ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】 作:あきてくと
第15話 戦場から逃れた船上のアリア(帰国①)
04:00時
早朝の濃霧に紛れた
夜間警邏担当のアーニャ機(以下04)が先攻して敵部隊を迎撃を開始。
04:10時
サイラス私設傭兵部隊長アマギ(以下01)、ジェイク(以下02)、サニー・バニー(以下03)、レイ機(以下05)と、05の
R05Sの報告により、敵部隊は(ナインズ)は赤外線を遮断し隠密性に優れたニッケルサマリウムコートとおぼしき特殊外装を装備。
R05SとR05Hと02の連携狙撃と、05の焼夷弾と反政府軍の戦車砲によってナインズ4機を撃退。ナインズ1機を撃破。
05:45時
政府軍の増援部隊を確認。同時にナインズTOP3と1機の合計4機も確認。
01は、05を護衛役に付けカミオンに撤退命令を下す。01から04は、カミオンの退路確保のため政府軍増援と交戦。
06:10時
カミオンの退路確保。01から04は増援のナインズ4機の迎撃に当たる。
06:50時
05は反政府軍防衛戦力に加勢。05は自己判断により緊急権限発令。R05SとR05Hとの連携狙撃によって政府軍を撃退。
07:30時
スカイフォールとおぼしき異常事態が発生。同時に、正体不明の巨大構造物が出現。その余波により05意識不明。
08:00時
05と03が、ナインズリーダー・ウィリアム・D・ホープと遭遇。非戦闘協定を結ぶ。正体不明の巨大構造物より、エグザマクスと酷似した正体不明機の集団が出現。
08:20時
05と03は、ナインズリーダー・ウィリアム・D・ホープと共同で撤退。正体不明機の追撃を受ける。
09:00時
ナインズリーダー・ウィリアム・D・ホープが潜水艦発射弾道ミサイルの発射を要請。正体不明機の追撃隊を一掃。
09:05時
正体不明部隊の指揮官機と03が交戦。01が加勢。03は敵指揮官機によって___
そこまでラップトップにタイピングしたところで、僕は手を止める。キーボード上の手の甲に熱い液体がこぼれた。僕の涙だ。
サニー・バニーは僕を逃がそうとして敵の指揮官機に討たれた。加勢したアマギ隊長も船の出港時刻まで戻ってこれなかった。僕に力があれば、いや、僕にもう少し傭兵としての心構えがあれば、サニー・バニーと隊長は死ぬことはなかった。
涙は脱力感を伴って止めどなく溢れてくる。昨夜あれだけ泣いたのに、人の涙の貯蔵量とはどれくらいなのだろうという疑問が頭の片隅に思い浮かぶ。ラップトップが涙で壊れてしまう、と僕の思考の表層は冷静を務めるけれども、こぼれる涙はどうしても止まらない。
涙を止めたのは、船の客室に備わった木製ドアのノック音だった。6人になった僕らサイラス私設傭兵部隊は現在アラビア海上。定期補給船で日本へ向けて航行中だった。
「レイ、いるッスか?」
ドア越しに、高音域が遮断されてくぐもったハルトの声がした。ハルトは僕より1つ歳下の23歳。彼はサイラス傭兵部隊内では、火器を主としたメカニックを担当している。語尾に『ッス』を付けるのが口癖だった。
呼ばれた僕はとっさに返事をする。ドアを開けるためにベッドサイドから立ち上がろうとして、泣いていたことを思い出し、スリープモードで真っ暗になったラップトップの画面を鏡代わりにして服の袖で涙を拭う。
けれど、赤く充血しているであろう僕の目の色は、ラップトップの反射だけでは確認できなかった。ハルトならまあいいやと、僕はそのまま船室のドア開ける。戸口にはサンドイッチを乗せた皿を持ったハルトが立っていて、僕の顔を見るなり一瞬だけギョッとした顔をした。
「あ、あの。これ、
「ありがとう。だけど、何も食べたくないんだ」
「それでも、食べないと身体を壊すッスよ」
ハルトはラップのかかった皿を僕に無理矢理押しつけようとする。僕は仕方なく受け取った。様子を伺うかのように少し間を空けてハルトがさらに会話を切り出す。
「あー、1年ぶりの帰国なんスから、日本に帰ったら長期休暇なんかもいたいッスねぇ。イノウエ専務から何か聞いていないッスか?」
「ごめん、帰国してからの事はまだ何一つ聞いていない。この緊急事態だから休暇は、どうだろう」
「そうッスかぁ。じゃあもし、休暇がとれたらレイは何をするッスか?」
ハルトが無理に会話を作っているのは明白だ。大方、部隊参謀役兼料理長の
「うーん、実家には一度帰りたいな。両親や妹たちにも会いたいし」
「え、レイの妹さん達って何歳ッスか?」
「どちらも21歳。双子なんだ」
「へぇー。レイは双子のお兄さんなんスね。もしかして一卵性双生児ッスか?」
「うん。二人とも、ほとんど同じ顔だよ」
「じゃ、どっちでもいいので、今度紹介してくださいッス」
『じゃ、どっちでもいい』ってなんだよ。もし紹介するとしても、まずはその言葉遣いを正してから出直してこい。と僕は心の中で思いつつ、口では「機会があれば」と適当に誤魔化した。
「それ、ちゃんと食べるんスよ。エグザマクスの戦闘データの吸い出しはこちらでやっておいたッスから、レイは休んでていいッスよ♪ それじゃあ」
ハルトはそういい残すと、ご機嫌で通路の奥へ消えた。スキップでもしそうな勢いで。
ハルトとの他愛のない会話のおかげで、少しだけ気分が紛れた。けれども、気分が晴れたことにすら罪悪感を覚える。そして、気分とともに身体が重く感じる。依然として食欲はない。
いつもだったら、
僕はハルトが持ってきてくれたサンドイッチに手を付けないまま、ベッドサイドボードに置いた。
◇ ◇ ◇
《マスター。マスターの身体の水分量がこの短時間で著しく減少しています。このままでは22時間後には脱水症状を引き起こす危険があります。また、血中糖分濃度の低下および
ヘッドセットから女性の機械音声がして、僕に食事を採れと言う。声の主である『シズク』は、僕のエグザマクスに付属する
「わかってる」
戦闘中は戦術支援機として機能するシズクだが、平時の彼女は、筐体に頭脳として備わった中枢基盤と、僕がいつもしているヘッドセットとラップトップとをネットワークで繋いで、事務作業支援およびヘルスメーターとして機能している。
もう1機のロイロイである『ホノカ』はシズクと共同で戦術支援をするが、主な担当は広報写真撮影だ。部隊が戦闘している様子を自律稼働するホノカが撮影し、その画像および動画を僕が目視選定してからサイラス本社の広報部サーバーへ送信する。
ただし口数の少ないシズクと違って、ホノカは放っておくとひたすらしゃべり続ける。うるさいので普段は音声ネットワークに繋いでいない。
僕はさきほどハルトが持ってきてくれたサンドイッチに手をつけないまま、再びラップトップに向かって、ホノカが撮影した画像と動画の選定作業をしていた。何かに意識を集中していなければ自責の念で押しつぶされそうだったからだ。
ラップトップの液晶画面上には、突如現れた人類の敵『バイロン軍』の真っ黒な機体の群が遠景で映っている。彼らが搭乗するポルタノヴァと仮称された人型機動兵器は、僕らが乗るエグザマクスに奇妙なほど似通っていた。
突然空から現れた彼らは、僕らを見るなり問答無用で攻撃してきた。
運動性能はほぼ互角。けれどバイロン軍が扱う兵器には、電子ビームらしき地球の技術レベルを遥かに超えた技術が用いられている。おまけに、彼らが保有する機体は少なく見積もっても50機を優に超える。彼らを相手にするには、最低でも国家軍隊規模の戦力が必要だ。
現在、世界はどうなっているのだろう。僕らはこのまま船でアラビア海を東に進み、インドのムンバイ空港で飛行機に乗り換えて日本に帰国することになっている。
ひょっとしたら、僕らがこうして船に揺られている間に、世界はバイロン軍によって滅亡させられている可能性すらある。もし、僕らが地球で唯一の生き残りとなってしまったら、などと考えると背中に冷たい汗が流れた。
だけど
僕らが営業して売ったエグザマクスが異星人からの地球防衛に役立っていると思えば、あれだけ嫌だった『死の商人』という仕事にも少しは誇りを感じられた。結果的に、ではあるけれども。
いや、果たして本当に、この結果に着地しただけなのだろうか。サイラスはこうなる事を予見して、強引にエグザマクスを世界中にばらまいたなどと考えるのは、それこそ強引な考えだろうか。
そうは思っても、外界からの情報がほとんど入ってこない広い海のど真ん中にいてはどうしても不安感がかき立てられる。
衛星通信を介したインターネット上では、異星人が襲来したなどというニュースは一切報じられていないし、海上の波も天気も穏やかだ。けれど、その穏やかさが、嵐の前の静けさを表しているようで余計に落ち着かない。
もっとも、いざ地球が滅亡するときには、いくら自己中心的な言動を主とする鬼神のごとき僕らの上司であるサイラス社のイノウエ専務であっても。こちらに衛星電話の1本くらい寄越すだろう。
空気を一切読まない、いつもの口調で「レイ、聞きなさい。世界が滅びましたよ」とでも。
不意にノック音がした。
「レイ、いるか」
くぐもった声で、チーフメカニックの
僕は、再びスクリーンアウトしたラップトップの画面を鏡代わりにして、顔を確認してからドアを開ける。
「ムンバイで航空便に乗り換えることになっているが、俺と
「ええ、それはかまいませんけど、どうして?」
「遠距離狙撃機のジェイクと、お前の機は大した損傷ではないが、アーニャ機は大幅な修理が必要だ。
34歳のカワサキさんは既婚者で子供もいる。誰より早い帰国を望んでいるはずなのに、このような決断をさせるのはメカニックの矜持と誇りだろうか。アマギ隊長も同じようなことを言いそうだ。カワサキさんと隊長は自衛隊時代からおおよそ10年来の付き合いだったそうだ。
「わかりました、カワサキさん。___ごめんなさい。僕のせいでアマギ隊長は戻らなかった」
そうつぶやく僕に対して、カワサキさんは、ふんと鼻から息を吐き出し、メカニックには不向きなその大きな手で僕の頭を鷲掴みにする。
「そんなことは、お前が気にすることじゃない」
そして、整備作業で固くなった指先で僕の頭をかきむしるようにクシャクシャにしてから、ニカッっと笑って見せた。
砂漠の日差しで焼けた肌に白い歯が浮き上がる。カワサキさんの目はいつになく優しげだったけれど、どこか悲しげだった。それを見ていると、隊長だけでなくサニー・バニーの顔も思い出された。
「
何もなければ、次に会えるのは船が日本に到着する二カ月後だな。それまで俺と
ご機嫌を装うカワサキさんを見送った後、僕はベッドサイドに腰掛けそのまま倒れ込む。そして2段ベッドの床面を見上げるけれども、視点はどこにも合っていない。
頭の中では、ぼんやりした砂漠と黒い陰を背景に、サニー・バニーとアマギ隊長の声が何度も、何度も反芻する。頭の中で過去を何度もやり直した。けれども、どのルートをたどってもその結末は悲しみしか訪れなかった。
身体が重い。気分が重い。みんなが僕を気遣ってくれている様子がよくわかる。けれど、それが余計に辛くて痛くて重い。力なく横たわる僕に、ヘッドセットからシズクが声をかけてくる。
《___マスター。気分が優れないようであれば、音楽を聞くことをご提案します。『ヨハン・セバスチャン・バッハ』作『G線上のアリア』などいかがでしょうか。人間は悲しい時に、音楽に心理を反映させて苦痛を和らげる特性があります。それらのエビデンスとなる心理研究論文も提示できますが、併せてご一読をしてはいかがですか》
「ありがとう、シズク。けれど、論文はいらない。___BGMを頼むよ」
シズクが再生してくれた『G線上のアリア』が耳元から流れる。それを子守歌に、僕は少しだけ眠ることができた。AIであるシズクも僕を心配してくれているのだろうか。それがただの無機的なプログラミングデータであったとしても、気負わずに済む優しさは一番ありがたかった。
目を覚ましてから、イノウエ専務に衛星電話で定時連絡を入れた。カワサキさんと
イノウエ専務との会話で、少なくとも日本はまだ平穏であることがわかった。短いながら休暇も取れそうだ。けれど、僕の中の自責と不安と悲痛がごちゃ混ぜになった感情は消えそうにはなかった。