鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

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三月最初の投稿です。

今回は新戸版煉獄外伝です。


第九話 殺し合いに善悪だの正邪だの求めちゃダメだぜ。

 その日、鬼殺隊(みずのと)(かん)()()(みつ)()は帝都・東京へ任務に赴いていた。

 尊敬する師範・煉獄杏寿郎の実父にして炎柱である煉獄槇寿郎を筆頭に、産屋敷耀哉からの勅命で帝都で暴れる鬼の討伐に参加することになったのだ。甘露寺以外にも新米の隊員達が集い、現在作戦会議中だ。

「手筈通り、二人一組で行動してもらう。鬼を発見次第、鎹鴉で連絡。すぐに応援を呼び駆けつけろ。市民の避難誘導を最優先に動け」

「うむ! 帝都の平穏は俺達が護るぞ!!」

『はいっ!!』

(指示を出してる炎柱さん、素敵!! さすが師範のお父さん!!)

 槇寿郎の気迫にキュンとなる甘露寺。

 すると――

「何やってんの?」

 そこへ、杖を腰に差した尻端折りの着物と詰襟を着た、一風変わった風貌の青年が現れた。掴みどころのない雰囲気を醸し出す不思議な人間に、甘露寺は目を見張る。

(何あの人!? いい顔してるのに見た目が浮いてて、可愛い!! ――って、ちょっと待って、あの目って……まさか鬼!? どういうこと!?)

 謎めいたトキメキを起こす感性でキュンキュンするかと思えば、その瞳孔を目にして目の前の青年が鬼だとわかり、アワアワとしてしまう甘露寺。それは他の隊士達も同様で、中には刀の柄を握る者もいる。

 が、それを制止したのは槇寿郎だった。

「新戸……お館様の命令で来たのか?」

「いや、個人的な要件でここら辺にいただけ。……あ、杏寿郎も一緒なの? 親子水入らずでご苦労さん」

「うむ! 父上と共に十二鬼月と思われる鬼の討伐にあたるところだ!!」

 煉獄親子とのやり取りを目にし、鬼殺隊の関係者と知る甘露寺達。

「師範……あの人は一体……」

「そうか、甘露寺は初めてだったな。奴は小守新戸……先代当主の頃から鬼殺隊に籍を置く、唯一にして異端の鬼だ」

「異端……?」

「奴は人を襲わず、人を喰わない。そして人と同じ食性でありながら血鬼術を操る。……人喰い鬼の概念から逸脱している、規格外な奴だ」

 杏寿郎(しはん)の言葉に、甘露寺は驚きを隠せない。

 ――人を喰わない鬼が、この世にいるなんて。

「確かに、人を襲うような悪い人には見えないわ……」

「うむ! だが甘露寺、見た目に騙されるな! 新戸は非常に質が悪い!!」

「酩酊状態で任務に行ってたおめェの親父にゃ及ばねェよ」

「新戸、お前あとで覚えてろよ」

 さりげなく槇寿郎の黒歴史を暴露する新戸。

 炎柱は額に青筋を浮かべつつ、新戸を正す。

「それで、小守こそなぜここにいる」

「え? 賭場行ってた帰りなんだけど」

 ピシリ、と空気が軋んだ。

 その直後、怒りの籠った視線、特に槇寿郎の怒気が新戸に向けられる。

 ――こいつ、鬼殺隊(おれたち)が命懸けで戦ってる裏で遊んでやがる!!

「……人手足りないならさ、俺手ェ貸すけど。今日引きが(よえ)ェのかそんなに儲からなくてムシャクシャしてんだ」

「貴様の憂さ晴らしに付き合う暇など――」

「囮としては俺が最適だとは思ってるんだけどなァ~……」

 不敵に笑う新戸の言葉に、槇寿郎は押し黙った。

 鬼殺隊が鬼を狩るために鬼の手を借りる……それも新戸の手を借りるのは心底嫌だが、確かに囮としては文句無しの人材である。事実、新戸の実力を槇寿郎は理解している。

 そして槇寿郎は、鬼殺隊で最も新戸の恐ろしさを理解している者の一人だ。生物としてはあり得ない生命力・治癒力でも、日輪刀と同じ効力を有する血鬼術でもない、新戸だからこそ成り立つ真の脅威を――

「……わかった。だがくれぐれも余計なマネはするな」

「大丈夫だっての。心配性だな、炎柱さんは………で、誰だおめェ」

「へっ!? あ、鬼殺隊癸・甘露寺蜜璃です!」

 はきはきと返事をする甘露寺を、新戸はジト目で見る。

「その制服は趣味か」

「へ!? あ、いえ、隠の人がこれが公式だって……」

「あ~……ゲスメガネの仕業だな。んな色仕掛け通じる鬼いんのかよ……その内鬼殺隊は異常者の集団とか言われんぞ、アイツの性癖のせいで」

 鬼殺隊の事後処理部隊「隠」に属する(まえ)()まさおは、下級の鬼ならば爪や牙すら通さない程に頑丈な繊維が用いられた隊服の製作・修復を担当する縫製係であり、隊では重用されている技術の持ち主だ。しかし見目麗しい女性隊員・少女隊員の隊服には、独断で痴女一歩手前になりかねない服にする悪癖があり、新戸ですら「あんな奴が出世したら鬼殺隊は終わり」と断言する程にゲスい。

 それゆえにゲスメガネと呼ばれ、明らかにダメだと解っていてもあえて挑戦する、かなり面倒臭い人物として知られているのだ。

「それより、この任務の作戦とかあんの?」

「ああ」

 槇寿郎は新戸に、先程隊士達に伝えた作戦を語る。

 その全てを聞くと、盛大な溜め息を吐いた。

「ハァーーーー……ホンット脇が(あめ)ェな、鬼殺隊」

 どうしようもない、とでも言いたげな表情で新戸は呆れた。

「あのなァ……わざわざ人気の多い帝都で暴れてんだぜ。その()()()()()()、ある程度の悪知恵働く奴に決まってる。たとえば今みたいに、柱が小隊引き連れた状況でも勝算がある作戦を練ってるっつー考えとか思いつかねェの?」

『っ!!』

「俺が指揮官だったらこう言うね。まず市民の避難誘導班と鬼の討伐班に分ける。討伐班は杏寿郎・甘露寺・槇寿郎でそれぞれ単独行動、残りの隊士は市民の避難誘導ってトコ。全員に避難誘導も課すと鬼の討伐に集中できないからな。それに甘露寺がいる以上、食料としても狙われるでしょ。だったら逆に甘露寺を狙うよう誘導し、隙を見せたところで一気に潰せるようにしとくのがいい」

 淡々と立案した作戦を述べる新戸。

 その頭の回転の速さに、甘露寺はスゴイと呟いてしまう。

「戦いは駆け引き……結局は主導権を握った方が有利なんだ。現時点では敵が主導権を握ってるから、そいつから主導権を奪える手段や状況を作るのが優先だ」

「……甘露寺も、囮にするつもりか」

「杏寿郎、言っても無駄だ」

 槇寿郎の言葉に、一同は顔を向ける。

「新戸は鬼殺隊()()だ。目的の為ならいくらでも残酷になり、楽をするためなら越えてはいけない一線を躊躇なく越える……奴に善悪や正邪など通じん」

 そう、それが新戸の恐ろしさだった。

 結果を出し、相手より有利に動けるようにするためには手段を選ばない狡猾さ。目的遂行の為なら鉄の掟を破ることすらも厭わない思考回路。それが新戸の真の強みであり、脅威であるのだ。

 事実、その一部を目にした隊士達は「えげつない」と口を揃えている程だ。

「小守……」

「杏寿郎、殺し合いに善悪だの正邪だの求めちゃダメだぜ。掟護って自分(てめェ)の命護れねェんじゃ世話ねェや。そういう余計なこと考えてる暇あんなら、目の前の敵に集中しな」

「っ……!」

 そう言って笑う新戸に、甘露寺は背筋が凍る感覚を覚えた。

 

 

           *

 

 

 日が完全に暮れ、鬼の時間が訪れる。

 新戸は変更した作戦に則って、甘露寺と行動を共にしていた。

「あの……えっと、新戸さん?」

「ん?」

「何で女の人の姿になってるの……?」

 甘露寺は顔をちょっぴり赤くして尋ねる。

 というのも、新戸は元の青年の姿から女性の姿に変化しているからだ。

 煙草を咥えながら歩くその姿からぐうたらな感じは全く抜け落ちてないが、それなりにいい体なので、ちょっと気になるのだ。

「ああ、これ? 鬼から見れば女の方が栄養価が高いから、こんな胸のデケェ肉付きのいいのが二人もうろついてたらアホみたいに食いつくかなって」

 胸を支えるように腕を組む新戸は、ニヤリと口角を上げる。

 悪い大人の顔を浮かべた鬼に、甘露寺は苦笑いを浮かべる。

 すると、新戸は眉間にしわを寄せた。

「…………甘露寺、時計持ってる?」

「え? いえ、持ってないわ」

「チッチッチッチッ、うっせェんだよなァ」

 どこからだ? と辺りを見回す新戸。

 すると、彼の視界が木箱を捉えた。耳を澄ませると例の音が鳴ってるのがわかり、蓋を開けて中身を取り出した。

「……これ、爆弾か?」

「ば、爆弾んんんんんんんん!?」

 何と、音の正体はダイナマイトと時計がセットになった時限爆弾。

 暢気に新戸は持ってるが、とんでもない危険物を発見してしまった甘露寺は絶叫。

「はわわわわわ!! どうしよう!! どうしよう新戸さん!!!」

「解除方法知らねェからドカンと一発だ、ろっ!」

 新戸はそう言うと、爆弾を夜空へ思いっ切りぶん投げた。

 爆弾はあっという間に帝都上空へと投げ飛ばされ――

 

 ドォンッ!!

 

「フゥ……間一髪だったな」

「……」

 鬼特有の怪力で危機を脱し、甘露寺は呆然とする。

 しかし、これ程の事になれば他の隊士達も気づくだろう。

「な、何で時限爆弾なんか……」

「鬼の仕業だな」

「え?」

「俺達の戦力消耗の為に、ご丁寧に爆弾(はなび)で歓迎してるんだよ」

 その時だった。

 二人の足元から狼のような黒いナニかが出現し、あっという間に囲んでしまった。

「ヤダ何このワンちゃん達! 可愛くないわ!」

「いや狼じゃねコレ?」

 甘露寺は日輪刀を抜き、オオカミの頸を斬りつける。

 が、頸を刎ねることはできず、ズブズブと刀身が沈んでしまう。

 まるで、刀が取り込まれていくかのようだ。

(ダメだ、斬れてない! 叩きつけるんじゃ取り込まれる!)

 不測の事態に全集中の呼吸すらも忘れ、焦り始める甘露寺。

 このままでは()られると、取り乱してしまうが――

「〝鬼剣舞(おにけんばい) (もん)()(まい)〟」

 新戸がすかさず仕込み杖を抜刀。四方から襲い掛かった狼を全て斬り刻んだ。

 血鬼術とはいえ、その剣技を前に甘露寺は絶句する。

(……手応えがねェ。血鬼術でできた分身か?)

 先程甘露寺が刀を取り込まれかけたように、新戸もまた、斬った時に取り込まれそうになったことに気づいた。

 触れたものを何でも取り込む特性があるようで、迂闊に斬れば日輪刀を奪われてしまうのかもしれない。それに加え、あの時限爆弾が血鬼術を使う鬼が作ったのならば、かなり頭の切れる敵の可能性が高い。

 そこから考えられる、敵の思惑は――

「帝都中に爆弾が置かれてるな……いい趣味してるぜ」

「て、帝都中に!?」

「――甘露寺! 無事か!?」

 そこへ、槇寿郎が慌てて駆けつけた。

 新戸を心配しないのはお約束だ。

「槇寿郎、ちょうどいいトコに来たな」

「何があった?」

「時限爆弾さ。鬼が仕掛けといたんだろうよ」

「……そうか」

 事態の大きさを悟り、槇寿郎は静かに言う。

「さっき、奴さんの血鬼術に遭った。下手に斬ると刀を取り込まれるかもしれねェ」

「わかった……それよりも時限爆弾をどうにかしなければならんな」

「人海戦術で探す他ねェ。お前と杏寿郎で敵を()り、俺は甘露寺や他の連中と爆弾どうにか――」

 

 ガァン!

 

 刹那、銃声が響き渡った。

 それと共に新戸の頭から、血が吹き出て倒れた。

『!!』

 甘露寺は口元を両手で押さえ、槇寿郎は甘露寺を庇うように刀を構える。

 その数秒後、汗だくになった新戸が平然と起き上がった。

「あー、ビックリした……死ぬかと思った……」

「お前は鬼だから死なんだろう」

 そう吐き捨て、弾が飛んできた建物の屋上を睨む槇寿郎。

 視線の先には、軍服姿でマントを羽織った何者かがいた。

「あそこか!!」

 槇寿郎は一気に駆け、屋上まで登り切る。

「……さて、敵は任せたから爆弾解除と行こうか」

「い、いいんですか!?」

「煉獄家が親子で来てんだ、問題ねェだろ」

 屋上から響く銃撃と斬撃の音から、相当な激闘であるのは嫌でもわかる。

 だが新戸は、代々炎柱の家系の力ならばあの程度の鬼は任せてもいいと判断し、爆弾の解除を優先した。

「ほらほら、早く行かんと――」

 

 ドォン!!

 

「あっ!」

「ほら、奴さんの思い通りに事が運んじまうぞ」

 ひとまずは新戸と共に、爆弾の処理を優先しなければ。

 甘露寺は煉獄親子の身を案じつつ、ズボラ鬼の背中を追い越し仲間の元へ向かった。

 

 

           *

 

 隊士達と一足早く合流した甘露寺は、苦戦していた。

 敵の血鬼術を撃破しながら爆弾を探し解除をするのは、至難の業だ。数が揃っていても分が悪いのは目に見えていた。

「探せ!! 炎柱様達が食い止めている間に爆弾を!!」

「気をつけろ、この狼、刀を取り込んでくるぞ!」

 隊士達は劣勢。しかし士気は高く、ギリギリで拮抗している。

 甘露寺も日輪刀を振るいつつ、爆弾を探す。

「は、早く解除しないと!」

「サッキ言ッタ手順デ解除シテ――」

解除面倒(じかんのむだ)だ!」

 

 ズボッ!!

 

『えーーーーーーーーーっ!?』

 そこへ乱入したのは、爆弾を探し当てた新戸。

 狼に突っ込んだかと思えば、何と手にした爆弾を、顔面に減り込ませた。爆弾はズブズブと音を立てて取り込まれていき、その光景に隊士達は唖然とする。

「何やってやがんだ、相手の血鬼術を利用しろ! 取り込めるのは刀だけじゃねェ! ()()()はあの親子との戦いで余裕はねェはずだ、爆弾の解除ができねェなら爆弾を取り込ませろ!!」

『は、はい!』

 新戸の指示にハッとなった隊士達は、速やかに行動に移す。

 敵は煉獄親子との戦いに集中しており、それ以外の隊士達の相手をしている余裕はない可能性が高い。隊士としての練度や鬼の人間に対する考え方を加味すれば、この場にいる者達は全員「後回し組」で、いつでも殺せると踏んでいるだろう。

 つまり、煉獄親子が稼いでいるこの瞬間こそが作戦の要であり、失敗が許されない瞬間でもあるのだ。

「本当だ、爆弾が取り込まれてる!」

「解除が無理なら押し込め!!」

「これ以上帝都を傷物にさせるか!!」

 新戸の言っていたことが証明され、奮起する隊士達。

 それに対し新戸は「これぐらい煽ればいいか」と暢気に一服し始めた。

(あとはあの親子だが……まあ手助けの必要はねェか)

 

 

 新戸の予想は的中していた。

 十二鬼月の一角――〝下弦の弐〟(はい)(ろう)は余裕を無くしており、新戸の暗躍に気づけないでいた。

 と言うのも、佩狼は十二鬼月になる前、色々あってやさぐれていた槇寿郎に散々甚振られた上に罵倒された因縁がある。それ以来槇寿郎に復讐するべく力を蓄えていたのだが、よりにもよって鬼狩りとなった息子を連れた槇寿郎と再会。息子諸共殺すことに執着し、市民への無差別攻撃の失敗などすっかり忘れていた。

「クソ……クソクソクソクソォォォ!!!」

 隠し持った銃火器で応戦するが、弾をはじき返して迫ってくる二人に追い詰められ、敗色が濃厚となる佩狼。それでも彼は、己の復讐を全うするために戦う。煉獄親子もまた、己の責務を全うするために剣を振るう。

 そして、勝敗はついに決する。

「〝伍ノ型 炎虎〟」

 槇寿郎は烈火の猛虎を生み出すが如く刀を大きく振るい、咬みつくかのように佩狼を斬りつけた。佩狼の体は大きく抉られ、体勢を崩した。

 その隙を突き、杏寿郎がとどめの一撃を見舞った。

 

「〝炎の呼吸・奥義 玖ノ型 煉獄〟!!!」

 

 自らの名を冠した、命ごと浴びせる渾身の斬撃。

 あらゆるものを抉る、全身全霊の一太刀を前に佩狼はガトリング砲を出して蜂の巣にしようとするが、その前に頸をガトリング砲ごと斬られてしまう。

 憎い敵の倅に頸を刎ねられた佩狼だったが、その表情には憎悪ではなく不思議な高揚感が浮かんでいた。

 負けはしたが――

「……いい、太刀筋だ……」

 人を見下す鬼とは思えない称賛の言葉を最後に、下弦の弐は消滅した。

「ハァ……ハァ……」

「……」

 息を荒くする杏寿郎に、槇寿郎は悟った。

 ――俺の出る幕は終わった、これからは杏寿郎が炎柱として鬼殺隊の柱となって支えていくだろう。

 灼熱の業火の如き威力で猛進し、下弦の弐を倒した倅に、安堵の笑みを溢したのだった。

 

 

           *

 

 

 一週間後、産屋敷邸。

「これで正式に槇寿郎は引退し、その後を杏寿郎が継ぐことになるね」

 当主・耀哉は、頭を垂れる煉獄親子に優しく声を掛ける。

 緊急の柱合会議で、炎柱の代替わりが決定し、他の柱達は杏寿郎に興味津々だ。

 柱古参の槇寿郎(ごうか)から、倅の杏寿郎(ほむら)へ――

「槇寿郎は育手として、杏寿郎は炎柱として、鬼殺隊を支えてくれるかい?」

「御意」

「はいっ!!」

 炎柱の引退式と就任式が同時に行われ、耀哉はそれを祝った。

 その様子を遠くから新戸は眺め、酒を煽った。

「……やれやれ。これで少しは顔向けできるか」

 それは、少し遠い過去の記憶。

 

「小守さん、お願いがあります」

 まだ煉獄邸で居候していた頃。

 病床に伏せていた瑠火に呼ばれた新戸は、面倒臭そうな表情で応じていた。

「私はもう長くありません。いつか夫が……夫だけじゃない、杏寿郎も千寿郎も、心がくじけそうになった時は背中を押してくれませんか」

「それ、鬼の俺に頼む普通? 頼む相手間違ってね?」

 他にも頼む相手はいるだろう、主に鬼殺隊(しょくば)耀哉(じょうし)とか。

 そんなことを考え、別に相容れない存在だから受ける義理は無いと軽視していたが……。

「鬼であるあなただからこそなのです」

「!」

「鬼殺隊という立場がある以上、夫も息子達もあなたを快く思わないでしょう。ですが、快く思われないであろうあなたの声に意味があり、そして消えかけた炎を蘇らせると信じてます」

 いつもは疎遠している相手の正論や叱咤が、仲間の励ましよりも大きな力を発揮する。

 そう語る瑠火は、新戸の瞳孔を真っすぐ見据える。

「あなたなりでいい。……私亡き後の煉獄家を頼みます」

 

 そんな最後のやり取りを思い返し、ズボラ鬼は天井を仰いで呟いた。

「……涙で物を頼むのは反則だぜ、瑠火さん」

 静かに涙を流していた瑠火の顔を思い出し、新戸は煙草を吹かしながらその場を後にした。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
瑠火から見た新戸は「憎しみにも哀れみにも囚われない、誰よりも達観した人」とのこと。
それに対し、新戸から見た瑠火は「〝導き手〟という言葉をそのまま具現化したような女性」とのこと。

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