幾重にも舞い、夢知らぬ骸築く   作:鷹原霧

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13 危剣

 春がきたら東北に行くことに決めました、まる。

 

 あけましておめでとう。私の気分は未だ最悪です。

 右手が動かず肩から吊ったまんまだし、そのせいか稽古の際に真菰に一本取られることが増えてきた。さすがに左手だと勝手が悪いのかな。

 この間なんか連ネ血桜が躱されたものだから、つい勢い余って抜けてきたところを来居(くお)リ閂(かんぬき)で昏倒させちゃった。また私の手札がひと開示……

 

 それと、蝶屋敷の一角に溜め込んでいた私物がまるっと処分されてたよ。京都で買った安い扇子とか浅草の雷門で買った提灯とか、大宰府で買った木刀とか。ついつい出先で買ってしまう修学旅行のゴミ土産みたいなアレだ。別に惜しいものじゃないし、すっきりした部屋を見たときは感心したくらいだから怒ってはいないけども。

 言うまでもなくしのぶの仕業だね。あとやたら当たりの強い隊士の神崎カオリも一枚噛んでると見た。

 なんでも彼女、最終選別を生き残ったはいいものの、それがトラウマになって鬼殺が出来なくなったんだって。だから蝶屋敷の介助役としてカナエやしのぶのお手伝いを邁進しているのだとか。やっぱあの最終選別、根本的に改善が必要なのでは?

 必然、この胡蝶姉妹が任務で留守にしているときは彼女が屋敷の責任者ということになる。

 

 私もほぼ押しかけじみた強引さでこの屋敷にお世話になってる身だし、カオリとは仲良くしたいな~なんて思っていたんだけど、昼間の彼女は忙しく屋敷内を走り回っていることもあってなかなか接点を持てない。お土産にお菓子とか棚に置いておくと食べてくれるし、後でお礼も言ってくれるから嫌われてないとは思うんだけど。

 一番長く話が出来たのは右腕を怪我した時のあれやこれやだ。傷口を消毒したり包帯を変えてくれたりの時にちょっとだけ話し込むくらい。人間関係って難しいね。

 

 

 ……うん、そう。人間関係は難しい。

 だから別に、初対面の人間と行き違いがあったとしても私は気にしない。イススィールでも初見の相手とすれ違って殺し合いになったことは散々あるし、そのたびにディグラットに半殺しにされたものだ。訳もわからないうちに過去の時空に紛れ込んで、知り合いのバカップルの片割れが惨殺される場面に出くわしたことさえある。あのオンテニフの激昂ぶりは凄まじかったなぁ。

 

 ――――で、人間関係といえばなんだけど。

 

 

「あのー……」

 

「…………」

 

 

 私の前には、伸ばし放題の長髪を首の後ろでまとめた耽美系イケメン剣士が佇んでいた。無言で。

 鬼殺隊の隊服の上に小豆色と亀甲柄を半分ずつにした羽織。よくわからないセンスの持ち主のようだ。

 愛想よく声をかけてみても返答は沈黙。うんともすんとも返しゃしねえ。どうすればいいんだこいつの相手。

 

 

 ――事の発端は数時間前のことだ。

 あの六つ目鬼との戦いで身体がなまりになまっていることに気付いた私は、本格的に身体の錆を落とすために武者修行を思い立った。

 というわけで東北行きます。八甲田山に籠ります。ついでに恐山や岩手山にも行って来たり、十和田湖で軽石拾ってお土産にする所存です。温泉とかあるといいなぁ。

 

 そのことを真菰に伝えてみると、当然というかなんというかとても微妙な顔をされた。まぁ私も気持ちはわかるよ、大事な鬼殺の任務ほっぽり出してどうするんだっていうのはさ。

 でも考えてみて欲しい、この一年西国をぐるっと早足で巡ってみたけれど、それでも70を超える鬼の頸を取ってきたのだ。比較的鬼の数が少ない西国でである。

 そして東北はド田舎とはいえ関東からほど近い東日本。これはひょっとすると西と同じ数だけ鬼が見つかるかもしれないぜ?

 そう意見を伝えると、真菰は渋々ながら賛意を示してくれた。聞けばやはり鬼殺隊の行動範囲は関東が中心であるらしく、その範囲外は隠が散発的に情報を集めてはいるものの、人手不足で隊士を送り込めずにいるのが現状らしい。ほらぁ……

 東北遠征は決して無駄にはならない。むしろ素晴らしい実入りのある旅になると私は今から確信している。それに、別に真菰が無理して付いてくる必要はないよと伝えたら、いっそ意固地な顔つきで意地でもついていくと返された。

 

 とはいえ、まだまだ春には遠い新春の季節だ。せめて梅が綻ぶころまではのんびりしようと決めていた。

 右手の傷は痛みは引いたとはいえ癒えきっていないし、真菰も階級が丁に上がった分だけ任務も忙しくしている。たまった仕事をここらでガーッと片付けて、後顧の憂いなく北に旅立つのが粋な旅人というやつだ。

 

 そんなこんなで、その時の私は蝶屋敷の縁側に腰掛けつつ暇つぶしにビーフジャーキーを齧りながらどんより雲を眺めていた。

 そんな折である。目の前のイケメン無口剣士が唐突に現れたのは。

 

 この男、前触れもなく突然に現れて、カオリに私への面通しを頼んだのだという。当然のごとく事前のアポは無し。初めての卒論のために取材に出た大学生かよ。

 冨岡義勇と名乗った剣士は言葉少なに私を外に連れ出した。手元には木刀が二つ。適度に広い中庭に出た彼は、持っていた木刀のひとつを私に投げて寄越した。

 

 …………は?

 

「は?」

 

「…………」

 

 咄嗟に左手で受け取ったけどさ。いったい何がしたいんだこいつ。さっきからなにも応えんし。

 素振りか? 素振りに付き合わせたいのか? まさかこの片腕吊ってる怪我人に試合を申し込もうなんて戯けた発想してるわけじゃあるまいし――

 

「行くぞ」

 

「は???」

 

【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】

 

 たわけた発想の野郎でした、ちくせう。

 

「わ、わわわっ!?」

 

 こいついきなり斬りかかってきやがった……!?

 低い体勢から地を這うように寄せてくる横殴りの太刀筋。慌てて持ち直した木刀で受け流し、返す刀で脇腹を殴打。かくなる上はあばらのひとつでも叩き折ってくれるわ――

 

【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】

 

「は???」

 

 こいつ避けやがった……ッ!?

 

 流れるような足運びによる回避。するりと太刀の軌道から逃れるさまは磁石の反発で逃げていく砂鉄のごとく。

 今の何や? 流流舞い? ちょっと待て真菰のと別物過ぎんか? なんでそんなフィギュアスケートよろしくギュインギュイン動くんだ。あっという間に間合いを外されたぞ。

 

「シィ……!」

 

 ちょっと頭にきました。気分は呼び鈴に応えて玄関に出たら逃げる小学生の背中を見たときのアレです。

 逸脱した脚力に物を言わせて肉薄する。驚きのためか男がわずかに瞠目した。しかし身振りに淀みなく、真っ向から撃ち落した私の剣に躊躇なく合わせてくる。

 

【水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦】

 

 くぐもった音を立てて木刀同士が激突する。都合三度打ち合い、すべてが拮抗。四度目に切り払った私の一撃を男は大きく飛びずさって躱した。

 

「――――そうか」

 

 理解する。この男の剣の特徴、同じ流派である真菰のとの相違点。

 この冨岡義勇という剣士、型(・)の(・)繫(・)ぎ(・)が(・)恐(・)ろ(・)し(・)く(・)巧(・)い(・)の(・)だ(・)。

 真菰ですら技を出す直前は構えからの硬直がある。呼吸の溜め、筋肉の強張り、意識を切り替えるなにがしかの条件反射。私だって連ネ血桜を撃つ際はどうしたって気が構えてしまう。完璧にやるならば刃を返して引き絞る動作が欲しい。

 だというのにこの男はどうだろう。流麗な剣閃は水の呼吸を冠するように留まることなく、型から型へほぼ完璧な移行を見せた。

 真菰ならば一拍はあった技と技の間の隙。それを埋め潰した舞いのごとき戦闘技法。なるほどこれは別物に見えるはずだ。これが本来真菰が辿るべき道の果てか――

 

「――――っ」

 

【全集中 水の呼吸】

 

 飛びずさった男は留まることなく更なる大跳躍を見せた。宙を飛びながらの構えは大上段。落下の勢いを用いた斬り落とし――――なるほど、『滝壺』の応用か。あえて己を上に置き、敵の脳天を打ち据える一撃。

 しかしそれは悪手だったぞ。そうやって兎のように跳びかかられては、こ(・)ち(・)ら(・)の(・)迎(・)撃(・)を(・)ど(・)う(・)防(・)ぐ(・)?

 

「幾重にも舞い、夢知らぬ骸築く――」

 

「…………ッ!?」

 

 構えを取る。大きく開いた足、引き絞る左腕、切っ先は狙い定めるように宙の男へ。

 動揺する男の瞳。しかし今さらジタバタしたところで何ができるというのか。

 

【捌ノ型――】

 

「――――これが奥義。受けろ……ッ」

 

【秘剣 連ネ血桜】

 

 数多の剣閃、幻惑の桜吹雪。

 変幻自在の致命の太刀が、防ぎようもなく男のもとへ走り――

 

 

【拾壱ノ型 凪】

 

 

✿ ✿ ✿

 

 

 『凪』が間に合ったのは奇跡に近い。『滝壺』から強引に型を変え、女の放った正体不明な剣に合わせた。腕の骨が撓むかと思うほど無理のある移行だった。

 しかし、どうにか合わせられた。まるで風を受けて軌道を変える桜の花弁のような太刀筋、予測困難なそれを肌に刺さる直感に任せて凪ぎ落した。

 

 …………無理矢理の代償は、しっかりと味わわされたが。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 背中を襲う衝撃に義勇は苦鳴を漏らした。無理な態勢からの『凪』ではすべての剣圧を殺しきれなかったのだ。

 弾き飛ばされた先で受け身も取れずに転がされ、くらくらする視界の中で義勇は立ち上がる。

 

「これが……真菰の……」

 

 真菰の新たな師の実力。

 片腕であってなおこの剣技。こんな剣士が在野に眠っていたとは。

 

 いかに自分が井の中の蛙であったか思い知り、改めて柱という身分が己に分不相応であると噛みしめた。

 片や利き腕を負傷した、そして呼吸を使えもしない隻腕の剣士。万全の自分はそれに全力で挑み、編み出したばかりの拾壱ノ型まで使わされた。そして結果は未熟な『凪』ではいなしきれず、無様に地面を転がる始末。

 

 内心で感嘆しながら立ち上がり呼吸を整えると、義勇は女に向き直り――

 

 

「――――――あはっ」

 

 

 女剣士。

 構えていた。

 切っ先は先のように真っ直ぐに義勇へ。

 口元は喜悦に歪み、瞳は燃えるような殺気に満ちる。

 背筋に氷を突っ込まれたような悪寒が直感を絶叫させた。

 

 

 防げ。何としてでも防げ。

 さもなくば生きてここからは帰れない――――ッ!

 

 

 ――――幾重にも舞い、夢知らぬ骸築く――――

 

「…………ッ!?」

 

【秘剣 連ネ血桜】

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 一瞬の攻防。頬を撫ぜる太刀風。

 無数の斬撃は義勇の間合いに入ると同時にそよ風も同然に無力化される。

 傍から見れば何が起こったのかすら理解できない無音の鬩ぎ合い。義勇の心中は驚愕と困惑に満たされた。

 

「受け流した? ――いや、いいや違う。今のはそれじゃない」

 

 女が嗤った。口を引き裂くような笑みだった。

 あまりの豹変ぶりに義勇は言葉を失う。一瞬前までのあの鈍臭そうな女剣士はどこへ?

 

 幽鬼のような足取り。小刻みに頷きながら、誰に言うわけでもなくブツブツと。

 

「躱すでも流すでもない。そもそも勢い自体が消えて失せた。完全に削ぎ落とされた。エイクドですらここまではいかない……概念否定の類? 否、これはあくまで単なる剣技。こんな風に――――!」

 

「な――――!?」

 

【秘剣 連ネ血桜】

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 抜く手も見せずに放たれた絶技。否応なく対応を迫られた義勇は咄嗟に『凪』で相殺する。

 目まぐるしく行き交う木刀と木刀。絡み合い勢いを殺し合う双方の剣技。

 

 確信する。二度の激突で得た予感は三度目の鬩ぎ合いで確信へと変わった。

 この秘剣は、『凪(・)』で(・)な(・)け(・)れ(・)ば(・)防(・)げ(・)な(・)い(・)――――。

 

「ハハッ! あぁ、そうか!」

 

 女が哄笑を上げた。憑りつかれたような声だった。

 

「だいぶ見えてきた! なるほど、素晴らしい! 試みのない奥義だ……ッ!」

 

「何が――――!」

 

 返答は無言。ゆらりと踏み寄る女の足、バタバタと音を立てる臙脂の羽織が豪剣の気配を放つ。

 また来る。あの秘剣が。

 

「さあ見せろ。また見せろ、その技を――――!」

 

「づ……ッ!?」

 

【秘剣 連ネ血桜】

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 四度目の交差。結果は三度と同様に。

 しかし明確な違いがあった。柔らかい土にめり込む義勇の爪先。

 ――――押されている。

 

「見事! なら角度を変えてみようか! はは。あぁ良し、もっとギアを上げるぞ……!」

 

 女の言葉の意味が分からない。それ以上に迫りくる危機感が理解する余裕を与えない。

 一瞬で踏み込んだ女の影。義勇の左手に回り込み、死角から背後に抜けようとする。迎え撃つ義勇の『水面斬り』はさらに深く身を沈めて躱された。

 入れ替わる二人の身体、向き直った義勇の視界には、既に構えを終えた女の姿が――

 

「お、ぉお――――!」

 

【秘剣 連ネ血桜】

 

【水の呼吸 拾壱ノ型 凪】

 

 柄にもなく声を上げる。雄叫びで心を奮い立たせでもしなければ、何度も続くこのやり取りについていける気がしなかった。

 一瞬の激突、一瞬で消失する剣の応酬。消し飛ばしたのは義勇だ。義勇が編み出した独自の剣技だ。主導権は握れていたはずだ。

 だというのに、これはどうだろう。押(・)し(・)の(・)け(・)ら(・)れ(・)た(・)。よ(・)ろ(・)め(・)い(・)て(・)た(・)た(・)ら(・)を(・)踏(・)ん(・)だ(・)。

 相殺しきれなかった女の剣が、着実に己の頸へ迫ってくる――――。

 

「これも防いだ! なるほど真菰が慕うわけだ! さぁまた次――」

 

「この――っ!」

 

 あの剣を撃たせるな。

 あれを受け続ければ、遠からず押し負ける。

 

 女の秘剣を正面から攻略する手を義勇は投げ捨てた。唯一あの剣を防げる『凪』も、数を重ねるたびに滝が岩を削るように圧しかかられている。今ならば押し負けてよろめく程度。しかしあと三度も防げば綻びが取り返しのつかないところまで来るだろう。

 受け手に回り続けても状況は好転しない。先手を取り続けなければあとはない。

 

【水の呼吸 拾ノ型 生生流転】

 

「おっと――――!?」

 

 渾身の袈裟斬りが余裕をもって捌かれる。まさに紙一重、完全に義勇の間合いと太刀筋は見切られていた。他の型を繰り出したところで同様にいなされるのは目に見えている。

 しかし、打ちかかり続けるたびに、その回数に比例して威力が増していく拾ノ型ならば。

 

 ――――ヒュゥウゥウウウウ……!

 

 呼吸を意識しろ、正念場でこそ基本に忠実に。

 回転を維持し、敵を追い立て、持久力と忍耐が限界を迎えるまで剣を振るえ。

 

「むっ……やはり真菰とは勝手が――あぁ、つくづく興味深い……!」

 

 正面からの打ち落とし、腰から独楽のように回転しての袈裟、一歩大きく踏み込んで跳ね上げる逆袈裟、頸を狙う切り払い。

 体を開いての躱し、蛇のように体幹を崩さぬ後退、逆に踏み込んでみせての捌き、顎を仰け反らしてのやり過ごし。

 

 届かない。舞いのように躱される――更に回転を上げる。

 払われる。まるで巌のような堅牢さ――更に剣圧に力を込める。

 

 女が何かを言っていたが、それを聞いている余裕などなかった。

 自らの呼吸と拍動の音だけで鼓膜が破れそうだ。骨が軋み、筋肉が引き攣りそうになる。

 目まぐるしく移り変わる視界。立ち位置が激しく入れ替わり、寸前に身を引いたところに木刀が擦過する。

 これだけやってまだ届かない。壮絶に口端を吊り上げた女は、限界まで威力を高めた義勇の太刀の軌道から悠々と逃れていく。

 

「そらァ――――!」

 

「…………ッ」

 

 気が逸れた。数瞬の油断を当然のごとく持っていかれた。

 薙ぐように蹴り払われた女の足刀。義勇の脇腹にめり込んでいた。

 骨は折れていない。しかし叩き込まれた衝撃が肺から酸素を押し出した。ゲフ、と悲鳴のような嗚咽のような声が喉から漏れる。呼吸が乱れる。常中が途切れる。

 柱にあるまじき失態に歯噛みする。ここに来て脚に蓄積した疲労が膝を突かせようと主張を始めた。

 

 ふざけるな、まだやれる。

 木刀の柄を潰さんばかりに握りしめて気力を籠める。震える足腰に鞭を入れ、改めて大きく息を吸って――

 

「頻闇(しきやみ)に堕ちた者の奥義を知れ――――」

 

 目前。

 左腕を首に巻き付けるように振り上げる独特の上段。

 見たことのない構え。しかし何が来るかは察せられる。

 未だ全集中は浅い。

 もはや『凪』は間に合わない。

 

【秘剣 刻ミ深槇】

 

「ぐぁ……っ!?」

 

 咄嗟に水平に掲げた木刀に三度の衝撃。

 踏みとどまれなかった。ざりざりと地面に轍を作り弾き飛ばされる義勇の身体。鳥居で受けた腕は雷に打たれたようにビリビリと痺れ、木刀を構えることすら困難だ。

 ――――いや、そもそも木刀は。

 

「――――――」

 

 ぴたり、と何かが鳩尾に押し当てられる。

 木刀の切っ先だった。

 女は構えていた。右腕の肘で峰を支え、柄尻を左掌で包み込むように。

 掌底で射出するように突きを撃ち込む気か。

 

 打って変わって表情のない瞳が見えた。練り上げた殺気のみが木刀を通して臓腑を轢き潰し背中を貫けるような感覚。

 いったい何を見聞きすれば、こんな人間が出来上がるのだろうか。ただ不思議に思う。

 

 防ぐ術はない。義勇の木刀は柄から先が粉々になった。

 右手に残る残骸と、左手に残る木片。これだけで挽回は不可能だ。

 

「――――――ッ」

 

 そ(・)れ(・)で(・)も(・)。

 

 思考を絶やすな。常に最善手を模索し続けろ。

 致命を凌ぎ、反撃に繋げられる手段とは。

 

【危(・)剣(・)――――】

 

 じっと、鳩尾に押し当たる切っ先が熱を持った気がした。

 来る。容赦なく躊躇もなく、木刀であろうが人間一人容易く串刺しにする一撃。

 義勇は手に残った木刀の柄を女の剣の腹に押し当て、全力で身をよじり――

 

 

【八千代(やちよ)ノちぎ――――】

 

 

「師匠……!」

 

「あらまっ!?」

 

 

 唐突に響いた何者かの声。

 よほどに予想外だったのか、相模は素っ頓狂な声を上げてバランスを崩した。目標を失ったまま撃ち出された木刀が見当違いの方向へ飛んでいく。

 ガゴ、という物々しい激突音。見れば木刀は十歩ばかり離れた木の幹に深々と突き刺さっていた。

 

「なるほど。これは引き分け(ワケ)、ということでいいのかな?」

 

「あぁ」

 

 どこかとぼけた口調の女に首肯を返す。片や得物は砕け散り、もう一方はあの有様。続行は不可能だろう。

 命の危険が去ったことに内心ほっとしながら義勇は振り返る。いきなり現れてこの手合わせを中断させた闖入者。何者なのかは声で予想がついていたが。

 

「師匠、義勇。こんなところで何をしてるの?」

 

 そこには、今にも怒りだしそうな不機嫌さを隠しもしない真菰が、頬を膨らませて仁王立ちしていた。




イススィールこそこそ噂話
【危剣(きけん) 八千代(やちよ)ノ契(ちぎり)】
霞ヶ丘にてエイクド・ロッソが振るった奥義のひとつ。
相手の正中から貫き永劫縫いとめるという突き技。
あくまで敵を削ることを念頭に置き、止めを刺すことに向かないため、鬼相手に振るわれることはないと相模は考えていました。
相模自身未熟なため単体相手にしか振るえません。ちなみにエイクドが振るった場合は全体攻撃になります。
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