鬼は鬼殺隊のスネをかじる   作:悪魔さん

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遊郭編がスゴイ楽しみ!
ただ、頭無惨様のパワハラから始まってパワハラで終わりそう。(笑)


第八話 兄貴はやっぱり〝弟妹第一主義〟だよな。

 さらに月日が経ち、ここは吉原遊郭。

 男と女と見栄と欲、愛憎渦巻く夜の街。美貌と技能が価値基準の「花街」には、ある鬼が巣食っていた。

 その名は、()()。童磨や猗窩座と同じ「上弦の鬼」の一角で、多くの柱を亡き者にした強力な悪鬼〝上弦の陸〟である。彼女は今、吉原遊郭の「京極屋」の看板である蕨姫(わらびひめ)花魁として評判を博しているが、その陰では必ず美しい人間のみを捕食して力を増大させているのだ。

「蕨姫、入るよ」

 襖を開けて、京極屋の女将であるお三津が声を掛けた。

 蕨姫の姿で化けている堕姫は、不機嫌そうに返す。

「何よ」

「客だ。アンタを一晩買う男が来たんだ」

「客ぅ?」

 不機嫌そうに女将を睨めつける。

 ここ最近、美しい人間を喰らう機会が少ない堕姫。いつも以上に苛立っており、禿(かむろ)の少女達は震え上がっている。

 そこへ、堕姫を蕨姫として買った張本人が姿を現した。

「いや~、夜中に悪かったね女将さん」

(コイツ、確か無惨様が忌み嫌う逃れ者……!!)

 軽い調子で顔を出した男の姿を目にし、不快感が湧き上がる。

 敬愛する主人の鬼舞辻無惨が存在そのものを嫌い、そして接触はおろか目に入ることすら拒む程の異端の鬼・小守新戸。無惨を慕う者が集う上弦の鬼にとって、新戸は縁を切られたのをいいことに道楽にふけながら鬼殺隊に与する反逆者であり、童磨以外は殺意が湧いてくるからと抹殺対象に認定されている半端者だ。

 なお、無惨本人に童磨以外の上弦全員で申し出たところ「奴の馬鹿が移っても知らんからな。移ったら私に移すな」と遠い目をして投げやりな返答をされたのは秘密だ。

(見た感じは全然強くなさそうね……)

 詰襟と着物を合わせた出で立ちは、鬼殺隊士特有の衣装。その双眸は、鬼特有の縦長の瞳孔。しかし醸し出す雰囲気は、鬼狩りや人喰い鬼というより、道楽にふける遊び人。

 隊士が持つ日輪刀と思しきものは見当たらず、持参している物は杖一本。明治からの流行や風潮に乗ってるのだろう。

 掴みどころのない飄々とした態度や警戒心の無さに、堕姫は拍子抜けだった。

「お客さん、くれぐれも機嫌を損ねないでおくれ」

「んな野暮なマネしないよ。一番の売れっ子さんに何かあったら大変だ」

 ケラケラと笑って手を振る新戸に、お三津は不安そうな顔をしつつも下がった。

 部屋には、帯鬼(だき)ズボラ鬼(にいと)の二人っきりとなる。

「こんばんは、蕨姫。噂以上の美しさだ」

「アタシを買ったのがアンタ? 想像以上の不細工ね、死んだ方がいいくらいに」

「そりゃ悪かったね。世の中死んでほしい奴がしぶとく生き残るんだ、我慢してくれ」

 腰を下ろし胡坐を掻く新戸。

 その無防備さに内心嘲笑うも、鬼狩りの情報を少しでも得ることで無惨に貢献しようと、あくまでも蕨姫として接する。

「アタシを抱くのかい?」

「いやいや、ただ日本一の傾城と酒飲んでくれるだけで十分さ。どんな安い酒でも、別嬪さんに酌してもらえりゃ美酒に早変わりってヤツ。それに不細工に抱かれるのは性に合わないだろ?」

「ふぅん……」

 ――何よ、意外と物分かりいいじゃない。

 美しさにこだわり続ける堕姫にとって、新戸の言い分はどこか感心できた。

「まあ、まずは一杯やろうか」

「……ふんっ」

 新戸は盃を手にし、堕姫がそこに酒を注ぐとグイッと一気に飲み干した。

「基本一人酒だけど、女性に酌してもらうとやっぱ違うな」

「……そう」

 堕姫は悪意に満ちた笑みを浮かべる。

 このまま酒を飲ませ続ければ、口も軽くなって重要な情報を出してくれるかもしれない。酔い潰してしまえば、あとは煮るなり焼くなり好きにできる。反逆者を葬ったとなれば、無惨様も自分を褒めて血を分けて下さるに違いない。

 そう思いながら、妖艶な仕草で煽り新戸に酒を飲ませ続けた。

 

 

 一時間後。

(何で酔い潰れないの!?)

 堕姫は癇癪を起こしたくなった。新戸の酒の強さを見誤っていたのだ。

 大きめの酒瓶が周囲に転がり、部屋は途中から吸い始めた煙草の匂いで充満している。愛煙家な上に酒豪という、体に悪いモノをこよなく愛する新戸に、むしろ自分の方がやられそうになる。

 しかもウブそうに見えて女への耐性がかなり強い。彼女の美貌は気が弱ければ失神し、耳に息を吹きかけられれば失禁する程で、実際新戸にも何度も色仕掛けをした。だが大抵はくすぐったい様子であり、鼻血を一滴たりとも流さないという意外すぎる耐性が発覚。

 正直言って面目丸潰れであり、新戸に対して殺意が湧いてきた。

「……大丈夫?」

「っ! な、何でもないわよっ」

「ならいいけど……」

 そう言って本日8本目の煙草を吸い始める新戸。

 酒を浴びるくらい飲んでもピンピンしているどころか口を中々割らない相手に、そろそろ限界を迎えそうになる堕姫だったが……。

「蕨姫ちゃん、ちょっと仕事絡みの悩みあるんだ、聞いてくれないかな」

「っ! ――私でよければ、何でも聞いてやってもいいけど」

 新戸がそう言った途端、堕姫の目の色が変わった。

 ようやく本丸だ。産屋敷の情報も青い彼岸花の情報も手に入る。

 思わず口角を上げる堕姫だったが……。

「ウチの上司の敵である鬼舞辻無惨っていう男なんだけどさ」

(無惨様!?)

 まさかの変化球(むざん)

 いきなり主人の話を振られたことに、驚きを隠せない。

「アイツ自分で動こうとしねェからどこにいんのかさっぱりわかんねェんだよ。何回かそこらの関係者に問い詰めても言えないの一点張りだし、知り合いから情報提供されても展開進まねェし、マジで何なんだよあのワカメ頭。珠世さんの言う通りの野郎だわホント」

 無惨のことをボロクソに言う新戸。

 正体を知ってようがいまいが、よりにもよって上弦の鬼を前に並べる罵詈雑言に、堕姫はビキビキと青筋を浮かべながら怒りを堪えるが……。

 

「あんな頭の足りんクソみてえな小物が頂点じゃあ、放っといても滅ぶなありゃあ」

 

 とどめの一撃が炸裂。

 堪忍袋の緒が切れた堕姫は、鬼の本性を剥き出しに激昂した。

「あの御方をそれ以上侮辱するんじゃないわよ!! 殺すわよ逃れ者風情が!!」

「…………今何つった?」

「……ハッ!」

 きょとんとした顔で新戸に問われ、堕姫は思わず両手で口を押えた。

 ハメられた。自分が鬼であることがバレてしまった。

 動揺を隠せない堕姫に対し、新戸は喉を鳴らして笑った。

「詰めが(あめ)ェんだよ。鬼いちゃんはお前らが思ってるよりも手強いのさ」

「っ……ハメやがったわね!」

「そのつもりで喋ってたからな」

 ケラケラと愉快そうに笑う新戸にしてやられた堕姫は、血鬼術を発動して帯を振るう。

 鋼の如き強度と刃の切れ味、優れた柔軟性を合わせ持つ帯が四方から襲いかかるが、新戸はすかさず杖に手を伸ばす。

 

 ザザザザザン!

 

「〝鬼剣舞(おにけんばい) (もん)()(まい)〟」

「っ!! 帯がっ……」

 新戸も血鬼術を発動。抜刀と同時に発生した斬撃で天蓋を作り、四方からの帯の攻撃を全て防御しながら斬り刻んだ。

 全方位への防御と発動の早い迎撃に、堕姫は想像だにしない実力を目にして顔を歪めた。

(日輪刀を仕込んだ杖……!!)

 日輪刀を駆使する鬼と、上弦の名を冠する鬼。

 鬼同士の戦いは不毛とされているが、鬼殺しの武器の扱いに長けた新戸となれば、多少状況が変わる。

 お兄ちゃんを呼んだ方がいいかしら……そう堕姫は悩むが、新戸は違った。

「まあ待て、俺ァ今日は個人的な用事で来ただけだ。()()嬢ちゃんの頸を()るつもりはねェ」

「は?」

「言ったろ? 死ぬ前に一回は面と向かって会わねェと損するかなって」

 つまり、今夜はあくまでも酒の席であって、任務でも調査でもないというのだ。

 あんなに殺気立ってたのが馬鹿馬鹿しくなり、堕姫は盛大に溜め息を吐いた。

「ハァ……アンタ、何しに来たの?」

「いきなり殺しに来たじゃじゃ馬に言う義理は無いかな」

「ぐっ……!」

 完全に手玉に取られてしまい、堕姫は憤慨。

 すると新戸は、本性を露わにした堕姫に意外な質問をした。

「なあ、蕨姫ちゃん」

「何よ!」

「蕨姫ちゃんには家族っている?」

 唐突な質問に、呆気にとられる。

 要求したのは、鬼舞辻無惨の居場所でもなければ、上弦の詳細な情報でもない。堕姫に身内はいるのかどうかという、どう考えても関係の無い内容だった。

「……アンタに何の関係があるのよ?」

「最後に一つだけ尋ねたいだけさ」

 新戸は煙草の煙を吐くと、堕姫に尋ねた。

 

「もしもの話なんだけどさ……不倶戴天の敵に追い込まれて、自分を拾った主人とこの世にただ一人の弟妹どちらか助けてやるって言われたら、兄貴、又は姉貴だったらどっちを選ぶと思う?」

 

「…………!!」

「……ゴメン、変な質問だったね」

 新戸はおもむろに立ち上がり、仕込み杖を手にして襖を開けた。

「次会った時は、思いっきりドンパチするだろうから。そん時ゃよろしくね~」

 手をヒラヒラと振り、上機嫌に新戸は階段を降りていった。

 

 

           *

 

 

 京極屋を出て、花街を後にする新戸の背中を堕姫は本来の姿のまま見つめる。

 その直後、彼女の帯の中から痩せ細った体とボサボサ髪が特徴の鬼が現れた。

 堕姫の兄であり、共に〝上弦の陸〟の数字を与えられている妓夫(ぎゅう)()(ろう)だ。

「……アレがあの御方の言ってた逃れ者かあぁぁ。妹をハメやがってぇ、思ったより質の悪いやろうだぜぇぇ」

「……お兄ちゃん」

「何だぁ?」

「……あの御方と私、お兄ちゃんはどっちが大事?」

 妹から振られた話題に、妓夫太郎は困った表情で顔を搔き毟った。

 鬼になる前……人間の頃から全く愛情の類が与えられない絶望的生い立ちだった妓夫太郎。彼にとって妹は誇りであり唯一無二の存在で、無惨は鬼という行き場を与えてくれた大恩ある存在。厳密に言えば鬼にしたのは童磨だが、無惨は自分達のことをお気に入りと評している節があったので、兄妹揃って尊敬している。

 しかし、いざ無惨と妹どっちが大事かと問われると、さすがに答えに詰まるというものだ。

「……難しいこと訊いてくるようになったなぁぁ。どっちも大事なんだがなぁぁ」

 頭の足りない面がある妹の成長か、それとも無惨が嫌う変化か。

 どちらにせよ、新戸という異端の鬼の影響力は無視できないと感じ取った妓夫太郎だった。

 

 

「遊郭の鬼は見込みあり……な~んだ、やっぱ人も鬼も兄貴は〝弟妹第一主義〟か」

 新戸は帰り道、ニヤリと笑みを浮かべていた。

 そう、新戸の真の目的は鬼の味方を増やすこと。上弦の鬼を鬼殺隊の戦力として利用するという、掟破りの戦術を確固たるものにするため、鬼の伝承や各地に根付く都市伝説的な噂話の〝舞台〟へ足を運んでいたのだ。

 絶対的な主君・鬼舞辻無惨とかけがえのない存在を天秤にかけ、後者を選べる鬼を絆す。鬼殺隊の根本を覆す一線を越えた考えを実行できるのは、新戸以外にいないだろう。

(全ての物事には等しく例外は存在する……てめェとはオツムの出来が(ちげ)ェんだよ、ワカメ頭)

 酒が入って上機嫌になった新戸は、口笛を吹きながら夜道を行くのだった。




【ダメ鬼コソコソ噂話】
新戸に対する鬼側の評価は以下の通り。

無惨→馬鹿が移りそうだから会いたくない。死んでほしい。
黒死牟→反逆者。強さは認めるが無惨様に馬鹿を移さぬように殺す。
童磨→親友。救いようのない一面もあるが、一緒にいると楽しい。
猗窩座→決して相容れない思想信条を持つ相手。戦わない鬼だから次会ったら粉微塵にして殺す。
半天狗→ドがつく程の極悪人。非道ぶりは鬼狩り以上。会ったら殺す。
玉壺→高尚な作品を金にして道楽で還元するクズ。会ったら殺す。
妓夫太郎→反逆者だが興味がある。殺す時は殺す。
堕姫→反逆者だが意外と物分かりいい奴。殺す時は殺す。
鳴女→無惨様が嫌う相手だから会いたくない。殺せと言われたら一応殺す。

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