鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

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久しぶりに7000字越えです。
オリキャラの匂いがする……!


第十八話 俺は口で鬼を殺せるぜ。

 竈門兄妹と新戸の共闘が開始し、炭治郎は矢琶羽を、禰豆子と新戸は朱紗丸を相手取っていた。……と言っても、新戸は禰豆子に任せっきりだが。

「ホレホレ、そっちじゃねェぞ~。鬼いちゃんはこっちだぜ?」

「ちいっ、ぬらりくらりと逃げおってぇ……!!」

 毬を力任せに投げる朱紗丸だが、新戸はぬらりくらりと流れるように躱す。

 しかも仕込み杖を抜く様子も見せず、まるでお遊び気分にも見える。それが余計に癪に障ったのか、朱紗丸は執拗に新戸を攻撃する。

「それにしても、あの矢印の能力……欲しいな。あとで()()()()()()()()

「余所見とは随分と余裕じゃのう!!」

 朱紗丸は剛速球を投げるが、それすらも回避される。

 新戸は一瞬で朱紗丸の懐に潜り込み、距離を詰めた。

(しまった! 詰められた!)

 ――が、手に携えた仕込み杖は抜かず、その場で煙草を咥えた。

 何かの罠かと勘繰り、すかさず距離をとるが、新戸はマッチに火を灯し煙草を吹かした。

「え? それとも十二鬼月は俺の一服すら阻止できねェ連中の集まりなの? 鬼舞辻のアホビビりも人を見る目がねェな」

 真ん前に立ち、紫煙を燻らせ嗤う新戸。

 露骨な態度に、朱紗丸はさらなる怒りを露にした。

「きっ、貴様ァァァァァ!!」

「いいぜいいぜ、嬢ちゃん、そのまま頭に血ィ昇っちまえ。殺し合いは先に冷静さ欠いた方が負けだ」

 悪意に満ちた表情で、朱紗丸を重ねて挑発する新戸。

 すでに彼女は新戸に掌で転がされてるも同然で、無我夢中を攻撃するが、全てがハズレ。

 余裕綽々な新戸と、焦心苦慮な朱紗丸。どちらが優勢かは一目瞭然だ。

(これが、新戸さんの真髄……何て恐ろしい人なの……)

 刀も抜かず、血鬼術も行使せず、ただ口と態度で戦局を左右する新戸に、珠世は驚愕していた。

「ええい、まずは貴様からじゃ!!」

 そこへ、新戸に構っては埒が明かないと判断し、禰豆子に毬を投げた。

 禰豆子は毬を蹴り返そうと構えるが――

「っ! 待て禰豆子、()()()()!!」

「蹴ってはダメよ!!」

 新戸と珠世は叫んだが、一足遅かった。

 毬を蹴った右足が千切れ飛び、倒れたところを蹴り飛ばされた。

 

 ドムッ

 

 が、診療所の壁に激突する寸前に、新戸が瞬時に飛び出て受け止めた。

「っぶね……これ以上傷物にしちまうと、葵枝さんの頭突き食らうハメになるトコだったぜ。珠世さん、何か薬打てる?」

「今行くわ!」

 珠世は駆け出すが、そこへ朱紗丸が毬を一斉に投げつけた。

 それを見た愈史郎は、悲鳴に近い声を上げて手を伸ばした。

「珠世様っ!!」

(ヤベェ……!)

 これには新戸も焦ったが、直後に信じられないことが起こった。

「いやっ!!」

 珠世が目を瞑り、まるで振り払うように無造作に手を振った瞬間。

 

 ズバババッ!

 

「なっ!?」

 何と、珠世の爪から紫色の斬撃が放たれ、毬を全て斬り裂いた!

 それは、新戸の血鬼術と瓜二つの現象だった。

「珠世様、いつの間に新たな血鬼術を……!?」

「……まさか、()()()()()()か……!?」

 愈史郎と新戸は驚きを隠せないが、一番驚いていたのは珠世自身。

 自らの爪から斬撃を放っていたことに、酷く困惑しているが、すぐさま禰豆子のことを思い出して駆け寄った。

「禰豆子さん、この薬ですぐ足は治りますからね」

 駆け寄った珠世は、千切れた傷口に注射を打つ。

 新戸は顎に手を当て一瞬考えると、珠世に告げた。

「珠世さん……もしかしたら、俺の血を取り込んだ鬼は、俺と同じ血鬼術を行使できるかもしれねェ」

「えっ!?」

「ハァッ!?」

 その可能性に、珠世と愈史郎は声を上げてしまう。

 とても信じがたいが、先程の現象のことを考えると辻褄が合ってくる。事実、珠世は少量だが新戸の血を取り込んでいるからだ。そう考えると、二年前に直接新戸に喰らいついて血を取り込んだ禰豆子も、珠世と共にその血を口にした愈史郎も――

「……指先に意識を集中させて、刀で斬るような感じで振ってみな」

「「?」」

「俺は斬撃を飛ばす時、大体そんな感覚でやってる。あとは〝慣れ〟だ」

 新戸はそう言うと、炭治郎に目を向けた。

「愈史郎、珠世さんの心を掴む好機だぜ。ここは任せた」

「ハァ!? おい小守、勝手に――」

 新戸はその場から立ち去り、炭治郎の元へ向かった。

 自由過ぎる新戸に、愈史郎は怒りでこめかみをひくつかせたが――

「愈史郎、私からも頼みます」

「っ!? 喜んで!!」

 珠世に懇願された途端、顔を赤くして朱紗丸と対峙したのだった……。

 

 

 一方、炭治郎は苦戦しながら必死に考えていた。

(どうする……!? 絶対に負けられないけど、隙の糸が見えても簡単には斬れない……!! そしてちょっと申し訳ないけど、手の目玉気持ち悪いな!! 申し訳ないけれど!!)

 炭治郎を苦しめるのは、矢琶羽の〝(こう)(けつ)の矢〟。掌の目を開閉させることで出現する紅い矢印を出現させ、あらゆる物体の力や速度、加速度などを操る血鬼術だ。

 戦闘開始から何度も隙の糸が見えた炭治郎だったが、その度にこの矢印で体勢を崩され、上空に飛ばされ、太刀筋をずらされ、頸を落とすどころか刃すら届かないでいた。

「全てがわしの思う方向じゃ! それ、腕がねじ切れるぞ!」

 矢印の一つが、炭治郎の右腕に巻き付いた。

 炭治郎は咄嗟に跳ね上がり、矢印と同じ方向へ回転し、羽織を脱ぎ捨てて間一髪脱出した。

「くっ、小賢しいマネを……!」

(――落ち着け炭治郎……新戸さんは「勝ち方を考えろ」と言っていた……勝ち方って何だ?)

 呼吸を整え、恩人である新戸の助言を思い出す。

 勝ち方……それは、戦術や戦略のことだ。勢いや気合、力押しではなく、頭を使い策を練って立ち向かえという意味だ。参謀としての才覚に恵まれた新戸ならいくらでも手を打てるだろうが、石頭な炭治郎にはかなり難しい要求に聞こえた。

(……矢印に直接触れないようにすれば斬れるかもしれない。でも、新戸さんなら矢印の向きを変える方も考えるはず……ん? 向きを変える?)

 そこで炭治郎はハッと気づいた。

 矢琶羽の勝ち方に、一つの答えが出たのだ。

(矢印を巻き取るように刀を振るい、参ノ型の足捌きで距離を詰めれば……!!)

 会得した技を応用し、融合させる。

 ――そうか、これが「勝ち方」なのか……!!

 炭治郎は迷いなく実行。参ノ型の足捌きで突進し、〝陸ノ型 ねじれ渦〟を繰り出し矢印を巻き取った。

(刀が重い!!)

 ――だが、行ける!!

「〝弐ノ型・改 横水車(よこみずぐるま)〟!!」

 横薙ぎの一撃が、矢琶羽の頸を刎ねた。

 千切れ飛んだ矢琶羽の頸は地面に転がると、怨嗟にも似た叫びを上げた。

「おのれ、おのれ、おのれ!! お前達の頸さえ持ち帰ればあのお方に認めていただけたのに!! 許さぬ! 許さぬゆるさ」

「知らんがな」

 そこへ新戸が歩み寄り、矢琶羽の頸を持ち上げたかと思えば、そのまま胸に抱きよせた。

「むぐっ!?」

「お前の能力、スゲェ便利そうじゃねェの。もったいねェから()()()()

 抱き締める腕に力を込めると、ずぶりという音を立てて矢琶羽の頸が新戸の身体に沈みこんでいった。

 新戸が、無惨の血で成った鬼を吸収している。その光景に、炭治郎は呆然とする。

「……フゥ。どれ、ダメ元でやってみたが……」

 矢琶羽の頸を完全に我が身に吸収した新戸は、意識を集中させた。

 すると、掌に亀裂が生じ、目玉が現れた。

「これが例の矢印の目か……あとで慣れておくか」

「新戸さん……一体、どういうことですか……?」

「ん? ああ、せっかくだから異能を()()()のさ」

 掌の目が閉じ、通常通りに戻ったことを確認すると、新たに煙草を取り出す。

 二年前の雲取山での一件以来、鬼の始祖と同じ能力が開花し始めている。当初は自らの血を取り込んだ者の思考を読む程度だったが、まさか吸収した鬼の力を得るとは。

 しかし愈史郎の札が無ければ可視化できなかった矢琶羽と違い、新戸のは肉眼でも普通に確認できる代物となっており、どちらかというと〝模写〟に近い能力であった。

(ダメ元で試したが、問題なさそうだ。ただあんまり模写すると面倒だから、あと一つか二つにしておこうか)

 呑気に頭をモリモリと掻き、マッチで火を点けて吹かす。

 無惨討伐後もスネをかじるつもり満々の新戸としては、能力を複数持つことは好みではない。知られたら確実に自分の労働時間が増やされるからだ。便利な能力だからと模写しまくると、必ず目を付けられて耀哉の無茶ぶりを突きつけられる可能性が極めて高くなり、せっかくの〝計画〟が破綻しかねない。楽をするための努力なのに自分の首を絞めるのは、新戸にとって愚の骨頂という訳である。

 ちなみに新戸が鬼殺隊に拾われてからは柱や隊士の殉職率は減少傾向にあるのだが、それは柱が死ねば自分が働かされるという危機感ゆえであったりする。

「さて……ひとまずお前の実力は確かめさせてもらったよ、炭治郎」

「!」

「合格だ。俺の言った通り〝勝ち方〟を見出せたようだな」

 新戸は炭治郎も御先棒を担いでくれる人材と判断し、さらなる助言を与える。

「本物の十二鬼月が相手となれば、戦闘力よりも戦略が求められる。お前は戦闘中の観察眼が高い……戦いの場全体の流れを見ろ。それができりゃあ救える命の数も増える」

「……はいっ!!」

「いい返事だ」

 

 ――まあ、獪岳のように()()()()()()()()()()は、今の内に染めなきゃ間に合わねェからな。

 

 そんな本音を腹の内に仕舞いつつ、新戸は炭治郎を連れて朱紗丸と戦う禰豆子達の元へ向かった。

 

 

           *

 

 

「ムウッ……!!」

「こ、このガキィ……!!」

 苦戦必須と判断し、慌てて駆けつけた炭治郎は、目を疑った。

 禰豆子は腕を振るい爪から斬撃を放っており、十分な距離を置きつつ朱紗丸を斬っているのだ。

「ね、禰豆子……」

「ここまで急速に強くなってるとはな……っつーか愈史郎、お前いいトコ見せられたの?」

()()()に即刻庇われたわ……!!」

 半ギレの愈史郎に、新戸は「だろうな」と笑いながら禰豆子に目を向けた。

(しっかし、禰豆子って鬼の素質半端じゃねェな……)

 もしかしたら、鬼としての素質は自分以上ではないのか――そう感じてしまうくらい、禰豆子の成長ぶりは目を見張るものだった。

 しかし、これで朱紗丸は全身全霊を持って潰しに行く。成長中とはいえ油断はできないし、何よりこれ以上傷がつくと葵枝に殺されかねない。母親という存在を敵に回すことの恐ろしさを理解している新戸は、煙草の煙を吐きながら禰豆子の前に出た。

「よう、毬の嬢ちゃん。お楽しみのトコ邪魔するぜ」

「本当に邪魔じゃ!! 引っ込んでおれ!!」

「本当は余計だろ」

 散々煽り散らしている男が再び水を差したことに、朱紗丸は怒りを露にする。

 一方の新戸は、そうカッカすんなと宥めるように声を掛けながら問い質した。

「毬の嬢ちゃん。お前は鬼舞辻無惨が何者か知ってるか?」

「っ!? 何を言う、貴様!!」

 毬を構えたままの朱紗丸は、顔色を変えて叫んだ。

「アイツはな、臆病者なんだよ。鬼殺隊で一番格下であるケツの青い隊士に、異能の鬼を二体も追手に放つくらいにな」

「やめろ!! 貴様ァ!!」

 朱紗丸の怒りなど意にも介さず、新戸は畳み掛けるように無惨の罵倒を始めた。

「鬼殺隊の現当主・産屋敷耀哉は戦死してしまった隊士の墓参りや、怪我で動けなくなった隊士の見舞いを欠かさねェし、さらには自分の命を犠牲にしてでも頭無惨に一矢報いろうと機を伺っている」

 新戸は不敵に笑いながら、耀哉を「まさしく鬼殺隊当主に恥じぬ男だ」と語る。

 炭治郎は新戸から信頼の匂いを嗅ぎ取り、鬼殺隊の当主との間に強い絆があることを悟った。ただし信頼関係はあるが、絆というより腐れ縁に近いことまでは読めなかったが。

「それに比べて、てめェんトコのワカメ頭はどうだ? 果たして本当に鬼殺隊と産屋敷を滅ぼすつもりがあるのか……大方、安全なところに身を隠し、勝手に自滅するのを待ってるだけなんじゃないのか?」

「黙れ!! 黙れ黙れ黙れェ!!」

「お前らは報われないな。あのワカメ頭の為に力を尽くしてるのに、当の本人は自分の保身しか眼中にねェときた。殉死しても労いの言葉も与えられず、慕っても古手袋のように捨てられ、ただ鬼狩りに斬られるのを待つばかり。……あんな小物に会ったのが運の尽きだと、一度は思ったろ?」

 新戸の忖度抜きの無慈悲な罵倒に、朱紗丸は喚き散らす。

(私でも〝(はく)(じつ)()(こう)〟を使っているのに……新戸さんの口の上手さは尋常じゃないわ)

 話術だけで鬼から冷静さと余裕を容易く奪った新戸に、珠世は驚きを隠せない。

 珠世の血鬼術〝(わく)()〟は、自らの血を媒介として発動する幻惑系の異能だ。その一つである〝白日の魔香〟は自白剤のようなモノで、脳の機能を低下させ、虚偽を述べたり秘密を守ることが不可能な状態に陥らせることができる。

 だが新戸は、話術――挑発と煽りで朱紗丸を追い詰めている。それがどれだけ凄まじいことか。

「あの方の能力は凄まじいのじゃ!! 誰よりも強い!! ()()()()は――」

「……今何つった?」

 新戸が白々しい態度で尋ねると、朱紗丸はハッと口を押さえた。

 その直後、悲鳴を上げながら逃げるように走り回った。

「炭治郎、よく見とけ。あのワカメ頭が小物である理由を」

「小物である理由……?」

 新戸の言葉に、炭治郎は首を傾げる。

 一方の朱紗丸は、六本の腕を天に突き上げ、誰かに向かって激しく訴えた。

「お許しください!! お許しください!! どうか、どうか、許して――」

 

 バキッ!!

 

「「!?」」

「うわあ……いつ見てもエグい」

 いきなり、朱紗丸の腹と口から何かが飛び出た。

 鬼の腕だ。体を引き裂くように、太い鬼の腕が突き出したのだ。

 その内の一本……口から出た腕が肘を曲げて朱紗丸の頭を掴むと、グシャリと握り潰した。

「「「……」」」

 凄惨な光景に、炭治郎と禰豆子、愈史郎は顔面蒼白。

 珠世も静かに目を伏せており、気の毒そうな表情を浮かべている。

「……これがアイツが小物である理由だ。居場所や弱点ならともかく、名前だけでこの有様だからな」

 名前なんぞ鬼殺隊(こっち)にもうバレてるのにな――そう付け加え、肉塊となった朱紗丸を見下す新戸。

 珠世は朱紗丸だったモノに近づき、調べ始める。

「……死んでしまったんですか?」

「もうすぐ死にます。――これは鬼舞辻の〝呪い〟。体内に残留する鬼舞辻の細胞に、肉体を破壊されること」

 その言葉を聞き、炭治郎と禰豆子は冷や汗が止まらなくなった。

 無惨の血を注がれた禰豆子も、いずれはこうなるのではないかと。

 しかし珠世は、「一部の例外は問題ありません」と言い放った。

「私のように体を弄って解除した者は他には知りません。ですが、新戸さんの細胞は鬼のそれからは逸脱している」

「どういうこと、ですか……?」

「新戸さんは、鬼化の直後から鬼舞辻の呪いを受けてないようなのです。それに新戸さんの血は変化を続けており、今では無惨と同じ存在になりつつある。上弦の弐と禰豆子さんは、新戸さんの血を取り込んだことで〝呪い〟を()()()されているかもしれないのです」

 言い方を変えれば、新戸は自らの血を取り込んだ者の支配権を握っているということだ。

 その気になれば先程のように殺すこともできると珠世は推測しており、新戸という生物の特殊性や脅威は未知数であると指摘する。

「ですが、新戸さんに限ってそのようなことはしないでしょう。あの生き汚い男と違い、命を踏みつけにはしない」

「珠世様!! 小守はそんな道徳的な生物じゃありません!!」

「愈史郎、お前俺に親でも殺されたの?」

 新戸がジト目で愈史郎を睨んだ、その時。

「まり……ま、り……」

 朱紗丸の声だ。けれどもそれは、先程とはまるで違い、か細く悲しい少女の声だ。

 炭治郎は近くに転がっていた毬を拾うと、かろうじで形を保っている朱紗丸の手の傍に置いた。

「……毬だよ」

「あそ、ぼ……あ、そぼ……」

(小さい子供みたいだ……)

 たくさんの人を殺し、喰らってきた鬼の正体が幼い少女だと気づき、胸が痛む。

 やがて朝日が昇り、光を浴びた瞬間、朱紗丸の体が灰となって消滅した。鬼として人を殺し喰らい続けた報いだとしても、無惨によって戦わされ無惨の呪いによって死ぬのは理不尽極まりない最期とも言える。

「……炭治郎」

「新戸さん……鬼舞辻は、本物の鬼だ」

 拳を握り締める炭治郎に、新戸は静かに「ああ……」と頷く。

 が、新戸はその認識だけでは厳しいと判断し、炭治郎に告げた。

「だがな、人間の(ナカ)にいる〝怪物〟の方がおぞましい時がある。俺はそういうのを知っている。残酷なのは鬼だけじゃねェってこと、忘れるなよ」

 新戸は炭治郎を連れ、日光から身を護るために診療所へ避難した禰豆子達の元へ向かった。

(――そう言えば栄次郎の奴も、人間を疑おうとしなかったな……)

 

 

 矢琶羽と朱紗丸を撃破した一同は、診療所の地下室で今後について話し合った。

「私達はこの土地を去ります。鬼舞辻に近づきすぎました。早く身を隠さなければ危険な状況です」

「俺も俺で用事があるしな……ここからは別行動だ」

 珠世と愈史郎は昨日鬼にされた男性とその妻を連れ、治療しながら身を隠すという。新戸も新戸で、吉原で取り込んでいるとある鬼の案件の〝仕上げ〟をしたいらしく、炭治郎と禰豆子とは別れるとのこと。

 その上で、新戸は思いがけないことを申し出た。

「炭治郎、禰豆子は俺が預かろっか?」

「えっ!?」

「鬼としての稽古も可能だし、バカ隊士が勘違いして斬りかかる可能性も低いし」

 新戸の提案に、炭治郎は言葉を詰まらせた。

 実力は新戸の方が遥かに上だし、立場的に考えてもその方が楽であるのは明白だ。

「禰豆子、(わり)ィ話じゃねェたァ思うんだけど、どう?」

「……ムン」

 新戸は禰豆子にも話を振る。

 すると禰豆子は、まっすぐ新戸を見つめながら炭治郎の手をギュッと握った。

 まるで、自分は兄と共に行くと意思表示しているようであった。

(そうだ……そうだよな、禰豆子)

 炭治郎は軽く会釈すると、新戸の提案を丁重に断った。

 新戸はそれ以上無理強いせず、微笑みながら人差し指を立てた。

「炭治郎、もし鬼殺隊のバカ隊士に禰豆子のことで殺されそうになったらこう言え。「小守新戸が産屋敷耀哉に話を通してある」とな。そう言えば少なくともすぐには殺されねェはずだ」

「……ありがとうございます、俺と禰豆子の為に……」

「まあ、二年前の義理ってヤツさ」

(コイツの辞書に義理という言葉があったとは……)

 愈史郎は呆れ返った表情で新戸を睨む。

「わかりました。では、武運長久を祈ります」

「俺達は痕跡を消してから行く。お前らももう行け」

「はい! ありがとうございました!」

 炭治郎は礼を述べると、禰豆子の手を握りながら階段を昇っていった。

「――さてと珠世さん、話があるんだけど今いいか?」

「ええ……構いませんが」

「さっさとしろ。珠世様も暇じゃない」

 新戸の話を一応伺うと、二人は耳を傾ける。

 すると新戸は、とんでもない話を持ち掛けた。

「どうせ身を隠すんだろ? だったら鬼殺隊本部に案内してやるよ。ボチボチ頃合いだしな」

「「!?」」

 ズボラ鬼の暗躍は、ついに山場を迎えようとしていた。




今回出てきた栄次郎という名前。
彼は「ある事件」で殉職とされた隊士で、新戸とは因縁の深い人物です。
新戸の過去に一体何があったのか。そして栄次郎との関係とは。
次回以降登場しますので、乞うご期待。

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