鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

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ついに最終局面へ!


第四十二話 多少舐められてもらわないと困んだよ。

 翌日、修行はさらに過酷さを増した。

 ついに童磨が参戦したからだ。

 今回に限っては、なぜか堕姫と妓夫太郎兄妹も童磨と手合わせするという。入れ替わりの血戦がまさかの鬼殺隊での実施である。

「さすが鬼殺隊だ。じゃあこれならどうかな? 〝寒烈の白姫〟」

 童磨は氷の巫女の上体像を二体作成し、凍える吐息を発する。

 そこへ禰豆子が爆血を放って相殺。さらに爆血の炎の火力を高め、炎の壁を作った。

 

 ――〝炎の呼吸 壱ノ型 不知火〟!

 ――〝水の呼吸 肆ノ型 打ち潮〟!

 ――〝ヒノカミ神楽 円舞〟!

 

 爆血の炎が人に危害を加えないという特性を利用し、義勇と杏寿郎、炭治郎が炎を突き抜けて強力な斬撃を繰り出す。

 童磨はそれを湾曲した氷柱を生み出す〝(かれ)(その)(しづ)り〟で防ぎ、〝粉凍り〟で牽制。その凶悪性を事前に知らされてるため、三人はすかさず後退する。

 続いて、堕姫と妓夫太郎がそれぞれ帯と血の斬撃を飛ばす。手の内を知る童磨は紙一重で回避し、〝冬ざれ氷柱〟で頭上から攻撃。堕姫の帯がそれを受け止め、その隙に柱達が斬りかかる。

 が、これも読まれてしまい、〝蔓蓮華〟を応用した宙に浮く氷の足場へと逃げられてしまった。

「ふむふむ! 中々やるじゃないか。今までの鬼殺隊で一番強いかもね」

「ハッ! 怖気づいたかァ?」

「貴様の血鬼術はすでにわかっているんだ。何をしても大よその見当はつく。不服だが、竈門炭治郎の妹の鬼の血鬼術のおかげで対策も打てる」

「南無……いくら上弦の弐とて、我々全員は骨が折れよう」

 柱達は余裕を崩さない。

 それを見た童磨は、とんでもないことを言った。

「それじゃあ、俺も()()殿()()()()()()()()

『は?』

 童磨は扇を構えると、宙へと飛び舞うように振るった。

「〝鬼剣舞 刀剣舞の狂い〟」

 童磨は扇を振るい、大小様々な斬撃を畳み掛けるように飛ばす。

 新戸の血鬼術を使用した童磨に、一同は必死に斬撃を避けながら愕然とした。

「え、ちょま、ええーーーっ!?」

「きゃーーーーっ!!」

「おいおい、派手にどういうこったぁ!?」

 童磨が繰り出す斬撃の嵐に、大混乱に陥る。

 それもそのはず、あの血鬼術は……!!

「何であいつの血鬼術を使えるんだァ!?」

「あー、それ俺の血を取り込んだからだわ」

『新戸!!』

 新戸の暴露に全員が怒りの眼差しで睨むが、当の本人は「止むを得ない代償だ、諦めて戦え」と煙草を吹かした。

 一方の童磨は、斬撃と剣圧を操る新戸の血鬼術を使用し、満足気に笑った。

「新戸殿の血鬼術は、黒死牟殿みたいだね。威力は劣るけど、組み合わせ次第でいくらでも強大になれるのは驚きだ」

「お前の冷気と混ぜれば、凍える斬撃とかできるかもしんねェぞ~」

「それは妙案だ、やってみよう!」

『新戸!!!』

 ちゃっかり童磨に助言して、手合わせの難易度を高める新戸。

 そんな中、善逸はハッと気づいた。

「ちょ、ちょっと待って! 新戸さんって、禰豆子ちゃんの血鬼術とか使えたよね? それってつまり……」

 善逸の言葉に、嫌な予感を覚えた。

 

 新戸は自身の血鬼術に加え、いくつかの能力を会得している。

 禰豆子の鬼殺しの〝爆血〟、浅草で仕留めた矢琶羽の〝紅潔の矢〟、刀鍛冶の里で袋叩きにした半天狗の〝狂圧鳴波〟……どれも強力な異能だ。新戸の身体の性質上、鬼の血肉を取り込めば理論上はいくらでも使える。

 その逆も可能で、自分の血を取り込んだ鬼には新戸本来の血鬼術に加え、取り込んだ他の鬼の血鬼術も使用できる。珠世や玄弥、獪岳も例外ではない。

 

 それはすなわち……童磨も使える可能性があるということだ。

 だが、それに関しては新戸が否定した。

「安心しろ。こいつが取り込んだ俺の血は()()。俺の血鬼術しか使えねェよ」

「それでも過剰すぎるがな!!」

 伊黒は恨みのこもった目で新戸を睨んだ。

 ただでさえ天災と言える上弦に、ある意味で天災である新戸の異能を使えるとなれば、誰も手に負えない。童磨一人で鬼殺隊丸ごと潰せるくらいだ。

 新戸と敵対しなくて、本当によかった。

「そぉら、行くよ。〝鬼威し・鬼太鼓〟」

 冷気を纏わせた剣圧を放ち、広範囲攻撃を繰り出す童磨。

 即席の新技に、悲鳴を上げながら次々と餌食になっていく。しかも耳を澄ませると、「進化してんじゃねェよ!!」「もういい加減にしてよぉ!!」「新戸、あとで覚えてろよォ!!」という恨み節も聞こえる。

 当の本人は一服して寛いでいるが。

「おーおー、頑張れ頑張れ」

「どうやら、うまく行ってるようだね」

 するとそこへ、耀哉があまねに手を引かれる形で姿を現した。

「! 何だ、体調はいいのか?」

「珠世さんのおかげで、幾分か楽になったよ」

「へー……」

 耀哉は新戸の隣に腰を下ろすと、重要な情報を口にした。

「新戸。七日の内に、鬼舞辻が産屋敷邸に来る」

「!! ……いつもの勘か?」

 その言葉に、耀哉は無言で頷いた。

 今は夜。一週間以内ということは、最長で七日後の夜、最短で明日の夜だ。

 しかし、新戸は「あっそ」と軽く返した。

「新戸……気を引き締めてくれないかな」

「童磨はまだ間諜として機能してる。後ろ指差されてるとはいえ、さすがに呼ばれるだろ。そん時に情報を聞きだしゃあいい」

 そう、上弦の弐・童磨は無惨側の間者――新戸の諜報員だ。

 さすがに具体的な作戦はわからずとも、いつ攻め入るかは無惨も伝えるはず。まあ、部下に何も伝えず乗り込んでくる可能性もゼロではないが、新戸や珠世一派、表立って裏切った堕姫と妓夫太郎の動きを考え、すぐ攻めるということはないだろう。

「……それよりも、見たかアレ」

 新戸が指差す先には、童磨に弄ばれてる耀哉の剣士(こども)達が。

 新戸の血鬼術を織り交ぜた戦法に、苦戦を強いられている。

「じゃあ、そろそろ頃合いかな。〝結晶ノ御子〟」

 童磨は自らを模した氷の分身を次々と生み出す。

 その数、六体。

「何だァ、身代わりの分身かァ? 血鬼術を無駄に消耗してんじゃねェかァ?」

「風柱殿、心配しないでおくれ! この子達が行使する血鬼術の威力は本体(おれ)と同じ程度だから!」

『ふざけんなーーーーーーっ!!!』

 怒りに満ちた叫び声が木霊する。

 それと共に結晶ノ御子の猛攻が開始。断末魔の叫びがあちこちから聞こえる。

「反則だね……上弦の弐は」

「だからよかったっしょ? 俺が味方に引き込んどいて。結晶ノ御子(あのにんぎょう)量産して人海戦術仕掛けられたら終わりだぜ鬼殺隊」

 煙草を吹かしながら暢気に評する新戸に、耀哉は背筋が凍る思いだった。

 童磨が言うには、結晶ノ御子は自身が大幅に弱れば術が維持できなくなり自壊するらしい。だが万全の状態で発動・量産すれば、鬼殺隊など一夜で皆殺しにできるだろう。

 新戸の独断行動がなければ、これを敵に回さねばならなかったのだ。鬼との共闘は鬼殺隊としては禁じ手だが、童磨達のことを考えれば実に合理的で無駄な犠牲を払わずに済む英断だ。耀哉は自分で自分を褒めたくなった。

「……新戸、君はどこまで先を読んでたんだい? ここまで予想通りだったのかな?」

「いや、全部が全部思い通りじゃねェよ。栄次郎の鬼化は想定外だったし、弟子二人の成長速度も予想以上だった」

 歯車がうまく噛み合っただけ――新戸はそう語った。

 しかし、その言葉だけでは耀哉は納得がいかなかった。

 新戸が先代当主の判断で鬼殺隊に在籍して以来、鬼殺隊が被る損害は減少傾向。その上、ここ数年で戦力は増大し、若者達も想像以上に成長している。その若者達にも新戸は関与している。

 新戸がいなければ、ここまで鬼殺隊が有利になることはなかっただろう。

「……例の人形の件は?」

「完成はしたようだよ。あとは実践あるのみ」

「じゃあ、最期に一回試運転すっか。同時並行で作戦の最終準備もしなきゃなんねェし。……あ、切れた」

 新戸は煙草を切らしたことに気づき、未開封の恩賜の煙草の箱を開け、一本取り出す。

 咥えながらマッチで火を灯し、紫煙を燻らせながら目を向けた。

「――で、作戦の第一段階をお前とあまねさんに任せたいんだけど……釣れるよな?」

「勿論! 囮でも何でもいいよ。鬼舞辻無惨へ一矢報いれるのなら本望だ」

 ホクホク顔の耀哉に、新戸は「いい性格してやがる」と笑った。

 そう、今回の作戦は新戸が想定し尽くしたあらゆる最悪の事態に対処できるように仕上げている。しかも途中から面白半分で童磨も関わっており、無惨側の視点も相まって、作戦はかなり大胆で綿密だ。

 おそらく、十回やって十回無惨は引っ掛かる。それぐらいの代物だ。

「よし! 最終確認も兼ねて、今日の夜の大まかな説明をする」

「わかった、緊急の柱合会議を開く。炭治郎達も呼んでおこう」

 二人の策士は生き生きと、そしていつになく黒い笑顔を浮かべたのだった。

 

 

          *

 

 

「はい、つーわけで決戦の大まかな作戦を伝えるぞ」

 緊急の柱合会議。

 無惨との最終決戦前の〝最後の柱合会議〟と知らされ、柱達と炭治郎達も勢揃いだ。

 本当なら一般隊士が柱合会議に出席していることを怪訝に思われるが、もはやどうでもいい。

 最後の戦いが、目前まで迫っているのだから。

「敵の戦力は主力が五人。搦め手嵌め手を使う奴は、おそらく奴の側近である琵琶の女ぐらいだ。一対一(サシ)になんない限りは心配無用だ」

「フン……随分と無惨を舐め切ってるではないか」

「ったりめェよ。この戦は絶対に勝てるって確信があるからな」

 新戸は口角を上げつつ、言葉を紡ぐ。

「基本的に作戦の指令は、俺と耀哉でやる。耀哉には愈史郎の呪符を介して、俺は獪岳達の視界を通じて戦局を見る」

「うむ! ではいつも通り、分散させるのだな!」

「察しがいいな。薄々勘づいちゃいるだろうが、この配置で行く」

 新戸は紙を取り出し、一同に見せた。

 それは、誰が誰を相手取るのかを簡潔に記した、担当配置の図だ。

 

 猗窩座は杏寿郎、義勇、炭治郎、獪岳が。

 黒死牟は実弥、悲鳴嶼、無一郎、宇髄が。

 鳴女は伊黒、甘露寺、善逸、愈史郎が。

 栄次郎は新戸と玄弥が。

 童磨はしのぶ、カナヲ、伊之助が。

 無惨は矢印で「待ちぼうけ食らってろ」とか書いてある。

 

 その配置を見て、炭治郎は気づいた。

「……ちょっと待ってください! 新戸さん、妓夫太郎さんと梅さんは?」

「妓夫太郎と梅ちゃんは別行動してもらう。隠密性が高いからな」

「成程……」

 鬼の中でも極めて高い隠密性を利用すると知り、炭治郎は納得したようだ。

 しかし、それを踏まえてもおかしな点はある。

「何で上弦の弐が胡蝶達と敵対する流れになっている?」

 そう、寝返っているはずの童磨が、まるでしのぶ達と一戦交えるように書いてあるのだ。

 一体どういうことなんだと、視線で新戸を訴える。

 すると、新戸が口を開く前に童磨が頭を掻きながら答えた。

「さすがに鬼狩りを滅ぼすとなると、呼び戻されるだろうし……」

「そうか、まだ完全に寝返っちゃいねェんだったな」

 そう、童磨は()()()()無惨側だ。

 あくまでも敵方として決戦に臨み、頃合いを見計らって寝返るのだ。

「まあ、童磨裏切らせるんだけどよ。それは俺が戦局を見て判断する」

「んなまどろっこしいことすんなよ!」

「確かに。とっとと寝返らせればいいのに」

 伊之助と無一郎の言葉に、何名かの柱も頷く。

 だが、新戸はそれにも理由があるという。

「鬼には多少舐められてもらわないと困んだよ。童磨の寝返りなんて事態、向こうも想像しちゃあいないはず。だからこそ、慎重に動く必要がある」

「それじゃあ、結晶ノ御子を待機させとこうか? 自立稼働できるし」

「よし、問題解決。それで行くぞ」

「早っ……」

 即断する新戸に、善逸は思わずそう声を漏らした。

「そうとなると……やはり童磨より強い上弦の壱と無惨が本丸か……」

 数珠をジャリジャリ鳴らしながら、悲鳴嶼は呟いた。

 鬼の中でも最上位の凶悪性を有する血鬼術の使い手である童磨をも超える、正真正銘の怪物達……無惨と黒死牟が、鬼殺隊最大の脅威だろう。

「一番いい塩梅なのは、琵琶の君を早々に支配して、夜明けと共に全員日溜まりに放りだすことなんだけどね~……」

「! ……新戸、上弦の弐が言ったことをどうにか実現できないかな?」

「琵琶女を支配するのは容易いだろうが、()()()が問題なんだよ」

 童磨のボヤきにひらめいた耀哉だったが、新戸は難色を示した。

「お前ら、〝釣り野伏〟わかる?」

「全然わかりません!」

「ハァ……〝釣り野伏〟は囮を使った武家の名門・島津家に伝わる包囲殲滅術だ。成功すれば数十倍の戦力差をひっくり返すが、囮役が敵に正面から当たって本気にさせるくらい奮戦し、最も困難な軍事行動である偽装退却ができなきゃなんねェ。これを俺達に当てはめると、いかに難しいかわかるだろ」

「そうか……かなり難しいんだね」

 新戸の心意を察し、耀哉は溜め息を吐いた。

 つまり、童磨が言ったことは、無惨が一軍の将として無能であることに賭けた、大博打もいいところの危険な戦術なのだ。

 この戦法の絶対条件は、鳴女が制圧されたことを日の出の時間まで悟られないよう、無惨達とギリギリに渡り合わねばならないこと。実行するとなると、相手方にバレないように戦わねばならず、しかも戦国乱世の戦法を参考にしてるので武家出身の上弦の壱に勘づかれる可能性があるのだ。

 もし勘づかれれば、無惨が絶対に逃走するのは自明の理。逃げに徹したら絶対に討ち損じるので、作戦としての難易度も極めて高いのだ。

「……だからこそ、珠世さんが必要なんだ」

『!』

 新戸がそう言うと、珠世が襖を開けて現れ、ある物を見せた。

 箱の中に、いくつかの試験官が入っている。

「これはしのぶさん達と開発した、無惨に投与する人間に戻る薬です」

『!?』

 珠世の言葉に、誰もが目を疑った。

 鬼になった人間を、元に戻す薬ができたというのだ。にわかに信じ難いが、この場で今になってウソを吐くとも思えず、真実なのだと受け止める他ない。

 そんな中、童磨は目を細めて尋ねた。

「しかし、俺や黒死牟殿、無惨様は毒を分解できちゃうよ? そこはどうしたんだい?」

「この薬は、新戸さんの血液を原料にしてます。この世で最も恐ろしい材料で」

「珠世さん、俺に恨みでもあんの?」

 珠世は不敵な笑みを浮かべながら、薬の効能を説明した。

 開発した薬は、鬼を人間に戻すことができる効果だけではない。無惨に対して一分で50年分も老いさせることができ、内部から攻撃する細胞破壊と身体の分裂を阻害する毒もあるという。さらにダメ押しで、刀鍛冶の里の防錆戦で猛威を振るった劇物も混ぜている。

 殺意に満ちたそれに、新戸と愈史郎、耀哉以外の男性陣は震え上がった。

「あー、そこまで盛り込んでると、無惨様でも全部は分解できないかなぁ……」

「ホント、どっちが鬼よ!?」

「ついにあの人も年貢の納め時かぁぁ……」

「よかったなお前ら。敵対してたらそれ打ち込まれるんだぜ?」

 執念が凄まじすぎる劇薬に、鬼達もドン引きした。

 しかし、これで大体の流れは掴めた。

 身も蓋もないことを言えば、珠世が毒を投与さえできれば王手なのだ。

「私の勘だと、奴は七日以内に来ると告げている」

『!!』

 その言葉に、全員が息を呑む。

 どうなってもあと七日以内に、全てが終わるのだ。

 鬼が滅ぶか人が滅ぶか――未来を懸けた最終決戦が、早くて明日の夜に始まるかもしれないのだ。

「ここにいるのは、鬼殺隊の歴史上最強と言っても過言じゃない。始まりの剣士達をも超えた、正真正銘の最強の集団だと確信している」

「お館様っ……」

「大丈夫、新戸も勝てる戦いだと言っている。でも、誰が犠牲になるのかはわからない。もしかしたらというのもある」

 耀哉は、穏やかに笑って懇願した。

「君達の武運を祈る。どうか、あの男を倒してくれ」

『御意っ!!』

「はいはい」

「新戸、返事は一回ね」

 

 日本一チャランポランな鬼、ついに鬼の始祖と全面戦争へ。


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