「あぁああああああ! うぁああああああ……!」
悲痛な慟哭が蝶屋敷に響き渡る。肉親に先立たれた男の悲嘆――そう思わせるほどに声には真が迫っていた。
しかし我らは鬼殺隊。対峙するは悪逆非道の人食い鬼なれば、真っ当に畳の上で最期を迎えられる人間の少ないこと。誰しもが道半ばで惨たらしく果てることを覚悟のうえで、この修羅道を歩んでいる。
――――そう、すなわちこれは当然の帰結、因果応報、必然の産物。なれば我々はただ嘆き立ち尽くすのではなく、流した涙の分だけ歩を進めねばならぬ。
立て、立つのだ、
「違うでしょ相模ざぁあぁああああん!!! わかってて言ってるでしょ相模さぁあああん!?」
「はて?」
泣きはらした顔をこれでもかと歪めて絶叫する鍛島さん(ひょっとこ面ゆえ見えぬ)に、私は何のことやらと首を傾げた。
鍛島さんが涙ながらに抱きしめているのは真っ二つになってしまった私の日輪刀だ。役にも立たないし帰りの道中で捨ててしまおうかとも思ったのだが、希少な鉱石を使っているらしいしととりあえず持ち帰ったものである。
鎹鴉越しに鍛島さんに宛てて報せを出し、急ぎ来てもらうよう計らってもらったのが数日前。
しかし何だね。折れた刀を見せた途端にこのありさまだよ。いったい何が彼をここまで駆り立てるのだろう?
「ワタシはねえ! 刀が折れたことに文句があるんじゃないんですよ! 剣士さんが生きて帰ってこられたならそれでいいって! そう思って刀打ってるんです!」
「よい心構えかと」
「でもねぇ! でもねえ!! なんなんですかコレ!? いったい何をしたんですかコレ!?」
床に置いた刀を指差して鍛島さんが叫ぶ。
「こんな
……あー、これか……。
彼が激怒する理由を察して納得する私。そしてそんな私を見て更にハッスルする鍛島さん。
「元の二割! 二割以上擦り減ってるじゃないですか!? 普通廃棄ですよこんなの! 何をどうしたらここまで酷使できるんです!?」
「……替えの利かない刀だし……西国を回ってる時は打ち直しには出せなかったし……まぁ、問題なく鬼の頸は取れてたから……その……ついもったいなくて、なんやかんやで研ぎ減りしていったというか……」
「なんやかんやしてないで帰ってきたときに出してくださいよ! あぁここ心鉄が見えてる!? よくこんなので鬼が斬れましたね!?」
うむ、まったくの正論である。
私って一つの武器を長いこと使うってことがなかったから、こういうのの勝手がよくわからなかったのよね。イススィールだとハクスラ万歳で得物はとっかえひっかえだったし、よほどのことがない限り耐久限界になる前にオークションで売り払っていた。
同じ武器を半年以上使ってたことなんてなかったんじゃないかな。おかげで変なあだ名まで頂戴してしまったのは黒歴史です。
「師匠、流石にこれは酷いよ。私はすぐに打ち直し頼んだのに」
傍らでそんな刀の様子を見ていた真菰からもドン引きの一言。でも彼女の刀も相当な痩せっぷりだったんだけどね。
いやまぁ、確かに仕切り直しを強要するために割と雑に使った覚えはあるけどね。鬼の血鬼術をまるっと斬ってから真菰を峰で吹き飛ばしたり、むしろ鬼の方を殺さないように四肢を滅多切りにして再生までの時間を稼いだり。
一年で70討伐のうち真菰と半々で分け合いはしたけれど、頸じゃないものを斬った回数なら三、四倍は違うんじゃないかしら。
「――まぁ、それはともかく」
「えぐ……うぐ……ともかくにしちゃダメでしょ……」
「ともかく! ――――鍛島さんには新しい刀をお願いしたいんですが、少々口を出させてもらおうかと」
なおもべそをかきながら言いつのる鍛島さんに改めて仕事の依頼を伝える。
私だって今回の戦いに思うところがあったのだ。三角巾で吊るした右腕はまだ動かないし、不便さを思うたびにあの六つ目鬼に対するムカつきが蘇るようだ。
「なに、大した要望ではありませんよ」
「伺いましょう。ただ、ワタシも若輩ですので、大それた仕掛けは勘弁願いたいのですが」
「変な仕掛けは無用です。多少重くなってもいいので、刀身を幅広肉厚にしてください」
「…………。それだけですか?」
私の要望が意外だったのか、拍子抜けした表情で訊ね返す鍛島さん。よほど変な刀を作らされると思ったのだろうか。
しかしそんな変則武器なんぞお呼びじゃないのです。壊れたときに代わりがすぐに用意できない得物なんて危なっかしくて扱えんわ。
「では、重ねて要望を。抜刀しやすいように反りを深く刃渡りを短めに。実物なら……国広が近いのかな?」
「国広って……堀川ですか? 大業物じゃないですか。そんなものを例に出されても……」
泣き言は聞きません。さっき物足りなさげにしてたんだからそれくらいやりなさい。資料なんて伝手でも何でも使って取り寄せたらいいじゃない。
大体、彼は流星刀のために論文まで取り寄せるほどの鍛冶キチである。出来ないなんて言わせるものか。
「――早い話が、同太貫の頑強さと国広の抜きやすさを両立させろ、と」
「無茶を仰る!」
知らん、やれ。
泣き言を言い重ねる鍛島さんにひらひらと手を振って話を打ち切る。むしろ本題はここからなのだ。
「それで――――持ってきたんですね?」
「…………」
気まずそうに黙り込む鍛島さん。しかしそっぽを向く方向が上向きじゃなく畳の方を向いている。これは忘れたのではなく持ってきたが渡したくないのポーズと見た。
私は左手を突き出して例のブツを催促した。
「鎹鴉に言い含めてあったでしょう。流星戮を返しなさい」
「べっ、別に他の刀でもいいでしょう? 代わりの数打ちなら持って来てますし……」
往生際悪く食い下がる鍛冶キチ。そんなにアレを手元に置いておきたいのか。
「代わりの数打ちなど無用です。傷が癒えるまで任務には出られないし、だったら日輪刀なんて持っていても無駄です。むしろ今必要なのは護身に使える刀だ」
「護身に使えるかなぁ、あれ……」
真菰が何か言っているが気にしない。
それに性能を一番把握できてるのは何だかんだであの刀だからね。伊達に
「それに、折れた刀の根元の方は差し上げてるでしょう。摺り上げた切っ先の方はいい加減返してください。もう一年も預けたままなんですよ?」
「そっちは鉄珍さまが神棚に上げちゃって自由に見られなくなったんですよう……」
涙目ですすり上げながら鍛島さんは、脇に置いていた木箱から一振りの刀を取り出した。
漆塗りの鞘に収まった素朴な外見の脇差だ。刃渡りは大脇差に届くかどうか、といったところだろう。
「……だいぶ摺り上げましたね」
「元のは刀身は三尺以上ある大身でしたから。もったいないと思いつつ大胆に仕上げさせてもらいました」
受け取り、鯉口を鳴らして刀身を露わにすると、見慣れた刃紋が顔をのぞかせた。
刃毀れも歪みも無し、丁寧に磨きこまれた刀身は鏡のように私の顔を写しだす。
「――――結構。よい仕事ぶりです」
満足げに笑い、私は片手で金打の音を響かせた。
――血に飢えている。しんと冷えた胸の奥で、何かが渇く気配がする。
蝶屋敷の一室を相模と真菰が私物化しているという事実は、しのぶの新たな頭痛の種となっていた。
いつの間にやら部屋を占拠し寝泊まりするし、どこで拾ってきたかもわからない私物が気付いたときには山積みになっている。仮にも世話になったことがある手前、そのあまりの堂々っぷりにアオイも処分していいものやら迷う始末である。
先日などは鍛冶の里から鍛冶師を呼びつけて何やら言い争っていた。そういうのは自宅か、自宅がないなら鍛冶の里でやってもらいたい。
というか、二人は決まった拠点をこの一年まったく持っていなかったという。西国を駆け足で巡っていたのだから当然といえば当然ではあるのだが、若い身空の女二人がそんなでいいのか、と嘆きたくもなる。
しかしそれとこれは別というか何というか、許可もしてないのに我が家の一室に私物を置いて行かれる身になると、色々と困るのも確かだ。
「――あぁ、しのぶ。いいところに」
そして今日、通りがかったところを相模に呼び止められたしのぶは、新たな頭痛の気配を感知した。
相模が重傷を負って患者として蝶屋敷に滞在し始めたのは数日前の話だ。怪我の容態は酷いもので、筋肉と神経、そして腱までズタズタにされた上に骨までが削れていた。
はっきり言って再起不能の重傷である。剣を持つどころか将来箸をまともに持つことすら難しいだろう。いくら怪力を誇り剣の腕が優れていようと、利き腕がここまで破壊されればおしまいである。白峯相模の剣士としての人生は終わりを告げた。
常ならば引退して一般人として鬼殺から離れるか、隠として陰ながら鬼殺を支援する役職に就くか、あるいは育手として後進の育成に励むか……とにかく一線は引くことになる。柱ですらそうなのだ。
だというのに、相模は動かない右腕を首から吊るしたままへらへらと気楽な様子で蝶屋敷をうろついていた。緊張感のないことこの上ない。
「……なんですか、相模さん。私もこう見えて忙しいんですけど?」
「いいからいいから、大して手間はかけません」
しのぶの皮肉を物ともせずに受け流すあたり、こう見えて大物なのかもしれない。
そんなしのぶの内心をよそに、相模はおもむろに懐をまさぐり出した。
「ちょっと預かってもらいたいものがありましてね……えぇ、これです、コレ」
「……なんです、それ? リンゴ」
相模が懐から取り出したのは、丸々としたひとつのリンゴだった。
ただし皮が明らかに普通と違う。赤でも緑でも黄色でもない、
「新種のリンゴでしょうか? ごめんなさい、私リンゴの種類には詳しくなくて……」
「んー、新種というわけではないかなぁ。東北はそろそろ王林が開発されることだし、そのうち行ってみるとしますかね。――あぁいや、話が逸れたかな」
肩をすくめて相模が言った。
「天のりんごと言います。ちょっと変わった品種でね、向こうじゃ買い手がつかなかったんだよなぁ……ほら、あそこの連中って自分の種族にこだわりがあるのばっかりだし」
「てんのりんご?」
相も変わらず言いたいことがわからない。そもそも相手に理解させる気がないのではないのかとしのぶは思い始めるようになった。
現に今だって相模はしのぶのことなどほったらかしで独り言に没頭してるではないか。
「自分で食べるのも考えたけど……さすがにこれ以上不老不死とか御免だし……日本に来ても呪いは解けなかったし、下手したらリンゴで悪化するかもだし、そこらへん未知数なのよねぇ……」
「あの、相模さん?」
「おっと失礼。――とにかくこのリンゴ、時が来るまで預かってもらえますか」
「時が来るまでって、いつですか? 腐ったリンゴを持ち続けろって言うんですか?」
「大丈夫大丈夫。そのリンゴ、腐らないから」
また意味不明な言葉を撒き散らしている。
適当な神棚にでも乗せといて、なんて言語道断な台詞を垂れながら、相模は用は済んだとばかりに踵を返した。
その背中に、しのぶは言いようのない不安を覚えた。
まるで目を離した隙にふいといなくなりそうな、そんな儚い印象。およそ彼女を形容するにふさわしくない感覚だった。
「相模さん」
「んー?」
呼び止める。振り返った相模の顔は、いつもの気の抜けまくっただらけ顔で。
「――真菰さんが心配してましたよ。怪我を理由に師弟関係を解消させられるんじゃないかって」
「はっはっはっ、生意気なことを考えるなぁ」
相模は破顔して笑うと、
「百年早い百年早い。たとえ片腕でも今の真菰に後れは取らないとも。――うん、むしろいっそう気合いを入れて稽古をつけてやる」
今度こそ背中を向ける。るんるんと鼻歌でも歌い出しそうな足取りで。きっと彼女の頭の中では真菰を稽古と称してどういびってやろうか考えているに違いない。
しのぶもそれを見て踵を返した。伝えることはなにもないし、なにより、預かったリンゴを棚の中に収めておかなくては。
だから聞きそびれた。
遠ざかる相模の口から漏れた、枯れ果てた砂漠のように抑揚のない言葉を。
「――――あぁ、百年早い。アレに、私の命はやれないなぁ……なぁそうだろう、ルディリア?」