「そうか、やはり爺さん目が見えないのか。そりゃ大変だったな」
「あ、ああ……」
酒を煽る新戸に、半天狗は動揺を隠しきれず、炭治郎達はジト目になっていた。
上弦の肆が襲撃したにもかかわらず、新戸はまるで客人をもてなすような態度で接しているのだ。しかも今回の作戦の計画者である分、余計に質が悪い。
ここまでしらばっくれると、清々しさすら感じる。
「いやァ、ね。〝上〟からこの里が敵側の精鋭が刺客に来るっつっててさ。いざ待機してたら目の見えねェただの爺さんだとは思わなかったぜ。デマもいいところだ」
「わ、儂を怪しまんのか?」
「角は骨が変化した器官だぜ? 人間も何らかの要因で頭蓋骨が変形したとなりゃあ、可能性はゼロじゃねェだろ?」
(最低だ、この人……)
理路整然と語る新戸に、無一郎達は口元を引き攣らせた。
知らないフリをする新戸の演技力がスゴい。彼が全力で相手を騙しにかかると、上弦ですら気を抜いてしまうのか。詐欺師になったら、凄まじい額の大金を騙し取れるだろう。
しかし、半天狗は上弦の鬼。新戸の振る舞いに騙されまいと、傍にいる鬼狩りにも悟られないように情報を抜き取ろうとした。
「それにしても……ここは人里なのだろう? お前達以外の気配は感じなかったぞ……?」
「敵と戦闘になっちまったら、堅気を巻き込む。すでに避難誘導を済ませてある」
「なっ!?」
半天狗は、思わず驚愕の声を上げた。
刀鍛冶の里を滅ぼすつもりが、抹殺対象の刀鍛冶達は里を捨て、すでにもぬけの殻だったのだ。これはおそらく、玉壺も知らないことだろう。
(もしや、上弦の陸めが鬼狩りに……!?)
「どうした、顔色が
「あ、い、いや……」
すっ呆けた様子で半天狗を気にかける新戸。
白々しいにも程がある。
(げ、玄弥! これいつまで続くんだ!?)
(もう片方を討ち取り次第袋叩きにするってんだ。師範はあのジジイを食い止めてるんだから、俺達は我慢するしかねェ!)
(普通、上弦の鬼と話し合いなんか成り立たないはずなんだけどな……)
(むー……)
新戸の背後で、ヒソヒソと半天狗に聞こえない程度の小声で話す炭治郎達。
狡猾な鬼同士の頭脳戦――という名の会話――は、さらに踏み込んだ内容になった。
「そうか……お主、この里で刺客とやらと戦うと言ったが、仲間は何人いる?」
「生憎、勝手に敵であるはずの連中を引き入れるような奴がいる組織なんでな。正確な数なんか知らねェよ」
(それやってんの全部あんただろ!!)
自分のことを棚に上げた質問をする半天狗に、自分のことを棚に上げた返答をする新戸。
盛大にツッコみたくなったが、敵が目の前にいるのもあって口には出さずに飲み込んだ。
「では、うぶ……いや、お前の言う〝上〟とやらは、一体どこで何してる? 死地へ赴いたお前達を犬死させるわけにも行くまい」
(今〝産屋敷〟って言おうとした!!)
「伊豆諸島の鳥島で療養中だって聞いたぜ。先代の炎柱が八丈島まで任務に行ったから、その縁があるらしい」
(思いっきりウソの情報流した!!)
しれっとウソの情報を教える新戸だが、先代の炎柱・煉獄槇寿郎が八丈島まで赴いて鬼を狩ったのは事実である。ウソの信憑性を高めるための要素として組み込んだのだ。
ちなみに伊豆諸島の鳥島は無人島であるのだが、本土から離れたことがないからか、半天狗はニヤリと笑みを浮かべた。それが真っ赤なウソと知らずに。
(バァーッカ、思いっきり騙されてやんの)
新戸も腹を抱えて笑いたくなったが、ここは堪えつつ半天狗の足止めに集中した。
その頃、宇髄達は上弦の伍・玉壺と対峙していた。
「ヒョヒョッ……これは僥倖! 柱が二人に
壺から姿を出した玉壺が、二つの口から舌を出しながらニヤニヤ笑う。
彼の興味は、忌まわしき裏切り者によって鬼とされた鬼殺隊士・稲玉獪岳に向けられていた。
「ほほう、さては貴様が今の上弦の六・高浪栄次郎殿の言っていた小童か」
(栄次郎……師範の怨敵のクセに、上弦に成り上がりやがって)
敬慕する新戸の不俱戴天の仇に鬼にされた獪岳は、額に青筋を浮かべた。
間近で見ていた善逸は、同門の兄弟子の怒りに顔を青褪めた。
「ヒョヒョッ! 今日は実に気分がいい。特別にお見せしよう!」
そう言って玉壺は壺を取り出し、その中から全身が折れ曲がった人間の死体をおぞましく飾り立てた、人の尊厳を徹底的に侮辱する「芸術」を見せつけた。
火男の面や隊服を身に着けてないので、鬼殺隊士や里の人間ではないようだが、罪無き人間を己の趣味のために殺して死体すら弄ぶ玉壺の外道さに、宇髄達は怒りに震えた。
「て、めェ……!」
「ヒョッヒョッヒョ! どうでしょう! 下らない生命を高尚な作品にしてや――」
「うらァ!!」
ビュッ!
「ヒョオォォォォォッ!?」
何と獪岳が「作品」ごと玉壺を叩き斬ろうと刀を振るった。
これはさすがに予想外だったようで、何とも間抜けな悲鳴を上げて玉壺は後退った。
「小僧、貴様ァァ!! 私の芸術品ごと斬り伏せようなど言語道断だぞ!!」
「言語道断? 寝言言ってんじゃねェよ、聖人君子でも相手にしてるつもりか?」
獪岳は不愉快極まりないと言わんばかりの表情で、地を這うような声で玉壺に言い放った。
「戦いで卑怯・卑劣・姑息・悪辣・邪道非道は作法の一つだろうが。
「んなっ……!?」
「それと土に還るだけの糞が詰まった肉袋見せつけたところで、おれ達が隙を見せるとでも思ってたか?
反吐が出ると嘲笑する獪岳に、玉壺は絶句。
味方であるはずの面々からもドン引きされ、宇髄は「完全に新戸の思想に染まり切ってやがる……」と口の端を引き攣らせた。
敵からも味方からも引かれていることなど意にも介さず、獪岳は言葉を紡いだ。
「俺はな、新戸さんが……師範が大好きなんだよ。「よくやった、さすが一番弟子だ」って師範に褒められたいんだよ」
「あ、兄貴!? 何言ってんの!?」
「お前、あんな奴のどこが……?」
「無惨様の美しい顔に何度も泥を塗る反逆者が、他者に好かれるわけないでしょうが!!」
獪岳の言葉に敵も味方も耳を疑う光景に、妓夫太郎は「旦那は信用ねぇなぁぁ……」とボヤいた。
しかし、獪岳が新戸を好いていることは紛れもなく本心だ。
人を騙して生きてきたことも、鬼に脅迫されて寺を襲う手助けをしたことも……絶対に許されない罪を犯したにもかかわらず、お前は特別だと新戸は獪岳を今も可愛がり、「獪岳の味方」の姿勢を崩さなかった。悲鳴嶼との再会に至っては、手を出そうものなら殺し合いも辞さない態度すら見せていた。
何があっても味方であり続け、師範として傍に居続ける新戸。荒んだ過去を持つ獪岳にとって、新戸は
何より、自分の才能を評価して伸ばし、長所も短所も真っ向から受け止めたのは新戸だけだった。
「俺はあの人に褒められてェんだ。だからとっとと死ね。死んで俺の手柄になれ」
「ヒッ……!」
どっちが鬼だかわからない発言をする獪岳。
いや、すでに鬼と言えば鬼なのだが。
「〝雷の呼吸 弐ノ型 稲魂〟」
獪岳は自身を中心として半円を描くように刃を振るい、高速五連撃を繰り出す。
それと同時に、黒い雷のような斬撃が玉壺を襲い、モロに食らった彼の体に亀裂が奔った。
「な、何だこれはっ!?」
「どうだ、俺の血鬼術〝
相手の体を崩壊させる凄まじい血鬼術に、玉壺は顔色を変えた。
この場で最も危険な〝脅威〟は、柱でも元上弦の陸でもない。忌まわしき小守新戸の一番弟子・稲玉獪岳なのだ。
「くっ! 〝血鬼術
玉壺は壺から巨大な蛸の脚を出現させ、大質量による攻撃を仕掛ける。
獪岳は〝陸ノ型
「ならば! 〝血鬼術
今度は壺から大量の水を放出させ、その中に獪岳を閉じ込めた。
すでに鬼化した獪岳にとって窒息は無意味だが、壺から出た水は粘度の高い液体であるため、刺突斬撃をほぼ無効化してしまう。さすがの彼も剣腕は柱には及ばないため、純粋な斬撃で水の牢獄を打ち破るのは困難を極める。
しかし、絶対に破れないわけではない。いかに鬼の異能で生み出したとしても、水は電気を通す性質がある。獪岳の血鬼術は電撃系……この水の牢獄を黒死雷で破壊することはできるかもしれない。
(……いや、ここは封じられたフリだな。師範だったらそうする)
だが、獪岳はあえて戦闘不能状態になることを選んだ。
鬼は原則、人間を舐め腐っている。ゆえにちょっとした小細工で足を掬われ、格下だと侮った隙を突かれて頸を刎ねられてしまう。だが油断しなくなった鬼は、極めて厄介だ。警戒心が高いと狩りづらくなり、消耗戦に追い込まれてしまう。
もしも新戸なら、あえて身動きが取れないフリをし、一瞬の隙を見計らって必殺の一撃を放つだろう――獪岳はそう判断したのだ。
「ヒョヒョヒョ……! 少し肝が冷えたが、これで黒い雷は放てま――」
「〝穿ち抜き〟ィィ!!」
「いいぃぃぃぃい!?」
何と伊之助が二刀による全力の突きを仕掛けた。
咄嗟に回避する玉壺だが、追い打ちをかけるように妓夫太郎が〝飛び血鎌〟で伊之助を援護、さらに宇髄が斬撃の合間を縫うように迫り頸を直接狙う。
柱と元上弦の共同戦線に、玉壺は悲鳴を上げた。
「貴様ら鬼畜かァ!?」
「てめェにだけは言われたくねェよ!! 〝
的確なツッコミを入れつつ、流れる様に連続で斬撃と爆発を玉壺に浴びせる宇髄。
頸だけは守らんと、壺から化け物を召喚して身代わりにしつつ距離を取るが、甘露寺と善逸が斬り込んで両腕を一刀両断した。
「小癪なっ!」
玉壺は〝
毒を撒き散らすサンマのような魚を、技名通り一万匹も繰り出して宇髄達を食らいつくさんとしたが――
「〝八重帯斬り〟!!」
突如、無数の交差した帯が魚の群れを一匹残らず斬り刻んだ。
帯を攻撃で行使できる者など、この世でただ一人だ。
「小娘!?」
「アンタの血鬼術なんか、何の脅威にもならないわ!」
堕姫の奇襲に、玉壺は怒りを露にした。
あんな直情的で頭もあまり回らないバカの小細工に引っかかるとは……!! 玉壺は屈辱に顔を歪めた。
「ええい、こうなったら……!」
玉壺は出し惜しみは愚策と判断し、「真の姿」になろうとしたが――
ドドドドドドッ!
「何っ!?」
「キャハハハハハ! ざまあないわね、ブス!!」
突如として苦無の雨が降り注ぎ、玉壺の身体に突き刺さっていく。
何事かと見上げると、視線の先には特殊な装置を構えた二人の女が、堕姫の帯の上に乗っているではないか。しかもよく見ると、丸腰の女もいるではないか。
「うわーん! まきをさん、落としちゃった~~~!」
「須磨ァ! 何をヘマしてんだ!」
「天元様~~~~!!」
……どうやら天元の妻のようだ。三人はズルい。
しかし、この程度の攻撃は無意味。時間稼ぎが関の山だろう――そう思い込んでいると、不意に玉壺の視界がグニャリと曲がった。
「な、何が……!?」
「やった……!」
「はっ! 見たか、鬼殺隊も進歩してんだよ!」
雛鶴とまきをは笑みを浮かべた。
実は苦無には、しのぶと珠世が制作した特製の毒薬が塗ってあった。
その毒は新戸の血液を用いた研究の最中、珠世が
そんな劇物を食らった玉壺だが、上弦の鬼は伊達ではなく、肉体の崩壊は起こらなかった。代わりに、身体が指一本動けなくなった。
(こ、これは……!?)
「うーわ、スゲェな……本当に上弦も封じ込みやがった」
天元は引き攣った笑みで玉壺を見下ろした。
数百年に渡り、歴代の柱を葬ってきた災厄・上弦の鬼。その一角が、ズボラな
バシャッ!
「!?」
「ゲホ、ゲホッ! ……息ができるってのはいいもんだな」
ふと、水の牢獄に囚われた獪岳が解放された。
玉壺が行動不能に陥ったことで、血鬼術が解除されたのだろう。
「……!」
「余計な手間をかけさせやがって……」
唾を吐きながら倒れ伏す玉壺を見下ろす獪岳。
玉壺は悲鳴すら発することもできず、硬直した身体をピクピクと小刻みに動かすばかり。まな板の鯉とは、正にこのことだろう。
「……!!」
「下らねェ時間を過ごしたぜ」
玉壺の瞳が最期に捉えたのは、凶悪な笑みを浮かべる獪岳の顔だった。
*
一方、新戸はやはり半天狗をその場に押しとどめるための会話をまだ続けていた。
いい加減にしてほしいと願ってるのか、無一郎はこめかみをピクピクさせて睨みつけている。
このままじゃあ俺も斬られちまうな……そう苦笑いした時だった。
〈師範! 上弦の伍、討ち取りましたっ!!〉
〈っ!! ――そうか、よくやった。じゃあ、ボチボチ頃合いだな〉
獪岳からの念話を受け取った新戸は、ついに動いた。
「……ところで、爺さん」
「な、何じゃ……?」
「夜中に
新戸がそう言い放った途端。
半天狗の頸がゴトリと畳の上に落ちた。無一郎が瞬時に斬り落としたのだ!
「……やっと? 宇髄さん達、遅すぎ」
「そう言うな。大事なのは勝負を焦らないことだ」
新戸はケラケラと笑うと、頸を落とされても消滅しない半天狗を見下ろした。
「そうか、貴様……! 玉壺を先に討ち取り、この儂を袋叩きにするために……!」
「何だ爺さん、案外頭が切れるじゃねェか。もっとも、すでに俺達の王手だがな」
新戸はニマニマとあくどい笑みを浮かべる。
戦力を二つに分け、片方はその場に留めもう片方を先に討ち取る新戸の策略に、上弦二人はまんまとハメられた。すでに片方は討ち取られ、しかも鬼狩りを一人も殺せずに終わったようで、半天狗は一気に窮地に追いやられた。
「さァ爺さん、お遊びはここまでだ。みんな大好き鬼狩りの時間だ」
「ヒッ……!」
新戸は爽やかな笑みで刀を抜いた。
その爽やかさがどことなく恐ろしく感じたのか、玄弥は思わず震え上がった。
玉壺は個人的に嫌いなので、真の姿に脱皮させることすら許しません!
むんっ!