戦場と化した蝶屋敷。
誰が死んでもおかしくない修羅場に、水柱の義勇が増援に駆けつけた。
「動けるか、炭治郎」
「冨岡さん……」
「動けない仲間を回収しろ」
遠回しに助太刀はするなと言う義勇。
炭治郎はその真意を汲み取ったのか、痛む体に鞭を打って足を折られた善逸を抱えて離れる。
「これはこれは……同僚から後ろ指を指される水柱殿じゃないか」
「俺は後ろ指を指されてない」
「どうだか。アンタみたいなのは身内からの殺意には鈍感そうだが……まあいい。水の呼吸は雑魚ばっかで味も水っぽかったが、アンタは骨がありそうだ」
獰猛な笑みを浮かべる栄次郎。
彼の狂気を孕んだ眼差しを、義勇は静かに睨み返す。
そして――
「〝水の呼吸 壱ノ型〟」
「〝水面斬り〟!」
ガギィン!
互いに壱ノ型を放ち、真っ向から衝突。衝撃の余波で、大気と地面が震えた。
しかし純粋な威力は、やはり鬼化した栄次郎の方が上。義勇は押し返されそうになった。
「ぐっ……!」
「やっぱ
栄次郎はそのまま強引に踏み込み、義勇を弾き飛ばした。
義勇は宙に放り出されるも、冷静に対処して着地。すかさず構え直し、追撃する栄次郎と壮絶な剣戟を繰り広げた。
「〝打ち潮〟」
「〝水車〟!」
「〝滝壷〟」
「〝ねじれ渦〟ゥ!」
型の連撃を互いに繰り出し、激しくぶつかり合う。
その凄まじさは、先の新戸と猗窩座の死闘を彷彿させる。
正しく異次元。柱に相応しい実力を遺憾なく発揮する義勇はさすがと言えるが、彼と同等に渡り合っているのに「数字」を持たない鬼である栄次郎の強さも尋常ではない。
「チッ……! 〝肆ノ型 昇上砂塵嵐〟!」
ここで栄次郎は、水の呼吸から風の呼吸に変更。
低い姿勢で舞い上がる砂塵のごとき斬撃を連続で繰り出すが、義勇は斬撃を捌きながら回避。後方へ飛び退いて距離を置いた。
(やはり、喰った隊士の呼吸を扱えるのは厄介だな。その上相当な剣腕だ)
義勇は栄次郎の能力を把握し、舌打ちしたくなった。
栄次郎の血鬼術は「喰らった隊士の呼吸を習得できる能力」で確定だろう。鬼狩りにとっては脅威ではあるが、それ自体は大したことではない。鬼化した影響で威力と射程範囲は段違いだが、相殺や防御がまだ可能であるからだ。
厄介なのは、栄次郎自身の練度の高さだ。斬り合ってみてわかったが、彼の剣腕は柱に匹敵する技量だ。そもそも実弥を差し置いて次期風柱と謳われたのだから、当然と言えば当然だが。
「……」
「どうした、固まっちまって。そんなに俺が怖いか?」
「人の心配するより、てめェの心配しなァ!!」
「っ!?」
ガギィン!
栄次郎の死角から、新たに剣士が斬りかかった。
すかさず受け止め、何度か刃を交わせてから互いに距離を置く。
駆けつけたのは、現風柱・不死川実弥だった。
「不死川……」
「冨岡ァ、何をぼさっとしてやがるゥ」
そこらの鬼より凶悪な面構えで、義勇を叱咤する。
しかし視線は常に栄次郎に向けている。
(……あのガキがいなかったら、さすがにヤバかったかもなァ)
舌打ちしつつも、実弥は炭治郎の働きかけに感謝した。
彼が栄次郎の襲来に気づいて蝶屋敷で看護師や療養中の隊士を避難させなければ、より多くの人間が危険に晒され、最悪死人が出るどころか刺客の鬼の栄養補給にされていただろう。
「……柱が続々揃ってきたか。これは本気になんねェとな」
「ゴミクズが調子に乗ってんじゃねェぞォ……お館様を、鬼殺隊を裏切ってタダで済むと思うなァ!」
怒りを露にして、実弥は壱ノ型を繰り出し栄次郎の懐へ特攻。
対する栄次郎も、壱ノ型で迎撃。そのまま実弥と衝突。
凄まじい轟音が響くと同時に、二人はそのまま鍔迫り合いとなった。
「っ……!」
「チッ……!」
栄次郎は一度距離を取ってから弐ノ型を放ち、実弥に強烈な斬撃を飛ばす。
が、実弥は卓越した柔軟性と軽快な身のこなしで確実に躱しつつ、懐に潜り込み肆ノ型で斬撃を浴びせていく。
純粋な剣の腕なら、栄次郎が上だ。しかし戦闘力と勝敗は別物、ましてや動物的な戦い方を得意とする実弥との相性は最悪。しかも実弥は稀血の中でもさらに希少な血の持ち主で、その血の匂いを嗅いだ鬼は人間が泥酔したかのような症状に陥る程に強力。稀血の影響もあり、栄次郎は時間の経過と共に粗が目立ち始めた。
(この男……出血すればする程に鬼を酩酊させるのか!)
「絡繰りに気づいたところで手遅れだァ!!」
「……助太刀するぞ」
勝機が見えたと感じたのか、義勇も飛び込んできた。
栄次郎は咄嗟に水の呼吸に切り替え、受けに徹した。
「ぐう……!」
栄次郎は苛立ちを露にする。
水柱と風柱の同時攻撃を全て防ぐことはできず、かと言って攻撃をしても片方が受け止め片方が斬りかかる挟み撃ち状態。酩酊状態で柱を二人も相手取るのは、さすがの栄次郎も不利のようだ。
「終わりにするぞォ!」
実弥は栄次郎の頸を狙い、とどめを刺しに行くが……。
「――フゥゥゥ……」
『!?』
ここで、栄次郎の呼吸音が変わった。
水でも風でもない呼吸音だが……それを聞いた一同は戦慄した。
あの呼吸音は、間違いない。水の呼吸の派生流派の――
「〝花の呼吸 弐ノ型
黒と桜色を混ぜ合わせた無数の斬撃が、実弥と義勇の斬撃を全て受け流した。
まさかの展開に唖然とする実弥だったが、すぐさま後退して間合いから離れる。
「……〝水〟よりも防御が堅いが、やっぱ攻撃力は〝風〟に限るな」
防御には最適だが、と呟く栄次郎だが、鬼殺隊は気が気でない。
そもそも栄次郎の適正は風の呼吸。水の呼吸とその派生は畑違いのはず。おそらく鬼になったことで肉体がさらに強化され、他の呼吸をいくらでも会得しても負担がほとんどない身体になったのだろう。
問題は、花の呼吸をどう会得したのかだ。
「……まさか……!」
実弥は、最悪の答えを導いてしまった。
栄次郎は、喰った隊士の呼吸法を己のモノとすることができる。そしてなぜか、花の呼吸を扱える。そして花の呼吸の継子は、カナヲの前に三人いたが、鬼によって三人共殺された。
それはすなわち――
「てめェ、胡蝶の継子も
『!?』
知りたくもなかった衝撃の事実に、一同は怒りを爆発させた。
栄次郎が、カナエの継子を喰い殺したのだ!
「……後で知ったけどな。だが鬼狩り稼業じゃあ、よくある話だろ? 恨むんだったら新戸を恨むんだな。アイツさえいなけりゃこうはならなかった」
「……殺してやる……!!」
新戸を殺すために元花柱の継子を貪った事実に、カナエは憎悪を膨らませた。
人間は、堕ちるとここまで狂うのか。
栄次郎の狂気に、炭治郎は何も言わずにいられなかった。
「何でそんなことができるんだ!! 新戸さんが何をしたって言うんだ!?」
「アイツは昼間っから酒をかっ喰らい、煙草吹かせて賭場に出入りしてるクソ野郎だ。しかもアイツ自身の剣腕は大した技量でもねェときた。なのに俺よりも目立って戦果を挙げてる……おかしいと思わねェか?」
「それはお前が新戸さんを理解してないからだ!!」
炭治郎は怒りのままに叫んだ。
確かに新戸は、ズボラな上に狡賢い男であり、鬼であることもあって疎まれやすい存在だ。しかしその価値観や思想は共感できるところもあり、師として慕う者もいるのも事実。炭治郎も家族を救われた身であり、大人としてはちょっとどうかと思う面は多いが信頼できる〝人間〟ではある。
そんな男を、何の罪もない人々を貪り喰ってまで殺そうとするのが全く理解できない。栄次郎は新戸のことを生きる価値無しと決めつけているが、炭治郎から見れば栄次郎こそ存在してはいけない性質の生き物にしか見えないのだ。
「……さっきからゴチャゴチャとうるせェガキだ」
不快感を露わにする栄次郎は、刀を構え直した。
「そろそろ終いにするか」
そう宣言した途端、栄次郎の闘気が一気に膨らみ、「ホオオオ」という先程とはまた別の呼吸を行った。
大技を仕掛けてくると予感し、義勇と実弥は身構えた。
「〝月の呼吸 弐ノ型
ゴゥッ!
栄次郎は切り上げるようにして三連の斬撃を放つと、大きな月輪の刃が発生。
それらは柱二人に襲い掛かるが、義勇は冷静に対処した。
「〝水の呼吸 拾壱ノ型 凪〟」
三連の斬撃が義勇の間合いに入った途端、あっという間に相殺される。
受けの型である水の呼吸の極致は、鬼の斬撃を文字通り滅したが……。
「馬鹿が、斬り刻まれろ!!」
(っ! しまった、時間差か!!)
義勇は、三連の斬撃が囮であり、その後に襲い掛かる月輪こそが本命だと気づいた。
気づいた時には月輪は眼前まで迫っていたが、そこへ実弥が肆ノ型で月輪に対応。
荒々しい斬撃で全ての月輪を捌いたが、その時には栄次郎は二人の頭上にいた。
「「!?」」
「〝水の呼吸 捌ノ型 滝壷〟!!」
渾身の力で刀を振り下ろす栄次郎。
その威力と衝撃は義勇のそれとは比べ物にならず、二人は吹き飛ばされてしまう。
さらに栄次郎は容赦なく追撃。先程放った月輪を繰り出し、義勇と実弥を斬滅せんと降り注いだ。
「義勇さん!!」
「不死川君!!」
炭治郎とカナエが悲痛な叫びを上げる。
幸いにも月輪の刃の切れ味は人体を両断する程の威力は無かったようで、二人は全身に切り傷を負う程度で済んだ。
が、出血量は馬鹿にできず、義勇と実弥は刀を杖にして倒れるのを必死に堪えている。
「ちっ、やっぱ
(これでまだ未完成!?)
栄次郎の呟きに、炭治郎達は絶句。
一発で柱二人に深手を負わせる術が、まだ未完成。それはつまり、完成すれば柱を容易く屠ることができるということであり、この
(戦闘力の上限が見えない……!)
柱二人を同時に相手取っても互角以上に渡り合う栄次郎。
このままでは、全員殺されてしまう。しかし炭治郎はヒノカミ神楽の影響で立っているのがやっと、善逸は足を壊され、伊之助やしのぶ達も消耗している。しかもこの場にはカナエもいるので、彼女を人質に取られる可能性がある。
こんな時、新戸ならどうしただろうか。
「程々に削っておけばあのお方も楽だろうし……止めだ!」
フゥゥゥ、と花の呼吸で義勇と実弥を討ち取らんと栄次郎は構えた。
が、そこへ救世主が現れた。
「なーにやってだよ、俺の
ドゴォン!!
「があっ!?」
突如、栄次郎は真横から来た強烈な斬撃に斬り刻まれながら吹き飛んだ。
それと共に煙草の紫煙が漂い、覚えのある気配を感じ取った。
「ったく……お前らさ、こんなトコでくたばらないでくんね? 無惨との決戦までは五体満足でいてもらいてェんだからさァ」
「ちょ、師範! 何も壁壊す必要ないんじゃ……」
「この様子じゃあ修繕するより一から建て直した方が
ジャリ、と瓦礫を踏みながら、羽織をなびかせる人影。
その掴み所の無い口調は、紛れもなく彼の声。
「……てめェ、
そう、小守新戸が戻って来たのだ。
彼の傍には、弟子である獪岳と玄弥も控えている。
「兄貴っ!」
「っ……!」
「おいカス! 今それどころじゃねェよ!」
「だな。コイツらはあとだ、まずはあの馬鹿をどうにかしねェとな。それと獪岳は下がってろ、お前とアイツは相性が
新戸がそう言って向き直ると、瓦礫を吹き飛ばして栄次郎が戻ってきた。
復讐の狂気に取り憑かれた裏切り者は、おぞましい笑みを浮かべて新戸を睨みつけた。
「小守ィ……!! 会いたかったぜえ……!!」
「俺は死んでも会いたくなかったがな。……で、鬼になってまでわざわざ顔出しに来た理由は? 俺は今日疲れてんの」
「お前の全てを奪いに来たのさ! 存在自体が万死に値するクズ野郎のお前に、俺は全て失った! 昔のよしみだ、お前は寂しくねェように産屋敷も一緒に殺してや――」
ドガァ!!
「うおおおおおっ!?」
殺してやる、と言い切ろうとした直後に新戸は斬撃を放った。
モロに直撃を受けた栄次郎は、情けなく吹っ飛んだ。
「うわぁ……無慈悲ですね……」
「話してる最中は攻撃してこないと思い込んでるアイツが
「ぐっ……この、外道がァァ!!」
新戸が仕込み杖の峰で肩を叩きながら言うと、栄次郎は怨嗟に満ちた怒声を上げる。
その邪悪な気配に玄弥は一瞬怯むも、すぐさま睨み返す。
傷を負った兄を護るために。
「……玄弥、鬼化しろ。コイツだけは洒落になんねェ強さだ」
「っ……はい!」
新戸に催促され、玄弥は隊服のポケットから赤黒い丸薬を取り出し、それを飲み込んだ。
すると玄弥の気配が鬼に、それも新戸に近づいていく。白目は血のように赤く染まり、鋭い牙が生える。
「げ、玄弥……」
「鬼に、なってる……!?」
玄弥が鬼になれる能力を持つ特異性を持っていたことに、カナエとしのぶ以外は驚愕。
一方、すでに退避していた獪岳は、新戸の隣に立つ玄弥を見て舌打ちした。男の嫉妬である。
(あの鶏野郎……〝鬼喰い〟か……!)
「玄弥、お前〝爆血〟使えるようになったか?」
「な、何となくは……」
「上等上等。俺が念で指示飛ばすから、補助を頼むぞ」
煙草を吹かしながら、新戸は憎悪を剥き出しにする栄次郎を剣呑な眼差しで見据える。
栄次郎もまた、憎悪に狂った表情で新戸を睨んでいる。
「新戸、今度こそお前を殺す!! 地獄に道連れにしてやる!!」
「てめェみてェな独り善がり、阿鼻地獄すら生温いだろ」
蝶屋敷で、鬼同士の因縁の殺し合いが始まろうとしていた。
【ダメ鬼コソコソ噂話】
玄弥が所持する丸薬は、珠世様が新戸の要請を受けて開発した、新戸の血を飴玉のように固めた代物です。
一つ飲むだけで新戸と同じ血鬼術を扱えますし、どっかの無惨様のように呪いとかも無いので脳内通話が可能になります。持続時間は一つに付き一時間程。
ただし味は新戸の好物である酒と煙草がごちゃ混ぜになった混沌状態なので、玄弥は噛むことも舐めることもせずそのまま飲み込みます。