゃん」

「うん。すっごく嬉しい。もっともーっと仲良くなってくれたらいいなーって思う」

 

 もちろんそれは学生生活を送るにあたって、親睦を深める事は好ましいという意味だ。決して彼女の個人的な展望ではない。

 二人はしばらく病院内にある喫茶スペースで小休止する事にした。雄英生が合宿所でヴィラン連合の襲撃に遭ったとニュースで知り、彼と連絡が取れなかったので慌てて来たが命に別状はなさそうなので一安心、といったところ。

 

 波動がお見舞いに来るのはそういう関係なのでわかるが、彼と甲矢の友好関係は一見すると薄い気もする。高校生の財布には、交通費も結構な出費だ。

 だが内情を知れば、あれだけ何度も昼休憩に食べている仲なのだから心配の情も湧くというもの。ご飯の話だ。

 二人が一年の時に林間合宿に来た思い出話に花を咲かせていると、どこにでもいるような一人の中年女性が声をかけてきた。

 

「ひょっとして、波動さん?」

 

 視線をやると、その隣には香山がいた。学校関係者だろうかと軽く会釈して返答する。

 

「ああやっぱりそう。こうして会うのは初めてね。職場体験ではうちの息子を助けてくれてありがとう。家でよく話を聞いてます。優しくて、頼りになって、強くて、尊敬できる素敵な方で、いつもお世話になっているって」

「ああいえこちらこそお世話になって──」 変な意味にとられないよね? と逡巡し。 「──ます。はい」

 

 わたわたしながらかろうじて言葉を紡ぐと、香山がテーブルを覗き込んだ。

 

「なんであんたら三年がいるの?」

「いやちょっとニュース見て心配になって、いても立ってもいられなくなって。って感じです」

「ふうん?」

 

 甲矢が若干しどろもどろになりながら答える。実際どうなんだ? 一年生と三年生が連絡先を交換してる状況って、母親からしてみればやっぱ不安なのだろうか。

 彼と波動の関係は、隠しているわけではないが大っぴらにしたいわけでもない。

 というか、彼に不幸があったこのタイミングでお付き合いしていますというのもおかしな話だから、ボカす方が正しいかもしれない。

 

「やっぱり優しい子なんですね」

 と言って彼の母親は二人を眺めた。

「三年生という事は、やっぱり現場で戦ったりする経験も多いの?」

「まあ、はい。それなり……いや、ねじれなんかはもう実戦で通用するくらいですよ。なんてったって雄英のBIG3ですから」

 

 ここはねじれを立てるべきだろう。彼の母親に対してなら尚の事。親友思いの甲矢はチラと隣を盗み見る。珍しくも照れた様子で、頬を赤く染めてもじもじしていた。かわゆいやつ。

 

「……そう。だったら二人の意見も参考にさせてもらえると助かるのだけれど」

「あ、はい。わたしたちでよければ、力になります」

 

 緊張した顔で答える波動に、香山は何か言いたそうだったが母親がそう決めたのなら止めはしない。

 隅のテーブルに移動し、母親は沈痛な面持ちで言った。

 

「正直に言うと、心配なんです。あの子がヒーローとしてやっていけるのか、そもそも目指すこと自体が難しいんじゃないかって。あまり役に立つ個性ではありませんし」

 深いため息で後を続ける。

「職場体験での活躍は、素直に親として誇らしかったし嬉しかった。けど今回は教師の方が身を挺して守ってくれたおかげであの子が無事だったようなものですし……もし誘拐されて拘束されたり集団で襲われたときに……その、ちゃんとじぶんの身を守れるのかどうか……」

 

 なんとなく、母親の心配している事が伝わってくる。

 それは人体の構造上、男性にその気が無ければ成立しないが薬でいかようにもなる。飲み会で睡眠薬とED治療薬を盛り、精力剤と合わせる事で無理やり勃たせて事に及ぶという犯行は後を絶たない。

 ドラッグストアで精力剤を取り扱う是非については、いまだに揉めている段階だ。

 

「もし、もしもわたしの知らない所で慰み者にされたらと思うと……」

 

 ヴッ! 

 波動と甲矢は内心で出したことの無い呻き声を上げ、露骨に目を伏せた。

 

「あ、わたしは席を外した方が……」

 頬を掻きながら腰を浮かした甲矢の足の甲が踏まれる。俯いて長い髪に隠れた波動の表情は伺えないが、今までにない謎の圧力に屈して着席する。

 たしかに甘い汁を吸っておいて、親友を見捨てるわけにはいかない。いや、甘くはなかったな。慣用句の話だ。

 

「あの子の貞操が見ず知らずの人間に奪われ、踏みにじられたらと考えただけで胸が苦しくて……」

 

 ッヴァー! 

 さすがの波動も「ねえねえ知ってる? すでに無い物を失くす心配をしてもしょうがないんだよ?」とは口が裂けても言えない。

 その理由を説明すれば、おそらくお母さんは泣く。

 冷や汗だか油汗だかがたらりと頬を流れる。

 すみませんすみませんと内心で頭を下げながら、でも合意なんですと付け加える。実際に犯罪ではない。

 

 苦虫を嚙み潰したような表情で香山が言った。

「彼のように格闘戦が選択肢に入るタイプのヒーローは、最低限自衛できるだけの戦闘能力を身に着けています。でないと卒業は出来ません。プロ後でしたら他のヒーローのフォローもありますし、基本的に単独行動はしません。今回のように訓練途中の話だとわれわれの落ち度です。それに、そういった事態になる可能性は絶対に無いとは言い切れません」

 

 運良くマスキュラ―に勝ったという実績はあるが、『麻痺』を照射する電磁波などの不可視かつ非実体個性攻撃などは防ぎようがない。

 

「そうですよね。本当は職場体験の時にも考えてたのですが、やはりあの子にヒーローは諦めるよう勧めた方がいいのでしょうか。ヴィランに負けて捕まりでもしたら……」

 

 それはしかし、難しい問題だ。

 ヒーローになる道から外れたからといって犯罪に巻き込まれないわけではない。個性を用いない事件も当然存在する。詐欺、突発的な殺人事件や空き巣、電車での痴女行為、前述の飲み会で薬を盛るなど数えればきりがない。

 

 残念ながら、悪事の無い社会文明など存在しない。仮にオールマイトを超えるヒーローがいたとしても実現は不可能だ。

 可能であるとすれば、それはもう神の御業による現実と人間性の編纂でしかない。

 

「ねえ、波動さんはどう思う? もしうちの子が危ない目に合ったら助けてくれる?」

 

 すがるような目で尋ねる母親に、波動は言いさした口を閉ざし、再び開いた。

 

「助けます。けど、ずっと彼についているわけにはいきません」

「……そうよね。波動さんにもプライベートやヒーローとして活動する時間が必要なわけだし」

「でも大丈夫です。病室で彼のクラスメートたちと会いました?」

「え? ええ、あんなに心配してくれるお友達がいて嬉しかったわ」

 

「わたしが無理なときは彼女たちの誰かが助けるはずです。もちろん逆に彼が助けることだってあります。その枠組みはクラスや学校だけじゃないはずです。ヒーローは、一人じゃありませんから」

 

 満面の笑みで言った波動の言葉に、母親は少し考えてこわばった顔をほころばせた。

 

「そうね、そうよね。そうやって助け合っていくものよね」

「わたしだってあの時、彼が助けに来てくれてなければどうなっていたかわからないですし」

「あらそうなの? あの子、波動先輩がいなかったら危なかったって言ってたけど」

 

 あははいえいえそんなそんな。

 謙遜しながら話しているのを眺めながら、しかしねじれが敬語使ってるの珍しいなー、と思いながら甲矢はジュースを干した。

 

 やがて彼の父親が合流し、夫婦は適当な宿に向かった。翌日彼と一緒に帰るそうだ。

 波動のスマホが鳴った。今になって通知に気付いたらしい。

 クラスメートも帰ったようで、ようやく二人はお見舞いに行けた。思ったより元気そうなので胸をなでおろす。

 

「甲矢先輩まで来てくれるなんて、嬉しいです」

 

「ん、まあ、そりゃね。いろいろ大変な思いしただろうけど、とにかく無事で良かったよ、ホント」

 照れ隠しに頬を掻き、親友の雰囲気を感じ取って挨拶もそこそこに病室を後にする事にした。

「来てすぐで申し訳ないけど、わたしは席外すわ。じゃ、ごゆっくり」

 

 そそくさと部屋を出て、また喫茶スペースで時間を潰す。適当にスマホをいじっていたが、別の事に気がいって机に突っ伏す。

 二十分ほどすると波動が戻ってきた。

 

「ごめんね、気を使ってもらって~」

「いいってことよ。さ、急ごう。さすがに一泊する訳にもいかないし、さっさと帰ろ」

 

 それにしてもと甲矢は内心で独りごちる。

 夏休みと言えば学生にとって一日一日が貴重なはずだ。ヒーロー科に属しているなら尚の事。

 しかしまさかじぶんの人生で、早く夏休みが終わらないかな、と思うようになるとは予想だにしなかった。

 

 

 

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【挿絵表示】

 

 

 

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