「今日はツキが
満月の夜。
新戸はどことなくがっかりした様子だった。
今日も趣味である博打に興じていたのだが、やけにツキが悪く、あぶく銭が懐にほとんど入らなかったのだ。いつもの新戸なら頭にきて八つ当たりにその辺の雑魚鬼を狩るのだが、今回は賭場に入ってから妙な胸騒ぎが止まらず、寄り道せず帰ることにしたのだ。
(マジて何か嫌な予感がするんだよな……先代や瑠火さんがポックリした時と同じ感じがする)
新戸が胸騒ぎする時は、決まって鬼殺隊関係者、特に自分と仲が良い人間絡みで不吉なことが起こっている。
しかも今回に限っては、段々強くなっている。まるでその現場に居合わせることになると予言しているかのように。
(そういやあカナエの担当地区って、ここから結構近かったような……)
アイツも大変だなと、呑気に煙草を咥えて火を点けた。
その時だった。
――ゾワッ!
「っ!?」
新戸は背筋が凍りついた。
姿が一切見えていないのに、とてつもない圧迫感が襲い掛かった。それは紛れもなく、強大な鬼の襲来を意味していた。
少なくとも童磨よりも上の気配……無惨か、あるいは――
「まさかとは思うけどよ……!」
今までにない胸騒ぎに加えての、強大な鬼の気配の察知。
数少ないスネ……カナエが危ない!
「――だあああっ!! 今日は厄日だ!!」
吐き捨てるように言うと、新戸は気配がする方向へ全速力で向かった。
*
花柱・胡蝶カナエは瀕死に追い込まれていた。
担当地区の巡回中に、十二鬼月と遭遇したのだ。
それも十二鬼月の首席――上弦の壱・黒死牟。鬼舞辻無惨最古参の配下であり、無惨を除けば最強の武力を有する鬼だ。
「……弱いな……女の柱……」
黒死牟は静かに刀を振り上げた。
見下ろす先には、血まみれで倒れ伏すカナエの姿。
「……散れ」
(しのぶ、カナヲ、鬼殺隊の皆……ごめんなさい……)
自分に訪れるであろう確実な死に、カナエは目を閉じた。
ヒュオ――
ふと、風が吹いた。
いや、風の音ではない。何かが風切り音を立てて高速で向かっている音だ。
それは煙草の匂いを纏い、カナエと黒死牟の間に割り込んだ。
「「!?」」
そして、黒死牟の兇刃が振り下ろされる寸前、倒れ伏すカナエを抱き上げて飛び退った。
一瞬の出来事だった。
「ハァ、ハァ……ギリギリ、だったな……!!」
「に、新戸さん……!?」
「ほう……」
カナエを救ったのは、新戸だった。
意外な人物の登場に呆然とするカナエに対し、黒死牟はその速さに感心したような声を漏らす。
「……小守新戸だな……?」
「じゃなかったら俺は誰だよ」
凄まじい威圧感を放つ鬼の剣豪に、新戸はそれを躱すように涼やかな目を向けた。
「おじさん。
「お、おじさん……!?」
まさかのおじさん呼ばわりに、黒死牟は心底驚いた。
それはカナエも同じで、何とも言えない眼差しで新戸を見ている。
「あんた、偉いんだろ? 鬼舞辻のアホンダラにはうまく言っといてくれ」
「……それを素直に承諾する程、愚かではない……」
ごもっともである。
「しかし……やはりあの女と同じ……逃れ者か……」
「うわ、間が
会話の間合いが長い黒死牟と、ぬらりくらりとした態度の新戸。
鬼でありながら対極に位置するであろう二人は、言葉を交わす。
「全集中の呼吸は……使えないようだな……」
「俺は自衛さえできてりゃ十二分なんでね。高みだとか境地だとか何の興味も湧かねェのさ」
「……ならば、猗窩座と渡り合えたのは……剣の腕だけではないようだな……」
「あ、俺が仕込み杖使うのわかってたの? まあ正解だけど、教える義理は無いかな」
月夜の下での、腹の探り合い。
重厚な威圧感で心を折りに来る
勝負に出たのは、新戸だった。
「……そういやあさ、一つ気になることがあんだけど言っていい?」
「? ……何のことだ……」
「後ろに突っ立って睨んでくるの……もしかして、おたくのご主人様?」
「っ!?」
新戸の唐突な発言に、黒死牟は動揺した。
――まさか、無惨様!?
思わず振り返ったが、そこには誰もいない。
「ウソだよ、ド素人!!」
新戸はすかさず仕込み杖を抜き、血鬼術を発動して地面に斬撃をぶつけた。
轟音と共に巨大な土煙が上がり、辺り一帯を包み込み、黒死牟は呑まれる。
(私を欺くとは……だが、無駄なこと……!)
視界を封じて攻撃を仕掛けるのだろうと読み、刀を抜く。
――〝月の呼吸 伍ノ型
刀を全く振らずに無数の斬撃を出現させ、舞い上がる煙を全て斬り裂く。
煙が晴れると――
「に、新戸さん!! 放して!! 今ここで――」
「無理無理無理無理無理無理!! あんな化け物、真っ向勝負で勝てる相手じゃねェって!! 逃げるが勝ちだ!! 全集中の呼吸を極めた鬼と
深手を負った
その言葉に、黒死牟は癪に障ったのか、乱暴に刀を振るった。
ゴバッ!!
「どわああああああああっ!?」
無数の斬撃が襲来し、紙一重で避ける新戸。
「あっぶね! 掠った!」
「逃げ足の……速い奴め……」
六つの目全てを細める黒死牟。
新戸は日の出まで持ちこたえるしかないと判断し、臨戦態勢に入る。
「剣の勝負を……望むか……よかろう……」
「っ……勝ち目の薄い戦いは趣味じゃねェんだけどな!!」
新戸は仕込み杖を、黒死牟は愛刀を抜く。
鬼同士の剣戟が、勃発した。
――〝
――〝月の呼吸 陸ノ型
互いに斬撃の飛ばし合いを繰り広げる。
ぶつかると共に衝撃が弾け、空気を震わせる。
「クッソ、よりにもよって俺の上位互換かよ……!!」
「貴様の血鬼術が……私の劣化した術に過ぎぬこと……」
苦虫を嚙み潰したような表情の新戸に対し、余裕の表情を浮かべる黒死牟。
この時点で、すでに血鬼術の上下関係が確定。新戸が劣勢なのは見るまでもない。
しかし、新戸の真髄は純粋な戦闘にあらず。
「ふんっ!」
(何っ!?)
新戸は黒死牟目掛けて仕込み杖を投げた。
突然剣を捨てたことに黒死牟は度肝を抜いたが、刀を振るい無造作に弾いた。
その時にはすでに、新戸は懐にまで迫り――
ジュッ!
「っ!?」
咥えた煙草の火を、黒死牟の「上弦」と刻まれた左目に押し付けた。
正々堂々もへったくれもない、新戸ならではの目潰し。完全に裏をかかれた黒死牟は、反射的に仰け反り、その隙を突いて新戸は黒死牟を押し倒し、馬乗りになった。
そしてすぐさま仕込み杖の刀身を収める鞘を振るい、思いっ切り頭部に叩きつけた。鬼特有の怪力から放たれるそれは、人間なら一発で頭蓋骨を砕かれてしまう程の威力。黒死牟は頭を潰されては再生するを繰り返す。
(この男……まさか鬼の力を削ぎ落とす気か……!)
新戸の狙いを、黒死牟は察した。
鬼の弱点はいくつかあり、鬼殺隊はそれを手段とする。絶対の理である日光や鬼を殺せる唯一の武器・日輪刀以外にも、藤の花やそれを応用させた毒もある。だが新戸は、別の方法を見せつけた。動力源の機能低下――すなわちエネルギーの消耗だ。
鬼の持つ異能の数々は〝己の血液〟が動力源だ。それは人を喰らうことで蓄えることができ、それゆえに数多の人間を喰らう。言い方を変えれば、動力源に直結する再生能力や血鬼術の行使は、過剰に行えばエネルギーの消耗を招くことを意味する。しかし十二鬼月にはそうそうない事態であり、ましてや上弦の鬼が動力源の枯渇を招くなどあり得ないことだ。
しかし、新戸は日輪刀を使用せず、頭を仕込み杖の鞘で叩き続ける。叩かれる度に頭蓋骨を砕かれ大量の血が飛び散る凄惨な状況が延々と続くが、それによってじわじわと動力源を削っていく。
このままではマズイ――黒死牟は強引に抜け出ると、新戸を思いっ切り殴り飛ばした。
ゴパァッ!
「がっ!?」
「新戸さんっ!!」
文字通り頭を粉々に砕かれた新戸は、そのままカナエの眼前にまで吹き飛んだ。
が、新戸もまた鬼だ。そのまま何事もなく立ち上がると、頭を再生させ、偶然傍に突き刺さっていた仕込み杖を回収する。
「……士道はないのか……鬼狩りに与する鬼……」
「使える手は何でも使う。それが全力ってモンだろ」
新戸はそう言い切ると、再び血鬼術を発動させた。
仕込み杖の刀身から黒い雷が発生し、バリバリと音を鳴らす。
「〝
「!」
「〝
ドォン!!
「っ!?」
新戸が豪快に剣を振るった途端、剣圧が黒死牟に襲い掛かった。
一瞬でも力を抜けば、文字通り吹き飛ばされそうになる程の衝撃。刀を地面に突き刺し、衝撃に耐える黒死牟だったが――
「っ!」
気づけば、新戸はカナエを背負ってそのまま逃走していた。
追おうとするが、剣圧はどうも自然消滅するまで発生する特性らしく、追跡ができない。
凌ぎ切った時には、もうすでに姿が見えなくなってしまった。
黒死牟は、仕留め損なったのだ。
「……」
静かに納刀し、黒死牟は目を細める。
猗窩座がなぜ仕留められなかったのか。その理由がわかったのだ。
新戸は純粋な戦闘を、真っ向からの力比べを仕掛けない。騙し、罠に嵌め、不意を突く……邪道非道を作法とし、それを徹底して追い詰めていく輩なのだ。
「……
小守新戸という鬼の本質を把握した黒死牟は、静かにその場を去った。
*
上弦の壱との遭遇は、鬼殺隊を震撼させた。
数百年以上も十二鬼月の頂点として君臨した鬼と遭遇して生き延びた花柱・胡蝶カナエだったが、戦闘で負った傷は深く、柱として鬼狩りに身を投じることは不可能となった。あの場に新戸が偶然居合わせなかったら、カナエは死んで喰われていただろう。
これにより柱の枠が一席空白となり、今後は妹の胡蝶しのぶがカナエの後に就任。〝蟲柱〟として鬼殺隊を支えることになる。
そして、しのぶの蟲柱就任式と共に、新戸が上弦の壱の情報を提供した。
「他の十二鬼月は、戦い方次第では柱一人でも何とでもなるだろうが……上弦の壱だけは異次元だ。ハッキリ言うが、上弦の壱は柱であっても絶対に一人で挑んじゃいけねェ。あいつ一人で鬼殺隊丸ごと潰せるぐれェの戦闘力があると思っても過言じゃねェ。俺でも童磨と手ェ組んで、勝率三割以下ってトコだ」
新戸の証言に、絶句する柱達。
本人がその気になることが滅多にないだけで、新戸自身は穀潰しの怠け者のクセに無駄に戦闘力が高いのは周知されている。全集中の呼吸を習得していない分、血鬼術と戦術で補っており、本気で暴れさせたら手に負えないとされている程だ。
そんな彼が「上弦の壱だけは一騎討ちじゃ勝てない」と言い切るのだから、遭遇していなくても強さが伝わる。それと共に、柱達は生きて情報を持ち帰ることの重要さを思い知っていた。
「実際何度か煽ってもみたけどよ、ほとんど挑発に乗らなかった。戦いが所詮駆け引きであるってことを十分に理解してる。……
「……つまり、新戸は上弦の壱だけは極力戦闘を避けるべきだと?」
「あのなァ、カナエですらあの様なんだぞ? 平の隊士じゃ掠り傷一つ付けられねェよ、三枚におろされて喰われるのが関の山だ。そもそも不死身の生物がこんなこと言ってる時点で十分ヤバイってことぐれェわかるだろ」
新戸の意見に、耀哉は目を閉じて考える。
鬼に対して並みならぬ憎悪を抱いている者が多い隊内において、新戸は鬼である以前に誰よりも達観しており、それゆえに客観的かつ俯瞰的な見方ができる。素行は悪いし性格も色々とアレだが、良くも悪くも正直であり、物事の核心を突く発言もよくある。
上弦の鬼を討ち取れなかったのは残念なことであり、それはカナエ自身も悔しくてたまらないだろう。だが新戸の場合、どう考えても勝算の無い相手にわざわざ挑むのは愚の骨頂であるのだ。
負けたら喰われるのが鬼のいる世界――新戸はそう言っていた。それが図らずも、今回の一件で証明された。
「耀哉、鬼と同じ土俵に立たねェように言っとけ。じゃねェと……おめェの
「……そうだね、状況を変えることに躍起になりすぎたのかもしれないな」
「っつーか俺が童磨と繋がってる時点で大分状況変わってね? ワカメ頭にバレてねェし」
「そうだったね…………」
新戸の容赦ない指摘に、ションボリする耀哉。
お館様の割と深刻な落ち込み具合に、厳しい視線が新戸に集中する。
「耀哉よう、おめェは急ぎ過ぎなんだよ」
「!」
「あの頭の足りねェ小物を自分の代でひとまず阿鼻地獄に送るんだろ? 決めたんなら急ぐよりもゆとり持ってやるべきだぜ。指導者に必要なのは、心身共に健康を保ち、判断を間違えねェことだからな」
(スゴイ真面なこと言ってる!!)
新戸の一言が的を射すぎて、柱達は内心驚きを隠せないでいる。
ただ、言ってる本人は穀潰し同然の男なので、後から苛立ちが湧き出るが。
「新戸……君は……」
「あまり背負いすぎるな。老けても知らねェぞ?」
軽い調子で告げられた一言に、耀哉は思わずきょとんとした顔を浮かべた。
それを見た新戸は「日光浴びすぎて辛いから戻るわ」と笑い、片手を上げて去っていった。
「老けても知らない、か……フフ……」
新戸なりの自身への労いと励ましと受け取った耀哉は、とても愉快そうに笑った。
柱達は、耀哉と軽口を叩き合える新戸をちょっと羨ましく思ったとか。
あともう少ししたら、原作に入って炭治郎や善逸達と行動を共にする話になります。
かまぼこ隊とズボラ鬼の話はギャグが多いので、乞うご期待。(笑)