侑がもし歩夢への感情を拗らせていたら……そんな地平の世界でのお話です。

1 / 1
歩夢が悪いんだよ

 私は歩夢が好きだ。

 この気持ちに、変な意味なんてなかった。

 彼女は常に私の隣にいた。いることが普通だった。だから、特別な親愛とか友情とかのそういう感情は通り越して、もはや自分の体の一部のようにさえ思っていた。

 私にとって歩夢が隣にいるのは普通。

 そして歩夢にとっても、私が隣にいるのは普通だった。

 お互いがお互いになくてはならない存在。それが、私、高咲侑と上原歩夢の関係だった。

 だったのに……。

 

「みんなー! ありがとうー!」

 

 ステージの上で、観客を目の前に手を振る歩夢。

 彼女は今、スクールアイドルとして大勢のファンを魅了する存在となっていた。

 それを後押ししたのは、他でもない私だ。

 私は、彼女の輝きを、可愛さを、もっと引き出したかった。もっとたくさんの人に知ってもらいたかった。

 そして、その夢は叶ったと言えよう。

 私の心を燃やした、スクールアイドルという存在に、彼女がなることで。

 最初、そのことは私もとても嬉しかった。

 彼女は可愛い。その可愛さが、どんどんと膨れ上がっていく。それが私にはたまらなく嬉しく、広がっていくのも喜びだった。

 私と歩夢は共にそのことを喜んでいった。

 彼女の自己紹介の動画の再生数が一つ増えるたびに祝った。

 一緒にスクールアイドルをやっている虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の仲間達と共に、スクールアイドルをすることで得られる喜怒哀楽を分かち合った。

 それは私にとって、かけがえのない時間だったと、間違いなく言える。

 でも、変わってしまった。そう、私は変わってしまったのだ。

 

「みんな、お疲れさま!」

 

 私は表面上満面の笑みを作ってステージを終えたみんなを迎える。私はあくまで裏方だ。

 スクールアイドルとして輝くみんなを、影で支える柱……というのは、少し言い過ぎかもしれないが、まあそんな感じだ。

 

「ありがとう! 今日も侑ちゃんのおかげで頑張れたよ!」

 

 歩夢が私に笑いかけてくれる。そのことで、私の心臓は早鐘を打つ。

 

「ううん! 今日の歩夢も最高だったよ!」

 

 私は、私の中で生まれた“ある感情”を押し殺して歩夢に答える。

 この感情は、外に出してはいけないものだから。

 

「ふふっ、そうやって笑顔で褒めてくれる。あなたは昔からそうなんだから」

 

 でも、まるで太陽のような彼女の笑みを見ていると、私のそんな誓いはすぐに瓦解してしまいそうになって――

 

「あーっ、また侑先輩と歩夢先輩がイチャイチャしてますー! かすみんももっと褒めてくださいー!」

 

 と、そこで後輩のかすみちゃんが割り込んでくる。

 そんなかすみちゃんに、私は助けられる。

 

「うん! かすみちゃんも最高に可愛かったよ!」

 

 だから私は、かすみちゃんにお礼の意味も込めて言う。もちろん、可愛かったというのもれっきとした本音だ。

 

「もうかすみさんったら、ふふふ」

「ラブラブの二人の邪魔しちゃいけないんだぁ~」

 

 そんな私達を見て、せつ菜ちゃんと彼方さんが言う。

 ラブラブ……その言葉に、私の胸はドキリとする。

 本当に、そうなれたらいいんだけどね……でも、この感情はしまっておくべきものなんだ。

 私はそう一人自分の胸に誓う。

 そう、私は恋を……独りよがりな恋をしてしまったのだ。歩夢に対して、彼女を独占したいという、歪んだ感情を。

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「侑ちゃん、最近なんだか調子悪そうだよ? 大丈夫?」

「へっ!?」

 

 あのライブが終わってから数日後、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会の部室で私は歩夢に急にそんなことを言われた。

 

「調子悪い? 私が? は、ははっ! やだなぁ歩夢、そんなわけないじゃない!」

「……そう。それならいいんだけど」

 

 歩夢は何か不満げな表情で私を見た後に、その場を離れていった。

 いけない、いつしか態度に出ていた……? 気をつけないと。私の感情が知られたら、今までの関係でいられなくなる。

 私はそれが怖かった。私と歩夢は、あくまで幼馴染、スクールアイドルを応援する側とされる側でなくてはいけないのだ。

 それが崩れたら、多分私達は今まで通りではいられなくなる。

 でも、私の心の中に芽生えた感情はそれを許そうとしない。

 歩夢を独占したい。

 歩夢を私だけのアイドルにしたい。

 歩夢に、私だけを見ていてほしい。

 そんな感情が、私の胸中でぐるぐる回っているのだ。

 ああ、なんと厄介な感情だろう。こんな感情、どうして私は持ってしまったのだろうか。

 こんな特別な感情さえ抱かなければ、ここまで苦しまずに済んだのに。

 そんなことを想いながら私は、他のメンバーと話している歩夢を見る。

 楽しそうに笑う歩夢。

 ――その隣は私の場所。

 困って動揺する歩夢。

 ――その感情も私のモノ。

 驚いて大きく口を開ける歩夢。

 ――その表情も私のための顔。

 

「……侑?」

「っ!?」

 

 と、そこで果林さんに話しかけられて、私は我に戻る。いけない、また私が私じゃなくなっていたところだった。

 

「どうしたの? さっき歩夢が言っていたけど、本当に具合でも悪いの?」

「い、いえ……いや、そうですね。今日ちょっと早めに帰ります」

「……そうしなさい。あなたの元気な笑顔がないと、うちの同好会の色が一つ欠けたみたいだわ」

 

 果林さんが困ったような微笑みで私に言ってくれる。ああ、彼女は優しい。

 彼女のおかげで、私がすっかり私でなくなってしまう前に、自分を抑えることができた。

 

「ごめん歩夢、私ちょっと先に帰るね!」

 

 帰る前に歩夢には一言告げておく。私と彼女の家は隣同士だから、こういうことは伝えておかないといけない。

 

「えっ!? 待って、私もついてく!」

 

 すると、彼女が驚くことを言った。

 いや、本来は驚くようなことじゃないか。だって、私も歩夢が病気で早退するってなったら、ついていくだろうから。

 

「う、うん! ありがとう、歩夢!」

 

 だから私は、笑顔で彼女に返す。いつもの私は、歩夢の言葉を断ったりなんてしないから。

 

「…………」

 

 すると、一瞬だけ歩夢が無言になった。

 も、もしかして、私の気持ちがバレた……!?

 私は動揺する。

 

「うん、帰ろう!」

 

 だが彼女は、すぐに表情を元に戻して、帰宅の準備を始めた。

 よかった……いつもの歩夢だ。私は安堵する。

 そうして私達は帰り道についた。二人で、手をつないで帰る。いつもどおりの日常。いつもどおりの帰り道だった。

 

「…………っ」

 

 でも、そんないつもどおりの行為ですら、私の心は収まってくれない。

 体温がどんどんと上がっていく。激しく胸がざわめき立つ。

 どうしよう、どうしよう。このままじゃ、私が私じゃなくなっていく。女同士なのに、そういう目で見ている、嫌われかねない私になってしまう。彼女を独占しようとする、私の嫌いな私になってしまう。

 どうしよう、どうしよう……!

 そんなことを、思っていたときだった。

 

「ねぇ、侑ちゃん」

 

 歩夢が、私に話しかけてきたのだ。いつしかたどり着いた、家の玄関の目の前で。

 

「……何、歩夢」

 

 私はできるだけ平静を保っている振りをして言う。顔は微笑み、声は落ち着いた様子で。

 どうか、彼女にバレていませんように……。

 

「私に、何か隠し事しているよね」

「――――っ」

 

 ……土台無理な話だったんだ。

 生まれ育ってからずっと一緒にいる彼女を、騙すことなんてはなからできなかったんだ。

 その証拠に、歩夢は核心を持った目で私を見ている。真剣な眼差しを私に向けている。

 

「私、は……」

「ねぇ侑ちゃん。あなたが秘密にしたいって言うのなら、これ以上聞かない。でも、一度だけ聞かせて。何か、抱え込んでない? どうにか、私が力になれない? 私は、あなたの幼馴染だよ? だから、あなたの苦しみを、溶かしてあげたい。ねぇ、何を抱え込んでいるの……?」

 

 ……ああ、彼女はなんて優しいんだろう。

 歩夢は、私の両の手を彼女の両の手で握って、まっすぐに私を見て言ってきた。

 その眼差しが、その手のぬくもりが、私にとっては心から愛おしい。

 あぁ……欲しい。歩夢が、欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい……!

 

「…………っ!?」

 

 その瞬間だった。

 私は、彼女の唇を、奪っていた。

 それは一瞬の、しかし永遠に感じるほどのキスだった。

 唇を話すと、歩夢は白黒した目で私を見ている。そうだよね。困惑するよね。いきなりこんな感情のぶつけられ方をされたら。

 だってしょうがないじゃない。歩夢が可愛いんだもの。歩夢が愛おしいんだもの。歩夢の側に、これからもずっといたいって思っちゃったんだもの。

 これも全部、歩夢が……。

 

「歩夢が悪いんだよ……!」

 

 そう言って、私はその場から逃げ出した。マンションの廊下を走った。そしてそのままエレベーターに駆け乗り、一階に降りていく。

 そのエレベーターの中で、私は胸を押さえた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 私、やっちゃった……! とうとう、自分を抑えられなかった……!

 自分の行動に吐き気がする。自分のやったことに怒りを覚える。

 あんなことをしなければ、私と歩夢は、今まで通りの最高の幼馴染でいられたのに……!

 

「どうして……私……!」

 

 私は私がバカらしくなってくる。もう嫌だ。何もかも嫌だ。

 そんな気持ちが、彼女を独占したいという気持ちと交互に去来する。

 私は……私は……!

 エレベーターが一階につく。私はそのエレベーターから飛び出て、走る。

 

「侑ちゃんっ!!」

 

 すると、後ろから声が聞こえてくる。歩夢の声だ。ああ、優しい彼女のことだ。きっと、私を追ってきたんだろう。

 でも、今の私は一人になりたい。歩夢、どうか私を追ってこないで……!

 

「――――っ!?」

 

 そんなときだった。がなるクラクションの音が、私の耳に入ってきたのだ。

 私はどうやら、左右を確認せずに道路に飛び出してしまったらしい。そして、ちょうど道路の向こう側からはスピードを抑えられない車が――

 ……ああ、これは、きっと私への罰なんだ。自分の歪んだ想いを抑えられなかった、私への――

 

「侑ちゃんっー!」

 

 その瞬間、私は突き飛ばされた。

 歩夢によって。そして、私がいた場所には、代わりに歩夢がいて、それで――

 

 

   ◇◆◇◆◇

 

 

「……先輩、来ましたよ」

 

 その日、中須かすみは、都内にあるとある病院を訪れていた。

 彼女が訪れた病室にいる人間、それは――

 

「あっ、かすみちゃん! 来てくれたんだ!」

 

 笑顔の、侑だった。

 

「ねぇ歩夢、かすみちゃんが来てくれたよ! えっ? ダメだよ歩夢ーかすかすって言ったらまたかすみちゃんが怒るよー? ははっ、うんうんそうだよねぇ! ふふっ、そうだね、うん!」

 

 侑、一人だった。

 

「先輩……」

 

 そんな侑を見て、かすみは涙をこぼす。だが、必死に涙を拭って、必死に言う。

 

「先輩! 歩夢先輩は、今でも治療中でここにはいないんですよ……! そんなんで、どうするんですか……! 歩夢先輩が目を覚まして帰ってきたときに、笑顔で迎えられるんですか!?」

 

 歯を食いしばって訴えかけるかすみ。

 だが、その言葉は侑には届かない。

 

「えっ? やだもうかすみちゃんったら! 大丈夫、かすみちゃんもかわいいよ! ねっ、歩夢! はははっ!」

 

 侑は笑う。笑い続ける。そんな彼女を見て、かすみは自分の無力さにその場に膝をついた。

 一方で、侑は幸せだった。

 すべての事を忘れ、今、彼女は愛しい歩夢と二人きりの時間を、ずっと過ごしているのだから。

 彼女は今までの辛さや苦しみ、そして本当の喜びを思い出すか否か。

 それを握る歩夢は、今でも瞳を閉じたままである……。

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。