鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

31 / 56
ついにあの男が蝶屋敷に襲来!


第三十話 蝶屋敷が危ねェ!

 その日、新戸はいつものように弟子二人をしごいていた。

「うあぁぁぁぁっ!」

 己を鼓舞しながら、新戸に立ち向かう玄弥。

 今の玄弥は、鬼化して身体能力が爆発的に上昇している。鬼として特異個体である新戸の血を取り込み、彼の能力を扱えるようになったので、その訓練をしているのだ。

「そら、頑張れ頑張れ♪」

 一方の新戸は、なぜか女性の姿で血鬼術を使用。

 〝紅潔の矢〟を惜しみなく放ち、速さも大きさもバラバラの紅い矢印を玄弥に向かわせる。

 ……正直な話、元の持ち主よりも遥かに上手に扱えている。

「おおぉぉぉぉっ!!」

 玄弥は鬼化したことで飛躍的に上がった腕力を駆使し、両手持ちで矢印を斬り裂きながら特攻。あっという間に懐まで迫った。

 元々玄弥は、新戸の弟子になる前は最強の柱である悲鳴嶼に教えを請うていたため、素の身体能力は鬼殺隊でも上位の部類。技術面や戦略面では兄弟子である獪岳が上だが、純粋な腕っ節は玄弥が上である。

(貰った!)

 玄弥は片手持ちに切り替え、新戸の頸を狙った。

 ――が、新戸は不敵に笑った。

「いい選択だったが……脇が(あめ)ェ」

 新戸は玄弥の空いている方の腕を掴むと、それを己の豊かな胸に押し当てた。

 むちっと柔らかく暖かい感触が手を介して伝わり、玄弥の顔は茹蛸のようにボンッ!! と真っ赤に染まった。

 当然、それを見学してた獪岳も唖然。竹の水筒を思わず落としてしまった。

 

 バチィン!

 

「ほぶっ!?」

 新戸はニコニコ笑いながら平手打ち。

 鬼の怪力で放たれるそれをモロに食らい、玄弥は思いっ切り吹っ飛ばされた。

「おいおい、たかが女体に臆すんじゃねェよ」

「師範、声が笑ってますよ」

 新戸のまさかの手口に、獪岳は愉快で仕方ないのか、自分も釣られて声が笑っている。

 師範と兄弟子の様子に、起き上がった玄弥は顔を真っ赤にして詰め寄った。

「おいコラ師範!! 何つーマネしてくれてんだ!!」

「鬼は色仕掛けしないなんて、どこの馬鹿が決めた。そんなんで揺らぐようじゃあ、この先不安だな」

「フザけんな!! 他の連中に見られたらどうすんだ!!」

 恥ずかしさで涙目になる玄弥に、新戸は「ゴメンゴメン」と笑いながら謝罪した。

 すると、そこへ一人の鬼が姿を現した。新戸の悪友、上弦の弐・童磨だ。

「やあやあ、随分と仲良しだねェ」

「見られたくない奴に思いっ切り見られてたじゃねェか!!!」

 ヘラヘラしている顔を指差す玄弥。

 一番秘密を言いふらしそうな男に一連のやり取りを見られたのは、確かに致命的である。

「いやはや、新戸殿は随分と大胆だねぇ」

「誤解を生む言い方やめてくんない? ……で、そっちの動きは何かあった?」

「変わらないかな。下弦の壱が殺されるのは想定内だったようだよ」

「さすがに最後は総力戦になっちまうか。珠世さんと愈史郎だけじゃあ兵力不足だから、やっぱお前ら味方になってくれて正解だったな」

 新戸が仕込み杖を仕舞うと、玄弥も日輪刀を鞘に収めた。

 童磨は鬼殺隊に与し、定期的に情報を提供する間諜として上弦に座している。本人は早く無惨と縁を切って鬼殺隊の女性陣と仲良くなりたいと言っているが、新戸が「今抜けると警戒されて足を掬えない」として出入りを制限されている。

 一応、伊之助の様子を見に来る時もあるが……すぐ女性陣に関わろうとするため、あまりいい印象は持たれていないのはご愛敬だ。

「そうそう、猗窩座殿なんだけどさ」

「ん?」

 話題は、上弦の参・猗窩座に替わる。

 無限列車では新戸との死闘の末、撤退していったのだが……どうやら後日談があるそうだ。

「新戸殿との戦いの件、盛大に罵倒されてたよ。可哀想だから慰めといたぜ! 俺は優しいからね!」

「うわ、マジか。ざまあ、猗窩座マジざまあ」

「酒の肴には最高じゃないですか、師範」

「悪魔かお前ら」

 新戸と獪岳のゲスい笑みに、思わず玄弥は引いた。

 人の不幸は蜜の味とは、よく言うものである。

「あのワカメ、組織の長としてポンコツだからな。そうやってドンドン自滅していけば万々歳だぜ。勝手に向こうの戦力減るからな」

 極悪人のような笑みを浮かべ、敵の大将を嗤う新戸だったが――

 

 ドクンッ!

 

「!?」

 今までとは比べ物にならない、胸騒ぎが襲い掛かる。

 注意とか警戒とかではない。もはや緊急事態の領域だ。

「……マズイ。今までにない胸騒ぎがしてきた! 童磨、続きはまた今度だ!」

「新戸殿?」

「獪岳、玄弥、引き返すぞ! 蝶屋敷が危ねェ!」

 今までにない程に焦燥に駆られた師範に、弟子二人も嫌な予感を覚え、息を呑んだ。

 

 

           *

 

 

 日が暮れ、寝静まった蝶屋敷。

 胡蝶カナエは、しのぶや珠世一派との共同研究の続きをしていた。

「ふう……」

 大きく背伸びをし、一度休める。

 上弦の壱に敗れてから引退した自分に代わり、柱となった妹は任務で不在。珠世と愈史郎は、宇髄と共に吉原で共謀していて不在。研究を進められるのは、自分しかいない。

(新戸さんの方の案は、一応完成はしたけど……量を確保するのに時間が掛かるわね)

 カナエは珠世から貰った紅茶を一口飲む。

 現在進めている研究は、鬼を人間に戻す薬に加え、新戸が提案した「鬼にも人間にも効果がある回復薬と輸血用の血液」だ。

 新戸が上弦を懐柔し、さらに禰豆子という特殊な鬼のおかげで研究は順調に進んでおり、前者は研究中だが後者は完成している。問題なのは量の確保であり、こればかりはどうしようもないが、殉職率の高さを改善するという意味では、新戸の案は文句なしだ。

(しのぶと珠世さんは、無惨用の薬を作ってるのだけれど……薬というより毒ね、多分)

 しのぶと珠世が秘密裏に作っている、対無惨の猛毒(おくすり)

 新戸と上弦、禰豆子に加え、鬼化の体質を持つ玄弥の血を拝借・研究開発しているのだが、その時の二人の黒い笑みはスゴかった。笑ってるけど笑ってないというヤツである。

 しかも本人達曰く、今後は鬼を何匹か確保して投与するとのことだ。無惨用なので並大抵の鬼は一溜りもないだろうが、慈悲は無い。

(そろそろ寝て、明日続きをしましょうか)

 そう言って、イスから立ち上がった時だった。

 

 ゾクッ

 

「っ!?」

 禍々しい気配が、カナエに襲い掛かった。

 その気配が一際濃い窓際を振り返ると、信じられない光景が目に映った。

 

「久しぶりだな、カナエさん」

 

 そこにいたのは、鬼殺隊の隊服の上に羽織を着用した一体の鬼。

 端正な顔立ちだが、その歯は鋭く、目つきは獰猛。威圧感は上弦に匹敵しそうだ。

 何より、その声はカナエもよく知る人物のモノだった。

 

「栄次郎君……!?」

 

 そう、新戸を殺すために無惨に魂を売った鬼殺隊の裏切り者――高浪栄次郎だ。

「……あのクズはいねェのか」

「……何をしに来たのっ」

 狂気を孕んだ笑みを浮かべる栄次郎を、カナエは睨みつける。

 元柱の凄みは、並みの隊士達では息を殺されそうになるだろう。しかし短期間で甲までのし上がり、多くの修羅場をくぐり抜けた栄次郎にとって、それはただの強がりでしかない。むしろ可愛さすら覚える程だった。

「カナエさん、取引しねェか?」

「……何の取引?」

 栄次郎は取引を申し出た。

 蝶屋敷に乗り込まれた以上、カナエ一人では栄次郎は倒せない。ならば柱の誰か……それこそ新戸が戻ってくるまで時間を稼ぐべきと判断し、あえて話を聞くことにした。

「取引は簡単な話だ。――蝶屋敷のガキ共の身の安全を保障する代わりに、産屋敷の居場所を教えてくれればいい。勿論、アンタの身の安全も保障するよ、カナエさん」

「……」

「あのクズと、それに与する鬼狩り共は皆殺しにする。だが女子供を殺す趣味はねェ。だから蝶屋敷の連中だけは助けてやろうってんだ。悪い話じゃねェだろ?」

 猫撫で声で誘ってくる栄次郎。

 しかし、その声はゾッとする程に凍てついており、感情の底が知れない。

「なあ、カナエさん。鬼に従うのは罪じゃねェ。人智を越えた存在に人間がひれ伏すのは、ごく当たり前なことなんだぜ?」

 目を細め、穏やかにカナエの説得を試みる栄次郎。

 多くの人々を貪っている裏切り者は、自分の要求を呑めば肉親や家族は助けられると強調する。

「無惨様に従うのは、恥じゃねェ。俺が知る限りじゃあ、あのお方はこの世における最強の生物だからな。それに比べて……あの()()()()()()()()()()はどうだ?」

「っ!!」

「その身に宿る命を投げ打ってまで恩義を果たす価値があんのか? よく考えればわかるはずだぜ、自分の命はどこまで行っても自分の物だってことは。あんな奴の為に使うべき物じゃ――」

 

 バチィン!

 

 栄次郎の頬に、衝撃が走る。

 カナエが平手打ちしたのだ。

「それ以上……お館様を侮辱しないでっ!!!」

 怒りに満ちた声で叫ぶカナエ。

 しかし栄次郎は、不敵に笑いながら「事実だろ?」と気分を害した様子もなく言葉を紡ぐ。

「カナエさん。アンタの言うお館様は、本質的にはあの新戸(クズ)と同じだぜ? 頭の足りねェ隊士共を我が子同然に思ってる素振りしてるが、結局はどいつもこいつも手駒でしかない。頑張っても勝てない相手と知りつつ、隊士を死にに行かせてるゲス野郎だ。……まあ、俺としちゃあ〝タダ飯〟喰わせて貰ってるから感謝はしてるけどな」

「っ……地獄に堕ちろ!!!」

「……ハハハハハ!!」

 カナエの殺意に満ちた罵倒を、栄次郎は盛大に笑い飛ばすと、彼女の頬に手を添えた。

「地獄? この世こそが地獄であって、鬼にとって地獄は庭みたいなモンだぜ? 罵詈雑言にしちゃあ説得力や迫力に欠けるな、()()()

「っ……!」

「俺は今、アンタの生殺与奪の権を握っている。アンタの全てを喰って呑みこんでやるのも、姫のように生かして愛でるのも、俺の自由だ。当然、他のいの――」

 

 バァン!

 

「カナエさん!!」

「炭治郎君!?」

 そこへ、日輪刀を片手に炭治郎が殴り込んだ。

 妹や珠世一派、新戸らとは別の邪悪な鬼の臭いを感じ取り、慌てて駆けつけたようだ。

「……気配は殺したつもりだったんだけどなァ」

(アレは……鬼殺隊の隊服!? 鬼殺隊士が鬼になってるのか!?)

 目の前にいる詰襟の鬼に、言葉を失う。

 鬼舞辻無惨に魂を売り払い、鬼へと成り果てた隊士の襲来は、炭治郎ですら想定外だった。

「……その耳飾り……無惨様が言ってた鬼狩りだな? 名前は?」

「っ……俺は鬼殺隊、階級・癸!! 竈門炭治郎だ!!」

「竈門炭治郎か。俺は高浪栄次郎。猗窩座さんが世話んなったな」

「……!」

 栄次郎が口にした鬼の名に、炭治郎は鋭く目を細めた。

 やはり無惨の刺客のようだ。

「……蝶屋敷の人間が妙に居ないと思ったが、てめェがコソコソしてたのか」

「そうだ!」

(炭治郎君……!) 

 会話のやり取りを聞いたカナエは安堵した。

 おそらく、栄次郎の襲来を嗅覚で嗅ぎ取った炭治郎が、戦えない者達をバレぬように避難させたのだろう。

「……まあ、無惨様と黒死牟様は「息の根さえ止めりゃあ、あとは好きにしていい」っつってくれてたし。お言葉に甘えて、まずお前から血祭りにあげてやるよ」

 栄次郎はそう言うと、「シイアアアア」という呼吸音を立てて刀を構えた。

 炭治郎もまた、「ヒュゥゥゥゥ」という呼吸音を立て、先手必勝とばかりに斬りかかった。

「〝風の呼吸 弐ノ型〟――」

「っ!? 炭治郎君!! 逃げて!!」

 カナエの叫びに、炭治郎は一瞬たじろいでしまう。

 それが、いけなかった。

「〝爪々・科戸風〟!」

 

 ドガァァァン!!

 

 山の向こうまで響かんばかりの轟音と共に、炭治郎は蝶屋敷の病室ごと吹き飛ばされた。

(な……何だ、今の……?)

 たった一撃。たった一太刀。

 その一振りで、屋敷の一部が文字通り吹き飛んだ。

 幸いにも、斬撃はギリギリで防げたのか大した傷は負ってない。だが、受けただけでわかってしまった。

 ――自分一人では、どうあっても倒せる相手ではない。

「癸の割には頑丈だな……悪くねェぞ、後輩」

 ジャリッと地面を踏みながら、見下すような笑みを溢す栄次郎。

 そのまま仰向けで倒れる炭治郎の胸板を踏むと、刀を振り上げた。

「恨みはねェが……死んでもらうぜ」

 

 ドッ!

 

 炭治郎を斬ろうとしたが、それは背後からの衝撃で止まった。

「……いい突きだな、しのぶ」

「あなたに名前で呼ばれると虫唾が走ります」

「しのぶさんっ!」

 カナエの引退後に柱となったしのぶが、任務から帰ってきて応援に来た。

 本来、鬼にとって柱は警戒すべき人間だ。上弦の鬼でも柱を相手取るにはそれなりに腰を入れねばならず、下弦以下にとっては脅威である。しかし栄次郎は、まるで意にも介さない。

 その余裕の表れに、しのぶのこめかみに青筋が浮かび上がった。

「……何しに来たんですか。生憎、あなたが会いたがってる〝ろくでなし〟は不在ですよ」

「クク……勘づいて逃げたか?」

「まあ、あり得なくはないですかね」

 しのぶは淡々と言うと、渾身の蹴りで栄次郎を攻撃。

 鳩尾を的確に穿つ一撃に、栄次郎はよろめきながら後退するが、余裕の笑みを崩さない。

「〝蟲の呼吸 (ほう)()(まい) ()(なび)き〟」

 しのぶは強烈な踏み込みで距離を詰め、蜂の毒針の如く敵を刺し貫かんとする。

 一方の栄次郎は、不敵な笑みを浮かべて納刀したかと思えば――

 

 バキャァッ!

 

「なっ!」

 抜き身も見せない超高速の居合術で、しのぶの刀を粉砕。

 そのまま空いた左腕で拳を作り、鳩尾を穿った。

「がっ!!」

「しのぶさん!!」

「しのぶっ!!」

 崩れ落ちる蟲柱(しのぶ)に、炭治郎は絶句。

 まさに圧倒的。栄次郎の戦闘力は、想像を遥かに超えていた。

「無様だなァ。お前本当にカナエさんの妹か?」

「ゴホ、ゲホ……!」

「そう睨むなよ。俺はアンタは喰わねェことにしてる。カナエさんに必要だ。それに……鬼の頸を斬れねェ弱い柱なんざ、()()()()()()()()()()()だからな」

「っ!!」

 元鬼殺隊士から浴びせられた屈辱を味わい、しのぶの顔が憎悪で歪む。

 だが、刀をへし折られた以上、蟲の呼吸の技はおろか真面に戦うことすら不能だ。

「……しっかし、新技を試そうと思ってたってのに、こんなに手薄じゃあ蝶屋敷に来た意味がねェな」

「それはどうかな!!」

「?」

 威勢のいい声が響いた。

 栄次郎は声がした方向へ顔を向けると、興味深そうに笑った。

「へえ……楽しめそうなのが来たな」

「伊之助! 善逸!」

 現れたのは、栄次郎の襲来を察知した伊之助と善逸。

 まだ怪我は完治していないが、現時点では彼らが頼りだ。

 栄次郎もまた、二人の気迫に興奮した様子で、口角がさらに上がる。

「若輩にしてはいい面構えだ、褒めてやる」

「お前はまだまだ俺様には及ばないがな!」

「……フン」

「あーーーっ!! てめ、鼻で笑うんじゃねえ!!」

 嗤われたことに抗議する伊之助だが、栄次郎の意識はもう一人の方――鼻提灯を膨らませた善逸に集中していた。

(寝ながら戦う? いや、違う……意識を奥底に押し込め、恐怖心を抑えつけてるのか?)

「お前、しのぶさんを侮辱しただろ」

「あ?」

 善逸の問いかけに、目を細める栄次郎。 

 一方の炭治郎達は、寝ながら話しかける善逸に唖然としている。寝ているのに意思疎通できるとは思わなかったようだ。

「しのぶさんは鬼殺隊の要である柱だぞ。お前のような裏切り者が侮辱するな。謝れよ」

「裏切り者……ああ、そうか。そういう風になってるのか。俺はそもそも、鬼殺隊の連中を一度も仲間だと思ったことなかったから気づかなかったぜ。産屋敷と鬼殺隊が鬼に敗れ滅びようが、俺にとっちゃあ()()()()()()()だしな」

「……何の為に鬼殺隊に入ったんだ」

「食っていくために決まってんだろ。何で赤の他人を義理もねェのに護らなきゃならねェ?」

 栄次郎の主張に、善逸は怒りを露にして居合の構えを取った。

 彼にとって、鬼に殺された者達の無念などどうでもいいのだ。たとえ同じ釜の飯を食った間柄でも、尊敬に値する上司でも、彼にとっては有象無象にすぎないのだ。

「……で、かかって来ねェのか? 来ねェなら行くぞ」

 栄次郎はそう言うや否や、全集中の呼吸でブースト状態になって斬りかかった。

 爆発的な加速で距離を詰めるが、伊之助はバック転で後方に移り、善逸は高速移動で回避した。

「!」

「〝獣の呼吸 肆ノ牙 (きり)(こま)()き〟!!」

 伊之助は栄次郎の身体に細かい斬撃を刻んでいく。

 すかさず〝壱ノ牙 穿ち抜き〟で鳩尾を貫き、そのまま横薙ぎに斬り裂こうとするが、そのままピクリとも動かなくなった。

 決して伊之助が非力ではない。栄次郎が()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

「っ!? ぬ、抜けねえぇぇぇ!?」

「短絡だな。これじゃあ頸刎ねてくださいって言ってるようなモンだぞ」

 栄次郎の殺気が膨らむ。

 このままでは()られる――伊之助は咄嗟に刀を放して飛び退いたが……栄次郎の方が速かった。

 

 ドゴォ!!

 

 伊之助の体がくの字に曲がり、何度も地面を跳ねながら蝶屋敷の壁に叩きつけられた。

 見たことのない戦い方と呼吸に興味を持ったが、あっという間にノックダウンした伊之助に興醒めとでも言わんばかりに溜め息を吐いた。

 その時!!

 

 ガギィン!

 

「くっ!!」

「〝霹靂一閃〟か。少し肝が冷えたぜ」

 一瞬の隙を突いて、善逸は霹靂一閃で栄次郎の頸を狙った。

 ――が、栄次郎は善逸の居合を真っ向から受け止めていた。しかも本人は見るからに余裕そうで、悪意に満ちた表情で善逸を見ている。

 善逸はすかさず距離を取ろうとするが、栄次郎は驚異的な反射速度で善逸の腕を掴み、容赦なく地面に叩きつけた。

 衝撃の余り、日輪刀を手から放してしまう。その瞬間――

 

 ゴキィッ!

 

「ぐああぁっ!」

「善逸!!」

「神速の踏み込みからの居合一閃……でも足が使えなくなりゃあ、こっちのモンだ」

 栄次郎は思いっ切り善逸の右足を踏み躙り、骨をへし折った。

 〝雷の呼吸〟は足捌きが命。足が使えなくなることは、剣を振るえても雷の呼吸を使えなくなるのも同然。善逸も実質戦闘不能となった。

「……雷の呼吸か。そういやあ、今まで一度も喰ったことがねェな」

 狂気の眼差しで蹲る善逸を見下ろす。

 このままでは善逸が喰われる! 炭治郎は己の体に鞭を打ち、栄次郎に猛攻を仕掛けた。

「やめろぉぉぉぉぉ!」

「……馬鹿が」

 栄次郎は〝風の呼吸 参ノ型 (せい)(らん)(ふう)(じゅ)〟で炭治郎を攻撃。嵐のように連続で繰り出される激しい斬撃が襲い掛かるが、炭治郎は怯まない。

「〝水の呼吸 参ノ型 流流舞い〟!!」

「!」

 飛んでくる斬撃を全て躱し、懐へ飛び込む。

 栄次郎は〝陸ノ型 (こく)(ふう)(えん)(らん)〟で下から掬い上げるように刀を振るって斬りつけたが、炭治郎は何と真っ向から受けに掛かった。

「〝ヒノカミ神楽 円舞〟!!」

「何っ!?」

 水の呼吸の聞き慣れた呼吸音が、未知の呼吸音に切り替わったと知り、栄次郎は度肝を抜いた。

 未知の呼吸法を警戒して咄嗟に身を引いたが、その際に発生した一瞬の隙を炭治郎は見逃さなかった。

「〝ヒノカミ神楽 炎舞〟!!」

「っ!?」

 大きな半円を描く斬撃の二連撃が、栄次郎に迫る。

 一撃目は回避できたが、二撃目までは間に合わなかったのか、炭治郎の黒刀が栄次郎の胸を斬り裂き、鮮血が舞う。炭治郎の変わり様に、栄次郎は再生速度が遅いことに舌打ちしつつ、傷口を再生させる。

「っ……〝壱ノ型 塵旋風・削ぎ〟!!」

 栄次郎は後方へ跳躍すると、善逸の霹靂一閃に匹敵する速さで突進。竜巻のように渦を巻く斬撃が地面を抉っていく。衝撃波すら発生するそれは、常人はおろか鬼殺隊士でも食らえば五体満足ではいられないだろう。

 が、栄次郎は視線の先の炭治郎が一瞬で消えたことに気づき、技を強制解除。急停止してその姿を追おうとしたが、その時には決まっていた。

「〝ヒノカミ神楽 ()(しゃ)〟!!」

「ぐっ!?」

 炭治郎は栄次郎の頭上を飛び越え、体ごと垂直方向に回転して背後から斬りつける。

 深々と斬られたのはさすがに効いたようで、栄次郎は膝を突いた。それと同時に、炭治郎は必殺の間合いである〝隙の糸〟が見えた。

(見えた! 隙の糸!)

 次の一撃で頸を斬る――炭治郎は追撃しようとしたが、それは激痛によって叶わなくなった。

 

 ドクンッ!

 

「あぁ……!!」

「あぁ……?」

 胸を押さえてうつ伏せに倒れる炭治郎に、怪訝な表情を浮かべる栄次郎。

 ヒノカミ神楽は全集中の呼吸による技以上の威力を引き出せるが、その威力に比するだけの消耗と負担を強いられる。

 その代償が、よりにもよって止めをさせる機会の時に訪れてしまった。

「ああ、そういうことか……! 〝体の作り〟が追いついてねェんだな。しかも水の方は適正じゃねェ」

「っ……!!」

「自爆ご苦労……!! さっきの再生を遅らせる呼吸、気に入ったよ。いい物見せたお礼に、()()()で殺して喰ってやるよ」

 悪意に満ちた笑みで、栄次郎は炭治郎に渾身の一太刀を浴びせようとする。

 しかも、ただの一太刀ではなかった。

「〝水の呼吸 伍ノ型〟……」

『!?』

 その声に、その場にいた全員が耳を疑った。

 栄次郎は、水の呼吸の使い手でもあったのだ!!

「〝(かん)(てん)()()〟」

 斬られた者にほぼ苦痛を与えない慈悲の剣撃を繰り出す栄次郎。

 だが彼の目には慈悲ではなく侮蔑と悪意に満ちており、その目を見た炭治郎は背筋が凍った。

「炭治郎!!」

「紋次郎!!」

「炭治郎君!!」

 各々が炭治郎の名を叫ぶ。

 しかし炭治郎は、ヒノカミ神楽の跳ね返りで指一本動けない。

「じゃあな」

「っ!」

 万事休す。

 炭治郎は思わず目を瞑ったが……。

 

「〝水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き〟」

 

 ドォッ!

 

「ぐおっ!?」

『!?』

 刃が頸に届きそうになった時、どこからともなく日輪刀が栄次郎の胸を穿った。

 その衝撃は凄まじく、栄次郎は見事に吹っ飛んで蝶屋敷の壁をぶち抜いた。

 炭治郎は顔を上げると、そこには一人の剣士が立っていた。

「炭治郎、よく持ち堪えた。あとは任せろ」

「冨岡さん!!」

「ハハ……! ようやく()()が来たか、待ちわびたぜ」

 蝶屋敷の危機に、水柱・冨岡義勇が推参した瞬間だった。




というわけで、本作のオリジナルキャラにして最凶の裏切り者・栄次郎が暴れます。実力的には、半天狗とタメを張れます。
次回は義勇とその他柱との戦闘、そして栄次郎が有する衝撃の能力の判明。

新戸、早くしないと本気でヤバイぞ!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。