ハイっ!こちら営業部『サイラス私設傭兵部隊』課【30mm非公式小説】   作:あきてくと

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第19話 異星の異性による為政(伏線回収)

「おはようございます、レイ。さあ、行きましょうか」

 

「ど、どこへ?」

 

「もちろん、デートですよ。うふ」

 

 アーニャの伝言に従って、約束の9:00少し前にサイラス本社のロビーに到着した僕を、イノウエ専務はエレベーターに(いざな)う。そして、専務は最初から決まりきっていたように屋上行きのボタンを押した。

 

 屋上にあるものと言えば、幕張のビルから望む東京湾(オーシャンビュー)と、誰にも邪魔されない静かな場所。それにヘリポートくらいのものだ。

 

 上昇し続けるエレベーター内は、退職願を提出する絶好のチャンスだったのだけれど、出会って早々に届け出るのもためらわれた。それに、何十階もあるビルではないから、エレベーターが屋上に到着するまでにそれほど時間はかからない。

 

 最上階から階段で本社屋上に昇ると、アイドリング状態で待機されていた社用ヘリが視界に飛び込む。専務は高周波音を発するヘリに向かってまっすぐに歩く。僕は少々混乱しながらも、ただただ専務について行くことしかできない。

 

 東京湾から吹き付ける海風とアイドル回転で回るローターが起こす降下気流が、前を歩く専務の銀髪とスカートの裾をはためかせる。専務は乱れる髪を左手で押さえつけると、その手首に付けていた紫色のシュシュを使ってサッと銀髪をまとめ上げ、手慣れた所作でコックピットへ乗り込んだ。

 

 専務は離陸の準備をするためにコンソール上のスイッチを操作し始める。そのさなか、呆然と立ちすくむ僕に気付いた専務は『後ろに乗れ』と親指で指示をする。

 

 ヘリでどこへ連れて行くつもりなのだろうか。アイドル回転でもヘリコプターの頭上に備わったターボシャフトエンジンはやかましいため、もはや訊くに聞けない。僕が乗り込んだのを確認すると、専務は後ろ手で鼓膜を保護するためのイヤーマフを僕に押しつけた。

 

 それから専務はレバー類を操作し、その感触を確かめている。リクルートスーツのタイトスカートではラダーペダルの操作がしにくそうだったが、専務はスカートをきわどい位置までズリ上げることでペダルの操作性を確保した。それからいくつかコンソールのスイッチを操作すると、僕が装着したイヤーマフからポーンと無線接続を示す電子音が鳴った。

 

《えー、ご利用ありがとうございます。本日は2022年6月17日。天気は晴れ。当機のパイロットを務めますのはセーラ・イノウエです。うふ。フライト時間は30分を予定しております。揺れますのでシートベルトをしっかりと締めたうえで、携帯電話の電源はお切りください。これより離陸いたします》

 

 イヤーマフに備わったインカムに向かって、飛行機離陸前の機内アナウンスのまねごとをする専務。「どこへ?」という僕の質問は、回転数を上げ始めたターボシャフトエンジンの高周波音と発破音のようなローターの回転音でかき消され無視された。

 

 ローターの回転数が一定まで高まり、専務が左手に握ったコレクティブレバーを引くと不安定な浮遊感を伴ってヘリが上昇を始める。同時に、ストッキングを履いた細い足でペダルを操作するとヘリがゆっくりと回頭し始める。

 

 それから右手でサイクリックレバーをわずかに押し込み、同時にコレクティブレバーが微操作されると前傾姿勢になったヘリは素晴らしい加速力を発揮した。僕の身体は、重力によってシート前側へ引きずられながら、加速によって後ろへ追いやられるという不思議な感覚に襲われる。

 

 正面のキャノピーには幕張の臨海都市が眼下に広がっている。前方を見据える専務は、いつもは肩までおろした髪に隠れて見えない浅黒い首筋と銀髪のうなじを露出させていた。

 

 レバーやペダルを細かく操る専務の浅黒い手足は華奢と言えるほど細く、ヘリの操縦はもとより実務をこなせるようには見えない。けれど、フォーマルスーツ姿でヘリを操縦するアンマッチな光景は、専務の特異性をさらに強調する。

 

 専務の能力は底知れない。あの複雑なエグザマクスを設計するくらいだ。ヘリの操縦など片手間で覚えられるだろう。いまさら専務が何をしようが驚かない。

 

 シリアの戦争孤児だった専務を、現サイラス代表取締役社長の井上 喜政(イノウエ ヨシマサ)が引き取って養女にした。そして海外留学して飛び級で博士号を取得。日本へ戻ってエグザマクスを設計し、サイラスの専務役に着任した。以上が公表されている専務の経歴だ。

 

 サイラスの社名の綴りは「シリア人」を意味する『sirias』ではあるものの、実のところは『Sala's(セーラズ)』。つまり、実質的にサイラス社は彼女の所有物だという噂もある。

 

 もし事実がそうであったとしても別段驚きはしない。納得させられるだけの根拠があるからだ。これで僕と同じ24歳。対抗意識など燃やすまでもなく、見ているとまったく異質な存在なのだというあきらめに近い感情を抱かせられるのが、僕から見たイノウエ専務の印象だ。

 

 専務が操縦するヘリは房総半島を東京湾に沿って南下する。ヘリから見える景色は都市から住宅街へと変わり、いまは山と海岸線だけに変わっていた。

 

 さらに飛ぶと、はるか前方の正面には海上自衛隊の館山航空基地の広い敷地が望めた。どうやらあそこが目的地らしい。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 イノウエ専務はヘリコプターを滑走路にタッチダウンさせると、エンジンを停止させるためにコンソール上のスイッチ類を操作する。最後にイグニッションキーをオフにすると、ターボシャフトエンジンが徐々に周波数を下げた。頭上に備わるレバーを何度か操作すると、ローターが徐々に回転を遅めて止まった。

 

「降り口は右側です。お忘れ物などございませんようにご注意ください」

 

 専務が発する電車風のアナウンスに促されて地面に降り立っても、依然としてふわふわとした浮遊感が残っている。操縦席のハッチが開き、専務が降りようとするのを察知した僕は、一応部下として手を差し出すと、「あら、ありがとう」と、専務は満足げに僕の手を取ってタラップを降りた。

 

「さて、目的地はあの格納庫です。少し歩きましょうか」

 

 専務が地上に降り立つと誘導の自衛隊員が敬礼をした。それを小さく手を挙げて制すとシュシュを外して髪を整え、颯爽と滑走路上を歩き出す。僕は半歩後ろをついて歩く。

 

「今日はあなたに色々な事を説明をするために時間を設けました。包み隠さず、すべてをお話しますよ。何から聞きたいですか」

 

 そう言って、専務は歩く速度を落とし、話がしやすいよう僕の隣を歩く。

 

 聞きたいことはたくさんあった。バイロン軍について。そして彼らが使うポルタノヴァと僕らが使うエグザマクスの類似性について。これから地球はどうなるのか、専務はこの事態をどうするつもりなのか。一般人と僕らサイラス私設傭兵部隊はどうなるのか。聞きたいことがたくさんありすぎて、なにから聞くべきか思い悩む。

 

「さしあたり、バイロン軍についてお願いします。彼らは何者なのでしょうか」

 

「わかりました。とはいうものの、バイロンを知るうえで、どこから話すべきでしょうかね。うーん」

 

 眉間にシワを寄せ、専務は珍しく難しい顔をする。そして言葉を探るように話し始めた。

 

 

「まず、あなた方が中東で遭遇したバイロン軍はスカイフォール、つまり時空間転移を用いてバイロン星から訪れた地球に対するの侵略者です。というのはすでに理解していると思いますが、それは紛うことのない事実です。

 

 バイロン星は、地球から見て26光年離れたこと座のヴェガを恒星にもつ、とても美しい惑星です。直径は地球より少し小さく、自転周期は約30時間、公転周期は149日。地球と同じく窒素と酸素と二酸化炭素を主とした大気で覆われ、地球ほど多様ではありませんが、生態系や植生はほぼ地球と同じと言っていいでしょう。

 

 ただしバイロンは地球と異なり、二つの衛星が存在します。赤い月と青い月が交代で現れ、両方の月が空に現れる真満月には美しい紫色の夜が訪れます。また、ヴェガの活動が活発になる時期には、赤道付近でもオーロラが見られます。

 

 惑星周期によってはM56星団の星雲が、地球よりも遥かに大きく、明るく、鮮やかに夜空を照らすのです。バイロンはこの地球に劣らないくらい、それはそれは美しい星でした」

 

 

 まるで見てきたかのように語る専務の言い回しに対して、僕の頭の中にはたくさんの疑問符が浮かぶ。しかし、バイロン星の美しさを嬉しそうに語る専務に水を差すまいと、僕は口を挟まずそのまま聞き続けた。

 

 

「ことの始まりは地球における西暦1936年。そのとき何があったかわかりますか。

 ___ベルリンオリンピックです。そして地球初のテレビ放送がおこなわれました。

 

 その微弱ながら恣意的な電波信号は、知的生物の痕跡を成すものとして、地球の電離層を越えて宇宙に向けても発信されました。その意図がまったくなかったとしてもです。ドイツ・ナチス党は地球上だけでなく、宇宙空間にまでその存在を知らしめたのです。

 

 それから26年後、ベルリンオリンピックのテレビ放送電波は地球から26光年離れたバイロンの電波望遠鏡に捉えられ、バイロンは地球の存在を知りました。それは、バイロン星の人々にとっては好機でした。

 

 なぜなら、バイロン星はちょうど存続の危機に瀕していたからです。移住先となりえる自分たちの姿とよく似た生命体が住む星を労せず見つけられたのですから歓喜すらしました。

 

 ちなみに、あの演説をしたチョビヒゲのおじさま(アドルフ・ヒトラー)は、『救星主』と呼ばれてバイロン星では伝説的アイドルのような存在ですのよ。うふふ」

 

 

 ああ、そういえばそんな内容のSF小説があったなと読書遍歴を辿るけれども、小説の著者とタイトルはどうしても思い出せなかった。

 

 

「ここまでがバイロン星の概要です。そして、ここからが本題です。

 

 ___もし、あなたが地球の指導者だとして、地球に避けがたい危機が迫っていることを知った矢先、手が届くところに自分たち移住できそうな惑星が存在することを知ったら、どうしますか?

 

 バイロン星では、共生派と侵略派に分かれました。共生派閥は、惑星の一部を間借りできるよう地球側と交渉をしようと言い、侵略派閥は文字通り地球そのものを乗っ取ろうと言い出しました。

 

 最初の20年ほどは、代替案の検討と話し合いによる議論がおこなわれました。同時に無人衛星も打ち上げられ地球の探査も行われました。しかし時が経ち、星の危機が近づくにつれて、両者は次第に強硬姿勢を取るようになり、挙げ句の果てに両者は戦争で星の運命を決めたのです。

 

 そして、約15年間もの長い戦争を経て最終的に勝利したのは侵略派閥。その結果誕生したのがあのバイロン軍です。

 

 彼らの文明は地球よりもわずかに進んでいます。地球で言う量子通信技術を行えば監視衛星から発せられる地球の位置情報を取得し、量子テレポーテーションとも言える空間転移技術を用いて何光年もの距離を一瞬で移動できます。

 

 ああ、ちなみに地球の都市伝説界隈で『ブラックナイト』と呼ばれている地球軌道上の物体はバイロン星から送られた監視およびビーコン用の量子通信衛星ですよ。そして10年前と先日、あなた方が見たスカイフォールと呼ばれている空が落ちるような現象は、その空間転移ゲートを使ったときの余波です。

 

 本来であれば、地球西暦の1999年に一度目の侵攻作戦が行われる予定でした。しかし、共生派閥の残党がなんとかそれを阻止しました。

 

 二度目の侵攻作戦は、今から約10年前の2012年。このときは共生派残党が、地球侵攻のために温存していた空間転移ゲートを奪取し使用しました。空間転移ゲートは一度使うとエネルギーが蓄積されるまで使えません。そのおかげでバイロン軍はさらに地球侵攻を遅らせねばならなくなりました。

 

 そして紆余曲折あり、先日とうとうバイロン軍の侵略本隊が地球に降り立ったというわけです。残念ながらこの10年間に関しては、わたくしも一切の情報を持っていません。

 

 これがバイロン星の近代のあらましと、バイロン軍が地球に侵攻してくる理由です。おわかりいただけましたか?」

 

 

 専務は、安易に練られたSFのようなストーリーを、真顔で語る。嘘をついているようには思えない。僕は専務の頭がおかしくなったと思った。大企業の専務という重職ゆえの過労、もしくは天才にありがちな統合失調症かと。そうであれば、どれほど荒唐無稽であっても、それは彼女の真実なのだ。

 

 とはいえ、もっともらしい真実を知らされたところで、それを事実として安直に受け入れることはできない。人間はこれまでの人生経験で培った常識の枠から、想像力が働く少し外側の範囲までしか認知できないのだ。枠から完全に外れた事柄は事実と受け入れられず、ただの意味記憶として頭の隅に追いやられる。

 

 真実とはなんだろう。事実とはなんだろう。真理とは。そもそも、普通に生きる僕ら一般人は、事実を知るための判断材料を持ち合わせていない。仮に一分の隙もない客観的な事実を突きつけられたとしても、突飛であればあるほど疑念を抱かされる。

 

 事実を追い求めようとすればするほど、僕らは事実からかけ離れてしまうパラドックスに陥る。結局のところ、信じるられるかどうかよりも、何を信じるかが問われるのだ。

 

 僕は専務を信じられるだろうか。2年に渡って専務の元で働き、二度のスカイフォールに遭遇し、中東でポルタノヴァを実際にこの目で見たとしても、現時点では到底無理だ。

 

 目的の格納庫前にたどり着くと、専務はエグザマクス運用規格の巨大なシャッターを開くためのスイッチを操作する。短くアラームが鳴った後に巨大な耐爆シャッターが重々しいモーター音を発してゆっくりと持ち上がる。

 

「頭がおかしいと思われるかもしれませんが、これは事実です。それに、わたくしは統合失調症でもありませんよ。わたくしには彼らの地球侵攻をくい止める義務があるのです。そのために、10年前、わたくしはこの星に来たのですから」

 

 僕は頭の中を覗かれたような気がして一瞬驚く。そのせいで、発言の肝心な部分を聞き落とした気がした。『10年前? この星へ?』その漠然とした疑問は次の瞬間に僕の頭の中からかき消える。

 

 僕の意識はシャッターの中にあるものに移り、それを見てさらに驚いた。

 

「そして、これを見たら、あなたは、わたくしの言うことを嫌でも信じざるをえなくなります」

 

 シャッターが目線の高さまで開放されると、薄暗いながらも格納庫の中の様子が伺い知れた。広い格納庫の一番奥には、見慣れない形をしたエグザマクスらしきものが鎮座していた。専務はシャッターをくぐって中へ入り、その巨大な人影を感慨深そうに見上げる。

 

 それはエグザマクスというよりは、ポルタノヴァに似た丸みを帯びたデザインの機体。機体全体は羽衣を思わせる外部装甲板のようなものに覆われていた。顔は女性の顔のような造形が彫り込まれている。頭部には王冠のような装飾が施され、背面には鳥の翼を模したようなウィングスタビライザーも覗く。

 

 シャッターが完全に解放されると、入り口から差し込んだ陽光が床面に反射して格納庫内が下から照らし出され、その全貌が露わになる。忘れようはずもない。それは、僕が10年前、霞ヶ浦で起きたスカイフォールのときに見た天使の姿そのものだった。

 

「これはバイロンが使うポルタノヴァの原型とも言える古い機体です。名前はありませんが、さしあたり『プロトノヴァ』とでも名付けましょうか。あら、『原始(プロト)』と『新しい(ノヴァ)』では意味が矛盾してしまいますね。『原始の爆発』なら意味が通りますか。すべての発端としての」

 

 専務はその場でクルリとこちらを振り向く。銀色の髪が遠心力でふわりと揺れる。薄暗い格納庫内に差し込むスポットライトのような陽の光を浴びて、専務自信が天使のように輝き出す。倉庫内に舞う無数のホコリも、時折陽光を鈍く反射させて瞬き、その神々しさを助長させた。

 

「10年前、わたくしがこの機体に乗ってこの星に降り立ったとき、こちらをずっと見つめる少年をみつけました。あのとき、あなたはわたくしを見ていましたね。わたくしもあなたを見ていました」

 

「は?」

 

「あなたは以前、わたくしに『何者か』と尋ねました。その質問にちゃんとお答えしましょう。

 

 サイラスは中東シリア発祥と思われがちですが違います。実はわたくしも、こんな黒い肌の色をしてはいますがシリア人ではありませんよ。

 

 わたくしはウチュージンです。

 

 ___わたくしの真名は『セイラム・ファティオム・メル・セム・バイロン』。

 

 バイロン帝国星府、直系の血筋にして、弱冠14歳でポルタノヴァの全構造を含むバイロンの科学技術をすべてを把握した超絶天才、超絶美少女。

 

 つまりわたくしはバイロンの叡智の結晶であり、バイロン星のお姫様なのですよ。10年前の空間転移(スカイフォール)で、この機体と共に送られたのは地球年齢で14歳だったわたくしです。

 

 もっとも、わたくしが属したのは共生派閥。空間転移で内部紛争が続くバイロン星から逃がされた、というのが正確なところです。バイロン軍が侵攻に乗り出してきたということは、わたくしの血族を含む共生派閥の人間はすでに虐殺されたのでしょう。

 

 わたくしはバイロンから単身地球に送られた共生派閥の生き残り。そして、とうとう大腕を振って地球侵略に乗り出してきたバイロンの侵略派閥に対抗するための最後の切り札です。

 

 地球のみなさまからみれば、こと座からやって来たわたくしは、うやうやしき織り姫さまといったところでしょうか。うふ」

 

 

 僕は専務の言った言葉を飲み込めない。もちろん理解はしている。それどころかパズルを解いたような達成感すらある。けれどあまりに常識を逸した事実に対し、理性が受容するのを拒んでいるようだ。

 

 頭がおかしくなってくる。けれどパニックとは違う。理解できずに混乱しているわけでもない。単純に、目の前の現実が受け入れられないだけだ。そうしなければ、僕のこれまでの常識の方が崩れ去ってしまう。知らぬが花とはよく言う。謎は謎のままのほうが美しいのだ。

 

 その一方でこれだけは納得した。このふてぶてしく、人を見下すような専務の仕草や態度は王族のそれか。そして、王族としての求心力を備え、外交術と人心掌握術にも長けている。

 

 

「わたくしの目論見は、わたくしにとっても、地球のみなさまにとってもメリットがあります。しかし、地球の代表らに、事情を明かしても信じてもらうことはできませんでした。言語の壁もありましたし。

 

 ですが一部の者は、地球外のちょっと進んだ知識を与えるだけで、しっぽを振ってわたくしに服従しましたよ。地球のトップらは利己的で横暴ですね。もっとも、それはどこの星でも同じですが。

 

 根回しにはとても骨を折りました。だからわたくしはサイラス社を立ち上げ、エグザマクスを製造し、各方面に販売して回り、自然な形で地球全体の軍備を強化するなどという回りくどい手を使わざるを得なかったのです。

 

 その結果、武力と経済力で各方にプレッシャーを与えられるようになるまで10年もの年月がかかってしまいました。まだわたくしを信用していない国や勢力もありますが、それももう時間の問題です。

 

 どれだけ盲目でも、実際のバイロン軍の侵攻を目にすれば私の言ったことを信用せざるを得なくなります。間もなく、わたくしに助けを求めて泣きついてくることでしょう。

 

 ポルタノヴァに直接対抗できるのは、我々サイラスがつくるエグザマクスだけなのですから。うふふふふ」

 

 

 共生目的というより懐柔目的。専務は悪魔ではなく、天使の姿をした宇宙怪獣だった。僕ら地球人は専務の巨大な(てのひら)の上で弄ばれていたのだ。10年も前から。

 

 

「さて、レイ。エグザマクスで模擬戦をしましょう。それが本来、ここへ来た目的です」

 

「え、なんで??」

 

 突然の申し出に僕は素っ頓狂な声を上げる。専務のその言葉の一切が理解できなかったからだ。

 

「もちろん、サイラス私設傭兵部隊の一員として生き残った、あなたの技量を確かめるためです。率直に申し上げますと、あなたには今後のバイロン軍との戦いにおける英雄的存在になっていただきたいのです」

 

「嫌です。英雄なんて」

 

「いいじゃないですか、器量の小さい人間ですね。それでも男ですか、この軟弱者。どうせ本格的に戦争が始まれば、国家規模で一般人からも徴兵され、どのみちあなたも戦地に向かわねばならないのですよ」

 

「___」僕は閉口する。

 

「ならこう言いましょう。本来なら、それはアマギ隊長の役目でした。ですが、あなたのせいでアマギ隊長は死んだのです。あなたには責任をとる義務があるはずです」

 

 人が嫌がることを平然と言ってのける。僕はさらに言葉を失う。ようやく絞り出せた言葉は泣き言でしかなかった。

 

「僕は英雄になんてなれません。僕ではすぐに死んでしまう」

 

「それでかまいません。お膳立てや演出はすべてこちらで行いますから。あなたは英雄として、象徴として人々の心を集めた後、劇的に死んでくれるだけでいいのです。それだけで地球全体の意志を一つにまとめることができます」

 

 鬼だ。魔女だ。セイラムの魔女だ。

 

「あなたならできますわ。自分の可能性と、わたくしを信じなさい。あなたはアムロレイ。わたくしはセーラです」

 

「そういう問題じゃありません」

 

「強情ですねぇ。ではこうしましょう。模擬戦をして、わたくしに一撃入れられたら諦めます。もしできなかったら、その時はわたくしの下僕となること。いいですね」

 

 英雄から一気に下僕に成り下がったのだけれど、僕の聞き間違いだったろうか。「その前に」と、専務が手の平を上に向けてこちらに差し出す。

 

「そのポケットにしまっている退職届は、わたくしが預かっておきます」

 

 洞察だろうか。それとも異星人故の特殊な能力か何かだろうか。以前から、専務はこちらの心を読むような言動をするようなところがあった。けれども、今となっては何があっても不思議ではない。専務に逆らう事自体が無意味なことのように思えてきた。

 

  僕はノロノロとジャケットの内ポケットから退職届の封筒を取り出し、右手で差し出す。

 

 専務は左手で封筒を僕の手ごと握ると、右手を繰り出し、いきなり僕の頭を鷲掴みにした。その体勢のまま僕の目を見て言う。

 

「では、レイ。キスをしましょう」

 

「え?」

 

 吸い込まれるように青く透き通った専務の瞳と目が合うと、金縛りにでもあったように、(まばた)きはおろか、視線すら外せなくなっていた。するりと間合いに滑り込まれ、専務は顔を近づけてくる。

 

 圧迫感をともなった低めの体温が僕の顔を覆い、小さく柔らかな唇が僕の唇に押し付けられる。絹糸のようにしっとりとした専務の細い銀髪が僕の肌に触れ、切り揃えられたまっすぐな前髪が僕の瞼のあたりにかかった。

 

 僕の視線は、焦点が合わず二重になって見える専務の銀色のまつ毛とこめかみあたりを彷徨っていた。常識を逸した事態の連続に、僕は現実感を失うとともに脱力する。これは夢かもしれないと思った矢先に、専務はようやく唇を離した。

 

「これをもって契約締結とします。ああ、言っておきますが、バイロンの文化的習慣において、口づけに性的な意味はありませんよ。ただの契約の証です。よって、たとえなにがあろうとも契約を破ることは許されません。破った場合は死をもって償うこと。いいですね。

 

 だから、バイロンではうそつきや浮気者や離婚者は存在しませんのよ。みんな死ぬのですから。うふ」

 

 専務は無垢な少女のように屈託のない笑顔をつくる。

 

 バイロン星人は性と生への認識に関して、地球人とは大きな差異があるらしい。

 

 どっちに転んだとしても、僕はどのみち死ぬのだ。抜け出せない底なし沼に腰まで浸かった気分になった。

 

 これは夢であってくれと、僕は切に願った。

 

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