ワイ将、タイムスリップしていた模様。
奥さん聞きました? 明治だそうですよ明治。
それも終わりも終わりの40年代。戊申も西南も日清も日露も終わってて、残るビッグイベントといえば明治帝の崩御と乃木将軍の殉死ぐらい。この時期だともう藤田五郎さんは女学校を退職しているんだったっけ? あんまり覚えてないや。
せっかくだから伝説の新撰組三番隊隊長にサインとか貰いに行けないかな、なんてミーハー精神をくすぐられつつ……問題はそこじゃねえ。
明治て。いや明治って何や。いっそ明治でゲシュタルト崩壊しそうだわ。
てっきり現代に帰れると思ってたのに。せめて平成か百歩譲っても昭和やろ昭和。いっそ戦国時代辺りに飛ばされてたら著名なマイナー剣豪手合せ巡りでもして余生を過ごせてたのに。師岡一羽とか林崎甚助とか全盛期の富田勢源とかめっちゃ会いたかった。
もはや剣の時代もとっくに終わって、抜刀隊すら過去の栄光。名だたる幕末剣豪はしわしわジジイばっか、こんなん私がいる意味ないやん?
他に主要な歴史イベントって言ったら第一次大戦とかシベリア出兵くらいじゃん。
はぁマジはぁ。何コレつまり私にシベリア行ってロシア革命阻止して来いって啓示なん? 凍ったバナナで機関銃相手に無双して来いってこと? 出来ないことはないと思うけどマジ勘弁なんですが。ぴえん。
――あとそう、この時代って鬼がいるそうですよ。私の時代には聞かなくなってたので多分これから滅びるんだろうけど。
夜にしか行動できないし、生態的には吸血鬼みたいな感じなのかな? 人肉を食って人間を感染させて仲間を増やす。霧にも蝙蝠にも変化できない時点で下位互換もいいところなんですが。つまりただの
割とポピュラーなファンタジー種族なんだけど、イススィールじゃ見かけなかったんだよなぁ。いや、自称吸血鬼とか自称サキュバスみたいな痛い魔族ならいたんですけどね。
オレは処女の生き血で若さを保つ大魔族なのだー、なんてイキってる冒険者もいたけど、本当に人間を襲ったら
そんなわけで私も吸血鬼を見るのは初めてで……あ、違う? 人食い鬼であって吸血鬼とかじゃない? それに感染も上位個体じゃないとさせられない? あぁそう……
山の中で出会った真菰ちゃんによれば、鬼とやらは人間を多く喰らうことによって『血鬼術』という特殊能力を行使できるようになるのだという。
あの腕まみれの化け物なんて可愛い方で、火の玉飛ばしたり概念や認識を操作してくる鬼もいるんだとか。つまり常に初見殺しを警戒しないといけないのか。クソゲーやな。
そんな残虐非道な鬼から無辜の民を守るために結成されたのが『鬼殺隊』。なんと数百年以上の歴史を誇る、由緒正しい政府
彼らは独自の肉体活性術である『呼吸』を用い、人外の化け物である鬼に匹敵するまで身体能力を引き上げて戦う剣士たちなのだとか。フェレスのオフェンセイドみたいなブースト系のスキルなのかな? 何か副作用があったら怖いなぁ、寿命とか縮まないかな。怖いなぁジャーキー食べとこ……
――――あ、ちなみにこの説明をしてくれたのは真菰ちゃんの師匠である鱗滝って人だった。
あの手の鬼の首刎ねて、塵に還っていくのを見届けたはいいものの、疲労が重なり腕を骨折した真菰ちゃんはそこからまともに動けなくなってしまったのだ。
もう空が白んでたけどこのまま見捨てて立ち去るのも後味が悪いんで、簡単な手当てをしてから私が肩を貸して山の外まで道案内してもらった。途中でやたらボロボロな集団と別嬪な若奥様が集まってる場所に行き着いたけど、あれ何の集まりだったんだろう……?
そのとき全身黒子衣装の人に左腕を揉みしだかれた。意味わからん。でも特に害意とかは見受けられなかったんでタマ蹴り潰して去勢するだけで勘弁してあげたよ。周りのみんなドン引きしてたが、いや珠の乙女の肌不躾に触ろうってんならこんくらい覚悟しろよ。
若奥様が何か言ってて、真菰ちゃんも何事か応えてたけど、正直知らん。小腹が空いてジャーキー齧ってたから聞こえなかったのよね。興味もなかったし、真菰ちゃん休ませるのが優先だったし。
適当な民家に
狭霧山という聞いたこともない土地に辿り着き、出迎えてくれたのが鱗滝老人だった。天狗ってホントにいたんだ……
しかし凄いお爺さんだね、あの鱗滝って人。西南戦争のあとには引退してたみたいだけど、衰えてる感じが全然しない。
体幹が全くぶれないの。アメンボが水の上走るみたいに頭頂がまったく上下しないまま歩いてる。すすーと近付いてくる天狗面がいかにもシュール。紛れもない達人の一人だ。
加齢によるガタつきが無ければ、ひょっとすると
その鱗滝さん、帰ってきた真菰ちゃんを見た途端私から彼女を奪い取って抱きしめていた。よほど心配だったんだろう、後で聞けば私が彼女に養生させたせいで帰宅が遅れ、心配に心配を重ねていたらしい。
腕の骨折にすら気づかず力入れて抱きしめるものだから、とうとう痛みと感極まったのとで泣きだした真菰ちゃんにオロオロしていた。
「この度はこの子の窮地を救っていただき、感謝の言葉もない」
「いえ、余計な手出しではなかったかと懸念していたところです」
あれが試験だと知ったのは夜が明けて山を下りた頃の話だ。
あの変な集合場所もそうだったけれど、麓の藤の花の密生地を抜けて一面の田畑に辿り着いたとき、真菰ちゃんがあの山がどういう場所なのか教えてくれた。
――鬼殺の剣士に相応しいか選り分けるため、鬼の生簀と化した山の中に候補者を放り込み七日間のサバイバルを強いる最終選別。どこぞのスパルタ民族を思わせる苛酷さである。リタイア後の救済がある某ハンター試験の方が有情とすらいえまいか。
というか、剣の腕があってもサバイバルに素養のない人材はどうするんだろう? 雨後の川辺でBBQして川流れするリア充とか、むしろそういうのに体育会系が偏ってると思うんだけど。
そして、そんな鱗滝さんの説明を聞いて、私はある一つの信じがたい可能性に思い至った。
思わず背筋が凍るほどの発想だ。発作的に膝を立てて立ち上がろうとしたのを鱗滝さんに訝しまれたほどに。
その可能性とは――
あの山って私有地だったん……?
どうしよう……! 私このままだと不法侵入に不法滞在で器物破損と窃盗で実刑待ったなしじゃん!?
勝手に洞窟に棲みついて勝手に周囲の藤の木を伐採して、昼夜問わずモクモクモクモク牛肉を燻していたのだ。あー、なるほどそのせいで鬼が寄ってこなかったのね。あのあたり藤を燃やした煙でえらい臭いだったもの。道理で真菰ちゃんと出会うまでの半年間、一度たりとも鬼と遭遇しなかったわけだ。
ちなみに召喚のたびに殺す牛ですが、ジャーキーに使うモモ肉4ブロック以外は、首は縄張りの境界に串刺しで放置して、残りは全部カラスに食わせました。
しかしどうしよう。地主っぽい若奥さん明らかに私に向かって変な視線向けてきたしな。下手すると今頃あの洞窟の寝床が暴かれてるかもしれん。大したものは置いてないけど、洞窟の奥に溜めこんだジャーキーは回収したい。
やっぱり退去命令とか下されるのかな。どうやって日銭稼げばいいんだろう。
最初の予定では流星戮を好事家に売って種銭作って、ネカフェからメルカリ経由でジャーキー売って生計立てようと思っていたのだ。
それが根底から覆された。刀はポッキリだしネカフェなんて存在すらしねえ。何でよりにもよって明治なんだよ。なにもかも時代が悪い。
住所もねえ、戸籍もねえ、働く意欲もそんなにねえ。そんな私がどうやってこれからの生活を維持していくというんだ。
かくなる上は、確かこの時期に結成していた神戸の山口組に殴り込んで用心棒として雇ってもらうか……?
「……唐突で申し訳ないのですが、鱗滝殿」
「いかがなさった」
「恥ずかしながら、身を寄せる場所に欠いているありさまでして。狭霧山の一角を仮の住まいとしてお借りしたいのですが。無論、どうにかしてお返しは致しますので」
「これは……その程度でよいのであれば、存分に。見たところ相当な技量の剣客と推察いたす。返礼というのであれば滞在の間、我が不肖の弟子に稽古をつけてやってもらえますかな?」
それはあなたの傍らで美味しそうに片腕使って味噌汁を啜ってる真菰ちゃんのことですかな?
「……乱取りのお相手程度であれば、喜んで引き受けましょう。もっとも、腕の骨折が完全に治癒してからの話ですが」
遠回しな拒絶だからね、これ。
骨折が完治するまで最低でも一か月半はかかる。その間にどうにかして定職見つけてこの山を出てやるさ。
適当に稼いで大きめな漁船を買えば、あと数年もしないうちに第一次大戦で船成金の出来上がりだ。どうだあかるくなつたらう、とウハウハな生活が私を待ってる。稽古なんていうけどどうせ病み上がりのリハビリみたいなもんだし、適当に流してれば真菰ちゃんも満足するやろ。
そうだ、前を向け。絶望するのはまだ早い。
私の輝ける大正ライフはこれから始まったばかりなのだ……!
「ふむ、承知した。真菰には可能な限り治癒が早まるよう呼吸を仕込もう」
ん? なに? なんだかトンデモ発言を聞いたような?
思わず幻聴を疑いながら頂いた夕飯に口をつけていると、
「…………あの、お願いがあります」
ん? どしたの真菰ちゃん。
お姉さん今寝床の心配がなくなってテンション上がってるから、割と何でも言うこと聞いちゃうよ。その辺わかってて言ってるの?
「その……」
私に促された歳若い少女剣士は、ちょこんと囲炉裏の前に正座して私に向かって頭を下げ、
「私に――――あの桜の剣、あの技を教えてください……!」
「お断りします」
冗談じゃねえぜ。
――
明らかに偽名である。師の鱗滝は虚偽の臭いを嗅ぎつけたし、その由来は恐らく西行法師の伝説であろうと言った。
白峯山の相模坊。数ある小天狗を配下に従え、保元の乱にて流罪となった崇徳上皇の怨霊慰撫に務める大天狗の名前。
あえてその偽名を名乗った理由を、彼女は特に語らなかった。理由などないのだとはぐらかした。しばらくしてぶつぶつと独り言のように、「外人名なんて呼びにくいし」とか「前世の名前はキラキラしてたし」とか意味不明な呟きを残していた。
「おはようございます。弟子にしてください」
「おはようございます。しつこいですよ」
――そして今、狭霧山の一角に立てた掘っ建て小屋から起き出してきたところを待ち受けると、相模は迷惑そうな顔つきを隠そうともせず素っ気なく追い返そうとして来る。
寝起きの目を覚ますため、近くを流れる小川へふらふらした足取りで向かう相模。その背中を真菰は追いかけた。
骨折は三週間で治した。骨を固定し治癒を促進する、呼吸の応用だ。育手の鱗滝から新たに習った常中のこともあり、真菰の身体は病み上がりとは思えないほど好調だった。
「……ふう。――――ううむ、また微妙に体力がついてる……?」
川の水でバシャバシャと顔を洗った相模は、ずぶ濡れのままの顔をしかめて真菰を振り返った。
すかさず用意してあった手拭いを手渡す真菰。このまま放置していると着物の袖で適当に顔を拭くだろうというのが、ここ数日で判明した彼女の癖だ。
「あ、どうも……」
「いいえ。――朝餉はどちらで召し上がります?」
「んー、一週間ほど前からこの近くに生簀を作ってるので、そこから川魚でも……って、違う」
手渡された手拭いに思わずといった様子で礼を言い、一瞬流されそうになった相模が我に返った。
「なに内縁の妻みたいな弟子ムーブで既成事実つくろうとしてるんですか。弟子は取らないって言ったでしょう」
「諦めないとも言いましたね」
「聞いてません、聞きません、聞く耳持ちません。なので言ってないのと同然です」
頑なに相模は真菰の弟子入りを拒んでいる。心底嫌そうな顔つきで首を振ると、億劫な仕草で腰を上げた。
「……だいたい、あなたの師はあの鱗滝殿でしょう。あなたの歳で浮気とは感心しません。まずは素直にあの……水の呼吸でしたか、それを極めたらいいじゃないですか」
「極められると思いますか?」
「思いますよ。最終選別で見た動きは見事なものでした。あの幻互現斬じみた奇妙なエフェクトについては理解が及びませんが……えぇ、別段あれが真菰さんに不適な剣術というわけでもない。そのまま変な癖をつけず、真っ直ぐ鍛えていけばよろしい」
生簀へと辿り着く。袴の裾をまくり上げて足を踏み入れた相模は、その場に前かがみになって水面をじっと観察した。
「それに、私の流派はあの鬼を殺すのに適していません。なんですか、首を落とさないと死なない化け物って。真菰さんも見たでしょう? 連ネ血桜は敵に治癒しづらい傷を与え出血を強いる術理。消耗戦が前提なのです。出血を意に介さない鬼を相手にするには甚だ不向きだ」
ほいっ、と軽く声を上げた相模は鋭い動きで右手を水面に突き込んだ。生簀から抜き出した右手には、ビチビチと抵抗を示すイワナが握られている。
朝食を手に入れた相模は身体を起こし、うんと背伸びをした。
「でも、相模さんはそれで鬼を倒しました」
「極まった技術は過程が別物でも最終的に似通うものです。ただ『こちら』は明らかに近道ではない。無駄足になるからやめなさい」
「でも、綺麗でした」
「…………」
生簀から上がり足を真菰の手拭いで拭いていた相模は、真菰のその言葉を聞いて深々と溜息をついた。
「…………叶うならば、真菰さんの願いを聞き入れてあげたいんですけどね」
「それは――」
「でも駄目なんです。印可を受けてないんですよ私。だから弟子は取れないんです」
懐から取り出したのは小さな盃だった。特に目立った装飾もされていない、漆塗りの赤い盃である。
ただひとつ、見慣れぬ箇所があるなら――――盃を両断するように横切っている金継ぎの線だ。まるでそこから真っ二つに盃が割れて、あとから修復したようにも見えた。
「……いまわの際に、懐に入れてたコレをばっさりですよ。『お前に皆伝はやらん』って言いたかったのかも」
「それは……?」
「ただの盃です。今となってはね」
意味ありげな言葉を残すと、相模はイワナを入れた籠を腰に吊るして背を向けた。
「――鱗滝殿には感謝しています。棲み処を提供してくれましたし、流星戮を打ち直してくれる鍛冶師も紹介してくれるという。これでは私の借り分が増えていく一方なほどだ。打ち込みの相手ならいくらでも務めましょう。――でも、剣を教えるのはできません」
「でも――」
「ごめんなさい、教え方がわからないんです」
申し訳なさげに断りを入れると、女剣士は振り返りもせずその場を立ち去る。あとには立ち尽くす真菰だけが残された。
「…………でも、諦めないから」
誰にも聞こえない声で、真菰は呟いた。
魅了されたのだ。憧れたのだ。易々と諦めなどつくものか。
目に焼き付くのは桜の花。吹き乱れる嵐のごとき血飛沫。
どんなにしつこくたって、邪険にされたって、絶対に諦めてやらない。手を伸ばしたからには掴んでみせる。
鱗滝さん譲りの水の一門が誇る頭の頑固さ、存分に発揮してやろうではないか。
イススィールこそこそ噂話
相模がイススィールで経験した職業は以下の通り。
ウォリアー
ノーヴィス
メイジ
剣客→剣豪→剣師
魔剣士
ちなみにノーヴィスとメイジは完全に腰掛けで、欲しい技術を習得したらさっさと次に移ったんだって。
あと、他にも余技として物理技をいくつか習得してる完全な物理脳筋タイプなんだって