【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう 作:hige2902
第二十二話 供儀聖典 verse
ミルコを奪還された死柄木たちは、事務的に部屋を放火した。脳無製造に繋がる証拠を隠滅する為だ。
アジトに戻り、死柄木が闇医の治療を受けている間、ステインは懐からカランビットを取り出して検める。黒霧が放り捨てたものを回収していたのだ。
黒一色、マット仕上げのシンプルな造りだ。切れ味が申し分ない事は死柄木の手を見ればわかる。
ハンドルエンドのフィンガーリングに人差し指を入れ、素早く逆手から人差し指と親指で保持するエクステンデッドグリップへと切り替える。再び逆手に持ち直した。
重量バランスも申し分なく、限りなくアイテムの域に近い。
片刃かつ短い刀身は、ヴィラン相手に大怪我させたくない表れか。ヒーロー志望らしいと言えばらしい。
そうして自問した。無論、おのれの背負った信念で彼をどう量るかだ。
ステインのヒーロー価値基準に置いて、彼は判断に迷う。ミルコの救助を第一に考え、実行して見せたのは良い。
だが──と、保須市の路地裏で相対した士傑生を脳裏に描く。アイツのように応援を呼ばなかったのは自惚れか虚栄心か、はたまた他の理由があるのか。
前者であれば話にならない。
だがあの絶望的な状況下で吐いた理想を現実のものとする資質においては申し分ない。あの戦闘で、一切手は抜かなかった。借りを返す為に全力を出したはずだ。敗北を喫してしまったので、死柄木は貸し借りを継続させるだろうが。
しかしながらなぜ捌かれたのか、その実感が未だに無い。いや、心のどこかで舐めていたのかもしれない。試してやるという考えがあったのは確かだ。
いずれわかる。
そう結論付け、静かに目を閉じて瞑想した。彼がヒーロー足りえるなら、そうであろうとするならば必ずどこかで交差するはずだ。
その時にもう一度、死柄木の犬ではなくヒーロー殺しとして相対せばいい。
しばらくして闇医の応急処置が終わると、怒声が響いた。枯れ葉が砕けて霧散するように、バーカウンターの一部が『崩壊』する。
うつむいたままの死柄木が、憤怒のあまり肩で息をする。左手に巻かれた包帯に血が滲んだ。
やられた。
切断面に気を取られていた。よく注意すれば、左手と右手の小指の違いに気づけたはず。いや、思い返すにそこを強調する会話運びだった事や、弱打に徹して危険度を下げ誘われた事からして完全に嵌められた。
そもそも、自ら指を切断して入れ替えるなどという凶行は想定外だ。
自嘲するように吐いて捨てる。
「サブクエにかまけてたらこのザマかよ」
『ずいぶんと手ひどい報復を受けたようだね、弔』
「……先生」
スピーカーから流れる声に振り返る。ガキ相手に個性使いとして致命傷を負ってしまった引け目から、言葉が出ない。
『ドクターと話したよ。他人の指を接合してトリガーを満たしたとしても、おそらく『崩壊』は起動しないだろう。誰かがきみの五指を奪って移植したとしても、『崩壊』が使えないのと同じように。その辺りの事は人体実験で何度も試した』
「……あいつは何モンだ?」
『調べた限りではこれといって特徴の無い雄英生といった感じだ。ひょっとしたら近接戦闘に長けた個性なのかもしれない。ぼくとしても驚いてるんだ。きみは決して弱くない、生まれ持った俊敏性と強個性……相性もあるが。その辺のプロヒーローなら勝てる実力がある。それにステインもいたにもかかわらず仕留めきれないのは想定外だ』
ステインが加減していたというのは考えにくい。厳格さを逆手に取り貸し借りで縛っている以上、命令には忠実なはずだ。背くのならそもそも死柄木の下にはつかない。
「申し訳ありません、わたしがついていながら」
と、沈黙を守っていた黒霧が口を開いた。
『いや、仕方ない。全員があの場で取れる最善策を取った結果だ。彼がそれを上回るイレギュラーだっただけの話。まあ、最後にミルコが動けたのは誤算だったがね』
先生の言った事は慰めでもなんでもない。正論だ。
『ワープゲート』は切り札として取っておくべきだし、ステインを前衛にして二対一で攻めるのは理に適っているし、内通者の可能性がある以上は増援を呼ぶのはリスキーだし、取引には応じるべきだったし、その後で約束を反故にしてミルコを追うのは合理的だ。
全ての判断で正答を選び続け、その結果がこれだ。
死柄木は目を瞑って天を仰ぎ、静かに深呼吸した。無い物は無い。指四本とミルコを交換するという条件は破られていなかった。油断したツケを払っただけ。深く引きずる必要は無い。
「まあ、いい……遠距離戦に長けたヤツを雇えば終わる話。ドクター、おれの指はどうなったと思う」
『おそらく鑑識に回され、おまえさんの素性を探るつもりじゃろう。保管状態によっては再接合も出来んことも無いが、期待はするな』
「主犯格の指を用が済んだらゴミ箱に捨てる事は無いだろうが、まあ望みは薄いって事か」
言って、死柄木は喉を掻く。士傑の緑谷といい今回の事といい、心臓の下がぐつぐつと煮えるような怒りがあったが、それよりも先に処理しなければならない懸念事項がある。
「先生はどう思う? 内通者の存在は」
『なかなか難しいね。いたとすればどうしてただの学生にリークしたのか、彼はどうして通報しなかったのか。そのあたりを紐解く必要がある』
顎に手をあて逡巡するが、納得のいく説明は思い浮かばない。
クロと断定できないが、唯一刑務所という公的機関に身を置いていたムーンフィッシュあたりが臭い気もする。
世間では脱獄死刑囚で通っているが、ヴィラン連合に潜入する代わりに恩赦が与えられる司法取引の可能性も考えられる。あの正体を見せない言動もカモフラージュなのかも。
いや、だとしたらリークも公的機関にするはずだ。
あるいはまだガキのマスタードがビビッて吐いたか。とはいえ証拠は無い。そもそも場所は秘していた。
この段階ではいくら考えても栓無き事。
「前に先生が言っていた、秘密は武器だって意味がよくわかったよ。あいつは理解不能だ」
そしていかに裏社会を支配してきた先生ことオールフォーワンと言えど、回答を得るにはまだ情報不足だ。
異能解放軍による潜入工作活動ならともかく、その首領がたまたま目にした、異能第一主義的に目障りな彼への誅罰が副目標として同時進行しているとは読めない。
個性による情報漏洩の可能性があるとはいえ、今は内通者がいるという前提で動いた方がいいのは確かだ。
『一つだけ言える事は、内通者がいたとしても完全にヒーロー寄りの人間ではないという事だ。もしそうならアジトは襲撃されているはずだからね……』
ほんの少しの危機感を含ませて先生が尋ねた
『……いや、他のメンバーは今どこにいる?』
「どこって、それぞれのヤサなんじゃねえの。全員ここに寝泊まりしてるわけじゃねえから。今はおれと黒霧とステインだけだ、闇医は帰らせた」
『少しばかりマズいかもしれない……今回のリークが内通者によるものなら、その存在を自らきみに明かしたという事。つまり宣戦布告というわけだよ。なら次に打ってくる手は──』
先生の声をかき消すように、アジトの壁が破壊された。そこに現れたのは絶対的な平和の象徴、その姿だった。
「黒霧ッ!」
死柄木が叫ぶように命ずる、同時にシンリンカムイの『樹木』によるウルシ鎖牢が伸びるが、ステインがこれを切り落とす。アジトのドアからエッジショットが突入した。
だが初動を凌いだのなら死柄木にとって問題無い。
「いや、違うな。やれ、ステイン」
言われるよりも早く、ステインは数珠状になっている複数の血液カプセルを噛み砕いた。物理・自然法則を貫徹する個性が起動し、エッジショットやシンリンカムイも含めた対象の人間が同時に麻痺状態に陥る。おまけとばかりにナイフを投擲して深手を負わせた。
「そうだ、逃げる必要なんてない。ラスボスが向こうから来たんだ、こんなチャンスを見逃せるか。今ならザコキャラも楽に倒せる」
ばたばたと倒れるヒーローに、オールマイトは瞠目した。
所詮は贋物、とステインが呟く。
「だがやはりおまえは本物だ、オールマイト。おまえの血が手に入らなかったのも運命のなせる業」
「ステイン……ヴィラン連合に迎合していたか」
「いいや、こいつとは単に貸し借りのドライな関係だ。手ぇ貸せ、オールマイトを殺す」
ステインは、一瞬迷った。ヒーロー原理主義においてオールマイトこそ手本にすべき偶像。それに歯向かうべきか。
いや、と刀を構える。
おれを殺せるのはオールマイトだけだ。なぜならオールマイトこそが本物のヒーローであるからだ。贋物におれは殺せない。
それを確かめたい。おれが死ぬことによってその証明は成るはず。
それにどのみちここは死柄木に協力しなければ捕まるだけ。
「まーとりあえず表のザコキャラからだな、ヒーロー殺し風に言えば贋物か」
死柄木がそう言うと、オールマイトの一撃よりも辛うじて早く黒霧が『ワープゲート』を展開し、雑居ビルに面した道路の中心に出現する。案の定、警察やエンデヴァーを含む一線級のヒーローが待機していた。同士討ちをおそれて対応できない者や『凝血』で行動不能になっている者たちに襲い掛かる。
ヴィラン連合を強襲するつもりが、一転して阿鼻叫喚の夜に早変わりした。
すぐさまオールマイトが死柄木の凶行を止めようと殴りかかるが、空より高速で落下してきた闖入者に受け止められる。
「いやはやまいったね。この状況でリークされると、当の本人はこの危機的状況を躱しつつわれわれを窮地に立たせる上手い手だ。しかしずいぶんと弱々しくなったな」
「オールフォーワン!」
現れたのはかつての宿敵だった。その顔はおよそ人間としての機能の大部分を失っており、物々しい呼吸器を装着している。それでいてもなお、オールマイトの攻撃を防ぐという底知れぬ余裕があった。
「……先生」
「しかしながら弔、きみの判断も悪くない。集まった一線級のヒーローを返り討ちにし、この人混みの多い繁華街ではオールマイトの力も発揮しにくいだろうからね。ヴィラン受け取り係という肉壁も、大勢いる事だし」
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火の手が上がり、サイレンと人々の悲鳴が入り混じった夜の街並み。誰かが撮ったその動画をスマホで眺めながら、聖典はほくそ笑む。
アジトのバーを警察にリークした目的は、主犯格である死柄木を抑えるためではない。それを餌に、ヴィラン連合のバックにいる先生と呼ばれる存在を表舞台に引きずり出すためだ。
異能解放軍の情報網をもってしてもおそらく、という確証しか得られなかった謎の黒幕。弟子の死柄木だけはなんとしても逃がすだろうが、それでも構わない。あとで直々に解放軍が潰す。
いま必要なのは混沌だ。勝手にヒーローと潰し合ってくれればいい。
結果としては申し分ないものになった。
一夜が明けると、万全を期すために集められた多くの一線級のヒーローが負傷し、残った力を使い切るまで戦った平和の象徴であるオールマイトが引退し、死柄木たちは逃げ切ったものの長年影から裏社会を牛耳ってきたオールフォーワンは投獄された。
いくつか用意されたシナリオの中でも、上出来な幕引きだ。
胸の中に熱い高揚を感じながら、セーフハウスであるマンションのベランダに出て、柵に体重を預けて夜景を眺めた。夜の地上に灯る人工的な明かりは弱々しく、すぐにでも絶えてしまいそうに思えた。
これから、例の計画が開始されるだろう。その為にヴィラン連合に潜入したのだ。おそらく、その余波で大勢が死ぬ。だが仕方のない犠牲だ。そうして消えていった命は決して無駄にしないと、幹部の花畑……トランペットが言っていた。
ふと、隣の部屋から夜風に乗って、今まで気にした事が無かった親子の笑い声が聞こえてくる。
そういえば親はどうしているのだろうかと、事件から二年経ったいま初めて思い返す。
指名手配中なのであたりまえだが捜索願は出てないし、きっといなかった事にされているのだろう。それで構わなかった。
親が求めていたのはおかしくないトガヒミコであり、おかしいトガヒミコなら不要なのだ。
親だから縁を切れないなどとは考えていない。世の中を生きていれば、どうしても分かり合えない人間の一人や二人いるだろう。それがたまたま母と父だっただけの話。
それに今はキュリオスさまがいる。彼女さえ受け入れてくれるのならばそれでいい。立場上、ボロボロにしたり、そうなった姿を見る事が出来ないのが唯一の不服だが仕方ない。
数え切れないほどの戦士たちもついている。死は、怖くは無い。孤独でも無い。
けれど、隣の家族はどうなのかな。と考えもする。
死を恐れ、ひょっとすると親が死に子は一人ぼっちになるかもしれない。そのささやかな無数の犠牲を踏み越えなければ、社会は是正されない事は理解している。理解しているが……
優秀な潜伏解放戦士として、一度会食に呼ばれた時の事だ。リ・デストロ、スケプティック、外典、キュリオスさま……最後に、トランペットの力強い言葉。
『おかしいきみを受け入れてくれるのは、キュリオスとわれわれ異能解放軍しかいない』
ゆっくりと目を開け、
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高層マンションの最上階で行われる定例会議の席で、首領の到着までの間にトランペットはまた一つ異能解放戦線の読了を積んだ。人心地ついてキュリオスに話しかける。
「そういえば好調のようだね、改訂版の方も」
と、つい今しがた読み終えたじぶんの所有するオリジナル版をとんとんと指で叩いた。
「ええ。重版もかかったし、すぐベストセラーに並ぶと思うわ……ツイッターでは自称評論家が揶揄しているけれど、それも宣伝になるし」
一呼吸おいて、この本の素晴らしさを理解できない人間を哀れんだ。
やがて「すまない、遅れてしまった」とデストロが入室する。
挨拶もそこそこに、さっそく議題があげられたのはヴィラン連合関連である。ほぼ壊滅状態ではあるが、
「これなら実行に移しても構わないだろう」
席を囲んでいる他の四人が頷き、いよいよかと期待に胸を膨らませる。長いあいだ耐え忍び、蓄えられた力の一端を開放する時が来たのだ。歴史に刻まれるべき革命の叙事詩、その第一歌を謳う時が。
だが唯一、異能解放軍にとっての剰余であり不愉快きわまる事実がある。異能弱者である彼がミルコを救出したという、にわかには信じがたい報告が上がってきていた。
幹部の内の一人、寒冷地仕様のロングダウンジャケットを羽織った風体の男、外典がぼそりと言った。
「彼の異能は……?」
「誅罰とともに聖典に任せてるけど不明」
キュリオスが短く答える。
「だけど所詮は副目標に過ぎない。今はどうでもいいんじゃない?」
「癪に障るのはわかるがね、大事の前の小事だよ」
と、トランペットが場を納めようとする。
だが外典の気持ちは志を同じくする戦士としてわからないでもない。それに人一倍 異能第一主義に傾倒しているのだから、
「まずは異能の無制限自由行使、その足掛かりを優先すべきだ」
スケプティックも同調し、外典は口をつぐんだ。
およそ全てが順調に運びつつある今、もはや彼の事などどうでもいい。
所詮は路傍の石だ。障害足りえず、始末しようと思えばどうにでもなるだろう。
「では始めよう、異能解放軍の目指す未来を祝福する偉大なる前夜祭──」
デストロが四人の幹部を見渡し、厳かに続けた。
「──供儀聖典を」
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オールマイトの引退から数日後、あまりにも唐突に支えを失った動揺からか、SNSではいつにもまして陰謀論が飛び交っていた。
曰く、政府はヒーロー免許制により個性を使える人間を限定し、個性を訓練させ進化させる事で非免許保持者を支配しようとしているとか。
人間に自然に備わっている個性を起動しない事は自然に反するので体に悪影響を及ぼすとか。
ヴィラン連合のシンパや残党は数千人規模で存在するとか。
防衛省が首相直属の個性を用いる攻性行政組織を設立しているとか。
ヴィラン連合やオールフォーワンなどという黒幕は存在せず、すべてヒーローと警察、政治家の自作自演とか。
彼は嫌になってスマホをポケットに押し込み、「いってきまーす」と家を出た。
つい癖でドアノブを右手で握りそうになり、慌てて引っ込める。小指は大袈裟に見えない程度にギプスと包帯で固定されていた。周囲には突き指ということにしてある。
1-Aのみんなにも嘘をついてしまった時の事を思い出し、少し罪悪感を覚えた。
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事件の翌朝、普通に登校して教室のドアの前に立った時、入室をほんの少しためらった。
何があったのか、何をしてきたのか、送り出してくれたみんなには伝える義務があるように思えたが、警察の要請もあるので言うに言えない。あとたぶん小森とかにめちゃくちゃ怒られそうで怖い。
「入んないの?」
佇んでいると、ちょうど登校してきた拳藤が話しかけてきた。
「え、あーいや。入る」
緊張の面持ちで入室する。誰かが「おはよ」と口にすると、次々に彼と拳藤に同じような挨拶が交わされた。
何の変哲もない、ありふれた日常だった。なんだか拍子抜けして席に着く。
すると小大がやって来て、ポケットからあるモノを取り出して彼に見せつけた。
「ん」
「えっ、これひょっとしてヒーロー仮免許書!? いいなー。へー、こんなふうなんだ」
ずい、と押し付けられたので手に取ってみる。表はシンプルにHEROと刻印されているカード状のもので、裏面には運転免許所のような個人情報が記されていた。
何とも言えない高級感のある質感がある。ところどころに精緻な潜像模様やホロが入っており、おそらく他にも偽造防止のための高度な情報処理が施されているのだろう。
羨ましがっている彼の机の上に、形の良い尻が置かれた。見上げると肩越しに取蔭がにやにやしている。
「ちなみに、全員取ったから」
「ホント!? 凄いなー、おめでとう。っていうか柳さんと麗日さん大変じゃなかった?」
「いやーうちも序盤はヤバいかなーって思ったんだけど」
「やっぱり取蔭が俯瞰して情報収集する作戦が当たったから、うらめしい事にならずに済んだ」
麗日と柳が会話に加わる。
「地上と空中組で役割分担出来たのもよかったですわね」
「ていうか、あんた指怪我したの?」
「突き指した。二次試験ってどんな内容だったの」
「いやーそれがさーやっぱ梅雨ちゃんの予測通りチームワーク重視だったんだけど……まさか塩崎があんな必殺技を持ってるとは」
「あれは……わたしも使いたくは無かったのですが……」
腕を組んで当時の光景を思い浮かべる耳郎に、塩崎が恥ずかしそうに言葉を濁す。
「まーまーその辺は打ち上げの楽しみにとっとこ」
悪戯っぽく笑った芦戸が無理やり会話を打ち切る。
「ってわけで今週の金曜の放課後さ、まー……オールマイトとかが引退しちゃったりして雰囲気的に盛大にって訳じゃないけど、打ち上げ、来るでしょ?」
誰も、彼の身にどんな困難が降りかかったのか尋ねなかった。
事前にそう取り決めていたのだ、彼が話すまではこちらから聞くのはよそうと。普段通り接するべきだと。
その優しさに気づき、彼の目じりに涙が滲んだ。
「なに、泣くほど嬉しいわけ?」
しんみりしそうな空気を有耶無耶にしようと、小森が茶化す。
「そうかも、いや。そう、嬉しい。みんなとまた打ち上げに行ける事が」
彼が気丈に笑ってそう言った。
暖かく柔らかな、友情と青春の一ページだ。
やがて警察のかん口令が解除され、さらっと言った突き指が嘘だったと知った全員にメチャクチャ怒られ、小森にネチネチと陰湿に小言を言い続けられるとは思えない程ほがらかな朝だった。
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そんな優しい友達たちの事をふと思い出しながら、彼はのんびりと登校する。約束した打ち上げの日なので、放課後が待ち遠しい。もちろん状況が状況なので暗くなる前に解散となるが、彼女たちがどんなふうに活躍したのかを聞くのが楽しみだ。
ほんの少し秋らしくなった朝の空気は涼しく澄んでいた。鳥の鳴き声をかき消すように複数の選挙カーがスピーカーを鳴らす。
決して市民の不安に付け込んだ政治活動でなどでは断じてなく、きっと少しでも勇気づけようとしているのだろう。
『平和の象徴たるオールマイトを失った今、わたしが地域のみなさまの為に出来る事はいったい何かと、どうすれば元気付けられるのかと──』
彼が駅までの道を歩いていると、前方からそんな声が近づいてきた。どことなく声色にわざとらしい涙が混ざっている。
『──こうして選挙カーで地域を回る事が、みなさまの安全を守るパトロール! そう、パトロールの一助になればと、微力ではございますが馳せ参じたしだいです。つい先日、多くのヒーローが負傷した痛ましい事件がありましたが、悲しみに浸る間もなく混乱に乗じたヴィランがいるやもしれません。その際はどうかみなさまがご自身で身を守る必要の無いよう、この花畑 孔腔が心求党党首として──』
選挙カーとすれ違う。彼はなんとなく足を止め、振り返る。
善意とじぶんの利益を両立させる、賢い人なんだな、と思った。
普段ならああいった選挙カーは声が大きくてちょっと……という印象だったが、こういった状況では逆にヴィランに対する牽制になるかもしれない。パトロールとはよく言ったものだ。
再び歩みを進めると、一人のヒーローと出くわした。大きな顎と丸い目をした愛嬌のある顔をした、ガタイの良い男。
「やあ! わたしはスライディン・ゴー、突然すまないが少しだけ時間をもらってもっ、いいかなぁッ!」
「え? あ、はあ。どうもです。はい」
いきなり元気に挨拶され、面食らった彼に耳打ちする。
「先日の事件の事なのだが、ヴィラン連合がミルコを攫って何をしようとしていたか、判明した」
「え?」
と彼は顔を離してスライディンを見やる。
「なぜその事をって顔だな。これでもわたしは、公安と密に協力関係にあるんだよ。そのせいで表には出ない事件を扱ってて、知名度もちょっとアレなんだけどネ……ともかく、警察がその時の状況をもう一度確認したいそうなんだ」
バチンと音が聞こえそうなウィンクとサムズアップで締め、彼の返事を待った。
ミルコの名前を出されると二つ返事で了承しそうになったが、体育祭の時に小森に怒られた事を思い出した。スライディンは男だが、知らない人の範疇にある。ヒーローなので信じてもいいだろうが、一報を忘れては心配をかけてしまう。
「あーじゃあちょっと学校に連絡してからで」
「……うむ! そうだな! その前に、少し個人的な礼を言いたいんだが」
「何の事ですか?」
とスマホを取りだした彼の身体に素早く視線を巡らせ、制するよう続ける。
「ミルコを助けてくれて、本当にありがとう。彼女には昔ちょっと世話になってね。心配だったんだ。しかもほぼ無傷で帰還するとは…………完璧じゃないか!!! 凄いぞ、学生とは思えない! ありがとう!! ありがとう。きみは未来のトップヒーローだ!!」
後半はなんだか妙にセリフ臭い言葉を吐いて、彼に熱烈なハグをする。
「いやちょっとそんな──」
──ほぼ無傷で帰還?
まだ癒えぬ小指の痛みで嵌められたと理解したが、太い腕を完全に回されており身動きが取れない。声を出そうとしたが腰のあたりに鋭い痛みと熱を感じ、数秒後には意識を失った。
彼の確証監視保護にあたっていたプロヒーローたちは戦闘能力一辺倒というわけではなく、遠・中距離から相手を拘束したり、対象を抱えて逃げるための移動能力も重視されている。
ミルコやミッドナイトも承知の事で、格上の強襲も考慮すれば、それはまったく妥当な戦略だった。二十四時間体制のローテーションの中に、
「おいおいどうした、立ち眩みかい? 病院に連れて行かねば」
心配そうな声色で彼を担ぎ、遠くでほぼ透明になって空に浮いている『クラゲ』の解放戦士に頷いた。
「後はこの、スライディン・ゴーに任せてくれ!!」
今までにそうやって何度言ってきたのかわからないセリフ臭い言葉で、その場を後にした。
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1-Aの面々は、ミッドナイトが来るまでの間にどこで打ち上げをするかで和気藹々としていた。
少しでも移動時間を減らす為、涼しいし学校内のどこか見晴らしいい所にしようということで、思い思いのスポットをあげている。放課後はランチラッシュが閉まっているので、飲食物は売店で済ませる。
こういった計画を考えるのはなぜだかワクワクする。早く放課後にならないかな、と心を躍らせた。
なんとなく、場所は体育祭の時に小森たちが昼食を取った、湖に面したオープンテラスにまとまりそうになった頃、彼が遅い事に気付く。普段ならもう来ているはずだし、遅刻をするところは見た事が無い。
不穏な気配だけが膨張していき、段々と口数が少なくなる。とうとうミッドナイトが教室に現れ、彼女も非日常感に勘付く。無言で踵を返し、廊下に出て親に連絡を取るが家を出たのは確からしい。次いで確証監視保護を担っている組織に確認を取るも、担当しているヒーローからは異常なしの定時連絡がきているとの事。
その間に取蔭が彼に連絡を取るが繋がらない。
教室に、空気が軋むほどの重圧が生じる。もし
拳藤が勢いよく立ち上がり、椅子が倒れる。
全員の注目が集まる中、仄暗い瞳で短く言った。
「探してくる」
ヘアゴムを外し、長い髪を翻して廊下に向かう。
「ちょっと待って一佳! 探すって言ったって」
慌てて柳が後を追おうとするが、麗日の戸惑いの声に振り返った。
「なに……あれ……」
拳藤の肩を掴む柳の手の力が抜ける。なにが──と拳藤もまた窓の外を見やった。
今日はきっと、楽しい日になるはずだった。ひょっとしたら彼が、なぜ仮免試験を辞退したのか話してくれるかもしれないし、彼に二次試験でのじぶんたちの活躍を誇れると思っていた。そして次の試験の為のアドバイスをしてあげたいと思っていた。
オールマイトの引退と多くの一線級ヒーローの負傷は悲しいけれど、一瞬でもそれを忘れる事くらいは許されると思っていた。
ヴィラン連合の黒幕が捕まり、残党はいるものの平穏は訪れると思っていた。
そう思って疑わなかった。
拳藤は空虚な愕然を口からこぼす。
「え?」
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わたしはおかしい。と、聖典は理解している。理解して生きてきた。納得とは違うが。だから。
だから、飛んでやろうと思った。かつてこの場所で。
パステルカラーの青い空の中で、聖典が色の無い瞳で眼下を見下ろす。稲穂色の前髪を、秋風が柔らかく流した。
心地よい陽ざしと刹那的な衝動に、自販機で買った紙パックのジュースを握り潰した。
遠い視線の先ではグラウンドは体育の授業も無くガランとしており。かつてそこで話していた同級生は今頃どうしているだろうかと思いもする。
きっと、普通を謳歌している事だろう。
「おまえ……は」
ゆっくり振り返ると、フェンス越しに雄英ヒーロー科の彼がいた。後ろ手に電子錠が嵌められ、両足首も拘束されている。まだ身体に残った痺れに表情を硬くして聖典を睨んでいる。
「なに、が目的なんだ」
「ああ、そうそう。それを言いたかったんですよ」
聖典はひょいとフェンスを乗り越え、紙パックをその辺に捨てた。手に付いたトマトジュースをぺろりと舐めとる。身を投げる事に後ろ髪を引かれる思いが、まだ少しあった。心地よい夢から、急に覚まされたような気分になる。
そういえばスライディンたちを使って拉致したのはじぶんだったと思い出す。こっちの目論見を台無しにする彼に、組織の強大さと確固たる理念を見せてやろうと考えていたのだが、それ忘れてしまうほどに甘美に感じたのだ。飛んでやろうという思索は。
そう思ったところで、内心で頭を振る。それでは任務を放棄するのと同義だ。崇高な使命から逃げたいなどと、思っていない。思ってはいけない。
戦士として機械的に、オリーブドグリーンのダッフルバッグから黒い細身の籠手を取り出した。
「見てください、これ、すごいですよ?」
聖典はそのアイテムを装備して塔屋にかざし、握力を加える。空気が抜ける音と共に弾体が射出され、コンクリの壁に直径数三十センチの十角形の頂点と中心点を描く弾痕が刻まれた。
「これからこの学校で、これを乱射します」
言葉を失った彼に、バッグから新たなアイテムを取り出して試射する。
「これも使います。これも、これも」
次々とアイテムを身に着け、背負っていく聖典に、彼は絞り出すように尋ねた。
「なん、で。そんな事を」
「なんでって、そりゃあそのうち誰かに、ヒーローでもその辺の人でもいいんですけど、わたしは殺されるからですよ」
要領を得ない彼に、聖典は続けた。
「知ってるかもですけど、わたし、この学校で事件を起こしたんです。抑圧された異能のタガが外れて。そんな少女が復讐の為に母校でアイテム乱射事件を引き起こし、大量の学生を殺害し、やがて誰かに殺される……しかもヴィラン連合の構成員なんですよ? あなたもSNSでさんざん叩かれたからわかると思いますけど、無軌道で無責任なヘイトはどこに向かうと思います?」
「それは……」
「ブッブー。違います。民衆のヘイトはわれわれが向けたい方へ向けるのです。ヴィラン連合へはもちろんですが、もし学校の警備員が個性を使用出来ていたら? 学生の個々人が戦闘用のアイテムを携帯できていたら? わたしはもっと早い段階で殺されて、被害も少なかったはずです。ヒーロー免許などという特権が炎上します。そうさせます」
適当に腕や足を伸ばし、まるでこれから軽いジョギングにでも行くような素振りで続ける。
「きっとわたしは激しい憎悪で焼かれるでしょう、SNSで口汚く罵られ、ぐしゃぐしゃになった死体がネットに流れ、もう死んでるのに司法制度を無視した極刑を望まれ、テレビではコメンテーターがお腹が痛そうな表情でツイッターに書いてあるような事を言うのです。そして一つの提案に帰結します」
アイテムを携帯する権利と異能の限定的自由行使。
ネットの世論はスケプティックの情報部隊が、リアルはキュリオスがヒーローと法整備に対する不信感、突発的な個性犯罪に対する自衛のアイテムおよび警備員等の職種に絞った限定的個性使用を誘導し、これから起こる事態を収拾する手筈の外典を祭り上げる。もちろん警察の個性使用には慎重論を唱えるのもセットだ。
心求党の党首であるトランペットが立法府に働きかけ、法案を通せさえすればデトネラット社が民間用の戦闘アイテムを売り出す。裏ではライセンス刻印の無い違法品を流し、データを集積して得たノウハウがあるので市場の独占は容易だ。
ヒーロー用にワンオフ製造している工房では量産品を造るのは難しいだろうし、民間人にそんなハイスペックは必要ない。ガキでも買えるほど安価で、ガキでも使えるほどシンプルで、ガキでもそれなりに発揮する性能があればいい。
来るべくアイテム社会がデトネラットに生み出すであろう利益は想像もつかないが、いち早くアイテム協会を設立し、アイテムを携帯する権利を保護する名目で製造業や販売小売店を味方につける。
社会情勢が不安定になればなるほど需要は高まるはずだ。必ずや政界に対する影響力も大きい物となる。
やがて国内最大級のロビイストまで成長し、立法府に干渉し、最後の詰め、悲願である異能の無制限自由行使と異能第一主義を段階的に認めさせる。
これは、その栄光の始まりなのだ。
オールマイトが身を引き、裏社会の王であるオールフォーワンが投獄され、事態を収拾する多くのヒーローが負傷し絶対的に不足している現状に深く穿つ黒い楔。非可逆的にヒーロー社会を欠落させ歪ませる致命的溶解。
成功が約束されたに等しい異能解放軍の輝かしい第一歌。
その歌声こそが、いま、混乱の中にある悲鳴、火の手と白煙にむせる咳、切り裂くようなクラクションとサイレン、親とはぐれた子の泣き叫び、不安に息をひそめ祈る声、建築物という文明が破壊され、怒りと衝動の赴くままに挙げられる雄叫びなのだ。
「こうして、誰もが異能を自由に使える明るい社会を作るのです」
大仰に手を広げ、高揚の笑顔に満ちた聖典の背後では住宅よりも大きくなった『怪物』の個性使いが暴れまわり、火災の黒煙が上がっていた。遠くから爆発音が聞こえだした。
彼は空虚な愕然を口からこぼす。
「え?」
周囲を見渡すと、青空の下では信じたくない光景が広がっている。いたるところで動乱が起きていた。
「ああ、言い忘れましたけど、決起はここだけじゃないんですよ。多くのヴィラン連合の残党たちが都内と三大都市を中心に、同時多発的にオールフォーワンの解放を求めて、病院や大学を狙ってテロってます。到底、今のヒーローじゃあ手が足りない規模です。段階的に高校、中学と目標の年齢は下がっていくので、親も気が気じゃないでしょうね。お子さんにはぜひ、アイテムを携帯させてあげてほしいです」
もちろん、これは死柄木たちの手の者でも、AFOの指示でもない。潜伏解放戦士たちが勝手にその名を語っているだけだ。死柄木たちは逃げおおせたので、信憑性がある。
だからテロは失敗してもいい。
今は聖典の凄惨な事件に焦点を当てさせる為、公共機関等の占拠、包囲、破壊活動が主だが、経過を見て本格的なテロリズムが実行される。
このマッチポンプにより殺される戦士たちも、犠牲となる一般人も、異能解放軍の目指す社会の為の供儀だ。
世間はきっと悲しみと怒りと憎しみを、死柄木と死んだ名も無きヴィランに向けるだろう。
しかし、ヴィラン連合に属している聖典が中学校で引き起こす事件は、過去の因果関係からして注目を集める。
だからとりわけて怨嗟を一手に引き受ける増悪の象徴、聖典は永遠に語り継がれて嫌悪される。
故に、供儀聖典。
そしてこの連日のテロ行為を部分的にではあるが抑え込む存在が、規格外とも言える『操氷』の異能を持つ外典だ。
聖典とは対照的に、オールマイトに替わり祭り上げられる新たな平和の象徴。
「じぶんまで殺して何が明るい社会だ。個性やアイテムを無制限に使えれば、ヴィランだって」
「個性やアイテムを使うヴィランを止めるには、善人が個性やアイテムを使えばいいんです。これこそ助け合いの社会ですよ」
語る聖典の表情は慈愛に満ちていた。
気味の悪い善意に不穏な気配。無秩序で、狂信的な行動理念。彼はそれを見た事がある。手錠が腕に食い込み、血が滲む。怒りを噛み殺して言った。
「おまえの組織に、声を媒介とした『洗脳』を行う個性使いがいるだろ。ファンザ襲撃の主犯格が」
「はい?」
「花火田はどこだ」
彼は低い声で、射貫くように聖典を見上げる。
聖典は冷ややかに、目を細めてそんな彼を見下ろす。
基本的に、解放軍の地位が高い人間ほど異能は秘密にされている。警察の捜査に引っ掛かるおそれがあるので、幹部クラスとなれば尚の事だ。聖典が知っているのはキュリオスと、供儀聖典を収束させる計画である外典の『操氷』くらい。
ただ、ファンザ襲撃の主犯格と言われると、思い当たる人物はいる。たしかマスキュラーを使った計画で、トランペットが中核にいたと聞く。
だからなんだ。トランペットの異能が『洗脳』系だったとして、何の関係がある。
それよりも、ようやく彼が剥き出しの情感を見せたので、聖典は無視して満足そうに笑う。
「それに、ヒーローは確かに多くの人間を助けるでしょう。ですがそれは既に起こった物理的事象に対してだけです。社会と他者に異能を抑圧され、内に抱えて苦しむ人間に気付くこともできない。供儀聖典をもってして、異能の無制限自由行使とそれにより実現する異能第一主義を掲げるわれわれこそが、異能を抑圧され苦しんでいる人間にとって真の救済者足りえるのです」
「異能第一主義なんてカッコつけてるけど、要は個性による支配だろ」
「その個性による弱肉強食こそ、人間を生物的に前進させる本来あるべき自然社会です」
「ただの無政府主義だ」
「……ではヒーローに、あるいはあなたに異能を抑圧され苦しむ人間を救えるとでも?」
「……電話で言ったはずだ、おれには助けられない人もいたけど、おれにしか助けられない人もいたって」
「見捨てるわけですね」
「誰かを助けるのはヒーロー免許を持ってる人だけの特権じゃない。困ってる人や悲しんでる人を助けるのは結局ただの人間だ。おれの手が届かない時は、他の人に任せる。だから今は、おまえを助けたいと思ってる。ファンザで花火田に切り捨てられた男と同じように」
その返答に聖典は舌打ちした。異能弱者のくせに、まるでわれわれの行いが間違ってるとでも言いたげだ。だったらおまえが救って見せろという苛立ちが募る。偉そうに、わたしを救えるのはキュリオスさまだけだ。それを、穢すな。
「では救えますか? あなたに。供儀聖典の犠牲となる多くの人々を。救えますか? あなたに。おかしいわたしを。ほら、早くその手錠と足枷を引きぎって、空を飛んで駆け付けて、倒壊する建物を支えて、テロ集団をやっつけてきたらどうですか」
黙りこくった彼を、アイテムで滅多打ちにして声を張り上げた。
「無理ですよねえ! そんな状態で、異能弱者のあなたに供儀聖典は止められません! マスキュラーを倒したからなんなんですか!? 誰にヒーローと呼ばれたのかなんて知りません! ミルコを救出したって関係無いです! わたしを理解し救えたのはキュリオスさまだけッ! リ・デストロもスケプティックも、トランペットはいつもそう言っていた!」
一通りの暴力で気の済んだ聖典が乱れた息で、ぼろぼろになって横たわる彼を見下ろす。制服のシャツには埃と汗と血が浸み込み、腕には擦り傷や打撲創、瞼は腫れ、切れた唇から血が流れている。痛みに耐える細い呼吸が風に混ざった。
聖典はその姿を見て、音が聞こえるほど大きく固唾を飲んだ。
「……わたし、おかしなところがあるんです。素敵だなって思った人の血を、どうしても飲んでみたくなるんです」
聖典はしゃがみこんで、彼に囁く。
「あなたは殺したいほどムカつきますが、ボロボロの姿は素敵です。わたしを助けてくれるんですよね? 理解してくれるんですよね? だったら痛くしないので、血、ちうちうしてもいいですか?」
それはマスターベーションのようなものだ。キュリオスに向けるような無条件の忠誠と愛情ではなく、パッと欲望を発散する行為。
彼がぼろぼろの顔で柔らかい表情を浮かべ、口を開く。聖典の胸が期待と高揚感で一杯になる。顔が上気しているのがじぶんでもわかった。
彼は瞳だけを動かし、聖典を見据える。
「嫌だ」
聖典は顔に憎悪を刻み、立ち上がって彼の鳩尾を蹴り抜いた。
苦悶の声と溶けかけの朝食が口から吐き出される。
それを見て、怒りよりも呆れが勝った。
「バカなんですか、あなた。この状況で断ればこうなることはわかるでしょう。嘘でもいいから了承すれば、苦しい思いをせずに済んだのに」
「関係、ない」
懸命に息を整えて、地べたから見上げる彼は続けた。
「もし、もっと早くにおまえと普通に出会ってて、例えばだけど仲が良くって、付き合っていたとしても断っていた」
「死ね」
聖典は彼にアイテムを向けた。ここに放置して、為すすべなく供儀聖典が行われるさまを見せてやろうと思っていたが、今すぐ殺さなければ気が済まない。
「仮にその場で受け入れて、それで抑圧が解放されても、おれが事故や病気で死んだら、おまえはきっと、また苦しむから」
アイテムのトリガーに掛かる指が固まった。
「おれだっておかしいところがある。素敵な人の血を吸いたいっていうおかしい所を否定しない。血くらいなら、もちろん限度はあるけど吸ってくれて構わない。体力には自信があるし」
「……アイテム向けられて一瞬で矛盾してるのは命乞いですか? カッコ悪いです」
「おれが弱いのはおれが一番よく知っている。潜在的に困ってる人のすべてを助けられないって事も。けどもし、おれに何かできる事があるとすれば、それはきみにとって都合の良い存在になる事じゃない」
言って、彼は拘束された手足で不器用に立ち上がる。聖典を静かに見据えた。
「一緒に探す。きみのおかしさを理解してくれる人たちを。おれ一人がきみを受け入れても、それはきっと依存でしかない」
拒絶でも承諾でもない予想外の提案に、思考は混乱した。
どう答えればいいのかわからず、聖典は必死に言い訳を考える。嫌だ、わたしにはキュリオスさましかいない。そのはずだ。
「そんな人、いるわけないじゃないですか」
「案外みんな、ちょっとずつおかしい所がある。それが普通なんだと、おれは思う。普段は隠しているだけで。だから訳を話せば、わかってくれる人はいるはずだ。何人か、きみが満足のいく人数が集まったら、好きにおれの血を吸ってくれ……ホントはちょっと興味あるし」
たぶん、先輩とかは興味津々になるだろうな、と不意に思う。
クラスのみんなも、きっとそうだ。ミルコ先生を助けに行くときに、勇気づけてくれたおれにとってのヒーローたちなら。
「嘘だ!! 本当にわたしを理解して、わたしの事を本気で考えてくれて、救ってくれるのはキュリオスさまだけです!」
「おれも、おれなりにきみの気持ちに寄り添って考えた。血を対価に誰かに依存してほしくないし、命じられて誰かを殺し、あげくに殺されてほしくないし、それで誰かが救われるとは思わない。それよりも、きみがいっぱい素敵な人を見つけて、いっぱい血を吸えればいいなと想ってる……そっちの方が幸せだろうから」
人差し指にほんの少し力を込めるだけで簡単に自分を殺せる聖典から視線を逸らさず、彼は本心からそう言った。
彼女があの時の男と同じく、花火田に『洗脳』されているかどうかはわからない。似通った雰囲気があるというだけで、筋金入りの妄信者かもしれない。
けど止められるのならば、止めなければならない。
「なん、なんですか、あなた……」
少女が弱々しい声の後、迷いを断ち切るように叫ぶ。
「わたしが死なないとっ! 憎悪の象徴とならないとわたしみたいに苦しむ人を救えないんです! 供儀聖典は止められない! 今さらヒーロー面して出てくるな! わたしを助けようとするな!! 遅いんだよ!!」
少女は、もう何を信じればいいのかわからなかった。呼吸は荒く、汗が流れ、気分が悪い。アイテムを握る腕がガタガタと震える。
戦士たちを、キュリオスを裏切る事が恐ろしかった。死なずに済むならそれがいいに決まってる。彼の言うように、わたしのおかしいところを受け入れてくれる素敵な人をいっぱい見つけて、いっぱい血を吸えるならそっちの方がいいに決まってる。
「遅くなってごめん」
渡我はアイテムの引き金を引いた。
彼の電子錠が硬質な音を立てて地に落ちる。
へたり込んで俯いたままの渡我に言った。
「一つ、助けてほしい事がある」
なんですか、消え入りそうな声が返って来た。
「教えてほしい、花火田の事」
「知って、どうするんですか」
彼はギプスを外し、まだ痛む義指の小指と中指を曲げてネクタイで固定して言った。
「追う。そう約束した人がいるから」
街には焦げ臭いにおいと金切り声が、強風に乗って伝染している。
異能解放軍にとって歴史に刻まれるべき革命の叙事詩、その第一歌が途切れる兆しなど、まるで感じさせない昼下がりであった。
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