鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

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刀鍛冶の里編
第三十三話 もう何をしても手遅れだと思うけどな!!


 鬼となった栄次郎の蝶屋敷襲撃は、鬼殺隊を大きく揺るがせた。

 元鬼殺隊士による反逆にも驚くが、何よりも隊士達が恐れたのは療養の為の蝶屋敷が安全とは言えなくなったこと。

 事態の収拾を図るため、耀哉は緊急の柱合会議を開いた。

「まず皆に言いたいのは……ありがとう。よく誰も犠牲にせず護り通せた」

 耀哉が深々と頭を下げたことに、柱達は息を呑む。

 特に当事者である義勇と実弥、しのぶは複雑そうな表情だ。

「炭治郎の初期対応が功を奏したな。ちょっとでも遅れてたら葬式が大変だったぜ。――しっかしまさか、栄次郎(あのバカ)が血を分けた相手を鬼化させるってのは予想外だったな……」

「そうだね。あれは上弦の鬼の特権だと聞いていたからね」

「無惨の野郎……物事を考える力が足りねェくせに、何でこういう時に限って勘が働くんだ」

 千年も殺せない理由がわかった気がするぜ、とボヤく新戸曰く。

 無惨の目的は「嫌がらせ」であり、柱ではなく一般隊士の心をへし折ろうと画策した可能性があるという。隊士の質が低下している昨今の鬼殺隊において、傷を癒せる場所も安全とは言えないと知れば動揺を誘うだけでは済まず、最悪の場合は離脱者を生むという事態に発展しかねない。

 次代を担う者達の〝切り崩し〟……それを仕掛けてきたというのが新戸の分析だ。

「それに栄次郎の能力は、ぶっちゃけ全集中の呼吸であればどんな流派も()()()()質の悪さ。俺や禰豆子、玄弥みてェに呼吸抜きで鬼を狩れる奴じゃねェと倒せねェ。人間の頃より弱いとはいえ、剣術だけは一丁前だからな」

「確かに……あの強さは尋常ではなかった」

 しのぶの一言に、義勇と実弥も目を逸らした。

 上弦に匹敵する鬼としての強さと、柱に匹敵する剣才。柱が三人もいながら、新戸以外は手も足も出なかった。

 その事実に、他の柱達も顔を強張らせた。

「幸いにも珠世さん達は宇髄の件で不在だったから、例の薬のことはどうにか無事で済んだ。蝶屋敷の再建は産屋敷一族が責任を持とう」

「お館様、ありがとうございます」

「炭治郎達にも、ちゃんと労っておかないとね。……さて、次は獪岳だ」

 耀哉は続いて、鬼となった獪岳について取り上げた。

 実は獪岳は栄次郎によって鬼化してからというものの、産屋敷邸のある一室で昏睡状態になっている。万が一を想定して禰豆子のように竹製の口枷を嵌められているが、現時点では異常や危険行為は見られてない。

 その理由は――

「俺の血、やっぱとんでもねェな」

「貴様の血は兵器か何かかね?」

「それは否定しない」

 伊黒の的を射た一言に、新戸はあっさり同意した。

 そう、何時ぞやの禰豆子と玄弥のように、新戸は人を襲わないようにと自らの血を注いだのだ。それも相当な量を注いだらしく、獪岳は白目を剥いて一時間ものたうち回った。栄次郎が身体が崩壊しない程度に大量に注いだのもあって、それこそ二人の血で死ぬかもしれないという悪い予感がした程だ。

 当然新戸の血が打ち勝ったが、新戸自身も相当焦っていたらしく、うっかり身体の三分の一の血を出したために動けなくなった程だ。

「あんな急激に血を注がれたら()()()()気がしたからよォ。おかげで俺も貧血になった」

「鬼なのに、貧血になるのか……」

「ったりめーだろ、俺ァあのワカメ頭のフケ共とは違うんだ。それに二度と会いたくなかった相手に一番弟子をあんな目に遭わされたんだぜ? 酒と煙草に溺れないと心労で倒れそうだわ」

「鬼なのに、心労で倒れそうなのか……」

「フッ……!」

 しみじみ呟く義勇に、甘露寺は吹き出しそうになった。

 一連のやり取りが面白かったのか、宇髄も必死に堪えている。

「獪岳の件は、お咎めなし。――まあ、咎めたところで君には通じないだろうけどね、新戸」

「あたぼうよ。あいつの主人は俺だ、駒を切り捨てるか否かは「将」である俺が決めることだからな」

「嗚呼……それに今、新戸と対立することは無益だ」

 何とここで、悲鳴嶼が新戸の援護に入った。

 相変わらず数珠を鳴らしているが、新戸に借りがあるのもあってか、今回の件に関しては早まった判断はしないべきと主張。柱達の代表とも言える彼の言葉の影響力は強く、他の柱達も異を唱えなかった。それに獪岳が鬼化した瞬間はカナエや他の隊士達も目撃しており、隊律としては斬首が正しいがそれはそれで反感を買うのも目に見えるし、何より今ここで溝を作るわけにはいかない。

 それでも、やはり責任問題は付随するもの。鬼への憎しみが人一倍強い実弥が、新戸を質した。

「……あのガキが人を襲ったら、てめェ責任取るんだろうなァ?」

「俺が賭ける時は勝てると確信した時だけだぜ、さねみん」

 ドスの利いた声で追及するが、新戸は愚問だと言わんばかりに不敵に笑った。

 実弥はそれ以上はとやかく言うつもりはないようで、「そうかよ」と言って顔を背けた。

「新戸、慈悟郎には私から遣いを送って伝えようか?」

「俺としちゃあ老い先短い爺が腹切ろうがどうでもいいが、最低限の関係はあるからな。その辺任せるわ」

 新戸はあくまでも耀哉に一任すると告げる。

 すると、新戸は何かを感知したのか急に立ち上がった。

「……()()()()

『!!』

 新戸の言葉に、一同は察した。

 鬼に成った獪岳が、ついに目を覚ましたのだ。

「耀哉、会議は勝手に進めていいぞ。俺は戦術指南はするが組織運営は関わるつもりないから」

「構わないよ。その方が獪岳も落ち着くだろう」

「そういうトコ、先代にそっくりだぜ」

 軽口を叩き合ってから、新戸はその場から立ち去った。

「……随分と気に入ってるようだね」

「私、びっくりしたわ。新戸さんって意外と一途なのね」

「新戸は一度気に入った人間は、決して離さない性分なんだよ」

 甘露寺の一言に、耀哉は微笑みながら語った。

 

 

 その頃新戸は、目を覚ました獪岳と暢気に喫煙していた。

「師範、あの……煙草もう一本いいですか……?」

「いいよいいよ、育ち盛りだからなお前」

 新戸は煙草を一本譲ると、獪岳はそれを咥えて火を借り吹かし始める。

 鬼化して間もなく新戸の血を注がれ、新戸と同じ体質となったおかげで、人の血肉を口にする必要性は無くなった。外を出る際は暫く竹の口枷を嵌めることになったが、鬼となった隊士は斬首一択であった鬼殺隊にしては破格の妥協と言えよう。

 これもひとえに、鬼殺隊中枢の新戸という戦力を手放したくないという思惑ゆえだ。

「……で、お前らは無事か?」

「ダイジョウブ……」

「俺達はどうにか……」

 そう言うのは、栄次郎との交戦で重傷を負った炭治郎達。

 ほぼ無傷の玄弥が面倒を見ているあたり、蝶屋敷の女子達はこちら側に回す人員は無いようだ。

「お前らが命張ったおかげで、誰も死なずに済んだ。よくやったよ」

「新戸さんが来なかったら、俺達も殺されてました……俺達が言いたいです」

「……で、お前はさっきから黙りこくってどうしたタンポポ」

 新戸の一言に、一同の視線は善逸に集中する。

 善逸は意気消沈しており、どんよりとした空気を纏っている。

 その理由を察した新戸は、溜め息を吐きながら声をかけた。

「……一応耀哉が遣いを送ったとは言ったぞ」

「……爺ちゃん、どうなるんだよ」

「知らね」

「ハァ!?」

 淡々と言ってのけた新戸に、善逸は顔中に青筋を浮かべて迫った。

「この外道!! 鬼畜!! 人でなし!! クズ野郎!! 獪岳が鬼に成ったらどうなるかわかってんの!? 一門から鬼を出した責任取って爺ちゃん切腹だよ!! それが何とも思わないのアンタ!?」

「時代の残党が一人自害したところで何になる。自分の死期を早めただけに過ぎねェだろ。死ぬ以外にも責任の取り方なんざ他にもあるだろうにな。何かあればすぐ切腹って神経疑うわ、合理性と効率性を否定するようなモンだ」

「に、新戸さん……」

 あっけらかんとした顔でバッサリ切り捨てる新戸に、炭治郎は顔を引き攣らせた。

 しかし「死ぬ以外に責任の取り方は他にもある」という言葉には、どこか胸がすいた。

「どいつもこいつも欲張りすぎだ。今回の襲撃では誰も死にませんでした……それで十分だろうが」

 新戸は呆れ返った様子で、人差し指を善逸の額に突き付けた。

「あのなァ、隊士の誰かが鬼になったとか超どうだっていい話なんだぞ。今までそういう事態が稀だったからだ。今大事なのは栄次郎の馬鹿によってガタガタになった鬼殺隊をどう立て直すかだろ? 最悪の事態は避けれたんだ、それでいいだろ」

「うっ……」

(まあ、本当(マジ)の最悪の事態はあの場で()()()()()()()()っつーことだけどな……)

 結構ヤバかったな、とあの時の状況を思い返す新戸。

 妹ですらあの特異体質なのだ、兄の方だったら何が起こるかわからない。それこそ、全ての柱が鬼に成った方がマシと思えるような、そんな地獄が始まるかもしれない。

 こんな言い方もアレだが、獪岳の鬼化は新戸にとって不幸中の幸いだった。

「それで師範、これからどうすれば……」

 そう心配そうに玄弥が尋ねた時。

 新戸の口角が上がり、悪意に満ちた笑みを浮かべた。

「……ヒヒ……ハハハハ……! まあ安心して休んでろ、無惨は今頃部下に無益な説教垂れてる頃だ」

「え?」

「ハハハハハ! あー、おっかしくて腹(いて)ェ! 脇が(あめ)ェんだよ、脇が!! 今までの鬼殺隊のやり方じゃねえってこと、ようやく気づいたんじゃねェか?」

 ――ここまで来たら、もう何をしても手遅れだと思うけどな!!

 ゲラゲラと爆笑する新戸が、悪魔にも思える一同だった。

 

 

           *

 

 

 同時刻、鬼舞辻無惨の根城である無限城は重たい緊張に包まれていた。

 怒り心頭といった面持ちで青筋を浮かべる無惨を前に、上弦の鬼達は跪いたまま動けないでいる。ウザい程に泣き喚く半天狗や、よく喋る玉壺と童磨ですらも押し黙っているのだから相当だ。

 もっとも、すでに新戸の血でいつの間にか呪いが外れてる童磨は、内心では「さすが新戸殿だね」と呑気に考えていたが。

「……上弦の陸が鬼狩りに寝返った」

 その一言に、空気が凍りついた。

 いくら上弦の一番下とはいえ、柱を何人も葬ってきた兄妹が、この期に及んで寝返った。

 まさかの事態に、一同は絶句。無惨としても受け入れがたい事態だったのか、身体を震わせて「まだ狩られた方がマシだ」と小さく呟いた。

「珠世と産屋敷が結託した。あの忌々しき小守新戸が裏で糸を引いていたのだろう」

 フラスコを握り割り、無惨は場内を震わせる程の威圧感で上弦を見下ろした。

 これにはさすがの栄次郎も、顔を青褪めた。

「あの阿呆は柱をも屠ってきた貴様らよりも遥かに弱く、姑息な奸計しか取り柄が無いはずだ。なのに惑わされてばかりか、それによって足を掬われ返り討ちに遭う始末。――あのような痴れ者をなぜ殺せない? 貴様らは本当に鬼狩りを滅ぼす気があるのか?」

 その言葉に、残された最強の配下達は深く頭を垂れた。

 一切釈明せず、行動で忠誠を示そうとする彼らの意思を確認すると、無惨は鼻をフンと鳴らして背を向けた。

「私の命令は絶対だ。……いいな?」

 その直後、べんっと琵琶の音が響き、上弦達は姿を消した。

 一人残された無惨は、右手で拳を作ると壁を殴りつけて破壊した。

「おのれ産屋敷!! やってくれたな!!」

 無惨は怒りをぶつけた。

 実を言うと無惨は、珠世と鬼殺隊は立場ゆえに接触はあれど結託することはないと考えていた。だが上弦の陸は、拠点である吉原遊郭にて珠世と結託した鬼殺隊の柱により、何らかの手段で呪いを外されて寝返った。それはつまり、両者の立場を仲介できる存在がいることに他ならない。

 その仲介の役を担える相手を、すぐ無惨は悟った。小守新戸なら……いや、新戸(やつ)以外にいないと。

「この期に及んで小賢しい真似を……!!」

 怒りでどうにかなりそうだ、と悔しさをにじませる。

 馬鹿がうつるからと干渉を避けていた相手が、よりにもよってこんな荒業を仕掛けてくるとは。

「この私を虚仮(コケ)にした罪は深いぞ……小守新戸!!」

 無惨はすぐさま新戸を()()()()()()()として上弦達に通達し、離反した上弦の陸の抹殺も命令したのだった。




栄次郎の襲撃についてですが、無惨は上弦兄妹の離反で激おこぷんぷん丸だったので、襲撃した結果についてはあんまり期待してなかったのもあってとやかく言ってません。



ちなみに上弦兄妹の寝返り劇の流れは以下の通りです。

①宇髄が嫁を潜入させ、上弦兄妹が拘束。
②吉原の地下の餌場へ降り立った宇髄が、上弦兄妹と遭遇。
③嫁がどうなってもいいのかと上弦兄妹が挑発し、宇髄が迷い始める。
④その隙に攻撃しようとした上弦兄妹の背後に、珠世が注射針で新戸の血を注ぎ、呪いを完全に解除。無惨の視覚掌握能力を利用して「お前の大嫌いな死が迫っている」と挑発をする。

なお、一連の流れは新戸が脚本を描いており、宇髄達にも通達済みです。
要はマッチポンプですね。

やる必要あるかどうかは別ですが、新戸なりの時間稼ぎと考えて下さい。

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