【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

6 / 25
 体育祭
第六話 ベスピペス


「ルールは簡単! 七クラス全員で二十人の生き残りのバトルロイヤルをやってもらうわ、流行ってるヤツな感じよ!」

 

 パッとモニターに簡略化された地図が表示される。実技試験で使われたような市街地だが、工業地帯や湖、森林などの環境が取ってつけたように配置されている。

 

「これからあなたたちは六つの集団に分けられて、別々のゲートからスタジアムに入場する。十分間は交戦不可の準備期間として扱うから、その間にいろんな所に隠してあるサポートアイテムを探すもよし、有利な場所に陣取るもよし! なんでもありよ!」

 

 ランダムで拾えるアイテムでヒーロー科と他科の実力差をカバーしようというのが雄英の目論見だった。

 もちろんヒーロー科がアイテムを使えばその差は広がるかもしれないが、1-Aの個性とはシナジーが起きにくいものを配置している。

 

また、可視化されたレーザーが上空に放たれ、そこを中心点として時間の経過とともに立ち入り禁止区域の輪が狭まるので、いつまでも有利な場所で戦えるとは限らない。

 

「禁止区域が近づくと配布した腕輪が鳴いて知らせるけど、潜伏がバレない為に小音量だから注意してね」

 

 格闘打撃は、支給された靴やグローブ、肘、膝、のプロテクターで保護された部位のみ使える。これらは全てアイテムであり、特殊な衝撃吸収素材が攻撃を和らげる。

 危険な肘や膝の打撃も無力化でき、受けた側は数値化されたダメージが一定量を超えると腕輪が失格を伝える。

 普通科等の戦い慣れていない生徒が怪我をしないための配慮だ。要は誰でもゲーム感覚で安全に戦える措置。

 

 拳藤が個性を起動すると、合わせてグローブも大きくなった。ちょっと試していい? と軽く取蔭を腹パンするが、よく干した布団を殴ったような感触が返ってくる。もちろん取蔭にダメージは無い。

 見た目はただの指ぬきグローブだが、その効果は折り紙付きのようだ。

 

「それと、動的な面白さを演出するために、倒した人数が多い生徒はボーナスとして次の最終種目でシード枠が与えられるから。自信のある子は狙ってみてね~」

 

 説明と装備が配り終わり、いよいよバトルロイヤル会場のゲートへと移動する。

 ヒーロー科が固まるのを防ぐため全クラスが六つに分けられていた。スタジアムを囲むように、等距離上に位置するトンネル状のゲートの扉は観音開きとなっており、当然スタートダッシュを切ろうと誰もが前へ前へと位置取ろうとする。

 

 とはいえやはり男性は、異性との肉体的な接触を嫌ってか比較的後方にいる。スカウトの目のあるヒーロー科と違って、楽しい学校行事の範囲内だからというのもある。

 しかし彼はそうもいかない。女性の柔らかい肉体を掻き分け、なんとか最前列にたどり着くもカウントダウンが進むにつれて押し合いへし合いが加速する。

 

 固い扉に押し付けられた彼には、他科がこんなにヤル気に満ちているのは意外だった。が、俯瞰してみれば混雑しているのは彼の周りが主な気がする。

 だがそんな圧力は、彼の脇腹から伸びる手が扉を支えると不意に消えた。肩越しに振り返ると、拳藤が少し力んだ顔で人の波の盾になっていた。

 

 真面目な彼女らしい行動だったが、彼からしてみれば情けをかけられているようでもある。後ろ手で脇腹をくすぐると、小さな笑い声と共に拳藤の力が抜け、後ろに押されて彼に密着した。

 想定してなかった異性の香りと身体の温度に触れ、どぎまぎする拳藤に彼が小さく囁く。

 

「なんかフェアじゃないから。一応敵どうしだし」

「わ、悪い。そういうつもりじゃ」

「でもありがとね」

 

 彼は背中に押しつぶされた拳藤の立派な双丘と、呼吸で生々しく胎動する腹を感じながらも動じる事はなかった。この程度では問題ない。アベンジャーズの一睨みでヴィランは委縮する。

 

 その様子を遠巻きに見ていた男子生徒たちが面白くなさそうに小さく舌打ちし、短く視線を合わせた。

 

 カウントダウンがゼロになる。号砲が鳴ると同時にゲートが開かれ、生徒が一斉に飛び出す。

 彼がちらと空に視線をやると、やや中心寄りにレーザー光が放たれている。最終決戦地は住宅街になりそうだ。ホログラムが大きく残り人数を表示しており、観客たちへ様子を中継する為のドローンが何機も浮かんでいた。

 

バトルロイヤルの形式上、最後まで隠れて敵をやり過ごすのが上策だ。ボーナスは気になるが、できれば戦わずに終わらせたいところではある。

 

 ひとけの無い小さなオフィス街を小走りで進むとコンビニが見える。商品棚は空だが、アイテムを配置するならうってつけだった。入店すると、外からは見えなかったがアイスの棚にアタッシュケースが置いてある。

 開くとカラフルなピストルとホルスターが入っている。水鉄砲のようなそれを手に取り、レジスターめがけて試射するとペイント弾が着弾し、蛍光色の液体が飛び散った。

 なるほど、流行りだ。

 ハンマーの部分はディスプレイになっており、おそらく残弾数の【9】が表示されている。

 

 しかし遠距離アイテムがあるとなれば、不意打ちで他科からやられる可能性が高くなった。ペイント弾のダメージを腕輪がどう処理するかは不明だが。

 とりあえず住宅街には継続的なアイテム回収を必要としない人間、例えば幸運にも強力なアイテムを初手で拾ったり、アイテムより個性を使った方が強いヒーロー科が有利な場所を陣取ろうと集まっているかもしれない。

 正直、八百万や蛙吹と接敵すれば手も足も出ない。妥当な戦略としてスタジアム外郭との中間点に移動する事にして、アイテムを装備しコンビニを出る。出るが明らかに後を付けられている。しかも結構な人数だった。

 

 ミッドナイトが言った、なんでもありというのはチームアップも含まれるのだろう。これでは身を隠すどころではない。

 

「そんなにヒーロー科を潰したいのか?」

 

 さすがに愚痴がこぼれる。しかしどうしようもないので腹を括るしかない。

 二度目の号砲が鳴る。十分間の準備期間が終了した。同時に彼にペイント弾が飛んでくる。遅れて『火球』の個性が着弾した。

 さすがに相手をしていられないので、狭い路地裏を曲がりながら逃げる。

 

 すると『ジャンプ』の個性持ちが彼を飛び越えて立ちふさがった。個性を活かした鋭い飛び蹴りを半歩引いて躱し、先を急ぐ。逃走距離を稼げば、いずれ足の速い者と遅い者で分断できるはずだ。それに体力勝負なら自信があるので、向こうを消耗させられる。

 

 見通しの悪い交差点に差し掛かると、妙な駆動音が聞こえだす。ありえるか? と疑念を抱くと飛び出してきた深紅の原付に轢かれそうになる。ブレーキ痕が流線を道路に刻む。

 

「あっぶな! てか運転ありかよ。しかもここ一時停止だろ」

 

 彼は標識から暴走車へと順に視線をやって文句を言う。

 ロールなのかドレッドにしては丸みを帯びた桃色の謎ヘアー少女が、スチームパンクなゴーグル越しの視線を向ける。まるでSFアニメのポスターのようだった。

 

「あー失礼しました。免許持ってないので減点も何も無いからいっかーって感じでした」

「より悪いだろ」

 

 ヤバそうなヤツだな、と彼が引いていると、少女が来た方向から複数の罵声や怒声が聞こえる。

 

「待てこら発目ー! 逃げんなー!」

 

「どうやらお互い追われる身のようですね」

 発目と呼ばれた少女が彼の来た方を見やり、顎で指す。同じようにぞろぞろと追手が迫っていた。

「あなた、ヒーロー科ですよね? ちょうど肉盾が欲しかったところです。ここは共闘と行きましょう。後ろ、乗ってください」

「肉っ……て」

 

 彼の返事を待たず、発目はエンジンを吹かす。慌てて後ろに乗る。二人分の体重では速度が出なかったが、走るよりはマシだった。

 

「どこに向かってるの?」

「工業地帯ですかね、すぐそこですよ」

 

 彼は脳裏に地図を思い描く。たしか外郭に近いところだった。禁止区域の接近が気になるが、今さらもう遅い。彼と発目の追手がそれぞれ潰しあってくれればいいのだが。

 ほんの一分で、ビジネス街から油と薬品臭の漂う工業地帯へ到着した。出来の悪いゲームのステージ変遷のように唐突だ。

 発目は適当な工場に目星を付けると、原付を乗り捨ててそそくさとフェンスをよじ登って侵入する。

 

付いて行くと無人工場のようで、グレーを基調とした内装にラインや土台、目を引くイエローのロボットアームが並んでいた。

 

「それじゃあわたしは奥の工房で迎撃の準備をしてるんで、適当に足止めしといてください」

「足止め?」

 

 まさかと窓から外を覗くと、二人の追手たちは最悪な事に手を組んだようだった。

 

「発目どこだー!」

 

「ずいぶん恨まれてるみたいだけど何したの」

「さあー才能に対するやっかみじゃないですかね」

「しょっちゅう工房を爆破しやがってコノヤロー! こないだの異臭騒ぎもおまえだろー! 臭過ぎてしばらく飯食えなかったんだぞ!?」

 

「才能ね」

「天才とは理解されないものです、悲しい事に……五分でいいですから耐えてくださいよ。一網打尽といきましょう」

 

 まったく心のこもってない悲しみを口にすると、火災報知機を作動させて奥に消えた。

 けたたましいベルの音に気付いた追手たちが工場になだれ込む。

 

「ええー、マジかー。わざわざ居場所を知らせるー?」

「いたぞ! ヒーロー科の彦プ野郎が! 囲め!」

 

 作業ラインに身を隠すとペイント弾が頭上を飛び交い、何人かがぐるりと回りこんでいる。

 彦プ? と彼は怪訝に思いながら、消火器の栓を抜き薬剤を散布する。とりあえずはこの場を凌がなくてはならない。一網打尽と言ったからには、発目は何かしら強力なアイテムを準備しているのだろう。

 

「ここにはおまえに尽くしてくれる女はいないぞ!」

「はあ? 何言ってんだ」

「たまたま今年のヒーロー科の男女比率が傾いたからったってチヤホヤされやがってよー」

 

 発目を追っていた生徒たちには、どこか遊び心のようなものがあった。悪ふざけの延長線上のような。

 しかし彼を追っていた生徒たちの動機はどこか湿ったものだ。多数の女性たちの庇護欲を刺激して利益を得る、俗に言う彦プレイをしているように見えた彼への嫉妬と妬み、軽蔑が彼らを突き動かしている。

 

別に女性とイチャイチャしたい訳ではないが、ズルいというか、なんとなーく嫌悪を覚えてしまうものなのだ。

 いまもどこかでオタサーの彦と呼ばれる存在が、サークルをギスらせてクラッシャーとなっているかもしれない。

 

「あー、それは彼女たちに失礼だろ」

「よく言うぜ、どーせおまえも女に貢がせて、将来インスタで毎日寿司だか肉の画像ばっかあげる口だろ」

「わけがわからん」

「確かめてやる、そうやって訓練かなんかの点数を稼いでないか」

 

 実際のところ、1-Aの彼女たちは確かに彼のお世話になった者もいるし、ラッキースケベも体験している。だが、それが理由で利害関係になった事は無いし、ましてや訓練などでワザと手を抜いて彼に好成績を譲るような事などもってのほかである。

 

「まあ、相手してわかってくれるなら……」

 

 十分に煙幕として機能した段階で飛び出し、手近な一人の腹を前蹴りで突く。空気に阻まれた感触だったが鳩尾にクリーンヒットしたらしく、追手の一人の腕輪は戦闘不能と判断した。両肘のプロテクターと靴がそれぞれ強力な磁石でくっついて、失格となった者の動きを封じる。

 

 軽い射撃音や放たれた個性の音が響く中、「撃つのはやめろ、同士討ちになる!」と誰かが叫んで静かになった。

 ふーん、と彼は持っていたピストルで適当に射撃する。

 

「だからやめろって言ってるでしょ! 経営科か普通科か知らんが理解できないの!?」

「おれらは撃ってねえよ、サポート科だろ」

「アイテムを石器武器か何かとしか思ってないおまえらだろ」

 

 最後は彼が適当に言ったが、不和を生むには十分だった。

 

「理系だからって賢ぶりやがって」

「うっせー、文明が滅んだら真っ先に死ぬのはおまえら文系だろーがよ!」

 

 煙幕と仲間割れに乗じて何人か相手取る。どうやら惜しくも実技試験に落ちたヒーロー科志望のようで腕に覚えがあるようだが、その差こそが決定的だった。彼は大振りの攻撃を躱してカウンターで急所を打ち抜き、一撃で戦闘不能にする。

 しかしそれも長くは続かない。所詮は消火器の薬剤を振りまいただけなのですぐに視界は晴れてきた。

 どうするかと悩んでいると、発目が奥の工房から飛び出して彼を正面から抱きしめる。

 

「さあ一気に逃げますよ!」

 

 そのまま手元のスイッチを押すと、ジェット推進を取り付けられたブーツで天窓から空高く昇った。

 残されたサポート科や彼の追手は呆然と工場を見渡し、いつの間にか仲間が何人もやられているのに気づく。視界が効かない状況とはいえ多勢に無勢のはず、明らかにこちらに分があった。

 

「……ただの彦プじゃなかったのか」

 

 実力差を覚えながらトボトボと工場をあとにすると、工場の非常ベルの音が薄れて今さら腕輪が鳴っている事に気付く。

 

「ヤバいぞここから離れろ!」

「だあー! 発目にやられた!」

「邪魔だおい、どけって!」

 

 血相を変えてその場を離れるが発目の目論見通り、ほぼ全員が禁止区域に飲まれて失格となった。

 

 

 

 †††

 

 

 

 上空を飛行していた二人はほどなくして市街地へ着地する。

 発目がガッツリと手を回して抱きついている彼の肩を叩いた。

 

「もう大丈夫ですよ」

「あの、発目さん、飛ぶならそう言っといてよ。ベルト無しはさすがに心臓に悪い」

 

 彼はこわばった身体をほぐしながらホルスターのピストルをそれとなく探るが、どこかに落としたのか失くなっていた。

 

「……もっとこう、あの状況に対抗できるアイテム持ってなかったの? 造ったアイテムってその飛行ブーツだけ? 援護無しって結構大変だったんだけど。まあもういいけどさ」

「そーですね。わたしはずっと後を付けられていたのでアイテムを探せなくて。あなたこそ、ピストル以外になにか持ってなかったんですか?」

「うん、まあね」

 

 彼は無造作に発目の鳩尾に膝を入れる。その直前で止めた。ピストルの銃口を顎下にあてがわれていたので。

 

 発目は新しいおもちゃを与えられた子供のような笑みを浮かべる。

「いいですねえ、用済みになったら即切り捨てるその容赦のなさ。事前に相手の戦力を把握してからというのも気に入りましたよ」

「発目さんこそ、それ、おれのでしょ。飛行中に抜き取った?」

「ヒーロー科相手に丸腰はマズいので。それに──」

 

 彼が拳を振り抜き、発目が射撃する。それぞれが『ポルターガイスト』で飛んできたドラム缶を弾き、光学迷彩のアイテムで忍び寄っていた普通科を撃つ。

 

「──それに激戦区に劇的入場するわけですからねえ!」

「じゃあ、もう少しだけ共闘って事で」

 

 とは言ったものの、お互いがお互いをさっさと見捨ててその場を離脱したのでチームアップは一瞬だけだった。

 

 

 

 †††

 

 

 

 上空の残存人数に目をやると、誰でも否が応に鼓動が速まる。あと一人の脱落で決着がつくのだから。

 彼もその内の一人だった。レーザー光とは近いのに腕輪が禁止区域の接近を告げる。遭遇戦は避けられない。蛙吹と八百万にだけは会いたくなかった。

 道路を歩くのは危険だ。出来るだけ民家の庭を進み、塀で視線を切るよう努める。

 

 このまま人数が二十人まで減ってくれれば、そう祈っているとお隣さんがいた。フェンスと低木の生垣の向こうに、拳藤が彼と同じように驚いた顔をしている。

 初手で動けたのは彼だった。踵を返して民家の玄関に向かい侵入する。なるべく足音を殺して二階に向かった。そのなかの一部屋に入ると夫婦の寝室のようだ。窓際から離れ、化粧机の椅子を身近に置く。

 

 予想通り、勝算があると踏んだ拳藤は追撃してきた。とはいえ死角の多い民家に入られた点では彼女の方が不利だ。アイテムや不意打ちを警戒しながら一部屋ずつクリアリングし、後を追う。

 静かな足音が二階に上がってくる。きぃ、きぃ、とドアが開く音がした。彼にとっては不幸な事に、その最後が寝室だった。つまり居場所を確定されたという事になる。

 乾いた口でつばを飲み込みドアを注視していると、拳藤が『大拳』で壁を吹き飛ばして突入した。同時に彼を視認して急所を手で守りつつ迫る。

 

 予想外の奇襲に虚を突かれた彼は、かろうじて椅子を拳藤に蹴り飛ばすも片手で弾かれる。

 もう逃げても遅い、射程距離内。と拳藤は勝利を確信した。が彼は引かずに、椅子を弾いてガードの空いた手の方から踏み込んで身体を入れ、脇腹を鋭く打った。そのまま肘も合わせてコンパクトに攻め続ける。

 

 拳藤は上げた前腕で顔を守りつつも壁際に追い詰められる。同時に、やっぱよく見てるしセンスあるな、と尊敬の念を覚えた。ミルコ先生の授業でゼロ距離が弱いと言われた点を彼は覚えていて、そこを容赦なく刺してくる。

 手首から先を大きくする個性の特性上、格闘戦は中距離で終わらせる方が拳藤にとって好ましい。それ以下だと個性は解除せざるを得ない。

 しかし彼女とて授業から何もしなかったわけではない、切り返しの手段は持っていた。

 

 上げた腕はガードの為だけではなく、背後の壁を『大拳』で握って上半身を固定する為でもあった。腕と腹筋、脚の力で下半身を素早く持ち上げて、彼の胸を蹴り飛ばす。ベッドに倒れ込んだ相手にすかさず追撃して覆いかぶさり、両足を胴に回した。彼の片手を握って後ろへ倒れ込んで上体を無理やり起こさせ、手早く三角締めへ移行した。

 

 頸動脈洞が圧迫され脳への酸素供給が急激に滞る中、彼は懸命に締め技から逃れようとしたが『大拳』の力によって抑え込まれるとどうにもならない。

 

「タップしなければこのまま落とす」

 

 頸動脈洞の失神はクセが付くので、拳藤としては諦めてほしいところだ。

 常人であればとうに意識を失っていてもおかしくはないが、拳藤の脚を掴む彼の手にはまだ力が籠っている。それもゆるりと滑り落ちた。

 

 三度目の号砲が鳴る。すなわち二十人が決定し、第一種目の終了を知らせる合図が。

 

 三角締めを解くと、彼が虚を突いて素早くマウントを取る。

 

「わっ! 待て! もう終わったから!」

 両手を見せて戦う意思がないことを示すと、彼は酸欠で真っ赤な顔を呆然とさせた。

 

「え? マジ? おれどうなった?」

「腕輪が失格を知らせないから、ギリギリで誰かが脱落したんじゃない?」

 

 それを聞くと、緊張から解放されたせいか全身の力が抜けた。ごろりと拳藤の隣で仰向けになる。

 

 聞いていい? なんで個性使わないの。と口にすべきか、拳藤は肘枕で彼の顔を眺めながら心の中で迷う。

 基本的に、明らかになっていない相手の個性を理由なく聞くのはマナー的に怪しい。小森のように性的な、あるいはヴィラン向きだったりすると妙なレッテルを貼られる場合があるからだ。

 それに本人があまり役に立たないと言っていたのだから、本当に無個性に近くてコンプレックスなのかもしれない。

 

「本気で絞めたから、しばらくはそうして呼吸を整えた方がいいよ」

「勝てると思ったんだけどな。『大拳』と寝技の相性があれほど強力だと思わなかった」

「そう言ってくれると研究した甲斐があったよ、ありがと。でも正直、格闘センスだとわたしより──」

 

 そんな会話シーンを、『ポルターガイスト』で浮かせた箒に乗って移動している柳が窓越しに見つけた。

 

 なんで寝室でピロートークしてんの。うらめしいから今は声かけるのやめとこ~、と華麗にスルーした。

 

 

 

 †††

 

 

 

「以上二十名が最終種目のトーナメントに進出! おめでとー!」

 

 ずらっとホログラムに名前が列挙される。さすがと言うべきか、1-Aは全員生き残っていた。

 

「それじゃあ最終種目の前に昼休憩とレクリエーションを挟むから、各自 自由に過ごしてね~」

 

 こういった行事ごとでは、ランチラッシュの自動デリバリーを利用して外で食べる生徒も少なくない。芦戸と取蔭、耳郎もその例にもれず、せっかくだから彼も誘ってみようとしたが、姿が見えない。

 

 さっきまであの辺にいたはずだが、と芦戸は近くにいた女子生徒に尋ねる。

 

「ねえ、ヒーロー科の男子生徒知らない?」

「ああ、なんか発目ちゃんが……わたしと同じサポート科の子なんだけど、バトルロイヤルのお礼がしたいとかなんとかで工房に連れてったよ」

「それは……二人でって事?」

 

 訝しむ口調に、女生徒はまさかといった感じで笑った。

 

「まあ変な事にはならないと思うよ、あの発目ちゃんだから。いい身体つきしてますねーとか言ってペタペタ触るくらいには仲良さそうだったし、ちょっと胸囲とか計らせてくださいよーみたいな冗談言ってたし」

 

 なんだそのスマホのエロバナー広告みたいな接し方は。

 というか、なぜか異性に対するガードの弱い彼からすれば、それは仲がいいから許しているボディタッチや冗談ではないだろう。

 

 くそっ、知らない人について行っちゃいけませんって釘を刺すべきだったかもしれない。

 どうにも嫌な予感のする三人は工房の場所を聞き、念のため探る事にした。

 

 足早にサポート科の棟を進み、発目のプレートが付いてる工房を見つけた。耳郎がみみたぶから伸びるプラグをドアに差す。もう片方を携帯スピーカーに差すと、部屋の会話が出力された。

 固唾を飲んで耳を澄ます。まず発目の感嘆の声が聞こえだした。

 

『おおー! 思ったより太くて硬いんですねえ!』

『いやそんな照れるな』

 

 三人は顔を見合わせた。男性は大きさや硬さを褒められると実は嬉しいらしいと、AVやエロマンガで見た事がある。

 耳郎が芦戸に焦った様子で言った。

 

「どうしよう、もう導入シーンなんじゃないのこれ?」

「え? てことはもう脱いでるの? ていうかむしろ警察案件なんじゃ」

 

『血管もなかなか凄いです、ほうほう。それにしても、最初は小さかったのに大きくなると三十センチ超えはさすがですね。長さ的にわたしの顔よりあるんじゃないですか?』

 

 芦戸が愕然とした調子で取蔭に投げかける。

「さ、さんじゅう? って、マジか。え、そうなの?」

「えっえっわかんない……十センチくらいじゃないの? 見た事ないからわかんないけど、えっなんもわかんない」

 

『しかしツルツルなんですね、意外というか、まあそれが普通ですか』

『あの発目さん、あんまりそこばっかり擦られても』

『ああ、すみません。ちゃーんと全身のコリをほぐしますから』

 

 あっ! これリンパもののAVで観た事あるやつだ! 

 ていうか、そうか、ツルツルなのか。

 

『わたしお手製の電動アイテムも使っていきますねー』

『え? いやそれは少し怖いというか』

『ちょっとずらしますねー。あ、わたしからは見えてないんでー』

 

「う、わーこんなの許されないだろ! もう聞いてられないって! ウチらでなんとかしなきゃ!」

 

「あんたら何やってんの?」

 小森が奮起する三人に半目をやって呆れ声で言う。工房の前で騒いで見るからに怪しい。

「すっごい探したんだから。もうランチラッシュのデリバリー届いてるけど?」

 

「いやそれどころじゃ……」

 芦戸がかくかくしかじかすると、小森の口元が温度を失くす。

 

「どいて」

 

 それだけ言うと、問答無用でキノコを爆発的に増殖させて工房の扉を押し破り、部屋に入る。唖然とした三人もすぐに我に返って後に続く。

 しかしてその光景は施術ベッドの上でうつぶせになって息を荒くする、オイルでテカテカの彼と、背を向けて満足そうにタブレットをスワスワしている発目だった。

 

幸か不幸か、彼の下腹部にはタオルが一枚掛けられているので見えてはいない。見えてはいないが見るからに事後だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おやあなたたちはヒーロー科の、どうしたんですか?」

 剣呑な雰囲気の闖入者に対して、発目は猫が迷い込んできた程度のリアクションだった。親指で背後の彼を指してぞんざいに言い放つ。

「みなさんもアレ、使ってみます? 気持ちいいですよ、スッキリしますし」

 

 つ、使うって……

 とんでもない鬼畜だった。いかに性的な欲求はあれどヒーロー科に身を置く者として、いやそれ以前に人道を歩む者として許してはおけない。

 凌辱ものの壺役チャラ女が言うようなセリフにふつふつとした怒りを滾らせる芦戸たちを置いて、小森が彼に歩み寄り自分の体操着を脱いで上半身に掛けてやった。

 

「……大丈夫?」

「え、あれ小森さんなんでいるの? ていうか芦戸さんたちまで」

 

 芦戸が軽く握りこぶしを作り、その内側に『酸』を溜め込む。相手はサポート科とはいえ最終種目に勝ち進んだ実力がある。

「発目とかいったな、おまえ、自分が何したかわかってるのか」

「何って、彼には身体測定に付き合ってもらってましたけど」

 

 ほら、と向けられたタブレットを三人は顔を突き合わせて改める。三十センチ以上、三十センチ以上……と探していると、平常時(小さい時)パンプアップ時(大きい時)の比較データのようで、どうやら太くて硬くて顔より長くてツルツルなのは腕周りの事らしかった。

 

「男性向けのコスチュームやアイテムを造ろうにも、同級生はなかなか測定させてくれなくて困ってたんですよねー。ほら、女性とは骨格の作りがまるで違うのにデータが無くて」

 

 取蔭がホッと胸を撫でおろす。

「よかったー、あそこが三十もあったらどうしようかと思ったよ」

「どこの事なんですか?」

「いやそれはこっちの話」

 

「でもお手製の電動アイテムってのは」

 辺りを見回すが、健全に使われているところを見た事が無いハンディマッサージャーのようなものは無い。

 

「あー? ですからアレの事ですよ」

 タブレットがタップされると、施術ベッドの上から多数のマジックハンドが伸びてきた。

「測定のお礼にオイルマッサージをする約束だったので。一流のトレーナーがやるレベルなんで効果は確かですし気持ちいいですよ。使います? アレ」

 

「じゃあ別に無理やりエッチな事してたわけじゃ……」

「失礼ですね。わたしは指一本たりとも彼に触れてませんし、見てませんよ。ガン見のあなた方と違って」

 

 よかった。雄英で秘密裏に行われていた悪事は存在しなかったのだ。やはりリンパのヤツで都合よく至れるのはAVの話。いまはただ、その事を喜ぼう。それでいいじゃないか。三人はその思いとツルテカでほぼ全裸の彼の姿を胸に、発目へ謝罪の言葉を口にしてその場を後にした。

 

「おい待て、話と違う」

 

 後にしようとしたところで小森の凍てついた言葉が彼女らを引き留めた。

 

「え、話って?」

 

 しかし事態を飲み込めていない彼の前ですべてを説明するわけにもいかないので、小森は怒りをぐっと堪えて、乳首が見えそうな身体から目を背ける。

 

「まあいいから、服着たら」

「え、あーそういえばそうだった、ごめんごめん。発目さん、このオイルって洗い流していいんだよね」

「いいですよ、奥に流しがあるんでそこでどーぞ」

「流しではちょっと」

「狭いけどお湯も出ますよ? わたしは汚れたり汗かいたらいつもそこで洗ってますけど」

「あー、わかった、そうする」

 

 発目を除く四人はその間の時間を廊下で潰した。

 蛇口から流れる水と、ぱちゃぱちゃと彼が身体を洗っている音が聞こえる。

 

 イメージしかないけど、ラブホで相手のシャワーを待ってる時間みたいだよね。とは口にすると野暮なので、そのままに風情を味わった。

 

 

 

 †††

 

 

 

「んー、なんか身体が柔らかくなった気がするなー」

 と小森に話しながら先を行く二人の背を、芦戸たちはついていく。その道すがら八百万の事について話し合った。

 

「まあ、わたしが実力あればそのうち彼氏できるって言っちゃったのが悪いんだけどさあ」

 

 芦戸の後悔に、ふむ、と取蔭が顎に手をやる。

 

「思うに芦戸が危惧する理屈だと、わたしや耳郎、拳藤とかが告っても付き合えるってことにならないか? まあ八百万に比べてお金持ちじゃないけど。そのシーンが想像できる?」

「え、いやどうだろ。あらためて言われるとさすがに急すぎて無理な気が……」

「だろ? いくらガードが甘そうって言っても、出会って三ヶ月も経ってないのに付き合う男性がいるか?」

「じゃあ……じゃあ八百万は確実にフラれるって事? え、それはそれでヤダ。見たくない」

 

 ある意味で誰よりも無垢な心の持ち主が傷つくところを想像して、三人は胸が切なくなった。初めて意識した異性に拒絶されたまま、彼女に三年間を過ごさせたくはない。

 八百万は間違いなくいいヤツだ。ただ時間が足りなくて、衝動のまま動いた結果の不幸を回避できるならさせてやりたい。それに何かいろいろと拗らせそうな気もする。

 

「でも八百万に好きだとかそういう事を教える時間なんて、ウチらにあるのかな」

 

 そんな必要は無い、と取蔭は両断する。

 

「というか、わたしらがやる事は何も変わってない、八百万が告ると宣言する前も後も。でしょ?」

 

 逡巡して合点をいかせた芦戸が不敵に笑う。

 

「……確かに変わってない。体育祭だもんね、プロヒーローのスカウトの目がある」

「なるほど。八百万がどうあろうが、ウチらはただ一位を目指せばいいだけの話か。依然変わりなく」

「そ。わたしらが負ける前提であれこれ考えるのは間違ってるって事よ」

「はあー安心したら急にお腹空いたー。デリバリー何頼んだ?」

 

 芦戸の腹の虫が鳴り、三人は他愛も無く笑いあうのだった。

 

 

 

「にしても1-Aがみんな最終種目に残れて、なんか嬉しいよね」

 彼がなんとなしに小森に話を振る。少し情けなさそうに呟いた。

「まあ、おれはちょっと八百万さんに勝てるイメージないけど」

 

「わたしは一位になるから」

 小森は彼に視線をやらず、歩きながら前だけを見て言った。

「八百万にも勝つから」

 

 それを聞いて、彼は自分の志の低さに気付く。戦う前から何を言っているのだと恥ずかしくなる。なんとしてでも体育祭で活躍してスカウトの目に留まるという、小森のハングリー精神に胸を打たれる。

 

「そっか、そうだよね。やっぱさっきのは聞かなかった事にしてほしい。おれも、負けないから」

 

 彼の宣戦布告に、ふーん、と小森は素っ気なく返すだけだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。