ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】   作:あきてくと

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プロローグ
第1話 ハイっ! こちらアムロ・レイ(非クロスオーバー)


 僕は天使を見たことがある。

 

 天使は神話や伝承で伝えられるとおり純白の衣を纏い、大きな白い翼を広げ、神々しいまでの存在感を放っていた。

 

 あの日、天使は空とともに降りてきた。空の青が粘度の高い液体のように垂れ落ちて霞ヶ浦の湖に注ぎ込む光景は、天上高くそびえる青い巨大な水柱のようだった。その柱の中を天使がゆっくりと降臨して、太陽光を浴びて輝きながら湖中へ消えていったのだ。

 

 もう10年も前の出来事だ。それでも僕はそのときの情景を鮮明に覚えている。

 

 そのときの現象は、『スカイフォール』と呼ばれている。空が落ちたように見えたことに加え、湖の水が通常ではあり得ないほどに高濃度オゾン化していたからだ。それにより、湖に生息する生物は魚から微細菌にいたるまですべて死滅した。あるいは天使の力によって浄化されたのかもしれない。

 

 オゾン濃度は程なくして通常値に戻ったが、生態系が完全に破壊された霞ヶ浦は、10年経った今も生物が住めない死の湖になっている。原因は未だ不明。目撃者は多数いたはずなのに、天使が降臨したなどとはもちろん、未確認物体が落下したという報道は一切されていない。

 

 ときどき、白昼夢だったのかもしれないと思う。しかし、そう思う度に、あの鮮明なディテールに現実だという確信が湧き上がる。遠目で正確な大きさはつかめなかったけれど、天使はおよそ10m以上の巨体だった。

 

 そう、ちょうど今僕が搭乗している人型巨大兵器エグザマクスのような。

 

 

《___アムロ・レイ。意識レベルが低下しています。戦闘に集中してください》

 

 抑揚のない女性の電子音声で僕はハッと我に返る。正確には、フルネームで呼ばれたことで現実に引き戻された。

 

「シズク、僕のことはフルネームで呼ぶなと伝えていたはずだぞ」

 

《二度呼びかけても応答がありませんでしたので、もっとも確実な方法をとらせていただきました。マスター》

 

 安室 玲(アムロ レイ)。それが僕の本名だ。著名ロボットアニメの主人公と同姓同名。その事実は僕の幼心に小さくない傷をつくった。両親を恨んだこともあった。ましてや現在僕は人型巨大兵器エグザマクスに搭乗しているのだから、その関連性を問われれば僕は顔から火が出るほど恥ずかしくなる。もちろん僕はフルネームで呼ばれるのが大嫌いだった。

 

「___それで、僕はどれくらい意識が飛んでいた?」

 

《その質問の意図は、時間についてでしょうか? 意識レベルについてでしょうか?》

 

 しまった。人工知能( AI )であるシズクに曖昧な言葉づかいはNGだ。

 

「両方」

 

《時間にしておよそ30秒ほど。意識が飛ぶというほどのレベル低下ではありませんが、戦闘中にふさわしくないほどの惚けっぷりです》

 

 シズクは、曖昧な言葉をを指摘するほど厳格なAIのわりに『惚けっぷり』などと、気の利いた言葉を使う。彼女の語録は僕より5倍は豊富で、計算速度は僕の数千倍早い。

 

 AIによる操縦インターフェースの補助は、人型巨大兵器エグザマクスを動かすうえでなくてはならない存在だ。もっとも、シズクは機体制御用ではなく支援用に搭載されるAIで、制御用AIは別に存在する。

 

 制御・支援問わず、エグザマクスに搭載されるAIは、パイロットが話す自然言語を認識できるだけの機能があれば十分でシズクほど多弁である必要はない。だけど、僕の役職上、AIとのコミュニケーションが必要だから、あえて自然言語対話に特化したチューニングにしてある。

 

 彼女が言うとおり、僕は現在戦闘中だった。とはいえここは前線から遥か離れた後方であるため流れ弾すら飛んでこない。

 

 眼前には、強い日差しに照らされた黄土色の砂と岩で覆われた砂漠広がり、地平の彼方は灼熱で揺らいで見える。

 

 遠方の前線では、僚機のエグザマクスが敵対勢力である政府軍のエグザマクスと銃撃戦を繰り広げている。時折、鋭角的なディテールをしたエグザマクスの装甲板が太陽光を反射させて光った。それはまるで1/144スケール程度のプラモデル同士が動いているかのようだ。

 

 同じ光景を1年間見続けても慣れることはない。一般的日常とはかけ離れた非現実的なその光景は精細に作り込まれた模型のジオラマを見ているような錯覚さえ覚える。エグザマクスのコックピット内にモニターの類は一切なく、これら外界の様子はすべてヘルメットのバイザーモニターに投影されていた。

 

 それはちょうどVR産業の勃興期に登場したヘッドマウントディスプレイと、戦闘機のヘッドアップディスプレイを組み合わせたような構造だ。だからパイロットである僕からは身ひとつで荒涼とした砂漠に突っ立っているように見えた。

 

 それらを背景にして、機体の各種制御データが表示された半透明の拡張現実(AR)ウィンドウが手の届きそうなところに浮かんでいる。複雑な構造を持つ人型巨大兵器を操るために参照しなけければならないデータは膨大だ。水平器・方位計、火器管制システム状況やバッテリー残量、動力伝達のモニタリングなどをはじめとする諸々の情報が戦闘視界を妨げないレイアウトで表示されていた。

 

 小さくアラームが鳴った。外部の異常音を捕らえたシステムが音波波形モニターを自動でポップアップさせ警告を促す。

 

《敵長距離砲撃と思われる高熱源体接近。着弾まで5秒》

 

 シズクが遅れて音声による警告を発した後、ロケット花火のような風切り音が僕の耳にも届いた。音量がピークまで達するとすぐさま爆発の閃光が瞬き、轟音と振動が身体の芯まで響く。

 

 視覚に異常を及ぼすほどの光と、聴覚に悪影響があるほどの音は、瞬間的にシステムが自動でマスキングしてくれるが、爆発の振動と粉々になった岩盤が機体装甲を叩く音は直接振動となってコックピットまで届いた。

 

 浮遊感とともに、ゴーグルの中を青空と白い雲が流れていく。それから、強い衝撃があって地面に激突したことを察知した。爆風に煽られバランスを失った機体は仰向けに倒れ込んだ。視界には今は空しか映っていない。

 

 エグザマクスの全高はおよそ16m。コックピットは腰部にあるから、地面に衝突した僕は身体には、10mの高さから落下したくらいの衝撃が加わる。コックピットのシートは耐G構造になっているため大した衝撃ではないが、それでも身体には自動車同士が微低速で衝突したほどの力が加わった。

 

 僕は機体の損傷状態を確認し、問題ないことを確認してから機体を起きあがらせようとする。しかし、機体は地面をのたうち回るだけで、なかなか起きあがらせることができない。

 

《早く起き上がってください。敵の追撃を受けます》シズクが僕をせかす。

 

 エグザマクスはパイロットの微細な脳波を検知して動く非接触型BMIを基幹操作に用いているため、パイロットは身体を動かそうと意識するだけで機体が勝手に動いてくれる。自分が仰向けに倒れて起きあがる一連の動作を行えばすぐさま起きあがることができる。

 

 はずなのだけれど、僕にとって、それは容易なことではない。とくにこの切迫した状況ではなおさらだ。

 

 人間が起きあがるためには、まず腕をついて上体を持ち上げ、足を重心の近くに移動させる。そして、重心を支点となる足の直上まで移動させ、バランスをとりながら足を突っ張るようにして立ち上がらなければいけない。

 

 しかし、普段こんな風に考えながら起きあがる人間はいない。残念なことにエグザマクスのインターフェースは無意識下の思考は直接反映されないため、一つひとつの動作を1ステップづつ明確に意識しなければ起きあがることはおろか、歩くことすらできない。おまけに、生身の身体で起きあがるのと違い、身体感覚のフィードバックがないため、さらに難易度が増す。

 

 さらに、AIが予測再現した動作が本当にパイロットが望む動作なのかを逐一操縦桿に備わるボタンを操作して、承認および可否の判断決定をしなければならない。なぜ、こんな面倒なシステムを導入するかと言えば安全のためだ。

 

 エグザマクスは兵器機械ではあるものの産業機械だ。不安定な脳波だけで全高16mにも及ぶ巨大機械を操作することなど安全管理上問題だらけだからだ。周囲に大勢の人がいるなかで、もしパイロットがほんの少しでもおかしなことを考えただけで機体が暴走し、下手をすれば周りに死人の山ができてしまう。

 

 そのための安全装置として、パイロットは機体の動作一つひとつを実行するかどうかを随時問われる。そして、そこだけは筋肉による随意操作が求められるようになっている。

 

 まとめると、エグザマクスの基本操作プロセスはこうだ。

 

1、パイロットの脳波を人工知能が検知し行動ログとして記録する。

2、そのログが正しいかどうかを制御AIがモニター上でパイロットに問い合わせる。

3、パイロットが操縦桿やペダル操作で、それらのログに承認およびキャンセルを下す。

4、承認されて初めてひとつの動作を実行する。

 

 慣れないうちは、パイロットが動作を明確に脳波として発信できないため、AIがパイロットの意図を読めず、おかしな動作ばかりが動作ログとして提案される。そうなると、キャンセルばかりでまともに動かすことは難しい。

 

 つまりエグザマクスを動かす為には、ただ前進する動作ひとつ取っても、しっかりと前に進むという意志を明確にしたうえで、体重を前方に移動。承認。右足を持ち上げる。承認。右足を地面につける。承認。左足を持ち上げる。承認。左足を地面につける。承認。と煩雑な操作が要求される。

 

 動かしているうちに訳が分からなくなってくる。おまけに動作遅延も大きい。人間には一対の手足と合計20本の指が備わっているが、それらを駆使してもシーケンス制御で人型のロボットを機敏に操ることは難しい。ペダルとレバーとボタン操作だけで、迫り来る銃弾を回避しつつ、剣を振るって敵機を屠るなどという行為はロボットアニメの世界だけの話であって現実世界では不可能だ。

 

 ましてや、人型巨大ロボットを自由自在に駆って、敵を無双のごとく薙倒す光景などなど絵空事に過ぎない。少なくとも僕には無理だ。現実は、なによりも安全第一。周到なセーフティシステムをパイロットと機体の間にかませなければ運用すらままならないのが現実世界の巨大ロボットというものだ。

 

 相変わらず眼前には青い空を背景に白い雲だけが浮かんでいる。再度、警告の音波波形モニターがポップアップし、すぐさま先程と同じ風切り音が僕の耳に届く。

 

 起きあがれないままでいる僕のわずか十数m離れた位置に迫撃砲の追撃が着弾し、再びコックピットを大きく揺さぶる。僕は恐怖に打ち震える。

 

 焦れば焦るほど操作がままならない。やっぱり僕はエグザマクスのパイロットには向いていない。そもそも僕はパイロット志願ではなくサイラスの技術者志望だったのに。

 

 このエグザマクスの製造元であるサイラス。その私設傭兵が僕たちだ。自社製品のテストとデータ収集を行いつつ、傭兵として戦場を闊歩することで自社製品を国家やテロリストに売り込み営業をかける『武器実演販売チーム(死のセールスマン)』が、僕が所属する『サイラス私設傭兵部隊』の実態だった。

 

 僕は、この1年間だけでも3度、転属願いを出したにもかかわらず受理してもらえない。この采配を下した専務にも直談判したが、聞き入れられず今に至る。

 

 目を閉じれば鬼専務の顔が浮かぶ。世界最先端の技術を扱う、世界一のブラック企業がサイラスだ。見知らぬ中東の地に左遷されたあげく、僕はここで死ぬのだろうか。

 

 日本にいる父さん、母さん。僕にこの名前をつけたことは恨んでいるけれど、僕は二人の子供に生まれて幸せだった。そして2人の双子の妹たち。兄ちゃんは、お前たちの花嫁衣装を一目みてから死にたかった___。

 

 僕は無神論者だが、死ぬ前のお祈りをしたのはこの部署に配属されてからもう何度目になるだろう。涙が目尻から溢れ出る。仰向けになっているから、粘度の低い鼻水が頬を伝って流れ落ちる。そして、僕はハッと寒気を覚える。

 

 眼前に広がる中東の高い空は、ただただ僕を見下しているように見えた。そればかりか、その空に高く延びる積乱雲の塊が、だんだん鬼専務の顔に見えてきた。

 

 

 

《___よお、レイ。お前なにやってんだ?(  Hey! Rey. What are you doing?  )

 

 僚機の1体が近づいてきて通信で様子を問う。この明るい調子は、アメリカ海兵隊上がりで中距離砲撃機を駆るサニー・バニーの声だ。

 

《僚機の活躍により、敵部隊は撤収を開始しました。作戦エリアに敵機反応ありません。マスター、これで23回目です》

 

 シズクの報告に心底安堵した。平和な日本で一般人として生活していては無縁ともいえるほど濃厚な生を実感する。ところで。

 

「うん? 何のカウントだ?」

 

《恐怖のあまり、コックピット内で排泄物を漏洩させた回数です》

 

「よけいなことは数えなくてよろしい」

 

 僕の名前は安室 玲(アムロ レイ)。24歳。サイラス私設傭兵(死のセールスマン)の一員で人型巨大兵器エグザマクスに乗っている。しかし、僕は英雄でもなければ、エースパイロットでもない。

 

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