ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】 作:あきてくと
中東から5日の航海を経て、僕らサイラス私設傭兵部隊はムンバイの港に到着した。後はイノウエ専務の指示通り、空港に向かい飛行機に乗るだけだ。下船するために船室から甲板に出ると、湿気を帯びた空気が肌にまとわりついた。
これまで過ごしてきた砂漠の気候に比べ、雨期にさしかかったインドはひどく蒸し暑い。砂漠も暑かった、というか熱かった。けれど乾燥しているため直射日光を浴びなければ比較的過ごしやすい中東の熱さに対し、湿度が高いインド熱帯性気候は鬱屈させられる類の暑さだ。
肌にTシャツが張り付いて気持ちが悪い。けれど、慣れない環境への違和感に意識が移ることで、一時的とはいえ悲観的な思考に頭の中が支配されずにすんだ。
航空便で一足先に日本へ立つ僕とハルト、ジェイクとアーニャの4人は、補給船で帰国する
ここからタクシーでムンバイ市内のチャトラパティ・シヴァジ国際空港へ向かい、飛行機に乗れば、おおよそ10時間後には日本に到着する。任務とは呼べないような簡単なミッションだ。けれど、単に飛行機で帰国する簡単な任務であっても、
ハルトと僕は、いつも着ているTシャツ姿に、身の回りのものを詰め込んだリュックを背負っただけの簡単な格好だった。端から見れば日本人バックパッカーにしか見えないだろう。
それに対し、かつてMI6に所属していたイギリス人のジェイクは、丁寧に仕立てられたネイビーのシングルスーツに身を包んでいた。インドの強い日差しからスナイパーの命ともいえる目を守る真っ黒なサングラスを掛けたその姿は英国紳士そのものだ。
元KGBの諜報員でロシア美女のアーニャは、背中まであるブロンドをいつもの乱雑な
「レイとハルトを道中頼むぞ、ジェームズボンドとボンドガール」
普段は冗談など言わないカワサキさんの気の利いた見送りの言葉に、ジェイクとアーニャは憮然としている。悪目立ちする二人の格好に
「これから、悪の組織を潰しに行くんスよね」ハルトも調子に乗って軽口を叩く。
海外セレブ風の目立つ格好に加え、肉付きから歩き方まで一般人と異なる彼らはとても目立つ。おかげで、この異様な組み合わせの4人を警戒してか、道中のタクシー運賃をぼったくられることもなかった。
走行中のタクシーの窓から望むムンバイの都市は、ジェイクとアーニャの格好などどうでもよくなるほど平穏そのものだった。平時のムンバイがどんなものかは知らなかったけれど、少なくとも異星人の侵略に脅かされている雰囲気はない。
タクシーの運転手に、それとなく「変わったニュースはないか」と尋ねたけれど「特になにもない」と片言の英語で返された。空港で流れていたインドのTVニュースでも、異星人が侵略してきたなどという報道は一切されていなかった。
普通だ。そのごく当たり前といえる光景に、僕らが5日前に経験したあの出来事は、すべて夢であったのではないかとさえ思え、自分自身の認識と記憶の方を疑ってしまう。
けれど、現にアマギ隊長とサニー・バニーはここにいない。それに加え、中東行きの便だけがすべて欠航になっている発着案内表示によって僕は現実に引き戻された。
中東の軍がバイロン軍の侵攻を上手く抑え込んでいるか、バイロン軍が静観を続けているかのどちらかだろう。集団パニックを避けるためか、世界の報道統制は思っていた以上に厳格であるということを僕は思い知った。
そして、同時に僕らはサイラス社の羽振りの良さと、イノウエ専務の太っ腹加減も思い知る。
「レイ、飛行機をチャーターするのっていくらかかるんスか???」
「に、2,000万円くらい、かな___?」
チャトラパティ・シヴァジ国際空港の端っこの滑走路で僕らを待っていたのは小型のプライベートジェット機だった。全長20mほどの小型機とはいっても、チャーター機としては中型機に分類される。機内はおよそ10人以上が乗れ、僕らの4人の移動には持て余すほどの豪華な代物だ。
僕ら一般庶民がプライベートジェットに乗るなんて機会は一生に一度あるかないかだろう。専務がチャーターしたプライベートジェットに興奮する僕らと同じく、ジェイクとアーニャもどこか落ち着かない様子でいる。もっともあちらは、戦地に身を置く傭兵ゆえの職業病みたいなものだ。
チャーター機とはいえ、手荷物検査はされる。ジェイクがいつも丹精込めて整備している愛用のライフルは当然として、拳銃も、アーニャがいつも胸の谷間に隠し持っているナイフも機内には持ち込めない。
傭兵は丸腰になるのを恐れる。とくにジェイクは重症だ。銃依存の禁断症状とでも言うのだろうか。冷静を装いながらも、その額には脂汗が浮いていた。目は泳ぐように周囲を警戒するために動き、そして動作の一挙一動が不審すぎる。
検査ゲートを通るときなんかまるで不審者だった。今のジェイクより、違法薬物の運び屋の方がまだ落ち着いていた態度でいるだろう。
潔白ではあるのだけれど、僕らが入国管理局に捕まると厄介なことになる。もちろん全員のパスポートは一応正規のものだし、僕らはサイラスという世界のトップに連なる企業の仕事で日本へ向かうという明確な理由がある。
しかし、特殊な経歴をもつジェイクとアーニャはとくに何かと面倒だ。そして、もし移動中に何らかのトラブルがあれば、僕がサイラス私設傭兵部隊の隊長代理としての対応が求められ、それをリカバリーしたとしても僕が専務に叱られる。
飛行機にたどり着くまで、生きた心地がしなかった。機内への搭乗タラップを登りながら安堵に浸る僕に向かって、前を歩いていたジェイクが急に振り返って言う。
「レイ。抱えている感情は吐き出せ。すべて吐露しろ。スナイパーはわずかな感情の変化も狙撃に影響する。だから、わだかまりのようなものはすべて吐き出しておけ。頭がクリーンじゃないと正確な狙撃はできない」
いきなり何だ、と思ったけれど、これは気落ちした様子でいる僕に対する彼なりの気遣いと鼓舞する言葉なのだろう。
これまで、ジェイクの口からは皮肉と叱責の言葉しか聞いたことがなかった。けれど、今のジェイクの声色にはいつもの棘々しさがない。彼は僕にこう言っている。鬱屈した気持ちを抱え込むなと。でなければ仕事に影響すると。だから元気を出せと。僕はそう解釈した。
「ありがとう、ジェイク。僕はスナイパーじゃないけれど、なんとなくわかる気がするよ」
「ああ、だから銃を持っていない今の私は不安で不安で仕方なくて、とてもじゃないが冷静ではいられないんだ!」
ジェイクは両腕を広げてタラップの中腹で声高々に自らの今の心境を吐露した。はいはい。さっさと飛行機に乗ってくれ。後がつかえてるんだから。僕はあきれてジェイクを無理矢理押しやった。
◇ ◇ ◇
夢を見た。
バイロン軍の母船と思われるあの巨大構造物の落着が起こした砂の津波に飲み込まれ生き埋めになる夢。
影のような真っ黒なポルタノヴァに追いかけられ、撃たれる夢。
バイロン軍の母船に捕らえられたあげく、その天辺から逃げだし、成層圏近くから落下する夢。
そのたびに、背中を蹴り飛ばされたような衝撃とともに目を覚ます。
アマギ隊長がいる夢も見た。サニー・バニーがいる夢も見た。
不思議なことに、夢の中では彼らが目の前にいることになんの疑念ももたなかった。僕は夢のなかで二人にいつものように声をかける。
けれどもハッと目を覚ますと、彼ら二人が隣にいない現実に愕然とする。脈拍が平時よりも早まり、びっしょりと汗をかいていた。
そんな僕の気分とは対象的に、日本へ向かうプライベートジェットの機内は平穏そのものだ。持て余すほど広い機内の前方に目をやると、ジェイクは前の方の席でグラスを片手に新聞を呼んでいる。ハルトはその少し後ろの席で居眠りしていた。機内には小さなジェットの推進音だけが響いている。
不意に、脇から飲料水のペットボトルが差し出された。アーニャだった。
「___ああ、ありがとう。アーニャ」
僕はそれを受け取る。アーニャは無表情かつ無言で、そのまま僕の隣にドスンと腰を降ろした。
数分間無言が続く。
これまで、アーニャとこうして並んで座ることなどなかった。なんとなく居心地の悪さを感じる。エアコンで汗が冷えて肌寒く感じたけれど、この間を持たせるために、僕はアーニャからもらった飲料水を半分ほど一気に飲み干した。
不意にアーニャが口を開く
「レイ。アンタ、今朝、鏡を見たかい? ひどい顔をしているよ」
「そうかな」と平静を装いつつ、そうだろうなと思う。
アーニャはフンと鼻から息を吐き出すと、素早くムダのない動きで僕の首に腕を回す。そして手の平で僕の側頭部を押さえつけ自分の身体に引きつける。
その洗練された動きに僕は為す術もなく、アーニャの胸へと抱き込まれた。驚いた僕の身体は反射的に抵抗するけれども、催眠術にかけられたかのように身体に力が入らなかった。
「いいから、そのまま聞きな」その状態でアーニャは言葉を続ける。
「アタシら傭兵はね、仲間の死には慣れている。仲間が死ぬのは当たり前だと思っている。これまで何十、何百と仲間の死を見てきた。周りの連中もそうだった。仲間が死んでも顔色一つ変えないように訓練されているんだ。
だからアマギの死にも、サニー・バニーの死にもなんとも思わない。けどね。だからね。そんな風に仲間の死を悲しむ顔を見るのには慣れてないんだよ」
その言葉に僕はハッと息を飲む。そして、全身から力が抜ける。
歴戦の傭兵達は仲間が死んでも常に冷静たった。アーニャもジェイクはもちろん、カワサキさんも
それなのに、僕は悲しみに暮れるだけで何もしていない。表情には出さずとも、仕草には出せずとも、彼らだって仲間を失って悲しくないはずはないのだ。僕は現在サイラス私設傭兵部隊の隊長代理でありながら、自分のことしか考えていなかった。
僕の態度は周りに気を遣わせていた。戦場慣れしていないハルトでさえ、僕を気遣う余裕さえあるというのに。
「ごめん」
「いいんだ。アタシらの代わりに、アンタが悲しんでやっておくれよ」
あのアーニャとは思えないほど優しい言葉と声色に、張りつめた糸が切れたように僕は泣きそうになる。僕は長男だから、上には兄弟がいない。もし姉がいたらこんな感じなんだろうなと思った。不思議とアーニャの腕のなかでは悪い夢は見なかった。
それと、どうやって持ち込んだのか、胸の谷間にいつもより小さなナイフの柄が頭を覗かせていたのを、僕は見ない振りをした。
◇ ◇ ◇
チャーター機が降り立った成田空港は、僕の知っている成田空港そのものだった。
おかしなニュースはやっていないし、利用客や空港職員は、相変わらず慌ただしく通路を往来している。日本語が飛び交い、談笑や子供の泣き声が聞こえる。なつかしい喧噪に、日本に帰ってきた実感がありありと湧いた。
そして、遠巻きに見える空港のゲート出口では、見覚えのある背格好の人物が僕らの到着を待っていた。
「ケッ。専務の奴、相変わらず陰険な
アーニャがアゴで指したゲートの先には、スーツをきっちりと着こなした痩せぎすで神経質そうな顔をした50代の男性と、浅黒い皮膚と銀髪が特徴的なフォーマルスーツ姿の若い女性が、人の流れのなかをかき分けて立っている。
およそ1年ぶりであっても見間違うはずはない。僕らサイラス私設傭兵部隊の
口では悪態をつくアーニャであっても、なぜか面と向かってはイノウエ専務に頭が上がらない。誰に対しても歯に絹着せぬ物言いをするアーニャが、だ。ジェイクの方は専務を極端に避けているきらいがある。
僕らがゲートを抜けて迎えの二人に向き合うと、専務はカツンと靴をならして一歩前へ進み出て僕ら一人ひとりと目を合わす。イノウエ専務が周囲に放つ、この特別な雰囲気をどう例えればいいだろうか。
イノウエ専務はサイラス社の創設に関わる第一人者。そして、たった一人でエグザマクスを設計した大天才技術者。その頭の良さゆえか、僕ら一般人では理解しがたい思考と行動を常とする大偏屈者。それに振り回されるのはもう慣れっこだ。
浅黒い肌なのに北欧人のような国籍不明の整った顔立ち。目はブルーアイズ。そしてノルディック・ブロンドよりもさらに銀色に近い髪とまつげをまっすぐに延ばしたイノウエ専務の容姿は、控えめに言っても、この世のものとは思えないほど美しい。
あまりに現実離れした雰囲気に、僕は彼女が宇宙人なのではないかといぶかしんでいた。その専務に向かって僕は姿勢を正し、隊を代表して帰国の挨拶をする。
「ただいま戻りました。セーラ・イノウエ専務」
「よく無事に戻ってきてくれました、みなさん。それに、レイ。少しだけ、たくましいお顔になりましたね。うふ」
僕らを散々振り回してきた悪魔のようなイノウエ専務が、まるで天使のようにニッコリと微笑んでサイラス私設傭兵部隊の帰還を出迎えた。