幾重にも舞い、夢知らぬ骸築く   作:鷹原霧

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02 剣はペンより手っ取り早い

 その剣技を水の呼吸でたとえるならば、

 

 参の型 流々舞い

 玖の型 水流飛沫

 

 緩急自在に変幻し、縦横無尽の足運びによる回避と踏み込み。水は切れない、水は防げない。いかな豪剣をもってして斬り捨てようと、受け手の隙間を掻い潜り水は相手を濡らすのだ。

 一見すると、彼女の剣はその二つの型に似ていた。四方から襲い来る手鬼の腕、そのわずかな隙に身を滑り込ませ、舞うように踵を返す。軽やかな運足は重さを感じさせず、翻る剣の煌めきは目で追うことも難しい。

 

 ――――しかし。

 しかし、違う。()()は明らかに水の呼吸と異なっている。

 あの刃筋に水の呼吸独特のうねるような軌道はなく、むしろ急変しささくれるような太刀筋。いっそ無駄にすら見える異様な軌跡は、彼女に襲い掛かる腕の全てを斬り落としてみせた。

 

 季節外れの桜の花弁が舞い上がる。

 ――否、()()()()()

 これは血だ。あの手鬼に刻まれた傷から噴き上がった返り血だ。

 奇怪な太刀筋によって振るわれた彼女の剣、それが手鬼の身体に不思議な傷口を残し、飛び散る血飛沫が桜が舞うように見えたのだ。

 

「オ――――!?」

 

 引き攣った悲鳴を上げた鬼が、次の瞬間にはごろりと首を落としていた。向かい来る腕の全てを斬り落とし、怪腕すら巻き藁のように両断した女が、もののついでとばかりに打刀を一閃し首を刎ね飛ばしたのだ。

 どさりと倒れ伏す鬼の体躯、だくだくと流れ続けるどす黒い血は勢いを止めることもなく。

 

「きれい……」

 

 真菰の口から感嘆の声が漏れる。目の前の光景がまるで信じられなかった。

 それもそのはず。今起きたことがいかに異様か、鬼を知る者ならば誰もが知るだろう。

 女は――彼女は、()()()()()()()()()

 全集中――肺に大量の酸素を送り込むことで負荷をかけ、鬼に匹敵する身体能力を得る特殊技法。

 それを異国の剣士は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 呼吸という動作を起点とする以上、全集中を行うとき独特の呼吸音が口から漏れる。それは必要不可欠ものであり、抑え込むことなど不可能な動作である。

 だというのに、彼女はあれだけの動きを見せながら息継ぎどころか呼吸音すらろくに響かせなかった。――であれば、考えられる結論はひとつ。

 

 

 彼女は、呼吸を用いず素の身体能力で鬼を凌駕している。

 

 

「すごい……!」

 

 どうすれば彼女のような力を得られるだろう。

 どうすれば彼女のように動けるだろう。

 どうすれば彼女のように剣を振るえるだろう。

 どうすれば――――いいえ、違う。

 

 違う、違う。それは違う。

 魅せられたのはそんなものじゃない。惹きつけられたのはそんな下らないことではない。

 

 抗いようもなく目を奪われたのは、心さえ持っていかれそうになったのは。

 

 ――――ひらひらと妖しく天に舞い上がる、桜の吹雪。

 

 降りしきる血飛沫のさなかに佇むひとりの女へ、真菰は熱に浮かされたような視線を向けていた。

 

 

✿ ✿ ✿

 

 

「ジャーキー食べます?」

 

「へ?」

 

 ずい、と唐突に目の前に突き付けられる怪しい肉塊。鼻先に届く塩辛そうな匂い。

 目の前で膝をついた女の意味不明な言動に目を白黒させる真菰に、彼女はとぼけた仕草で首を傾げた。

 

「随分細くて小さい子ですし。ひょっとすると栄養面に問題を抱えているのでは? とりあえずジャーキーをどうぞ」

 

「じゃあきぃ?」

 

「干し肉です。牛の腿しか使っていない、売れば値の張る保存食ですよ」

 

「あ、はい……」

 

 困った。彼女の言っていることが理解できない。

 いきなりの意味不明な言動に当惑している真菰の右手にくだんの肉を握らせると、彼女は満足げに頷いて言った。

 

「……しかし驚きました。日本にもああいった異形の化け物が生息しているのですね。しかし、あんなのが闊歩していたなど前世では聞いたことが無い。普段は一般人から隠れているのでしょうか」

 

「鬼は、人間を食う化け物、です。昼間は光の届かないところに隠れてるし、沢山いるのは関東だから、地方の人は噂も知らないかも……」

 

「なるほど? あくまで都市伝説程度の知名度、と……このネット全盛の時代でありえないマイナーっぷりです。情報統制――何かしら組織だったものの作為を感じますね」

 

「ん?」

 

「?」

 

 話が全くかみ合わない。きょとんと互いの目を合わせる真菰と女。

 

「ねっと?」

 

「?」

 

 異国の言葉だろうか。わけのわからない単語を連発する女に着いていけない。

 ただし、一つだけ気になったことが。

 

「あの、お姉さん」

 

「はい?」

 

「お姉さんは、鬼を知らない……?」

 

「知りませんね。酒呑童子や地獄の獄卒のようなものなら知識として知っていますが、あなたの言う『オニ』とは違うようですし。あんなテナガアシナガの亜種じみた異形に覚えはありません。――ところでここってどこなんです? 日本語の通じる地域であんな生き物がいるなんて聞いたことが無いですし、あなたの服装もやけに時代がかっている。ひょっとすると江戸時代の風習の残る周囲と隔絶された離島だったり――」

 

「今は明治だよ、変なこと言わないで」

 

「??? ???」

 

 違う、重要なのはそんなことではない。彼女の理解不能な言葉に惑わされるな。

 ――鬼を知らない? 鬼を斬れるのに?

 知らないのに、ならその刀は一体――

 

「お姉さん、その刀は日輪刀?」

 

「む? あぁ、流星戮ですか? 確かに特殊な刀ではありますが、ただの裏ショップ品ですよ。ニチリンなどという属性に覚えはありませんが」

 

 なんだって?

 つまりそれは、あの剣技は、殺したと思ったあの鬼は――

 

 背中に氷柱を突っ込まれたような怖気が走る。いやな予感とともに真菰が振り返ると、鬼の身体が倒れていた場所には何一つ残っていなかった。鬼が滅びたあとに残るはずの塵の残骸すらも。

 それはつまり。それは――

 

 

「ざァん念だったなァアアアアアアアア!?」

 

 

 彼女の背後。

 立ち上がる鬼の巨大な体躯。

 視点を変えればはるか後方に、斬り落とした頭部から蛸のように直接腕を生やした鬼。

 醜悪な哄笑、首無しが振り上げた巨大な腕。

 

 薙ぎ払うように振るわれた鬼の手が、ひと息に。

 まるで人形にするかのように彼女の頭を握り潰した。

 だらり、と彼女が刀を持つ腕から力が抜ける。下がった切っ先が地面を叩いて乾いた音を立てた。

 すっぽりと指に包まれた彼女の頭。隙間から、たらたらと少量の血が漏れてきて――

 

「何だお前、鬼狩りじゃないのかァ! 日輪刀もないのにしゃしゃり出てきたのかよ間抜けェエエエ!」

 

「そんな……!?」

 

 げらげらげら。鬼がいやらしく嘲笑する。

 首の下から生えた腕で地面を這うように移動しながら、自らの胴体が縊り殺した女剣士をせせら笑った。

 

「たまげたぜェ驚いたぜェ! こんな山に、鬼狩りしか来ねえ山に、ただの刀担いだ馬鹿な女がノコノコ来るだなんてよ……! 記念にきっちり食ってやるから――」

 

 のたのたと自分の胴体に這いあがり、元ある場所へ収まった手鬼の首。

 本格的に身体の制御を取り戻し、女を掴む手へさらに力を籠める。

 

「ぐちゃぐちゃになって俺の腹に収まれよォオオオオオオ!!!」

 

 ただでさえ巨大な手鬼の腕が、さらにふた回り以上隆起する。見れば察せられる圧倒的な握力。彼女の頭は為す術もなく、豆腐のように無残に粉砕されて――

 

 

「オォオ――――お?」

 

 

 ――されて、ない?

 

「なるほど」

 

 刹那。

 目にも留まらぬ斬撃が、手鬼の腕を一刀のもと切断する。

 

「な――――!?」

 

 バキン、と硬質な破壊音が響いた。

 いつの間にか逆手に持っていた女の打刀だ。無理な態勢から背中越しに手鬼の腕を切ったせいで、刃筋を充分に立てられず刀の方まで折れてしまったのだ。

 鍔近くの根元までへし折れてしまった女の刀。もはや使い物にならなくなったそれを彼女はぞんざいに傍らへ投げ捨て、

 

「ふ――――ッ!」

 

「ぐぇえッ!?」

 

 振り向きざま、足裏を叩きつけるような回し蹴り。完全に意表を突く動きに防ぐこともままならず、手鬼は三間以上の距離を蹴り飛ばされる。

 切断された腕の先で、未だ顔を鬼の手に包まれていた女は軽く息を吐く所作をすると、鬱陶しい覆面を脱ぐように鬼の手を剥ぎ棄てた。

 

「あーぁ、鼻血出た。いやこれってもしかして血涙? うわあ……。でも、まぁ」

 

 ごきごきと首を回し、鼻の中に溜まった血をふんっと吐き飛ばすと、彼女は微かに口元を歪めて、

 

「……ジャーキーとステーキ三昧だった私のイススィール生活(タフネス)を舐めるなよ」

 

「馬鹿な――――!?」

 

「これ、借りますね」

 

「え――――?」

 

 驚愕に叫ぶ手鬼、呆然とする真菰。そんな二人に構いもせず、彼女は速やかに行動へ出た。

 真菰の腰からするりと何かが抜かれる感触。日輪刀の鞘だ。

 鞘を奪った下手人は、いつの間にか拾い上げた真菰の日輪刀を鞘に納め、だらりと左手に下げながら手鬼に言い放つ。

 

「一応言っとく。――――()()は譲ったぞ?」

 

「お前ェ……ッ!!」

 

 意図の不明な、しかし見え透いた挑発に手鬼が激昂した。

 爆発するように無数の腕が伸びる。正面を突き、脇に伸び、空を覆わんばかりの腕の数々。先ほど切り捨てられた分の倍ほどもあろうかという濁流のごとき腕の殺到。

 しかし――

 

「――――」

 

 ()()()()

 

 

 日輪刀を鞘に納めた女剣士。まるで舞うように足を踏む。

 先ほどの剣舞とは雲泥の差だ。なんでもない動作、軽やかなれど変哲のない歩み。しかし――――そんな彼女に手鬼の腕がかすりもしない。

 彼女が踏み終えた地面に一拍遅れて拳が叩き込まれた。

 彼女の頭が一瞬前にあった場所へ爪が掠った。

 彼女を捕らえんと四方から襲いかかった四つの掌は空を切って同士討ちに指を潰した。

 

 ――それが偶然ではなく、彼女の未来予知に匹敵する『読み』から来る見切りだったのだと真菰が気付いたときには、既に彼女は手鬼の正面に佇んでいた。

 すでに剣の間合い、無数に鬼を覆い首を守るはずの腕は、彼女を仕留めるために伸ばしきっていた。

 もう、腕を引きもどしたところで間に合わないのだと、その場の誰もが理解した。

 

「お前っ――」

 

「この刀なら、効くんだろう?」

 

 だらりと提げた左の日輪刀。とぼけた声色もそのままに、甲高く音を立てて鯉口を切り、

 

 

【秘剣 ()(つぐ)ミ】

 

 

 神速の抜刀が、今度こそ鬼の首を刎ね飛ばした。




イススィールこそこそ噂話

説キ噤ミ
相手の行動を完全に見届けたあと、一刀のもと斬り捨てる絶技。
とりあえず相手の言い分は聞くけど、ぐだぐだ御託を並べるよりも殴った方が手っ取り早い、という意味らしいよ。
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