【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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第二十四話 供儀聖典 outro

 ミルコの介入により、外典が彼を殺し損ねた報はテロリストに伝わっていた。

 花畑の命令を外典に替わって実行に移すべく、街に潜伏していた複数の部隊が彼の追撃を始める。

 いくら『体力』によりトップスピードが維持できるとは言え、移動能力に優れた個性相手に先回りされ挟撃に遭う。

 

 が、彼を包囲するテロリストの上空に、黒いモヤが渦巻いた。

 

 ぼたりと影が落ちたかと思うと、音も無く抜刀した日本刀でテロリストの背後から次々に斬って掛かる。そのすべてが必要最小限の卓越した技量だ。

 内一人が気付いて振り返り個性攻撃を放つも、前転で躱しながら腿に刃を走らせた。

 

「なんのつもりだ……ステイン」

 

 彼に肉薄したステインが刃を舐めると、『凝血』が起動する。存外に浅い傷と油断したテロリストが背後でばたばたと倒れた。

 

「おまえは……まだ死ぬべきではない」

 

 言って刃物を投げ渡す。受け取ると、それは黒一色のマット仕上げにされたカランビットだった。あの時黒霧に投げた物。

 

「行け。行っておれに見せてみろ。おまえが本物足りえるかを」

 

 刀で方向を指し示し、新たな追手のテロリストに向き合った。

 

 ヴィラン連合に借りを作るのは癪だったが、いまは追うべき最悪のヴィランがいる。

 

「殺すな、あの人たちも犠牲者かもしれない」

「……今回はおまえに敬意を表するとしよう」

 

 彼はプライドを捨てて駆け出した。

 

 その行動に、ステインは歪んだ笑みを浮かべる。やはり、良い。くだらぬ見栄に眼を曇らせることなく、おのれの確信に殉ずる意志。

 それに比べて、とニュースの映像を脳裏に浮かべて心底吐き気を覚える。報道ヘリが出ている時だけ現れ、呼応するように去った。助けた市民に目を合わせる事も無く。

 完全なる贋物。それをあの政治家は何と言いかけた? 平和の象徴? 

 断じて、許されない。贋物を本物に仕立て上げるなど。

 

 ステインは瞳に信念を灯らせ、テロリストに立ち塞がる。

 

「来るがいい、贋物ども」

 

 

 

「よかったのですか? 死柄木 弔。好きにさせて」

 セーフハウスで、黒霧が意外そうに言った。深くソファに腰掛けた死柄木が不愉快そうに口を開く。

 

「まあ、部下のご機嫌取りもボスの役目だ。適度に発散させてやるさ。まだコンプレスたちと合流できてねえ上に先生もおれを庇って檻の中だ、やる事も無い。それにヒーローがどうなろうが関係ないが、ヴィラン連合を踏み台にされるのは気に入らねえ。何様だ、あいつら」

 

 

 

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 同時多発的にテロリストが制圧されていく報告が、花畑のインカムに入る。思わず舌打ちした。

 聖典の校内アイテム乱射事件を目立たせるため、占拠や破壊活動どまりで人質を取らなかったのも裏目に出た。そもそも本格的なテロでAFOが解放されても困るが。

 

 今日のところは引くしかないだろう。だが、後日また行えばいい。好きな時にテロを起こせるこちらと、いつどこで決起されるかわからない状態のヒーローならどちらが有利かは自明の理。

 

「まったく、思い通りにはいかないものだな」

 

 自嘲気味にそうこぼすが、思い返せば難航する作戦には共通点があった。どれもあの異能弱者が絡んでいる。

 まさかな、と考えを否定する。

 

 気の抜けたところに破裂音が響き渡る。彼が投擲したカランビットがタイヤの側面を裂いたのだ。バランスを失い、選挙カーは電信柱に激突した。

 花畑がよろよろと立ち上がる。

 

「なにが……起こったんだ」

「逃げるな。おれと戦え、花畑」

 

 声のした方向へ視線をやると、彼がいた。傷だらけではあるが、まだ生きている。部隊は何をやっているのだと悪態をつく。

 うんざりして嘆息した。あの鬼気迫る様相であれば、()()()()()()()()()()が発生するかもしれない。やはりあそこに向かうべきか。そこならば手出しできまい。

 

「しつこいな」

「逃げるな、おまえが犠牲にしてきた人たちから逃げるなッ! 花畑ぁ!」

「嫌だね」

 

 とは言ったものの、運転手を除くと後援会のメンバーは三人。多少心もとなくはあるが……と逡巡していると、唸るようなエンジン音が響いた。スポーツカーが彼と花畑の間にドリフトで割り込み、運転手が叫ぶ。

 

「乗って!」

「気月! 助かった」

 

 飛びつくように助手席に乗り込むと、後は後援会に任せてその場を去った。

 後援会の三人が彼ににじり寄り、個性攻撃を放つ。

 が、間一髪でその場を脱した。身体に巻き付く何とも言えない弾力と温かさには覚えがある。

 

「蛙吹さん!」

「ケロッ。やっと見つけたわ!」

 

 ビルの屋上に避難し、1-Aに通信を送ると洪水のような応答があった。面倒になったので、インカムの予備を彼に渡す。

 

「えっ、ああうん、大丈夫。その……捕まった時に財布とかスマホとか取り上げられてて、番号も覚えてなかったし……いや変な事はされてないっていうか、うん」

「みんなの心配は後に置いといて、とりあえず一旦引きましょう。怪我もしてるみたいだし」

「それは出来ない。これはただのAFOの解放を求めた騒動じゃない。今日を凌いでも、すぐにまたテロが起こる」

「どういうことかしら」

 

 供儀聖典の残酷な全容が彼の口から明かされた。ヴィラン連合になりすました偽旗、多くの罪の無い人間を踏みにじる卑劣なマッチポンプ、人為的な新たな平和の象徴。

 人を人と思わぬ悪行に、激しい怒りが心を燃やした。

 

 八百万が神妙に口を開く。

『許しがたいですが……それを止める手段は一つしかありません。しかもかなり難しいですわね』

 

 供儀聖典は、異能解放軍の最終的な目標を達成するための足掛かりだ。とりわけて、心求党を経由しアイテムを携帯する権利の法案を通す事は。

 逆に言えば、そこさえ封じれば全てが瓦解する。デトネラットは民間に戦闘用アイテムを卸せず、政治介入の為の強大な圧力団体は生まれない。

 

 その為には党首の花畑を抑えなければならないが、不可能に近い。

 供儀聖典に関わっているという物証が無い。

 渡我の証言で捜査が始まっても、証拠を掴む前に法案が通っては意味が無いのだ。

 

 揃えなければならない()()()()()ある。

 なにかしらの証拠と、逮捕令状が不要な緊急逮捕か現行犯逮足りえる要件だ。

 

 前者だけを警察に提出しても、令状が出る前に花畑は最後の手段として、党首の座と引き換えに雲隠れ出来る。司法と行政が解放軍の傀儡である泥花市に潜れば捜査の手は及ばない。

 そうしてまた、安全圏から誰かを操る。『人形』の個性越しにも可能だが、戸籍や顔を変えたって構わないだろう。

 

 これまでとは違い、単にヴィランを倒せば終わりという訳では無かった。

 花畑の個性は死柄木のような即死級の攻撃力を持つものではない。AFOのように裏社会に潜む悪党でもない。ただ、表から見れば極めて善良な政治家なだけだ。

 だからこそ強い。

 

 世論から見て花畑は多少熱が入り過ぎているきらいがあるとはいえ、市民の事を第一に考える政治家だ、今回の件でその印象はますます強まっただろう。この限りにおいて、花畑は無敵だ。

 その意味では、彼が相手してきた中でも最強のヴィランかもしれない。

 

「それでも、追えるのは今しかない。ここで諦めれば、取り返しのつかないことになる」

 

 今回の騒動で臨時国会が開かれるのは間違いなく、どさくさに紛れて法案を提出するだろう。

 供儀聖典はすべてを後手に回すほどの速攻性も兼ね備えている。もう後が無いのだ。

 

「だから蛙吹さん、ごめんけどすぐ下に降ろしてほしい。あいつは、あいつだけはいま追い詰めないと」

「……けろ」

 

 それを理解してもなお、蛙吹は迷った。無理にでも彼を引き留めるべきか。舌にはまだ、滲み出た血の味が残っている。まだテロリストの追撃は終わっていない。今度こそ彼は死んでしまうかもしれない。

 

 しかしそんな感傷も、ヴィランは待ってはくれなかった。こぽこぽと足元のコンクリートが泡立つ、いくつもの槍の切っ先がこちらを向いている、妙な耳鳴りも。

 反射的に彼を舌で絡めとりその場を離れて地上の道路に着地し、すぐさま追手の個性攻撃が飛んできたのを辛うじて避ける。

 

『カエル』の脚力でこのまま逃げ回るべきか? いや彼を抱えている舌が使えない状況では分が悪い。

 

「行って! ここはわたしが抑えるわ! 大丈夫、無理はしないから」

 

 託すことを蛙吹は選んだ。

 供儀聖典の停止は困難を極める。力ではどうにもならない。けれども彼は、そういった問題を解決してきた。小森や拳藤、温泉で親に対する少年の思いの丈を受け止めた事。

 だからきっと、可能性があるとすれば──

 

 

 

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 ヒーロー科の予想外の対応に、外典は一時撤退を命じられた。後日のテロに備える方針を取る事になり、ミルコの追撃を躱すため数百もの氷塊を漂わせる。

 

「おまえはこれの相手でもしてろ」

 

 一斉に目標へ殺到するはずのそれらが、凄まじい力の奔流と同時に粉砕された。雹よりも小さな氷の粒が、ぱらぱらと地に落ちる。

 冷たい冷気の中、現れた波動ねじれは言った。

 

「やっぱりこういう大きい技を使っていい場所は楽でいいなー。他は通形と天喰に任せて正解だったかも」

 

 BIG3とミルコの二人を相手取るのはさすがに厳しいかと、外典はすぐさま距離を取る。が、異様な速度で回り込まれて足場の氷に『波動』を打ち込みまれ、胸倉を掴まれた。

 

「速い!?」

「でしょ~最初はちょっと慣れなかったけど」

 

『無重力』が付与された波動は、瞬間的に最高速度を得られる状態にあった。その制動は一朝一夕で体得できるものではないが、もともと『波動』で飛行できるほど個性制御に長けていた彼女なら、自在に扱えるまでさして時間は必要なかった。

 

「ぼくは善意で人を助けただけだ。それをここまで執拗に罰しようとするのはやはり、ヒーロー免許という特権を侵されたくないからか? 意地汚いぞ、ヒーロー」

「供儀聖典だっけ? 知ってるよー。あなたを次のオールマイトに担ぎ上げるのもその内の目標の一つなんでしょ」

 

 外典が眉をひそめる。計画がどこからか漏れている事実に。

 

「そんな妄言、誰が信じるんだ? ヒーローとして生きたいのならぼくを逃がせ、大衆のバッシングは避けられないぞ」

「ねえねえ知ってる? どれだけSNSで責められても立ち直った子がいるのに、わたしがそんな事で怯えるわけにはいかないんだよ」

 

「それとは状況がまるで違う。公の場で行動を起こしたおまえとミルコはヒーローネームと実名が出る。攻撃はより熾烈なものになるだろう」

「ねえねえ、誰の事か言ってないのに、どうしてその子が実名未公開で叩かれたって前提なの? それってすっごく不思議~」

 

 波動は練り上げられた重い拳を、押し黙る外典の心臓の位置に添えた。

 にっこりと笑う。

「抵抗しないでね。コーハイくんに酷いことしたって聞いてるから、今はちょっと加減できないかもー」

 

 そのようすを、ミルコが面白くなさそうに見上げる。

 

「美味しいとこだけ持っていきやがって……」

 

 とはいえ、さすがに本調子ではない状態で外典の相手はしんどい。カッコつけたかったが、仕方ない。

 深くため息をついて、その場に座り込んでぼーっとした。

 

 

 

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「にしてもあのガキ、どうしてわたしの解放コードと異能を知っている」

 花畑が助手席で毒づく。

「しかし助かったよ、あのまま小僧に絡まれては面倒だった。中央警察署に向かってくれ」

 

「そのつもり。けど気を付けてよね。あなたの身になにかあったら困る。それよりも」

 ハンドルを握る気月がドライブレコーダーをオフにして、焦りを隠そうとせずに言った。

「あの異能弱者は、何かおかしい。あいつが関わる計画はことごとく失敗する。真っ先に始末すべきだったかもしれない」

 

 ファンザの件を蒸し返された気がして、花畑は少し不満げになる。

 

「供儀聖典はまだ始まったばかりだ、また別の所でテロを起こさせる」

「けど最初の決起の肝である、中学でのアイテム乱射事件はおそらく彼に潰された」

「なんだと!? 事が起こる前に聖典が拘束されたのか?」

 

 気月が裏切り者に対し、侮蔑的に言い捨てた。

 

「監視していた戦士によれば、聖典が裏切った可能性が高い」

「考えにくいな。わたしの『扇動』と、きみの血による精神心理学的な刷り込みで依存させていたはずだ」

「だとしても現実を見る必要がある、工作員として優秀だった彼女がなぜ計画を離脱したのかを知らなくてはならない。デストロも一連の顛末を聞いて彼の事を危惧している。だからわたしをあなたの元に寄越した。早急に彼の秘密の異能を暴く必要がある」

 

「目星はついているのか?」

「情報部隊とわたしの推測だけど、彼は『洗脳』や『凝血』のような非実在個性攻撃を無効化できるのかもしれない。マスキュラーは体術と禁じ手で倒したとして、それなら単身でミルコを救出できる。聖典を離反させたのも」

 

 花畑は顎に手をやって思考する。その推察はあり得ない話ではない。イレイザーヘッドの『抹消』がその例だ。下位互換、という事になるだろうが。

 

「……それなら納得できなくも無い」

「整理しましょう。ファンザ襲撃の際、あなたの『扇動』の影響下にあった男たちに変化は無かった?」

 

 言われて思い返す。

「無い。その時はたしかにマスキュリストたちは『扇動』にかかっており、わたしの意志の影響下にあった」

「つまり指向性があるという事ね。おそらくだけど対象を取れるのは一人だけ。全員を対象に取れるなら、あの場にいたすべてのマスキュリストたちは『扇動』を解除されていた」

「いや、あの状況ではわたしの異能は割れていなかったから、彼には『扇動』を解除するという思考は無かったはずだ。予想できる媒介は?」

「おそらく、あなたと同じ声ね。視線であるならば前線に出るはずがない」

 

 一息ついて気月が忌々し気に言った。

「けど聖典が生きたまま捕らえられたのならマズい。情報漏洩を防ぐために殺したいけど、この騒ぎじゃ難しい」

「渡したアイテムの遠隔暴発機能は試したのか? フル装備なら四肢欠損する、出血多量かショック死で片が付くだろ」

 

 万一、アイテム乱射事件で誰も聖典を止められなかった場合の保険にと、秘密裏に仕組まれた残酷な処置だった。

 

「ダメだった。報告によれば、一度は装備したものの放棄したみたい。生きて供儀聖典を降りるくらいなら死んでほしかった、本当に」

「抑圧された不良のガキなんていくらでもいる、また()()()()()ヴィランをけしかけてやればいいさ。あのあたりはわれわれのテリトリーだし、マッチポンプで恩を着せるのは十八番だ」

 

「聖典ほど優秀な工作員はいなかった。それだけにムカつくわ」

「それは否定しない。わたしほどではないが、論戦術と詐術に優れていた。ヴィラン連合に潜入させたのも、その技術があってこそだった」

「ええ、けれども詐術においてはあなたを超えている。『扇動』と依存を個性により解除されたのではなく、純粋にわれわれを裏切ったのならね」

 

 得意分野でないがしろにされたので、小粋に鼻で笑ってトランペットは皮肉る。

 

「きみが聖典をそこまで買っているとはね。まあコウモリ女に餌をやるのも頷ける」

 

 花畑の軽口に、気月がせせら笑う。

「あっちの陣営こっちの陣営と鞍替えする尻軽にはお似合いの言葉かも」

 

 

 

 ほどなくして車は都の中央警察署の前に停まった。

 こここそが花畑の目指していた場所だ。テロがあった際に、銃がある為もっとも守りが固められる場所の一つ。

 いつもより厳重な番立ちがその姿を認める。心求党の党首ともなれば知らぬはずがない。

 

「すまないが避難させてもらいたい、妙なヴィランに追われていてね」

 

 警官が口を開こうとし、花畑の後ろへと視線を移した。

 

「逃げるな」

 

 舌打ちして声のした方へ振り向く。

 そこには一刻前よりさらに凄惨な姿の彼がいた。傷だらけの身体を覆う衣類は赤黒く染まっており、元の色はほとんど残っていない。指先から血がしたたり落ちる。

 夕暮れの朱の中、幽鬼のごとく佇んでいた。

 

 ここまでくると病気だな、と花畑は呆れ返る。しくじった追撃部隊の未熟さにも。

 

「彼です。何の罪も犯していないわたしをヴィランと言い張り、執拗に狙ってくるのは」

 

 花畑の危惧していた最悪の事態とは、殺害だ。もちろんその死は大々的に尊い犠牲として、党の支持を集めるのに使えはするがそもそも死にたくない。

 それに、党首を失えば心求党として立法府の干渉が滞る。

 だから警察署に来たのだ。ここなら彼も迂闊に手は出せない。ヒーロー科ならば尚の事。

 

「人を利用するだけ利用して……切り捨てて、まだ逃げ続けるのか」

 

 警官は困惑した。もちろん彼の事は知っている。あんな姿になるまで花畑を追うのならば、それなりの事情があるのかもしれない。だからといって花畑が何をしたという証拠も無かった。

 

「ちょっときみ、とりあえず落ち着いて」

 と言って彼に近づく警官を、花畑は手で制す。

 

「少し彼と話してもいいですか? なに、向こう見ずで無軌道な若者を正すのも政治家の役割ですから」

 そうして、何とでも言うがいいさ、と侮蔑的な薄い笑みを浮かべる。警官も居る事なので、悠然と近寄った。

「なあ、もういい加減にしてくれないか? 今わたしに突っかかって何になる? 対策を講じるべきだろう。明日もテロが起きるかもしれないんだぞ、今度は高校とか……へたしたら幼稚園とか」

 

 まるで次の目標を予告するかのような、含みのある言い方だ。

 花畑は、彼が出会った中でも本当にどうしようもなく下劣な人間だった。

 他人を思いやる気持ちなど一つも無い。

 彼は短く吐き捨てた。

 

「クソ野郎」

 

「おいおい酷いな。言っとくが、きみ、印象悪いぞ」

 言ってスマホを取り出してSNSを確認する。情報部隊は上手く機能しているようだった。

 

「危険を顧みず市民の為に声を上げたわたしを、ヴィラン扱いして襲ってくるきみの動画が上がっている。あーあー、これは人間の悪辣性を集めたドブみたいなリプ欄だ、体育祭で調子に乗った時の画像と名前まで出てる。弁護士を雇った方がいいぞ。というか、きみ、雄英生のようだが、落ちたものだな、あの高校も。きっとヒーロー科もきみと同じで低レベルなんだろうな」

 

 オールバックの髪を撫でつけ、小気味よく笑って勝ち誇る。

 

「だいたい、わたしの個性が『洗脳』だと? 疑うようなら泥花市に提出した個性届のコピーをやるよ。そうでない証拠があるならぜひ見せてくれ」

 

 花畑が正面切って戦う事は無い。意地汚く逃げ続ける。逃げた先で再び誰かを操り、手を汚すことなく誰かを弄び、傷つける。邪悪で忌むべき卑怯者。

 星に死を願う以外に対抗策の無い最強のヴィラン。

 

 そう、わたしは無敵だ。

 ヒーローが相手であれば、絶対に負けない。

 

 花畑は自己を客観的にそう評価している。してはいるが、なぜ彼がこうまでしつこく追いすがるのか、疑問に思わないでもない。

 ひょっとしたら、なにか強力な手を抱え込んでいるのか? 供儀聖典を機能停止させ、合切にケリを付ける手段を。そもそもどうしてこの場所がわかったのだ?

 

 いや、考え過ぎか。追う以上の選択肢が無かったから追ってきただけ。なんとかなるという淡い希望を胸にし、その目算がいかに脆かったかを痛感しているだけだ。

 

 事実として彼は、花畑を直接捕らえる事の出来ない悔しさに震える拳を痛いほど握りしめるばかりだ。

 この、どうしようもなく最低のヴィランを目の前にして手を出せない……けれど。

 

 けれども彼は呪いの魔法を掛けるように、低く言った。

 

「……そういえば読んだよ、異能解放戦線。図書館で借りて──」

 

「あ?」

 俯いてぽつりとこぼした言葉に、花畑の唇がぴくりと反応した。

 

「──さぞ大層な事が書いてあるんだろうと思ったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()タイトルだけはな」

 

 それを聞くと花畑の目の下が痙攣するように小さく震えた。さっと頭に血が上る。青筋が浮かんだ。

 彼がほんの少しだけ顔を上げ、上目遣いに嘲笑する。

 

()()()()()()()()()()()()()そういえば行間もやたら」

 

 唸り声を上げ、唇を尖らせた花畑が大振りの殴打で彼の頬を打った。よろめいた身体の胸倉を掴み、興奮を抑えて口早に耳打ちする。

 

()()()() ()()()()()()()()()()()()()()()どんなヒーローにもな。ましてやおまえみたいなゴミがどうあがこうと、あの男と同様に、利用されて捨てられるのがオチなんだよ」

 

 花畑と頭を交わしたまま、彼が冷ややかに耳打ちし返す。

 

()()()()()()()()()()()()()()どんなヒーローでも、ましてやおれにでもなく。おまえが踏みにじった、性的な事件が無くなればいいという純粋な男心に。恩着せがましく人の弱みに付け込んで、殺される事を望ませた孤独な女の子に」

 

「ちょっとあなたねえ! いくらなんでも」

 

 と警官が花畑の身体を引き離す。渋々に従い、スーツの襟を直した。

 ついカッとなってしまったが、たかが暴行罪だ。政治家としては汚点だが、この混乱の中ではすぐに忘れ去られる。それにネット世論では彼の方がヴィランまがいと認識されている。問題ない。

 

 なにが、おまえは負けただ。この程度で勝った気になっているなら、救いようの無いバカだ。

 暗く俯いたままの彼に踵を返して気月の姿を探すが、見当たらない。

 

「わたしと一緒に来た女性は?」

「これを渡してきた後……あれ、さっきまでそこにいたのに」

 

 警官の手には()()()()()()()()()()と携帯端末があった。

 その装備に、花畑は見覚えがある。デトネラットが裏で作っている製品の一つで、ほぼ全方位の録画録音を可能にする代物だ。女性潜入工作員の標準装備でもある。

 

「え?」

 

 わけがわからず、花畑は周囲を見渡す。なぜ? どうして……

 

「こちらに、あなたがファンザ襲撃と今回のテロに関わっていたと自白証言する動画ファイルが保存されているとの事ですが……」

 

 花畑の脳裏に、車内での会話が走馬灯のように駆け巡る。

 

「そんな、ことは」

「ですが念のため詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか」

「おいおい、こんな状況でか? 気分が悪いな、こんなところで保護されたくはない。失礼するよ」

 

 彼がその背に声を投げかける。

「たったいま人を殴っといてどこに逃げるつもりだ」

 

 心臓が凍った手で絞られたように痛む。呼吸が短く荒くなった。汗が止まらない。

 

 そのただ事ではない様子に、警官たちは互いに視線を交わして帯革から手錠を抜いた。

 もし、本当にこの凄惨なテロに関わっている人物が目の前にいるのだとしたら。ほんの少しでもその可能性があるのだとしたら。いくら相手が大物政治家と言えど放ってはおけない。警官としての意地がある。その責務を全うするだけの話。

 

「暴行の現行犯です」

「まさかとは思うが、ファンザ襲撃にわたしが関わっていたというクソみたいな嘘を取り調べようってんじゃあないだろうね……別件逮捕だろうがあッ!!」

「何の事ですか?」

「……わたしは心求党の党首だぞ」

 

「わたしたちは警察官です」

「おい、上に確認取るくらいの事はした方がいいんじゃないのか? 下っ端のヴィラン受け取り係がこんな真似してタダで済むと思うのか?」

 

 アイテムを携帯する権利を立法府に認めさせるには、心求党を動かす必要がある。だが暴行罪ならともかく、ファンザ襲撃に党首が関わっている裏事情が露見すれば躓きかねない。マスコミは嬉々としてこの不祥事を骨の髄までしゃぶりつくすだろう。

 

 止まる? 

 このままでは異能解放軍の目指す未来を祝福する偉大なる前夜祭が……止まってしまう。わたしのせいで? 

 足元がおぼつかなくなり、じんわりと視界が滲む。

 

 そんな事、ありえるはずがない。

 供儀聖典は限りなく黒く濁っており、凶悪で、故に成功が約束されたに等しい。誰にも止められない。ヒーロー社会が対抗できるはずがない。その為に造られたのだから。

 

「どうした、花畑。ひょっとして、泣きべそかいてるのか」

 

 花畑は振り返った。路傍の、石。障害足りえず、始末しようと思えばどうにでもなる異能弱者。嵌められたのか、こんなやつに。躓くはずが──

 

 口の中の血を吐き出し、唇を拭った彼が薄く笑う。

 

「おまえなんかの涙の理由を、おれが理解する必要は無いけどな」

 

「うあ、だ」

 

 情けなく口を半開きにした花畑が、よろよろと彼に近づく。半狂乱に叫んで大振りのストレートを放った。

 およそ格闘技など齧った事も無いおもちゃのような打撃は、避けるまでも無く当たらなかった。返しに柔らかい鳩尾に浅く拳を打ち込む。

 

「さっきのは半分おれから当たりに行ってやったんだ、ちゃんと狙え、ヘタクソ」

 

 ぼそりと呟き、胃液を吐いてのたうつ花畑を見下ろした。

 ヒーローを目指す者として、加減の体得は必須事項だ。当然、一撃で失神させる事も可能だがこいつにはそれすら勿体ない。加減して、悶え苦しませるくらいは許されるだろう。

 これでも花畑が踏みにじった人たちの事を考えれば、軽いくらいだ。

 

 一息ついて、彼は空を見上げる。

 

 それは人々を照らす明るい陽が沈んでしまうほんの少し前。

 それは人々を飲み込んでしまう暗い夜が降りるほんの少し前。

 

 異能解放軍にとって歴史に刻まれるべき革命の叙事詩。

 その歌声が、混乱の中にある悲鳴、火の手と白煙にむせる咳、切り裂くようなクラクションとサイレン、親とはぐれた子の泣き叫び、不安に息をひそめ祈る声、建築物という文明が破壊され、怒りと衝動の赴くままに挙げられる雄叫びであるならば、それはもう途切れ、邪悪で忌むべき卑怯者の嗚咽でもってして幕は下りた。

 

 そして人々は謳いだす。

 

 その歌声が、大切な人の無事を確かめる喜びの声、命を繋ぐべく救急搬送に鳴るサイレンの音、親と再会した子の泣き叫び、不安から解放された安堵の吐息、救助や安全確保の為に解体される建築物や撤去される瓦礫、歓喜と興奮の赴くままに挙げられる雄叫びであるならば、安らぎと日常に回帰していく他愛のない会話をもってして幕は下りるだろう。

 

 ヒーローにとって歴史に刻まれるべき守護の叙事詩。

 またいつ闇が落ちるともしれない黄昏の中でしかし、たしかにその第一歌は謳われていた。

 

 謳われていたのだ。

 

 

 

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 男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう

 

 第二部 供儀聖典編 完

 

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 薄暗い路地裏で、個性が解除され裸の渡我は膝を抱いて座り込んでいた。

 ぼうっとして手の中のペンダントのトップを眺める。初めて彼と接触した後の事が心に浮かぶ。あの時は、これがどんな宝石よりも素晴らしい物に思えたのに。

 

 それは渡我にとっての護符だった。唯一の救済者を身近に感じる為の、いや、悪意ある者にもたらされた、少女を縛る為の呪具。

 冷たい金属のフレームの中には、いつもあるはずの小指の先ほどのカプセルが無かった。生々しく赤い液体が最先端の技術によりいつまでもその鮮度を保っているそれは、もう飲み干して無くなっている。

 そうして偽りの救済者に『変身』し、供儀聖典を後ろから刺した。

 

 車内での花畑との会話が嫌でも思い起こされた。未練が無いと言えば嘘になる。こころの中に、冷たい雪だけが降り積もっていくようだ。

 肌寒い秋風に身を縮こまらせる。赤くなった丸くて小さな足の指を、もじもじと擦り合わせる。

 

 彼の作戦では、渡我が気月に『変身』して花畑の言質を取り、捕らえた後は保護を受ける予定だったがなんとなく逃げてしまった。

 いや、その理由を本当は理解している。また利用され、捨てられたらと考えると震えるほど恐ろしかった。そんな思いをするくらいなら、こっちから関係を断った方が楽だ。

 

 不意に人の気配がして身体を硬くする。が、それは異能解放軍の追手でも警察でもなかった。

 

 視線だけを上に向ける。雑居ビルに挟まれた夕陽の光を背にした人物に、目を細めた。

 

「……やっと見つけた、大丈夫? 警察には話を通してあるから安心していい」

 

 そうして差し伸べられた安寧の言葉と手は、渡我の心に色濃く影を落としていった。

 動悸が速まり、緊張と興奮から舌足らずになって答えた。

 

「あ、う。でも今は裸んぼさんなのです」

「あーじゃあとりあえずおれのシャツ着る? 血と汗だらけで悪いけど、裸よりはマシかな?」

 

 そう言って下に着ていたTシャツ姿になった彼は後ろを向いた。

 渡されたシャツに袖を通す。まだ人肌が残っており暖かかった。大きくて、ぎりぎり下も見えない。滴り落ちそうなほど蠱惑的な幽香に包まれた。

 

「ありがとです。大切にします」

「……いや、返してね。学校に着ていくから」

 

 渡我は目に見えてしょんぼりした後、一つ尋ねた。

 

「どうして、わたしの場所がわかったのですか?」

「え? んーまあ、なんていうか──」

 

 それを何と呼ぶかは人それぞれだ。

 冷たいヤモリが脳裏を這いずるような感覚、一瞬で覚める白昼夢であったり、デジャヴのような既視感、走馬灯、閃光のようにほとばしる直感。

 あるいは香山で言うところの嗅覚。

 

「──()かな」

 

 それを聞き、ぽかんとした後で小さく吹き出した。

 

「なんですか、それ。そんなのでわたしの場所がわかったんですか」

「わかったというか、なんとなく覗いてみたというか。それより、なんで逃げたの? 攫われたかと思って心配した」

「それは、ごめんなさい」

 

 目を伏せた渡我に、彼はそれ以上追及しなかった。

 

 やがて通りが騒がしくなる。『サイズ』で大きくなった『角砲』に1-Aが乗り、彼を迎えに来たのだ。

 

「じゃあ行こっか」

「う」

 

 と、呻いては足を竦ませる。

 その気持ちはわかる。供儀聖典の礎である事を望んだのだ。事態を収拾したヒーロー科に顔を合わせるのは気まずい。

 

「大丈夫、わかってくれると思う。おれの友達はみんな優しくて、頼りになって、強くて、尊敬できる素敵な人だから。それに約束したでしょ、血を吸わせてくれる人を一緒に探すって。落ち着いたら、みんなに聞いてみよう」

 

 彼を待つ1-Aの面々はテロリストとの戦闘でぼろぼろだった。それでも満ち足りた顔をしている。もしこんな素敵な人たちと仲良くなれるのなら、わたしのおかしい所を受け入れてくれるのなら。

 それはとても幸せだ。

 

 

 xxxxxxxxx

 

 

 xxxxxxxxx

 

 

 

 わたしはおかしい。と、渡我は理解している。理解して生きてきた。納得とは違うが。だから。

 

 だから、飛んでやろうと思った。勇気を出して。

 

 そうして渡我は薄暗い路地裏を後にした。

 ペンダントを捨て置いて、空高くへと飛び去っていった。

 もう、そこに戻る事は無い。




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