あ、新戸はいい奴なんだけどやっぱりクズなんだなって。(笑)
鬼殺隊本部への呼び出しを食らい、耀哉から「働け」と命令された新戸は、不機嫌そうに愚痴を溢していた。
「ったく、俺が何したってんだよ。人も喰ってない、鬼殺妨害もしてない、これ程無害な鬼だってのに何だよあの仕打ち……」
「何もしてないからじゃないかしら? お館様も新戸さんを心配してるのよ。ほら、その証拠にお館様から手紙もらってきたのよ」
「それ手紙じゃなくて血判状!!」
カナエが取り出したのは、血判が押された産屋敷耀哉直筆の書状。
内容は端的に言えば「諦めて私の役に立ちなさい」で、要は今までのんべんだらりと生きてきた分のツケを払えということを言いたいのだ。
「あーあー……今日は厄日だ……」
「鬼に厄日ってあるの?」
「少なくとも俺はあるよ」
そんなやり取りをしながら、蝶屋敷に帰宅。
すると……。
「カナエ、ちょっと回復させて……」
そう言って靴を脱ぐや否や、新戸は胡坐を掻いて玄関の近くで寝始めた。
「あらあら……」
壁に凭れかかって鼻提灯を膨らませるその姿はだらしないが、子供のように穏やかな寝顔であり、カナエは思わず微笑んでしまう。
胡蝶カナエと小守新戸は、長い付き合いである。
新戸は本部預かりの名目の下、柱一名の監視下に置かれることとなったが、ほとんどの柱が嫌がったため煉獄槇寿郎の屋敷で居候することとなった。新戸は槇寿郎の倅の世話をすることもあったが、基本的に働きたくないので彼から疎まれ続けていた。そんな中、鬼殺隊に入ったカナエは柱になる以前から新戸に興味を持ち、槇寿郎に自分が預かりたいと申し出て、現在の関係に至るのだ。
なお、引き渡された際に槇寿郎は歓喜のあまり涙を流し、翌日の柱合会議は二日酔いのまま参加したのは当時の柱のみ知る黒歴史である。
「フフ…………困った
目を細めて微笑むカナエ。
そんな新戸を見かねたしのぶが、それはそれは不機嫌そうに姉に告げた。
「また玄関で……!!」
「しのぶ、新戸さんは姉さんが初めて仲良くなれた鬼なの。キツく当たらないでね」
「あれだけ怠けてたらキツく当たるわよっ!!」
しのぶはくっきりと青筋を浮かべて声を荒げた。
昼間から酒を飲み煙草を燻らせ、夜は柱の屋敷に侵入したり街を歩いたりと、遊び人のように振る舞う新戸。本人は時々家事の手伝いはするのだが、基本的には一日中ダラダラしてるため、ぐうたらな彼にしのぶがよくキレるのだ。
そんな妹の様子に、カナエはこんな言葉を告げた。
「確かに新戸さんはいつも怠けてるけど、目的を持って行動を起こす時は別よ」
「ね、姉さん? それって、このチャランポランが!?」
「ええ! しのぶもきっと驚くわよ、新戸さんはスゴいんだから!」
「はぁ……」
信じられないと言わんばかりに、しのぶは眉を顰める。
生物として人間を遥かに凌駕している……はずなのだが、戦闘や修行とは無縁なこの
熟睡中の鬼に疑惑の目を向けた、その時――
「カー! カー! 鬼の情報入る!」
「「!」」
二人の下に、鬼殺隊の伝令係である鎹鴉が舞い降りた。
本部からの要請だ。
「任務ね……じゃあ、一緒に連れて行きましょう! しのぶ、新戸さんの仕込み杖持ってきてね!」
「…………えぇぇぇぇぇ!?」
新戸と任務を行うと宣言したカナエに、しのぶは今日一番の声を上げるのだった。
*
二日後、東京府・浅草。
鎹鴉から伝えられた鬼の目撃情報は、驚くことに発展目まぐるしい大都市であった。
「こんな明るい所に、鬼が……?」
「さすがに気圧されるわね」
夜なのに明るく、溢れんばかりの人が往来し、見たことがない建物が立ち並ぶ、あまりにも大きな街。
ここ数年で文明開化が加速した地であるだけあって、胡蝶姉妹も呆気にとられていた。しかし、任務に同行されるハメになった新戸は違った。
「いつも柱に勘づかれるからちょっとしかいられねェんだよな……」
「ちょっと。解釈次第では聞き捨てならないんですけど?」
新戸の言っていることは、見方を変えれば任務の同行中に柱の目を盗んでほっつき歩いていたことになる。どうやら幼子より目を光らせねばならないようだ。
これといった問題にならなかったのは、人を喰わずとも鬼としていられる特異体質と、隠や鎹鴉のおかげなのかもしれない。
すると、新戸が煙草を咥えて火を点けながら、二人に目を配った。
「……二人共、腹でも満たそう。何も食ってねェだろ?」
「あら、奢ってくれるの!? ありがとう!」
「……いやいやいや、どこからそんな金出せるのよ」
働いてもいないのに収入があることに、嫌な予感がしたしのぶは問い質した。
その答えは――
「この前の博打のあぶく銭」
「「……」」
やっぱり新戸はダメ鬼だった。
新戸の案内で、胡蝶姉妹は路地を外れて人気が少ない道を歩いていた。
すると三人の前にうどんの屋台があり、店主が煙管を吹かして退屈そうに座っているのが見えた。
「ん? ――おおっ、小守じゃねえか!」
新戸の姿を見かけた途端、店主は手を振って挨拶した。
「久しぶり、豊さん」
「随分見なかったからな……いつも通り山かけか?」
「久しぶりだから、しっぽくもいい?」
胡蝶姉妹は互いに顔を見合わせた。
どうやらうどん屋の店主――豊さんは新戸の顔馴染みのようだ。
「嬢ちゃん達は何か頼むかい?」
「じゃあ、私はきつねを。しのぶは?」
「じゃあ……たぬきを」
「あいよっ!」
豊さんは気前よく応じ、調理に取り掛かった。
三人は出来上がるまで長椅子に座り、新戸は懐から煙草とマッチを取り出す。
「フゥ~~~……あー煙草うめェ」
一服を満喫する新戸に、しのぶは動揺していた。
――鬼と人間が、仲良くしている。
鬼とは仲良くできるという持論をカナエは持っているが、それが現在進行形で行われているのだ。鬼は人間の天敵であるのが常識だったのに、新戸は鬼でありながらその常識を覆しているのだ。
「だから言ったでしょ、しのぶ。新戸さんはスゴいって」
「むぅ……」
不服そうに頬を膨らませるしのぶ。
すると豊さんが、新戸に出来上がった山かけうどんを渡した。
新戸は一礼してから出汁を一口飲む。
「あぁ……いい味だ、生き返る」
「わはは! 俺のうどん食う時いつも言うよな」
「こちとら随分とお預け食らったもんでね」
そう言いながら、ズルズルとうどんを啜る新戸。
その後にカナエとしのぶにもうどんが渡され、一緒に啜る。
「ん~~~! 美味しいわ!」
「そりゃあ俺の自慢のうどんだからな! 小守、しっぽくはちょっと待ってな!」
豊さんが裏側に引っ込んだ。
すると、うどんに夢中だった新戸が箸を止めて眉を顰めていた。鬼特有の縦長の瞳孔は、街灯に照らされていない路地裏をじっと見つめ続けており、まるで睨み返しているかのようにも見えた。
カナエとしのぶは異変に気づいたのか、怪訝そうに新戸の顔を覗き込んだ。
「……見てやがる」
「「っ!!」」
不機嫌そうに放った言葉に、二人は顔を強張らせた。
討伐対象の鬼が、自分達の様子を見に来ている……そう悟ったのだ。
「……狙いはしのぶだな。急にしのぶを見やがった」
「私なの……!?」
新戸曰く。
鬼は人間なら老若男女問わず喰らうが、女性はお腹の中で赤ん坊を育てられる程の栄養分があるため、女性を多く食べた方が鬼としては早く強くなれるという。
討伐対象は、しのぶは三人の中で一番弱く喰いやすそうに思っているようだ。
「どうする? 鬼狩りは
「「戦いなさいよ」」
「えぇ……」
何言ってんだとでも言わんばかりに、露骨にイヤそうな顔でうどんを啜る新戸。
二人揃って貼り付けた笑みを浮かべており、居心地が悪くなった新戸は「やりゃあいいんでしょ、やりゃあ……」と深く溜め息を吐いた。
「小守、しっぽくできたぞ」
「うっす」
ずぞぞぞぞっ!
「「「!?」」」
しっぽくうどんを受け取った瞬間、新戸は一気に麺を啜り、具材も出汁も一気に飲み干して完食。10秒程で食事を終えると、人数分の金を渡して仕込み杖片手に立ち上がった。
「用事できたから、ちょっと失礼。どうもゴチになりました」
「お、おう……」
本日三本目の煙草を咥えて火を点けると、紫煙を燻らせ面倒臭そうにその場を後にした。
「しのぶ、後を追うわよ」
「えぇ……って、ええ!? 姉さんいつの間に食べ終えたの!?」
「ほらほら! 早く行かないと
*
鬼の気配を探り、二人は夜の街を駆ける。
「いたわ!」
「!」
新戸の姿を視認し、足を止める。
二人の目の前では、鋭い爪を見せつけ威嚇する女の鬼と、煙草を咥えた新戸が対峙していた。
「同じ鬼のクセに、何で鬼狩りに加担するのよ!」
「そりゃ鬼狩りのスネかじって生きてるんだもん」
「恥ずかしくないの!?」
討伐対象の鬼にすら非難される新戸。
人からも鬼からもどうしようもない奴と認定されているのに、完全に開き直っている新戸。ある意味で不屈の精神か一種の才能である。
「そういやあ、あの頭無惨今何してんの? ワカメ卒業できた?」
「んなっ……!? あ、あの御方を愚弄するな!! 裏切り者め!!」
「裏切るも何も、向こうから勝手に縁切ったんだけどね。まあ産屋敷のスネかじれるしそんなに拘束されないし万々歳だからいいけどさ。それにしても可哀想だね~……上司の悪口言えないなんて」
憐れむような眼差しで無惨を罵る新戸に、鬼は憤る。
人喰い鬼にとって、無惨は絶対的存在。恐れる者が多いが、慕い敬う変わり者もいる。彼女の場合は無惨に恩義を感じている分、主君を愚弄する同族など決して許すことはない。
「……で、どうする? 鬼いちゃん今うどん食えて気分いいから、一思いにスパッとサッパリ頸落とすけど」
「断るに決まってるでしょ!!」
ヒュッ! チャキッ――
「……え……?」
「――つっても、早く帰ってダラダラしてェからもう斬っちまったけど」
新戸がそうボヤいた瞬間、鬼の頸が物音一つ立てずに胴体から離れた。
鬼は勿論のこと、目の当たりにしていたしのぶですら驚愕した。鬼から軽く
(な……何なの!? 何で斬れたの!?)
しのぶは動揺を隠せないでいた。
彼女も立派な鬼殺隊士だ。新戸が一体何をしたのかは、その目でしっかりと捉えていた――が、理解ができなかった。新戸がしたのは、仕込み杖を逆手で抜刀し、
そこへ、カナエの声がかかった。
「〝
その呟きに、しのぶの双眸がカナエに向けられる。それを受けてカナエも続けて言う。
「新戸さんの
「斬撃を……飛ばす……!?」
新戸は普段こそぐうたらであるが、戦闘となると話は別だ。彼は杖に仕込んだ日輪刀で、我流剣術と鬼の異能・血鬼術を組み合わせた〝追儺式〟を駆使する。
この〝追儺式〟は、斬撃をかまいたちのように飛ばすことができるという効果がある。血鬼術は人間時代の未練やこだわりが強く反映される場合があり、新戸の場合は「楽をしたい」「働きたくない」というクズっぷりが剣術に反映し、まさかの広範囲攻撃に昇華したのだ。反映した理由がくだらないのが、実に彼らしい。
そして先程の技は〝
「任務完了。あ~、やっとこれで帰れる」
仕込み杖で肩をトントンと叩きながら、腰に提げた酒入りの瓢箪に口をつける。
頸を落とされた鬼は、怠け者とは程遠い強さを持つ同族の背中を見つめ続ける。
「……ねえ……教え、て……」
「ん?」
「……苦しくも……痛くも、ない、の……」
徐々に灰と化していく鬼の言葉に、しのぶは新戸に目を向けた。
鬼は女子供の姿をしていても関係なく、何十年何百年と人を喰って生きる醜い化け物だ。
なのに、鬼に情けをかけるなど――
「ねえ……何で……?」
「そりゃあ、痛いだの苦しいだの言って死ぬのは誰だって嫌だろ」
さも当たり前のように言う新戸の返事を聞いた鬼は、静かに涙を流した。
それを見たしのぶは、カナエが初めて新戸と会話した時を思い出した。
――人だけでなく鬼も救いたい、ね……やるだけやってみりゃいいじゃん。そんな小さいこと気にしてたら人生楽しめねェぜ?
(新戸さん……)
しのぶは、新戸をダメ鬼と罵ってきたことを恥じた。
新戸は振る舞いこそ瘋癲だが、その本質は鬼とは思えぬ優しさがあり、人も鬼も救われることを願って剣を振るっている
すると、新戸は消滅していく胴体に目を付け、着物をガサゴソと探り始めた。
(……形見でも弔うつもりなのかしら……)
鬼は頸を落とされたら、灰と化すのみ。遺体は髪一本たりとも残らず、衣服や履き物しか残らない。
優しい人だ、残された物で死にゆく鬼を弔うつもりなのだろう――そう思っていたのだが……。
「ひいふうみい……」
「「「……は?」」」
新戸の手にあるのは、鬼の着物に入っていた巾着と紙のようなモノ。どうやら巾着にはお金が入っていたようだ。
それと共に、嫌な予感がした。
「じゃあ、君の懐に入ってたお金でチャラね。ダラダラ自由にしていたかった俺を引きずり出した迷惑料ってことで」
「っ!? こっ……このクズ野郎っ!! 死ね!! 死ね!! 私の涙をか――」
返せ、と言い切る前に鬼は消滅した。
最期に浮かべた表情は、苦痛なく逝けることへの安堵ではなく、ちゃっかり金をくすねる新戸への怒りだった。
「「……」」
「うっし、帰るか………って何だよ、その目」
こうして、浅草での任務はちょっぴり後味が悪い形で終わった。
【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸の収入源は三つ。
一つ目は博打のあぶく銭。
二つ目は盗んだ柱の給料。
そして三つ目は倒した鬼の所持品。