前半は「里長、妓夫太郎の逆鱗に触れる」、後半は「上弦襲来」です。
新戸一行は、ついに刀鍛冶の里に到着したが……。
「ちょっと新戸! 何なのあのクソジジイ!?」
「この里で一番偉い爺さんだけど」
「ただの変態じゃない!!」
怒り心頭で声を荒げる堕姫が指差すは、鼻血を垂れ流しながら血鎌を片手に携える妓夫太郎に締められているひょっとこの面を着けた小柄の老人。
老人の名は、
「おいジジイぃぃ、俺の妹に手ぇ出すたぁいい度胸だなぁぁ!!」
「鬼でも若くて可愛い娘さんやもん……抱き着きたくなるに決まってるやん……揉みたくなるに決まってるやん……」
「もっとマシな言い訳しろよなぁぁぁ!!」
元上弦としての威圧感バリバリの妓夫太郎だが、鉄珍は一切怯まず色ボケした返事をする。
鍛治師としては一流なのに、若い女性が好みという一面が、ついに破滅を招く事態になったのか――哀れなれど因果応報でもある里長の姿に、付き人の里人達は頭を抱え、新戸は「今までのツケが回って来たな」とバッサリ切り捨てた。
「ぎゅ、妓夫太郎さん! それ以上はダメですよ!」
「ああ。それ以上やったら、柱として派手に容赦しねェぞ」
炭治郎と宇髄は、怒り狂う元上弦を諫めようと強い口調で説得するが――
「せやけど、ホンマよう来てくれたな……蜜璃ちゃんデッカくていい娘やし、禰豆子ちゃんやったっけ……あの娘最高やん……色んなトコおっきくなれるって聞いたし……宇髄君の嫁はん達もええなぁ……」
「妓夫太郎さん!! 禰豆子が穢される前にやっちゃってください!!」
「俺様が派手に許す!! あのクソジジイを地獄に送ってやれェェ!!」
鉄珍の余計な
混沌と化した大広間で、甘露寺は苦笑いを浮かべ、伊之助と無一郎は晩飯の話を始める始末だ。
「師範、このジジイ一体いくつまで生きるつもりですか」
「このジジイ、性癖の面で頭無惨だからなァ」
「鬼殺隊のジジイはどいつもこいつも耄碌してんのかよ」
新戸一派の容赦ない毒に、里長もさすがに落ち込んだ。
ようやく本題に入れそうだと、一同は安堵した。
「……それで、お館様から聞いたのですが……」
「ああ、この里を戦場――襲ってくる上弦共をガタガタにするための罠にする」
新戸はその場で大よその討伐計画を語る。
荒唐無稽だが、合理的で被害を最小限に抑えられる奇策まみれの計画に、鉄珍すらも驚いた。
「えっと……新戸君、正気かいな?」
「この作戦なら、誰も死なずに上弦を倒せる。うまく行けばの話だが」
「……わかった。乗ったで、その話」
鉄珍はあっさりと了承。
里人達は動揺しているが、里長の躊躇いの無い判断と新戸の計画よりも良い案が思いつかないため、渋々受け入れた。
「それとこれは別件だが……例の絡繰人形について話しがある」
「「「!」」」
新戸の言葉に、宇髄ら柱は目を見開いた。
それは刀鍛冶達も同様で、それぞれが顔を見合わせている。若輩の隊士達は首を傾げるばかりだが。
「……〝
「あれを二・三体作ってほしい。今後の戦いに欠かせない」
「あの……縁壱零式って何ですか?」
「この里に存在する、鬼殺隊士の訓練用絡繰人形や」
炭治郎の疑問に、鉄珍は答えた。
刀鍛冶の里に存在する縁壱零式は、実際に剣を持って動き、対戦する事によって訓練を行う絡繰人形だ。造られてから三百年以上も経っているが、時代に反した高度な技術が使われているようで、今でも活用できるとのこと。
新戸は、どうやらその人形の作成をしてほしいと頼んでいるようだ。
「師範、それって訓練用にですか?」
「んな半端な事すっかよ。対上弦用に決まってんだろ」
『え!?』
新戸の発言に、その場にいる全員が呆然とした。
――絡繰人形を、上弦の鬼への対抗手段にする?
「上弦の参は闘気に反応して先手打ってくるんだろ? だったら闘気もへったくれもねェ奴をぶつけりゃあいい」
「成程……人形に闘気なんかありませんしね」
「そういうこった。ましてや柱も使う程の訓練用となりゃあ、使い方次第で柱に匹敵する戦力に化ける。無惨の
あまりにも常識離れした発言に、頭が追いつかない。
しかし、このぶっ飛んだ思考を実現できるのが新戸の強みであり、鬼殺隊がなぜ彼が敵に回るのを恐れるかという理由でもあるのだ。
「金も労力も惜しまねェ。何なら俺の私財全部やる」
「お待ちください! 作成者の子孫である小鉄ですら修復困難だというのに……!」
「それを二体以上作るなんて――」
新戸は自分の私財も全て渡してまで欲しいと語るが、里人達は反論した。
というのも、縁壱零式もかつては複数体あったが、これまでの訓練で次々に破壊されており、現存するのは零式のみとなってるのだ。しかも作成者の子孫すらも修復困難なので、一から作り直し量産するのは無理だという。
だが、ここで新戸の一番弟子が苛立ち気に吐き捨てた。
「何だよ、刀以外は何も作れねェのかよ。とんだポンコツ連中だな」
『……あんだとこのガキャ!!』
獪岳の暴言に、刀鍛冶達が一斉に立ち上がった。
「不可能だとは言ってねェだろうが!!」
「やってやんよこの野郎!!」
「舐めんじゃねェぞゴラァァ!!」
一気に柄が悪くなったが、作るように努めるとは約束してくれた様子。
新戸は「よくやった」と不敵に笑いながら、鬼化した一番弟子を褒めたのだった。
*
その日の夜。
新戸は炭治郎・禰豆子・無一郎・玄弥の四人で屋敷の一室に泊まっていた。
「それにしても新戸さん、仕事早いですね……」
「いつ襲ってくるかわからねェ以上、不安要素は無くした方がいい」
「確かに、その方が戦いやすいしね」
新戸の言葉に、無一郎は同意する。
この里に、刀鍛冶達はもういない。すでに堕姫の帯の中に回収済みで、その帯は隠の者達によって鬼殺隊本部へと移送されているのだ。
ゆえに、今この里にいるのは新戸達だけである。
「ねえ、これからどうするのさ」
「布陣の方は問題ねェ。複数の上弦となりゃあ、隊士を殺す側と鍛冶共を殺す側で分けられるはずだ。念話で獪岳達と連携を取ってるから、臨機応変に対応するしかねェ」
新戸はあらためて、作戦を伝えた。
「こっちに上弦が来たら、なるべく時間を稼ぐ。俺が口八丁手八丁で知恵比べをするから、三人はそれに合わせて我慢してくれりゃあいい。その間に別の上弦と宇髄達が索敵するはずだ」
「宇髄さん達がもう片方を討ったら、俺達も動けばいいの?」
「そうだ。肆も伍も分裂体や即席の軍勢を作れるのが厄介だが、童磨や妓夫太郎からの情報だと血鬼術の精度・威力は全く同じという訳じゃねェらしい。むしろ肆の方は分裂すればする程に血鬼術が弱まると言ってた」
つまり、新戸達のところに上弦が来た場合、宇髄側が索敵するであろうもう片方の鬼を討つまで時間を稼ぎ、見事その鬼を討ち取った瞬間にもう片方を全戦力で包囲殲滅する――そういう筋書きなのだ。
「まあ、
「とんだ貧乏くじ引いちまったな、師範……」
「何を今更言ってやがる。鬼狩りになること自体ある種の貧乏くじだろ」
そんなことをボヤきながら、新戸が酒を煽る。
無一郎は「絶対言っちゃいけない言葉だよね」と思いつつ、新戸と炭治郎に尋ねた。
「二人ってさ、何でそんなに人に構うの?」
「何だ、いきなり」
「君達には君達のやるべきことがあるでしょ。新戸さんなんか、煉獄さんのところにはずっと気にかけてるし」
無一郎の疑問に、新戸は不敵に笑った。
「人に親切にしときゃあ、てめェにいい事があるってよく言うだろ? 俺はそれを実践してるに過ぎねェよ。因果な世の中だからな」
「それに、人の為にすることは、結局巡り巡って自分の為にもなっているしね」
「――えっ?」
禰豆子の頭を撫でながら言った炭治郎の言葉に、無一郎はきょとんとした表情を浮かべた。
その直後、眠っていた禰豆子が覚醒。幼児のように元気溌剌な様子に、一同は微笑んだ。
「ん? 誰か来てます?」
「そうだね」
ふと、障子の奥から気配を感じた。
ゆっくりと開かれ、姿を現したのは――
「ヒィィィィィ」
ぬらりと部屋に入ってくる、額に角と大きなコブを持つ小柄な鬼の老人。
上弦の肆――半天狗だ!
「師範! 鬼です! 上弦の肆だ!!」
玄弥は声を荒げ、銃を向けた。
それに合わせて炭治郎と無一郎も刀を構えたが――
「おい、気を立てすぎだてめェら。どう見たって可哀想な爺さんだろ」
『は?』
新戸の発言に、炭治郎達はおろか半天狗も呆然とした。
敵も味方も「何言ってんだコイツ」とでも言わんばかりに、凝視している。
集中する視線など意にも介さず、酒を煽りながら新戸は半天狗に声をかけた。
「爺さん、こんな夜中にどうした? この時期に外は危ないぞ」
「あ、ああ……」
――わ、儂が鬼だということに気づいてないのか……?
いきなり斬りかかるかと思えば、何と鬼だと気づかないという予想の斜め上を行く展開。数多の鬼狩りと索敵した半天狗だが、気さくに声をかける新戸の態度には戸惑いを隠せないでいた。
「お前らも落ち着け。あまり殺気を飛ばすと怖がっちまうだろ」
「……わかった。
「ほれ、無一郎がそう言ってんだ。お前らも気を鎮めろ」
無一郎達は得物を収め、その場に座り込む。
うまい具合に誤魔化せたのかと、半天狗は一瞬安堵したが……。
(待て、あの小僧は間違いなく柱だ。柱が上弦の気配がわからないなどあるのか?)
無一郎の言葉を思い出し、ハッと我に返る。
半天狗は徳川の治世の頃より鬼として人々を貪る悪鬼で、同時に小心かつ卑屈な性格ゆえか狡猾で抜け目のない鬼でもある。卑怯者同士だからか、新戸の発言の裏の意味を察した。
(こやつら、まさか儂の能力を知っているのか……!?)
半天狗の血鬼術は、頸を斬られると分裂して若い頃の自分を模した分身を生み出す能力だ。言い方を変えれば、頸さえ刎ねなければ分裂しないということに他ならない。
今までであれば、鬼殺隊士は問答無用で頸を刎ね、その分裂のカラクリによって葬られてきた。しかし目の前の鬼狩り共は、今までのそれとは全くの異質――すぐに手を出そうとせず、様子を伺っているではないか。
(……マズい。攻め時を間違えた! このままでは……)
目の前の鬼狩り達が若輩なのは間違いないが、隙を与えないよう警戒しているのも事実。
半天狗の能力を知っているとなれば、この〝違和感〟の説明がつく。
(ククク……ざまあみろ。コソコソしねェで堂々と襲い掛かればよかったものを)
一方の新戸は、悪意に満ちた笑みを浮かべていた。
これで半天狗は
新戸と半天狗の、壮絶な頭脳戦が幕を開けた瞬間だった。
*
その頃、宇髄達はというと。
「……今の気配……」
「ヒィッ! や、やっぱり……?」
里の屋敷から聞こえた〝音〟に反応した宇髄は目を細め、善逸はビクッとした。
聴覚が人並み外れてる二人は、半天狗の気配に気づいたようだ。
「グワハハハハ!! ついに来やがったか!! 腹が減るぜ!!」
「腕が鳴るの間違いだろ」
興奮する伊之助を宥めながら、当たりを警戒していた時だった。
「死ね! 鬼狩り共!」
叫び声がしたかと思えば、突如森を突き破って巨大な金魚が二匹現れた。
間違いなく、鬼の血鬼術だ。
「逃げろ!!」
宇髄が叫び、一斉に後方へ下がるが、金魚は口から無数の毒針を発射してきた。
すると、血鎌を構えた妓夫太郎が血の斬撃で全ての毒針を防ぎ切り、宇髄達を守り通した。
これが上弦の実力かと、一同は舌を巻いた。
「これはこれは妓夫太郎殿! お元気そうで何より……ヒョヒョッ」
「玉壺かぁぁ……」
ガサッと茂みから現れたのは、壺と肉体が繋がっている完全な人外の姿をした鬼。
本来口がある部分と額に目があり、額の目には「伍」の数字が刻まれている。
「上弦の伍……」
獪岳は日輪刀を抜き、切っ先を玉壺に向けて警戒を強めていると……。
〈聞こえるか? 獪岳〉
(師範の声!)
脳内に響く新戸の声に、獪岳は目を見開いた。
〈こっちも引っかかってくれたぞ。時間稼ぎすっから、早く片ァ付けろ。そっちの方が過大戦力のはずだからな……終わったら念話で伝えろ。この戦いが終わったら飯奢ってやるから、今のうちに考えとけ〉
(……今、それどころじゃねェんだけどな)
――上弦に強襲されたというのに、なぜか負ける気がしない。
獪岳は不思議と口角を上げたのだった。
ちなみに縁壱零式も、刀鍛冶の里の皆さんと共に里を脱出済みです。
梅ちゃんマークの引越センター(帯への収納のみ)は、安心と信頼がウリです。