鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

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明けましておめでとうございます。

遊郭編の縁壱、井上さんでしたね。
滅茶苦茶な威圧感だった……無惨様ビビるわそりゃ。(笑)


第二十三話 酔っ払いの鼻歌みたいな音って何だよ。

 ある日の蝶屋敷。

 鬼殺隊士の獪岳と不死川玄弥は、現在の師範であるズボラ鬼・小守新戸の呼び出しを受けていた。

「……師範の用事って、何なんだろうな」

「あの人のことだ、何か悪巧みしてるんだろ」

 互いに呆れた笑みを浮かべる。

 鬼殺隊に在籍している新戸は、チャランポランで人望も御粗末だが、戦略家としての才覚は鬼殺隊随一で、彼が直接関わった任務は死者が未だに出ていない。最近では指導者としての才覚に目覚めようとしているのか、今まで単独行動が多かったのにいきなり弟子を二人受け持つようになった。

「まあ、悪い話じゃないだろ」

「だといいけど……」

 そんな会話を交わし、集合場所である道場に入る。

 するとそこには、木箱の傍で煙草を吹かす新戸の姿が。

「お、来たか二人共」

「師範、失礼します」

「そうかしこまらなくていいさ。とりあえず座れ」

 礼儀正しく一礼をすると、獪岳と玄弥は新戸の前で正座した。

「それで、話って何スか」

「ちょっとした贈り物さ。まずは玄弥からだな」

 新戸は傍に置いていた木箱から、布で包まれた何かを手に取り、解包する。

 現れたのは、散弾銃(ショットガン)だ。

「これって……」

「ウィンチェスターM1897。狩猟用にと民間に払い下げられた西洋式の小銃(ライフル)でな、お前の大口径南蛮銃よりも狙撃に向いていると思うぞ」

 玄弥に銃を渡す新戸は、不敵に笑った。

 〝全集中の呼吸法〟を使えない上に剣の才能自体も低いという、鬼殺隊士として致命的な短所を抱えている玄弥だが、隊内でも極めて珍しい銃の腕前を有している。本人曰く「的に当てるのが上手い」とのことで、鬼との戦闘を踏まえ日輪刀と同じ材質の弾丸を飛ばせる銃を主軸としている。

 そこに目を付けた新戸は、玄弥の射撃能力を培うべく、鉄砲店で猟銃として売られていたウィンチェスターライフルを購入。さらなる武装強化を促したのだ。

「武装の強化改良は戦闘能力の向上につながる。文明の利器は活用しないとな。……そして獪岳、お前にはこれをやろう」

 続いて新戸が箱から取り出したのは、新品の隊服と黒い着物、そして帯だ。

 獪岳専用の衣装のようだ。

「隠の連中に頼んでな。帯と着物の素材は隊服と同じで、全体的に耐久性が高い仕様になっている特注品だ」

 ライフル買うよりも金がかかったぜ、と不敵に笑う。

 自分の為だけの戦装束を用意してくれたなんて……! 新戸の計らいに驚きを隠せない獪岳だったが、さらに思いもよらない「命令」を聞くことになる。

「お前は確かな才能を持っている。今日から〝(いな)(だま)(かい)(がく)〟と名乗って、俺の()()になれ。返事は「はい」か「御意」の好きな方でな」

「――はいっ!!!」

 ケラケラと笑う新戸に、獪岳は胸がいっぱいになった。

 才能と努力を評価・承認され、名字という存在の証を与えられ、右腕という居場所を与えられ……承認欲求の塊である彼の新戸への好感度は鰻登りだ。

 ――俺は今、期待されてる! 認められてる! 正しく評価されている!

「まあ、玄弥も見所とか才能とかあるから。獪岳の背中に追いついてみるこったな。コイツの努力は尋常じゃねェぞ」

「……はい!!」

「その意気や良し。じゃあ、こっからが本題だ」

 新戸は新しい煙草を咥え、火を点けて吹かす。

「今後、鬼殺隊とワカメ頭との戦いは激化すると考えてる。十二鬼月、特に上弦との殺し合いの頻度が増えるだろう。上弦の鬼は柱でも手に余る。お前ら二人はそう簡単にはくたばらねェだろうが、上位の鬼との模擬戦闘をあらかじめ積んどかねェとマジで死ぬ」

「……柱でも倒せないんですか」

「実際のところは相性次第って面もあるが、参から上は一対一(サシ)で勝てる相手じゃねェのは確かだ」

 無数の鬼を狩りまくってきた柱すらも容易く葬る、上弦の鬼。

 新戸はその上弦の中でも最上位とも言える三人と邂逅し、その内の一人を味方に引き込んだ。残りの二人は、新戸の戦略と血鬼術をもってしても討ち取れず、上弦の壱に至っては撤退一択だった。

 今となっては間違いなく鬼殺隊の最高戦力と言える新戸ですら、上弦の鬼の前ではギリギリ互角に張り合うので精一杯だったのだ。今の獪岳と玄弥が敵うはずもない。

「そんで、ここからが提案なん――」

 なんだが、と言おうとした直後だった。

「ウリイィィィィィィィィ!!!」

 道場の戸を突き破り、雄叫びと共に患者衣を着た謎の猪頭が乱入。

 裸足とは思えぬ素早さで新戸に肉迫し、跳び上がって踵落としを決めた。

 ――が、新戸は一切動じずに納刀状態の仕込み杖の柄で防御。強引に押し返し、呆れた表情で口を開いた。

「……相変わらず突っ込んでくるんだな、伊之助」

「おい引きこもり! 勝負しろコラ!」

 猪頭――嘴平伊之助は鼻息荒く睨む。

 幼少期からの顔馴染みの道場破りに、新戸は面倒臭そうな表情で笑う。

「行くぜ……猪突猛進!!」

 伊之助は真っ向勝負を仕掛ける。

 が、相手は卑怯千万の小守新戸。正々堂々と肉弾戦で迎え撃つわけがない。

「はい、どーん」

「うおわぁぁぁぁぁ!?」

 いつの間にか右手の掌に浮き出た目から、赤い矢印が射出。

 矢印は伊之助を貫通し、そのまま廊下まで吹っ飛ばした。

「いい加減学習しろよ。俺が正々堂々と勝負すると思ってんのか?」

「卑怯者であることを自覚してる……」

 呆れた笑みで語る新戸に呆れる玄弥。

 自覚している上で直さないという、完全に開き直っている態度に清々しさすら感じた。

 だが、これで諦める伊之助でもなく。さらに加速して新戸に飛びかかった。

「うりゃあぁぁっ!」

「ほいっと」

 

 ドォン!

 

「うぇぐっ!?」

 全力で殴りつけに来たところを、スルリと躱して足を突き出す。

 足を引っかけられて盛大に転んだ伊之助を、上から踏みつけ抑える。

(う、動けねェ……!)

「挑むからには〝勝ち方〟を考えるんだな。腕っ節だけじゃあ他人は超えられねェんだよ」

 伊之助がまた暴れるからと思ってるのか、新戸は足をどかそうとしない。

 そこへ、二人の少年が慌てて駆けつけた。

「伊之助! 無事か!?」

「お前ホントいきなりどうしたの!? うっすら酔っ払いの鼻歌みたいな音がしたと思ったら、いきなりすっ飛んで行ってさぁ!! また喉潰れたら困るんだけどぉ!?」

 道場へ駆け込んだのは、花札のような耳飾りを付けた少年と、金色の短髪が特徴的な眉尻が二股に割れた太い垂れ眉の少年。

 その内の前者は、新戸の顔馴染みだ。

「炭治郎じゃねェか」

「新戸さん!」

 顔馴染みにして恩人の鬼に、炭治郎の顔が明るくなる。

 伊之助を踏んでいた足をどかすと、新戸は胡坐を掻いて座り込む。

「竹雄達には会ったのか?」

「見舞いに来てくれたんです。泣き疲れちゃって大変だったんですけど……」

 アハハと困ったように笑う炭治郎。

 これが長男力か、と顎に手を当てると、もう一人の金髪に目を向ける。

「ってことは、お前が我妻善逸か」

「ええっ!? 何で知ってんの!? 俺あなたと今日初めて顔合わせたんですけど!? っていうか鬼じゃん!! 酔っ払いの鼻歌みたいな音に紛れて鬼の音がするんだけど!! しかも顔立ち悪くないし!! 世の中不平等だ!!」

(酔っ払いの鼻歌……)

 ギャーギャーと喚く善逸に、新戸はジト目になる。

 ――え? こんなのが俺の右腕と同格? マジか?

「……獪岳、お前苦労したんだな」

「ええ、全く」

 獪岳の肩に優しく手を置く新戸。

 炭治郎や伊之助の同期なのだから、それなりの剣腕と強運は持っているだろうが、胆力が限りなくゼロに近い。先代当主の頃から鬼殺隊に在籍している分、色んな人間と関わってきたが、()()()()()()()()はいなかった。

 及び腰は結構だが、これで民間人(カタギ)に泣きついてたら終わっている。……というか、新戸が知らないだけですでに泣きついているが。

「……そう言えば、新戸さん。隣の」

「ああ、玄弥はお前らの同期だったな」

 新戸が縦長の瞳を向けると、玄弥は顔を逸らした。

「……何かあったの?」

 炭治郎にも目を配ると、むんっ! と怒り気味の表情。

 新戸は「隠し事はよくねェなァ」と自分のことを棚に上げつつ、玄弥を質すと、彼は気まずそうに答えた。

「実は……選別ん時に揉めて腕折られて……」

「ああ、それか。()()知ってるけどね」

「――この野郎! ぶっ殺してやる!」

「おい! 師範に何しやがる!」

 何と新戸は、最終選別後の玄弥の問題行動と炭治郎との暴力沙汰を知っていた。

 完全に弄ばれたことに顔を真っ赤にし、胸倉を掴んで殴りかかろうとし、獪岳は青筋を浮かべて止めに入る。

「いいだろ、兄貴には知られてねェんだから。まあ知ったら知ったで面白そうだな、さねみんの反応は」

 あの白ヤクザの土下座見れそうだし、と意地の悪い笑顔を浮かべる新戸に、玄弥は兄の立場が危ぶまれると察し顔面蒼白。

 獪岳も新戸の黒い表情に「悪い大人だ」とボヤき、炭治郎達も苦笑いを浮かべる他ない。

「何はともあれ、お前らもよく生き残った。せっかくだからくつろげ」

 

 

 その後、炭治郎達は新戸の計らいで束の間の息抜きを堪能した。

 中でも特に食いついたのは、新戸の助言。現在の鬼殺隊において古参の部類である新戸は、鬼殺隊や鬼に関する多くの知識を有しているため、鬼狩りとして新参の三人には喉から手が出る程に欲しいモノだった。

 全集中の呼吸を睡眠時含む四六時中続ける高等技術「全集中・常中」、新戸と衝突した上弦の鬼の情報、獪岳と玄弥に課している修行内容……今後の鍛錬に必要なネタを引き出し、炭治郎と伊之助は意気込んだ。

 その上で、新戸は三人に提案した。

「俺としても、今の隊士の質の低下は少しマズイと思ってる。お前らでいいなら、付き合ってみるか?」

「よろしくお願いします!!」

「おう、やってやるよ!!」

 二人は色んな意味で経験豊富な新戸の修行に参加することを宣言。

 唯一、善逸は嫌がっているが、新戸が「禰豆子も鍛えようと思う」と言った途端に手の平返し。わかりやすい奴である。

 しかし、そんな新戸の真意を知る者が一人。獪岳だ。

「……自分が働きたくねェだけだろ、師範」

「よくわかってるじゃねェか」

 耳元で囁く獪岳に、ニィッと口角を上げる新戸。

 一般隊士の質の低下は、新戸への皺寄せに直結する。耀哉としては隊士の質の低下は悩みの種だが、新戸の強制労働にもつなげられる好機でもある。それを見抜いた上で、新戸は炭治郎達の育成に名を上げたのだ。

 その様子が、必ず外の鎹鴉達に見られていると想定して。

「まあ、傷が完治したらでいい。俺も珠世さんやカナエ達に用があるから、しばらくは蝶屋敷に滞在する。鍛錬は夜中、成長ぶり次第で獪岳がやってる応用訓練をやってもらう。痛い目に遭うから覚悟しとけ」

「痛い目に遭うこと前提!? 嫌だよ~!! 爺ちゃんの時みたいなのが再現されるのぉ!?」

「心配すんな、ちゃんと手加減した上での痛い目だから」

「余計不安なんですけどぉ!?」

 のたうち回りながら汚い高音を上げる善逸に、弄り甲斐は一丁前かと呟く新戸だった。

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 皆が寝静まった頃、新戸は蝶屋敷のある一室を訪ねていた。診療所を棄てた珠世達の専用の部屋である。

「カナエの奴、割といいトコくれてやったんだな。浅草とそんな差はねェ」

「彼女には助けられてます。妹のしのぶさんも協力してくださるので、大きな一歩です。では、腕を出して」

「あいよ」

 差し出した右腕に、注射の針が刺され、採血される。

 それと共に、傍にいた愈史郎は鼻と口を覆った。

 新戸の血は、高濃度のアルコールとニコチンが含まれている。その匂いは鼻が曲がりそうになる程で、血を飲めば悶絶し、肉を欠片だけでも喰らえば心的外傷に発展しかける威力を持っている。その体質の恐ろしさを身を以て知っているため、珠世達は強い覚悟で採血に臨むのだ。

 が、ここで意外な事実が発覚した。

「……!? 新戸さん、最近お酒と煙草は控えてますか?」

「? いや、よく飲んでるけど」

 そう、酒と煙草の臭いが薄れているのだ。

 つい数ヶ月前まで地獄のような臭いを放っていたのに……。

「……最近、何か変わったことをしてますか?」

「そうだな、強いて言えばしのぶの毒の実験に付き合ってるぐらいか」

「っ! それを詳しく!」

「うおぅ!?」

 興奮気味に詰め寄ってきた珠世に驚く新戸。

 一方の愈史郎は「興奮した珠世様……」と目を輝かせている。

「実はな、しのぶが純米大吟醸酒三本を報酬に俺を実験台にしてんだ」

「その過程で複数の試験薬……いや、この場合は〝試験毒〟か。それを服用したことで、体質がまた変化したのか。それにしても酒で自分の身を捧げるのか貴様は?」

「何言ってんだ、高級酒を働かずに貰えるんだぜ? 願ったり叶ったりだ」

 うはは、と呑気に笑う新戸。

 飄々としつつ狡猾に立ち回る印象が強いが、案外ザルかもしれない。酒好きだけに。

「成程。鬼に効く毒は藤の毒……ですが新戸さんの血を混ぜて作成したものとなれば、割合によって効果が変わるかもしれませんね。上位の鬼にも決定打となり得る毒の作成となれば、副作用で臭いが薄れるということも考えられます」

「副作用の割には、随分お得だな」

「はっきり言って、鬼殺しとも言うべき状態です」

 珠世曰く。

 新戸は人体にとって有害であるニコチンの大量摂取を続けることで、体内に侵入した異物への耐性が極めて高く、鬼の不死性や再生力も相まって異物を短時間で中和するように変異している可能性があるという。

 それは、新戸という生物が希望の光となり得ることを意味した。

「浅草で鬼にされた男性を治療する際、少量の血を混ぜて試験薬を投与したところ、飢餓がすぐ鎮まり人間の食事も食べれるようになりました。お二方は新戸さんに感謝していますよ」

「副作用として、飲酒と喫煙の毎日となったがな」

 人を襲わない分まだマシだが、と付け加える愈史郎。

 どうやら浅草で無惨に鬼にされた悲劇に見舞われた男性は、人を襲わずに済んだがロクな食生活じゃないようだ。

「炭治郎さんにもお話しましたが、今後も鬼の血の摂取を続け、少しでも鬼舞辻の打倒や鬼を人間に戻す薬の開発を進めるのが一番です」

「それについてなんだけどよ。珠世さん、ちょっといいこと閃いたんだ」

 新戸はニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべた。

 絶対ロクな考えじゃないと勘繰りつつも、一応珠世はどういう考えか尋ねると……。

「俺の血で毒を作ってんのがしのぶだ。だが()を作ってくれる人いねェんだよ」

「……まさか!?」

「お前、正気か!?」

 

 それは、誰もが思いもしなかった、新戸ならではの考え。

 いや、新戸だからこそ思いつく、鬼を滅してこその鬼殺隊では反発必須の発想。

  

「俺の血で、鬼化した人間だけじゃなく、普通の人間にも効く回復薬や輸血用の血を作ってくれねェか?」




【ダメ鬼コソコソ噂話】
本作における化け物三人衆は、以下の通り。

鬼舞辻無惨→性根が化け物
継国縁壱→戦闘能力が化け物
小守新戸→思考力(特に洞察力・推理力)が化け物

皆さんは、誰が一番恐ろしいですかね……?

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