あくまでも新戸の価値観ですので、ご了承下さい。
浅草で竈門兄妹と珠世一派と別れた新戸は、蝶屋敷の裏山で獪岳を鍛えていた。
理由はただ一つ。手駒として完成させるためだ。
「〝鬼太鼓〟」
ドォン!
「どわあああああああっ!?」
情けない声を上げ、剣圧に吹き飛ばされる獪岳。
日輪刀の獪岳に対し、新戸は蝶屋敷から拝借した木刀。しかも獪岳は全集中の呼吸の使い手だ。それでも
そもそも鬼とはいえ、本気の新戸は無惨を単騎で足止めできる程だ。鬼殺隊においては、純粋な剣術や格闘なら鬼殺隊最強の実力者と呼ばれる岩柱だが、「何でもアリ」なら断トツで新戸が一番とされている。
「ハァ……ハァ……」
「大分捌けるようになってきたな。全集中の持続時間も明らかに長くなっている。〝常中〟も近い内に会得できそうだ」
木刀で肩を叩く新戸は、満足気に笑う。
全集中の呼吸は、さらに地道かつ過酷な鍛練の積み重ねによって、〝全集中・常中〟という四六時中全集中の呼吸を維持し続けられる技術に到達できる。〝全集中・常中〟は「柱への第一歩」ともされており、体得・昇華できるか否かは努力と才能次第だが、これに至った剣士は十二鬼月とも同格に渡り合うことが可能となる。
しかし、新戸の修行内容は違った。
「砂や土を使った目潰し以外に、剣を棄てての格闘を仕掛けたが、その対応もよかったぜ」
「アレは反則だっての……!」
「言ったろう、「戦いにおいて卑怯・卑劣・姑息・悪辣・邪道非道は作法の一つ」だと。えげつねェ戦い方をする鬼なんかザラにいる」
その言葉に、獪岳は「確かに」と笑った。
新戸の修行内容は、はっきり言って「悪質」である。組手は最初から目潰しを仕掛け、剣で勝負と言っておきながらいきなり素手の格闘になるなど、正々堂々という言葉とは無縁。実際、獪岳は何度も「クズ野郎」だの「卑怯者」だのと怒りをぶつけた。
それでも獪岳は、新戸を〝師範〟と呼んで慕っている。思考回路が似ているのもあるが、何より己の才能や努力を認め評価してくれているのだ。強い承認欲求を抱える獪岳にとって、新戸は育手以上の存在なのだ。
「……よし、休憩だ。一度戻って小腹を満たそう」
「はい!」
裏山を下り始めようとした、その時だった。
「こんなところで弟子の面倒を見ているのか……」
「うおっ! 焦った……」
そこへ現れたのは、何と岩柱・悲鳴嶼行冥。
意外な訪問客に、新戸は思わず驚くが、彼以上に驚く者がいた。
「アンタが俺に用があるなんて、珍しいじゃねェの」
「……!!」
「……! この気配……獪岳なのか……?」
「何だ、知り合いなのか」
動揺を隠せない獪岳と、静かに涙を流す悲鳴嶼。
ただの知り合いという風にも感じず、再会を喜んでいるという風にも感じず、何とも微妙な雰囲気に、新戸は察したのか提案した。
「とりあえず、山下りるか」
山を下りた三人は、新戸と共に食事をすることとなった。
「新戸……お前は家事ができないのではなかったのか……?」
「できないんじゃなくて、俺はやらないの。それに俺、鬼だし」
「全部酒のつまみじゃねェか……」
しかし、新戸は鬼の中でも特殊な個体なので人間の食事で体力を回復できるが、別に食べなくても空腹や飢餓は覚えず、睡眠での回復に切り替えるので死にはしない。それにどっちかというと飲酒・喫煙の方で体力を回復させることが多いので、本格的に食事を作ることはあまりないのだ。
「……で、どういう関係なんだ悲鳴嶼? いや、この場合は因縁に
「!! ……なぜそう言える」
「俺だって色んな奴見てきたからな」
気まずそうな雰囲気でも平気で突っ込んでいく新戸に、悲鳴嶼は語った。
「新戸、お前もお館様から私の過去は知っていよう」
「ああ、寺の一件で警察にお縄になったところを耀哉が救ったっつったな。……ああ、そういうことか」
新戸は悲鳴嶼が入隊する以前から鬼殺隊にいる身。その上、現当主の耀哉とは親友のような関係であり、何だかんだ隊士の過去を耳にすることがある。
悲鳴嶼が多くの孤児と共に住んでいた頃、言いつけを破って夜に出歩いていた孤児の一人が、自分一人が助かるために鬼に悲鳴嶼と他の孤児達を売ったという事件もまた、新戸も把握している。
つまり、目の前にいる獪岳が――
「獪岳なんだな、その鬼にお前を売った孤児っての」
「……ああ」
悲鳴嶼の両手に、くっきりと血管が浮き出る。
それを見た獪岳は、一気に血の気が引いていくが――
「でもそうには見えねェんだよなァ……」
「小守……?」
「獪岳は結構真面目な奴だからさ。そう言われても何か納得いかねェんだよ……そこんトコ、どうなの?」
新戸は獪岳に話を振った。
怒りも無ければ嘲りも無い、ただ眼前の相手の心意を汲み取ろうとする眼差しに、獪岳は黙っていることはできなくなった。
「……俺は……寺の金を盗んで、それで……」
「ああ、それを責められて追い出されたってことか。まあ、何でそんなしょうもないの盗んだかは詮索しねェけど」
「……獪岳」
悲鳴嶼の声色に、獪岳は冷や汗が止まらなくなる。
明確な怒りに、気を失いそうな気分になる。
「お前は、あの日に己がしたことを解ってるのか……?」
「いや、無理だって普通。寺から追い出した時点で獪岳じゃなくても同じ結果だろ」
バッサリと切り捨てる新戸に、悲鳴嶼は言葉を失い、獪岳は目を丸くした。
獪岳以外の子供が鬼と遭遇したら違う結果だったかと言われると、悲鳴嶼と言えど「絶対に無い」とは断言できない。雑魚と言えど鬼は鬼……人間の子供が勝てるはずもない。それに沙代以外は
「まあ当の本人達死んでるからアレだけどさ。人間、金に困ってたら身内だって切り捨てんだし、嫌いって理由で二・三人は平気で殺すぜ? そいつらもそのつもりだったんじゃねェの? 「悲鳴嶼さんを困らせる奴なんかいないほうがいい」って」
「小守っ!!」
新戸の物言いに、悲鳴嶼は顔に青筋を浮かべて怒った。
その恐ろしいまでの迫力に、獪岳は血の気が引いたが、新戸はむしろ睨みつけた。
「――何だよ、獪岳追い出したガキ共はお咎めなしだと思ってんの? 俺から見たら盗みより罪深いわ。何度聞いても殺人未遂を無かったことにしようとしてるとしか聞こえねェんだけど」
「「!!」」
新戸は容赦なく言葉の刃を振るった。
寺の金を盗んだ獪岳と、盗みを働いた獪岳を寺から追い出した子供達。鬼の脅威が根強い環境下において、どちらが罪深いと問われたら、新戸は間違いなく後者だと断言する。
金を盗んだなら、その理由を聞き、そして反省を促し戒めるべきだ。しかし金を盗んだからと言えど、鬼の動きが活発になる夜に寺から追い出すなど、殺すつもりだったと解釈されてもおかしくない。――それが新戸の考えだ。
「お前が今、獪岳をどう思ってるかなんざどうでもいい。俺はコイツの今の師範。獪岳を手放すつもりは毛頭ないし、失うわけにもいかねェ」
「小守、お前は……」
「悲鳴嶼よォ、この際恨んでるなら恨んでる、殺したいなら殺したいって言っちまった方がいい。何なら獪岳の今後の処遇を懸けて俺と一発
ズボラ鬼の態度に、悲鳴嶼は息を呑んだ。
胡蝶姉妹や煉獄家には及ばずとも、新戸がどういう主義主張の持ち主かは、大よそ把握している。ゆえに自分と獪岳の関係など、新戸ならば「どうでもいい」や「勝手にケジメつけろ」で済ませるだろうと思っていた。だが新戸は、獪岳を庇い食い下がった。ぬらりくらりとした態度や挑発的な物言いは変わらなくても、普段との違いはわかった。
たとえ善意がなくても、共感や同情がなくても、新戸は獪岳の味方につくだろう。新戸は過去の罪に無頓着なのだから。
悲鳴嶼は、一呼吸置いてから口を開いた。
「……私は、鬼に手を貸してしまった獪岳は一生を懸けて償うべきだと思ってる」
「――で?」
「だが新戸、お前の言葉を私は否定できない。もし鬼と遭遇したのが、獪岳ではなかったら結果は違ったのか――そう問われると、何も言えない」
悲鳴嶼は数珠を鳴らしながら、獪岳に顔を向けた。
「獪岳……私はお前をすぐに許せそうではない。だが今は、お前をもう一度信じてみよう」
「っ……! ありがとう、ございます……」
悲鳴嶼の言葉に、獪岳は頭を下げた。
全て許されたわけでないのは、百も承知。それでも、悲鳴嶼との間に生まれた溝が少しだけ埋まった感じがして、獪岳は胸が熱くなったのだが……。
「っつーか、それ以前に生活ぶり考えると、寺の金なんか盗んでもどうしようもなくね? 少なくとも衣食住はどうにかしねェといけねェんだし、大人と子供とじゃ胃袋のデカさも違う。絶対大した金額じゃねェだろ。そんなんだったら追いはぎした方がシノギになる」
「……あの、悲鳴嶼さん……」
「言うな、昔からこういう男だ」
新戸はどこまでも新戸だった。
悲鳴嶼と獪岳の溝がほんの少し埋まり。
新戸は純米大吟醸を味わいながら、悲鳴嶼から本題を聞いていた。
「鬼喰いの隊士?」
「ああ。
「白ヤクザの身内か」
酒を煽りながら、悲鳴嶼から事情を聞く。
今回の最終選別の合格者五人の内の一人・不死川玄弥は、鬼を喰らうことで一時的に鬼の能力を得られる逸材だと判明した。しかし鬼喰いの能力は持ち主の身体に相当の負担をかけており、鬼化中は理性や判断力も下がってしまう諸刃の剣でもあるため、万が一の場合も起こりうる。
悲鳴嶼は継子としてではなく弟子として迎えているが、教えるのはあまり上手くない上、呼吸抜きの戦いの経験も浅いため、関係は悪くないが中々うまく行かない時もあるという。
「そこで無駄に教養のあるお前ならば、何かいい案が出るのではと思ってな」
(鬼喰いか……今年は
新戸はニヤニヤと黒い笑みを浮かべる。
産屋敷家の出入りが――仮に制限されても無視するが――自由である新戸は、保管されている文献を網羅しており、その一つである鬼喰いに関する文献も把握している。鬼喰いの剣士は300年以上前に存在していたが、例はそれ一つだけである。
新戸自身、鬼喰いの剣士の存在を知ったのはほんの数年前だ。もし鬼喰いの剣士が現れたらぜひ手駒にしようと考えていたが、まさかこうも早く出会える機会が訪れるとは。
――この機を逃す訳にはいかない。
「その玄弥って子、俺が預かってもいい?」
「……!」
「え……!?」
「いや、そんなアワアワしなくてもいいだろ。お前は
慌てる獪岳を宥め、俺はお前が必要なんだと頭を撫でる新戸。
あくまでも一番だと言われてホワホワする獪岳に対し、悲鳴嶼は顎に手を当てて考えていた。
新戸の言っていることは一理ある。鬼殺隊で血鬼術を扱えるのは新戸ただ一人であり、呼吸抜きの戦闘技術にも精通している。性格こそアレだが、獪岳が懐いている上に年下の扱いにも長けている。提案そのものは悪くなく、むしろ魅力的だ。
しかし、それにはある大きな障壁があった。
「確かに良い提案だ……が、それは承知しかねる……」
「何でだよ、選択肢としては悪くねェだろ」
「そうなのだが……
その言葉に、新戸は遠い目をした。
新戸と実弥は、
「ただでさえお前は一度
「いや、向こうが勝手に俺のこと嫌ってんじゃん。無惨と同じ展開だからもう無理でしょ」
「新戸さん、それ絶対言っちゃいけませんからね!?」
酒を煽りながらボヤく新戸に、悲鳴嶼はどうしようか悩んだ。
新戸に指導を任せれば、玄弥は間違いなく強くなる。獪岳との関係の良好さや、呼吸を使わない戦い方に秀でている点を踏まえれば、決して無駄ではないだろう。
そうすれば、自分にできることは――
「……わかった。小守、玄弥のことはお前に任せよう。不死川には私の方から説明する」
「うわ、マジか! やった、ありがとよ」
「お前が説明したらどうなるか、目に見えるからな……」
そう、新戸に気を遣ったわけではない。
新戸と実弥が衝突した場合を考慮し、周囲に生じる被害を最小限に抑えるためである。
「じゃあよ、明日までに玄弥紹介してくれよ。俺は一度決めたら本気でやる男だ」
「その言葉と最も程遠いだろう」
「やかましい」
*
翌日。
新戸と獪岳の目の前には、二人にガンを飛ばすモヒカンの隊士が立っていた。
「お前が玄弥か……ホンットに兄貴とそっくりだな。不死川組の下っ端だよマジで」
「開口一番それかよ」
興味深そうに呟く新戸に、獪岳は呆れ返った。
一方の玄弥は、敵意剥き出しながらも兄をよく知る鬼であることを察したのか、目を細めた。
(コイツが、悲鳴嶼さんの言ってた鬼か……)
「おーおー、焦ってる面してやがる。〝アイツ〟と同じ表情だ」
新戸は悪い顔で玄弥を見据える。
鬼殺隊士や柱とは違った雰囲気に一瞬呑まれるが、すかさず睨み返して声を上げた。
「おい鬼! 早く俺を――」
「まあ、そう焦るな。まずはお前を知らなきゃな。――とりあえず得物を出せ、修行内容はお前に合わせなきゃ意味がねェ」
「……ホラ、出せ」
そう言われ、舌打ちしつつも得物を差し出す。
玄弥の得物は、脇差くらいの刃渡りの日輪刀と、銃口が二つある水平二連式の大口径南蛮銃。日輪刀の色が変わってない点を考えると、玄弥は兄と違い呼吸の才能は無いようだ。
鬼殺隊士にとっては、全集中の呼吸を使えないことは致命的である。しかし鬼殺隊きっての策略家でもある新戸にとって、全集中の呼吸を使えるか否かなど些事に過ぎない。力と技が他人より劣っているなら、知恵で勝ればいいのだから。
「銃を選んでたのか! 兄貴より見所あるじゃないか」
「は?」
新戸の言葉に、玄弥は素っ頓狂な声を上げる。
それもそうだろう。呼吸の才能が全く無いからと選んだ武器が、いきなり柱よりも魅力があると言われれば、玄弥でなくてもそんな反応になる。
「海老で鯛を釣るってのはまさにこのことだな」
「……師範、どういう意味ですか」
「俺の理想通りに行けば、俺達三人だけで上弦を二・三体は
新戸の衝撃的な一言に、獪岳と玄弥は目を丸くした。
彼にとって、二人はそれ程の可能性を秘めており、そこに期待しているのだ。
「玄弥。お前には獪岳と同じように、呼吸抜きの戦い方の全てを――俺の戦い方を教えてやる」
「呼吸を、使わない……?」
「全集中の呼吸は肺をヤラれたらシメーだが、戦略や戦術は肺が潰れても練れる。練れねェ時は二つに一つ……一時的に寝てるか
呼吸や剣技にこだわらず、あらゆる手段で鬼を殺す戦い方。
自分の下に付けば、その全てを身につけられるという新戸に、玄弥は惹きつけられた。
「ひとまずお前は、鬼喰いの能力の制御が先だ。俺の血をやろう。お前を強くするために俺は時間も手間も惜しまねェが、その分キツいから覚悟しとけ」
「……上等だ!!」
「よし、じゃあ受け取れ。手ェ出せ」
玄弥は手を差し出すと、新戸は袖を捲って、手首に刀の刃を滑らせ血を流す。新戸の血は玄弥が差し出した手の中に注がれる。
「ワタシノ血ヲフンダンニ分ケテヤロウ」
「……何か、スゲェ臭いんだけど」
「良薬は口に苦しっつーだろうに」
意を決し、ゴクリと一気に飲み干す玄弥。
その直後、目を最大限に見開かせ、真っ青な顔で喉元を押さえのたうち回った。
「ウガアアアアアアアアアッ!?」
「ちょ、師範!! これ大丈夫なのか!? 死にそうだぞマジで!!」
「……まあ、どうにかなるだろ」
二年前の禰豆子と全く同じ反応をする玄弥に、水か何かで薄めるべきだったかと頭を掻く新戸だった。
【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸が一度に柱全員との接近禁止を下された理由は、柱合会議で「耀哉を囮にすれば無惨食いつくんじゃね?」というド級の爆弾発言をしたことで激昂した実弥と乱闘となり、うっかり本気になってしまい義勇と天元を巻き添えに実弥に重傷を負わせてしまったため。
後に新戸自身も「義勇と天元には悪い事をした」と反省している。