次回あたりで炭治郎と禰豆子が動き出します。
ただでさえ心底嫌う鬼という存在であるというのに、性格と思考回路は極めて利己的かつ無神経。その場にいるだけで組織や集団の和を乱し、それを自覚しているのに直さない。お館様の前でも無配慮で、軽い調子で呼び捨てにし、話を遮って持論を展開する。これが厄介なことに、物言いが無駄に強いが言ってることもあながち間違いではない。
しかも無駄に頭の回転が速く、戦力補充として上弦の鬼の一角を味方につける離れ業を成し遂げている。素の戦闘力もバカにできず、個の武で言えば鬼殺隊でも最強に近い。
とどのつまり、伊黒から見て新戸は「無駄に有能なクズ」なのである。鬼は問答無用で滅殺すべしと考えている彼にとって、こんなにも癪に障る相手はそうそういない。柱としての自覚が見られない義勇を毛嫌いしているが、最近は彼が仕事をしてる分まだ真面目だと思うようになってきた。
同僚であり似た考えを持つ風柱と共に、徹底した厳罰に処するべきと直談判したが、当の鬼殺隊当主は「大目に見てほしい」だの「役に立ってくれる時はある」だのと妙にはぐらかすばかり。主人を疑うつもりなど毛頭ないが、二人の関係にはどうも裏がある様子。
ならば、柱合会議で新戸を全員の前で問い詰めればいいのではないか。そんな考えを思いつき、鼻っ柱を圧し折ってやろうと目論んだが……。
「もうそろそろなんだよなァ」
「……」
ほぼ全員が冷たい眼差しを新戸に送り、気でも違ったのかと頭を抱えた。
何と産屋敷邸の石庭で、焚き火を焚いていたのだ。
好き勝手もいいところである。
「おい、ここがどこだかわかってんのかズボラ鬼ィ!」
「そこでニヤついているおかっぱ頭のおバカた様に文句言って。言い出しっぺはアイツだから」
「野郎、ぶっ殺してやる!!!」
荒ぶる風柱は、怒りを爆発させ抜刀する。
刹那、彼の眼前に棒に突き刺さった何かが飛び込んだ。
「……焼けたぜ、絶品。甘いのは好きだろ?」
無駄に爽やかな笑みを浮かべる新戸。
差し出されたのは、焼き芋だ。
「て、てめェ……!」
「一番はお前が食えっておれの気遣いを無下にするってのか? 食いもんの恨みは
挑発気味に言いながら、焼き芋を半分に割った。
『!?』
産屋敷家と柱達だけでなく、控えていた隠達ですら目を大きく見開いた。
ふんわりと輝く上品な黄金色。食欲をそそる美味しそうな香り。完璧な火の通り。
口に入れなくても、見ただけでわかってしまった――あれは確実に美味いと。
「た、只者じゃないわ……!!」
新戸は料理はしないが、つまみや間食は気分次第で自力で作る。その中でも好評なのが甘酒なのだが、焼き芋はもっと上手だ。絶妙な火加減で完成されたズボラ鬼の焼き芋は、多くの人間を屈服させてきた。新戸を嫌う育手の者も認める程で、最近では裏で通じている童磨や珠世すらも陥落させている。
なお、一番最初に屈服したのはまだ生きていた先代当主と幼き日の耀哉であるのは秘密である。
「ささ、皆もお食べ」
「むぐむぐ……」
「わっしょい!」
「すでに毒されてるじゃねェかァ!」
すでに貰っていたのか、耀哉や義勇、杏寿郎は頬張っているではないか。
しかし香ばしい匂いに抗える者は一人、また一人と減っていく。柱のまとめ役である悲鳴嶼も陥落し、伊黒は鬼が用意した焼き芋など死んでも食うかと、新戸と折り合いが悪い実弥と共に反抗したが、耀哉の「……お腹が痛いのかい?」というさりげない一言と新戸の「いい年して好き嫌いかよ」の煽りに渋々妥協。その美味さに新戸を睨みながらも舌鼓を打った。
そんな新戸が掻き乱す、芋の匂いが充満する柱合会議。
今回の議題は、新戸の独断行動についてだ。
「え? 俺の話題?」
「現時点の新戸の動きと考えを共有したいんだ」
耀哉曰く。
鬼殺隊公認の鬼である新戸の独断行動は、その全てが結果的に鬼殺隊に有益となっており、隠達とはまた違った〝縁の下の力持ち〟であるという。実際に新戸が裏で動いたことで救われた命や討ち取れた鬼もあり、一族の悲願を果たす絶好の好機を逃したくないとのことだ。
「上弦の弐の件も然り。君は鬼舞辻と鬼殺隊の千年以上に及ぶ均衡を崩している張本人だ、鬼舞辻に対する切り札ともなり得る」
「お館様。お言葉ですが、その鬼はあらゆる面で信用できません。こんな冨岡並み、いやそれ以上に集団の和を乱す危険因子を放置するのは狂喜の沙汰です」
「お前義勇に恨みとかあんの?」
ネチネチと義勇のことを引き出して自分の悪口を言う伊黒に、新戸は呆れ返った。
「まあ義勇についちゃあ、いい加減自分を卑下すんのやめろやっていう点は同意すっけど。どうせ「俺は水柱じゃない」とか思ってんだろうし」
「っ……!?」
新戸の一言に、義勇は目を見開いて固まった。
いつもの様子と違い、あからさまに動揺する水柱に、周囲の視線は新戸と義勇に集中する。
「お前は、人の心を読めるのか……?」
「いや、全然。ただ、俺も色んな連中見てきた。言動と表情を見りゃあ、大体の想像はつく」
新戸は鬼ですら口車に乗せて自滅に誘えるくらい、非常に口が上手い。言動や声色、表情の微かな変化で腹の中を見抜き、こう考えているのではと予測を立てて言葉を選ぶため、腹の探り合いにおいては無類の強さを発揮する。人心掌握の達人が耀哉とすれば、新戸は凄腕のペテン師と言うべきだろう。
それゆえか、人間の心の中を凡そ読むことができる。それは柱が相手でも例外ではない。
「本当に水柱じゃなかったら、いつまでも時が止まってる奴をわざわざ柱になんかしねェっての。耀哉だって何だかんだ人を見る目はあるから。物理的には見えねェし、実際のところはただの人材不足かもしれねェけど」
「諭してるのか貶めてるのかはっきりしろよ」
相変わらずの新戸節に、宇髄はひくつかせた。
そんな中、新戸は義勇の目を見据え、痛いところを突かれた義勇は逆に新戸を睨んだ。
「あのな。人間、生きてりゃ何らかの形の不幸に見舞われんの。無難な一生なんざ存在しねェ。どうしようもねェ事なんざ世の中腐る程あるってことぐれェはわかる脳味噌だろ?」
「……お前に何がわかるっ」
「たらればの後悔なんざ死んでからもできる。
新戸の言葉に、義勇はハッとなる。
ぬらりくらりとした態度で軽く言い放ったが、言葉そのものは確かな重みを感じるもの。
他の柱達も、新戸の真面目な言葉に驚きを隠せないでいた。
「〝弱い自分を斬り捨てなさい〟……お前のような男でも、そういう言葉を言えるとは驚いた……」
「昔、俺が
欠伸をしながら呑気に告げる新戸に、義勇は静かに「そうだな」と返答する。それはどこか憑き物が落ちたような雰囲気で、まるで心の闇が晴れたようなモノだった。
が、ここでしのぶが額に青筋を浮かべて新戸を問い質した。
「……ちょっと待ってください。新戸さん、冨岡さんの本心をいつ見抜いたんですか?」
「ん? ああ、杏寿郎が柱になる前だけど」
『ハァ!?』
とんでもないことに、新戸は何年も前から義勇の本心を誰よりも早く見抜いていたのにもかかわらず、それを誰にも言わず今日までずっと放置していたのだ。
義勇と衝突することも多々あった面々にとっては、そんな事実がわかれば怒りの矛先を新戸に向けるのは当然のことであった。
「てめェ、何で今まで黙ってたァ!?」
「貴様のせいで集団の和の乱れが無駄に続いたじゃないか。どうしてくれる、どうしてくれようか」
「いや、俺よりも付き合いが長いお前らが勘繰らねェ方が問題だろ。いくら義勇が口下手でも、実は違うんじゃないかって一回ぐらい思わねェの?」
『…………』
バッサリ切り捨てる新戸に、思わず押し黙る柱一同。
ぐうの音も出ない切り返しに、さすがの耀哉も「耳が痛いね……」と複雑な表情を浮かべた。
「まあ、義勇が柱クビにされたら俺の手駒にするつもりだったけどさ」
『っ!?』
「えっ」
そしてさらに衝撃の事実が発覚。
何と新戸は、義勇と周囲の人間達の軋轢に目を付けていたのだ!
これには柱達どころか、耀哉ですら絶句した。
「そりゃそうさ。義勇が柱に相応しくないので降格させますってなったら、絶対俺にしわ寄せ来るじゃん。そうなると俺も好き勝手動けなくなるし」
「……悪魔だ」
霞柱・
「まあ、カナエに勘づかれたからすぐやめたけど……」
「だから次は〝彼〟に目を付けたのかい?」
「アイツは見込みがある。あのままで終わるのはもったいなさすぎるのさ」
新戸はそう言って、スッと立ち上がって障子に手をかけた。
が、その肩をメキメキと音を立てながら握り潰す勢いで止める男が一人。
「イデデデデデ!!」
「どこへ行くんだ?」
「し、死ぬ死ぬ死ぬ! ちょ、マジでヤバイって!」
「鬼が死ぬって言うのは
悲鳴嶼の握力に悲鳴を上げる新戸。
苦悶に満ちた表情に、新戸関連の鬱憤が溜まってる実弥は嬉しそうな表情を浮かべた。
「……新戸、オイタがすぎないかな?」
「ヒッ!」
いつもの優しい笑顔で凄む耀哉に、甘露寺は悲鳴を漏らし、他の柱達も戦々恐々になる。
目が笑っておらず、いつも笑顔の人が本気で怒った時の顔だ。
「まあまあ、そう怯えなくてもいいだろう? 親友じゃないか」
「笑顔が黒いんだよ! 昔から変わんねェ腹黒さ剥き出しじゃねェか!」
ドスッ
「……えっ?」
鈍い音が響き、新戸は目を見開いた。
何と自分の胸に、日輪刀が突き刺さっていたのだ。
「あれ……? 抜刀は御法度だったんじゃねェっけ……」
「隊員同士の戦闘は、ですよ。鬼のあなたはいつも隊員じゃないって言ってたじゃないですか♪」
そう、抜刀したのはしのぶだった。
新戸が言い逃れる際の主張を逆手に取り、藤の毒を注入したのだ。
新戸はあっけなくバタッと倒れ、指一本たりとも動けなくなる。藤の毒に耐性があるが、どうやら新戸対策として強力に仕上げていたようだ。
「鬼を滅してこその鬼殺隊。あなたはその特殊な身体と先代当主からの意向で生かされてるんですよ? まさか忘れてたなんて、情けない情けない♪」
「しまった、知らねェ内にガサツさが抜けてたから油断した……お前も腹黒だった……!」
「殺すぞ引きこもりの糞野郎」
「胡蝶、顔ヤベェことになってんぞ」
撃沈した新戸を鬼の形相で見下す蟲柱に、音柱は顔を引きつらせたのだった。
*
その日の夜。
新戸は浅草の珠世の屋敷に訪れていた。
「新戸さん、どうぞ」
「あー、ホント助かる……珠世さんありがと。ったく、しのぶの奴、血清ぐらい用意しろっての……」
「自業自得だ馬鹿者が!」
倦怠感でどこか重い空気を纏う新戸を、愈史郎は顔中に青筋を浮かべて一喝する。
藤の毒を盛られた状態で訪ねたため、最初こそ本当に驚いたが、蓋を開ければ身から出た錆だったのだ。尊敬する相手を困らせた男を不快に思うのは致し方ない。
「……で、珠世さん。どうなんだい」
「順調に進んでます。ちょうど試作品が完成しましたよ」
「それは朗報。少しは楽ができそうだ」
新戸は珠世から貰った解毒剤を服薬しつつ、笑みを浮かべる。
「しかし、あなたの考えには驚かされます。私ですら長年思い浮かばなかった」
「いやァ、そっちが野郎の情報を教えてくれたおかげさ。タネさえわかればこっちのもんだ。――で、どんな仕上がり?」
「こちらになりますよ」
珠世は何重にも鍵のかかった箱を取り出し、その鍵を開けて試験官と注射を見せた。
その中に入っていたのは、血の色をしたナニかだ。
「これがあなたと上弦の弐の血、私が作成した既存の薬を配合して作った特効薬です」
「ほー、コイツがかい……」
興味深そうに目を凝らす新戸。
珠世が作ったのは、人間を鬼にする無惨の血を中和する特効薬なのだ。
この薬は、新戸がいつか来るであろう無惨と鬼殺隊の最終戦争に備え、隊士の誰かが戦闘中に鬼にさせられた場合を想定して珠世に作成を依頼した代物。人の血肉を喰らわずにして無惨と同等の存在となりつつある新戸の血液を主軸に、その血を取り込んだ童磨の血、さらに珠世が以前に作った鬼専用の回復薬を配合・試行錯誤を繰り返して完成させたのである。
「残念ながら試す機会がないため、一度も投与してませんが……」
「いやいや、無いよりかはマシだろ。これはありがたく頂戴する」
「そうですか……では新戸さん、申し訳ないのですが、もう一度採血を」
新戸は無言で腕を出し、珠世は注射器で血を採った。
この血こそ、忌々しい鬼の始祖を抹殺する可能性を秘めた福音。そして新たな厄災――人間同士の争奪戦の火種となりかねない、邪な心を持つ者に決して与えてはいけない禁断の果実。
(……煙草と酒の匂いが、以前より濃くなっている。それに藤の花の香りも混ざっている……?)
とにかく、以前よりもヤバイ匂いを放っていることに、吐き気を耐える珠世。
今もなお変化を続けている新戸の身体。医者としてなら興味深いが、変化の行きつく先は不明であり、本来ならばどこかで止めねばならない。
何より、臭い。針を刺した箇所から漏れ出るエグイ〝それ〟を嗅いでしまい、愈史郎は顔を青褪め口元を押さえた。
「そう言えば、禰豆子さんはアレからどうなったのですか?」
「ああ、竈門家? そういやあ最近会ってねェなァ……禰豆子は確か鱗滝の天狗爺が預かってた気がしたけど」
新戸は「今度顔出すか……」と頭を掻きながら呟く。
竈門家襲撃以降、新戸が裏で手を回したことで竈門家は別々に生活することとなった。
炭治郎と禰豆子は義勇の導きで鱗滝左近次の元で修業しているが、禰豆子は無惨の血の量が多かったのか、それとも新戸の血の影響か、一日の大半は寝ているらしい。
一方の葵枝達は蝶屋敷で生活している。新戸と仲の良いカナエの手伝いをしているとのことで、現在の家族間のやり取りは文通で行っているという。
「……この際、禰豆子の血も採ってくる? 時期見計らって連れてくるって選択肢もあるけど」
「直接お会いしなければわからないこともありますが……そうですね、お願いします」
「あいよ。まあちょっと時間かかるかもしれねェけど気長に待ってな」
新戸は珠世に袋を渡すと、ヒラヒラと手を振りながら去っていった。
「全く、あの男は……鬼狩りよりも質が悪い! そうは思いませんか、珠世さ――」
新戸の悪口を言いながら、珠世に同意を求めた愈史郎だったが、当の本人は袋の中を見て目を見開いていた。
「……珠世様?」
「あの人は、本当に不思議な方です」
珠世はクスリと微笑んだ。
袋の中に入っていた、紅茶の茶葉を手に取って。
【ダメ鬼コソコソ噂話】
しのぶは純米大吟醸酒三本を報酬に、新戸を実験台に毒の威力を確かめている。
さすがにいかがなものかとカナエは反対されたが、高級酒を働かずに貰えるために新戸はアッサリ承諾したため、思わず頭を抱えたとか。