【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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第二十三話 供儀聖典 hook

 AFOの解放を求める同時多発テロは、一瞬にして社会を混沌の底の底まで叩き落した。

 すみやかに強制力を伴った緊急事態宣言が発令され、市民には避難が呼びかけられる。ただし、すべてが唐突な混迷下では迅速な周知は難しかった。

 

 ネットには憶測とデマが雪崩のように広がり続ける。

 

『怪物化』の個性使いがスクランブル交差点に現れ、大勢が逃げまどった。首都高が破壊され、交通が麻痺した。飛行場に行軍する様子がネットに上がった。大学は占拠され、どうせやられるくらいならと一部の血の気の多い学生は機を窺っている。包囲された病院では、患者が一カ所に集められ震えていていた。

 

 異能解放軍ともヴィラン連合とも全く関係の無い小悪党が無人の民家に押し入り、窃盗を働く。コンビニのATMが破壊され、現金が奪われた。

 警察は機動隊まで投入し避難指示を急がせるが手が足りない。そもそも全貌が掴めていないのに、どこに逃げればいいというのだ。とにかく外に出ず、その辺の店に入ってじっとしてもらう他ない。

 

「くそっ……こんなのどうやって対処すりゃいいんだよ。妊婦だっているってのに」

 

 市民病院内で患者の避難と簡易的なバリケードを作る医療スタッフが、苛立ちを乗せて毒づく。

 窓の外では、院内へ突入しようとするヴィランたちと戦っている数人のヒーローがいた。わざわざ正門からやってくるのは患者の恐怖心を煽る為だろう。一カ所から攻めるのはヒーローにとって好都合だが、いかんせん相手が多すぎる。

 

 AFOの逮捕と引き換えに深手を負った数々のビルボード級が健在ならば、多勢に無勢をたった一人でひっくり返すほどの圧倒的な力を持っている。だが現状で動けるヒーローの多くは、パトロールや軽個性犯罪、災害救助、補助特化のサイドキックが多い。

 

 もちろん戦闘能力を持ったヒーローも残っているものの、相手は訓練され、本部と部隊に組織化され、思想統一された死をも恐れぬ潜伏解放戦士だ。その辺のチンピラとは訳が違う。

 

 必ずヒーローが助けに来てくれるはず。

 最初は誰もがそういう希望を持っていたが、次第に手が足りない現実に気付きだす。そうなると、誰でもいいから助けてくれといった藁にも縋る思いになる。

 この現状を収束してくれるなら、たとえヴィジランテでも、ヴィランであっても構わない。

 

 SNSではそんな叫びで溢れかえっていた。

 通常、テロの際は通信網を抑えるのが基本だが異能解放軍は放っておいた。スケプティックの情報部隊を機能させるためでもあるが、目的はAFOの解放ではなく、供儀聖典にあるからだ。

 その為にはヒーロー社会に対する不満や不安を限界まで煽る必要がある。次はどこが襲撃されるか、何人死んだかなど、好きに書き込ませてやればいい。

 

 花畑は慌てふためく民衆をスマホで確認して、咳払いし声を張り上げた。

 

『先ほど、後援会の方がわたしを、ヴィラン連合の残党から守ってくれました! 混乱に乗じた火事場泥棒を捕まえました! ヒーロー免許を持たない一般市民が個性を使う事は、現行法では残念ながら許されていませんがしかし……しかしわたしは彼らを責める事が出来なァい! したくもなあいッ!! もちろん訓練無しに個性を使えば過剰防衛に発展する恐れがありますが、せめて、せめてヒーローが使うようなアイテムがわれわれにも所持できていれば、この惨烈たる状況を食い止められたのでは!? そう思わずにはいられません!!』

 

 選挙カーはステージに花畑を乗せたまま、本来であれば車でごった返しているはずの四車線の大通りを進む。ところどころに乗り捨てられた車が、物悲しく残っていた。

 自称ヴィラン連合の残党は、一部では衝突が続いているものの一通りの目標に対して占拠等のテロ活動が済み、一時的な小康状態にある。今はSNSを通じてAFO解放運動を続けていた。

 

 大音量で流される花畑の勇ましい演説を、ビルや店の中で不安に身を震わせる人々が耳にする。過激な主張に聞こえるが、もっともらしく、そうであればいいという気さえする。

 

『ヒーローはどこにいるのでしょうか? 体制と免許の中でしょうか? 違う! ヒーローとは本来、誰の心の中にもいるはずです! わたしは政治家生命をかけて、この悪逆非道なテロを忘れる事の無い警句と戒めとし、みなさま自身の善性によるッ! 安全なアイテムによる安全な自己防衛を実現させる事を、必ず約束します!』

 

 この熱演は同乗する後援会のメンバーが撮影し、ネットで中継されていた。

 アイテム級の特殊なスピーカーによる音声出力でなければ『扇動』は機能しないが、花畑はもともと弁が立つ。よくよく考えれば、安全なアイテムによる安全な自己防衛などと理解に苦しむが、それを感じさせない勢いと人の心に入り込む声の強弱があった。

 

 メディアのヘリが飛びだした頃合いを見て、外典が行動を起こす。空中に車ほどの大きさの氷塊がいくつも漂い、一斉に都のランドマークとなっている殻毬(からまり)タワーへ向かった。そのまま展望室の強化ガラスを打ち破り、占拠するテロリストに取り付いて氷漬けにする。

 

 当然、報道ヘリの目に留まる。

 

『アレです! 見てください、殻毬タワーのあそこ! 氷の上に誰かいます! 青年? に見えます。一瞬にしてヴィラン連合を拘束してしまいました。いったいどこの事務所のプロヒーローなのでしょうか』

 

 カメラが寄ると、寒冷地仕様のロングダウンジャケットを羽織り、フードを目深にかぶった人間が氷に乗って上空に浮いていた。

 そのまま降下していき、駅を包囲するヴィランも拘束する。圧倒的な氷の物量と精緻な制御に、為すすべがない。

 

『……えっ? それほんと?』

 とアナウンサーがヘリの中のスタッフに確認を取って続けた。

『えー、ヒーロー協会に問い合わせてみたところ、明確な回答は得られませんでしたが、どうやら未登録の可能性が高いという事です。つまりあの青年は、その、ヒーロー免許を持たない一般人という事になるのですが……それにしても凄い個性です! あっという間の出来事でした!』

 

 その様子をモニタで確認した花畑が、ほくそ笑んで口を開く。

 外典はこの地獄のような状況に、遠い遠い天上よりもたらされた銀色の蜘蛛の糸。あとはそれにどれだけ多くの民衆をしがみ付かせるか、腕の見せ所だ。

 

『わたしは今、ニュースを見て胸が震えました。おそらくあの殻毬タワーを開放した青年は、違法を承知で個性を使っているのだと思います。それでも他者を守るという自己犠牲を、果たして責めるべきなのでしょうか? 否! あれほどの強個性を持っていながらにして沈黙を守る事の方が耐えがたいはず! あの青年こそが、オールマイトを失ったわれわれにとっての新たな……新たな()()()

 

 花畑の言葉を遮るように、選挙カーのステージへ歩道橋の上から何者かが乗り込んできた。

 

()()はおまえたちが勝手に使っていい称号じゃない」

 

 きみは……と花畑が目を細める。ふん、なんだ。異能弱者がいちいち煩わせる。

 

 彼が刺すように睨む。こいつが何人もの人間を破滅へと追いやったヴィラン。キザったらしく前髪を一条垂らしたオールバックで、仕立ての良い黒のスーツを着ていた。

 

「おやおやきみはたしか、えーと制服を見るに雄英生だろ? 急に飛び乗ってきたら危ないじゃないか。ぼろぼろだけど、どうしたんだい?」

「今すぐテロリストを引かせろ、トランペット。どれだけの人間を傷つけるつもりだ」

「きみは何を言っているんだ?」

 

 言って、口髭を人差し指でさすって逡巡する。

 なぜ解放コードを知っているのか謎だ。それに口ぶりからして、一定クラス以上の構成員でしか共有されていない供儀聖典の全容を知っている? 

 

 回転翼機の羽ばたきがうるさくなった空に目をやると、警察の高速輸送ヘリが何機も飛んでいた。遠すぎて確認できないが、ぽろぽろと何か、アタッシュケースのようなものを投下している。

 

 合わせて報道ヘリが一時的に後退していった。メディア露出が減るなら外典が戦う必要は無い。念のため、いったん合流するようインカムに指示を出す。

 彼を取り押さえようとする後援会のメンバーを手で制し、朗々と言った。

 

「なにか勘違いしていないか? わたしが何をしたというのだ。やった事はただの政治活動だ。危険を顧みず選挙カーで民衆、いや市民を勇気づける事の何が気に食わない?」

「異能解放軍の目指すくだらない未来を実現する事が、おまえの政治活動か? それとも、アイテムを保持する権利を利用して、デトネラットに巨額の利益を与える事か?」

 

 それを聞くと花畑の目の下が小さく震えた。さっと頭に血が上る。

 くだらない未来? 

 どうせ原書も読んだことも無い異能弱者に、積み上げてきた神聖なる読了と崇高な理念を汚されるたようで気に入らない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まだスマホでの撮影は続いている。

 それを再確認して内心で嘲笑った。論戦術はわたしの場だ。殴るだの蹴るだので精いっぱいの猿には、絶対に勝てない。

 

「その異能……なんだか知らないが、他人の政治信念に口を出すのは好ましくないな……たしかにきみの言う通り、緊急事態宣言が出ているにも関わらず街頭演説を続けていたのはいけない事だと思っているよ。ステージの上に立ったまま車を走らせる事もね。道交法違反の罰金は払うつもりだ」

「違う! おれが言いたいのはそんな事じゃ」

「しかしねえ! わたしとて政治家の端くれ。こんな未曽有の状況だからこそ、身を危険にさらしてでも国民の安心させたいのだよ。アイテムや個性にまつわるこれからの展望をあの場で、卑劣にも無関係な人々を襲うヴィラン連合の残党に言ってやらずにはいられなかった。わたしという人間の信念がそうさせた。これから先の未来は、おまえたちのような無法者がのさばる事は無いと! そう主張せずにはいられなかった!」

 

 正気なのか? 

 彼には花畑が理解できなかった。この惨劇を引き起こしておいて、よくそんな口を利ける。マスキュラーとも死柄木とも違う、まったく別種の底知れぬ粘ついた悪意の塊。自己の目的のみだけがある、完全なる他者の不在。

 言いようのない不穏な気配に飲まれそうになりながら、なんとか口を開く。

 

「その声を媒介とした『洗脳』を使ってか」

「嗚呼、もしわたしがそういう個性なら、きっとヴィラン連合の残党たちを『洗脳』して、すぐにでも、何の罪も無い人たちを傷つける愚劣な歴史的蛮行を止めてみせたのに……悔しさで身が震えるよ、ホント」

 

 きょう捕まったテロリストの中には、『洗脳』によって妄信的になってしまった人もいるだろう。

 その人たちが花畑の見せる悪夢から覚めた時、誰かを傷つけてしまった罪の意識にきっと苛まれる。覚えのない怪我に苦しむかもしれない。

 そうしてあの男や渡我のように、多くの人間が本来被るべきでない罪を背負うことになる。

 

 家庭のある人もいるだろう、財産を投げうってしまったかもしれない、未来を台無しにされたかもしれない。こんなクソ野郎の為に、異能解放軍の掲げる前世紀的な社会の為に。

 その人たちの気持ちに寄り添うと、悔しくて悲しくて仕方が無かった。

 そんな彼の表情を覗き込み、花畑が面白そうに言った。

 

「どうした、きみ。ひょっとして、泣きべそかいてるのか?」

「おれの涙の理由を、おまえなんかが理解する必要は無い」

 

 ああ、こっちから願い下げだね。と花畑は心の内で嘲り、柔らかく言った。

 

「まあ、まずは落ち着いて、な? 手当てが必要だろう?」

 

 ゆっくりと、にこやかな表情で後援会のメンバーが近づいてくる。その掌には一本の針が突き出ており、先端には汁がぷっくりと珠を作っていた。明らかに個性攻撃を仕掛けてくる気配に後ずさる。

 スマホの撮影は続いている。どうするべきか悩んでいると、急にそのメンバーが苦しそうに倒れた。花畑が焦った声で、伏した身体を揺する。

 

「おいっ大丈夫か! ……きみの個性か!? なんてことをするんだ!」

「違う!」

 

 咎めるように花畑は言うがしかし、カメラの死角になっている顔はいやらしくニヤついている。

 

「誰かーッ、誰か助けてくれ!」

 悲痛な叫び声をあげると、気配も無く飛んできた外典が腕から生やした巨大な氷の手で彼を掴み、選挙カーから引き離す。走行中のステージの上では、逃げ場が無かった。

 遠くなっていく二人をバックに、花畑は深刻そうな表情を浮かべる。

 

「彼もまたヴィラン連合の残党に感化された一人かもしれません、その意味では犠牲者ですが。みなさんを勇気づけようとする、わたしの演説を邪魔しに来たのも頷ける。しかしながらその事実は、非常に残念ですが雄英に内通者がいた可能性を裏付けます。林間合宿の襲撃の手引きにも彼が関わっていたかもしれないと考えると、人質になった生徒の苦しみにやりきれない思いが募るばかりです。そしてあの『操氷』の青年が助けてくれなければ、どうなっていたことか」

 

 涙ぐんだ声で言い終わると、スマホの視覚外でパタパタと手を振った。撮影が中断され、インカムで外典に伝える。

 

『殺せ』

 

 命じられた外典は、フードの下の凍てついた視線を苦悶の表情を浮かべる彼に向ける。

 ほんの少し力を加えれば即死するが、それを躊躇った。

 異能第一主義に人一倍傾倒する外典にとって、彼は特異な存在だった。暫定的に異能弱者という見解だが、そうであればどうやってミルコを救出できたのか。

 

 ひょっとすると、『操氷』すら凌駕する異能かもしれない。そうであれば、彼には生きる価値がある。

 だからまだ殺さずにいた。

 もしもあの時、気月の寄越した集瑛社の記者に個性を話していれば、いまここで、巡り巡って死んでいた。『体力』が割れていれば、問答無用で外典は彼を握り殺している。

 

「おまえの異能を、個性を言え、言わなければ殺す」

 

 身体中の骨が軋んでいる。あと数秒でへし折れて、内臓をずたずたにするのがわかる。泣きたくなるほど苦しくて、凍えそうなほど冷たくて、それから逃れる為なら安いものだと思った。なぜ秘密の個性にそこまで固執するのかなど、今はどうでもいい。

 

「おれの、個性は──」

 

 ──秘密は武器になる。『体力』が秘密の個性の内はその恩恵が必ずある。だからそれを暴こうとする理解からは距離を置かなければならない──

 

 言うな。と理性が反射する。

 面会室で泣き崩れた男が心に浮かんだ。まだ、やらなければならない事がある。武器を手放すという事は、それを放棄するという事だ。戦えなくなってしまう。

 

「──おれにしか助けられない人がいる」

「異能の話だ」

 

 要領を得ないといった表情の外典に言い放つ。

 

「その人を助けるのが、おれの個性だ! 文句、あるか!」

「……もういい」

 

 氷の手が軋み、彼の肉体を圧迫した。その痛みに視界が明滅し、苦痛に喘ぐ。幻聴までもが、降って来る。

 

「弱いくせに生意気だ、悪くない」

 

 一瞬にして彼を拘束する氷が甲高い音を立てて完全に破砕された。外典が飛び退く。咳き込みながら尻もちをついた彼がその背中を見上げた。幻聴などでは無かった。

 

 あまりに唐突な出来事に、時が止まったとさえ思える。空より唐突に降下してきたその人影は、砕け散った無数の氷の粒が太陽を反射して煌めく中で、悪意から彼を庇うように悠然と屹立していた。

 道路に落ちた影が明かすその特徴的な耳と、入院着の腰のスリットから覗く白くてふわふわの丸い尻尾には覚えがあった。

 乱れた呼吸で、彼がその名を呼ぶ。

 

「ミルコ、先生」

 

 おう、と不敵に笑って、病院のスリッパを履いたヒーローは長い月銀の髪をかき上げた。

 

「ラビットヒーロー。どうしてここが」

 

「どうしてって……なんで兎の耳がデカいか知らねーのかよ?」

 当たり前のことを聞くなといった感じの溜息で続ける。

「うちの生徒の苦しむ声を聴き逃さねぇ為に決まってんだろ……こいつはわたしがなんとかするから、行ってこい。行って、その大層なおまえだけの個性を使ってこい」

 

 彼は一瞬ミルコの身を案じて躊躇ったが、すぐに駆け出した。それを遮ろうとする氷が蹴り砕かれる。

 外典は高度を取り次々に氷塊を飛ばすが、それを足場に肉薄される。あと一歩で届く距離でミルコは横殴りにされた。辛うじて着地には成功する。

 

「……やはり弱っているな。まだ完全回復したわけじゃないようだ」

「うっせーよ」

「ぼくと戦うとネットで叩かれるぞ。なんせ最初にテロリストを制圧した英雄だ。無免許で個性を使う人間を取り締まるより先に、やる事があるだろって」

「問題ねえ」

「不利だとわからないのか? 対個性戦は相性だ。飛べるぼくと跳ね回るだけのおまえでは勝負にならない」

「知ったこっちゃないね。てめえはアイツを殺そうとした、だからわたしがボコる。わかったか?」

 

「あんな異能弱者に生きる価値は無い」

「……月まで蹴ッ飛ばしてやるよ」

 

 外典は殺気立つミルコを前にしてもまだ余裕があった。万全でない事と相性勝ちしているからだ。

 だからか、ふと先ほどの問答に疑問が生じた。問題ない、とはどういう事だ。

 いや、無理だ。とその可能性に内心で頭を振る。

 異能解放軍が展開した人海戦術に、ヒーローの対応能力は限界を超えている。

 

 

 

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『怪物化』の個性使いが、スクランブル交差点を囲むビルをねめつけている。

 その体躯は筋骨隆隆な人間のようだが、頭部は獰猛なイヌ科にも見える。尻尾や尖った背びれもあり、本来は人間界に存在しないような姿は、それだけで威圧的だった。

 足元には踏み潰された車やガソリン漏れで炎上しているものもある。

 

 その様子を、ビルの中に一時避難した市民たちが窓ガラス越しに絶望的な瞳で眺めている。店内にはすすり泣きが響き、花畑に感化された人間が体制の不満を呟いている。

 オールマイトが引退してたった数日でこれか? じゃあ明日はどうなる、明後日は。

 底知れぬ心細さだけが募っていく。わたしたちを助けてくれるヒーローは、いないのか。

 

 いない。その目算があるから供儀聖典は実行された。

 

 

 

 だがまだ出来る事はあるはずと、心に希望を灯すヒーローが二人、その場に駆け付けていた。まだヴィランには負けていないと信じている。

 

「みんな準備オッケーみたいデスよ、そろそろ始めましょう」

 

 その内の一人が『怪物化』を見下ろすビルの屋上で、心を挫かんとする悪意に負けない明るさで言った。愛らしい大きな目をして、黄金色のウェーブがかった髪が風に吹かれている。頭部には特徴的な二本の角。

 

「ん」

 

 隣にいた黒髪の少女が答えて腰のポーチからガチャポンのケースを取り出し、放り投げた。

 そうして呟く。

 

「解除」

 

 一瞬にしてそれは現れた。

『怪物化』のヴィランは瞠目する。あまりにも予想外の物体が目の前に鎮座している。

 

 避難していた市民がざわつく。

「ねえ見てあれ」

「なん、だ」

「いやどっかで見た事があるぞ……」

「たしか昨年の雄英体育祭の第一種目で出てきたような」

 

 それはオリーブドグリーンの角ばった巨体で、頭部と思しき部分には赤いカメラアイが並んでいた。空の青さを反射するビルの窓に、その雄姿が浮かんでいる。

 雄英を受験した者なら知らぬはずの無い脅威。その名も──

 

「──ん」

 

 雄英名物、0P仮想敵。

 しかも免許取得前に使われる通称卒検ロボが、問答無用でパイルバンカーパンチを『怪物化』の腹に打ち込む。車ほどの大きさの空薬莢が排莢され、ごわんと音を立てて地に落ちる。白い排煙が巨人の息のように吐き出された。追撃に、『サイズ』で大型トラックほどの大きさになった四本の『角砲』が苛烈に襲い掛かる。

 その猛攻に、『怪物化』は音を立てて地に伏した。それを中心点として砂埃が広がる。

 

「マジ……かよ」

「ロボット? 角? なにかの個性?」

「いやそんなのどうだっていい。これってつまりあれだろ……なあ、そうだよなあ!」

「来て、くれたの? ヒーローが……」

 

 一拍置き、窓ガラスが振動するほどの歓声が一帯を包む。

 第一歌をかき消す(とき)の声は、そこから始まった。

 

 角取が高らかにインカムに言う。

「さあ始めまショウ! スケールの大きさと物量作戦は、雄英の十八番デス!」

 

 それと同時に、公的機関を占拠していたテロリストが次々と本部へ入電する。

 

「なんだ!? いきなり大量のロボットが襲ってきたぞ」

「こいつらどこから出てきたんだ!」

「本部! 指示をくれ!」

 

 小大の『サイズ』が解除され、各所では高速輸送ヘリからばら撒かれたアタッシュケースから、一斉に解放された様々な仮想敵ロボが雪崩のようにテロリストに牙をむいていた。

 が、やはり限界はある。虚を突いたとはいえ、訓練を積んだ戦士が立て直せば凌がれてしまうだろう。

 

「落ち着け! 落ち着いて対処すれば問題ない! 後退して陣地を再構築しろ!」

 

 テロリストが大声で指示して駆け出すも、派手に転んだ。いつのまにか、ローションのようなものが床に広がっている。

 そこに一人のヒーローが滑り込み、足払いで転がして装備していたアイテムを握る。『酸』で溶け落ちたそれを、テロリストは呆然として見下ろした。

 

「隊長!」

 

 駆け付けたテロリストの個性攻撃を、仮想敵ロボが身代わりとなって受けた。返す刀に粘度を最大まで調整した『酸』を浴びせて動きを封じ、ウィンドミルの足払いで転がす。

 隊長と呼ばれたテロリストに向き直り、同じように拘束して言った。

 

「あのさ、わたしと同じくらいの歳の男の子攫った?」

 

 

 

 別の場所では、テロリストたちの立てこもる大学の一室に、通風孔から『トカゲの尻尾切り』によってバラバラにされた肉体が侵入し、身体が再構築された。

 唐突に現れたヒーローに先手を取られて一人が殴り飛ばされる。同士討ちを恐れない個性攻撃を行うが、ヒーローは一手早くバラバラになって部屋中に渦巻く。その間に指がマウントしているアイテムを落とし、再び死角となる場所で肉体が再構築された。

 部屋の隅で目を浮かべ俯瞰視点を得ているからこそ可能な神出鬼没な攻撃に、閉所という事も合わさって手も足も出ない。

 

 最後に残った一人に、浮かんだ口が尋ねる。

 

「うちのクラスの男子知らない? ヴィラン連合なら誰の事を言ってるかわかると思うけど」

 

 

 

 市民病院ではついにヒーローの守りが突破され、正面ロータリーにまで迫ってきている。患者とスタッフは恐怖に怯え、カーテンの隙間からその様子を眺める事しかできない。

 だが二人のヒーローが空から降り立ち、その恐怖に立ち塞がる。

 巨大な六本の四角柱を浮かべる柳が胸をなでおろした。

 

「なんとか間に合った」

 

「なんだ、子どもか?」

 テロリストが鼻で笑って、四角柱に『礫』を放つとあっけなく壊れた。

「おまえ、雄英生だよな。そんなんでヴィラン連合を止められると思ってんのか?」

 

「まーね、本来の運用設計は陣地防衛だから……うらめしいよ?」

 

 柳が『ポルターガイスト』を起動すると、現れたのは四角柱に格納されていた無数の柄の無い電磁警棒と十数枚の捕縛布だった。

 電磁警棒のスイッチが入り、電撃が走る。数千匹の鳥の羽ばたきにも似た異音が響き渡った。それらが一斉にテロリストたちを包囲して襲う。

 

「期末の演習の時には使えなかったけど、やっぱサポート科に依頼しといてよかった」

 

 おおよそを行動不能にしたが、電撃のダメージをものともしない異形型の個性使いが雄たけびを上げ、柳に猛然と駆け寄った。

 が、拳藤が『大拳』の巨大猫だましでひるませ、瞬時のグラップルで拘束する。暗い声で尋ねた。

 

「ねえ、うちのヒーロー科の男子拉致った?」

「知るかッ、くそ卑怯な手ぇ使いやがって! それでもヒーロー科か!?」

「こんな真似をしてでも、助けなきゃいけないヤツがいる。後悔なんかしない」

 

 上空に放ると、すぐさま『ポルターガイスト』で操られた捕縛布が拘束する。

 

「サンキュー一佳」

「ん。じゃ次行こうか」

 

 

 

 空港の管制室で、カエンタケに消化器官系を侵され、嘔吐、下痢、めまいなどで悶絶しているテロリストを見下ろしながら小森がインカムに言った。

 

「こっちも知らないって……わかってる、絶対見つける」

 

 施設を出ると、待機していた耳郎が言った。

 

「人質、いなかったでしょ?」

「うん。にしてもそんなわかるもんなの?」

「まーね。心音とか、今回はアイテム装備してたからわかりやすかった」

 

 

 

 またある所では、ヒーローはいないはずなのに一人ずつ締め落とされるという怪現象が起き、『ツル』の怪物に制圧されていた。八百万があられもない姿で暴徒鎮圧用の催涙ガスを『創造』しながら練り歩く。遊撃する蛙吹が戦闘訓練で使った、キハンシヒキガエルの特性を模倣して声を拾う。

 

 そうして同じ質問が繰り返された。

 クラスの中で一番弱いけれども、一番助けてくれた友達の行方を捜し、助ける為に。

 

 

 

「たかがヒーロー未満の学生とロボットだろ! 怯むな! 大義の為に死ね!」

 

 ヴィランが通信機に叫び、別部隊に檄を飛ばすが意識が落ちる。床に顔をぶつけても平然と寝息を立てていた。

 

「ちょっと前は、たしかにヒーローの卵だった。けど今はもう孵ってる。言っとくけど、ひよこなんて可愛いもんじゃないわよ」

 

 初期コスチュームを引っ張り出したミッドナイトが悠然と歩く。遠距離から向けられた個性を鞭で捌き、ヴィランを打つ。

 そして一つの違和感に気付いた。

 

「やっぱちょっとキツいわね」

 ちょいちょいと胸と尻を辛うじて隠す紐の座りを調整する。

 

 

 

 ヒーロー科を有する各学校、ヒーロー協会と国家公安委員会、防衛省、首相官邸との迅速な協議が出した答えがこの作戦だった。

 目を付けたのは、雄英の誇る無尽蔵化と思えるほどの物量だ。『サイズ』で小さくした仮想敵ロボをアタッシュケースに詰め、警察の高速輸送ヘリで各所にバラ撒く。

 いくら仮免を持ったヒーロー科でも、たった数人で占拠された公的施設等の奪還は難しい。だが膨大な数の仮想敵ロボと同時投入できれば状況は五分、いやそれ以上だ。

 

 

 

 ヒーロー科の反撃は都内だけに止まらなかった。

 関西では士傑生が同じように、現場のヒーローと共同でテロリストと戦っている。

 

 大氷壁を生み出した轟が舌打ちして、吐き捨てるように言った。

『親父と燈にいを怪我させたヴィランはいねえのかよ』

 

 その通信を聞いて、クラスメートがぼやく。

 

『ありゃーだいぶ怒ってるな』

『ま、戦闘もなしに『凝血』で行動不能からの深手だからね。おれらもそろそろ動こうか』

 夜嵐と骨抜が個性を起動する。

 

『旋風』が台風に弄ばれる木の葉のようにヴィランを舞い上げて無力化し、あるいは『柔化』により沈み込んだ地面に捕らわれる。

 

『どっから湧いて出てきたかしらねえが、こんなもんかよ! 救助訓練の時のチンピラより多少マシってだけじゃねえか!!』

『……たしかにおかしい。かっちゃんの言う通りだ。それにヴィラン連合は新興組織なのに、この統率力と規模はいったい……まるで何年も前から訓練を積んだみたいだ。脳無の投入も無いしもしかしてこれって別の組織がブツブツブツ』

『同意してんじゃねえよクソデク! あとうっせーから黙ってろや!!』

『相変わらず仲がいいねえ』

 と物間がコピーした『抹消』で個性を消してサポートする。

 

『そ、そうかな』

『よくねえ!』

 

 

 

「士傑と雄英だけがヒーロー科じゃないって事、見せなきゃな。こーいう時の為に、仮免取ったんだし」

 その二校に決して劣らない傑物学園の生徒たちも、プロヒーローと連携して破壊活動を続けるヴィランの捕縛に臨んだ。

 

 その活躍が、次第にSNSに広がりメディアにも伝わった。

 報道ヘリの中、感極まった声でアナウンサーがカメラに叫ぶ。

 

『ご覧ください! いま、テロリストに占拠された施設が次々に奪還されています! 健在ですッ! ヒーローは健在! まだわたしたちの希望は残っています!!』

 

 その雄姿が、波紋のように全国に広がっていく。助けを待つ人の心を勇気づける。

 それならまだ終わっていない。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 




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