【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう 作:hige2902
誤字報告もちょっと開くのがアレというか、わざわざやってくれてるのにすみません。いろいろアレで十九話から感想欄も覗けてないんですが、元気出たら見るので書いてくれると嬉しいです。
聖典の携帯端末に、マンションを監視している解放戦士から連絡があった。
どうやら彼が死柄木たちと接敵したようだ。
確実に始末されるだろう。
そうなったら情報部隊を使い、それとなく実名をネットに流してやればいい。
実力も無いヒロイズムに溺れた子供が、警察やヒーローに助けを求めず独断専行に走った結果が表ざたになれば、他の異能弱者も立場をわきまえるだろう。雄英のバッシングも免れない。
仮に彼が尋問され、居場所を漏らした内通者がヴィラン連合に居ると吐かれても証拠は無い。
それにほどなくして
その後の状況を見て、ミルコを救助したヒーローたちが情報の出所を公開する。内通者を匂わせるなり、そういった個性使いのタレコミがあったとか、不和や猜疑を生み出す方便はいくらでも考えられる。
市民にとってメディアを通したヒーローの言葉の信憑性は高いが、情報戦の可能性もある以上、ヴィランとしては全面的に信じられないだろう。そうやって疑念の種を撒くのも工作員としての役目だ。
つまりどう転ぼうがヴィラン連合はビルボード級を素体とした脳無を手に入れられず、調子に乗った異能弱者は死ぬし、見せしめとして死後なおもネットで叩かれて火葬される運命にあるのだ。
仮免なんて受けなければこんな目に遭わなかったのに。
と、聖典はほんの少しだけ彼を哀れんだ。それは優しさや正義の心からではなく、異能解放軍幹部であるキュリオス直属の部下という立場から見下ろした、異能弱者に対する傲慢な憐憫だ。
そもそもヒーローなどという、起きた事象に対してしか手を差し伸べられない偽者に夢を見るのが間違っている。
「……潜在的な弱者に対する真の救済者はわれわれなのです」
『誰もが自由に異能を使えるようになれば、今よりもっと気軽に助け合えるし社会も発展する。それを阻害するヒーロー免許などという制度は打ち壊さねばならない』
『そして学力や体力よりも、新時代にヒトに与えられた異能という新機軸に重きを置いて評価する社会を構築し、異能の拡張を促す事こそが、人類を生物学的に前進させる基本原則なのだ』
幹部の花畑ことトランペットがよくそらんじていた、異能解放戦線に書いてある一文を心の中に思い描き、かつての母校である中学校を睨むように見上げた。
そうして背を向けて歩き出す。ポケットの中の屋上の鍵が、小さな金属音を鳴らす。
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ステインには、ドクターから回してもらったビルボード級や主要ヒーローの血液の入ったカプセルを装備させてある。両手首の赤い数珠がそれだ。
裏のエンジニアに作らせたもので、血の入った珠は一つずつ取り外す事ができ、それぞれ、弐、参と、ビルボードに対応した漢数大字が振り分けられていた。一つずつ取り外しが可能で、そのまま噛み砕く事で『凝血』が起動する。
この部屋を襲撃しにきたヒーローを返り討ちにするには十分な保険だった。
ところが無名の輩が一人で来たのでは役に立たない。
いや、完全に無名というわけではない。三年生と協力してマスキュラーを倒したらしいが、合宿を偵察した渡我の報告では下から数えた方が早い程度の実力。そしてこの秘密の脳無製造工場の場所をどうやってか知っており、無謀にも単身乗り込んできた愚か者。
要するに不明だ。なにもかもがチグハグで明瞭な所など一切無く、秘密を探ろうと情報を掬い上げても砂塵のように零れ落ちてしまう。
秘密とは武器だ。
だから死柄木はミルコ強奪の際にステインを見せなかった。プロヒーローが『凝血』の射程距離内にいる事を隠したかった。
この世でも最も強力な力とは理解である、と以前先生が言っていたことを死柄木は思い返す。今ならその意味がよくわかる。秘密に対するカウンターだからだ。
彼に対する理解は無い。だから、ここに足を踏み入れた以上は万全を期すべきだ。死柄木は妥協無くそう判断した。
「借りを返せ、ステイン」
目元をボロ布のアイマスクで覆った指名手配級ヴィラン、ヒーロー殺しは答えることなくゆっくりと彼に近づき、日本刀の射程内で斬りかかった。
その合間合間に死柄木が安全を見極めながら手を出す。
ステインの技量は疑いようのない物だった。同士討ちになる事も壁に刃を取られることも無い。
死柄木のフェイントに合わせて、刀が彼の肩を浅く裂いた。本来であれば無視できるダメージだが、『凝血』相手には致命とも言える。
だが彼に焦りはなかった。依然として問題無い事は事前に
得物を握る手はまず順手と逆手の二種類に分けられる。
さらにそこから数種類に派生するが、大別すればハンマーグリップかセイバーグリップに絞られる。
オーソドックスなのは前者で、親指をしっかりと回して握りこむ。保持力に優れており力を込めやすく、刺突や斬撃の威力が増す。
後者は親指の腹を柄や鍔に当てる握り方で、保持力は低いが刃の可動域が格段に広がる。
相手の血を舐めれば『凝血』が起動し、数分の間は対象を強制的に行動不能にさせる個性を持つステインからしてみれば、セイバーグリップを選ぶのは当然の帰結だ。
腕や足を切断するほどの力は要らない。一寸斬り込み、刃に付着した血、あるいは流血を舐めればそれで終わる。
だがいかに物理・自然法則を貫徹する問答無用の個性とて、起動までのトリガーが割れていれば、故に行動は読みやすい。
斬ったのなら、刃を口元にもっていく。
それがわかっているなら、対処方法を先置くことは彼にとって容易だ。
彼の両手が予定調和のように、日本刀を持つステインの内手首と外肘に触れたかと思えば、流れるように外側に捻る。
関節を責められ、上を向いた柄頭を外に押すと第二種てこの原理で刀はあっけなく零れ落ちた。
ステインはそのディスアーム精度に驚きはしたものの、すぐさま左手に握ったサバイバルナイフで切り上げる。が、一手早く彼が上から手首を掴んでおり、強く引っ張り体勢を崩す終わり際にナイフの背に指をかけた。すると刀と同様に手から滑り落ちる。
勝手に得物が持ち主から離れたかのような、一連一瞬の所作であった。
ステインはたたらを踏みながら脇腹にマウントしてあるサバイバルナイフに手をやるが、あるはずの柄が無い。既に彼が指で挟みこんで引き抜き、手首のスナップで部屋の隅に放っていた。
この行動に、ステインは違和感を覚える。奪った武器を何故手放すのか、扱えない技量とは思えない。それとも殺す可能性に怯えているのか。
よろけたヒーロー殺しの横から、死柄木が迫る。
訓練した動きではないものの、天性の俊敏さと捉えどころのないしなやかさがあった。五指で触れさえすればいかなる防御も無視する個性には、十分適した戦い方だ。
掴まれれば終わりというプレッシャーと逃げ場の無い閉所ならば、優位である事は確かだ。
しかし触れられない。いなされ、顔にジャブを貰うと掌のマスクが落ちた。激しい感情の揺らぎを覚えた刹那、鼻っ柱に軽くもう一発入る。
相性が悪い。
個性の、ではない。体術が致命的に噛み合わないのだ。
『凝血』を最大限に活用する目的から逆算すれば、握り方はセイバーグリップに辿り着くだろう。
だがシラットの持つ強力なディスアームを前に、可動域を確保する利点と引き換えに失った保持力は明確な弱点として浮き彫りにされた。
また、いくら死柄木が素早い身体の制動の素質を持っていたとしても、ボクシングを完全に修めた人間がアウトボクシングに徹した場合、訓練無しに拳を当てる事は不可能に近い。
死柄木が苛立ちから眉間にしわを寄せて内心で毒づく。
二対一だぞ、それをこいつは……格下なのは間違いない、なにがどうなっている、手玉かよ、バグってる、測り違えたのか、こちらが弱いのか? いやそれはない、ステインは一線級のヴィランだ、ガキが強いのか? そんなはずは……
ステインも黒霧も、内心ではそんな煩わしさと不可解さが首をもたげる。なにかおかしい事態に足を踏み入れているはずなのだが、それがなんなのか掴めないだ。
ムーンフィッシュを呼ぶべきか迷うが、内通者だった場合はリスキーすぎる。
もちろん、死柄木たちの猛攻を抑え込んでいる理由は相性や格闘戦の才格、訓練量の差もあるが、それだけではない。職場体験での戦闘が彼の実力を底上げしているからでもある。
──実戦の殺し合いに比べたら学校の訓練なんてお遊戯──
あのとき彼に言い放ったマスキュラーのこの主張は、認めたくないが一理あった。あの時死線を潜り抜けた経験が、確かに彼の強さに影響していた。
ステインが最小限の動きで突きを放つが、手首で前腕を払われ、眉をひそめる。おかしい。この卓越したナイフディフェンスを体得するのに、いったい日にどれほどの時間を注いだというのか。そうだとしても身体の方が先に壊れるはず。
凌ぎ切られているのは不愉快だが、ヴィラン連合側にそれほどの焦燥感は無い。
死柄木かステインから倒すのは間違いだ。その瞬間、黒霧は奥の手で彼を再起不能にするだろう。あるいは、彼の視点からすれば増援を呼ばれかねないし、再びミルコごと逃げて振出しに戻るかもしれない。
つまり最初に黒霧を倒さなければなければならない。
が、それは卵の殻を割らずに中身を取り出すようなもの。
なぜなら黒霧に辿り着くには死柄木とステインが邪魔だ。かといって前述の理由でこの二人を先に倒すわけにはいかない。
ヴィラン連合側の余裕の源はここにある。
プロヒーローでさえ、この限られた条件下で死柄木とステインを倒すことなく黒霧に到達するのは至難の業だ。仮に抜けられても、黒霧が反応して切り札を出せる距離もある。
それに、もう一歩で状況を崩せそうではあるのだ。
彼は防御に優れているが打撃は弱く、致命打は無いという印象。なにかのきっかけでいとも容易く崩れる均衡なはず。
けど無理。
ミルコは薬でぼんやりとしたぬるい思考の中で、そう確信している。決して届く事は無い。
おまえらとは体術の天資が違う。『体力』が可能とした膨大な実訓練時間に費やした努力が違う。研鑽に次ぐ研鑽によって積まれた技量が違う。
それは万能の強さではなく、一定水準以上の個性によって容易に蹂躙されうる哀れで儚い灯火。
転じて特定の個性使いへのカウンターとして特定の状況下で、誰よりも局所的に機能する唯一無二の強さ。
だから今はまだきっと機を窺っている段階。
その証拠に、彼は弱打しか放っていない。強打で昏倒させられる瞬間はいくつもあったのに見逃している。
だがその機がなんなのか、彼はどうすれば正しい順番でヴィランを倒せるのか、ミルコにはわからない。
そもそも、右利きの彼がなぜ右半身を引いているのか……それになにより、なぜアイテムを使わない? 三段警棒ならば受け太刀も容易なはずなのになぜ『凝血』や『崩壊』のリスクを背負う? 一手誤れば取り返しのつかない事態に陥るのを理解していないはずがない──
彼がステインの顔めがけたジャブに合わせ、足払いで転がす。打点の高低差を活かして意識を分散させる、お手本のような対角コンビネーションだった。
本来であればグラウンドに移行して優位に立てる。しかしボクシングはその競技性ゆえにもちろんのこと、シラットにも寝技は無い。後者はゲリラ戦・対多数を想定している以上、一人の敵に対して寝転んでいる暇など無いからである。無論、この状況に対してもそうだ。
だからといって、テイクダウンした相手への追撃技が無いわけではない。
うつ伏せに倒れた人間が起き上がろうとする場合、つま先を接地して足の裏が垂直になり、アキレス腱が水平のコの字になる。この状態でアキレス腱に踏みつけが入ると、身体の支点となっている指の付け根の基節骨はもちろんの事、足の中核である楔状骨群が損傷する。
「ステイン!」
黒霧が声を荒げた。それよりも早くステインは黒霧の方向に転がって距離を取る。踵から垂直に落ちた踏みつけが床を激しく打った。
いくらブーツを着用しているとはいえ、アレをくらえばタダでは済まない。
死柄木の攻撃に合わせてナイフを投擲するが躰捌きで避けられる。賃貸の壁に深々と突き刺さった。
彼は死柄木が踏み込んだ右脚の膝を、接地する前に軽い前蹴りで打った。バランスが崩れ、上半身が前のめりになった胸倉を左手で掴む。
──グラップル!?
ミルコが抱いたその疑念が連鎖的に氷解した瞬間、耳と尻尾の毛が一斉に逆立つ。
右半身を引き、奪ったナイフを捨て、アイテムを使わず弱打に徹した理由はそこにあった。
それを現実のものとする理屈としては、『凝血』のトリガーから行動を逆算してディスアームを先置き出来たのと同じだ。
死柄木の気持ちに寄り添って考えてみれば、転びそうになっているところに弱打しか使ってこない彼が胸倉を掴んできたのならば、その左腕を掴むのは最善手だ。五指が触れ『崩壊』が起動する。
そうくるとわかっていれば、彼がトレーナーのサイドベンツを翻し、死柄木の死角となっている状態で右手をスリットに差し込み、カランビットを抜くのは必然。
入る。とミルコは確証を得た。
入ってしまう。
おそらく彼が一度でも武器術を見せれば警戒されただろう。だからステインのナイフは捨て、腰裏にマウントしてあるアイテムも封じて耐え凌いでいた。ヴィランの保証を御破算にするその致命の一撃を、確実に入れられる機を引き寄せるまで。
彼の斬り上げが死柄木の左手の軌道上に、完全なタイミングで因果した。
同時に掴んでいた腕で突き飛ばす、返す刀に空中に取り残されたソレを掴む。
背から壁に叩きつけられた死柄木がえずき、指に溢れた鮮烈な熱に気付く。
「黒霧! 殺せ!」
「殺せば指は戻ってこない」
そう言った彼を見て、黒霧とステインは一瞬のうちに何が起きたかを認識した。
既に彼の首は『ワープゲート』に捕らえられており、ゲートを閉じれば生首が出来上がる。
問題は彼が指を咥えている点だ。死柄木の、親指を除いた四指の内の一本。仮に胴体を切断すれば、激痛による噛み締めで指の傷口は挫滅するだろう。
「残りの指は喉元に押し付けているから、ゲートを閉じればおれの手と首、死柄木の指が捻じ切れる。理解したら個性を解除しろ」
怨嗟の声で死柄木が呻く。
「てめえ……」
「おれも死にたい訳じゃない。タダで帰るつもりが無いだけだ。話し合いで解決しよう。黒霧は後ろを向け、『凝血』を起動しようとする素振りを見せても指は噛み潰す」
言われて死柄木に視線をやる。忌々し気に睨まれたので、彼の言葉に従った。
「ミルコ先生と四本の指は交換だ」
切断面が綺麗であれば再接着は可能だ。取引として十分成立しうる。
彼は片膝立ちになり、残りの三指を床に置き、カランビットの刃を当てがい峰に踵を乗せる。踵に体重をかければ指が潰れ、接合の可能性は下がる。
死柄木が苛立ちを抑えて蔑む。
「……いいのかよ、ヒーロー志望がそんな汚い手やヴィランの利を考えるような交渉して」
「おれにあんたら三人を倒す実力が無い事は、おれが一番よく知っている。悔しいが、先生を助けるためなら泥だって被る」
その言葉に舌打ちして逡巡する。
彼を殺せば、ビルボード級を素体とした脳無は今日中に手に入る。ただし、これ以上ヒーローの邪魔が入らないという仮定を満足する場合に限る。彼がどうやってこの場所を知りえたのか。その情報源が特定できない以上、確実性は揺らぐ。
さらに引き換えとして、『崩壊』の個性は右手のみでしか起動出来なくなる。
「その前に条件がある。どうやってこの場所を特定できた?」
「……交換するのは指だけだ。それ以外の秘密は渡さない」
「この女を泥から出すと生命の保証は出来ないが?」
「なぜわざわざ親切に教える。ヴィランがおれの利を考えるような交渉をするのか?」
ばたばたと床に血が落ちた。アドレナリンがゆっくりと切れ、じくじくとした痛みが身体を蝕むように侵食してくる。
勝てる勝負だったはず。彼への侮りと油断が引き起こした事態だった。
反省だ。端的に舐めていた。激昂を無理やり鎮める。ここでガキのように癇癪を起しても意味が無い。大人になれと言い聞かせる。
「わかった、条件を飲む」
下した決断は和解だった。
それも当然の事。黒霧がいれば、ビルボード級は計画を練ればまた手に入る可能性がある。いまここでミルコに固執する必要は無い。この状態で万一右手も損傷すれば『崩壊』という強個性は完全に機能停止する。
それよりは振出しに戻り、一から装備を整えればいい。
意地よりも利を取った。
彼の指示で、黒霧とステインが『ワープゲート』でこの場を去った。残った死柄木にミルコを引き渡させる。
「裸は可哀想だからカーテンを巻いてあげてくれ」
「あれこれと注文が多いな、女だし別にいいだろ」
「こっちは四本セットだぞ」
「……足元に気を付けろ、おれの指を踏むなよ」
文句を言いながら、部屋の隅に転がった日本刀に目をやる。彼の血が付着していた。
片膝立ちのままミルコを肩で担いだ時、その軽さに悲しくなった。もともと背は低かったのを差し引いても、ずいぶん痩せてしまったようだ。
黒く粘質な炎が灯る。これくらいの意趣返しはしてやらないと気が済まない。
彼は覚悟を決めた。
そのまま後ろ歩きで玄関ドアに向かいながら、死柄木に一本ずつ指を放り投げた。ドアノブに手をかけ、廊下に身を出す。ただの空気が非日常的に感じるほど濃密な時間だった。
ちらと廊下に目を走らせ、マンションであれば当然設置してある物を確認する。
最後の一本を投げ渡して言った。
「切断面
「……ああ、綺麗なもんだ。すぐくっつくだろうさ」
死柄木は血だらけの四本の指の傷口を検めて、肺に大きく空気を入れた。彼が目を付けていた消火器に駆け寄り、レバーを引く。
「黒霧ィッ!!」
その咆哮で、屋上に移動していた二人が『ワープゲート』で部屋に戻る。同時に消火器が投げ込まれ、彼の血痕が舐めとられるのを防いだ。
「くっそ、ガキ! 追え!」
白煙を破って、ステインが猛然と追撃する。
問題はここからだった。黒霧に捕捉されれば終わる。
彼はすぐさま飛び降り、二階の廊下の手すりに掴まって落下エネルギーをいったんゼロにして地上に降りる。ワンテンポ遅れてステインが着地し、腿にマウントしていたナイフを投擲した。
三段警棒を展開し、打ち払う。ミルコがいる以上は避けるより防がなければならない。彼女を担いでいる左半身を引き、一瞬で距離を詰めたステインのサバイバルナイフを受け太刀する。
一拍の鍔迫り合いの中、瞳が鋭く差し合う。ステインが口を開いた。
「おまえは……」
「どいてくださいステイン!」
ワープしてきた黒霧が叫ぶと、ステインが飛び退く。彼の周囲、半径十メートルに黒いモヤが渦巻いた。
おそらくどこか人里離れた場所に飛ばし、ヒーローを呼ばれないようにして始末をつける算段だろう。そうしてミルコを無傷で奪い返す。
さすがにこうも広範囲にモヤを撒かれては、避けきれない。
「──二度とわたしを手離すなよ」
彼の姿が搔き消えた。一瞬遅れて黒いモヤが満ちる。
「バカな!?」
黒霧は狼狽えながらも捕捉しようと二人が跳んだ空を見上げるが、正午を過ぎた晩夏の太陽に消えており直視できない。黒い小さな影が落ちてきたかと思えば、飛来したカランビットが肩に突き刺さる。
小さく呻き、それを抜いて放り捨てて唸るように言った。
「ありえない……薬効が切れるには早すぎる、それにあの身体では……」
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「大丈夫ですか!? 先生!」
油汗と冷や汗を滴らせるほど疲弊し、ガタガタと震えるミルコの身体を彼が案じる。
「でけえ声出すな、問題ないんだよ。黙って掴まってろ」
と、ビルの屋上に着地し、胃液を吐き捨てた。赤いものが混じっている。ゆっくりと力を調整して再び空を跳び、弱々しい呼吸で言った。
「守んなきゃ……いけねえヤツの為の、最後の、力が取ってあんだよ……ヒーローにはな」
そのまま彼を抱きかかえるようにして、海の近い都市部のビジネスビルが立ち並ぶ、一等地にあるヒーロー事務所に背から突っ込む。
勢いを抑える力が残っておらず、ウェスタンドアを派手にぶっ壊した。
「なんだ!? 襲撃か? いや……ミルコ!? 無事だったか!」
事務所のヒーローが救急に連絡しながら慌てて駆け寄る。
「ここなら、迂闊に手え出せないだろ」
息も絶え絶えで、彼の頭に手をやった。
「こいつを、守ってやってくれ」
「何言ってるんですか! あいつらの狙いは先生なんですよ!」
焦燥する彼に、事務所のヒーローが安心させるように力強く口を開く。
「心配するなボウズ。二人とも保護する、誰にも手出しはさせない。救急にはおれが随伴するし、病院内での警護もうちが請け負う。だからそれまで休んでろ」
部屋の隅のソファに運ぼうとするが、ミルコは「肩貸せ」と言って、あくまでもじぶんの脚で動こうとして聞かなかった。
ゆっくりと、たった数メートルを亀のような歩みで進む。
ミルコが強気に不満をこぼす。いつもの自分を見せて、彼を安心させたかったのかもしれない。
「結局、やられっぱなしで終わっちまった。一発でも蹴り飛ばせればよかったんだがな」
「仕返しならしましたよ」
彼がしたり顔で右手を開いて見せた。
ミルコが愕然とした顔で彼を見上げる。
「何、考えて……おまえ……」
「まあ、林間合宿の時の恨みもありますけど」
彼は雄英生に漏れず、学生として優秀だった。また、そうでなければ弱個性ではやっていけない。
体育祭でミルコが麗日に言った、「個性の起動が四肢に依存してるタイプは欠損するとヒーローとして終わり」という言葉をよく覚えている。
だから倒すべき順番を踏み倒せた。
「タダで帰すつもりは無いってのは最初に伝えておきましたし、嘘は言ってません。ちゃんと四本の指を渡したんですから」
「そういう話じゃ……ねえだろ」
気落ちしたミルコの声が、しだいに怒気を孕んだものに変わっていく。
「てめえわかってんのか!」
「目の前でミルコ先生を奪われてこんな目に遭わされたら、これくらいは怒ります」
そう言った彼の掌の上には、小指があった。
代わりに、彼の小指が無かった。
死柄木 弔は目の前で『崩壊』の半分を奪われていた。
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ミルコ奪還の報は瞬く間にヒーロー業界を駆け巡った。
ただ、誰が救出したかはまだ伏せられるべきだ。そもそも誰が彼に電話を掛けたのか、なぜリークしたのかを洗う必要があった。過度なメディアの干渉があった場合、見逃す可能性がある。
被害者のミルコは緊急手当てを受けた後、内密に別の病院に移送され治療を受けている。かなり疲弊しており、復帰には長い時間が掛かるものの命に別状はないそうだ。
翌朝、極秘でお見舞いに来た香山が、ベッドの上で憔悴し、点滴に繋がれた同僚に声をかける。
「無事でよかった」
「わたしのことはいい……仮免試験だったらしいな、昨日」
「全員受かったわ、二次をバックレた一人を除いて。前代未聞よ」
それを聞くと、ミルコは顔をそむけた。長い月銀の髪で表情が隠れる。
「指は」
「第一関節から先は義指。パッと見はわかんないわよ。死柄木のは警察の鑑識行き」
「……金は無制限にわたしが持つから、まともなの用意してやってくれ」
「そう言うと思ってアイテム級のを準備済みっていうか、もう手術は終わってる。まあ、ホントにくっついてるだけで自在に動かす訓練と痛み止めは必要だけど」
沈黙が降りた。
香山が躊躇いがちに口を開く。
「……まあ、やりすぎ、かもしれない」
「なにもてめえの指を切断する必要はねえだろ」
「それについては、そうだけど」
言いたい事もわかる。決して表立って推奨される行為でないのは確かだ。が、起動部位が限定される発動型の個性使いにとっては致命傷。それがヴィラン連合の主犯格、『崩壊』という強個性なら尚の事。
これを是とするか非とするかは判断が難しい。
ミルコが鼻をすすり、震える吐息を懸命に隠して言った。
「守ってやれなかった、ヒーローのくせして」
「あれは自らの意思でやった事。彼の気持ちを尊重するなら、勝手に背負うのはやめてあげて。誰もあんたのせいだなんて思ってない。あれは、目の前であんたを奪われた自分の後悔に対する区切りみたいなもん、って言ってた……あと嫌がらせだって」
深い嘆息で、ミルコは尋ねる。
「あいつはどうしてる」
「その晩、術後に家に帰って、今は学校。親には今回の事は伏せてほしいって、心配するから」
いくら本人の強い要望とは言えしかし、大人としては看過できない。今は警察の要請もあって口止めされているが、時期を見て話すべきだろう。
「やっぱアホだろ、あいつ」
「裏では三等親までの家族関係に、二十四時間体制の確証監視保護が付いてる。もちろんプロヒーロー付きで」
「どんなやつらだ」
香山がスマホに資料を表示させ、ベッドに放る。
監視保護に名乗りを上げたのは、ぽつぽつと聞いたことのある名のヒーローたちだった。
戦闘能力一辺倒というわけではなく、遠・中距離から相手を拘束したり、対象を抱えて逃げるための移動能力も重視されている。
「こいつらで大丈夫かよ。スライディン・ゴーなんて聞いた事ねえぞ」
不満げに後ろ手に投げ返す。
香山が顔を伏せ陰鬱げに言った。
「……あんたが一晩寝てる間に、多くの一線級のヒーローたちが負傷したからね。それに、あの子がヴィラン連合に目を付けられる心配は、一応無くなった」
要領を得ず、ミルコは黙って続きを促す。
「組織のバックについていた人物を抑えた。残党は取り逃したけど、資金源やコネは使えないはずだから組織的犯行は無理ね」
「誰なんだ、そいつ」
「オールフォーワン、わたしたちが生まれるずっと前より裏から社会を操ってた大悪党。けどそれと引き換えに……」
「なんだよ」
一拍置き、香山は重々しく言った。
「わたしたちは平和の象徴を失ってしまった」