堕姫のCVが、本当に沢城さんになった!
お兄ちゃんの方は、やっぱり津田さんかな……?
ここは蝶屋敷。
鬼殺隊唯一の公認の鬼は、とある一家とふれ合っていた。
「はい、一抜け」
「「「あーーっ!!」」」
「ダッハッハッハ! これで三連勝。顔洗って出直してこい!」
高笑いする新戸を、悔しそうに睨む三人の子供。
彼らは二年前、新戸がひょんなことから雲取山で出会った、炭焼き一家の竈門家の少年達。本来なら鬼殺隊とは無縁だが、かの鬼舞辻無惨の襲撃から生還したことで、産屋敷家の勅命で庇護下に置かれているのだ。
そして今、新戸は竹雄・茂・六太の三名と双六で遊んでおり、連勝を重ねていた。
「まあ、少しは腕が上がったな!」
「新戸お兄ちゃん、強すぎ!」
「ちょっとは手を抜いてくれよ!」
「バカタレ、遊戯だろうが鬼狩りだろうが手ェ抜いて勝つのは失礼だろ」
ケタケタと悪い顔で微笑む。
そこへ、竈門家の柱である葵枝が新戸に家事の手伝いを要請したが……。
「新戸さん、お風呂の準備してくれる?」
「イヤです」
穀潰しの玄人である新戸がそれを受け入れるはずもなく、即答で拒否した。
「俺は勝手にご飯でてきて勝手に洗濯されてる日々を過ごしたいん――」
「フンッ!」
ゴッ!!
「ギャッ!?」
何と問答無用と言わんばかりに、葵枝は新戸に頭突きを炸裂。
新戸は額が割れ、血が滲み、鼻からも流血。一瞬だけ白目を剥き、ピクピクと悶絶する。それと同時に、傷口から漂う酒と煙草と藤の香りを混ぜた異臭とも言うべき匂い……。
「っ……!!」
「くっさ~い……!」
「うわ、何だこれ……!?」
「兄ちゃんが嗅いだら死んじゃうかも……」
人間や人喰い鬼とは別の、悪い意味で未知の生物となっている新戸。
鼻が曲がりそう……とまではいかないが、換気はした方がいいくらいのそれに、竹雄達男子陣はおろか、妹の花子ですら顔を顰めた。
「もう、いい年して怠けてちゃダメでしょ!」
めっ! っと叱られる新戸。
通常の新戸なら、この程度なら梃子でも動かない。まあ気分転換にする時もあるが、基本的には働くことは拒むからだ。自らの刀の鍔元に「労働ハ敵」と彫ってあるくらいに。
なのだが……。
「……へい」
渋々立ち上がり、溜め息交じりだが素直に従う新戸。
そのやり取りを偶然見ていた機能回復訓練の指揮を執る神崎アオイは、思わず固まった。
「あ、あのアホ鬼が、家事を手伝う……!?」
青天の霹靂とは、まさにこのこと。
独断行動が主軸の新戸が他人の頼みを受け入れるのも珍しい方だが、何よりも意欲的でなくとも家事を手伝うなど、アオイにとっては上弦の鬼討伐くらいに前代未聞であった。
新戸はそれぐらい、働くのが嫌なのだ。
「し、しのぶさまに報告を……!」
アオイはすかさずその場を後にした。
葵枝を介すれば新戸はきちんと働いてくれるのではないかという、一縷の望みを届けるために。
(ちっ……どうも瑠火さんがちらつく……)
それは些事ではあるが、図太く強かな新戸の数少ない、打ち明けられない悩み。
彼にとって煉獄瑠火は、自らを唯一出し抜いた人物として大きな影響を与え続けている。どんな相手にも物怖じしない新戸は、彼女にだけは一度も
その面影を、葵枝含めて
「ったく、カナエには感じなかったってのに……何なんだ」
愚痴を溢しながら、律儀に風呂を沸かす。
そこへ、蝶屋敷の主人が顔を出す。
「あらあら、アオイの言う通りだったのね。明日は槍でも降るのかしら?」
「……カナエか」
新戸と最も付き合いの長い人物の一人、元花柱の胡蝶カナエだ。
上弦の壱との交戦で重傷を負い、柱として戦えなくなったが、今でも裏で鬼殺隊を支え続けている彼女は、どうやらアオイの緊急の報せを聞いて来たようだ。
「葵枝さんが好きなの?」
「俺ァ未亡人に手ェ出さねェよ。色恋沙汰にゃ興味ねェッ」
「そうには見えないのよね」
「その年で耄碌するのァ勘弁してくれや」
軽い調子で悪口を言う新戸。
しかしどこか、いつもよりも歯切れの悪さを感じ取れる。
「誰が誰を想うのかは自由よ。でもあなた、自分にウソついてない?」
「……そう見えるか? 割と自分には真っ直ぐだと思うんだが」
「そうね~」
「何がそうね~、だ! ――で、本当に俺が風呂沸かすトコ見るために来たのか?」
目を細めた新戸に、カナエは観念したかのように「勘が鋭いのね」と呟いた。
「あなたに手紙が来たの」
「手紙?」
カナエから手紙を渡され、目を通す。
拝啓 小守新戸殿
先日、鬼殺隊の最終選別を受けて合格し、晴れて鬼殺隊の一員となりました。
新戸さんの血を受けて以来、禰豆子は体質の変化の連続で長期間眠り続けることもありましたが、今は日陰であれば日中でも活発でいられます。
あの日、鬼舞辻を相手に俺の家族を必死で護ってくれて、本当にありがとうございました。怠け者でズボラでどうしようもないけど、あなたは俺の一番の恩人です。この恩は必ず返します。
敬具 竈門炭治郎
「炭治郎の奴、悪口入ってんぞ」
「……!」
その時、カナエは新戸の笑みを見て目を見開いた。
新戸は表情豊かではあるが、鬼らしい傲慢さが見え隠れするような、要するに悪い顔をするのがほとんどだ。微笑む時も爆笑する時も何かしら含んでおり、悪巧みが楽しそうな雰囲気で満ちている。
だが今の笑みは――炭治郎の手紙を読んだ笑みは、純粋さが確かにあった。おそらく鬼になる前は、人格も今よりかは歪んでおらず、心も
(そんな顔ができたのね……)
「さてと。じゃあ行きますかね」
新戸は大きく背伸びをすると、壁に立てかけていた仕込み杖を腰に差す。
「あら? お出かけ?」
「ちょいと遠出する。そうだな……耀哉には「合格者の様子見てくる」っつっときゃ大丈夫か」
「もうっ、私はあなたの隠や鴉じゃないのよ?」
和やかな雰囲気で軽口を叩き合う。
すると新戸は、さらに言葉を紡いだ。
「それとだ、カナエ」
「?」
「耀哉に「今度の柱合会議で知り合いの鬼を
「えっ!?」
それを最後に、新戸は蝶屋敷を猛烈な速さで出ていったのだった。
*
数日後、東京府浅草。
芝居小屋や見世物小屋が並び、路面電車が走る大都会の某所――とある木造の西洋館に、鬼殺隊士となった炭治郎は禰豆子と共に鬼であり医者である珠世と面会していた。
「あの……鬼って、人間の血肉以外は口にできないはずじゃ……」
「ええ。私は体を弄ったので、
そう言って、珠世は鍵のかかった小さな箱を取り出し、炭治郎に中身を見せた。
中には、血液が入った試験管が保管されていた。
「その人から採血した血です。使い方次第では希望の福音にも絶望の厄災にもなる、鬼をも凌駕する代物」
その時、炭治郎の鼻がかすかに嗅ぎ覚えのある匂いを捉えた。
「この濃縮した煙草と酒の臭い……まさか、新戸さんの!?」
「新戸さんをご存じで……!?」
思わず声を上げる珠世。
その傍に座る愈史郎は、「コイツもか」と若干引きつった顔で呟いた。
「新戸さんは……俺の恩人です。鬼舞辻から家族を護ってくれたんです」
「そうでしたか……私も愈史郎も、新戸さんの血のおかげで、人間の食事を口にできるようになりました」
「えっ!? じゃあ、珠世さん達も新戸さんの血を!? 大丈夫だったんですか!?」
炭治郎の言葉に、珠世と愈史郎は思わず顔を逸らした。
禰豆子は新戸の血を取り込んだ直後、泡を吹いて気絶した。ということは、珠世と愈史郎も――
「た、炭治郎さん、そのことはちょっと……」
「あまり思い出したくない……!!」
「す、すみませんっ!!」
新戸の血を飲んだ瞬間を、記憶から消し去りたかった様子の二人に、炭治郎は慌てて謝った。そんな二人に同情してか、禰豆子は心配そうな顔で優しく頭を撫でた。
そこへ、思わぬ来客が……。
「うーい、珠世さん。今時間空いて――」
「「新戸さん!!」」
「あり? 炭治郎じゃねェか。何でここに」
噂をすれば影が差すとは、まさにこのこと。
新戸本人が、四人の前に姿を現したのだ。
「むーっ!」
「おぉ、禰豆子。久しぶりだな……って、何か幼くなってね?」
むぎゅっと抱き着く禰豆子に、炭治郎は鬼化の影響で子供のようになっていると説明。さらに師匠である鱗滝左近次に暗示をかけられており、人間を全て「家族」と認識し「家族を傷つける鬼を滅する」ように刷り込まれていると加えた。
だが、あらゆる面で異質とはいえ新戸も鬼だ。しかも質の悪さで言えば鬼舞辻以上とも言える輩。そんな彼にも平然と抱き着くということは、彼もまた家族の一人だと――
「いや、ちょっと待て。竈門家ピンピンしてるのにか? そこは人間は護るべきでよくね?」
「多分、家族と見なした方がいいと考えたんだと思います」
「あー、成程。そりゃ誰だって赤の他人よりも家族の方が大事だもんな」
頭を撫でると、どこか嬉しそうに微笑む禰豆子に新戸はホワホワした。
「……で、何でお前が珠世さんと?」
「実は……」
炭治郎から事の経緯を聞いた新戸は、顎に手を当てて呟いた。
「人間に擬態どころか、擬似の家族まで用意しているか……。野郎、学習し始めたな」
「「「学習」」」
「正体がわかっても、人間と一緒に居ればそいつが人質にも〝非常食〟にもなる。鬼殺隊は良くも悪くも鬼から人を護る組織だからな……」
頭を掻きながら、どこかムッとした表情の新戸。
人間に擬態して暮らしていることは予想してたが、婦人と子供を連れて〝家族ごっこ〟をしてるのは想定外だったようだ。人間と共にいれば、たとえ柱だろうと無惨に集中できず全力を出せなくなる。対策としてはうってつけと言えよう。悪知恵が働くのはお互い様のようだ。
そして新戸は、炭治郎の提供した情報から、無惨の目的を炙り出した。
「「異空間で身を潜めつつ人間社会にも擬態し、日光克服の為にのうのうと
「っ……!」
「新戸さんの読み通りかと。鬼舞辻は自らの手で鬼殺隊を滅ぼしたがるはず……!」
「だろうな。アイツ絶対自分の部下信用してねェって」
トントンと話しを進める新戸と珠世。
愈史郎は口早に話す珠世に目を奪われているが、炭治郎は怒りを滲ませていた。
つい先程出会った、諸悪の根源。その時の悪寒は、ずっと忘れない。忘れられない。
「……許せないっ!」
「世の中、早く死んでほしい奴が結構しぶといんだよなァ」
同調するように首を縦に振る新戸。
すると珠世は、「本当に生き汚い男……!」と無惨を罵りつつ、炭治郎に話を振った。
「炭治郎さん、私達は新戸さんの助力も含め、鬼を人に戻す研究をしてきました。どんな傷にも病にも、必ず薬や治療法はある。その為に、頼みたいことがあります」
珠世が提示した頼みは二つ。
一つは、禰豆子の血を採取すること。もう一つは、できる限り無惨の血が濃い鬼――とりわけ無惨直属の精鋭〝十二鬼月〟の血を採取してほしいことだった。
「禰豆子さんは今、極めて稀で特殊な状態なのです」
「それはどういう……」
「新戸さんの血を取り込んだ鬼は、現時点で三人。二人は私と愈史郎、そして三人目は鬼舞辻を除いて鬼の中で二番目に強い十二鬼月の〝上弦の弐〟です」
珠世の言葉に、炭治郎は目を大きく見開いた。
無惨直属の配下で二番手である鬼が、新戸と実は通じているのだ。それはつまり、鬼殺隊と繋がってるも同然なのだ。
「それって、隊律違反じゃ……!?」
「それは耀哉っつーか……まあ鬼殺隊当主預かりの極秘案件だ。つっても、俺が童磨と仲良くなったからドサマギに味方に引き込んだんだけどな。あと珠世さん、アンタらのことも耀哉にチクってあるから」
「おい新戸! 貴様という奴は!」
「鬼殺隊のきかん坊共に手ェ出されて困るのは俺も耀哉も同じさ。感謝しな」
その上で、新戸はさらに付け加えた。
「おそらく、禰豆子は珠世さんよりも多く俺の血を摂取している。実際俺の左腕に喰らいついたし。お猪口一杯かそれ以下の量で上弦の鬼の体質変えるんだぜ、それより多く摂ってる禰豆子は、はっきり言って未知数だ」
「……禰豆子……」
炭治郎は、そっと禰豆子の髪に触れる。禰豆子は兄の手を掴み、嬉しそうに頬擦りした。
珠世は、切なそうに目を伏せて続ける。
「上弦の弐は新戸さんに協力的ですので、炭治郎さんと敵対はしないでしょう。ですが彼と引けを取らぬ強さを持つ鬼はまだいる。そのような鬼から血を採るのは容易ではありません。新戸さんですら撤退一択しかなかった鬼もいます。それでもあなたは――」
「愚問だね、珠世さん」
珠世の願いを、新戸は遮った。
愈史郎はすぐにでも殴りかかりそうな気迫で睨みつけるが、新戸は意にも介さず一言。
「炭治郎の答えは
「え?」
「はい。それ以外に道が無ければ俺はやります」
炭治郎は迷い無く頷いた。
「それに、珠世さんがたくさんの鬼の血を調べて薬を作ってくれるなら、禰豆子だけじゃなく、もっとたくさんの人が助かりますよね?」
そう言うと、珠世は少し驚いたような顔をして――それから小さく「そうね」と笑った。
その笑顔の美しさに、思わず見とれる炭治郎を愈史郎が睨み、新戸が「若いねェ」と呑気に紫煙を燻らせるが――
「!? まずい!! 伏せろ!!」
愈史郎がいきなり珠世を庇うように床に伏せた。
炭治郎も咄嗟に禰豆子を抱き寄せると、色とりどりの美しい糸で巻かれた手毬がとてつもない威力と速度で部屋に飛び込み、壁や床を破壊しながら跳ね飛び回った。
その時、胡坐を掻いたまま新戸が、凄まじい速さで仕込み杖を抜き、毬を両断した。
(速い!)
「……ハァ」
溜め息を吐きながら仕込み杖を鞘に収め、徐に立ち上がると、マントのように被る羽織をなびかせ表に出る。
屋敷の庭先には、毬を持つおかっぱ頭の少女と、首に数珠を下げて目を閉じた青年が立っていた。
「キャハハッ!
「巧妙に物を隠す血鬼術が使われていたようだな。それにしても
「行儀の
煙草を咥えたまま、二体の鬼を睨む新戸。
加勢をするように炭治郎も慌てて駆けつけ、日輪刀を抜いて構える。
(今までの鬼と明らかに臭いが違う……!!)
その重さに、炭治郎の顔から汗が流れた。
「禰豆子! 奥で眠っている女の人を、外の安全なところへ運んでくれ!」
「マジか、患者いたのか」
炭治郎に言われ、禰豆子は駆け出し治療室へ向かった。
すると毬の鬼――朱紗丸はまじまじと炭治郎を見て笑みを浮かべた。
「耳に花札のような飾りのついた鬼狩りは、お前じゃのう」
「っ!! 俺を狙っているのか!?」
「鬼舞辻のバカの追手か。癸一人に異能の使い手二体たァ、ちとビビりすぎやしねェか」
仕込み杖で肩を叩きながら挑発すると、朱紗丸が「目障りじゃのう」と笑いながら両手の手毬を投げつけた。
変則的な動きをする手毬が襲い掛かる。新戸は〝鬼剣舞 押込〟を発動し、抜き身も見せぬ居合から放つ「飛ぶ斬撃」で真っ二つにした。
「ほう、斬撃を飛ばす血鬼術か。少しは長く遊べそうじゃのう。ならば次は――」
新戸は手強いと判断したのか、朱紗丸は炭治郎に毬を投げた。
避けたところで、あの毬は曲がる。炭治郎は水の呼吸最速の突きで迎撃した。
「〝漆ノ型
炭治郎の日輪刀が、毬を貫通し動きを止めた。
かと思えば、毬は大きく震え、炭治郎の頭にぶつかってきた。
特別な回り方をしている訳ではなさそうだが……。
「なぜ動くんだこの毬!」
「どうやら目ェ閉じてる方の血鬼術らしいな。面倒な能力使いやがって……」
どうしようか考えを巡らせていると、二人の後ろで愈史郎が珠世に向かって叫んでいた。
「珠世様!! 新戸の血を取り込んで強化されたとはいえ、俺の目隠しの術も完璧ではないんだ! それは貴女もわかっていますよね!?」
その言葉に、珠世は目を逸らした。
愈史郎の血鬼術〝紙眼〟は、目の文様が描かれた呪符を介して視覚に関する超常を多面的に行使できる。建物や人の気配や匂いを隠したり、呪符を張り付けた相手の視覚を操り幻覚を見せることもでき、その汎用性は極めて高い。
そして新戸の血を取り込んでからは血鬼術が総合的に強化され、呪符自体も日光の下に晒されても短時間なら効力を持続できる程にまで高まっている。
ただし存在自体を消せるわけではなく、人数が増える程に痕跡が残り、敵に見つかる確率も高くなる弱点は克服できていない。
「貴女と二人で過ごす時を邪魔する者が、俺は嫌いだ! 大嫌いだ!!」
「ピーチクパーチク言ってねェで、とっとと下がった方がいいんじゃねェの」
「お前少し黙れ!!」
「キャハハハ! 何か言うておる。面白いのう、楽しいのう!」
高笑いする朱紗丸は、着物の上半身をはだけると、メキメキと音を立てて両脇から腕を二本ずつ生やした。
「十二鬼月であるこの朱紗丸に殺されることを、光栄に思うがいい!!」
「えっ!?」
「炭治郎、騙されんな。十二鬼月は瞳に数字が刻まれてるから」
精鋭という訳ではないので、炭治郎でも手に負える程度の相手だと新戸は説明する。
だが、鬼狩りの経験が浅い炭治郎では、同時に異能の鬼を二体相手取るのは難しいだろう。かと言ってあまり手出しするのは炭治郎の成長の妨げにもなりかねず、何より働く気分じゃない。
考えた末、新戸は炭治郎の補助に回ることにした。
「炭治郎、俺ァちょいとあの嬢ちゃんの遊び相手してくる。もう一匹の鬼をぶった斬ってこい、手品のタネはそいつだ」
「新戸さん……」
「それと禰豆子にも戦わせてもらう。これから鬼殺隊の一員となる以上、〝場数〟は重ねといた方がいい。ちょうど
二手に分かれての討伐。
新戸の提案に、炭治郎は無言で頷いた。
「さあ、遊び続けよう。朝になるまで。命尽きるまで!!」
そう言って朱紗丸は毬を六つ同時に投げ込んだ。
滅茶苦茶に跳ね回る毬を、炭治郎は必死に避け、新戸は一服しながら片手で仕込み杖を振るい弾く。
「炭治郎、矢印見えるか? 矢印を避ければ行けるぞ」
「え? 矢印なんてどこに!?」
「ったく……! 俺の視覚を貸してやる!! そうしたら毬女の頸くらい斬れるだろう!! あと新戸! お前もう少し手を貸してやれ!」
「イヤです」
きっぱり切り捨てる新戸に、「これだからやる気のない有能は嫌いなんだ……!!」と愈史郎は舌打ちしつつ呪符を投げた。
その呪符が炭治郎の額に張り付いた途端、血のように赤い矢印が帯のように流れているのが見えた。
「見えた!! 愈史郎さんありがとう!!」
炭治郎は冷静さを取り戻した。
それと同時に、禰豆子が走って戻ってくるのが見えた。
「禰豆子、木だ! 木の上だ!!」
「――むっ!」
禰豆子はすかさず跳び上がり、木の上に潜む鬼へ向かった。
その様子を見ていた新戸は、ニヤリと笑った。
(今の機動力、そして炭治郎からの命令に対する対応の速さ……童磨と比べるのもアレだが、禰豆子は
すると、新戸と炭治郎を襲う毬の動きが単調になった。
木の上に潜む鬼――矢琶羽を見つけたようだ。
それに合わせ、新戸と炭治郎は同時に動いた。
「〝追儺式〟――」
「〝水の呼吸〟――」
――〝鬼こそ〟!
――〝参ノ型
新戸が血鬼術による極太の斬撃で毬を一太刀で全て断ち切り、炭治郎はその軌道を躱し流水のような足捌きで朱紗丸に迫り、六本の腕を斬り落とした。
「珠世さん、新戸さん! 必ず、この二人から血を採ってみせます!!」
炭治郎はそう宣言すると、新戸が助言をした。
「炭治郎。奴らは鬼の中でも
「新戸さん……」
「だが選別の雑魚鬼よりかはずっと
「――はいっ!!」
優しさに満ちた新戸の激励に、炭治郎は気を引きしめ奮い立った。
それを見た愈史郎はと言うと――
「質の悪さに磨きがかかったな………」
素の性格を知る分、珠世も共に複雑な眼差しで見つめていた。
【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸の座右の銘は、「若い芽は御先棒を担げるように育んでおく」。
本人曰く、「産屋敷と煉獄は完了。義勇は中断、甘露寺は伊黒のせいで間に合わなかった」とのこと。