丁隊士と上弦の壱が交戦し、隊士が重傷の末逃げ延びたという。
この話題に対し、柱合会議での柱たちの反応は三者三様に分かれた。
一つは素直に隊士の身を案じ、鬼との戦いの詳細を聞きたがった者。
花柱胡蝶カナエ、砂柱石動甚平がこれにあたる。特にカナエは当の隊士が知り合いであることもあり、心から心配した様子で容態を気にしていた。
砂柱はそれが上弦であろうがなかろうが討ちきれなかった鬼の能力は周知されるべきだとし、隊士の損失自体忌むべきものであるからと形だけの心配を向けていた。
次に、頭からその報告を信じず、負傷し鬼を取り逃がした言い逃れに過ぎないと懐疑の目を向ける者。
風柱不死川実弥、岩柱悲鳴嶼行冥がこれだ。鬼殺隊の最高幹部ですら上弦の鬼と戦って勝利した記録はここ百年見当たらないのだ。隊士の中でも中堅に過ぎない丁隊士、それもわずか一年前に入隊したほぼ素人が上弦の鬼と遭遇して生き延びられるはずがないという、ある意味常識的な意見だった。
鎹鴉が鬼の詳細を観察していないことも尾を引いた。その隊士は鬼に遭遇してすぐに鴉を蝶屋敷へと飛ばし、鴉も彼女の気迫に押され諾々と従ったのだという。あと一拍でも逃げるのが遅れれば鴉は鬼の血鬼術で細切れにされていたというのだから責めようもない。人間の五倍の視力を持つという鴉の目でも、一目散に逃げ飛ぶ中で遠巻きに見ただけではその鬼が上弦か否かを判別することができなかった。
辛うじて確認できたのは、剣士風の装いと顔にかかる黒い痣、そして六つの目くらいである。
多少手強い鬼を十二鬼月と詐称して階級を上げようとする隊士は遺憾ながら存在する。本人の聴取や隠による調査によってそういった不逞の輩は退けているものの、鬼にまで十二鬼月を僭称するものもあり調査の手間を助長する悪弊となっていた。
最後に、判断材料の不足を理由に意見を保留する者。
いわば中立的な意見。そこに回ったのは音柱宇随天元と雨柱寒川靱負である。
特に音柱は元忍びという経歴上、自らが調査しなければ納得できない性質であり、それだけに彼は隠の報告と本人の証言をまとめた報告書を一笑に付した。これからしばらく音柱は任務の合間に当隊士の身辺を洗うことになるだろう。
「――この隊士、どうにも
寒川が呆れた顔で言った。三十路を手前にして柱の中では最年長の彼は、力量こそ岩柱に劣るものの一目置かれている。
そんな寒川に御館様はいつもの謎めいた微笑みで応える。
「そうだね。この子は随分へそ曲がりな性格のようだ。『必死で斬り合ってたのに目の数字がどうだとか見てる暇なんかありません。あとあの六つ目は私の獲物だから手出しすんな』……なかなか強烈な報告書だね」
「おう、派手に身の程知らずだな」
「南無。血気に逸る危うい若者とは……このままでは先が短い、何と哀れな……」
宇随が思わず目を丸くして本音を漏らし、ジャリ、と数珠を擦り合わせて悲鳴嶼が涙を流す。彼はいつも何につけて涙もろく、付き合っていては日が暮れるのではと義勇は常々思っている。
そこにすかさず不死川が畏まった口調で口を挟んだ。
「御館様。身の上も明らかでない隊士の虚言に付き合う必要はありません。捨て置くべきかと」
「でも、相模さんの剣の腕なら私も知ってるわ。呼吸は使えないけど、ただの鬼に後れを取るようには思えないもの。相討ちならまだしも取り逃がしただなんて……」
「胡蝶さん、取り逃がしたのではなく逃げ延びた、とありますよ。事実関係は客観的に把握しておかないと」
流石に言い過ぎと見たのか、蝶屋敷でその隊士の面倒を見ているカナエが擁護し、そんな彼女に石動が釘を刺した。カナエと同様に報告を肯定的に捉えている石動だが、当の隊士については興味を持たないようだ。
「私としてはこの隊士の容態が気になりますね。仮に相手が上弦だとしてもこの大言壮語、さぞかしすぐにでも復帰して鬼狩りに邁進して頂けるのでしょうね?」
皮肉げな石動の言に御館様が応えた。
「腕の腱を断たれ、再起は叶わぬそうだよ」
「これは……」
「南無……」
呆れた様子で石動が息を吐き、不死川が顔を歪め、悲鳴嶼が手を合わせた。他の面子もそこまであからさまではないものの落胆した様子だ。唯一カナエだけは立場上診療結果を知っていたためか、眉をひそめただけだったが。
御館様はいつもの謎めいた微笑で軽く目を細めると、
「――そう言えば、義勇の意見は聞いてなかったね」
そう言って唐突に義勇へ水を向けてきた。
「…………」
突然の指名に思わず硬直する。表情には出さなかったものの、このまま何も喋らずに会議を終えられると思っていた矢先の災難だった。
いったい何を語れというのか。会議の結果決まったことなら従うつもりだし、これといって伝えなければならない事項もない。正直な話自分は参加せずにあとで鎹鴉越しに要件だけ伝えて貰ってもいいのではないかと思うほど。
自分が率先して意見を発するのが苦手だといい加減皆知っているだろうに。
「どうしたァ冨岡、御館様からのご下問だぞ」
不死川がドスの利いた声で問い質してきた。柱に就任したばかりの頃は御館様への反感を隠しもしない尖りっぷりだったというのに、いつの間にか見た目怖い番犬のようになってしまった。猛犬は怖いので苦手だ。御館様に対するように自分にも接してはくれないかと切実に思う。
「冨岡、何か意見は?」
「南無……」
追い打ちをかけるように声をかけてくる寒川、そして何がしたいのか唐突に念仏を唱える悲鳴嶼。窮しているのがわかっているのなら助け舟くらい出してほしい。
助けを求めてちらりと横に目を向ければ、石動は澄ました顔で目を伏せていた。見捨てないでほしい。
目まぐるしく空転する思考の末に義勇は答えた。
「…………特には」
特にはない。語るべきことなどない。
そもそも自分がここにいること自体が場違いなのだと義勇は思う。この場にいる柱たちは、最終選別を潜り抜け正規に経験を積んだ上で成り上がった確かな実力を持った剣士たちだ。数合わせ、穴埋めでこの場にいる自分とはまるで異なる。最終選別で一体の鬼も斬れずに、友を犠牲にして生き残った半端者とは比べることもおこがましい傑物たち。
そんな彼らに、わざわざ自分が賢しらぶって言葉を呈するなど、滑稽以前の問題だ。
だから何も語ることはない。意見などない。これでいい。
胸中で結論を出して終わった気分になる義勇。心なしか肩にかかる重圧が軽くなった気がする。自分の意見は言い終わったのだから後は帰るだけだ。
ほっと一息ついた義勇にカナエが苦言を呈した。
「冨岡君、『特には』じゃダメでしょ。真菰ちゃんの師匠なのよ?」
「俺には関係ない」
「真菰ちゃんとは関係あるじゃない!」
それとこれとは話が別だと思う。あとどうしてカナエがそこまで怒るのかわからない。
プンプンと音が聞こえそうなほど頬を膨らませるカナエをよそに、義勇は思案に暮れた。
――真菰、今は鱗滝真菰。義勇や錆兎とともに鱗滝左近次から教えを受けた、水の呼吸の使い手。いわゆる妹弟子。
弟子入りの時期がずれていたこともあって、ともに過ごした時間はそれほど長くはない。人と接するのが苦手な義勇よりも、堅物ではあるが誠実な気質の錆兎の方によく絡んでいた記憶がある。良くも悪くも独特な性格で、ともすればふいといなくなって近くの茂みで花を摘んでいるような、そんな捉えどころのなさがあった。
錆兎からは尻を叩かれ、真菰からは悪戯でからかわれる――鱗滝門下で過ごした日々は大体はその繰り返しで、ひょっとしたら自分は二人から舎弟のように扱われていたのかもしれない。……そう考えるといささかむっと来るものがある義勇である。
真菰の使う剣は……一言で言えば、鋭利で柔らかい。
精度なら錆兎の方が上、勢いと圧も錆兎が上だ。錆兎の剣の特徴は相手に物を言わせず勢いに巻き込んで倒すというものだから、それも当然ではあるのだが。
ただ、全体的なすばしっこさは真菰の方がやや上だった。未成熟ゆえの体力のなさからすぐに息切れするものの、動きを追いきれず死角から襲いかかる剣に何度も肝を冷やした覚えがある。
押し込んだ時の反応も、負けじと押し返してくるのが錆兎で、鍔ぜり合おうとせず勢いを利用して身体ごと剣を翻してくるのが真菰だ。
……こう考えてみると、同じ水の呼吸の流派でも個人でだいぶ違いが現れるのだとわかった。
だからこそ――
「やっぱり駄目だ」
「何が駄目なんだオイィ」
不死川が何か言っているが気にならない。
義勇は自らの思考に没頭した。
――――そうとも、今の真菰の状況はよろしくない。
真菰は、
義勇の知る限り水の呼吸の使い手で最も才能に満ちていたのは、錆兎を除けば真菰を置いて他にない。それは義勇が鬼殺隊に入ってからこれまでに出会った水の呼吸の剣士全体を見て得た結論だ。
才に乏しい自分がこの地位に居座るよりも、真菰に明け渡した方がよほどふさわしいと義勇は考える。
だというのに、真菰は新たに別の師を迎え水の呼吸から外れていこうとしている。正統から離れようとしているのだ。そして当の師とやらは実力定かならず、そして今回の件でかたわとなった。
いい加減、潮時ではないか。
白峯相模、その人間を見極め、真菰を預けるにふさわしいか確かめなければ。
もしその白峯隊士が口ほどにもない半端者であるなら、真菰を引きもどして水柱とするよう働きかけるべきではないか。
そうだ、それがいい。そうしよう。
義勇は示唆を与えてくれた柱たちに感謝しつつ、思い付きを行動に移すべく腰を上げた。
「所用を思いついたのでこれで失礼する」
柱たち全員の説教から義勇が逃れられたのは、それから二時間後の話である。