今回は雷一門の回です。
そして新戸は、無惨化が進んでる……?
竈門家の事件から、月日は幾分と流れ。
新戸は独断行動が日に日に増えていった。
それは遊び回るだけではなく、自分が
「ククク……こうしときゃ、誰も文句言えねェな」
意地の悪い表情でケタケタと笑う。
竈門兄妹を快く思う柱は少ないだろう。杏寿郎は煉獄家ぐるみで新戸と関わってるため中立を貫き、カナエとの関係上しのぶも味方し、柱になった甘露寺も寄ってくれるだろう。それでも残りの柱、特に悲鳴嶼や実弥などの反対は回避できない。
だが、新戸は鬼殺隊〝最凶〟だ。鬼殺隊きっての頭脳派で、おそらく鬼殺隊の歴史上最も狡猾な男である。生まれ持った才能とも言うべき口の上手さと戦慄すら覚えるずる賢さを持ち、腹の探り合いで彼と渡り合える者はわずかだ。
柱ぐらいでは、穀潰しの玄人である新戸を出し抜くことはできない。それを思い知らせるための書状は、すでに鴉達に渡して飛ばした。
(プータローを本気にさせるってのがどういうことか、教えてやるよ……)
真っ黒い笑みを隠さないその姿は、惡鬼というよりも悪魔。
狂気すら感じ取れる表情を見れば、素性を知らなければ人喰い鬼にしか見えないだろう。
「さてと、久しぶりに煉獄家から酒でも盗んで――」
ふと、血の臭いを感じ取った。
かなり濃く、すぐ近くで事件が起こっていたのは明白だ。
「……あーあー、ダラダラしてェと思った瞬間にこれだ」
若干苛立ちを露わにしつつ、仕込み杖を強く握り締めた。
鬼殺隊士・
一人で任務に赴いていた際、偶然鉢合わせした鬼と戦闘になったのだ。
それも、鬼特有の異能――血鬼術の使い手。一人で相手取るにはかなり手強い敵だった。
「ハァ……ハァ……!」
「クカカカカカッ! 終わりだ鬼狩り!」
止めを刺そうと、鬼が血鬼術を行使しようとした時だった。
「てめェか、俺に喧嘩売ったの」
「「!?」」
獪岳の背後から現れる、一人の鬼。
苛立って仕方がない新戸だ。
「き、貴様! 同類のクセに鬼狩りに与するのか!?」
「少なくとも鬼舞辻のバカに与する道理はねェな」
飄々、なれど怒りを露にする新戸。
その姿を目の当たりにした獪岳は、自らの師・
――鬼殺隊には、先代当主の頃から居る鬼がおる。腕も立つし頭も切れるが、コイツがとんでもない悪タレでな……文字通り性根がひん曲がっておる。惡鬼というより悪党じゃな……関わる時はくれぐれも用心せい。
(じゃあ、あいつが先生の言っていた……小守新戸?)
仕込み杖を手にした鬼に、目を見開く。
人格面はともかく、腕っ節は柱だった
果たして、その実力は――
「とっとと酒飲みに戻りたかったのに、てめェのせいで台無しじゃねェか」
「いや、俺のせいかよ!」
「だってこんなカスに苦戦してるんだもん」
「てめェ殺すぞ!! あと「だもん」とか言うな年上だろ!!」
「バカ野郎、俺は永遠の二十代だぞ」
何と獪岳をボロクソに非難。
苦戦しているのは否定しないが、味方のクセに非常に癪に障る。というか、本音ダダ漏れで殺意すら沸いてきた。
すると、置いてけぼりにされた鬼が声を荒げた。
「お、おい!! わしを無視するな鬼狩りィ!!」
ドバッ!
「「!?」」
激昂した鬼は、血鬼術を行使した。
その異能は、自らの血を凝固させて槍にする能力。獪岳を殺傷するには十分過ぎる威力を持ち、事実これによって懐に潜り込んで頸を斬ることができなかった。
それは、鬼である新戸ではなく人間の獪岳へと向けられ――
ガッ! ドシュッ!
「っ……!」
「あっ!!」
思わず声を上げる獪岳。
一撃目は新戸が鬼の怪力を活かして素手で鷲掴みにしたが、時間差でもう一撃襲い掛かり、止むを得ず体で受け止めたのだ。
「いってェな、この三下ァ……!」
「ひいっ!」
青筋を浮かべる新戸に、鬼は怯んだ。
ダラダラしたいと思った矢先に鉢合わせし、さらには着物を台無しにされた。
敵は図らずも新戸の逆鱗に触れてしまったのだ。
「〝鬼威し〟……!!」
仕込み杖を抜き、新戸は血鬼術を発動。
刀身に凄まじいチカラが集中し、本能的に危機を感じた鬼は、背を向けて逃げ始めたが――
「〝鬼太鼓〟ォ!!」
メキィッ!!
「ギャアアアアアアアッ!!」
黒い雷を迸らせながら剣圧を飛ばした。
衝撃が鬼を呑みこみ、轟音と共に地を抉りながら吹き飛ばされてしまった。
その絶大な破壊力に、獪岳は愕然とする。
「……あー、ざまみろ」
「……」
清々したと言わんばかりの笑みに、顔を引きつらせる獪岳だった。
*
「ヤベェ、抜けねェ」
「鬼でも抜けないって、もうダメだろ……」
傷を負った獪岳を手当てし、ひとまず廃屋へと身を潜めることに。
その傍には、新戸が蝶屋敷からくすねてきた藤の香が置かれている。
「ちっくしょ、
眉間にしわを寄せ、困り果てる。
先程の血鬼術は、どうも槍というよりも銛のような形状らしい。しかも貫通力は低い分、長く体内に刺さりとどまるという傍迷惑なオマケ付き。抜こうにも抜けないのだ。
「……アンタ鬼だろ。鬼は共喰いすんだから、それも喰えばいいだろ」
「バカタレ、どうやって喰うんだ。……あっ」
獪岳の一言に、新戸は閃いた。
(そういやあ童磨の奴、人間を吸収できるっつってたな……)
上弦の弐である童磨が新戸の血を取り込む前。
彼は信者を喰らう際、抱き締めて自身の体に押し沈めるように吸収する芸当をしていたという。最上位の鬼ならではの能力で、無惨の血が濃いがゆえだろう。
ならば、元々は無惨の血が濃い
(とは言え、どうやりゃあいいんだ……)
鬼になって15年以上。一度たりとも人間や
新戸の今の体質は現在進行形で変化しており、人間の食事・睡眠・飲酒・喫煙で体力回復や生命及び人格の維持を可能としているが、それゆえに鬼特有の人喰いは必要としなかった。いや、稀血の実弥にドン引きしてる時点で人間を喰わない体質となってるかもしれない。
(思えば、俺の血鬼術も元は先代の柱達の追跡から逃れようと思って発現したような……)
今でこそ鬼達に猛威を振るう斬撃と剣圧を放つ血鬼術も、元々は遊び惚けている新戸に堪忍袋の緒が切れた槇寿郎達が〝躾け〟をしようとした際、何としてでも逃げようという「しょうもない意思」で発現した。
意思で発現できるのなら、その理屈で通じるのでは――というのはさすがに安易な考えだろうが、実践する価値はある。
「――ふんぬおおおおおおお!!」
とりあえず、力を入れて気合で吸収しようとしてみる。
すると、新戸の体に刺さっていた血の銛は徐々に埋もれていった。まるで底なし沼のように、ズブズブと沈んでいく。
そして10秒程で、銛は完全に新戸に吸収された。
「……できたけど着物は穴空いたままじゃねェか!」
「いや、そっちこそどうでもいいだろ」
――着物は糸とかで直すもんだろうが。
そうツッコむ獪岳だが、内心では気が気でなかった。
新戸が人喰いに目覚めたら、一巻の終わりだ。素質的には上弦の鬼を超える脅威となり、内情も知ってるため鬼殺隊にとって最悪の敵となるからだ。
しかしそうだとしたら、自らの体に巻かれた血のにじむ包帯に涎を流すなどの反応があるはず。それが無いということは、少なからず食人衝動は無いということでもある。
(……一応は大丈夫ってことか……?)
「そう警戒すんな。取って喰う趣味はねェ」
心情を見抜いた言葉を並べ、新戸は煙草を咥えて火を点ける。
重度の飲酒・喫煙中毒者の彼にとって、煙草を吸うということは娯楽であり生命維持活動なのだが、血肉にまで染みついた有害成分と臭いが中々強烈だった。
(っつーか、
「そういやあお前、雷んトコのだろ」
「!」
新戸の言葉に瞠目する。
――初対面のはずなのに、何で知ってる?
「あの山んトコの桃盗りに行くのに一回見かけたぜ。お前は全然気づいてなかったけど」
「アンタ何やってんだ!!」
ちゃっかり雷一門の山に自生する桃を盗んでることを自白。
飄々とした態度とその言動から、育手の言葉の正しさと目の前の相手のクズっぷりを思い知る。
「雷の呼吸っつったら、〝
「っ!!」
新戸のさり気ない一言に、獪岳は拳を強く握り締めた。
獪岳は雷の呼吸の壱ノ型だけ使えないまま、最終選別を突破して鬼殺隊士となったのだ。そのことに強い劣等感を常に感じ、壱ノ型を使えない自らへの周囲の冷たい目も相まって、不満を募らせながら今日まで生きてきた。
それを悟ったのか、新戸はモリモリと頭を掻いた。
「あー、成程。壱ノ型だけ使えねェって訳ね。……スッゲェどうでもいいな」
「――は?」
「そんな〝小さいこと〟にわざわざ迷うなよ。少しでも無理と思ったらすぐ別の方法を考える方がよっぽど近道だぜ?」
新戸はバッサリと切り捨てた。
その上で、こう助言した。
「基礎ができないんなら、自分で基礎を作りゃいいだろうが。本来の型を自分好みにしちまえばいい。わざわざ育手の教えにこだわる必要はねェだろ」
獪岳は思わず固まった。
壱ノ型を覚えるまで努力するのではなく、壱ノ型を会得できないまま戦うのでもなく。
〝雷の呼吸〟そのものを自分が扱いやすいように作り変えるという、青天の霹靂どころではないぶっ飛んだ発想。
常識や固定観念に縛られない、小守新戸という男だからこそ導ける答えだ。
「要するに、自分にしか扱えない『
「『特別な〝雷の呼吸〟』……」
その響きが、獪岳の思考を支配していった。
〝壱ノ型〟だけが使えないという、長く心を苛めてきた呪縛が解けていく。特別という言葉が蜜のような甘さを持ち、とても誘惑的で魅力的だった。
すると新戸は、パンッと手を叩いて言い放った。
「よし! せっかくだからお前を鍛えてやる。お前の足りねェトコを補えば、俺に与えられる仕事がお前に行くようになる」
「てめェ少しは自重しろ」
善意ではなく、自分の仕事を他人に擦りつけるために一肌脱ぐと宣言。
清々しいまでの自分勝手な言葉に、もはや呆れるしかない。
だが、この男は周囲とは全く違う価値観を持っている。それこそ、自分を正しく評価してくれるような……。
「……なあ、アンタは俺を正しく評価してくれんのか?」
「んなこと言われてもなァ、俺はお前を知らねェんだ。実力も才能も何もかも。――ここまで言えばわかるだろ?」
新戸の要求は、獪岳の戦闘を一から見せてもらうこと。
それを見て、向き不向きを判断すると。
「言っておくがな、穀潰しの玄人は身代わりとなってくれる奴を絶対に捨てねェ。覚悟しとけよ?」
新戸の不敵な笑みに、獪岳は不思議な高揚感を覚えたのだった。
こうして、新戸と獪岳の奇妙な関係が爆誕した。
*
翌日、正午。
「そうか……それは驚いた」
鬼殺隊本部にて、鴉の報告を聞いた耀哉は心底驚いた表情を浮かべていた。
何を隠そう、あの小守新戸が隊士の面倒を見るというのだ。子供の子守は手慣れてはいたが、ついに隊士の稽古にまで手をつけてくれるようになったのは、隊士の質の低下が近年浮き彫りになりつつある鬼殺隊にとって、非常にありがたいことだ。
(もっとも、新戸は自分に押し付けられる仕事を擦りつけたいだけだろうけど……)
耀哉は新戸の腹を読みつつも、動機はどうあれ結果的に有益と判断する。
長年に渡って新戸と腹を探り合ってきた知力は伊達ではない。
「しかし、新戸は煉獄家で多少剣術を習っただけで、左近次達のようにはいかない。どうするつもりかな……?」
新戸の実力は凄まじいが、その本質は喧嘩殺法も同然。型や呼吸法を教えることはできず、できるとすれば戦略・戦術ぐらいだ。
それに新戸は柔軟な思考であり、別のやり方を求めるのが得意だ。それを利用して期待と責務から散々逃げ続けている新戸を引っ張り出し、一気に〝逃げ場〟を無くして働かざるを得ない状況にさせる。
これは新戸の逃げ場を無くす、千載一遇の好機。逃すわけにはいかない。
(私から逃げられると思わないことだね、新戸。君の為に仕事をたくさん用意したんだから)
鬼殺隊関係者ではなく、鬼殺隊士として任務に励む新戸の姿を想像し、耀哉は愉快そうに笑ったのだった……。
それからしばらくして。
獪岳の師匠である桑島慈悟郎の元にも、その報せが届いた。
「あの悪タレーーーーーっ!!」
空気を震わす程の怒声を上げ、鼻息荒くして手紙を引き千切る。
それと共に、小屋の方から「ぎゃあ"っ!?」とビビりまくった汚い高音が。
「お館様への無礼千万、人喰い鬼との戦いに対する傍若無人に飽き足らず、ついに儂の教え子をも唆しおったか……!!」
声を震わせ、怒りを隠せない慈悟郎。
先代当主の計らいで鬼殺隊に属する唯一の鬼となった新戸。その腕っ節と頭脳は認めるが、それ以上に日頃の問題行動の方が印象深く、あまりいい感情を未だに持てない。
常に飄々とし、狡猾に立ち回り、時に残酷になる鬼殺隊最凶の〝穀潰しの玄人〟。その魔の手がついに教え子にまで及び、気が気でなくなる。
「しかし、奴を出し抜ける者はお館様くらいじゃ…………獪岳、すまん……!」
せめて教え子が、あの鬼に感化されないことを願うしかない。
鬼殺隊に迎えた時から、あの鬼の腐った性根をもっと早く叩き直しとくべきだった――そう後悔した慈悟郎だった。
【ダメ鬼コソコソ噂話】
腹の探り合いで新戸と渡り合える相手は、以下の通り。
・産屋敷耀哉
・産屋敷あまね
・煉獄瑠火
・鬼殺隊先代当主(耀哉の実父)
・童磨
この5人の中でも、瑠火はかなりの頻度で新戸を出し抜くことができたという。
理由は新戸が瑠火に弱かったため。本人曰く「あの人がいると何かホワホワしちゃって、ちゃんと逃げることができなくなった」とのこと。
ちなみに逃げるとは、労働からである。