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羽織をなびかせ通路を歩く新戸は、魘夢の詰めの甘さを嘲笑っていた。
確かに、並の隊士では成す術も無い
だが新戸のように乗り込む以前から勘繰ってたり、予め対策を練られていると、些細なことで〝裏〟を気づかれ足を掬われてしまうのだ。
現に魘夢のやり口は新戸に看破されており、その策略を逆に利用され始めている。
(これで杏寿郎を叩き起こしゃあ、ほぼ王手だ)
新戸は連結部の戸を開けると、両腕を組んだまま眠る杏寿郎を見つけた。
その傍には、見慣れた顔が三名。炭治郎と善逸と伊之助だ。
全員、切符を切られて見事にハメられたようだ。鬼殺隊士は鬼から人を護るのが使命なので、まさか鬼の手下となった人に引っかかるとは思いもしなかったのだろう。
「……ったく、脇が
揃いも揃って血鬼術にまんまと掛かった事実に、新戸は頭を掻いてボヤいた。
その直後、炭治郎の向かいの席に置かれた霧雲杉の木箱が独りでに開いた。
「禰豆子! 起きてたのか」
「むぅ!」
炭治郎の傍に常にいる禰豆子が、木箱から出てきた。
無賃乗車だから切符を切られずに済んだようだ。
(まだ眠りは浅いな……だが念には念だ)
新戸は仕込み杖を抜くと、その鍔元を強く握った。
ポタポタと血が滴り、それを見た禰豆子は何をすべきか瞬時に理解し、己の爪で腕を引っ搔いて血を流した。
「……禰豆子、
「むんっ!!」
一切の躊躇いなど無く。
息を揃えて流れた血にチカラを注ぎ込み、血鬼術〝爆血〟を発動。
二人の血が一気に爆ぜた。
ドォン!!
「あっ」
新戸は血の気が引いた。
二人で爆血を行使したら、その爆炎が想像以上に大きくなってしまい、四人が火達磨となってしまった。
こんなにも大きくなれば、敵に勘づかれる――新戸は慌てて羽織を脱ぎ、バタバタと仰いで火を消そうとする。禰豆子も全く同じことを考えてたようで、新戸に倣って両手でペチペチ叩くが、そもそもの炎が大きすぎて効果なし。
いよいよもってヤバいかと思った時、炎がパッと消えた。
「むーん……?」
「あー……ま、いっか」
ひとまず目視では無傷のようだ。
爆血は鬼殺しの火……それが消え失せたということは、少なくとも四人に掛かった血鬼術はほぼ解除されたと解釈していいだろう。
しかし、だからと言って完全に目を覚ますかどうかは別。夢見心地だったり意識が朦朧としている可能性がある。その状態での鬼狩りは酩酊状態で鬼を狩ってた槇寿郎より危険だ。
新戸は数秒程考え、迷いなく声を張った。
「大変だ!! 禰豆子と耀哉が一緒に寝るらしいぞ!!」
「禰豆子ぉぉぉぉ!?」
「禰豆子ちゃあぁぁぁぁぁぁん!?」
「お館様ぁっ!?」
伊之助以外が一斉に覚醒。
かなり破壊的な一言だったのか、三人共物凄い汗を流している。
それもそうだろう。妻子がいる耀哉が禰豆子と寝ている光景など、色んな意味で鬼殺隊激震である。柱全員が発狂しかねない。
「ったく。やっと起きやがったか寝坊助諸君」
「新戸さん! 禰豆子!」
「よもや……お前が起こしてくれたのか! なぜここに?」
「妙な胸騒ぎがすっから、弟子連れて付いて来ただけだ」
仕込み杖で肩をトントンと叩きながら、新戸は乗車の経緯を語る。
「そうだったのか……面目ない、助かった!! ――が、先程の発言は肝を冷やしたぞ!!」
「こうでもしねェと覚醒する気配無かったからな」
真に受けるなよ、と笑う新戸。
あの一言、余程衝撃的だったようだ。
善逸に至っては禰豆子の肩に両手を置いて「大丈夫? 大丈夫だよね!?」と謎の安否確認をしている。
「あとは伊之助か……」
新戸は今だ眠りこけている伊之助に近寄り、耳元で囁いた。
「琴葉さんが作った天ぷら、童磨が全部食っちまったってよ」
「あんの糞親父ぃぃぃぃぃっ!!」
伊之助、爆裂覚醒。
自称山の王は、天井に届くぐらいに跳び上がった。
「……あっ! 引き篭もり野郎!」
「いい加減名前で呼べよ」
相変わらず名前を憶えない伊之助に呆れつつも、新戸は状況を説明した。
「お前らは切符を切られることで発動する遠隔操作の血鬼術にハメられたのさ。切符のインクが鬼の血、改札鋏が鬼の肉の一部だったんだろうな」
『っ!!』
四人は一斉に切符を取り出す。
すでに新戸と禰豆子によって滅却されてるが、かすかに鬼の臭いが残っているのを炭治郎は嗅ぎ取った。
これ程までに狡猾で周到な手口と、強い血鬼術。それ程までに強力な鬼が巣食っているのか。
「ええっ!? ってことは、列車に乗る前から俺達と煉獄さんハメられてた訳なの!? じゃあ何で新戸さんは無事なの!? 切符買ったんでしょ!?」
「フン、俺がこんな明け透けな小細工に引っ掛かってたまるかよ。共犯の車掌を焦らして別の列車の切符を切るようハメてやったのさ。おかげでいい収穫もあった」
「……さすがだな」
敵の罠を看破した上にそれを利用した新戸に、杏寿郎は笑う。
初見殺しに等しい策略を察知し、自分が有利になるよう誘導する離れ業など、新戸だからこそできる芸当だろう。
「敵は下弦の壱……俺には到底及ばねェが、嵌め手搦め手の玄人だ。奴は列車と融合し、乗客も共犯者も一緒に俺達を喰うつもりだろうよ」
「よもや! 本当か」
「推測の域だが、合理性を考えるとこの可能性が一番しっくり来る」
「そんな! じゃあ早く頸を斬らないと!!」
炭治郎達は血の気が引いた。
思考力、特に洞察力や推理力がずば抜けて高い新戸がそう言っているのだ。そのおぞましい目論見は確定と考えるべきだろう。
鬼が列車と一体化すれば、自分達は鬼の口の中にいることになる。それをいつ飲み込み消化するか、全ては鬼次第。一瞬の判断の遅れが命取りとなり、乗客の命も危険に晒される。
事態の重さを悟った善逸と伊之助も、顔を強張らせたが、新戸は宥めるように優しく声を掛けた。
「まあ待て、勝負を焦るな。すでに作戦は練ってある」
新戸の言葉に、炭治郎は瞠った。
その頭の回転の速さに、驚きを隠せない。
「いいか? 奴が列車と融合すれば、この車内は奴の腹の中も同然。俺達も乗客も身の危険は高まる……だが見方を変えれば、倒すのは意外と簡単だ」
「どういうことだ?」
「奴が列車と融合すれば、
『!!』
一同はハッとした表情で、新戸を見つめた。
頸を刎ねれば鬼は倒せるが、まずはその頸を確実に捉えねば意味がない。ましてや移動する夜汽車での戦闘そのものが容易ではない。そんな状況下で列車と鬼が融合したら、体力も精神力も摩耗する。
だが新戸は、その融合こそが最大の狙い。むしろ融合させ、鬼殺しの刃から
「今から頸を斬る組と乗客を護る組で分ける。融合が完了したら、伊之助と炭治郎は俺と一緒に運転室に向かう。十中八九、頸はその真下だ。善逸と禰豆子は杏寿郎と共に乗客を護れ。一両目から四両目までは俺の弟子と協力・連携を取り、杏寿郎は五両目から最後尾までを担当しろ。――これが俺の練った作戦だ。杏寿郎、他に案はあるか?」
「うむ! その案に乗ろう!!」
迷いなど無かった。
自分達がうたた寝している間に、柱として不甲斐無い姿を晒していた間に、新戸はここまでお膳立てしてくれたのだ。絶対に勝たねばならない。
「師範!!」
そこへ、新戸の弟子である玄弥が駆け込んだ。
どうやら事態に変化があったようだ。
「共犯者を新たに四人拘束しました!」
「そいつァご苦労さん。やっぱ車掌だけじゃなかったか」
玄弥曰く。
新戸がその場を去ってから、程なくして縄と錐を手にした四人の男女が姿を現したという。
起きている獪岳と玄弥を目にした彼ら彼女らは、「何で起きている」だの「夢を見せてもらえないじゃない」だのと激しく動揺し、子供の癇癪のように喚き散らしたが、聞いていてだんだんムカついたのか獪岳が一人の青年に鉄拳制裁。メンチを切って脅したら色々白状したという。
「さすが一番弟子、激情を捻じ伏せるには実力行使が手っ取り早い。――で、何か情報は?」
「すみません、色々吐いてくれたんですけど、肝心の鬼の情報はダメでした……でも他にも協力者はいると、三つ編みの女が言ってました」
「そうか……ってことは、この列車の運転士も
新戸は笑みを深めた。
融合した場合、頸が運転室の真下にあるという推測が確信に変わった。運転士も共犯なら、頸を斬る手前で奇襲するよう仕向けるだろうし、状況に応じて人質に取ることもできるからだ。
いかに抽象的であろうと、情報は情報。有益性は変わらない。
「あの、師範!」
「ん?」
「この鬼の頸、俺が取ってもいいですか」
その申し出に、新戸は目を細めた。
玄弥は新戸の血を取り込んだことで、確かに強くなっている。鬼喰いの才覚があるからか、血鬼術の扱いは新戸も目を見張る程の成長ぶりだ。
しかし――
「玄弥、お前まだ兄のことが気掛かりなのか」
「っ!」
「お前が手柄を立てたいのは、兄に少しでも近づきたいからだというのは俺も承知だ。けどな……鬼殺隊士って生き物はな、常人以上に覚悟が鈍るのを嫌う」
新戸は、鬼狩りの本質は尋常ならざる覚悟にあると玄弥に語る。
その覚悟の根幹は人それぞれで、愛する者を奪われた恨み憎しみとする者もいれば、煉獄家のように代々鬼狩りをしているがゆえの使命感など、多種多様だ。事実、ぼんやりとしている無一郎やツッコミどころ満載の甘露寺でも、いざ戦闘となるとその覚悟の強さは凄まじい。
しかし覚悟が強ければ強い程、それが少しでも揺らぐことが起これば、死に直結しかねない致命的な隙を与えることにもなり得るのだ。
「覚悟が鈍れば、本来の力を思う存分に発揮できない。お前の兄も人間だ、迷う時も覚悟が鈍りそうになる時もある。今はなるべく距離を置き、全て終わるまで耐えた方が近道かもしれねェぞ?」
「……師範…………」
「そういうこった。ひとまずこの修羅場を凌ぐぞ。お前は獪岳と善逸、禰豆子と一緒に一両目から四両目までの乗客を護れ。細かく斬撃を入れれば、再生に手間取るはずだ。ただし鬼化はするなよ、今のお前の身体には負担がまだ大きいからな」
「新戸! その少年は鬼になるのか!?」
聞き捨てならない言葉に、杏寿郎は声を上げた。
その気迫に玄弥は怯むが、新戸が庇うように立って反論した。
「人聞きの
「……! 成程、だからお前が少年を受け持ってるのか」
新戸と玄弥の事情を察し、杏寿郎はそれ以上の追及は止めた。
鬼殺隊は特異体質の持ち主が何名か在籍しているし、今の鬼殺隊は上弦の鬼が敷地内で呑気に煙草を吹かしている状況。それ以前に、そもそも産屋敷家の耳に玄弥の特異体質に関する案件が届かないわけがない。
お館様が認めているのであれば、何も言うまい――杏寿郎はそう割り切った。
「ほんじゃまあ、ボチボチ頃合いだな。炭治郎、まず俺と来い。三人以上はかえって本気を出される。俺の経験上、多少舐められるぐらいが一番狩りやすい」
「はいっ!」
「そんな訳だから杏寿郎、頼んだぞ」
「承知した!!」
炭治郎を連れ、新戸は鬼の下へと向かった。
*
連結部の戸を開けると、新戸は炭治郎を片手で抱え、天井部分を掴んで屋根へ飛び乗った。
「気ィつけろ」
「はいっ」
腰に差した仕込み杖を取り出し、前かがみの体勢で進む。
風に乗って強烈な鬼の臭いが届き、炭治郎は思わず隊服の袖で鼻を覆った。
(重い……こんな状況で眠ってたなんて、不甲斐無い!)
己の至らなさを恥じると同時に、鬼の罠を見破って起こしに来てくれた新戸との差を感じてしまう。
「! っ……」
「いたな。奴が下弦の壱だ」
風圧に負けず進むと二人の眼前に、洋装姿の鬼が立っていた。
倒すべき存在――魘夢だ。
「あれぇ? 起きたの? おはよう、まだ寝てて良かったのに」
場違いなまでの間延びした口調で、手をヒラヒラと振る。
しかし全身から漏れ出る禍々しさに、炭治郎は息が詰まりそうになる。
一方の新戸は、魘夢の左手に注目していた。
(左手の甲の口……血鬼術を行使する媒介か何かか?)
ただの悪趣味や性癖の類ではないだろう。
口から発するのは音か声……つまり耳で聞くこと、あるいは発する音波を浴びることで影響が出る特性の血鬼術である可能性が高い。
(クク……馬鹿が。対策してくれと言ってるようなもんじゃねェか)
心の中で嗤っていると、魘夢が新戸に声を掛けた。
「そこの鬼……小守新戸かな?」
「ん? ああ、そうだけど」
意外にもちゃんと姓名で呼ばれ、きょとんとした顔を浮かべる新戸。
すると魘夢が、恍惚とした笑みを浮かべた。
「運がいいなぁ……! 夢みたいだ、早速来てくれたんだねぇ」
頬を赤らめる魘夢。
魘夢は無惨から、鬼狩りの柱と炭治郎の抹殺、新戸の捜索を命ぜられている。標的が雁首並べて揃っているとは、願ってもないことだ。
しかし、解せないこともあった。
「それにしても、お前達はどうやって起きたのかな? 幸せな夢や都合のいい夢を見ていたいっていう人間の欲求は、凄まじいのにな」
「炭治郎達は引っ掛かったが、俺は違うぞ?」
新戸はそう言って、切符を取り出した。
無限列車の、魘夢の血を混ぜた切符ではない。予め用意していたすり替え用の切符だ。
それがどういうことを意味するか――魘夢は悟った。
(アイツ……術の発動条件を見抜いて……)
「脇が
新戸は不敵に笑うと、魘夢は微笑みながら告げた。
「ふーん、残念だったなぁ。あなたにもいい夢見せたかったのに。
ズンッ!!
「「!?」」
粘っこく言い切った直後、凄まじい圧迫感が魘夢と炭治郎に襲い掛かった。
感じたことの無い威圧感。凶悪なまでの殺意。体感温度は絶対零度。
その重圧の源は……新戸だった。
「…………他人様の過去、
こめかみに血管を浮かび上がらせ、仕込み杖を静かに抜く。
チャランポランな彼からは想像もつかない、強烈な怒気。
絶望や憎悪、嘆きや怒りといった人間の歪んだ顔が大好物である魘夢だったが、新戸の怒りを目の当たりにして冷や汗を流した。
(新戸さんの怒りの匂いが強い……あの鬼の臭いすらかき消す勢いだ……)
普段のズボラさからはあまりにもかけ離れた新戸の激情に息を呑みつつも、炭治郎は黒い日輪刀を抜いて刃を向けた。
人の心の中に土足で踏み入るこの鬼を、許してはいけない。
「〝水の呼吸〟……」
炭治郎は腰を低く落とし、体重を踵からつま先へ移動させた。
それを見た魘夢は、左手の甲から低い呻き声を漏らして構えた。
(あの鬼狩りが接近戦を仕掛けるのは明白。その前に眠らせてやる)
そうほくそ笑んだ時だった。
ボッ!!
「あっ……ギャアアアアアアアッ!!」
「!?」
何と新戸が一瞬で距離を詰め、魘夢の左腕をなます斬りにした。
手に持っている仕込み杖の刀身は、赤く染め上がっていた。
「――瑠火さん……俺ァどうやらまだ未熟のようだ。あんな安い挑発にまだ乗っちまう」
「に、新戸さん……?」
「ハハ……笑っちまうよなァ。あんだけ勝負を焦るなっつッといてこのザマだからなァ……」
ブツブツと独り言を言いながら、悶え苦しむ魘夢にゆっくりと歩み寄る。
まるで、迫りくる死の恐怖を与えるように。
(再生が……!? 何だ、何をしたアイツ!?)
一方の魘夢は、なます斬りにされた左腕の再生の異常な遅さに混乱していた。
先程まで、新戸の刃はごく普通の刀身だったのに、今は赤い刀身となっている。しかも斬られると、灼けるような激痛が襲い掛かるという嫌な付随効果ときた。
これでは、目の前の二人を眠らせることができない――この場では不利と悟った時には、すでに手遅れだった。
ザシュッ
赤く変色した新戸の仕込み杖が、魘夢の頸を刎ねた。
宙を舞った頭部が、ゴトリと鈍い音を立てて転がり、それに続いて胴体も倒れた。
「…………」
炭治郎は本気を出した新戸に唖然とするが、それどころではない。
この鬼は列車と一体化するつもりであり、さっきの鬼は本体ではなくなってる可能性が高いからだ。
急いで、仲間達に知らせなければ――
「……で、いつまで狸寝入りしてんだ」
威圧感のある声色で、新戸は魘夢の頸を見やった。
すると魘夢の頸の血管がドクンと波打ち、突如として肉塊が現れ肥大化。汽車の屋根に根を張り、頭部を天高く持ち上げた。
「うふふっ……意外と感情的なんだねぇ」
「ああ……自分でも驚いてる」
剣呑な眼差しで睨む新戸に、魘夢は「いい顔だねぇ」とねっとり笑った。
「ねえ、どうして頸を斬ったのに死なないか、教えてほしいよねぇ? 俺は今、気分が高揚してるから教えてあげてもいいんだよ?」
「……」
「うふふっ、それはね、俺がこの汽車と融合したか――」
ドンッ!
「!?」
「だろうな。読み通りだった訳だ」
新戸は無造作に仕込み杖を振るい、赤い斬撃を放って肉塊を一刀両断。
本体ではなくなった魘夢の肉体は、ボロボロと灰化していく。
「獪岳! 敵は予想通り列車と融合してる! 奴の頸は俺と炭治郎達で斬るから、杏寿郎達の援護をしろ!!」
新戸がそう叫ぶと、どこかで小さく「了解です、師範!!」という声が聞こえた。
命令が行き届いたことを確認し、新戸は煙草を一本取り出し、咥えてから炭治郎を見やった。
「炭治郎、伊之助呼べ。先行ってる」
「は、はい……」
火を点けて吹かしつつ、風圧で羽織を激しくなびかせながら新戸は運転室へ向かう。
(……さっきの新戸さん、まるで別人だった……)
いつになく感情をむき出しにする新戸に、炭治郎は戸惑っていた。
新戸は常に飄々とし、感情より損得勘定を優先する人物だと思っていた。冷酷や非情という訳ではないが、全ての行動と言動に必ず裏があるような雰囲気だった。
だが、魘夢の一言で新戸は激情に駆られた。我を失った訳ではないのはわかっているが、感情に支配された振る舞いは初めて見た。
(瑠火さんって、誰なんだろう……いや、今はそれよりも鬼を斬らないと!)
気合を入れ直し、炭治郎は伊之助達の下へと向かったのだった。
新戸は割り切ってるようで、実は思い切りが悪かったりする一面があります。矛盾してるんですけど、そういうキャラが作者は好きなもので……。
あと、新戸の言っていた「アイツみてェに」の意味は、本作を読んでる方なら何となく誰かわかるかと……。