よいお年を。
産屋敷邸の大広間で、前代未聞の上弦の鬼が参加する柱合会議が始まった。
鬼の中でも最上位に位置する怪物・童磨の寝返り。それは、千年に及ぶ均衡の崩壊と言える衝撃的な事態だ。しかも今回は珠世が関与してることもあり、炭治郎も同行された。
そして現在――
「しのぶちゃんって、ホント食べちゃいたいくらい可愛いな~!」
「お前それどっちの意味?」
しのぶにガッシリと抱き着く童磨に、新戸はジト目でツッコむ。
一応は軽い自己紹介をしたのだが、その矢先にこれである。
しのぶは笑みを浮かべてはいるが、顔中に青筋を浮かべてもいるので、正直かなり怖い。
「新戸殿、ありがとう! 俺しのぶちゃん気に入ったよ!!」
「ちなみに俺はソイツの
「えー!? 何で教えてくれないのさ! 親友じゃないか!」
プンプン! とでも言いたげな表情で怒る童磨。
新戸は「聞いてこなかったし」と小指で耳をほじって一蹴する。
二人共、殺意が湧き上がっているしのぶを相手にしても意に介していないあたり、大物である。
「それにしても、上弦の鬼を二人――いや、正確に言えば三人だけど、よくこちらに引き込めたね」
「いや、梅と妓夫太郎は〝棚ぼた〟だ。正直、童磨との繋がりは俺でも読めなかった」
どこからか拝借した酒壺を煽る新戸に、耀哉は笑みを溢した。
昔から常識に囚われず、とんでもないことをしでかしてきたが、その行きつく先が「鬼との共闘」。しかも無惨と敵対する珠世だけでなく、十二鬼月の上弦を寝返らせてみせた。これは新戸にしかできない芸当だ。
「さて。改めて自己紹介をしよう」
耀哉がそう言うと、大広間の雰囲気がガラリと変わり、緊張に包まれた。
童磨と新戸は相変わらずだが。
「私は現鬼殺隊当主・産屋敷耀哉だ。珠世さん、愈史郎さん、上弦の弐。どうかよろしく」
「話は新戸さんと炭治郎さんから伺ってます。鬼舞辻打倒の為、協力致します」
「フン! 珠世様の足を引っ張るなよ」
「止しなさい、愈史郎」
軽い挨拶を済ませると、一同の視線は新戸と童磨に移る。
「……ほれ、お前の番だぞ」
「どこまで言えばいいかな?」
「どうせあとでバレるから、言えるだけ言っちまえば?」
新戸の提言に「それもそうか!」と朗らかに笑うと、童磨は虹色の瞳で鬼殺隊の面々を見つめた。
「初めまして。俺は上弦の弐・童磨。万世極楽教の教祖だ。ウチの伊之助がお世話になってるねえ」
『は?』
突然の爆弾投下に、素っ頓狂な声を上げてしまう。
――ウチの伊之助? 伊之助って誰だ?
「……新戸」
「耀哉、アレだよ。今回の最終選別の合格者の一人」
『ハアァ!?』
新戸のさらなる爆弾投下に、騒然とする。
最終選別の合格者の一人が、上弦の鬼の身内だったのだ!
「15年前、イカレた夫から逃げてきた琴葉さんと伊之助を童磨が匿ったんだよ。その同じ頃に、槇寿郎に殺されそうになった俺が駆けこんで、その後仲良くなったってわけ。しっかし、あの時の琴葉さんには感謝しかねェ……追い返されたらマジで殺されてた」
「アッハッハッハ! あの頃の新戸殿、必死だったねぇ!」
涙目で爆笑する童磨に、新戸は顔を引きつらせた。
すると炭治郎が、ハッとした顔で口を開いた。
「っていうことは、あなたが伊之助の言っていた糞親父ですか?」
「え? 伊之助そう言いふらしてるの!?」
炭治郎の発言に心外! と言わんばかりの表情を浮かべる童磨。
だが新戸がすかさず「琴葉さんと出会う前まで本当に糞野郎だったろうが」とツッコみ、親友からの刺々しい言葉を食らった童磨は目に見えて落ち込んだ。
「……と言うことだ。少しは信じられるだろ」
「んなわけあるかァ!! 言い分はどうした言い分はァ!!」
「言っても聞かねェ奴に理屈は通じねェでしょうに」
「そーかそーか、よーくわかったァ!! てめェ表出ろやァ!!」
血管が切れそうな勢いで怒鳴り散らす実弥。
それに続くように、宇髄も声を上げた。
「俺としては胡散
「いえ……たとえ謀をしても、新戸さんはすぐわかってしまいますよ」
「ほう。というと?」
宇髄の質問に答えるように、珠世は新戸が鬼舞辻無惨と同じ能力を開花し始めている話を始めた。
鬼が生まれて千年。今まで無惨に似た能力を持つ個体は一度も出現しなかったのに、この大正の世になって新戸が発現した。定期的なやり取りで少しずつわかり、現時点では知覚掌握や鬼を己の肉体に取り込み吸収する能力などを扱えるようになっており、近い将来には人間の鬼化すらも実現してしまう見立てであるというのだ。
実質、第二の鬼舞辻無惨の誕生――それどころか鬼の始祖を超越した鬼の王の誕生となるのではないか。珠世はそう判断しているという。
「おいおい、そんなんアリかよ……」
無駄に賢くやる気のない関係者が、実はとんでもない能力を開花していたと知り、思わず顔を引きつらせる宇髄。
「お館様、危険が過ぎます! コイツが無惨以上の脅威になったら……!」
「新戸は必ず殺さねば。いずれ我々を……!」
すかさず実弥と伊黒は意見するが、耀哉は杞憂だと言い放った。
「出来る能力があっても、そこから先は本人次第だ。たとえ無惨より強大な存在になっても、新戸は私のスネをかじる生活を選ぶと思うよ」
「素人の穀潰しは食い散らかして終わりだが、俺は玄人だぞ? 玄人は寄生先が滅びないように陰で努力すんだよ」
「努力の方向性が間違ってる……」
ブレない新戸の発言に、困惑を隠せない珠世達だった。
その後、議論は白熱した。
珠世一派及び童磨が提供した情報は、鬼殺隊にとって極めて有益なものばかり。手の内をここまで知ることができれば、隊士の質の低下に頭を悩ませる今代の柱も息がつけるというものだ。
「これで多くの事実を知ることができた。感謝するよ」
「打倒鬼舞辻という共通の目的がある以上、いがみ合うのはよろしくないですからね」
「まあ、公にできねェ情報もあったけどな」
新戸の呟きに、一同は押し黙った。
珠世達が提供した情報に、上弦の壱〝黒死牟〟の人間時代があった。
黒死牟は当時の鬼殺隊士であり、その強さは際立っていた。それが無惨に寝返り、当時の鬼殺隊当主を殺して首を新たな主君に捧げたのだ。その事実を知った柱達は、怒りに震えたり悲しみのあまり涙を流したり、かなり心を抉った。
「しかし、勘の鋭さは産屋敷の特権だ。裏切りは悟ってたりしてたんじゃねェか?」
「というと?」
「出来すぎてんだよ。
曰く、当時の当主は裏切りに勘づいており、根絶やしにされないよう予め妻と子と距離を置いたのではないかとのこと。
新戸の視点では、かつての主君一人の首を刎ねて退散だと、あまりにも半端で不自然に思えるのだろう。
「さぞ気の毒だったろうが、大した奴だとは俺は思うけどな」
『……!』
新戸は当時の当主は無惨より一枚上手だったと評した。
その言葉に、耀哉は「ありがとう……」と泣きそうな顔で笑った。
「さて、湿気た話は終わりだ。今後について話そう」
「ふむふむ。それじゃあ俺はもうしばらく十二鬼月でいさせてもらうよ。その方が動きやすいし、伊之助や琴葉の為にもなるだろうし」
「私はしのぶさんの診療所で、研究をします。新戸さんと禰豆子さんの血液から、新たな薬を調合します」
「では、私から他の
鬼達の会話にしれっと参加する耀哉。
さすがお館様、肝が据わっている。
「じゃあ、炭治郎と禰豆子はここまで。傷を癒しておいで」
「は、はい……」
「隠の皆さん、私の屋敷に送ってあげてください」
しのぶが手を叩いて隠を呼ぶと、炭治郎と禰豆子が入った箱を抱えてせっせと去っていった。
「……さてと。ひとまず会議はここで区切ろう。童磨、向こうの動きあったら伝えてくれ」
「ああ、そうそう。つい先日君の知り合いが俺の寺院に訪れてさ」
新戸は童磨の言葉に、怪訝そうな表情を浮かべた。
「俺の知り合い? うどん売りに来た豊さんとかじゃねェよな」
「栄次郎君って知ってるよね?」
その言葉を聞いた途端、新戸の雰囲気が変わった。
新戸は平静を保っているが、顔色が〝悪い方〟に変わったのがすぐにわかった。
「いや、栄次郎は……高浪栄次郎は死んだはずだ。冗談は止せよ」
「だけど生きてたよ?」
「寝言は寝て言え。いくらお前でもそれは信じねェぞ!」
新戸はきっぱりと言うが、そのすぐ後に探るように童磨に尋ねた。
「――で、アイツ何つってた?」
「君が来たらすぐ知らせてくれって」
すると、新戸がソワソワし始めた。
冷や汗をダラダラと流し、あからさまに動揺している。今まで見たことない姿だ。
「……上弦の弐。まさか彼が?」
代わって質した耀哉に、童磨は答えた。
「そう。元鬼狩りの栄次郎君は鬼になったよ」
『!?』
何と、裏切り者がまだいたのだ。
それも、新戸との因縁が深い相手ときた。
「あの……栄次郎って誰ですか?」
「そうか……甘露寺は知らぬのだな。私の口からも説明しよう」
悲鳴嶼は新戸に代わって栄次郎の説明をした。
かつての風柱候補から新戸との因縁、最期の瞬間……悲鳴嶼が知り得る限りの情報は、鬼殺隊だけでなく珠世達も動揺させた。
「鬼になった後、彼は師匠と兄弟弟子を鎹鴉ごと殺し喰い尽くしたから問題ないって自慢げに言ってたよ」
「それ程の悪行を重ねといて、鬼殺隊は何も把握しなかったのか!?」
「愈史郎、責めないでくれや。俺にも落ち度があった」
自らの落ち度もあったとあっさり言い放った新戸に、愈史郎は驚愕する。
新戸にとって、栄次郎の鬼化はそれ程深刻だったのだ。
「しっかし、まんまとしてやられたな……」
「何だと?」
「一門から鬼が出れば、育手は責任を取って切腹する。その情報は鬼殺隊中に知れ渡り、同じ一門の人間は仇討ちをするだろう。だが鬼になって真っ先に育手と兄弟弟子を鎹鴉ごと
つまり、栄次郎は鬼になってすぐ育手と兄弟弟子、さらに縁のある鎹鴉を殺したことで、情報が中枢まで出回るのを遅らせたのだ。
通常、人間から鬼への変異直後は、激しい意識の混濁・退行がある。だが童磨のように人間時代の記憶や人格をそのままはっきりと保っている者もおり、栄次郎も同様だったとすれば、その芸当は可能だ。
「んなゴミクズが同じ呼吸の使い手だったとはなァ……!!」
「……」
実弥は激昂する一方、悲鳴嶼は静かに涙を流した。
悲鳴嶼は栄次郎の最後の任務で指揮官をやっていた。もっと自分が早く駆けつけていれば、彼は鬼にならなかったのかもしれない――そう思わずにはいられなかった。
「ちなみに、無理矢理だった?」
「いや、彼は自分の意志で鬼になったって言ってたよ。何でも「アイツを殺すまで死にたくない。殺した後は好きにしていい」って無惨様に言ったらしい」
「新戸を殺すためだけに、鬼舞辻に魂を売ったというのか!?」
余りにも身勝手な理由だったと知り、杏寿郎は声を荒げ、思わず立ち上がった。
「……強いの?」
無一郎の問いに、新戸は無言で頷いた。
「アイツは当時、さねみんを差し置いて次期風柱と謳われた奴だ。潜在能力的には
「姉さんが?」
「……何でか知らねェが、カナエはアイツのことをよく知っていた。隊士同士の人間関係なんざ興味なかったが……あとで詳しく聞かなきゃな」
栄次郎の育手と同門が亡き今、彼の手の内を知ってるのは新戸とカナエ。
実弥は同じ風の呼吸の使い手だが、栄次郎との接点はほとんどなかったため、実質二人だけなのだ。
その時、ふと新戸は気づいた。
「――いや待てよ。童磨、アイツ本当にワカメの手下になったんだよな?」
「さっきからそう言ってるじゃないか」
「だとしたらおかしいぞ。なぜ蝶屋敷にワカメの刺客が来ない? 俺だったら真っ先に叩くぞ」
その言葉に、一同はハッとなる。
栄次郎は産屋敷邸に行くことは無かったが、隊士として蝶屋敷の出入りはあった。蝶屋敷は負傷した隊士の治療所――鬼殺隊専用の病院にして薬局だ。そこを叩けば、たとえ誰一人殺せずとも大きな痛手となるのは火を見るよりも明らか。
ましてや栄次郎は今や無惨の手下、しかもカナエが現役の柱だった頃の代の鬼殺隊士だ。その間に無惨側に蝶屋敷の所在がバレて当然なのだ。
「まさか……
*
「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」
芸妓の女性が、無限に広がる複雑怪奇な空間で五人の鬼を見下ろしていた。
ここは異空間「無限城」。かの鬼舞辻無惨の拠点である。
そして無惨の視線の先にいるのは、十二鬼月の下弦の鬼達だ。なぜ彼らが招集されたのかと言うと、先日の那田蜘蛛山での下弦の伍・累の件である。
「ここ百年余り、十二鬼月の上弦は顔ぶれが変わらない。鬼狩りの柱共を葬ってきたのは常に上弦の鬼達だ。しかし、下弦はどうか? 何度入れ替わった?」
誰一人として柱を討ち取ったことのない下弦の鬼達を咎める無惨。
事実、彼らは一人として柱を葬っておらず、むしろよく葬られる方である。
「もはやお前達は必要ない。下弦の鬼は解体する」
無惨がそう宣言し、指をパチンッと鳴らした。
刹那、下弦の鬼達の前に一人の剣士が降り立った。
(何だアイツ……まさか鬼狩り!? なぜここに!!)
咄嗟に身構える下弦達。
唯一動かないのは、下弦の壱である
「〝風の呼吸〟……」
――肆ノ型
たった一太刀。
ほんの一瞬で下弦の壱を除いた四人全員の頸が撥ねられ、無数の鎌鼬が肉体を細切れにする。さながらサイコロだ。
その凄まじい速さと強さに、頸を刎ねられた四人は目を見開いた。
(な……何だ、何が起こった!?)
(や、やられている!? あの一瞬でか!?)
(体が……再生、しない……!?)
(な、何者だアイツは!? 一度も見たことがない奴だったのに!!)
それぞれが絶望や慟哭が混じった表情を浮かべ、ついに事切れた。
剣を持った鬼の正体は、栄次郎だった。
「……見事だ栄次郎。私が拾い、黒死牟が鍛えただけはある」
「勿体無き御言葉っ」
頭を垂れる栄次郎に、無惨は愉快そうな表情を浮かべた
「鬼化してすぐ、兄弟弟子と師を真っ先に喰った残酷さ。そして例の産屋敷の狗に対する並々ならぬ憎悪……異常者の集いである鬼殺隊に、お前のような逸材がいたとはな」
「いえ、全ては無惨様の慈悲深さゆえ。それに報いたまでのこと」
「この私が慈悲深い? ……面妖な奴め」
栄次郎の言葉に、目を細め口角を上げる無惨。
かつて自分を徹底的にコケにした、あの忌々しいズボラ鬼。無惨は生理的に受け付けられないからと今まで避けてきたが、そんな奴が最大の障壁の一つとして立ちはだかってしまったのだから、虫唾が走って仕方がない。
そんな中、たまたま拾った栄次郎。彼は精力的に鬼殺隊を殺し回り人を喰らっていたが、実は新戸との因縁が深いということがつい二年前に発覚した。今まで彼が言っていた「アイツ」の正体はわからず、そもそも興味なかったのだが、竈門家襲撃が失敗した直後にグチグチ呟いてたところ、栄次郎が憎悪に狂った顔で「アイツ……!」と吐き捨てたのが始まり。
それ以来、栄次郎は無惨から新戸抹殺を一任された。新戸を葬ったという報告はないが、索敵した他の上弦の報告から産屋敷よりも厄介な存在だと見積もっているので、その辺りは許容できた。何だかんだ新戸を殺したいが、直接関わるのは避けたいようである。
「……だが一つ腑に落ちない。なぜ奴は残した」
「下弦の壱のみ、他とは異なる反応でしたので、最期の言葉を聞く価値があるのではと」
その返答に、無惨は「成程……」と感心した様子で呟いた。
確かに五人の中で魘夢だけが終始余裕を持っていた。それを見逃さなかったあたり、栄次郎はかなり
「……最期に何か言い残すことは?」
無惨は一人残された魘夢を見下ろすと、左手をぐにゃりと伸ばした。
見る見るうちに膨れ上がったソレは、大蛇のようにうねり始め、巨大な口が開かれた。
それを見た魘夢は、顔を赤らめてうっとりと見つめた。
「私は夢見心地でございます。貴方様直々に手を下していただけるなんて……人の不幸や苦しみを見るのが大好きなので、夢に見る程好きなので、私を最後まで残してくださってありがとう」
幸せでした、と。
恍惚感に満ち溢れた表情で、魘夢は狂気の笑みを浮かべる。
黙って聞いていた無惨は、おもむろに異形の手を繰り出し、その先端を針のようにとがらせ、首筋に撃ち込んだ。
「がっ!?」
「気に入った。私の血をふんだんに分けてやろう。ただしお前は血の量に耐え切れず死ぬかもしれない。だが順応できたのならば、更なる強さを手に入れるだろう――私の役に立て」
血を流し込まれのたうち回っていた魘夢は、咳き込み震えながらも、少しずつ静かになった。どうやら順応できたようだ。
無惨は微笑むと、指を三本立てた。
「鬼狩りの柱と、耳に花札の飾りを付けた鬼狩りを殺せ。それから小守新戸――仕込み杖を携えた鬼を探し出せ。遂行できたら、さらに血を分けてやろう」
その直後。
ベンッという琵琶の音が響き、床が障子に切り替わったと思えば、左右に開いて魘夢は落下した。
「……では無惨様、この残りカスは俺が処分します」
「奴らの頸か? ああ、好きにしろ。お前を鬼にして正解だった、下弦共と違う」
どこかスッキリした顔の無惨は、琵琶の音と共に姿を消した。
残された栄次郎は、下弦の頸に手を伸ばし、大きく口を開けた――
気がつけば、そこは人気の無い夜の路地裏だった。
魘夢は喉を掻きむしると、脳内に記憶が流れてきた。
(何だ――何か見える……)
見えたのは、二人の男。
一人は、市松模様の羽織を着た少年の鬼狩り。額に赤い炎のような痣があり、その耳には花札のような日輪を模した耳飾りが揺れている。
もう一人は、左手に仕込み杖を携え、煙草の紫煙を燻らせる細面の男性。詰襟の上に紫の着物を尻端折りで着用し、丈の長い羽織を
(鬼狩りの〝柱〟に加え、コイツらを仕留めれば……さらに血を……!!)
夢見心地だ、と魘夢は笑った。
しかしこの後、小守新戸という鬼に出し抜かれた魘夢は心底後悔するようになる。
【ダメ鬼コソコソ噂話】
無惨及び上弦から見た栄次郎は、以下の通り。
無惨→お気に入り。残酷さと仕事が早い点を高く評価。
黒死牟→愛弟子。
童磨→新戸と違って相性が悪いと思ってる。
猗窩座→競争相手。
半天狗→真面目。ただし共食いを好む点は危険視。
玉壺→構い甲斐がある。
妓夫太郎→共食いを好む点から、妹に手を出すんじゃないかとソワソワ。
堕姫→嫌い。顔を合わせた日に「囮か非常食か?」と言われたため。
鳴女→普通。