ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】 作:あきてくと
僕は天使を見たことがある。
天使は神話や伝承で伝えられるとおり純白の衣を纏い、大きな白い翼を広げ、神々しいまでの存在感を放っていた。
あの日、天使は空とともに降りてきた。空の青が粘度の高い液体のように垂れ落ちて霞ヶ浦の湖に注ぎ込む光景は、天上高くそびえる青い巨大な水柱のようだった。その柱の中を天使がゆっくりと降臨して、太陽光を浴びて輝きながら湖中へ消えていったのだ。
もう10年前の出来事だ。それでも僕はそのときの情景を鮮明に覚えている。
そのときの現象は、今では『スカイフォール』と呼ばれている。空が落ちたように見えたことに加え、湖の水が通常ではあり得ないほどに高濃度オゾン化していたからだ。それにより、湖に生息する生物は魚から微細菌にいたるまですべて死滅した。
オゾン濃度は程なくして通常値に戻ったが、生態系が完全に破壊された霞ヶ浦は、10年経った今も生物が住めない死の湖になっている。原因は未だ不明。目撃者は多数いたはずなのに、天使が降臨したなどとはもちろん、未確認物体が落下したという報道は一切されていない。
ときどき、白昼夢だったのかもしれないと思う。しかし、そう思う度に、あの鮮明なディテールに現実だという確信が湧き上がる。遠目で正確な大きさはつかめなかったけれど、天使はおよそ10m以上の巨体だった。
そう、ちょうど今僕が搭乗している人型巨大兵器エグザマクスのような。
《___アムロ・レイ。意識レベルが低下しています。移動に集中してください》
抑揚のない女性の電子音声で僕はハッと我に返る。正確には、フルネームで呼ばれたことで現実に引き戻された。
「シズク、僕のことはフルネームで呼ぶなと伝えていたはずだぞ」
《二度呼びかけても応答がありませんでしたので、もっとも確実な方法をとらせていただきました。マスター》
「ほんのちょっとぼんやりしていただけだよ」
僕はエグザマクスを駆って砂漠を走っていた。HUD上の方位計と砂漠の上空に立ち上る黒煙を目印にして。まだ戦闘が続いている反政府軍の防衛ラインへ向かって。
後方からは支援機のシズクと、途中で合流したホノカが4足歩行のちょこまかとした動きで僕に追従する。
パイロットの脳波を読みとって操作するエグザマクスは、ただ前進するだけでも、しっかりと前に進むという意志を明確にしたうえで、体重を前方に移動・右足を持ち上げる・右足を地面につける・左足を持ち上げる・左足を地面につける・というふうに煩雑な思考操作が要求される。さらに、それぞれの動作に操縦桿に備わったボタンで承認および却下の命令を下さなければならない。
とはいえ、それだって慣れてしまえば単純作業と変わらない。前進するだけなら
ただし、バランス制御が追いつかないほどの衝撃や起伏ではさすがに転倒してしまう。どうせなら自動で機体を起きあがらせる機能もつけてほしいものだけれど、安全管理項目上の観点から、
速度計は約60km/hを指し示していた。およそ人体の10倍にあたるエグザマクスが全力疾走すると、搭乗しているパイロットは2mほどの距離を常時上下に揺すられ続けることになる。
しかし、エグザマクスの脚部ショックアブソーバーとフローティング構造の耐Gコックピットに加え、
砲撃の発破音が大きくなってきた。砂丘の合間からは赤黒い爆炎の片鱗が望める。戦場はもう近い。大きな爆発音がコックピットまで響いた。
目の前の大きな砂丘を乗り越えると戦場が一望できた。戦車砲が飛び交い、巨人同士が放つ火線が往来する非現実世界。不用意に飛び込めば苦しむまもなく死ねる混沌と無秩序が支配する空間だ。
周辺の地面は爆発によって砂が黒く焼け焦げ、所々で戦車だったものから漏れ出した軽油が燃え上がって黒煙を巻き上げる。行動不能になったエグザマクスが損傷箇所から電気ショートによる細く白煙をたなびかせていた。
エグザマクスのコックピット内は外気が入念にフィルタリングされているけれども、僕は戦場に立ちこめる臭いを嗅ぎ取る。金属が焼けるにおい、軽油やオイルが燃えるにおい、硝煙のにおい、漏電したオゾン臭。薄められてはいるものの、それぞれの臭気が混じり合ってつんと鼻の奥を刺す。
鉄の壁に覆い隠された無機的な戦場に血生臭さはない。それでも確実に人が死んでいる。エグザマクスでしか戦ったことがない僕は、本当の戦場の血生臭さを知らない。この刺激臭が僕の知っている死の臭いだった。
反政府軍の防衛部隊として展開していた10輌の戦車は、すでに半数にまで減っており、渓谷の入り口付近まで後退を余儀なくされている。
政府軍のエグザマクスがそれを追いたてるように侵攻するが、砂漠の砂の色に溶け込むサンドブラウンのサニー・バニーが侵攻の足をくい止めている。9機いたはずの敵エグザマクスは5機にまで減ってはいたけれど、このままでは防衛ラインが突破されるのは時間の問題だ。
サニー・バニー機は左腕に装備したガトリングガンでそれら迎撃するが、不意に火線が途切れる。おそらく弾切れだ。それを見取った敵エグザマクスの1機が戦列から踊り出て特攻をかけた。その1機だけは、他と明らかに動きが違う。おそらく
サニー・バニーは空いていた右腕に予備兵装のショートナイフを装備し、ナインズ機を白兵戦で迎え撃つ。こちらの主戦力の足止めに成功したことを確認した他のエグザマクス4機は一気に侵攻速度を早めた。
「シズク、ホノカ。『あれ』を使う。少し遠いけれど、ここから撃つよ」
《お言葉ですがマスター、イノウエ専務の許可は得ていますか? 国際法に抵触する恐れがあるこの攻撃は専務の承諾が必要です》
「イノウエ専務は反政府軍との依頼継続を望んでいる。しかし、今使わなければ反政府軍は壊滅し依頼継続は不可能になる。不可抗力を理由として承諾は省略する」
《そんな屁理屈では承認できません》
もう、めんどくさいなぁ。
「なら、身の危険および味方機の危機を感じた場合は特例として無許可の使用が認められているだろ。
《___仕方ありませんね。後で専務に怒られても知りませんよ。
《ホノカ機、セーフティ解除しますっ♪ ヒャッハー☆ 狙い撃つぜェッ!》
「優先目標はナインズ機。次に、防衛ラインに直近のエグザマクス。照準は敵胴部およびコックピット以外に設定。武器を破壊敵を無力化させるのを最優先とする。エグザマクス腕部の制御を、最終安全装置を残して支援AIに譲渡」
《 《イエス、マスター。照準制御の譲渡を確認》 》
僕は戦線から1.5kmほど離れた位置の砂丘の上へ機体を倒れ込ませて長大なスナイパーライフルを構える。シズクとホノカは左右に散開して戦線へ向かう。
僕にはジェイクのような狙撃は逆立ちしたってできない。けれど引き金を引くことはできる。対して、AIが人間に直接危害を加えることは国際法で認められていない。けれど照準を合わせることはできる。
AIのシズクとホノカが正確に照準を合わせて、人間である僕が責任をもって引き金を引く。それによって可能になる、AI自動照準による超精密狙撃が僕の奥の手だ。
無線通信によって僕が乗るエグザマクスの腕部が外部から操作され照準を合わせる。エグザマクスの運動制御の自動化は禁止されているが、これは照準補正に近いため安全管理項目上では正直グレーといったところだ。おまけにAIに関する国際法上でもグレーだろう。だから緊急時以外の使用は控えるように言われている禁じ手だ。
2機による2点ステレオカメラ高精度照準に加え、シズクとホノカに備わるセンサーが正確な風向きや風速を捉え、地軸や気圧、銃器の反動や個体差までを加味して弾道を計算するため、射程内であればどれだけ距離が離れても狙撃ができた。
さらに、AI2体ぶん動作予測演算処理により、ターゲットがどんな動きをしようが、どんなに速く動こうが、三次元機動をしている限り絶対に狙いを外さない。
つまり、僕の仕事は指示されたタイミングで引き金を引くだけだ。そうすればズブの素人である僕が撃った弾でも勝手に敵に当たる。ただし、弱点はある。近距離で使うには反撃されるリスクが大きすぎるし、シズクかホノカが破壊されでもすれば使えなくなってしまう。だから遠距離狙撃がベストな使い方だ。
《マスター。1射目は弾道計算のための捨て撃ちです》
「
《準備はよろしいですか? Ready____Fire 》
「Fire」
僕は反復しながら、言われるがままに引き金を引く。乾いた発射音のあと、ライフルの銃口から発射された弾丸は狙い通りに敵の遥か頭上を飛び越える。
思わぬ方向から撃たれたサニー・バニーとナインズの機が何事かと一瞬動きを止める。狙撃手が自分のいる位置を教えるのは自殺行為だ。けれど、この弾道軌道取得のための1発目は正確な狙撃のためにはどうしても必要なプロセスだった。この捨て撃ちも弱点のひとつだけれど、今回に限っては威嚇射撃として功を奏する。
《
《サニー! 狙撃するから後退してっ!》
《弾道情報を取得中。反動・地軸・風向き・風速・気圧・銃器個体差による弾道予測データを最適化。照準補正完了。マスター、トリガータイミングが0.25秒遅れています。それにより照準と着弾箇所に2.2%の誤差が生じます》
相変わらず指示が細かい。けれど、それくらいの誤差なら問題ない。
《
「Fire」
放たれた弾丸はスコープに捉えた敵機へとほぼ一直線に向かう。1射目は、およそ1.5km離れた位置にいるナインズ機が右腕に持つライフルの基部を手首もろとも正確に撃ち抜いた。
《
ナインズ機は慌てて複雑な回避機動を行う。しかしシズクとホノカは、機を操作しているパイロットですら気づかない操縦パターンをみつけて、着弾する回避先を正確に予測する。僕のエグザマクスの腕部は、僕に意識に反して微動し2射目の照準を絞る。
《Fire 》「Fire」
《Hit.》
2射目は、素早く動くナインズ機の左肘間接を捉えて砕いた。敵機は前腕もろとも武器を取り落とす。
《Fire 》「Fire」
《Hit.》
3射目は、頭部を正確に射抜く。完全に無力化したナインズ機は素早い判断で後退した。
続いて防戦戦車に迫りつつある他のエグザマクスに照準を移す。
《___Fire 》「Fire」
《Hit.》
《Fire 》「Fire」
《Hit.》
《Fire 》「Fire」
《Hit.》
《Fire 》「Fire」
《Hit.》
《Fire 》「Fire」
《Hit.》
《Fire 》「Fire___」
マガジンの弾を撃ち尽くす前に、残り5機のエグザマクスもすべて戦闘不能に陥って後退を余儀なくされる。僕は定められたタイミングで引き金を引いただけだ。たったそれだけで劣勢だった戦況をあっという間にひっくり返す。これはもはや、ゲームのイージーモードだ。これが国際法に抵触する危険な兵器に該当しないはずがない。
《敵侵攻部隊の無力化に成功。全機撤収していきます》
「了解。
反政府軍の防衛ラインに侵攻していた政府軍のエグザマクスはすべて撤退を開始した。安全距離までの後退を確認したところで、僕はエグザマクスを起きあがらせてサニー・バニーに合流するために機を進める。
《本当にレイなのか? それともレイの機体にジェイクが乗っているのか?》
「紛れもなく僕だよ。サニー」
サニー・バニーのサンドブラウンのエグザマクスは驚きを隠せない様子で呆然と立ちすくんでいた。頭部の四角いモノアイが口をあんぐりと開けたように見える。信じられないのも無理はない。部隊のお荷物である僕がジェイクと同等の長距離狙撃を行ったのだから。
この僕の機体に備わる特殊機能はチーフメカニックの
「秘密兵器さ」僕は鼻高々に言う。もっとも、僕は引き金を引いただけだけれど。
《
「うん。カミオンは無事に安全圏まで離脱したよ。ガワサキさんからガトリングガンの予備弾倉も預かっているし___」
そこへ、ホノカが会話に割り込んで伝えてくる。
《マスター、スッゴいデッカいサソリがいるよっ♪》
サソリ? そんなの砂漠ならどこにでもいる。生身で砂漠にいるわけじゃないからサソリなんてなんの問題にもならない。
「こら、ホノカ。遊んでないで周辺警戒を怠るな」
《遊んでないよっ☆ 敵接近! 危険♪ 危険♪》
はい、はい。そんなことよりも、これからどうするかだ。拠点の侵攻は阻止したとはいえ危機が去った訳ではない。隊長たちはまだ戦っているし、さらなる敵増援があるかもしれない。僕はサニー・バニーにカミオンから持ってきた予備弾倉を手渡す。
《マスター。大型の敵エグザマクスが接近しています。注意してください》
今度はシズクが報告する。周辺を見渡すと、遠方で砂煙が巻き上がっている。望遠カメラでその付近を確認すると、砂丘の合間から巨大な影が見えた。
「___サソリだ」僕は、呆気にとられて言う。それもただのサソリじゃない。エグザマクスの2倍はありそうな巨大なサソリだ。
《だから言ったじゃん! シズクちゃんの言うことばかり信用してさぁ。プンプン》
エグザマクスのパーツを組み替えたサソリ型のエグザマクスなのか。2対のハサミはエグザマクスの胴体を掴めるほど大きい。後部に反り返る尻尾の先端は毒針の代わりにライフルが備わっているようで、射程に捉えたこちらに砲撃を開始する。
脚部は昆虫特有の6足歩行型。6足歩行機構は常に3足が接地しているため静的安定性がとくに高い。おまけに多間接でフレキシブルに稼働する尻尾はライフルの射撃反動を上手く抑制するため、高い狙撃能力を有していることが伺えた。発砲する度にビクンと尻尾が震え、生物的な動きを思い起こさせる。
しかも移動速度が速い。両方のハサミの内側に備わったマシンガンを射かけながら砂煙を巻き上げこちらに突進してきた。
《危ねぇ》
呆然と立ちすくむ僕をサニー・バニーが押しやり、サソリ型エグザマクスの突進を辛くもかわす。そして、弾倉の交換を終えたガトリングガンをその背面に向けて放つ。
サソリは僕らを無視してそのまま後方の反政府軍戦車部隊に向かって直進した。戦車は主砲で迎撃するが、俯角が十分に取れない戦車砲は、地面に這うかのように平たいサソリの上部をかすめるだけだ。
残り少なくなった戦車部隊の布陣のなかにサソリが突っ込む。蹴り飛ばし、踏みつぶし、ハサミで払いのけると40tほどもある戦車がおもちゃのよう捲れて転がった。そのなかの1輌を巨大なハサミで掴みあげるとアルミ缶のように軽々と握り潰す。
その様相を見た僕は、エグザマクスが挟まれたらどうなるかを考えただけで、冷たい汗が背中を流れた。
サソリが砂煙を上げて戦車部隊を蹂躙する。その間にも、サソリは尻尾を反転させて背後にいる僕らに向かってライフルを射かけて牽制するため援護に向かうことすらできない。
サソリ型エグザマクスは砂の上滑るように旋回し終えると一時動きを止め、こちらを威嚇するように尻尾とハサミを振り上げる。捕まれたまま鉄クズになった戦車をマシンガンの斉射で強引に払い飛ばすと、バラバラになった大型の金属片が砂の上に落ちた。
《
サニー・バニーは再び突進してくるサソリ型エグザマクスを迎撃する。僕は狙撃ポイントを探して後退する。
「シズク、ホノカ。
《 《イエス、マスター》 》
巨大なサソリを見下ろせる手近な砂丘の上によじ登り、僕はしゃがんで狙撃体勢を取る。金属でできたサソリを狙撃スコープに捉えると、その再現度の高さに感嘆する。見ればみるほどサソリに見える。本社の技術スタッフをここにつれてきて見せてやりたいと思ったくらいだ。
サニー・バニーがマタドールよろしくサソリの突進を引きつけては寸前でかわし、左腕のガトリングガンを射かけるけれども、サソリの巨大はハサミには盾としても機能するらしく致命傷は与えられない。ガトリングガンから放たれた無数の弾丸は、鋭角面をなすハサミの甲部分で偏向させられて後方に流れた。
《 《シズク機、ホノカ機、配置完了。狙撃を敢行します。Ready____ Fire》 》
「Fire」
照準は尻尾のライフルに合わさっていたけれど、補正が十分でない射撃は尻尾の装甲に浅く当たり跳弾する。
《弾道情報取得完了___
こちらが引き金を引く前に、サソリの尻尾に備わる銃口がぐるりとこちらを向いて瞬いた。と思った時には強い衝撃が機体を襲っていた。
くそっ、撃たれた。もっと距離をとって射撃するべきだった。戦闘の興奮による不用心か、優秀すぎるAI狙撃ゆえの慢心か。攻撃が安直すぎた。もっと慎重に攻撃を行うべきだった。
サソリが放ったライフル弾の衝撃で上体が弾かれ、僕の機体は砂丘の上から仰向けに転落する。視界には空が流れる。僕は歯噛みしながら、落着の衝撃に身体を強ばらせる。
尻餅を突いた衝撃で目の前の景色が歪んだ。機体を起きあがらせようとしたところで僕は異様な光景に気づいた。
景色が歪んでいる。脳しんとうによる目眩かと思ったけれど違う。
眼前に浮かぶ計器類や砂丘はくっきりと見えている。空だけが歪んでいる。
雲ひとつない砂漠の青空の一部が、著しく精度の悪い魚眼レンズで覗いたかのように歪んでいた。
機体の損傷確認もせず僕は息を潜め、目の前の空で起こっている現象を正確に観察しようと努める。
歪みは不規則にうごめき、いつしか空が液面のように揺れだした。
その振幅は徐々に大きくなり、青空の一部だけが海面のように波立つ。
僕はこの光景を見たことがある。10年前のあの日と同じ。
空が落ちたあの日。天使を見たあの日。
「スカイフォールだ___」僕は誰に言うでもなくつぶやく。
自分の声で自意識を取り戻した僕は、通信機を操作して敵味方関係なく全周波数帯に通信を開いて叫ぶ。
「
労せず機体を起きあがらせると、気づけば僕は先ほどまでいた砂丘に再びよじ登っていた。
そして辺りを見渡す。少し離れた砂漠一帯の上空だけが綺麗な円を描いて、周囲の空よりも少しだけ濃い青色で波打っている。まるで空に大穴が空いたようだ。
大気の層が薄くなり、そこだけ宇宙空間の闇が濃くなっているだろうか。それだと、あの液状に見えるものの説明がつかない。
サソリ型エグザマクスもサニー・バニーも、この異様な空に気づいたようで今は戦闘を止めて空を眺めている。
異常な部分の空の振幅がさらに大きくなると、粘度の高い液体のように空がどろりと垂れ下がる。
空から青が溢れるように地上へと落ちた。そして、空色の柱ができあがる。
柱の向こう側の景色は左右に引き延ばされて映り、それは巨大な水柱を思わせた。そして強いオゾン臭が鼻の奥を突き刺す。
これも10年前と同じだ。もし、そうであれば、あの柱のなかを何かが降臨してくるのだろうか。僕は再びあの美しい天使が見られるのではないかと思い期待を膨らませる。
僕は戦闘中であることも忘れ、空と柱をじっと見やる。
心臓が大きく鼓動しているのを頭の片隅で捉える。呼吸はほぼ止まっていた。
半透明な円柱の上面中央に、ポツンと黒い点が現れた。
心臓がひときわ大きく脈動した後に、僕のすべての注意は空に現れた黒点に奪われた。
空に現れた黒点はゆっくりと拡大する。いや、何かの先端がぬっと飛び出して降下してくるようだった。
隕石や人工衛星でないのはハッキリとわかる。天使でもない。
僕には、先端が鋭く削られた巨大な鉛筆が、空からゆっくりと落ちてくるように見えた。