幾重にも舞い、夢知らぬ骸築く   作:鷹原霧

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04 就職

 最近、真菰ちゃんが怖い。

 

 朝起きて小屋から出るといつの間にか姿を現してるし、沢庵とかお米とか食材まで持ち込んでしきりに身の回りの世話して来ようとするし、私がどこか行くたびにアヒルの子みたいに着いてきて手伝おうとする。

 何だよストーカーかよ変質者かよ。私百合趣味じゃないよ。普通にかっこいい男の人が好きだよ。まぁかっこよくなくとも惚れたら関係なくなるんだけどさ。

 

 弟子にしてくれと頼み込むのはめっきり減った。毎朝の出会い頭に挨拶のように言ってくるくらいだ。

 私寝起きが悪いから、朝の寝ぼけてる時に自然に繰り出されたら普通に頷いてるかもしれん。まさか真菰ちゃんそれを狙ってるのか? 気の休まる時が無い……

 

 最初の方のがっついた感じはなくなったんだけど、その代わり目つきがヤバくなった感じがする。

 なんかね、私の一挙手一投足を事細かに観察してくるんだ。走ったり跳ねたりちょっと激しく動くときは必ず視線を向けてくる。そしてその視線に私が気付くと、あの眠たげな微笑みで誤魔化してくる。

 いやらしい視線じゃない。むしろ学者が数式や実験を眺めるような、激しい熱意と冷徹な分析が同居しているような、いっそ狂的な視線。

 

 そして手隙になって鍛錬しようかと私が手頃な枝を持つと、嬉々として木刀片手に馳せ参じてくるのだ……!

 

 いやね、別に文句はないよ?

 稽古の相手くらいはするって言ったし。彼女程度の腕なら初見の技でもいなすことは至難ではない。地盤から噴出する毒ガスすらものともしない大師父(エイクド・ロッソ)直伝の受け流し(ディフレクト)の技は伊達じゃない。

 いっそ『水の呼吸』に対する知見が得られて私も新たな工夫に至りそうな感じもする。そういう意味では迷惑ではないんだ。

 でもな……

 

 

 どうして君は『連ネ血桜』を撃たせたがるのかなぁ……!?

 

 

 タイマンじゃ向かない技だって何度も説明したでしょ!? アレは敵中に突っ込んで囲まれた状態でブチ込む奥義なわけ! 一対一ならいっそ剣客として戦った方が――――ええい!

 なんでマゾヒストよろしく嬉々として受けようとして来るわけ!? こっちが構えるたびに目を皿のようにして観察してくるのが怖いんですけど!? 一体何が彼女を駆り立てるの!?

 

 そんな彼女が毎度毎度殺す気で木刀を振るってくるものだからこっちだって大変だ。胸を貸すつもりで付き合っていた稽古で日に日に真菰ちゃんは力をつけ、十本に一本くらいはヒヤリとさせられるようになった。まあ受け流すけどさ。

 この間なんか初見の……『滝壺』? とかいう技が存外威力があったせいで受け止めた木刀代わりの枝が折れ、それを隙と見た真菰ちゃんが『水面斬り』で躍りかかってくるのを本気で迎撃してしまうところだった。土を蹴りあげて目つぶししてから手刀で叩き落としたけど。

 次の日真菰ちゃんが真新しい木刀をもって稽古に現れたのを私は追い返した。木刀じゃ危ないから竹刀にしな竹刀。

 

 ……まったく。『連ネ血桜』は教えないって言ってるのに、真菰ちゃんときたら「見て盗みます」ときた。私なんかよりよっぽど才能あるよそれ……

 

 

 ――実際、私はこの技を他の誰かに教えることができない。()()()()()()()()()()のだ。

 『桜さかずき』――師匠(ルディリア・ロッソ)から受け継いだ、漆塗りの盃。それが失われてしまったからだ。

 

 『連ネ血桜』の習得のためには()()()()()()()に陥り、体捌きを身体に教え込ませなければならない。身体を巡る血流、伸縮する筋肉、たわむ骨格に至るまで把握しきり、素面で酩酊状態の動きを完全に再現する――それが『連ネ血桜』習得の第一段階だ。

 この『酩酊』というのが厄介者で、桜さかずきに注がれた酒でしかそれを得ることができない。他の酒や薬ではまったく再現できないのだ。大麻や白い薬やLSDまで試した私が言うんだから間違いない。あの半覚醒半酩酊半狂乱の境地は、あの盃が無ければ端っこにだって踏み入ることができない。

 

 そして肝心の『桜さかずき』といえば――――真っ二つになっちゃったんだよなぁ……

 

 それはもう物の見事な一刀両断。下着を隔てていた私の肌には傷一つ付けず、懐に忍ばせていた盃だけをあの78歳(ジジイ)は破壊しやがったのである。

 金継ぎをして修繕らしいことをしてみたはいいものの、何をどうしてもそこに注がれた酒はあのトランス状態への扉を開かなくなった。

 もはや私の懐に入ってるのはただのガラクタ、趣があって過去を偲ぶのが精々な洒落た盃でしかない。

 

 そんな状態で真菰ちゃんに秘剣伝授をしろと? 冗談じゃない、私には荷が重すぎる。

 『連ネ血桜』は基本にして奥義、()()()()()()()だ。半端者の私が適当に伝承を試みれば、下手すればとんでもない()()が生まれかねない。

 あのルディリアですら堕ちかけたのに、私が上手くやれるわけがないだろう……?

 

 

✿ ✿ ✿

 

 

 ひょっとこだ。

 ひょっとこがやってきた。

 

 いつものように掘っ建て小屋で目を覚ますと、真菰ちゃんが鱗滝さんのところへ案内してくれた。

 なんでも、鬼殺隊から彼女と私に通達が来ているのだとか。

 

 ……んん? 通達? なんで?

 私、また何かやりました?

 もしかして洞窟の件? 半年間かけて住みやすくビフォーアフターしたのが気に入らない? それとも適当なところに召喚した牛の首を50個くらい埋めて首塚を築いたのが悪かった? 藤の木乱伐して燻製用チップにしたのはバレてないと思うけど……?

 

 そんな風に混乱しきりで背中にびっしりと冷や汗をかきながら鱗滝さんの住まう山小屋へ訪うと、そこにいたのはひょっとこでした。

 

「はじめまして。ワタシ、鍛冶師の鍛島(たんじま)銑ノ助(せんのすけ)いいます」

 

「はぁ、これはご丁寧に。白峯相模と申します」

 

「鱗滝さんの鎹烏からお名前は存じております、ハイ。これ、相模さんの刀です。ワタシが打ちました」

 

 そして差し出される見たことのない刀。

 ちょっと待て、話に着いていけないんだけど? これ明らかに流星戮じゃないよね? 私鱗滝さんには流星戮の磨り上げを頼んだはずなんだけど?

 

「あの、これ……」

 

「ささ、握ってみて」

 

「いや、あの――」

 

「握って、握って」

 

 ずずい、と板の間に座りながらこちらに迫る鍛島さん。もはや話が通じない。

 仕方なしに差し出された刀を受け取り鞘から引き抜くと、滲み出るように刀身の色に変化が起きた。

 

「――――ピンク?」

 

 そういえば最終選別の際、真菰ちゃんが持っていた刀って薄い水色だったけど、もしかしてこんな風に色が変わるの?

 

 薄い桃色の斑点模様に色を変えた刀身を見て、鍛島さんはこてんと首を傾げた。

 

「赤系統……しかし薄いですね」

 

「薄いと問題が?」

 

「さて。ワタシも里に来てさほど経っておりませんし、詳しくは。……しかし、ひょっとすると呼吸の適性が低い方なので?」

 

「何の話ですか、一体」

 

「どうせなら鮮やかな赤が見たかったものですが、まぁこれも味があってよい色合いですな」

 

 聞けよ人の話。

 

 人に刀を渡して好き放題言ったっきり、鍛島さんはいそいそと帰り支度を始めた。訳が分からん。

 一抱えもある包みを残してよっこらしょと立ち上がった鍛冶師に、たまらず声をかける。

 

「あの、この刀はどうすれば?」

 

「相模さんの日輪刀です。存分に振るってください」

 

「そうですか? いただけるなら有り難く――――ってそうじゃなくて。私の流星戮は?」

 

「…………」

 

 おい、いま目を逸らしたろ。ひょっとこ越しにもわかったぞ。

 

「私の流星戮は?」

 

「リュウセイリクというのですか。変わった銘ですねぇ」

 

「どこにあるんです? 見当たりませんが」

 

「凄まじい切れ味でした。鎬の流線形が綺麗なせいか、刃筋がとても立てやすいですし」

 

「磨り上げは終わったんですね?」

 

「ところで鋼は何を使ったんです? 折れた断面が見たことのない重なり方をしていましたが」

 

「イススィールに落ちた隕鉄です。刀はどこにありますか?」

 

「ほほう! つまり流星刀!」

 

 ひょっとこのお面が私の目の前に急接近した。怖いよ。

 

「榎本大臣が皇太子殿下に献上なさった、あの流星刀! 論文を拝見して以来ワタシもいつか打ってみたいと夢見ていまして! はぁ、流星刀……!」

 

「近い近い近い近い……!」

 

 つまりどこにやったんだよ私の刀!?

 試し切りしたからには磨り上げ終わったんだろ!? だったら返してよ!

 

「里長に見せたところ大変興味を持ちまして! こんなえげつない刀つくった鍛冶師はとんだ天才だと!」

 

「知ってますよあの人(ハレクス)以上の鍛冶師なんて早々居てたまるもんですか!」

 

「ほほう! 実に興味深い! ――とにかくあの刀はしばらくお預かりします。里の連中でもっとじっくり見ないといけませんので!」

 

「どうして!?」

 

 

✿ ✿ ✿

 

 

 鬼殺隊士にされてしまった……

 

 一体いつから話が通っていたんだろう? 別に志願したわけじゃないのに。知らない間に応募もしてない会社から採用通知が送られてきた気分だ。

 鍛島さんは流星戮に対する興奮を言いたい放題まくし立てた挙句、私用にと日輪刀を置いてそそくさと出て行った。まるで嵐みたいな鍛冶師だった。

 

 そしてついでのように残されている私用の隊服。鍛島さんが刀と一緒に持って来ていたのだという。どうやって寸法測ったんだろう。

 しかしこれやたらスカートの丈が短くない? 普通に膝見えるよねこれ。さすがにこの歳でミニスカはきついんですが……

 

「おめでとうございます、師範」

 

 同様に日輪刀を受領した真菰ちゃんが目尻を下げて祝いの言葉をくれた。懐には黒いカラスがぬくぬくと収まっている。

 

「ありがとう。あと師範じゃないです」

 

「では師匠ですね」

 

「何も教えてないんですが」

 

 鬼殺の人間は人の話聞かないのがデフォなの?

 ニコニコ笑いながら外堀を埋めようとするのはやめていただきたい。

 

 どうりゃいいんだと頭を抱えていると、突然真菰ちゃんの懐のカラスが奇声を上げた。

 

「カァーッ! 初任務! 初任務!」

 

「カラスが……喋った……!?」

 

 なにコレこわい。喋る鳥なんてイススィールにだっていなかったぞ。

 驚愕に呆然とする私を尻目に、カラスは奇怪な声調で言葉を続ける。

 

「急ゲ! 白峯隊士! 急ゲェー! 南西、南西デ鬼ガ出テイル! 伊豆ノ小サナ町ダ! 急ゲ、コノ怠ケ者メェーッ!!」

 

「怠け者……?」

 

 いわれのない中傷に思わず眉をひそめる。どうして初対面のカラスにやってもいない勤務態度のことで文句を言われなければならないんだ。

 手駒のカラスは間に合ってるし、これはもう焼き鳥にしてしまった方が良いのでは、と手を伸ばしかけたところで真菰が言った。

 

「本当はもっと前に師匠と合流するはずだったそうですよ。ただ最近、狭霧山にやたら狂暴な鴉の群れが棲み付いたせいで、一羽では近付けなかったんだとか」

 

 だから鍛島さんに同行する形でここまでやってきたそうです、と締めくくる真菰ちゃん。そうかそうか、鴉の群れか。それで報告が遅れたと。

 ――――なるほど、なるほど。

 

「つまり自分のチキンっぷりを人のせいにしたと。舐め腐っているのかなぁこのカラスはァ……!」

 

「ゲェエエエエ!?」

 

 今夜はカラス鍋よ。

 一瞬で掴み取ったカラスの首を締めあげる。人命がかかってる時になにビビってるんだこの畜生は。肝心な時に勇気出さなきゃ人語解する意味ないでしょうが。

 

「大体、今まで普通に流してしまいましたけど、どうして私が鬼殺隊に入ることになってるんです? あの若奥さんにだって私一言も話ししてませんよ!?」

 

「で、でも、階級は刻まれてありますし……」

 

「階級って何!?」

 

 真菰ちゃんが言うには、あの黒ずくめの男に左腕を触られたときに階級を刻まれたのだという。何それ怖い。

 最終選別に参加して、脱落することもなく最後の集合に姿を見せた時点で、私は鬼殺隊の一員として認められたらしい。いつの間にか定職に就いていたんですねぇ……

 

「いや、いやいやいや。冗談じゃないですよ富豪の私兵とか! 私にはあと数年以内にお金を稼いで船を買うっていう目標があるんです! だっていうのに薄給(ヤクザ)私兵(チンピラ)だなんて!?」

 

「薄給ではない」

 

「はい?」

 

 横から入った鱗滝さんの訂正。

 彼によれば鬼殺隊は階級さえ上げてしまえばそこそこの給金を得られるのだという。特に9人のみで構成される『柱』という最高幹部は、彼ら用の屋敷が与えられるほどの待遇なのだとか。

 

「――つまり、白峯殿ほどの腕前があれば、船を買うだけの貯金は容易に溜まる。よって――」

 

「人食いの鬼は根絶しましょう。これも世のため人のため、私の剣を役立てられるのであればこれ以上の本望はない。――――早速ですが失礼します。一刻も早く鬼を斬らねば更なる犠牲者が現れる」

 

「グエッ!?」

 

 力強く頷きを返す。許すまじ人食い鬼、私が成敗してくれる。

 隊服と日輪刀とカラスの首を引っ掴み、さわやかな笑顔を残して山小屋を後にした。

 さあ行こう! ここで足踏みしていたってWW1は待ってくれないぞ! それまでに何としてでもお金を貯めて船を買うのだ……!

 

 

 

 …………隊服は上着だけでいいよね? スカートは捨てて、下はいつもの袴でいいか……。

 背中の文字もなんだかダサいし、諸々片が付いたら真菰ちゃんみたいに羽織を仕立てよう……




イススィールこそこそ噂話

普段丁寧な口調を心掛けているけれど、相模はとても短気で沸点が低いんだ。
その口調もイススィールで苦労して矯正したものだったりするよ。
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