鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

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アニメの遊郭編、終わりましたね。

童磨の声、やはり宮野さんだったか!
めっちゃピッタリ……刀鍛冶の里は、上弦招集から始まりますね。

ホント天元様、お疲れ様です。


第二十五話 脇が(あめ)ェんだよヒヨっ子。

 翌日の夜。

 誰もいなくなった蝶屋敷の広い庭で、禰豆子は新戸と手合わせをしていた。

「むぅん!」

「っと」

 拳打と蹴りで激しく攻め立てる禰豆子。

 それに対し、新戸は納刀状態の仕込み杖で的確に防ぎ捌いている。

 まるで、鬼としての実力差を見せつけるかのようだ。

「ふんぬっ!」

 

 ゴッ!!

 

 一瞬の隙を突き、新戸が左腕で正拳突きを見舞う。

 避けきれないと判断した禰豆子は、踏ん張りながら腕を十字に組んで受け止めた。

 十字の中央に炸裂した新戸の本気の拳打の衝撃は、禰豆子の想像を遥かに超えていた。腕の肉や筋が裂け、骨が折れる嫌な音が耳に入り、それでも威力を殺しきれず、血を流しながら吹き飛ばされてしまう。

 ――それが何だというのだ。

「むんっ!!」

 痛みに耐えながら、禰豆子は空中で受け身を取り、血鬼術〝(ばっ)(けつ)〟を発動。

 新戸の周囲に散った自らの血を爆熱させ、炎に包んだが……。

「――〝(おに)(けん)(ばい) ムギリ(ぜん)(まい)〟」

 新戸は仕込み杖を抜いて、全方向に斬撃を出現させた。

 自身を覆う斬撃は渦のように巻き、その風圧で炎を吹き消した。

「よし……今日はここまでだ」

「むっ」

 腕の再生を確認し、手合わせを終了する。

 禰豆子の頭を撫でながら、新戸は手合わせの評価をした。

「今のは中々よかったぜ、禰豆子。防御からの血鬼術による反撃の流れ……炭治郎と共に場数を重ねただけあるな。まだ動きにムラがあるが、浅草の時とは比べ物にならねェ。――強くなったな」

「むんっ!」

 どうだ! とでも言わんばかりに胸を張る禰豆子。

 無惨に注がれた血の量が多いのもあり、そこらの雑魚鬼では相手にならない強さを持っているのだ。戦闘力の上限を引き上げれば、戦力として高く評価されるだろう。

 ――万が一にも、いつでも上弦の誰かが裏切ったり倒されたりしてもいいように。

(まあ、俺個人として一番いい塩梅なのは、上弦の鬼を二体ぐらいぶっ殺して補充が間に合わない内に総力戦に持ち込ませること……なんだけどな)

「……むぅ」

 無意識に黒い笑みを浮かべている新戸に、目が点になる禰豆子。

 そのやり取りを黙って見守っていた炭治郎は、二人の元へ駆け寄った。

「新戸さん、禰豆子は……」

「基礎戦闘力はしっかり付いている。回復力・再生力も短期間でかなり上がっている……でもこれだけじゃあダメだ」

 新戸曰く。

 禰豆子の短期間での戦闘力の向上は、確かに目を見張るもの。しかし、今の禰豆子は鬼の中では中の上あたりで、上位・最上位の怪物達との接敵を考えると鍛錬が必要とのことだ。

「さっきの炎みたいな血鬼術……〝爆血〟だったか? あれを鍛えよう。応用の幅を利かせれば、鬼殺隊士が苦手とする遠距離攻撃もできる」

 新戸は仕込み杖を抜くと、柄の部分ではなく鍔元の刃を握った。

「に、新戸さん!?」

「騒ぐな。切れ味の最も悪い鍔元なら、握るだけなら骨に食い込むまではいかねェっての。それに自分の爪でやるのは何かヤダ」

 右手の掌から滴る血が、刃を伝う。

 そして新戸が気合を入れた途端、仕込み杖の刃を濡らしていた自身の血が爆ぜた。

 禰豆子と同じ血鬼術を発現したのだ。

「むぅ!?」

「禰豆子と同じ……!?」

「柱合会議の後、珠世さんに頼んで注射してもらったんだよ。獪岳と玄弥もそうだが、鍛えるからには相手に合わせないと始まらねェ」

 新戸は爆血の炎を纏った仕込み杖を構え、下から上に向けて弧を描く様に振るって斬撃を放った。

 放たれた斬撃は炎を纏ったまま上空へ打ち出されて、爆ぜて消滅した。

「「……」」

 新戸の血鬼術に圧倒され、ポカーンと口を開ける竈門兄妹。

 二年前、なぜ無惨から自分達の家族を護れたのかが少し納得できた気がした。

「一応俺も少し鍛えといた。補助攻撃としても申し分ない。鬼殺隊士にとっては福音となる血鬼術だな」

「じゃあ、禰豆子も鬼殺隊の一人として……」

 炭治郎の言いたいことを察し、新戸は無言で頷いた。

「だがお前も然り禰豆子も然り……これから先、上弦の鬼との戦いを考えると、()()()()に話を持ち掛けた方が良いかもしれねェ」

「兄妹、ですか?」

「〝上弦の陸〟だ。近い内に正式に無惨を裏切る予定になっている。多分親近感湧くぞ」

 新戸は、すでに炭治郎と禰豆子の情報を渡しており、二人が興味を持ったため了承済みだと語る。

 上弦の鬼が自分達に興味を持ち、新戸を介して協力してくれる雰囲気と知り、炭治郎と禰豆子は顔を見合わせて笑みを浮かべた。

「ただなァ……二人が拠点としている吉原は、天元の関係で今ゴタついてんだよ。何か嫁さんを間者で送り込んでたそうだ」

 滅茶苦茶怒ってたなー、と呑気に呟く新戸。

 実は吉原は、かねてより宇髄が十二鬼月が潜んでると読み、自身の妻を潜入させて情報を集めている最中だったのだ。読みは正しく、相手が上弦の陸だったのだが、それに気づいた時にはすでに新戸が()()()()()()()()()()()()()

 当然あとで新戸を呼び出した宇髄だったが、新戸が「いきなり撤退すると連中に怪しまれる」と説得。その場で思いついた()()()()に、宇髄は「地味だがやる価値はあるな」とあっさり承諾。その旨を妓夫太郎と堕姫にも伝え、二人には無惨に勘づかれぬよう慎重に行動してもらっているとのことだ。

「……童磨の情報からするに、おそらく次に動くのは強化された下弦の壱。だが残りの上弦は自由に行動しているから、任務先でバッタリ鉢合わせなんてのもあり得る。頸斬れねェと思ったら、程々に戦って撤退し、誰も死なせねェようにしろ」

「新戸さん……」

「鬼殺隊士一人死んだら、一般大衆百人分の死と思え。お前らの勝利条件は「民衆を鬼から護りきれたかどうか」だからな」

 若いんだから勝負は焦んなよ? と一言告げて新戸はその場を去る。

 その背中を見て、改めて不思議な人だなと炭治郎は思ったのだった。

 

 

 翌日。

 産屋敷邸にて、杏寿郎としのぶが言葉を交わしていた。

「出陣ですか?」

「胡蝶か。鬼の新しい情報が入ってな。向かわせた隊士がやられたらしい。一般大衆の犠牲も出始めている。放ってはおけまい!」

 その言葉に、しのぶの顔が一瞬曇った。

 柱が動く程の案件となれば、十二鬼月の可能性がかなり高い。新戸によって弐と陸は与してくれるが、それでも残りの上弦は柱すら手に余る強さであり、裏切り者の栄次郎も控えている。それどころか、未知の戦力の可能性すらある。

 しかし、今代の柱達は一味違う。何せ新戸と繋がっている上弦の陸・妓夫太郎も「中々の面子」と評しており、上弦の鬼達から見ても歴代の柱とは一線を画すと見なされてるのだ。ましてや炎柱・煉獄杏寿郎はその柱達の中でも随一の剣士だ。

「難しい任務のようですが、煉獄さんが行かれるのであれば心配ありませんね」

「うむ! ――ところで、珠世女史とはうまくやってるか?」

「珠世さんのおかげで毒や薬の研究は進んでます。姉さんも嬉々として参加してるんですけど……はしゃぎすぎてるのか徹夜が多くて」

「それは難儀だな!!」

 鬼と仲良くできることを夢見ていた姉の様子が想像できたのか、杏寿郎は大声で笑った。

「では、行ってくる!」

「お気をつけて」

 快活に笑いながら、任務へ向かう炎柱。

 その様子を影から見ていた新戸は、眉間にしわを寄せた。

(何で()()()()()に限って、妙な胸騒ぎがすんだよ……)

 盛大に溜め息を吐き、頭をモリモリと掻く新戸。

 瑠火が亡くなった時も、カナエが上弦の壱に殺されかけた時も。そういう時に限って、新戸は妙な胸騒ぎが止まらなくなる。

 胸騒ぎの原因は、紛れもなく杏寿郎。つまり、杏寿郎は任務先で死に直結するような目に遭うということだ。

 

 それだけは、何としても阻止したい。

 上弦の弐と陸が与してくれたことで、現在の鬼殺隊は歴代最強と言っても過言ではないくらいの兵力を有し、周囲の士気も良好な状態が続いている。そんな中で柱達からも信頼が絶大である杏寿郎が戦死したとなれば、せっかくの「イイ流れ」が台無しになる。

 それだけではない。杏寿郎が殉職すれば、その穴埋めを誰かがしなければならない。その候補として自分が挙げられ、押しつけられる仕事量が確実に増える。当然自分の思惑通りに事を進められなくなるため、色々と支障が出る。

 何より――瑠火との約束がある。〝導き手〟という言葉をそのまま具現化したような女性の言葉を、さすがの新戸も無下にすることができなかった。

 

「……しゃーねェな」

 ――遺憾ではあるが、行かねばならない。

 そう判断し、新戸は産屋敷邸に上がり、耀哉に杏寿郎の任務への同行を申し出たのだった。

 

 

           *

 

 

 夕方時、とある駅。

 新戸は弟子である獪岳と玄弥を呼び、実戦による「講座」を始めた。

「はい、じゃあ今からこの小守新戸による「カスでもできる鬼狩り講座」を始める。よく聞かないと柱でも多分死にます」

 へっへっへ、と笑う新戸に、弟子二名は引きつった笑みを浮かべた。

「ではまず、今回の任務内容について説明する。つっても、杏寿郎の任務に同行するだけなんだがな」

 新戸は二人に、耀哉から得た情報を開示する。

 

 現場は無限列車。

 新しく使われ始めた八両編成の汽車では、短期間の内に四十名以上の行方不明者が続出。数名の隊士が送り込まれたようだが、全員消息不明。全員喰われて死んでると考えていいだろう。

 拡大する被害を重く見た産屋敷家は、柱達の中でも随一の剣士である炎柱・煉獄杏寿郎を送り込んだ。

 

「さあ、ここで問題だ。さっきの情報から、(てき)の特徴を答えてみろ」

「「えっ」」

「思いついた限りで結構だ。何でもいい、言ってみろ」

 情報量が少ないのに、鬼の特徴を掴めと告げる新戸に、目が点になる二人。

 しかし新戸は、常日頃「〝勝ち方〟を考えろ」と主張する頭脳派。つまり少ない情報から敵の能力や特性を推測し、そこから戦略戦術を練り、勝利に繋げろと言っているのだ。

「えっと……擬態がうまい鬼で、血鬼術を覚えている? あと複数いる?」

「成程。獪岳、お前はどうだ?」

「潜める場所が少ない車内で、四十人も喰ってるんですよね。認識を誤魔化すっつーか、幻覚を見せる能力を持ってる。それで真っ向勝負を仕掛けないとか」

「二人共、正解だ! 俺が見込んだだけある、最高の弟子だ」

 新戸は二人の意見にご満悦。

 思わぬ高評価に、二人は仲良くホワホワした。

「俺はこう考えた。――無限列車に出る鬼は、擬態と隠蔽の玄人。人間の協力者を複数従え、狭い車内でも柱にも有効なヤバイ血鬼術を持ち、武力よりも知力に傾いた嵌め手搦め手を得意とする。総括して、人を護ることを使命とする鬼殺隊士としては相性最悪の敵……だってな」

「っ!!」

「ぶっちゃけ、この時点での決めつけは策を練る上ではかなり危険だが、被害のデカさを考えると妙に納得できる。だから確定事項と捉えていい」

「そ、それって……かなりヤバイんじゃ……」

 顔を強張らせた獪岳と玄弥に、新戸は頷いた。

「そりゃあ戦闘力と勝敗は別物だからな。ぶっちゃけ、この任務は難易度が高すぎる。俺でも情報抜きだったらヤベェと思うもん」

 高速移動している列車内での戦闘は、歴戦の鬼殺隊士でも不慣れ。ましてや100名は確実に居る乗客(ひとじち)を、鬼の攻撃から護りながら頸を刎ねねばならない。

 柱でも苦戦を強いられてしまう、信じられないくらいに面倒臭くて厄介な戦場……それがこの無限列車だと新戸は語っているのだ。

「っとまあ、こんな感じで鬼の能力や特性を想定する。敵がどんな奴かを考えることは、確実な勝利に近づける」

「ってことは、敵の性格とかも考えないといけないってことですか……?」

「獪岳、よく気づいた!! その言葉を待ってたぞ、それがこの講義の全てだ」

 新戸は嬉しそうにわしゃわしゃと獪岳の頭を撫でた。

 第二の師範である新戸に褒められて顔を赤らめる獪岳に対し、玄弥はそのデレデレぶりに若干引いた。

「どんな相手だろうと、戦闘にはどっかで必ず相手の癖や性格が反映される。高威力高精度の奥義にだって予備動作や隙がある。それを見抜けば、一瞬で戦局をひっくり返すことができる。どんな奴でも場数を重ねれば、自ずと戦ってる間に相手を理解できるようになる。……って訳で。任務を始める前に得た情報から敵がどういう奴かを知り、そこから自分がどう立ち回るべきかを考えろ。はい、講義その壱はこれで終了」

「講義その壱!?」

「弐も参もあるんですか!?」

「当たり前だ、俺が付きっ切りでお前らの面倒を見るんだからな。じゃあ、次の講義は車内でやるぞ」

 新戸はそう告げ、勇ましく蒸気を上げる夜汽車へ乗車したのだった。

 

 

           *

 

 

 汽笛が鳴り響き、無限列車は動き出す。

 新戸は三号車の奥の席に座り、持参した酒を飲んでいた。

「それじゃあ、ここで講義その弐を始めるぞ」

 新戸の告げた言葉に、獪岳と玄弥は気を引き締めた。

「この任務には炎柱の杏寿郎が乗っている。逆を言えば、それ以外に派遣された隊士は皆全滅で、柱が動かざるを得ない事態でもある。しかし腑に落ちないことがある」

「というと?」

「確かに狭い車内では刀は振りにくく、ましてや護るべき対象も多い。だが何もできずそんなポンポン殺されるか?」

「……まさか、すでに先手を打たれてるんですか!?」

 顔を青褪める玄弥に、新戸は「いい塩梅に勘が鋭くなったな」と頭を撫でて褒めた。

「俺が無限列車に巣食う鬼なら、まず切符に細工を施す。切符を切った瞬間に、初見殺しの血鬼術が自動的に発動するようにな。たとえば……催眠とかな」

 新戸はすでに鬼の策略を見抜いていた。

 そもそも血鬼術は、一言で言えば「何でもアリ」だ。思わず反則だろうとボヤいてしまう初見殺しなど腐る程ある。ちょっと頭を使って一手間加えたり工夫すれば、一度に大量の命の生殺与奪を握り、戦いの主導権を確実に掌握できる。

 人智を超越した鬼が、列車という閉鎖的空間で自由に立ち回るには、高い知性で策略を練る他になく、その策略も自ずと絞られてくる。頭脳戦や搦め手嵌め手を得意とする新戸だからこそ、()()()()()の敵の腹などすぐ読めるのだ。

「切符を切るのは人間だろう。協力者の人間では鬼殺隊士も成す術も無い。だが予測を立てておけば、対策も取れる」

 そう言うと懐から、新戸は切符を取り出した。

 だがよく見て見ると、それは無限列車の切符ではなかった。

「これ、別の列車の切符じゃないですか……」

「さっき駅で買った。無限列車だけが通るわけじゃないからな」

 新戸の考えた対策は、切符を切ってもらう際に、予め買った別の切符とコッソリすり替えることだった。

 だが、そんな子供騙しが鬼に通じるのか? 獪岳と玄弥は半信半疑で新戸を伺う。

「ククク……そりゃあ疑うよな。だがこの場合は必ずうまく行く。お前ら、車掌の様子は見たか?」

「「?」」

「客車に乗り込む前、窓から様子を見れた。その時の車掌の顔は俯きやつれていた。車掌の主な使命は列車の安全運行……心身共に疲弊しきってるような奴に任せられるか?」

 新戸の指摘に、玄弥はピンと来ていないが、獪岳はハッとなった。

「……車掌は協力者で、鬼の甘言につられている……!?」

「そういうこった。何かしらの()()()()を持ち出されたのは火を見るよりも明らか。だが俺達がモタモタすれば、それを味わいたいからと焦り、必ずボロが出る。って訳で、敵がボロ出すの誘ってジワジワ追い込むように」

 その時。

 後方の車両に続く扉が静かに開き、俯き加減に車掌が歩いてきた。

「……他の乗客に見向きもしねェ」

「気づかれてるかもな」

「気づかれてるかじゃねェよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 切符を切ってもらうだけなのに、言葉に表し難い緊張が走る。

 すでに戦闘は始まっているのだ。それが格闘戦ではなく、頭脳戦であるだけの話だ。

「切符……拝見……致します……」

「ああ、ご苦労さん。ちょっと待ってな」

 新戸はゴソゴソと懐を探る()()をする。

 すると、段々焦り始めた。

「あ、あれ? 切符が無い!!」

「はあ? ふざけんなよ。カスはこのトサカで十分だってのに、これ以上カスを増やすなよ」

「あんだと!?」

 獪岳の直球すぎる罵倒に、玄弥が反応。

 そのまま口論に()()()()()

「いつも上から物言いやがって!! 自重しろよ!!」

「単純な脳味噌してるくせに一丁前に言うようになったな、カスの弟弟子が」

「あぁん!?」

「……あの……切符……」

 獪岳と玄弥の罵り合いを割り、どうにか切符を切ろうとする車掌。

 切符を探す振りをしながら様子を伺っていた新戸は、周囲に気を配る。

(……鬼の気配は無い。まだ動いていないか。上々だな)

 その後も新戸の前で罵倒合戦を繰り広げる弟子二名。

 元来気が強い性格だからか、いい感じに譲らない。ただよく聞くと日々の不満も言ってるようにも聞こえる。

 その時、ついにボロが出た。

「あの!! 切符を拝見したいんですがっ!!」

(今だ!!)

 やつれた顔からは想像もつかない大声に、獪岳と玄弥は気圧された。

 この時を、新戸は狙っていた。

「ああ、あったあった! ごめんよ。ホラ、これでいいだろ?」

 新戸は無限列車の切符ではない、すり替え用の切符を取り出し、三人分を渡した。

 車掌は狙い通り、その切符に記されている内容を確認せず、焦るように改札鋏(かいさつきょう)でパチパチ切った。

 すると新戸は、いびきをかき始めた。無論、狸寝入りだ。

 それに倣い、罵倒合戦をしていた獪岳と玄弥は糸が切れた人形のように倒れ、狸寝入りした。

「ハァ……ハァ……これで、私もようやく眠ることができる……妻と娘のもとに……」

 車掌は目に涙を浮かべながら、最後にそう呟いて先頭車両へ駆けていった。

 その数秒後……三人は一斉に狸寝入りを終えた。

「はい、講義その弐はこれで終了な」

「さすがです、師範」

「本当にうまく行くのかよ……」

 不敵に笑う新戸と獪岳に対し、玄弥は信じられないとでも言わんばかりの様子。

 即興ではあったが、まさかこうもうまく騙せるとは思わなかったようだ。

 それに運がいいことに、収穫もあった。

「師範、車掌のあの言葉……催眠というより、夢を見させる血鬼術の使い手みたいですよ」

「ってこたァ、()()()()敵は下弦の壱〝魘夢〟か。不幸な人間をテキトーに見繕ってから「いい夢見せる」と唆して、乗客ごと柱も俺達も協力者もパックンチョ……雑だが筋書きは大方こんなトコか」

 敵の正体に加え、大よその目論見も看破した新戸。

 しかし移動する列車内での戦闘は、刀で戦う鬼殺隊士はかなりの不利だ。屋根の上の戦闘など転落の危険があり、車輪に巻き込まれる可能性もある。柱である杏寿郎や、任務以外にも自分の過酷な修行に身を置く獪岳なら問題ないだろうが、玄弥は不慣れだろう。増援が乗り込んでいれば、彼らも例外ではない。

 何より、まだ敵が油断していない。計画とは大掛かりであればある程、序盤が一番緊張感を持っており、警戒心も一番強い。今が一番感覚が研ぎ澄まされた状態であり、勝負を仕掛けるには早すぎる。

(さて、どうしたものか……状況的には(わり)ィ方だ)

 新戸が次の手を考えていると、玄弥が問いかけてきた。

「なあ、師範」

「ん?」

「さっき言ってたけどよ……乗客ごと俺達を喰うって、どうやってやんだよ?」

「そりゃあ…………………っ!!」

 新戸はハッと気づいた。

 鬼は同族嫌悪ゆえ、群れることは無い。無惨の命令で共闘はあるかもしれないが、鬼同士の関係性を考えれば、加勢は無い。むしろ横取りの方が可能性が高い。

 列車内にいる乗客は、少なくとも百名以上。客車の編成を考えると、二百人はいる可能性もある。それ程の人間を、たった一匹の鬼が一晩で一人残らず喰えるのか? 喰えるのなら、一体どうやって?

 そう考えた新戸は、一つの答えに辿り着いた。

(……列車と融合すれば可能だな)

 鬼は人を喰い肉体を強化することで、身体の形状を自在に操作することができる。現に新戸は女の体になれるし、禰豆子は体を小さくすることができる。

 その論理で考えると、列車という閉鎖的空間において一度に大量の人間を喰らうには、列車と融合するという常識外れの異形化が一番合理的だ。

「ありがとよ、玄弥。ここで最後の講義……講義その参を開くぞ」

「!」

「お前の質問で敵の腹ァ読めた。奴は列車と融合しようとしてる。ここで問題だ、泳がせてるか、その前に討ち取ろうとするか」

 その問いかけに、二人は迷うことなく後者を取る。

 だが新戸は違った。

「俺だったら迷わず泳がせる。正確に言えば()()()()()だがな」

「……師範、まさか!」

「ああ。融合したとなれば、頸がどこにあるか目星が付くだろ?」

 どのような形になろうと、鬼である限り必ず頸はある。

 だが、その頸がどこにあるのかがわからねば意味がない。閉鎖的空間とはいえ、常に頸が剥き出しとは限らないし、下手をすれば移動するなどという可能性だってあるのだ。

 その可能性を潰すには、どのような状況となっても動けない状態にさせる。その為に、あえて列車と融合して急所の位置を固定させる方が確実だ。

「おそらく、敵は時間稼ぎの一手を打ってくる。それに乗ってやれ。ここからは別行動とする。俺は杏寿郎を叩き起こしに行く。お前らは鬼を狩らず――」

「まず協力者全員を拘束しろ、ですよね」

「さすがは一番弟子。話が早くて助かる」

 新戸は獪岳の頭を撫でると、背を向けて羽織をなびかせながら後方車両へ向かった。

「動きがあったら後ろに来い。適宜作戦会議する。――絶対に死ぬなよ」

「「了解!」」

 新戸は「ここは頼んだぜ」と告げ、術にかかったであろう炎柱の下へ向かった。

(夢を見始めたね、もう起きることは無いよ、心を壊せば柱を殺すのも簡単……って感じのことを考えてんだろ? バァカ、やらせねェよ)

 新戸は思い通りに事が進んで笑っているであろう鬼を嗤った。

(脇が(あめ)ェんだよヒヨっ子。人間はな、敗北を重ねることで賢くなんだ。俺だって瑠火さんに将棋を百回挑んで百回ボコボコにされたから、敵の腹が読めるようになったし、勝ち方を考えられるようになったんだ)

 

 ――この俺を相手に嵌め手搦め手を仕掛けたらどうなるか、骨の髄まで刻み込んでやるぜ。

 

 夜を進む無限列車にて、鬼殺隊最凶は酷薄な笑みを浮かべたのだった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸が無駄に賢くなったのは、煉獄家で居候中に槇寿郎が「将棋で勝ったらしばらく置いてやる」と言い出したのが始まり。
相手の駒を利用する将棋の楽しさに触れ、ルールを覚えた途端にストレート勝ちしたところ、病に伏せる前の瑠火が興味を持ち、新戸をボロクソに打ち負かします。
それ以来、負けっぱなしでいられないと変なところで心を燃やした新戸は、何度も瑠火に挑み、負け続けます。瑠火もまた、新戸と将棋をすることが楽しくなり、病に伏せても調子が良ければ将棋を指し、どうすれば勝てたかも教えたりしました。
ゆえに新戸の「〝勝ち方〟を考えろ」という思想は、瑠火に将棋で惨敗し続けたのが始まりです。
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