鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

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遊郭編の情報が出てきましたね。
自分としては堕姫は沢城みゆきさん、妓夫太郎は津田健次郎さん、童磨は宮野真守さんかなと思ってます。

ちなみに自分の中では黒死牟は山寺宏一さん、玉壺は速水奨さん、半天狗の本体は大塚明夫さんで再生されてます。(笑)


第十五話 耀哉を老いぼれにさせてやる。

 さらに一週間が経過した頃。

 新戸は獪岳と行動を共にし、共同で鬼狩り――ただし新戸はほとんど傍観――をする中で、獪岳にこう告げた。

「一週間見させてもらってわかった。――お前は護る戦いが得意なようだぜ」

「は?」

 それは、思いもよらない一言。

 どういうことなのか理解ができず、どう言い返せばいいかわからなくなった。そういう評価のされ方は、今までなかったからだ。

「鬼を攻め討ち取るのではなく、鬼の攻撃から弱者(ヒト)を護る、言わば防衛戦。お前の才覚はそっちに特出してる」

 新戸曰く。

 鬼狩りの戦いにおいて、日の出まで人を護るのは単独で異能の鬼を討つよりも難しいという。なぜなら自分の身だけじゃなく、いつ喰われるかわからない背に庇う他人の身も護らねばならないからだ。そんな鬼の攻撃から自他共を護る〝戦果の無い戦い〟を、獪岳は確実にやれるという。

「戦果の無い戦い……」

「おうよ。戦果の無い戦いを成せる奴ァ、古今東西よっぽどの戦上手にしかできねェ芸当だ。防衛戦の辛さは俺もよく知ってる。護りの才覚を持つお前が羨ましいぜ」

 上弦の鬼も然り、無惨も然り……新戸は我流剣術と血鬼術に加え、臨機応変な戦法と狡猾な立ち回りを得意とするが、それでも防衛戦となれば後手に回り劣勢になってしまう。

 しかし防衛戦が得意な輩は、言い方を変えれば後手に回っても有利だということである。戦いは討ち滅ぼすよりも五体満足で護り切る方が難しい。そういう才覚に恵まれたとなれば、新戸にとっては柱以上に貴重な戦力と考えているのだ。

「つまり、お前は人喰い鬼共にとって〝面倒な敵〟なんだ。攻撃は最大の防御とか言うがな、防御力の高さは相手に焦りを与え、隙を生みやすくなる」

 守りが堅いことは、攻撃が通じにくくなるということ。

 鬼から見れば、自分の強さが人間に通じないという事実を受け入れるわけがなく、早く始末しようと勝負を焦るようになる。それこそが狙いで、勝負を焦って無意識に隙を生ませることで必殺の一太刀を振るいやすくする――新戸はそう言っているのだ。

 柱ともなれば、強行突破で容易く鬼を討つことができるが、一般隊士と柱とでは天地の差だ。そういう意味では、鬼を討つ呼吸法を護身としての呼吸法に変えることは、鬼殺隊の生存率の低さを解決する点では非常に重要だ。

 一刀必殺なれど捨て身の剣じゃなく、泥臭くても未来を繋げられる「自衛の剣」……それこそが獪岳の才能だと新戸は語る。

「鬼を殺す? 鬼を滅する? それ以前に自分(てめェ)の命だ。自分(てめェ)の身を護れねェ奴が鬼を討てるわけがねェ。最終選別から出直してこいって話だぜ全く」

「新戸さん……」

「世の中報われねェ努力は腐る程あるが、無駄な努力はねェ。獪岳、お前は間違っちゃいねェよ」

 その言葉に、獪岳は無意識に笑みを浮かべた。

 鬼である新戸の説法(おしえ)が、頭を支配していく。それは不快なものではなく、心地よさや清々しさすら感じ取れる程、魅力的なものだった。自分の努力を評価してくれた新戸は、慈悟郎すら霞む程の存在となった。

 ――この人は、決して俺を裏切らない。

 獪岳はそう確信した。

「……さてと、ボチボチ頃合いか」

「?」

「今からちょっと寄ってきたいトコがある。付いて来い」

 

 

           *

 

 

 新戸に連れられ、獪岳はある寺院を訪ねていた。

「ここは……」

「〝万世極楽教〟。俺の顔馴染みが切り盛りしてる寺だ」

 寺という言葉に、獪岳は眉を顰めた。

 というのも、獪岳は昔、とある寺に身を寄せていた際に寺の金を盗んだことでその日の夜に追い出されたという過去がある。そして追い出された時に鬼と遭遇し、助かるために寺の皆を売った。

 そのことを獪岳は伝えてない。伝えたくなかった。自分を正しく評価してくれた男に、見限られたくないという思いが強いがゆえに。

「誰かしら出るとは思うが、くれぐれも猪の皮被ったのと絡むなよ」

「は?」

 謎の発言に首を傾げていると、寺の門がゆっくりと開き、一人の女性が現れた。

 黒髪に緑色の瞳の可憐な容姿が特徴の、文字通りの大和撫子。妙齢でお淑やかな美人が顔を出し、獪岳は顔を赤らめた。

 すると、女性はパァッと笑顔を浮かべ、嬉しそうな声色を発した。

「あら、新戸さん! こんばんは!」

「こんばんは、琴葉さん。お久しぶりです」

(敬語!?)

 あのチャランポランの妙に紳士な態度に言葉を失う。

 普段の彼の様子を知ってる分、まるで猫を被ってるようにしか見えない。

 そこへ、さらに衝撃的な出会いが。

「どうしたんだい? 琴葉」

「童磨さん、新戸さんが来てくれたわ」

 そこへ新たな人物が登場。

 頭から血を被ったような文様の、白橡の長髪。ベルトで締められた縦縞の袴と徳利襟の洋服。太い下がり眉に優しい顔立ち。そして、見たら決して忘れない虹色の瞳。

 朗らかで気さくそうに見えるが、瞳に刻まれた「上弦」と「弐」の文字を目にし、言葉を失った。

(上弦の、弐……!?)

 その事実を受け入れた途端、脂汗が止まらなくなった。

 十二鬼月で二番手、人喰い鬼の中で三番目に強い圧倒的強者。それが目の前にいる。しかも人間の女性と。

 そんな怪物と、新戸がこうして交流している。これが露見すれば、新戸一人の処刑では済まないだろう。

「……アンタ、まさか」

「心配すんな。童磨は上弦だが鬼殺隊(こっちがわ)の鬼だ。あんまり動いちまうと、いくら無能の無惨でも勘づかれるかもしれねェってだけだ」

 鬼の始祖を罵倒しつつ、童磨は味方だと説明する。

 しかし今になって上弦の鬼の一体が鬼狩りに与するなど、到底考えられないことだ。何か裏があるのではと勘繰ってしまう。

 そんな心の声に気づいたか、新戸はさらに付け加える。

「童磨は信用に足る野郎だ。俺が保障する」

「友人にそう言ってもらえると嬉しいなぁ」

「つっても、腐れ縁の要素が強いけどな」

 軽口を叩き合うと、童磨はそのまま一行を招待した。

 

 

 寺院の中では、新戸が童磨達と談笑していた。

 鬼殺隊と十二鬼月という、決して相容れないはずの敵同士が、こうして仲良くしているなどあり得ない。当の本人達は意にも介してないが、獪岳は常識を根本から覆され、戸惑うしかなかった。

(……俺って、場違いじゃないよな……?)

「おや? 獪岳君はどうかしたのかな」

「一応現役の鬼殺隊士だからな。上弦相手じゃ空気重いかもな」

 グイッと酒を煽る新戸は、童磨の猪口にも酒を注ぐ。

 するとそこへ琴葉がお盆でつまみを出し、手を伸ばして頬張った。

「さてと…………そっちは何か動きがあったかい?」

「いんや別に。新米の柱が二名増えたぐれェだ。こないだ聞いた」

「それ言っちゃダメだろ!!」

 いきなりの爆弾発言が投下。

 柱が増えたことをあっさり漏らした新戸に、童磨ですら驚愕。

「えっと……それさ、結構重要じゃない? 大丈夫?」

「何言ってやがる、上弦にとっちゃ柱が何人増えても同じなんだろ?」

「本当に君って容赦ないね」

「聞こえの(わり)ィ言い方しやがる。俺ァ正直に喋ってるだけだぜ」

 淡々と語る新戸に、童磨は思わず苦笑い。

 現に童磨自身もそう考えているため、真っ向から否定できない。

「そういう童磨もどうなんだ? 何か事情変わったりした?」

「うんともすんとも。あの人は滅多に上弦を招集したりしないからねぇ。誰か欠けたら呼ばれるかも」

「そりゃ好都合だ。俺としても()()()()()と思ってるし」

 その考えが、新戸と鬼殺隊の決定的な違いだった。

 鬼殺隊としては、一刻も早く鬼舞辻無惨の頸を刎ね、全ての鬼を滅したい。それは命を懸けて行い、時として自らを犠牲にする。鬼を滅してこその鬼殺隊とは、よく言ったものだ。

 だが新戸は、同じ目的でも犠牲を〝無駄な浪費〟と捉え、最低限の損で済ませることを重視する。一刻も早くと急ぐのではなく、一度踏み止まって自らが置かれた状況を把握し、退ける時に退いて体勢を立て直すのだ。

 

 小守新戸は、鬼殺隊に向いた思考回路ではない。

 だが、それこそが血鬼術をも超越する最大の武器であったのだ。

 

(……俺と似てるんだ、この人は)

 鬼殺隊で生きることについて、誰よりも共感できる相手。

 それが、獪岳から見た新戸だった。

「そうだそうだ……新戸、君は吉原で堕姫ちゃんを勧誘したんだって?」

「! よく知ってたな、本人から聞いたか?」

「俺が()()()()を鬼にしたからねぇ。今でも時々顔を出してるのさ」

 その時だった。

「どおりゃああああああ!!」

「!?」

 襖を破壊して、木刀を両手に持った猪の皮を被った少年が飛び出てきたのだ。

 突然の異貌の乱入者に、獪岳は放心状態になる。

「勝負しろ、穀潰し野郎ォォォォ!!!」

「ちっ、また伊之助か……」

 二刀流の攻撃を繰り出す少年・伊之助に、新戸は呆れ半分で仕込み杖を使い胡坐を掻いたまま防御。

 伊之助は舌打ちしつつ猛攻するが、新戸はそれを軽くいなし、目にも止まらぬ速さで猪の皮を奪った。

「げっ!」

「んなっ!?」

 その素顔に、獪岳は驚愕した。

 青く染まった毛先、深い翡翠色の瞳、細い眉……猪の皮の下にあったのは、女性と見間違う程の顔立ちの美少年だったのだ。

 細面の新戸も端正な童磨も上回る、まさに生まれながらの美男子だ。

「だから脇が(あめ)ェんだよ。戦闘中に余裕ぶっこいてピーチクパーチク言っちゃダメだろ、伊之助」

「てめェ!! 返しやがれェ!!」

「はいはい、わーったよ」

 猪の皮を投げ返すと、伊之助は「次は絶対勝つ!!」と鼻息を荒くして被り直す。

 そしてそそくさと部屋を出て、母親の元へと向かった。

「新戸さん、あのガキって……」

「琴葉さんの息子だよ。まぁ気にすんな」

 新戸は素っ気無い態度で告げると、童磨の虹色の瞳を見据え、いつになく真剣な表情になる。

 童磨も新戸と長い付き合いゆえか、ヘラヘラしていた素振りをやめた。

「……童磨、少し面倒な事になった」

「というと?」

「あのワカメ頭と同じ能力が開花し始めてるらしい」

「ふぅん………………へっ!?」

 衝撃の暴露に、童磨は心底驚いた。

 鬼の始祖と同じ能力が覚醒している――それは千年以上に渡る鬼の歴史を覆す、とんでもないことだ。

 無惨の能力は上弦とは比べ物にならない。それは上弦の弐である童磨自身も理解している。そんな無惨と同じ能力を有するようになるということは、絶対的な鬼の支配者が二人になるということである。

「えっと……え? ウソでしょ?」

「珠世さんが言ってたからな。現に俺の血を摂取した奴の思考読めるようになったし。何ならお前の思考読んでみる?」

「君に読まれるのは嫌だなぁ」

「童磨、それどういうこと?」

 新戸は額にビキッと青筋を浮かべる。

「しかし驚いた。無惨様を脅かす存在が、鬼狩りじゃなくて君だったなんてね」

「そう言ってる割には全然そう聞こえねェけど」

「君だったら案外何でもしそうだと思ってるんだ」

「……(ちげ)ェねェや」

 鬼二人の会話に、獪岳は置いてけぼりになる。

 しかし、少なくとも鬼殺隊にとって悪い話ではないのは理解できた。

「さて……そんじゃあこいつでお開きとさせていただくわ」

 新戸は懐から手紙を取り出し、童磨に渡す。

 それを手に取った童磨は、内容に目を通した。

「さすがの君も、無惨様には敵わなかったんだね。可哀想に」

「……おめェの思ってること、多分違ってるぜ。当たってるとしても可哀想はねェだろ」

 不敵な笑みを崩さない新戸に、童磨は扇をパチンと打って微笑んだ。

「親友の頼みだ! 引き受けよう」

「そう言ってくれると思ったぜ。――ただ気をつけろ、俺の予想が正しかった場合、この件に関わったお前の身も危うくなりかねねェ。竈門家はそれぐらいヤベェってこった」

 

 

 童磨との交渉を終え、寺院を後にする二人。

 ふと、獪岳は新戸にこんな質問をした。

「なあ、アンタは何が目的なんだよ」

「目的? んなモン決まってるさ、産屋敷に養われる日々を貫き通すためだ。ワカメ頭とその子分共に恨みはねェが、俺の生活を脅かす以上は対処しねェとな」

 あくまでもスネをかじることを最優先としている新戸に、獪岳は呆れる。

 やっぱりこいつは腐ってる――そう思った時だった。

「けどな、最近になって目標ができた」

「目標?」

「ああ、耀哉を老いぼれにさせることだ」

「……ハァ!?」

 追い打ちをかけるように、とんでもない言葉を発した。

 鬼殺隊で最も偉い人物――お館様を老いさせるという、かなり歪んだ思考。さすがの獪岳も理解が追いつかず、言葉を失った。

 すると新戸は、神妙な面持ちで煙草を咥え、火を点けて紫煙を燻らせた。

「他の連中も気づいてるか知らねェが……あいつも危険人物だぜ。鬼殺隊で一番無惨を憎んでるから、腹ん中は超ドス黒いぞ。仏の皮被った第六天魔王だ」

「なっ……」

「しっかもこれがガキん頃から仕上がってる。それが気に食わねェのさ」

 煙を吐き、新戸は口角を上げる。

「だから俺は、()()()()()()()()()耀()()()()()。お館様なんつー御大層(はためいわく)な肩書きを捨てた、ただの産屋敷耀哉と酒飲んで、煙草の味を覚えさせるのが俺の責務だ」

「……」

 獪岳は目を見開く。

 歪んではいるが、新戸なりに不遇な友人を幸せにさせたいと考えているようだ。

 意外と義理堅いんだなと感心したが……。

「それに俺の人間性じゃ、仕事とか一生無理でしょ」

「ウソだろ、自覚してんのに直さねェのか」

「いや、だって直したら働かされるじゃん」

 新戸の安定のクズっぷりに、今までの感動が台無し。

 当たり障りのない話し方や場の雰囲気を悪くしない努力をしない男に、獪岳は頭を抱えるのだった……。


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