鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

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後半は自分でも何を書いてるんだろうと思いました。(笑)


第四話 誰かに養われる日々を貫き通すのが一番大事だから。

 同年十月三日、二時一七分、東京府北豊島郡滝野川村。

 この日、鬼殺隊の最下級である「癸」の隊士・村田と尾崎は窮地に立たされていた。

 鎹鴉の要請で任務を受けた二人は、討伐対象の鬼を狩るべく交戦していたのだが、尾崎が負傷してしまったのだ。

「うっ……!」

「村田!」

 腕が折れた同僚を庇いながら戦う村田だったが、長期戦に持ち込まれてしまい、体力が限界を迎え始める。必死に足掻くその姿を、鬼は嘲笑った。 

「心配すんなよ、二人共食ってやるからな……」

(い、嫌だ! こんな所で死ぬわけには……!)

 歯を食いしばり、死中に活を求める。

 しかし下級の鬼と言えど、人間を遥かに上回る身体能力であるのは変わらない。人を喰らい続けたことで得た怪力に、潰されそうになる。

(も、もうダメ……!)

 心が折れそうになった、その時だった。

 

 ゴトンッ

 

「……は?」

 突然、目の前の鬼の頸が何の前触れもなくズレて落ちた。

 いきなりの事態に呆然とするが、鬼の胴体が倒れたことでハッとなる。

「え、ええ!?」

「え!? 何で!? 俺何もしてないよ!?」

「な、何ィィ!? い、いつ斬ったお前ら!!」

 斬られた鬼自身も、戦っていた村田も混乱する。

 尾崎は腕を折られたために剣を持てず、自分も鬼の攻撃を受け止めたままなので、状況的には何もできないはず。考えられるのは救援だが、かまいたちを起こせる者はさすがにいない。じゃあ、一体誰が……?

 そんなことを考えていると、煙草の匂いがどこからか漂ってきた。

「お~い、二人共喰われて死んでるか~?」

「「言い方!!」」

 死人が口を利くか、と青筋を浮かべる二人。

 鬼を斬ったのは、血鬼術で斬撃を飛ばした新戸だった。煙草を咥えた彼は「焼酎」と書かれた瓶を手にしており、どうやら酒屋で酒を買った帰り道のようだ。

「そんで、どうしたの。足滑って転んだ?」

「転んでこうなる腕は持ってないわよ!」

「そんぐらい気が強けりゃ問題ねェな」

 もはや通常運転とも言える新戸の態度に、村田と尾崎はジト目で睨む。

 鬼殺隊の一般隊士にとって、小守新戸という存在を快く思わない者の方が多い。それは鬼殺隊に属する人間の多くが縁者を鬼に喰い殺され、鬼に対して並みならぬ憎悪を抱いているからでもあるが、一番の理由は働かずに遊んで暮らしていることだ。しかも戦闘力は高いのに、だ。

 体質上ほぼ不死身な上にひたすら遊んで暮らす、異様に戦闘力の高いクズ――それが一般隊士から見た新戸の共通認識であるのだ。

「まあ、アレだ。応急処置ぐらいはしてやるよ」

 新戸はそう言うと詰襟の(ボタン)を外し、腹に巻いていた晒を解く。

 そして解いた晒を器用に尾崎に巻き付け、折れた腕を心臓より上に挙げて固定した。

「カナエから嫌々学ばされてよかったよ」

「花柱様から……?」

「付き合いが(なげ)ェのさ」

 新戸はどっこいせ、と立ち上がる。

「じゃあ、俺ァここでお暇させてもらうぜ。今の鬼殺隊は人手不足だからな、くたばるんじゃないぞ。俺にまで仕事回ってきたら溜まったモンじゃない」

「「フザけんなクズ野郎!!」」

 手をヒラヒラ振りながらどうしようもない発言を残した新戸に、鬼狩り二人の怒りの叫びが木霊した。

 

 

 しばらく時が経ち、時刻は四時五分、東京府北豊島郡王子村。

 偶然鉢合わせた村田達と別れた新戸は、焼酎片手に煙草を吹かしながら夜道を歩いていた。

「ったく、何が上弦の情報取ってこいだよ。俺は鬼でもどっちかつーと新参者なんだよ。十二鬼月がどこで何してるかロクに把握できないまま放り込むって、いい性格してるよアイツ」

 ブツブツと独り言、それも鬼殺隊の頂点たる耀哉の悪口を呟く新戸。

 その矛先は、最近顔を見ない煉獄槇寿郎にも向けられる。

「っつーか槇寿郎こそ何やってんの? アイツこそ仕事しろよって話じゃん。俺が働くハメになったの絶対槇寿郎のサボりだっての。いや働きたくない気持ちはすっごく共感できるんだけどさ……」

 お館様どころか柱の悪口まで言ってのけ、煙草の灰を指で優しく落とした。

 その数秒後――

 

 ドォン!

 

「――ん?」

 ふと、後方で轟音と共に砂塵が上がった。

 そこはちょうど、新戸が煙草の灰を落とした場所だ。

「……え、ウソでしょ? さっきの灰か? 俺の煙草の灰が!?」

 混乱する新戸は、動揺を隠さずに砂塵に浮かび上がった影を見据える。

 砂塵が晴れ、そこから現れたのは、刺青のような紋様を身体に浮かび上がらせた紅梅色の短髪の鬼。右目には「上弦」、左目には「参」という文字が刻まれており、新戸が今まで斬った鬼とは比べ物にならない〝圧〟を放っている。

 突然の十二鬼月の襲来にきょとんとすると、鬼は一瞬で距離を詰めて拳を振るったが、新戸は紙一重で躱した。

(躱した……!)

「っぶねェな!」

 

 ドッ!

 

 居合一閃。

 上弦の鬼の右腕を、新戸は瞬時に仕込み杖を抜いて斬り飛ばした。

「――中々の居合だ」

 赤髪の鬼は瞬く間に斬り飛ばされた腕を再生させ、称賛しながら笑う。

「……お兄さん、用があるなら拳より先に口を出しちゃくれねェかい」

 初対面でそれは酷いだろ、と呆れながら新戸は仕込み杖を鞘に納める。

「今の一撃を躱し、さらに居合で腕を斬り落とすとは。貴様があの御方が嫌う〝逃れ者〟か。俺は()()()だ、お前の名は何と言う?」

「君の名はってか。……俺は小守新戸、鬼です」

 馴れ馴れしい猗窩座と気怠そうな新戸。まさしく対照的な二人の(おに)だ。

 厄介な相手に絡まれたと、新戸は頭を掻きながら尋ねた。

「何しに来たんだい。まさか夜中に悪いけど殺し合いに来たとかじゃないよね」

「ここに来たのは偶然だ。そして今、俺はお前と殺し合いたい」

「そんじゃあ躱すだけにしときゃよかったなァ」

 敵として目を付けられたことを悟り、溜め息を吐く新戸。

 そんな掴み所の無い態度をとるが、先程の居合の腕前をその身をもって味わった猗窩座は目を細めて尋ねた。

「お前はなぜ弱者の振りをする?」

「……というと?」

 猗窩座曰く、今の新戸は実に惜しい存在だという。

 一見は虫酸が走る弱者だが、先程の攻撃に対する反射速度と居合による反撃から、実力を隠しているのは明白。態度や性格は鬼として恥ずかしいが、秘めた力を解放すれば〝至高の領域〟に必ず踏み入れることができる。

 強者にして強者にあらず――猗窩座から見た新戸は、そんな言葉が似合うという。

「俺と一緒に来い、小守。鍛えて強くなって、さらなる高みを目指そう」

「いや結構です」

 堂々と一蹴。

 猗窩座も身勝手だが、新戸はそれ以上の身勝手であった。

 だが、これで引き下がる上弦の参ではない。

「そう遠慮するな。誰もお前を否定したり嘲ることもしない。お前は強いじゃないか」

「期待という名の暴力を振るわないでください」

 満面の笑みを浮かべて誘うが、それでも新戸は動かない。

 ――選ばれた者しか鬼にはなれない。小守新戸という男は選ばれた存在であり、自分と同じ武を極める権利を持つ者。それなのに、なぜ誘いに頷かない?

「ああ、そうか……先程の手出しで信用を失ってしまったんだな? あれは申し訳ない、お前の強さを知りたかったんだ。殺すつもりは無かった」

「あ、それ今更言うんだ。まあいいや、あれもう気にしないからいいよ」

 真面目だねと意外そうな表情を浮かべる新戸。

 ぬらりくらりとした掴み所の無い態度が、どうも大嫌いな同僚と重なって見えてしまうのが癪だが、話がいい流れに向かっていることに猗窩座はほくそ笑んだ。

 しかし、後に続いた一言で猗窩座は小守新戸という鬼の異質さを思い知る。

 

「……っていうかさ、俺にとっちゃ誰かに養われる日々を貫き通すのが一番大事だから。強さとか力とか別にどうでもよくね?」

 

 その一言を聞いた途端、猗窩座の顔から表情が抜け落ちた。

 彼は自分の耳を疑った。数百年生きて初めて聞いた、鬼という種族に属している以上は絶対に聞くことは無いはずの言葉。

「……お前は何を言ってるんだ?」

「だって何かわかんないけどダラダラしてたらいつの間にか強くなっててさ~。もう俺に鍛錬とかいう選択肢は無いの。人間の力の及ぶ領域を超えといてさらに上を目指すとか贅沢すぎ。はっきり言って時間の無駄じゃね?」

 新戸のぶっちゃけすぎな言葉に、猗窩座は放心状態となった。

 無限の修練も武の極みも〝至高の領域〟も、猗窩座の信念は小守新戸という異質な鬼を惹きつけることは決してない。()()()()()()()()()()()()なのだ。

「そうか……可哀想だなお前は。鬼の永き生を鍛錬に費やそうとしないとは。〝至高の領域〟に辿り着こうとは思わないのか?」

「これっぽっちも。現にプータローとしての至高の領域に達してるから十分だし」

 開き直りもいい加減にしてほしい言葉で、なおも拒否。

 プータローとしての至高の領域って何だと思ったが、猗窩座は口にしなかった。口にしたら負けだと思ったのだ、本能的に。

「そういう訳だからさ、真面目にやっても馬鹿を見るだけの生き方はしません。俺は楽して生きることにこだわるんで。――おわかり?」

「ああ、わかった」

 猗窩座は足下に雪の結晶のような紋様を出した。

 先程まで嬉々としていたのに、いつの間にか殺意に満ち溢れた笑顔を浮かべた相手に、さすがの新戸も身の危険を感じ、冷や汗を流して仕込み杖を構えた。

「戦わない鬼は殺す」

「今までの会話ガン無視しやがったコイツ!!」

 

 ギィン!

 

 猗窩座の拳を新戸の刃が受け止め、衝撃が周囲に走る。

 それを皮切りに、打撃と斬撃がぶつかり合う。

 幾百幾千の人間を喰らって不死性を鍛錬に充てた鬼の拳と、人間を喰らわず酒と煙草に不死性を享楽に充てた鬼の剣は、本来なら雲泥の差だ。それでありながら互角に渡り合えるのは、新戸の体質に答えがある。

 これはつい最近珠世に体を調べ上げられたことで知ったのだが、新戸は無惨から分け与えられた〝鬼の血〟の量が()()()多いという。鍛錬もロクにしない若い鬼でありながら高い戦闘力を有しているのは、注がれた血の量の多さが原因だという訳なのだ。

「新戸!! これ程の力、鍛錬せずにいられるわけがない!! 今からでも遅くない、鬼の永き生を享楽ではなく鍛錬に全てを充てろ!!」

「いやマジでダラダラしてたいから断る!!」

「なら俺が導いてやる!! 〝()(かい)(さつ)(らん)(しき)〟!!」

「ちょ、ま――」

 衝撃波を伴う拳打による乱れ撃ちを浴び、吹き飛ぶ新戸。

 左肩と右脇腹を抉られ、左手をもがれ、何度も跳ねながら地面を転がされる。人間であれば即死級の重傷だが、新戸も一端の鬼。血反吐を吐きつつも欠損した肉体を再生させ、立ち上がって猗窩座を睨んだ。

「ああ、もう……せっかくの着物が……! フザけんなゴラ、俺あんま血ィ流すの好きじゃねェんだよ!」

 新戸は、ビキビキと額に血管を浮かべた。

 先程までの昼行灯な様子からは想像もつかない怒りっぷり。愛用の着物をズタズタにされた仕返しを決意した新戸は、逆手に持っていた仕込み杖を順手持ちに持ち替え、血鬼術「追儺式」を発動した。

「アッタマきた、ぼてくりこかしてやる!! ――〝鬼剣舞(おにけんばい) (とう)(けん)()(くる)い〟!!」

 新戸は怒り任せに何度も仕込み杖を振るい、畳み掛けるように斬撃を飛ばした。

 大小様々な飛ぶ斬撃による集中砲火が迫るが、猗窩座は新戸を吹き飛ばした〝破壊殺・乱式〟で全て相殺していく。

 振るい、飛ばし、打ち砕かれる。

 斬撃は我武者羅に襲い掛かるが、その単調な動きに猗窩座は嘲るように笑った。

「どうした? 俺を殺すんじゃなかったのか新戸!」

「ペラペラうるせェ奴だな! 日の出が来るまで足止めするのはダメか!?」

「なっ!? お前、卑怯だぞ!!」

「女々しい言葉言ってんじゃねェ!!」

 馬鹿正直に真意を口にした新戸に呆れるが、猗窩座は内心焦っていた。

 斬撃を飛ばすという遠距離攻撃ができる新戸。現在進行形で飛ばしている斬撃は、破るのは容易いが数が異様に多い。日輪刀と同じ効果を持つ斬撃の嵐は、新戸の疲労が限界まで蓄積しない限り止むことは無いのだ。

 何より、抜け出せない。斬撃の嵐を止ませるには新戸を直接攻撃するか疲弊しきるのを待つしかないが、疲弊を待っては日光に焼かれてしまう可能性があり、直接攻撃しようにも斬撃が止まらない。

 しかも新戸は鬼だ。十二鬼月だろうと逃れ者だろうと鬼の不死性については同じであり、再生能力に優れ滅ぼす手段を持っていない以上は不毛。新戸の日輪刀を奪って頚を刎ねるという選択肢はあるが、そこまで間抜けではないだろう。

 斬撃を相殺しながら、猗窩座は顔を歪めて新戸に言い放った。

「小守新戸! 貴様の顔と剣、覚えたぞ! 次会う時は粉微塵にしてやる!!」

 猗窩座は新戸への殺害予告を口にし、轟音と共に姿を消した。

 その場に残るのは、新戸と粉塵、そして惨状と化した周囲だった。

「…………俺、し~らねっ!」

 新戸もまた、撤退を決めた。

 幸いにもケガ人はおらず被害を受けた家屋も空き家だったのだが、目が覚めて外に出た村人が驚愕のあまり失神しかける者も出ることになるのだが、新戸自身は知る由も無い。

 

 

           *

 

 

「――ってことがあってな! お前のせいでエライ目にあったんだよ!」

「やはり私の判断は正しかったようだ」

 二日後、産屋敷邸に自主帰還した新戸は耀哉の自室へ殴り込んで文句を言った。

 内容は大体八つ当たりだが、今回対峙した猗窩座の情報もきっちり伝えている。小守新戸はやる時はやる男であるのだ。

「あんなフザけた奴に殺害予告されたら博打も打てねェじゃねェか! 冗談じゃねェ!」

(博打は打たない方がいいんじゃ……)

 鼻息を荒くする新戸に、ごもっともなことを思う一家一同。

 しかし、そこは何だかんだ付き合いの長い天下のお館様・産屋敷耀哉。とっておきの切り札を用意していた。

「……新戸、残念だよ。私は君を信じ、その為に用意したのに」

「……!?」

 そう言って耀哉が取り出したのは、「賜」の文字だけが刻まれた白い箱。

 それを見た新戸は、今までにないほどに目を見開き、動揺を隠せないでいた。

「そ、それは……まさか……!」

「そう……「恩賜の煙草」だよ」

 新戸はゴクリと生唾を飲み込む。

 「恩賜の煙草」とは、皇室を表す菊花紋章が刻まれた特別な煙草である。一般には市販されず、叙勲者や園遊会の出席者、皇室の来賓への御土産や謝礼品として使用されている代物であり、新戸が手を伸ばしても届かない場所にある煙草なのだ。それをどうやってか耀哉は入手し、今目の前に見せつけた。

 その意味を理解した新戸は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「もし今後も引き受けてくれるなら、これを給料代わりに差し上げるよ」

「ぐっ……!!」

(それにしても、この程度で目に見える程に揺さぶられるなんてね。君も人間らしいじゃないか)

 鬼でありながら人らしさを失わない新戸の様子に、耀哉は微笑んだ。

 しかし後にこの出来事が柱達を始めとした鬼殺隊士に知れ渡ると、ほとんどの者が呆れ果てたり苦笑いせざるを得なかったとか。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸は煙草の銘柄に対するこだわりは無く、一日平均13本吸っている。
一緒に一服できる人間が周りにいないのが最近の悩み。

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