生前は伊豆に行ったことなかったんだよね。私どっちかっていうと関西の人間だったから。
後北条氏は戦国大名ながらのちの日本に受け継がれるほど書類行政の鬼だったっていうし、そのせいか敗亡の勢力でありながら比較的史跡が多く残されていると聞いている。他所なら無名の役人でも、きっちり文書に名前が残っているのだとか。
近代以降の歴史だって興味深い。韮山反射炉に伊豆の踊子、下田にあるというペリーロードは一度は行ってみたいと思っていた。あ、あと熱海の温泉! もろもろ終わったら温泉行きたいな、温泉!
――――で。
ひとつ、突っ込み入れていい?
「ヒ、ヒヒヒヒヒッ」
「鬼狩りかァ? 鬼狩りかァ?」
「異国の女は初めてだなァ? しかも鬼狩りの女だ」
なんで鬼が三体も群れてるんですかね……?
場所は伊豆の土肥金山にほど近い中規模の村落。到着した私を出迎えたのは、全滅した村人と実行犯である鬼たちだった。
三体の鬼たちの特徴をわざわざ書く必要は特にあるまい。どれもこれも人の形は外れてないし、これといって異能を使う気配もない。強いて言うなら、腕が膝下に届くほど長い鬼と馬鹿でかい陰嚢を地面に引き摺っている鬼と頭からデカいキノコを生やしている鬼。以上である。
昼間に村に到着し、死体が散乱して人っ子一人生存者がいないことを確認した私は、民家から家具を拝借して叩き割り燃料を確保して、見通しのいい大通りのど真ん中で火を焚いた。
どこに敵が潜んでいるかわからない以上、空いた民家にお邪魔するのは危険極まるし、何より残ってる惨劇の痕が血生臭い。適当に無事な畳を引っぺがして地面に敷いて、夜が来るまで横になった方が面倒が少ないと思うのです、はい。
しかし姿を現した鬼を見た私は少々驚いたね。だってほら、
村人が逃げ出せたという報告は受けていない。つまり大半がこの三体の鬼の腹に収まってしまっているわけで、人口百人としても一人当たり平均三十人は食っている計算である。だというのにこの三体ときたら、特に体も大きくないし気配の消し方も稚拙極まる。なんなら藤襲山のモンジャラもどきの方がヤバみを感じるというかなんというか。
しかし腑に落ちない。こんな連中でやったとなると、よほどやり方を工夫しないと村人全員食い散らかすなんて真似はできないと思うんだが。
「オイオイオイ、ビビっちまってるぜこの女ぁ!」
「腰が抜けちまってるなぁ、さっきから畳に座り込んでさぁ、なに酒なんか飲んでんだよゥ」
「ふむ……んー。まぁ、いいか」
ここはもう考えても仕方ないよね。
四の五の考えて剣を振るなんてガラじゃないし、そういうのはもっと頭のいい人に任せればいいんですよ。……昔その持論を語ったら
そんなこんなでとりあえず必殺ブッパしまーす。
畳の上で胡坐をかいていた女の鬼狩りが手にしていた盃を指で弾き上げた瞬間、
「なァ……!?」
つい反射的に足を止めた。
本能的な恐怖につい仰け反った。
数歩だけ他の二人よりも後方にいた。
他の二人よりも数段多くの人肉を喰らっていて、そのぶん体の強度が挙がっていた。
たったこの四つが、他の二人と異なり股呉が生き残ることができた要因だった。
視認することすら困難な無数の斬撃。残像すら滲ませる瞬足の踏み込み。
踊るように踏み寄った茶髪の異人は、手にした薄紅色の刀で鬼二人を瞬く間に寸断してみせた。弄ぶように手足を輪切りにし、ついでのように首を切断する。一拍遅れて噴き上がった血飛沫が鮮やかに宙を舞う。
それは股呉に対しても例にもれず、両腕を斬り落とされ膝の皿を断ち割られ、咄嗟に飛び退った首を狙った一閃は脊髄一本を残して切断しかけた。
文字通り首の皮一枚。あと半寸も踏み込みが深ければ、股呉の首は無様に宙を舞っていたことだろう。
噴き上がる己の血飛沫が気道にあふれ溺れかけながらも、股呉は必死の思いで飛びずさり、驚愕の思いで目の前の女を凝視する。
女は股呉に追撃をかけるでもなく、自らが投げ上げた盃が落ちてきたのを受け止めると、なにがおかしいのか首を傾げながら懐に収める。
「うーん……やはり勝手が違うな」
「――――ッ!?」
ごぶぶ、と治癒しかける首の断面から血の泡を噴き出しながら、しかし股呉の視線は女に釘付けになっていた。一瞬でも目を離せば今度こそ首が飛ぶと本能で理解した。
「この日輪刀、鬼を斬るときとそれ以外で切れ味が変わる? 山を出る前に巻き藁で試したのに、微妙に感触が違うんですよねぇ……」
「なに……なに言ってやがる!?」
「属性武器はこういう時に困るんだよなぁ。空を切るときと鬼の肉を斬るとき、微妙な違和感のせいで調子が狂う。それに……流星戮より反りが浅いからかな? 斬り抜きのタイミングがちょっとなぁ……」
ぶつぶつとひとりごちる女剣士。手慰みのようにひゅんひゅんと刀を振ってみたり、意味もなく構えを変えてみたりと他のことに気を取られているようだった。
そんな女の姿に、股呉は言いようのない苛立ちを覚えた。
「ふざけるな! 遊んでるのか、テメエ……!」
「――――そうそう、こんな感じに」
激昂し跳びかかった股呉を再び無数の斬撃が斬り刻んだ。両腕は上腕から千切れ跳び、脚は
ぐしゃり、と地面に体が激突する。鬼の血が地面に広がり、散乱した自らの腕を呆然を視界に収めた。
それでも、死なない。首は残っている。
切断された腕は切断面から新たな腕が生えようとしている。びらびらに開きにされた足は癒着を開始し、斜めに入った腹の傷から飛び出たはらわたがひとりでに元の場所へ収まろうと蠢いていた。
だというのに、股呉の首だけはまったくの無傷だった。
どうして死んでいない。これほど力に差があるというのに。
あれほどの剣の腕、それこそ片手間で首を刎ねるなど容易かっただろう。
だというのに、どうして未だ股呉の首は繋がっている……?
「さぁ――――次」
新たに生えかけた腕で身を起こした股呉の視界に飛び込んできたのは、止めを刺すでもなくその場で構えを取る女剣士の姿だった。
追撃をかけるわけでもなく、血鬼術を警戒するでもなく、女はただ刀を構え股呉が立ち上がるのを待ち構えていた。
「なに……何がしてえんだよ、テメエェ……!?」
「んー…………
素っ気なく返ってきた回答は、あまりにも埒外で。
股呉の思考は呆然と真っ白にされた。
「今回の仕事で、日輪刀の試し切りは巻き藁では不十分ということが判明したので。加減のコツをつかむまで、いささか付き合ってもらおうかと」
「付き合う?」
「えぇ。さっきのだってアレですよ? 喉笛だけを搔き切るはずが、切れ味が良すぎて脊髄まで通りかけた。これは良くない。斬りたいものを斬るのは一流ですが、それ以上を目指すなら斬りたくないものは選んで斬らないようにしないと」
やっぱり慣れない名刀よりも手に馴染んだ数打ちですねぇ、ととぼけた口調で零す女剣士。その瞳を目にしたとき、股呉は背筋が凍る思いがした。
穏やかに微笑む口元などまるで目に入らない。鬼以上に悍ましい何かを女の瞳に見て取った。
まるで意味が分からない。こんな人間が存在していいのか。
異質な思考、他の鬼狩りとも異なる価値観。蟲の脚を一本一本もいでいって挙動を観察するような、歪な無機質さ。
「どうしました? さあ、早く立って」
異人の鬼狩りが言う。上っ面だけ穏やかな口ぶりで。
「足なんてすぐいくらでも生えてくる。さぁ、勿体ぶってないで立ってください。こっちはまだまだ検証が足りてないんです。疲れたなんて言わせませんよ? そんなはずはない、
「――――!?」
「おや、気付かれないとでも? ――あの二体の鬼の襟首に生えていた茸、アレはあなたの能力によるものですね? あの茸を寄生させることによって、本来群れることのない鬼を統率下に置いていた。というより、軽い思考誘導かな? 敵愾心を薄めて協力に忌避感を抱かせない程度の? まぁ、どうでもいいんですけど」
見抜かれている。いつの間に、どうやって。
たった一度刃を交えただけでこの女は胞子を利用した血鬼術を見破ったというのか。
「とにかく、三人の中であなたが一番頑強なのは見て取れました。団栗の背比べですけどね? とにかく貧弱よりはマシ、ということで。――――せっかく残しておいたんだ、あっさり挫けてくれるな」
「ガァ――――ッ!!」
蛙飛びに飛びずさった。両手両足を使った全力の跳躍、骨が折れるかというほどの勢いで股呉はその場からの離脱を測る。
なにがなんでも逃げ延びる。それだけしか頭になかった。あの気味の悪い鬼狩りからとにかく逃れたい、その一心で逃走にかかり――
頭蓋を断ち割られた。肘から先を斬り飛ばされた。胸から下を腰斬された。
――――しかし、首だけは無傷のまま残された。
舞い上がる血飛沫。月の光を妖しく照り返す股呉の血。他人事のように眺めて、ガラクタのように地面に落ちた。
勝てない。逃げられない。死ねない。死なせてもらえない。
「――――次」
放心した股呉の耳に冷徹な声が響く。
どうあっても行き詰まった自らの結末に、股呉は乾いた笑い声を漏らした。
ターン制限ギリギリまで敵を倒さず新しい武器の乱数範囲の把握に努めようとするゲーマーの鑑。
イススィールこそこそ噂話
相模の前で胸囲の話題は厳禁なんだって。
からかってきた知り合いを全治三週間に追い込んで吐き捨てたらしいよ。
「無駄な脂肪垂れ下げるよりジャーキー食べて筋肉つけたら?」