ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】   作:あきてくと

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第12話 未確認巨大構造物(バイロン軍出現)

 自分の声で自意識を取り戻した僕は、通信機を操作して敵味方関係なく全周波数帯に通信を開いて叫ぶ。

 

スカイフォールだ!( It's Skyfall. )

 

 周囲に漂う強いオゾン臭が鼻の奥を突き刺す。

 

 空から垂れ下がった水柱のようなものが砂漠に立った。

 

 その天井中央から円錐状にとがった物体がゆっくりと落下する。

 

 それは黒檀のように真っ黒で、先端は円錐状に鋭く尖り、あるところからは一定の太さを保っている。ものすごく大きく、そしてものすごく長い。

 

 かといって宇宙から落下しているようには見えない。空の境界というものがあったのなら、その長大な物体はスカイフォールによって出現した境界面から出現し、落下しているようだ。

 

 全長は砂漠の地面に突き刺さりそうなほど落下しても、後端は境界面から出きっていない。

 

 その光景は、空に鉛筆というか極太マジックで一直線に縦線を引いたようだった。

 

 その人知を越えた巨大な構造物は、そのまま自由落下を続ける。次の動作に僕は目を疑った。地面に突き刺さる直前に上から下へと規則正しく、ネオンのように等間隔で全周囲が瞬いたのだ。それと同時に一瞬だけ落下が止まる。

 

 それは明らかに人為的な振る舞いであり、明らかに対地落下速度の調整作業だ。

 

 再び落下を開始した巨大構造物は、予想どおり地球に対して杭のように突き刺さる。

 

 膨大な質量が着地した衝撃で砂煙が円周状に高く舞い上がる。それだけにとどまらず、砂漠に波紋が広がりだす。比喩ではなく巨大構造物の落下にともなう本当の波紋だ。それも砂の。

 

 波紋は2波、3波と高い砂の津波を形成して瞬く間に全周囲に広がりこちらにも迫る。同時にエグザマクスに搭乗していても上下に揺すられるほどの地震が起こった。

 

 砂は地震の液状化によってゼリーのように変化して脚部が地面に(うず)まる。衝撃波が叩きつけられるうえ、吹き返しの強風によってエグザマクスに搭乗していながらも身動きすら取れない。

 

 僕らは手足をバタつかせながら、ただただ砂の高波に飲み込まれるしかなかった。

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

 

おい、レイ! 無事か!?( Hey.Rey! Are you OK!? )

 

 サニー・バニーの呼声でハッと目が覚める。どうやら気絶していたらしい。

 

 背中にかかる重力から仰向けに倒れていることがわかった。それに真正面に青空と灼熱の太陽が望めた。太陽の位置がほとんど変わっていないことから、気絶していたのはほんの一瞬だったようだ。自動減光されながらも太陽の強い光が目の奥を突き刺す。

 

 スカイフォールも巨大な構造物の落下も夢だったように思える。僕は状態を起こして周囲を見渡したが、残念ながら夢ではなかった。依然として強いオゾン臭は残っている。そして周辺の景色は一変していた。

 

 巨大構造物の落下による衝撃波と地震によって砂丘はすべて消え失せ、砂漠は遥か地平まで真っ平らになっていた。遠方には黒檀のような真っ黒な塔がしっかりとそそり立っている。けれど、この非現実的な光景は夢としか思えなかった。

 

 その構造物は日本のスカイツリーよりも高く、ドバイにあるブルジュ・ハリファよりも遥かに高い。天辺は空に霞んで見えない。

 

「サニー、あれは何?」

 

《俺が聞きてぇよ》

 

 まずは情報を集めなければ、と思ったところでシズクとホノカの姿を探す。

 

《シズク。ホノカ。無事か》

 

《イエス、マスター。こちらシズク。ハードウェア、ソフトウェアともに問題ありません。しかし、砂に埋もれている模様で身動きが取れません。回収をお願いします。ただいま位置情報を送信します》

 

 シズクからはすぐに返答があったが、ホノカからは連絡がない。HUD上のアイコンからホノカとはデータリンクが途切れていることを読みとる。

 

 僕はとりあえずシズクから送られた位置座標に向かい、エグザマクスのマニピュレーター( 腕部 )を使って地面の掘削作業を開始する。表面の砂を払うとすぐにシズクの筐体が現れた。周辺の砂を払ってやると、シズクは自力で砂から脱出してボディに付着した砂を振り払うべく細かく身をふるわせる。まるで犬みたいだ。

 

「シズク、ホノカとの連絡がとれない。ホノカの位置は特定できるか?」

 

《いいえ。大質量の衝突による衝撃波で電離層が不安定な状態になっている模様です。そのため短波長距離通信による会話および位置特定は現在行えません》

 

 つまり相互通信ができないほど遠くか、地中深くにいるかもしれない。同時にそれは隊長たちとも連絡が取れないということだ。

 

「なら、あの物体が何かわかるかシズク」

 

《残念ながら、あの巨大構造物に該当する情報はデータベースにありません。また、あれだけの巨大構造物は地球の既存技術レベルでは建造不可能です。ただし、簡易的ながら寸法計測はしております。差し渡し1,000m、全長はここから捉えられるだけで高度13,000mに達し、地中に潜行した部分を含めますと総延長は15,000m以上になります》

 

 地球外の巨大構造物。けれども、あれは宇宙から飛来したものではない。そもそもあれだけの質量体が地球に衝突したなら、今頃地球全体が大惨事だ。

 

 それに、あれがスカイフォールの境界面から這い出るように忽然と現れる様を僕は見ている。そして、あの逆噴射のような減速動作は知性をともなった意図的な着地動作だ。まさか、地球を侵略に来た宇宙人の母船なのか? 行き着いた非現実的な答えに思わず自嘲したくなる。

 

 いや、もしかしたらアメリカの秘密兵器かもしれない。アメリカ航空宇宙軍なら僕ら民間人の知らないところで何をしていてもおかしくない。最先端の軍事研究レベルと民間普及技術レベルではおよそ100年の隔たりがある。AIによるサポートが一般化した現在ならそれ以上の技術格差があるはずだ。

 

 

 突如、未確認機接近のアラートがコックピット内に鳴り響く。僕はレーダーに目を走らせて接近する方角を確認すると、回頭ざまに右腕のライフルを構えた。

 

 接近してくる機は空戦機。おそらくアメリカ第9海外派遣中隊( ナインズ )のリーダーであるショート・ホープだ。彼が現れたということはアマギ隊長は撃破されてしまったのだろうか。

 

 僕は急速接近する敵機を狙撃スコープに捉え、スナイパーライフルでの狙撃を試みる。しかし、照準を絞り込もうとしたところで、敵機の異常に気づいた。敵機のカメラアイが高輝度の点滅光を発している。おまけに諸手を挙げてライフルを上に向けている。点滅光はモールス信号だ。『攻撃の意志なし』?

 

 《___意志なし。ショート・ホープだ。こちら攻撃の意志なし。銃をおさめられたし。繰り返す___》

 

 僕は後ろにいるサニー・バニーの判断を仰ぎたくて、振り返って彼を見やる。サニーは知らんとでも言わんばかりに肩をすくめるだけだ。悩んだあげく、僕は通信できる距離まで接近した敵機の通信に答える。

 

「こちらサイラス施設傭兵部隊。接近中の敵機に告ぐ。すぐに降下して徒歩にて接近しろ。両腕は挙げたままで」

 

《承知した》と返信が入ると、ショート・ホープはすぐさま機体をランディングさせ、言われるがままに両手を挙げたままこちらに接近する。

 

ごきげんよう(Have a nice day.)。サイラス私設傭兵部隊の諸君。ようやく誰かに会えたと思ったら、まさか敵とはね。僕もツイてない》

 

「アマギ隊長は?」僕はショート・ホープにライフルを突きつけて問う。

 

《さあ。彼との戦闘中に衝撃波に巻き込まれたものでね。ミスターアマギは今頃砂の下かもしれんな。ところで、あれ(・・)は君らの仕業かい?》

 

「まさか。サイラスにあんなものはつくれない。アメリカ宇宙軍の極秘兵器じゃないのか」

 

《ふむ。アメリカ国防総省(ペンタゴン)はともかく、少なくとも僕は何も聞かされていないな。神に誓って。ああ、そうだ。ここに来る途中、あれの近くまで行ってみたら、君のもう1機の支援機を見つけたよ。そのままにしてきがたね》

 

 ホノカだ。おそらく僕らをほったらかしにして勝手に画像撮影に向かったのだろう。まったく、人間みたいなAI離れした行動力だ。とにかく無事でよかった。それに隊長もショート・ホープに撃破されていないということは、無事である可能性が高まった。一刻も早く合流しなくては。

 

《ところで、これからどうするかね。サイラスの参謀君》

 

 参謀と呼ばれたことで、僕が呼ばれたことに気づかなかった。会話が途切れたことで、ようやくそれが僕のことを指していることに気づく。

 

《戦闘を継続するかね?》

 

 その押し殺した声に背筋に寒気が走った。コイツもサイラスの傭兵部隊の面々と同じく歴戦の猛者だった。エグザマクスごしにでも放たれる強い殺気のようなものを感じとり、僕はすくみ上がる。

 

《戦闘を継続するなら相手になってもかまわないが、この緊急事態だ。僕らは通信が回復し次第、味方機を探して撤収することにする。その間は攻撃をしないと約束してくれるかね》

 

「も、もちろん。約束する」と怯えながら答えるので精一杯だった。これじゃ、どちらが優位な立場にいるのかわからない。

 

 そのタイミングで、僕の視界に浮かぶHUD上に変化があった。ホノカとの相互通信を現すアイコンがともる。ホノカとのデータリンクが回復したようだ。同時に通信機からホノカの機械音声が響く。

 

《___マスター! マスタァァァ!》

 

「こら、ホノカ。勝手に動き回るな」

 

《マスタァァァ☆ 正体不明機接近っ! 危険♪ 危険♪ 危険ですぅ♪》

 

 ショート・ホープがホノカを目撃したという巨大構造物の方向を見ると、ホノカが真っ平らになった砂漠に砂煙を上げながらこちらに向かってくる。僕はその光景を見て思わず目を疑う。ホノカの少し離れた背後には黒いエグザマクスの集団がいた。しかも少なく見積もっても30機はいる。

 

 あれは確かにエグザマクスだ。けれど、サイラスがつくったものではない。サイラスのエグザマクスよりも曲面で構成された装甲で覆われ、頭部はドイツ兵のような頭頂部が丸くなった傘状のヘルメットをかぶっていた。

 

 それらは円形のモノアイを光らせながら、軍事パレードのように編隊を組んで行進してこちらに向かってくる。さらに、巨大構造物のなかから巣から這い出る蟻のように黒いエグザマクスが続々と湧き出て来る。

 

 なんだあれ。

 

 全周波数帯に聞いたことがない言語で通信が飛び交う。発信元は敵エグザマクスのようだ。少なくとも友好的な声色ではない。声のニュアンスからは、威嚇か勧告の意志が感じ取れた。

 

《サイラスの参謀君。あれは本当に君らの仕業じゃないんだろうな?》

 

 再び殺気を帯びるショート・ホープの声に、僕はブルンブルンと必死に首を横に振る。

 

《___ふむ。なら、あれは敵と判断してよろしいな》

 

 僕はコクンコクンと必死に首を縦に振ってショート・ホープにサイラスの立場を明確に伝える。

 

「シズク、敵エグザマクスが通信で使っている言語を翻訳できるか」

 

《イエス、マスター。あの言語は地球上のどの言語とも一致しませんが、言語体系自体は英語に近似しています。十分なサンプルの採集と、240時間を作業に当てられれば、82%の精度で翻訳可能です》

 

 宇宙語ってことか? なら本当に宇宙人の侵略なのだろうか。

 

「現状で何かわかるか」

 

《『バイロン』『ポルタノヴァ』という単語が多く散見されます。簡易翻訳を開始します。少々お待ちください___我々、バイロン、軍、ポルタノヴァ、敵、殲滅___》

 

 シズクが翻訳して提示した単語に僕は絶望感を覚える。敵のパレードはすでに50機程度まで膨れ上がっていた。

 

《よし、では諸君。所属不明エグザマクスはバイロン軍・ボルタノヴァと仮称する。どうやら味方機の捜索をしている暇はなさそうだ。撤収作戦を開始しよう。東側に撤退すれば君らのカミオンに合流できるだろう。運がよければミスターアマギやシャルマたちとも合流できるかもしれん___アンディ・クラーク元海兵大尉。僕の援護を頼めるかな》

 

《その名前で呼ばねぇでくれるかな。空軍さん(Mr.Airforce)。今はサニー・バニーだ》

 

《OK。サニー・バニー。援護を頼む。では行くぞ》

 

了解(Yes sir.)。ほら、レイ。行くぞ》

 

 あの、僕らサイラス私設傭兵部隊なんですけど。

 

 ショート・ホープのことは嫌いだけれど、今は彼の指導力がとても頼もしく感じられた。

 


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