【完結】男女比率がおかしい貞操観念逆転アカデミアだけど強く生きよう   作:hige2902

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フィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
消えちゃった感想でセンシティブな内容云々ってあったけど、中の人もちょうど同じ事を思ってるので、蔑むような事にはならないよう気を付けました。
けどヤバそうだなと思ったらメッセージか感想で一報してもらえると助かります。

追記、主にフェミニやマスキュリ関連の事です。


 職場体験
第八話 ルテンベルキリス 前編


 ツイッターでバズったのが切っ掛けだった。

 

 一人の男がいた。どこにでもいるような大学生の中から無作為に選んだような。

 ある日、内容は正確には覚えていないが、夢精パッドのCMで青い液体が使われている事についてのツイートしたところ通知が止まらなくなった。

 

『男性がいるのに飲み会で白子料理を注文された』というツイートには、初めての万越えのイイネ数が付き動悸が速まった。

 

 白子を普通に食べるだけならいい。だがそれに絡めた下ネタを振られたときは本当にイヤな気持ちになった。そう感じるのはじぶんだけだと思っていたが、違った。

 

 リプ欄には多くの賛同の声がぶら下がっていた。共に男性蔑視と戦おうだとか、性的搾取がどうとか、勇気をもらいましただとか、とにかく男を褒めており一定の尊敬を持っているように見える。

 

 そうか、ぼくは良い事をしたのか。と、男は思った。

 

 それからだ、男がツイッター上でマスキュリストとして活動する、俗に言うツイマスとなったのは。

 フォロワー数は瞬く間に増え、今では死ぬほどどうでもいいツイートにもイイネが付くし、街の広告やマンガ、動画を見て意見すればプチバズだ。

 投稿するだけで、世の中が少しずつ良くなっているような気がする。

 

 やがてツイマスのオフ会にも参加した。

 ネット上で知り合った人と出会うのに抵抗感はあったが、ツイッター上で仲の良い()()()という人物に強く誘われたので断り切れなかったのだ。DMならともかく、リプでのやり取りだったので、マスキュリストの活動に消極的だとフォロワーに思われたくなかったのもある。

 

 花火田はツイマス界のアルファツイッタラーで、過激な発言でたびたび炎上していたが実際に会ってみると感じの良い中年男性だった。

 身なりも綺麗で、話し方も上品というか、力強く魅力に溢れていた。その声を聴いていると、不思議な高揚感と結束力が心から湧き上がるようだ。

 

 そんな花火田にオフ会で一目置かれるような扱いをされると、男が舞い上がるのも当然だ。

 それから関係は深まり、先日は仲間たちと雄英の校門前で体育祭中止のゲリラデモを行いもした。結果は想いを踏みにじられるものだった。

 

 ああ、われわれはかくも無力なのか。わが国で屈指のヒーロー養成機関があの体たらくでは外国に笑われるだけだ。

 男は雄英体育祭の中継を思い返し、ヒーロー科唯一の男子生徒に対する憐れみと同情を強く胸に抱いた。

 そうして決起の断行を誓う。

 

 後日、かねてよりの計画が実行されようとしていた。

 高層マンションの一角にある花火田宅に集められたメンバーはみな緊張している。

 本当に出来るのかという不安もあるが、なにより渡されたアイテムが違法性を否が応にも強調する。本来であればヒーローや一部の公務に携わる者しか手にできないはずだ。ライセンスの刻印も無い。

 このキナ臭いアイテムの出所、それを用意した花火田の背後関係に気が引けないと言えば嘘だ。

 

 ふと、男は昔が恋しくなった。自宅のソファで寝転がり、スマホ片手にツイートしていた頃を。

 なにもここまでする必要はあるのか? ツイッターデモで十分ではないか。いくらなんでも行き過ぎた犯罪行為に手を染めるなんてどうかしてる。

 

 だがそんな猜疑やぐらついていた覚悟も、ひとたび花火田が短い演説をぶてば改まった。胸の中に熱い高揚が満ちる。そうだ、たとえヴィランの汚名を被ったとしても、誰かが立ち上がらなければならない。

 各々はアイテムのマニュアルを読み、セーフティを掛けて軽く使用感を試した。そんな中、男が声を潜めて花火田に尋ねる。

 

「ところで、あの後ろにいる人はいったい……今までのオフ会では見ない顔ですが」

 

 ちらと目をやった先の人物は、一人離れた場所でつまらなそうに壁に寄りかかっている。黒いジャージ姿だが、その上からでも筋肉質で大柄な体躯が目立つ。なにより顔の左側を縦に走る大きな傷と悪趣味な義眼が、凶漢さを誇示するようだった。

 スーパーの片隅に貼ってあった、重要指名手配書の人相に似ている気もする。

 

「ああ、用心棒のようなものだよ。われわれのような崇高な志を持ってはいないが、念のために雇ったんだ。念のためにね。きみたちにアイテムを渡しはしたが、戦わせたくはないから。アイテムはあくまで脅し道具として使ってほしい」

「そう、ですか」

 

 花火田にそう言われると、不思議とどうでもよくなった。これから行う使命の方が重大だからかもしれない。

 やがて暗くなってきたので、その日は解散した。仲間たちと、いや戦士たちと別れて男は帰路につく。バスに乗り、ぼんやりと流れる景色を眺める。

 自動車学校の送迎バスが目についた。

 

 そういえば最近通っていない。というか、マスキュリストの活動が忙しくてここのところ大学にも顔を出してない。

 不意に、男の心のモヤが薄れる。

 せっかく受験を頑張って入った大学なのに、なにしてんだ、ぼく。というか留年したら面倒だし、免許の受講料ももったいない。

 

 が、花火田の言葉がどうにも頭から離れない。

 これから行う社会への救済に比べれば些細な事だ。そんな気がする。

 

 そんな気がした。

 免許や単位よりも、花火田さんや戦士たちの期待に応える事の方が何故だか大切に思えてしょうがなかった。

 体育祭で見た彼の姿を脳裏に描き、ぶつぶつと口を開く。

 

「たぶん彼は知らないんだ、あいつらは性的加害者なんだって。そんなやつらがヒーローなんて許されるわけがない……」

 

 

 

 †††

 

 

 

「やっぱ先輩強いですね」

 

 すっかり恒例になった週一での昼食時に、スマホで再生される動画を波動と見ながら彼が言った。

 掌のスクリーンには体育祭第三学年の部の最終種目の決勝が行われている。

 

 一対一なのは第一学年と同じだが、ステージは巨大な廃工業地帯に設定されていた。卒業も近いという事もあり、より実戦的な遭遇戦を想定しているようだ。

 空撮している何機ものドローンが、観客のいるスタジアムに中継している。

 映し出された波動の戦い方は悪く言えば大雑把で、良く言えば合目的だった。

 彼女の個性『波動』によって放たれた衝撃波が、辺りの工場施設を軒並み倒壊させる。大体の対戦相手はこれで降参した。

 

「こういう大きい技を使っていい場所は楽なんだけどねー。狙いを付ける必要も無いし。でも一位になれなかったのは、ちょっと残念だったかな」

 波動は鮮やかな色合いの生春巻きをたいらげ、興味で目を輝かせて話を変えた。

「ねえねえ、そういえば職場体験先ってもう決まった?」

 

 体育祭が終わればお決まりの話題である。

 ヒーローの卵が実戦へと踏み出す第一歩であり、コスチュームを着て学校外で活動するという事は、本格的に市民から認知されるという一大イベントなのだ。

 毎年この時期になるとヒーローフリークたちが新人のコスチュームをチェックする為、カメラ片手に街を散策している。

 

「ありがたい事にオファーは結構貰ったんですけど、逆にどの事務所がいいのかわからなくて。ていうか、ホントにいいのかなーって感じです。おれの個性、地味だし」

「なるほどねー。でも知ってる? 個性は派手で強ければいいって訳じゃないんだよ。例えば隠密性が求められる状況や、人混みの中でヴィランと対峙する場合もあるから」

 

 波動の言った事は単なる慰めではない。

 派手で強力な個性だと確かに人気は出るが周囲に損害が出やすく、それが重大かつ明白な瑕疵があると認められれば自費負担だし、個性損害保険料も高額に設定される。

 また、小森の『キノコ』のように一定時間で自然消滅する物質を生み出すのなら問題ないが、その場に残るタイプだと専門の清掃会社を呼ぶか自分で後始末をしなければならない。

 強個性だからと免許取得後に即個人事務所を立ち上げるも、上記の理由で経営難に陥るヒーローは意外と多い。

 

 凶悪なヴィランと戦うならば強力な個性も必要だが、何事もケースバイケースという事だ。

 

「そう、なんですか。言われてみればそんな気も……じゃあ割と地味な感じの事務所の方が合ってるのかな」

「んー。それも一つの選択肢だけど、やっぱり所属するヒーローも似た感じの個性が多いから、可能性を広げる意味では大手で新しい事を学ぶといいんじゃないかな?」

 

 言われて彼は腕を組んで難しい顔をする。とてもではないが、エンデヴァーのような派手な個性の事務所で働くイメージは湧かない。

 そんな姿をそわそわしながら見ていた波動が口を開く。

 

「……見てあげよっか?」

「えっ! いいんですか」

 彼はスマホを取り出してオファー一覧のPDFを表示させ、波動に手渡す。相手はBIG3と呼ばれる一人だ。とうぜん職場体験や実際のヒーロー活動にも精通しているのだから、学生の目線でアドバイスを求める相手としてこれ以上はないだろう。

 

 波動は緊張を隠して画面をスクロールする。

 彼を指名した大手事務所は意外と多かった。

 個性こそ目立った所は無かったものの、体育祭でベスト4に残った実力と確かな格闘センスが静かな注目を集めていたからだ。

 もちろんそれだけで青田買いの本命にはなりえないし、ましてや一線級の活躍を期待されるほどプロの世界は甘くない。省エネで堅実なサイドキックとして、彼は有望株だったのだ。

 

 やっぱりその辺の事わかってる事務所は多いなー、と思いながら ら行を確認する。あった。

 

「こことここと、あとねえ、県外だけどこの辺と……海の近い都市部のここもオススメかも。大手は従業員数が多いから腕利きを教育係つけてくれる余裕があるし、いろんな人から体験談を聞けるからオススメなんだよ~」

 

 ピックアップされた事務所はどこも聞いた事があるような所だった。

 学生の個性は、個人情報の観点から受け入れ事務所側が内定する事ではじめて開示される。個性を知らずにオファーするのは双方にリスキーかもしれないが、プロなら体育祭の活躍でだいたい把握するので問題ない。

 問題ないが、自分の個性があまり役に立たないと理解している彼からすれば、どうしても気後れしてしまう。

 

「大丈夫ですかね? ちょっとおれには場違いな感じがするというか」

「全然気にする事ないよ、向こうからオファーしてるんだから。わたしも最初の職場体験は大手だったけど、すっごい良いところで、そこで学んだから今のわたしがあるってくらいかな~」

 

 BIG3がそこまで露骨に褒めるとなると、彼は当然気になる。

「へえ、ちなみにどこだったんですか?」

「ん? ここだよ」

 

 と言ってスマホを指す。ら行の中にリューキュウ事務所とあった。ビルボード上位に位置する、文句なしの一線級ヒーロー事務所だ。

 長を務めるリューキュウの個性『ドラゴン』は文字通りドラゴンへと体躯を変える変形型だ。高校生あたりの支持はやや低いが、高速のサービスエリアに売っているような、竜の絡みついた剣のキーホルダーが好きそうなチビッ子層からの人気が特に高い。

 グッズの売り上げも好調で、経営的にも成功している。

 

「リューキュウはねぇ、見た目はちょっと冷たい感じだけどホントは凄ーく優しくって頼りになるから、そこにしたらいいと思うな」

 

 尊敬する波動ねじれがそこまで言うのだから、初めての職場体験先として間違いないだろう。

 唯一の心配事と言えばきわど過ぎるコスチュームに関してだが、職場体験の日までにはヒーロー倫理に触れないリテイク品が届くはずなので大丈夫なはずだ。

 

 こうして彼は職場体験先を決めた。

 その夜、不安と期待が入り混じった思いを胸にベッドに潜り込む。果たしてどんな人が教育係に付いてくれるのだろうか。紛らわせるようにほんの少しだけスマホをスワスワしてツイッターを眺めていると、ある動画を目にした。

 いわゆる謝罪会見で、スーツを着た大人が揃って頭を下げている。どうやらヒーローコスチュームの製作会社らしく、ヒーロー倫理に触れるようなものをプロに納品した事が問題となっていたようだ。

 

 アイテム業界もいろいろ大変なんだな、と彼は他人事のように流して目を閉じた。

 夜の無音に耳を傾けていると、ふと胸中が小さくざわめく。

 あれ? でもさっきの会社、おれがコスチュームのリテイク出してたとこだったような……

 

 翌日、その嫌な予感が的中した事をミッドナイトから聞かされることとなる。

 

「嘘でしょ先生!?」

「んー、なんか会社の製造ライセンスが一時停止措置受けたみたいでさあ。まあ、その間はアイテムに関するやり取りが出来ないみたい。悪いけどまた八百万に服を創ってもらって。ミルコにも監修させるから、ね?」

 

 どうやら彼のコスチュームは炎上のゴタゴタで納品が間に合わないらしい。

 同情の視線を向けるミッドナイトと共に、破廉恥なバックコスチュームを隠す為に八百万の世話になった。

 

「あ、それとミルコから伝言」

「なんですか?」

「きみ、格闘訓練は赤点だって。補習あるから」

「赤点って、え? 試験とか特になかったですけど」

 

「いやーなんか単に弱すぎるって理由」

 

 身もふたもない理由に愕然とするが、否定できないので甘受するしかない。

 こうして彼は一人居残り補習を受けるのであった。

 

 

 

 †††

 

 

 

 やっぱり場違い感あるよなあ、と彼は青空を反射する高層ビルを見上げ、さりとていつまでも臆してはいられないので意を決して自動ドアをくぐる。広く清潔感のあるエントランスホールに足を踏み入れた。

 

 一階のカフェで待ち合わせていた男性事務員と合流し、エレベーターで最上階を目指す。

 

 なぜそんな高い場所に事務所を構えたのかというと、『ドラゴン』の個性の関係上、周囲に何もない場所で起動して即現場へ駆け付ける事が望ましい。だから屋上へのアクセスが容易な階を選んだのだそうだ。

 到着を待つ短い時間に事務員が気さくな感じで説明するが、彼は緊張と不安でそれどころではなかった。

 

 ちゃんとやれるだろうか。という幾度目かの自問に同じ答えで勇気づける。

 自然とコスチュームの入ったアタッシュケースを握る力が強くなる。少なくとも、体育祭の時よりは強くなっているはずだ。

 問題は教育係と上手くやれるかどうか。いったいどんな人なのだろう。一週間付きっきりで顔を合わせる事になるので、気が気でない。

 

 こぎれいなエレベーターホールを抜け応接室に通されると、黒いソファに二人の女性がくつろいでいた。

 一人は気品のある黄金色の短髪をしており、サイドスリットの入ったヒーローコスチュームを身に纏っている。艶やかな太ももが眩しかった。切れ長の目が彼を捉える。小さく微笑み、涼し気な声で歓迎した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「はじめまして、リューキュウです。ま、堅苦しい挨拶は抜きにして、よくきてくれたね。迷わなかった? 学生だとあんまりこの辺は来ないでしょ?」

「あっはい、なんとか」

「まあ座って座って。飲み物、紅茶でいい? コーヒー?」

 

 凄い、本物のヒーローだ。彼はそのオーラに圧倒された。普段は動画越しか遠巻きにしか見た事ないプロと話しちゃってるよと感激する。

 外部講師のミルコも現役なのだが、学校という環境は学生のホームだし、ラフな性格も相まってプロ感のようなものは薄れていた。教師として親しまれているとも言える。

 しかしそんな胸に迫る感動とは別に、リューキュウの対面に座ってぼりぼりとお茶菓子のクッキーを食べているもう一人に目がいく。

 

「あのー、なんで波動先輩がいるんですか?」

「んー、わたしもリューキュウの事務所を選んだからだよ~?」

 

 とぼけた顔でそう答えた。

 考えてみればどの学年にも職場体験はあって当然だ。三年生でようやくモノにした遅咲きの個性であったり、他科からの編入してくるケースが無いわけではない。そういった生徒の為の配慮と、少しでも多くの現場を体験させることは有益だ。

 

「あら、二人とも知り合いなの?」

「言ってなかったっけ? 仲いいんだよ。一緒にお昼ご飯食べたりしてるよね?」

「そうですね。波動先輩にはいろいろよくしてもらってます。対個性戦のアドバイスとか、他にもいろいろ」

 

 ふーん、とリューキュウは紅茶を一口やって、一考の後に切り出す。

 

「じゃあ尚更ちょうどいいか。ねじれ、職場体験中は彼の面倒見てあげてね」

「いいよー」

「えっ!? プロの人が教育係に付いてくれるんじゃないんですか? いや、波動先輩が頼りになるのは知ってますけど」

 

 ちょっとしたおつかいを頼まれたかのように了承する波動に、彼はうろたえる。リューキュウの言う面倒を見るとは事務所の案内とかではなく、教育係としての意味を含む事は明白だ。それを学生に任せて大丈夫なのだろうか。

 

「ねじれは現場に出ても問題ないレベルだし、もともと今回の職場体験では後進の育成を学ぶ予定だったから」

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、リューキュウもこう言ってるし」

 

 彼は一瞬 作為に満ちた人工的な運命を感じたが、あまり強く拒否しても波動を傷つけるだろうし、見知った人に教えてもらうのは気が楽だったので考えない事にした。

 その後しばらく歓談したのち、波動は彼を連れて事務所を案内し更衣室で別れた。コスチュームに着替える間、先日 有弓に言われたことが頭の中でもやもやと漂う。

 

 

 

『マジで!? 一緒の事務所! 運命じゃん!』

 下校時の下駄箱で勢いよく波動の肩を掴み、有弓は興奮気味に口走る。

『チャンスだって、あーいう感じの子は押しに弱いタイプだからイケるって!』

 

 波動はその勢いに苦笑する。

『運命って大袈裟だなー』

 

 二人が同じ事務所なのはもちろん、一切の計らいなくたまたま偶然の巡り合わせが偶発的に期せずして無作為に交差した結果である事は説明する必要も無い事実だ。

 なので有弓が運命と評すのも無理からぬ話。

 

『そういうロマンチックなのに弱いんだって、男は。ネットにそう書いてあったし』

 

 有弓がなおも食い下がって応援するのには訳がある。

 ヒーロー科の職場体験先は各地に散らばるので、ビジネスホテル等の宿泊費用は雄英が持つ。つまり男女二人が大手を振って一週間も外泊するのだ。もちろん部屋は別とはいえ、もしも関係が進展すれば一週間。一週間の夜である。

 多感な女子高生にとってこれがどれほどの価値を持ち、期待と妄想を膨らませるか計り知れない。

 羨ましいことこの上ない。嫉妬心を覚えないでもないが、後押しは親友の役目だ。もちろん必要なマナーと言うか、夢が膨らむ薄いエチケットがたくさん入った箱は持たせた。

 

 だが、と有弓は鼓舞しておきながら一抹の不安を覚えもする。

 泊まりに行った時に見たねじれのオカズのジャンルが結構スゴイやつだったけど……まあ大丈夫か。AVはAVだ、その辺の区別がついていないはずがない。へーきへーき。

 

 

 

 もんもんと募らせた妄想に浸った波動の意識は、背から投げかけられた彼の声で引き戻された。

 

「すみません待ちました?」

 

 待機室で外を見ながら待っていた波動は固唾を飲んで振り返り、彼のヒーローコスチュームを目にする。一瞬の空白の後、いつもの調子で言った。

 

「戦闘訓練の時とは変わったんだね」

「あれで街に出るのはちょっと……」

 

 乾いた笑いで言った彼のいでたちは、サイドベンツの入っているゆったりしたAラインのトレーナーとハーフパンツだ。色はシラットの道着を意識しているのか、黒で統一されたそれはどこにでもあるようなスポーツウェアにも見える。

 

「ふーん、でもこれちゃんとしたアイテム? なんか違わない? 大丈夫?」

 

 一目で見抜いた慧眼に驚きつつも、事情を説明する。

 

「そんなわけで、クラスメートに創ってもらった服で隠してますけど、下はまだ戦闘訓練の時と同じなんです」

「へえ、それは災難だったねー」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 心なしかがっかりしている波動に付いてパトロールに向かう。

 都心部という事もあって通行人は多く、「あ、体育祭で見た子だ」と時々スマホを向けられもした。

 

 彼はその道中で、なんだかデートみたいだな、もし先輩と付き合えたならなあ、とぼんやりした妄想をしてみる。

 こんなに良くしてくれるのなら、ワンチャンあるんじゃないかと期待を抱かないでもない。

 先輩は優しくて、頼りになって、強くて、尊敬できる素敵な人だ。

 だから。だったらいいな、とは思うけれども。

 

 仮に波動が好意を寄せてくれていたとしても、どうせすぐにダメになると彼は理解していた。

 ぴったりとしたコスチュームに包まれた肉置き豊かな肉体を盗み見る。歩くたびに揺れる豊満な乳房、抱きついて顔を押し付けたくなるような尻と太もも。下衆だとわかっていても視線が向かってしまう。あらためてボリュームがスゴイのだ。

 

 おれはおかしい。世間一般の感覚とズレていて、エッチな事がしたい。とてもしたい。しかもそれだけでなく、可能ならばいろんな女の子とエッチな事がしたいと思ってしまうほど性に貪欲だ。

 もし付き合ったとしても、そんな自分の内を知られてしまったら。

 

 きっと引かれてしまうだろう。

 

 幻滅されるよなあ、と叶わぬ恋に落ち込んでいると、波動が思い出したように振り返る。

 

「そうそう、コーハイくんのこと何て呼べばいい? コードネームって決まった?」

「それがその~。おれ、特徴が無くってなかなかピンとくるのが思いつかなかったんですよ。まあ、卒業までに決まればいいらしいんで。ちなみに先輩のコードネームって何ですか?」

「ネジレチャン」

「え?」

「ネジレチャン」

「あのそれ、え? マジですか?」

 

「基本的に活動中はコードネームで呼ぶことになってるから、それでよろしくね~」

「わかり、ました。ネジ……ネジレちゃ」

「ん~?」

 

 にこやかに顔をのぞき込んでくる波動に、彼は顔を赤くして視線を逸らした。

 年上の女性を名前呼びするだけでもハードルが高いのに、加えてちゃん付けするとなると相当親しい間柄ではないか。まるで付き合っているかのような。

 

「あの、やっぱ先輩って呼んじゃダメですかね。ちょっと照れるっていうか」

「いいよ~」

 

 ちょっと残念だけどな、と波動は歩みを進める。

 

 その後のパトロールは順調なもので、強いて言えば街路樹を見上げる学校帰りの少女たちを見かけたくらいだ。そのわけを聞くまでも無く、同じように見上げてみれば猫が枝にしがみ付いている。三メートルほどの高さで、前足であれこれと探っているがもどかしそうだ。

 

「降りられなくなっちゃったみたいだねー」

 波動が個性を起動する。彼女の体内に蓄えられたエネルギーがゆったりと螺旋を描きながら両足から放出され、その体躯を僅かに浮遊させた。長い髪がふわりとたゆたう。

 

「じゃあ、おれが登って助けてきますよ」

 

 言うが早いか、彼はするすると樹木を登る。体捌きはさすがのもので、あっという間に猫の首筋を掴んで降りてきた。

 

「この猫、きみたちの?」

 彼がしゃがみこんで少女たちに目線を合わせて尋ねる。が、当の少女たちはもじもじと目を泳がせる。緊張しているのか歯切れ悪く「知らない」とだけ答えた。

 

 それも仕方のない事だ。ぱっと見、彼のコスチュームは普通だ。しかし下から見上げるとトレーナーの下のヒーロー倫理に喧嘩を売る背中が丸見えだったので、真面目で無害そうな見た目の下にあんなスケベな格好をしているヒーローがいるなんて……と、その場にいた少女たちに凄まじいギャップの衝撃を与えていた。それがいわゆる清楚系バックと呼ばれるジャンルだと知るのはまだ後の事である。

 

「首輪がついてるんで、逃げ出しちゃったんですかね。こういう場合って警察になるんですか?」

「まずは動物病院だね、マイクロチップがついてるだろうから」

 波動は視線を少女たちに向け、続けて言った。

「じゃあこの猫ちゃんはわたしたちが保護するから、心配しないでね」

 

「あ、はい」

 少女たちは心ここにあらずといった感じで、抱きかかえた猫にちょっかい出して遊んでいる彼をぼーっと眺めている。

 

 まあ、気持ちはわからないでもない。と、波動はまだ青い性に小さく苦笑した。同時に実戦的な思考を働かせる。

 しかしなるほど、腰裏の()()を隠す為にAラインのトレーナーか。サイドベンツが入っている仕様も頷ける。思い返すに、たしか彼の体術にはシラットが入っていた。付け焼き刃というわけではなさそうだ。

 確実に体育祭の時より強くなっている。

 

「どうかしました?」

 波動の視線に気づいた彼が尋ねるが、なんでもないよーとはぐらかされる。

 

 こうして、まだ年端も行かない少女たちの性癖を歪めた事など露ほども思わない彼は、職場体験の順調な滑り出しを感じていた。

 腕の中の猫がにゃんと鳴いた。心地よい風が吹く。

 

 ヒーローの社会的尊厳に亀裂を走らせるほどの凶行に直面する兆しなど、まるで感じさせない昼下がりであった。




次回 明日
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