ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】 作:あきてくと
僕は何者だ。
千葉県生まれ千葉県育ち。父は千葉県出身。母は沖縄県出身。二人の双子の妹がいる。
名前が某ロボットアニメの主人公と同じである。10年前に起こったスカイフォールに間近で遭遇し、垂れ落ちる空から光臨する巨大な天使を見たことがある。それ以外はこれといった特徴も特技もない、ごく普通の人間だ。
Fランク大学の工学科を出て、当時はまだ零細企業に近かったサイラスに入社した。1年の研修を経て、僕が配属されたのは『サイラス営業部・サイラス傭兵部隊課』。そこは、サイラスが製造するエグザマクスのテスト部署だった。
そして、僕はイノウエ専務の意向で入社2年目にして、頭のイカレたプロの傭兵達とともに海外の戦場へ放り込まれることになる。
主な仕事は事務管理ではあったが、なぜか僕もエグザマクスを駆って戦闘にも参加させられた。よりにもよってロボットのパイロットだなんて。名前に起因する嫌がらせだろうかとも考えた。
そもそも、民間企業に在籍する一般人が戦闘行為をしてよいものなのだろうか。海外なら問題ないのだろうか。それともテロリストと同じ扱いなのだろうか。
エグザマクスの操縦は研修で教わっていた。けれど僕は格闘技はおろか、喧嘩すらしたことがない。本物の戦闘なんてできっこないじゃないか。専務の僕に対する采配に疑問を抱かずにはいられなかった。
再三、転属願いを出したのにも関わらず、専務はそれを受理してくれなかった。家族には仕事で戦争をしているなんて言えっこない。挙げ句の果てに、僕のふがいなさが原因でアマギ隊長とサニー・バニーを死に追いやった。
僕はいったい何をやっているんだろう。
一年ぶりに帰省した千葉の実家の自室で、僕は単周期の睡眠と覚醒を繰り返しては布団に入ったまま天井を見上げ、物思いに
古い日本家屋の6畳間の天井には、二年前と同じ場所に当時と同じシミがある。昔から嫌なことがあった時にはよくこうしてふて寝をしていたものだ。
この二年間の出来事がすべて夢だったらいいのに、と思う。こうして天井を見上げていると二年前にタイムスリップしたような気分にはなるけれど、当然ながら時が戻るわけはない。現実は変わらないし、隊長もサニー・バニーも生き返ることはない。
西側に面した窓からは、変わることなく日暮れ前の夕日が強く差し込んでくる。僕は書き掛けの退職届を机の上に
「兄ちゃん。晩ご飯だよ」
居間に入ると、すでに家族のみんなが食卓についてた。父は缶ビールを開けて妹達と一杯やっている。「あ、兄ちゃん。早く座りなよ」と、僕に気付いたもうひとりの妹の
「疲れはとれたかい。海外出張は大変だったろう。今夜はレイの帰省を祝してお寿司をとったのよ。むこうじゃ食べられなかったでしょう。さ、早く座りなさい」
6人掛けのテーブルセットの短い辺の上座には父が座り、長い辺にはほとんど同じ顔をした双子の妹達が並んで座り、その向かいに母が座っている。僕の席は昔から変わることなく父と母の間だった。
「さて」と、僕が席に着くと父が音頭をとる。「よく無事に帰ってきたな、レイ。まずは乾杯をしようじゃないか」
そう言って父は僕の席に伏せてあったグラスをひっくり返し、ビールを注ごうとする。グラスをつかんで父に注いでもらう。
「「兄ちゃん、お帰り」」
「お帰り、レイ」
「お帰りなさい、レイ」
改めて声にするのはなんとなく照れくさかったけれど「ただいま」と応え、グラスを鳴らす。
「この1年間はどうだった。若いうちに世界を見ておくのは勉強になっただろう。勤務地は中東だったか。危険はなかったか」
「うん。危険といえば、巨大なサソリに遭遇したことくらいかな。ほとんどを熱い砂漠で過ごした。ドバイの高い高いブルジュ・ハリファは見たよ。昇ってはいないけれど」
僕は夕食のリップサービスとして中東での思い出を話す。砂漠に夜空に広がる満天の星空の美しさや、朝日に照らされた砂漠の霧海の雄大さも土産話として語って聞かせた。
サイラスの仲間達のことも話したけれど、僕らがテストパイロットとして戦争をしていたことはもちろん伏せておかなければならない。嘘はついていない。すべてを語っていないだけだ、と僕はわずかな後ろめたさをビールと共に飲み込む。
父と母、それに妹達にとって僕はサイラスの庇護の元、あくまで安全が確保された地域で仕事をしていることになっている。
実際は、世界でもっとも危険な無法地帯でテロリストを武力支援し、反政府軍の兵士達と寝食を共にし、アメリカ軍と戦い、仲間が死んだなどという話をしたら、きっと母は卒倒してしまうだろう。
もちろん異星人に遭遇したなどということは専務に口止めされているため、間違っても語ることができない。もっとも、語ったところで、信じるはずはないと思うのだけれど。
「
「急に帰国が決まったから」
「まぁいいわ。ささ、お兄ちゃんさま。もう一杯。ググっといっちゃって」
穂香が僕にビールの注ぎ口を差し出してくる。
「気持ち悪いな。なんか企んでるだろう」
僕はそう言いつつ、グラスにビールを注いでもらう。穂香が『お兄ちゃんさま』と僕を呼ぶときは、昔から決まって何かお願いごとがあるときだ。穂香の性格は、どちらかというとお調子者で活発。対する雫は比較的口数が少なくおとなしい性格だ。
「実はさぁ、あたしと雫は今年就活なんだよね。そんでぇ、お兄ちゃんさまに口利きしてもらえないかなぁ、なんて」
「口利きって、サイラスに就職するための?」
「もちろん」
穂香はそわそわした様子でビールを口に運ぶ僕をじーっと見やる。雫までもが懇願の目で僕をみつめてくる。
「サイラスは兵器をつくっている企業だぞ。サイラスだけはやめておけ。きっと後悔する」
「兵器でも平気、へーき___」
「「ねー」」と、お互いが向き合い、双子同士の絶妙なシンクロ発声で同意しあう。
「サイラスはいまや世界トップ企業だよ。せっかく兄がサイラスにいるってのに、このコネを使わない手はないじゃない。
「コネクション、ねぇ」
入社研修以来、ずっと海外にいた僕は人事部に口利きできる立場にいない。僕が話せるのはイノウエ専務くらいのものだ。もちろん、専務の立場なら人事の裁量権はあるだろうけれど、専務にお願いごとなんかしたくない。
いたずらっ子のようなイノウエ専務のニヤケ面が頭に浮かぶ。専務に借りをつくったりしたら、要求される見返りは倍返しじゃ済まない。後が怖い。それに、僕が辞められなくなってしまうじゃないか。
「無理。だめ。絶対」
「「えぇぇぇ、ケチ」」同じ顔が眉間にしわを寄せて、トーン違いの声でブーブー文句を言う。
「やっぱり危険な仕事なのね?」そのやりとりを聞いた母が、今度は不安な面持ちで僕の顔をのぞき込んだ。
「いや、その。仮に戦争にでもなったら、サイラスは真っ先に狙われる」
「___はぁ? 戦争?」穂香をはじめ、家族全員がきょとんとした顔で僕を見る。
全員の注目を集める居心地の悪さに、僕は「かもしれない」と言葉を付け加えて誤魔化した。そこへ助け船のように、外からゴロゴロとした自動車の大きな排気音が鳴ってすぐに止まった。おかげで僕への注意が薄れる。
「あら、宅配便かしら?」と母。程なくしてインターフォンが鳴った。
「あ、私宛の荷物かも。出るね」と雫が席を立って玄関に出て行く。
その間も、穂香は僕のご機嫌取りに必死だ。「あたしの中トロあげるからさぁ。お願い、お兄ちゃん!」と懇願するけれども、中トロごときで僕は残りの人生を棒に振りたくない。それに、妹達にも危険な目には遭わせられない。
「はわー」
突如、玄関に出て行った雫の悲鳴らしき声が響く。
声の調子からすると危険性はないものと察知するが、その声に驚いた僕らはお互い顔を見合わせる。それに続いて女性の声がした。狭い家だから、玄関でする声は居間にいたままでもハッキリと聞き取れる。
「Is Ray Amuro here? ah___ココニ、レイ アムロハ、イマスカ?」
「イ、イ、イエス、ヒー、イズ」
そんなやりとりが聞こえたあと、雫が必死の形相で居間に逃げ帰って来て、穂香の陰に隠れる。遅れて入ってきたのは背が高く、なんとも場違いな、真っ赤なホルターネックドレスを着たブロンドの女性だった。
「ア、アーニャ?」
「Hi.Ray.How are you?」
「Good___じゃなくて、なんでここに」
アーニャは驚いて尋ねた僕の質問を無視して、父と母の存在をまず確認すると二人にハグとチークキスをする。
家族団欒に突然乱入したロシア美女の抱擁に母は唖然とし、父は赤面していた。その後、アーニャは思い出したかのように深々と頭を下げると、編み込みアップにしたブロンドの後れ毛が垂れ、バックレスドレスの背中が丸々露わになる。
「ハジメマシテ。レイノオトーサン、オカーサン。イツモムスコ
『息子が』じゃなく『息子の』だ。アーニャが下手くそな日本語で、どこかで覚えたらしい日本の定型文的な挨拶をする。あーあ、おまけに土足のままじゃないか。
アーニャは続いて雫と穂香の姿も認めると、同じく半ば強引に二人を同時にハグしてチークをかわす。
「Oh.Cute twins! レイノマシンノナマエトオナジ、『シズク』ト『ホノカ』ネ」
「兄ちゃん、なに。機械にあたし達の名前を付けて呼んでるの?」アーニャに抱きしめられたままの穂香が恐る恐る僕に尋ねる。
「うわ。キモっ」同じくアーニャの腕のなかで、雫が辟易した顔をする。
「いや、僕は呼びやすい名前をつけただけで___だから、いったい何しに来たんだ」
僕はアーニャを妹達から引き剥がすと、強引に玄関先へ引っ張り出して事情を問いただす。
「レイ。センムカラ、デンゴン___」
「片言の日本語はもういいから。普段通り英語で話してくれ」
「___レイ、アンタ、電話の電源切りっぱなしだろう? おかげで貴重な休暇中に、アタシが専務から言付けを受けちまったじゃないか」
「え、あ、ごめん」
寝ている間に、いつの間にか携帯端末のバッテリーがなくなってしまっていたらしい。休暇中ということでチェックすら怠っていた。というか、アーニャはその目立つ格好で、一体どこで何をしていたんだろう。
「___それで、専務はなんて」
「『休暇中に悪いけれど、明日9:00に本社へ来い』ってさ。そんだけだよ。いいかい、伝えたからね」
それだけ言うと、アーニャは不機嫌そうにお尻を振りながら、乗ってきた黄色いランボルギーニの低い運転席に滑り込む。長めセルモーター音の後、野獣の
アーニャは思い出したかのように窓を開けて、僕に声をかける。
「思ったより元気そうじゃないかい。安心したよ。いいね、家族は」
「___アーニャの家族は?」と思わず訊いてしまってから僕は後悔する。やかましい排気音でかき消されてくれればいいなと思ったけれど、聞こえてしまっていたらしい。彼女はフンと意味ありげな微笑を残して前方を向くと、そのまま車を急発進させた。
低い音程のランボルギーニの排気音が、遠くなるにつれ小さくなり、さらに低くあたりにこだまする。___まったく、近所迷惑だよ。
「レイ」
砂利を踏む足音がし、後ろからトンと優しく肩を叩かれる。昔より小さくなったように感じる父の手が僕の肩に乗った。
「あの人は?」
「ええと、さっき話した同僚」
「そうか___」
少し間を置き、父はさらに言葉を続ける。
「レイ。現地で辛いことがあったんだろう。取り繕っていてもわかるよ」
そう言うと、両手を使って僕の両肩を揉む。この歳になっても父の力強さと存在の大きさを感じた。僕の肩からは緊張が抜ける。
「話したくないなら無理には訊かない。お前が、無事に帰ってきただけで父さんも母さんもホッとしているんだ。仲間に恵まれて、大きな仕事を終えて、こうして帰ってきたお前を誇りに思うよ」
「父さん」
僕は思わず背後にいる父の顔を振り仰ぐ。沈みかけた夕日に照らされた父の顔は、僕の知っている父の顔とは少し違って見えた。