──比企谷八幡は、総武高校二年B組の生徒である。
友達はおらず、基本授業時間はサボりか眠り、休み時間にはウォークマンに繋いだイヤフォンを両耳にさし、机に突っ伏すという何とも華のない寂しい生活を送っている。
これは、そんな彼の身に起きた、些細で大きな放課後の一幕である。
“青春とは嘘であり悪である。”
これは、八幡が高校二年生時に提出した作文の仮題である。本人曰く、ノーベル文学賞並の名著となりえるものであったらしいが、受け取った担任は読み始めてから数秒で顔色の雲行きが怪しくなり、読み終わる頃には眉間に数多の皺が寄り、見る人を怯えさせる
当然のごとく本文の抜本的な改変を迫られたため、“青春とは真であり正である。”と改題したことで、呆れられながらも受理された。
「あの、一名様ですか」
「はい、一名でお願いします」
「ではあちらのせ─」
だが、当然八幡の中の真理は依然として『青春とは嘘であり悪である』のだ。
「すいません、やっぱり二人でお願いします!」
──だが、近頃八幡はその真理を根底から覆すような危険性のある人物と関わるようになっていた。
「奇遇だな、比企谷」
その少女こそ、今、突如割り込んできた少女──目鼻立ちがはっきりした端正な顔立ち、胸元までかかる濡れ羽色の長髪はより麗しさを際立てている。一○○人すれ違えば一○○人振り向く様な美貌を持つ──二年B組で同じクラスの平塚静だ。
「あと店員さん、禁煙席でお願いします!」
平塚はしたり顔で言うが、禁煙席なのは高校生だからよほどなことがない限り当たり前で、こんな平日の昼下がりの混んでいない時間帯ならば尚更だ。
「……あぁ、えぇ、承知致しました。お客様」
店員も当たり前の注文に少し戸惑う様子を見せながらも、八幡と平塚を四人がけのソファーの席へと案内した。平日の夕方ということもあり、混んではおらず、疎らに人がいる感じだ。
「……で、なんでここにいるんだよ」
「いいじゃないかぁ。たまたまだ、たまたま」
平塚は八幡を軽くいなすと、ソファーに腰を下ろし、バッグを空いているソファーの上に置く。
八幡は反対側のソファーに腰を下ろした。
彼らが今いるこの場所は、高校生のお供、良心的な価格でチェーン展開に成功した千葉県発のファミリーレストランである。
この店は八幡にとって数少ないお気に入りの場所であり、恐らくこの店舗屈指のヘビーユーザーなのだ。もちろんおひとり様でだ。
「──それとも何だ、私といるのがそんなに嫌か?」
平塚はこちらの瞳をじぃっと見つめ、八幡の瞳を捉えてくる。八幡はその瞳を見つめ返すことはできず目線を反射的に反らしてしまう。
一言二言軽口を叩いてやりたいものであるのだが、そうされると弱いのは男の性だ。
「いや、別に嫌じゃねぇけど……」
「なら良かった!」
平塚は嬉しそうにはにかむと、早速メニューを広げ、ご機嫌に八幡が聞いたことの無い鼻歌を歌いながら、食い入るようにそれを見ていた。
──可愛い。その笑顔を向けられた時にすぐ思い浮かんだ言葉だ。八幡の心には小さなさざ波が立っていた。
だが、すぐに冷静な自分が、これは自分だけに向けられているものではないと諭す。──営業スマイルだ、と。この時だけではない、平塚といる時、八幡は必ずこのように自分を諭す。
平塚は間違いなく高嶺の花、それもエベレストの頂上レベルの高嶺のだ。
才色兼備容姿端麗文武両道、おまけに高校生離れしたグラマー。何から何まで完璧をそのまま具現化したような人なのである。
男子はその姿を見ればひとたび欲望を煽られ、女子は身近な憧れとして羨望する。
人望も厚く、誰からも好かれ、学年問わず学内に知らない人はいない。そんなフィクションの中にいるような人物だ。
──だから、八幡は平塚静を忌み嫌う“青春”の象徴たる人物として、勝手に敵意を向けていた。
高校に入学して平塚の存在を知った時から、八幡はスーパースター気取りの取り繕いの仮面に取り憑かれた女だと決めつけ、その他大勢の男子のように遠巻きにその姿を見ることもなく、無関心を決め込んで高校生活を過ごしていた。
のだが、事態が大きく変わったのは二年生に進級してからのことだ。
クラス替えの時、最初の五○音順の席でちょうど前後になり、後ろの平塚から話しかけられた事で、会話をするような仲になった。
どうやら平塚にとっては中々他人と共有できなかったアニメの趣味があったりと、何かと都合のいい人間にあったようで、ちょくちょく話し相手として呼ばれ、休み時間を屋上などの人気のない場所で二人で過ごすことも多くなり、携帯のメールアドレスを交換するまでに至った。
だが八幡はそれで勘違いをすることは無い。それはもちろん都合のいい人間に過ぎないと気付いてるからだ。
平塚が自分以外の男子と仲良さげに喋っているところは、教室にいる中でもいくらでも見てきていた。
その上、メールアドレスだって、あのタイプの人間はクラス全員のアドレスを掌握していることを八幡は重々知っている。
しかもメールも、どこか他人行儀の堅苦しい文章だ。八幡は、メアドを交換した同級生の女子からフレンドリーなメールを寄越されて、女の子が自分に気があると勘違いした挙句、こっぴどく振られた過去があるのだから、この文章で気があるなど、毛頭思うはずもない。
それに、平塚が男女構わずボディータッチだって平気にしているのだって見てきた。
平塚にとって、男は百貨店の品物のように、選り取りみどりきみどりあおみどりで、自分の好きな物を選べるのだと、八幡は邪推している。いや、百貨店なんて大層なものではない、百円ショップのように安くだ。
そんな平塚からしたら、自分はきっと異性でもなく、話を返してくれるロボットに過ぎないものだと八幡は考えていた。
だが、
それに話を共有できる相手と話すことは正直楽しいのは認めざるを得なかった。だから、平塚を拒絶することは無かった。
ただ一つ、
「あ、これにしよう! それと、サラダと──」
先程から平塚はまるで初めてファミレスに来た幼子のようにメニューに食い入っている。
──ところでだが、こうして学外で、二人きりで会うというのは初めての事だった。
くどいかもしれないが、だからといって何か期待をしている訳では無い。ただ、話が合うから、それだけの関係だと八幡は重々に痛いほど理解している。
「それと、バニラジェラートも頼んで。よし決めた!」
「よし、じゃあ決まりだな」
「比企谷は見なくていいのか?」
「毎度おなじの頼むからな」
「結構通ってるって言ってたな、そういえば」
「まぁな。って、あれそんな話したっけ……?」
平塚の発言に首を傾げるが、まもなく店員が来て、八幡はお馴染みのドリアとコーンスープとドリンクバーを注文した。
「えぇ、とじゃあ私は──」
カルボナーラとサラダとジェラートを順に注文すると、最後に、
「あ、あとそれと、生ビールで!」
瞬間、店員と八幡の「え?」という声が重なり、場は凍りついた。八幡も粗雑なフォローを思いついたが、墓穴を掘る気がしてならず、口には出せなかった。
「あれ?」
当の平塚は何かおかしなこと言いましたかと訴えんばかりに、眉を
「お客様、未成年ですよね。なので、酒類は……」
「……あ、そうでした! あはは、すいません、じゃあドリンクバーで」
店員は「ですよね」とでも言いたげな様子で、注文を繰り返すと、そのまま厨房へと戻って行った。
「なぁ、比企谷……」
平塚は俯いて声と肩をぷるぷると震わせている。
確かにこんなのはさすがに恥ずかしいし、あらぬ疑いもかけられる。
八幡に求めるのは、──口止めか。しかし、求めなくてももとから口止めされているようなものなのだが。
しかし、そんな八幡の心配も
「私、未成年に見えるのかァ?!」
体を机の前に乗り出して嬉しそうに尋ねてきたのだ。
その平塚の予想外の反応に、八幡は当然豆鉄砲を食らったような顔になる。
「そりゃ、制服着てるし……」
それに口には出さなかったが、周りと比べて確かに大人びてはいるかもしれないが、老けているようには見えない。
「そうか、そうかぁ…………、女子高生に見えるのかぁ……」
もはや八幡にとっては訳が分からないが、目の前の平塚がとても満足気であるので、特にこれ以上言及することはしなかった。
暫くすると、店員が、先程注文した料理を次々と運んでくる。そしてみるみるうちに席は皿で埋まった。
「うーん、美味しいな!」
サラッとして長い横髪を耳にかきあげ、届いたカルボナーラをさっそく口に運び、頬張る姿も見事に絵になるものだ。
「ん、どうした、ジロジロ見て」
「い、いや、それが美味しそうだなと思っただけだ」
「ふ〜ん、そうかそうか」
平塚は何かを見透かしたような目でこちらを見てくる。
「何だよ」
「まさか、私に見惚れてたんじゃないのか?」
「な、んなわけないだろ。第一俺は、隣の女子がすごい体調悪そうな様子だったから、ちょっと顔を見て『大丈夫?』って心配して声をかけただけなのに、『そんな目で見ないで余計気持ち悪くなる……』って泣かれてから、もう見ないようにしてるんだ。うわぁ、思い出しただけで涙でそう」
「……それは相手が酷いな」
「だよな。やっぱ俺の目は腐って、──って、へ?」
予想外の返答に八幡は足を掬われる。
「比企谷はまぁ、綺麗とまではお世辞にも言えないが、良い目をしてると私は思うよ」
「そんなにおだてようたって、別に奢ったりはしねぇからな」
「じゃあ、証明してやる。ほら」
静とバッチリ目が合う。すごいむず痒い。
「私は、むしろ嬉しいぞ」
平塚はまたこちらに向けて微笑む。今度はどこか赤子を慈しむような、母性的な笑顔のように八幡は感じた。
「……ッ! 茶化すのもいい加減にしろ、そういう奴に限って後々陰で『気持ち悪かった〜』って叩いてるんだ。騙されないからな、俺は……」
「あぁ、残念だ。ふふっ、その一筋縄じゃいかないめんどくさいところ、やっぱり、比企谷だ」
本当に調子が狂わされてしまう。平塚は常に会話をリードし、何処か余裕を感じさせるような立ち振る舞いをするのは前からも変わらずあることだった。だが以前にも増して、自分について知られているような気がしてならないのだ。本当にお手玉のように自由自在に扱われて、愉悦を感じられている気がしてならない。
「ごっ、ごほん。まぁ、いい。で、何が目的だ、平塚?」
「え、目的?」
「わざわざ相席してきたってことはなんかあるんだろ? そりゃ、アニメのことぐらいしかねーだろうけど」
「あ、あぁうーん、そうだな。えぇと、二○○四年……。ハッ─!」
そこで平塚が話題に出したのはテレ朝日曜7時、そう今で言うスーパーヒーロータイムの話だった。そこからの八幡の先程までの気だるげさは吹き飛び、まるで別人格のように目を活き活きさせ始めた。
確かに二○○四年は最早伝説的であり、長年仮面ライダー最高傑作と評される仮面ライダー555が終わり、仮面ライダー剣が始まった年であり、更に現在でも根強い人気を誇る特捜戦隊デカレンジャーが放映された年でもある。このことを八幡は知る由もないが、
このいわゆるスーパーヒーロータイムについて熱く語り合った二人はこれだけでは飽きたりなかった。
何を隠そう今年はとてつもないビッグタイトルが二つの番組の後枠に放映が開始したのだ。その名は──
「プリキュア!」
平塚は過去一番と言っていいほどその大きくて円らな目をぱっちり開けて、キラキラ輝かせている。八幡もその名前を聞くと、アドレナリンが放出され、血肉が沸き立つほど昂るのを感じる。
「平塚も見てたのか。うん、あのアニメは良い。あれは絶対に名作になると確信してる。小さい女の子向けにフィーチャーしてるかもしれないが、大人も楽しめるようなバトルシーンとか、主人公コンビがいかに信頼しあっていくか描き出されていて、成長物語としてとてもいいんだ、それにな──」
自虐の時以上の八幡の饒舌な語りに、平塚は全幅の理解を示した様子で大きく頭を降って頷いた。
一通り八幡が語ったあと、今度は平塚が口を開く。
「そう、そうなんだよ! みんな可愛いけど、たくましくて、すっごいカッコイイんだ! そうだ、比企谷はなぎさ派かほのか派か、どっち?!」
「うむ、とても、とても、悩ましい。ほんとは両方と言いたいところなんだが、どちらか選べと言われたら、断腸の思いでなぎさ派だな」
「おぉ、その心は?」
「一見、普段の時はスポーティーで快活で、戦闘時には猪突猛進の戦闘スタイル、ほのかを引っ張っていくリーダー気質のように見せて、その実とてもナイーヴで女の子らしい一面がある。そのギャップがたまらないな。だからこそ、頑張れって応援したくなってしまうんだ」
八幡のなぎさへの思いに、感銘を受けたのだろうか、
「だよなぁ、さすが比企谷だ!」
平塚はとても高ぶった様子で周りの目を忘れバンと机を叩き、立ち上がった。
「これから先もたくさん出てくるプリキュアシリーズの中でも──」
「プリキュアシリーズ……?」
八幡はプリキュアシリーズという言葉に当然即座に引っかかった。だってまだプリキュアは他にはいないのだから。八幡はなぎさとほのか以外に知らないのだ。
「はっ……!」
平塚は明らかに失言した様子で口を手で抑える。
「シリーズって──」
「いや、この人気だったら間違いなく一○年後も続いてると君も思わないか?!」
平塚の言い草を
“語り合えれば”それでいいのだ。
それにたとえ平塚が所謂メッカである大企業バン〇イのお偉いさんと何らかの繋がりがあってスーパーヒーローのようにプリキュアにもプリキュアシリーズとして続きがあると知っていたとしても、むしろ八幡にとってはそれがあると知れるだけで生きていける。コンテンツ自体の
だから八幡はこう答える。
「あぁ、思う。それに、もし、プリキュアがなくなってしまう、
「おおおおぉ、無限のリヴァイアスだぁぁあ!! サンライズの作品はなぁ───」
このような訳で二人の会話は途切れることなく盛りに盛り上がり、店員が申し訳なさそうな顔をして「お静かにしていただけないでしょうか」と頼まれ、互いに熟した梅のように顔を真っ赤にするまでは、尽きることは無かった。
その言葉でクールダウンした八幡は食べ終わった皿を空いてる方に除けて、腰の横にあるスクールバッグの中から勉強道具一式を、探り出し机上に置いた。
「ん、勉強するのか、偉いな、比企谷は」
「そりゃ、テストが近いからな。もう来週だぞ。まぁ、優秀な平塚さんには必要なものじゃないかもしれませんが」
「あぁ、そうか、テストだったな! 久しぶりだなぁ……」
なんだか妙に嬉しそうかつ感慨深げな様子の平塚。
普通なら嫌がる、もしくは嫌がりはしなくても、喜びはしないだろうと八幡は思う。八幡は生存確認するためだけに呼ばれた屋上の一件から平塚の反応が妙におかしいと感じていた。
──だが、八幡は無理に突っ込まない。
八幡は、これまでの人生で危ない橋は渡るなをとても思い知ってるのである。しかも、全ての道が危ない橋に通ずることはよく知っているのだ。だから、こちらからは基本話題も出さないし、基本喋らない。それが八幡のモットーなのだ。
そういう人となりであるので、八幡は嬉しそうにする平塚を横目に、ただ黙々とペンを走らせ始めた。
そうして、先程まですこぶる騒がしかった席から一切の話し声が消えてから三○分程経った八幡は快調に進捗を産んでいたが、国語の試験範囲を解いてる時に、どうしても分からない問題にあたり、手が止まってしまった。
「比企谷、さっきから何を悩んでるんだ?」
「あぁ、実はなぁ、ここの先生の感情しかの解釈が。こうだと思ったんだが」
「あぁ、そこはだな、あぁ、先生の嫉妬のところか──」
八幡が指し示したところを見ると、平塚は悩むまもなく、すぐに解説を始めた。さすがなんでも出来る優等生と八幡は思わず感心していると、
「うーん、ちょっと、ここからだと教えづらいな……。よし、そっちに座らせてもらおうかな」
「え、──」
そう言ってすぐに、平塚は八幡の隣に座った。合わせて、ソファーの凹みがやや大きくなるのも感じる。
「よし続けるか。それで、ここはだな──」
突然のことに八幡の心臓の律動はどうしようもなく速くさせられる。
鼻腔をくすぐる甘い匂いがする。
もう少しで触れそうな肩。
下を見ようとすれば、暗がりとスカートの狭間から垣間見える腿。
とにかく近い。意識が飛びそうになる。
だが、平塚の横顔を見た時また冷静な自分が、諭した。
彼女の横顔は何一つ変わっていない。別に特別ではない、普通の表情だ。
男女分け隔てなく接し、誰とでもフランクに話す平塚にとって、普通のことなのだ。
スっと自分の中に理性は戻り、平塚が指し示すノートに書かれた文へと目線を移した。
そして、平塚は暫くノートを元に解説を続ける。
「──つまり、嫉妬だ。そこで先生は『Kの恋愛成就』を妨げることに躍起になったんだ」
「ほぉ、なるほどな」
「まぁ、その嫉妬が、議論の余地があるんだけどな」
解説を聞いた八幡は思わず唸り、
平塚の解説はとても分かりやすく、お世辞抜きで、学校の教員の説明よりも分かりやすいと感じた。
「すげぇ、学校の先生よりも分かりやすかったわ」
「ふふっ、さすがに褒めすぎだ、比企谷。そんなこと言っても何も出てこないぞ。私から出てくるのは拳くらいか」
「こんな感じでな」と平塚は右腕を前に突き出し、一本ずつ人差し指から小指へと順に指を折り、最後に親指を添えて拳を握った。その後にガっと肘を曲げる。
これは間違いなく平塚の大好きな熱血アニメ『スクライド』の主人公が使う“衝撃のファーストブリット”の構えだ。既にその拳で殴られたことがある八幡の肝はその構えを見るだけで際限なく冷える。
「まぁ、本当に平塚の説明は」
改めて八幡が褒めようとする、そんなよくある何気ない瞬間───、
「分かりやすかっ───」
──言葉が詰まった。
八幡が何気なく平塚の横顔を覗こうとした時、頬をうっすら染めた平塚も八幡の顔を見ていたのだ。
──目を離せなかった。
十数センチの至近距離で、
身体も触れそうになる中で。
二重でくりっとした目、長いまつ毛、やわらかそうな唇、少しだけ感じる熱っぽい吐息。
それらが今八幡の目の前にあるのだ。
──言葉が出なかった。
平塚の頬は次第に紅く、紅くなっていく。
八幡も、じわりと顔が熱くなるのを感じていた。
二人は長いようで短い時間互いに見つめあっていた。
終わりを告げたのは突如平塚がサッと視線を下に向けた時だった。
触れ合いそうだった二人の距離も、その瞬間互いにいない方へとずれて開いてしまう。
「……そ、そのだから……ありがとな……」
「…………う、うん、…………どういたしまして…………」
交わす言葉もどこかぎこちなくなり、会話もこれ以上続かない。二人して押し黙ってしまった。
───だが、
止まらない。止まらない。
鼓動がうるさい。そして止まらない。
酷く冷えきった自分が冷やして止めようとしても、今回は冷えてくれない。
そんな顔を見てしまったら。
そんな表情が自分に向けられてしまったら。
──熱い。熱い。
──止めなければいけないと分かっているのに。
「……ちょ、ちょっと、私、トイレ行ってくる……」
「あ、あぁ……」
小走りで行ってしまったその後、平塚は長い間戻ってこなかったような気がする。
その間、八幡は気紛れにペンを持つ手を動かそうとしても
時間が経ってもまだ、心臓の脈拍は速い。
いつもはクールに振る舞い、どちらかといえば男勝りで、誰にでも変わらない様子で接する彼女が八幡に初めて見せた、あの女々しく、酷く扇情的な表情が網膜にこべり着いて離れない。
「やべぇ……」
そして、八幡は思わずこの言葉を口に出してしまった。
「……かわいすぎるだろ」
その呟きは誰にも聞かれぬまま、角砂糖のような形をした氷だけ入ったグラスの中に吸い込まれていった。
そして、ここで初めて八幡の心覆った分厚く硬く、冷たい
二話をご覧頂き誠にありがとうございます。
突然ですが、ここからは比企谷八幡視点となります。
平塚は先生の魅力を引き出すことが出来るかなと思ったためです。ご了承ください。
本編とは何も関係ないですが、原作でも語られる平塚先生が好きな熱血アニメ『スクライド』について少し。この『スクライド』は『コードギアス』シリーズで有名なSUNRISE×谷口悟朗監督に加え、黒田洋介脚本で描かれた熱血アニメです。『コードギアス』のスタッフということでお気づきだと思うのですが、この作品も面白い面白い。是非、平塚先生がハマったアニメを見てみてください。
ちなみに『無限のリヴァイアス』も『スクライド』と同じスタッフが作り上げた名作です。こちらの方も是非(ダイレクトマーケティング)
最後に。一話・二話のご感想を拝読させて頂きました。とても励みになっております。これからも叱咤激励の感想を頂けるととても有難いです。