総武高校では期末考査も終わり、いよいよ夏休みがやってくる。期末考査と夏休みの狭間という、なんとも形容しがたい時期のある日の昼休み。
校舎の内と外を隔てるスチール扉の目の前、八幡はそこにある三段程度しかないコンクリートの階段に座り込んでいた。テニスコートからはラケットの快音が届けられ、通路脇の草花は、この裏庭にこの時間になると足繁く通ってくる海風に身を任せて、ゆらゆらと揺れている。
そして八幡は、その景色を楽しみ、慈しみながら、持っているお惣菜パンを頬張っていた。
そう、ここはいつもの八幡の一番のお気に入りスポット、ベストプレイス。そしていつも通りの景色──のはずであるのだが、横を向けば、いつもと違うのは一目瞭然だ。
海風になびく烏の羽のような黒い髪。そして筋の通った鼻、キリッとした目元が覗くその整った横顔からは、中性的であるがどこか妖艶さも漂わせている。
「なぁ、もし俺が体育祭の練習サボってたらどうしてたんだ?」
「うーん、殴ってただろうな」
あまりにも予想通りの答えに苦笑いしながらも、「まぁ、でしょうね」と八幡は返さざるをえない。
「正直、今までの君を鑑みると一度や二度はサボるものだと思っていたからなぁ。だからその時は、拳一、二発で許してやろうと思っていたんだ」
一度、手に持った缶のMAXコーヒーを少し口に流し込んだ後、平塚は「でも」と続ける。
「あろうことか君は全ての練習に来てしまったわけだからな。私としても拳がふるえなくて非常に残念だ」
そう言って、平塚はMAXコーヒーを持っている手とは反対の手で一回、二回とストレートをしている。しかも、シュッシュッと柔らかな海風を鋭く切るようなキレのあるストレートだ。
これを喰らっていたら、どうなっていたことやら、と八幡は、ただ苦笑いでその様子を見るしかなかった。
こんな風に平塚と昼休みに一緒に昼食を取ることが増えたのは、ここ最近だ。以前にも平塚が誘う形は何度かあったが、こんなに頻繁にここ──ベストプレイスに集まるようになったのは最近のことであり、二、三日に一回は一緒に食事をとっている。
平塚からは、「私は前々からこうして君とお昼を一緒に食べたかったのに、比企谷が昼休みになるとすぐいなくなるからできなかったんだ」と愚痴っぽく言われた。そのことに関しては思い当たる節がありすぎる八幡だったから、「すまん」の一点張りでその場を凌いだ。
そしてこういう時間を過ごすようになってから、一つ気付いてしまったことが八幡にはあった。
それは、一人で食べているよりも、隣に平塚がいて、話しながら食べているほうが、よっぽど心地よく、満たされるということだ。一人の世界が心地いいと達観したつもりで
「ん、どうした、比企谷?」
平塚に声をかけられハッとする。
覗き込むように近づけられたその顔は、あまりにも綺麗だった。だから、すぐに目を逸らしてしまう。
「近い近い。……ちょっと色々考えてただけだ」
流石に、「平塚といるこの時間が心地いい」とは恥ずかしくて、口が裂けても言えない。
普段なら綺麗な丘陵を描いている眉を曲げ、えらく勘繰った様子だったが、珍しくすぐ「ふ〜ん」と何かしら納得し、「そういえば」と何かを思い出した様子で口を開いた。
「あともう少しで例の
「あぁ、そうだな。例の
暦も夏至を過ぎ文月に入る。そして、はや五日。本日の日付は七月五日の月曜日。あと少しで来るものといえば当然、七月七日、そう七夕である。ただ彼らが言う
七夕の週の週末に開催される『七夕大決戦~彦星と織姫は誰だ?! 最強カップルコンテスト~』のことである。
カップルでもない彼らが参戦する理由は、勿論最強カップルになるためではなく、コンテストの景品──二等賞のスクライド&プリキュアのキャラフィギュアセットがとても欲しいからという非常に欲にまみれた理由だ。だが、それゆえそのコンテストへの意気込みは他のカップルより人一倍強くなっていた。
「私は劉鳳が欲しいなぁ〜!」
「俺はカズマだな」
「よしっ、決まりだな! じゃあプリキュアは……」
その瞬間、互いに睨みをきかせ合う。
「私は、なぎさだ」
「奇遇だな。俺もなぎさだ」
その瞬間、戦争が始まった。
平塚がなぎさの魅力を語れば、八幡がその倍魅力を語る。そうしたら平塚は八幡を唸らせるほどのなぎさに関する考察を語り、八幡はそれに対する反駁という形で、自分なりの考察を語り始める。そして、ほのかの魅力も忘れまいと語り始め──。
そういう訳で二人は、飲むのも食うのも忘れ、ひたすら語らってしまった。そんな歯止めの利かない二人の様子を見かねてか、予鈴のチャイムが強引に終わりを告げる。
「はっ、もう鳴ってしまったな……」
「というか、まだフィギュアを取れた訳でもないのにな」
「……確かにそうだ」
互いに顔を見あわせる。そして、あまりにも滑稽で両者とも吹き出してしまった。「あははっ、取らぬ狸の皮算用とは、まさしくこの事だな!」と目じりの涙を拭いながら平塚は言う。
「とりあえず、一緒に頑張ろうな、比企谷!」
平塚が八幡の目の前に拳をグッと突き出す。しかし、それはもちろん八幡の鳩尾を突きぬけて、沈黙の臓器を驚かせるために打ち込むための拳ではない。
八幡も親指を他の四本の指にくるみ込んで、軽く拳を握り、平塚の拳の方へと突き出した。
「あぁ、そうだな」
二人はコツンと拳を突き合わた。骨にじーんと響きが残り、骨身の髄にじんわりと広がる。
それと、もう一つ。八幡は平塚について最近になって知ったことがある。
「そうだ、今日私暇だから、放課後、ラーメン行かないか?! 私、美味しいところ見つけたんだ」
それは、平塚が極度のラーメン通であることだ。
「あぁ、いいぞ」
「やった! 今日のは飛びっきり美味しいからな!」
上機嫌になった平塚は、聞いたことのない鼻歌を奏でて、MAXコーヒーの空き缶二つを中庭まで捨てに行った。
こうなったのも最近のことである。二人で帰ることも増え、どちらも自転車通学であるのをいいことに、平塚オススメの近場のラーメン店に引きずり回されるようになった。おかげ様で、太っていくことしかしらなかった八幡の貯金箱は最近はメキメキとダイエットに成功している。
ただ、確かなラーメンの味と、美味しそうに頬張る姿を隣で見せられては、その出費も致し方ないと納得せざるを得ない。
──さて、今日はどんなところに連れていってくれるのだろうか。
拙文を読んでいただきありがとうございます。
本日の話は、閑話みたいなものなので、話は全く進んでいませんが、ご了承ください。
それと沢山のお気に入り登録と素晴らしい感想を読者の皆様から頂きました。本当にありがとうございます。これから皆様のご期待に添えるような、平塚先生の良さを最大限に引き出せるような作品を作って参りますので、今後とも応援のほどよろしくお願いします。
またこれからも叱咤激励の感想をお待ちしておりますので、是非一文したためて頂ければ幸いです。